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欠片-3 霊夢。-His Dream-

 意識が浮上する感覚には、えも言われぬモノがある。

 その時まで、まるで存在していなかった思考が、ふと機能を取り返す瞬間。知覚するには一瞬の、無と有のその境界線こそが、唯一人が生と死に僅かばかり振れられる瞬間なのかもしれない。

 自らに自我が宿る一時を、人は知ることはできない。

 微睡みの中、夢に生き、無意識の海へと死んでいくサイクルを繰り返しながらも、その機会の多さに反して、人間の感性が命という、自我の根元に至ることはないのだ。

 生命のありどころは不明瞭のまま、生命のあり方は形のないまま。

 ただそこにあると自覚するしかなく、知覚するにはあまりに一瞬。

「目覚める瞬間はそんな神秘を有してるんだよ」

 囁く声に、瞼を開ける。

 霞んだ視界に、黄金の光が差し込む世界が見える。

 夕陽の暖色は実際に熱を持って注ぎ、空気を暖めているようで、部屋の中は蒸し暑い。

 ベッドの上、心地よい感触。

 汗で貼りついた布地が掛け布団と知って、自分が今裸だと知る。

 視線を下半身にやった先に、同じ格好をした葉月がいた。

 布団越し、上に乗る体勢。

 こちらに向けられた瞳、彼女の声。

「生物が生命を宿した有機物の集合体であるとするなら、どれほど小さな微生物にも命は存在する。

 けれど、私達が命を語る時、そこには自意識がその存在を認めているという前提があるんだ。

 『生きているから生きている』という言葉は、言葉遊びのようで真実をついている。

 生物と分類されようと、意識の宿る器官のない微生物やその他多くの生物に自身が生きているという感覚はない。

 彼らにとって生という言葉も死という言葉も意味を成さないんだ。

 命は、生とは、生物と無生物の境界線でありながら、ほとんど人間にとってしか思考する価値のない命題だよ」

「それは、命というよりは魂についての話じゃないかな」

「魂・・・・・・そうだね、人が怖がるのは命を失うことではなくて、自分を失うことだから。

 自分の精神を創り出す核がどこかに存在していると思いたいのかもしれない」

「けれど、結局のところそんなモノが存在しているという確証は得られない。

 死という意識がない無の世界は認知できず、生という状態しか知らない僕達には比較することができない。

 生きていると僕達が感じる感覚は幻のようなものなのかもしれない」

「魂にも生命にも実体はないんだ。映写機で幕に映し出された映像みたいなものなんだろうね。

 そういう意味では生物の体は生命を映し出す装置なんだよ、きっと。

 夢が脳が創りだした仮想世界であるように、命もまた、有機物の化学反応が創りだした(ひとのゆめ)

「人は夢と同じ所から生まれてくる」

「蜃気楼だよ。無いけれど、確かにそこに有るモノ。

 自我が、意識こそが生命の証明というのなら、人は眠りにつく度に死んで逝く。

 魂に実体がないのならば、無意識の海へと沈むことはまさしく死。けれど、人は朝に当然のように生き還る」

「実体としての身体が無に還った魂を覚えているのかも」

「身体は楔、この世界に意識を留めておくための(きずな)

「なら、もし夢の中に楔を打ち込めたなら、向こうに留まれるわけだ」

「・・・・・・夢は好き?」

「・・・・・・・・・・・・夢なら脆弱な自分も情けない自分もいない。

 夢なら何でもできる。何でも叶う。

 少なくても、後悔だけはしなくて済む。

 それは・・・なかなか魅力的だよ」

「・・・私はね、現実も夢も等しく同価だと思ってた。

 生も死も、自分も他人も、何もかもがフラットで、天秤がどちらかに傾くなんてこともなかったんだ。

 でも、今になってやっと分かった」

「何が?」

「人は大切なモノがある方を現実だと認識するんだ。

 現実と夢はやっぱり同じモノなんだよ。

 私達の見る世界が、身体を通した、五感による情報から成り立っている以上、世界は「あると感じること」によって存在している。

 身体(殻)の外に広がっていようが、精神(心)の中に広がっていようが、自分が知覚する世界としては差異はない。

 物質であるか、質量があるかなんて関係なく、現実味を感じれるだけの世界であれば現実としての価値を内包できる。

 私達の脳は実のところ夢も現も見分けられないんじゃないかな?

