第2話- 能力日和。-Clothes-
紙袋に入った多量の服。持ち運ぶのに不便で持ち紐の痕が手に赤く残ってしまう。
上下それぞれ10着ほどあるのではないだろうか。
おそらくクラスメートの女子達が各々買ってきたのだろう。バリエーションが豊富だった。
その1つを手で広げてみる。
上品な白いブラウスだ。
「思ったんですが、僕の形骸変容は可逆的なんですから、男の体にだって戻れるわけですよね?」
ブラウスを仕舞って次の布を引っ張り出す。
赤系統のしっとりとしたスカート。短い。この季節には絶対寒い。
「・・・今更戻るなんて言うなよなー」
気になるのか未だ首をかき続けるカイナ。
今は海くんも香魚子さんもいない。ホームルームに本来与えられている時間が過ぎ、今は自由時間という名の基本訓練などが行われている。
僕は誰もいなくなった隙に教室に入り、案の定僕の机の上に置かれていた膨れた紙袋を保健室まで持ってきたのだった。
・・・次は布面積の小さすぎるデニムパンツ。だから絶対寒いって。
「ここまでされたらね・・・戻るに戻れ・・・・・・ぁあ、そういうことか。外側から固めて戻さないつもりだったわけだ?」
ピクリとご