 それでも人間が毎夜死を繰り返しながらも、違う世界(ユメ)ではなく、現実と自らが称する世界へ還ってこれるのは、肉体が私達と世界を繋いでいるからだよ。

 大切なのは数多ある世界から、戻ってくるための紲。

 私にとってそれが、君だった。

 世界の全てが無価値に変わって、肉体が楔でなくなって、フラフラと夢現を彷徨っていた私を、引き留めたのは君だった」

「・・・・・・僕はただ、好奇心と孤独感を紛らわせるために君に話しかけた」

「でも、それが紲。そうして私は今生きている。

 だから、ね?」

 胸を押されて、半分ほど持ち上げていた上半身が再びベッドへ誘われ、鼻と鼻がくっつきそうなほどの、唇と唇が触れ合いそうな距離にまで、葉月の顔がいっきに近づいた。


「そろそろ目覚めの時間だよ」


 ――――瞼を開いた世界は青かった。

 青白い光が白いカーテンを透いて差し込んで、開け放たれた窓の風を受け揺れている。

 その色合いを見るに、夜明けが近いらしい。

 1月の早朝間近の空気は冷えて、その冷気が流れ込んだ室内もまた冷えている。

「おっ、起きたか」

 眠気のまだ残る頭をかきながら振り向くと、荷稲さんが点滴のパックを取り替えていて、どうやら自分の寝ている場所が治療室の類なのだと気づく。

 そして、当然、そうなった経緯のことも思い出し、自分の身体が無事であることにも気がついた。

「・・・・・・荷稲さん、僕がミンチになりかけてから・・・・・・・・・・・・・・・・・・何があったんですか?」

「未来がお前を助けた。で、葉月ちゃんがお前の身体を造り直した。

 医療系能力者が聞いたら首吊りそうな技術のオンパレードでな。

 ・・・身体の方はどうだ?違和感は?」

「ない、と思います」

「ま、何にせよ慣れるまでしばらくはリハビリだ。

 あぁ、そういう意味では学校がないのは都合がいいのか。再開の目処がまるで立ってないっていうのが問題だが」

「え・・・・・・?」

 その言葉の意味が分からず、疑問の声を上げた僕に、荷稲さんはベッドから離れて窓へと歩み寄り、カーテンを引いた。

 窓の向こう、広がっていたのは焼け野原だった。

 コンクリートの建築物すらが崩れ、煤にまみれ、アスファルトの道路は溶けて道をなしていない。

 またくすぶっている火が所々で煙を上げていて、陽が遮られた空は薄暗い。

 高い建物がなくなった景色は、あまりにも平たく、遠くまで、その被害を見渡せた。

「・・・・・・研究施設エリアはほぼ全壊。

 一般人の被害者は少なかったものの、公にできない機関の隊員500名以上が蒸発、死体も残ってない。

 久遠将来は死亡。死体の回収も困難なほどに損壊だと。

 電磁パルスの影響で現在も通信障害が残ってて学園都市は混乱状態だ。

 主要研究施設が崩壊したお陰で、学園都市自体の機能が停止。復興は壊滅的。

 まさに30年前の再現だよ、これは」

「葉月は・・・・・・葉月はどうなりました」

「・・・だから、30年前の再現だよ。散々破壊活動を行った挙げ句、形骸変容(メタモルフォーゼ)は――――」


 そうして。

 そうして、朝、二度とこないはずだった目覚めを迎えた僕に告げられたのは、葉月が学園を去ったという、ふがいなく、結局は何もできなかった自分の眠っている間にあった、事の顛末だった。

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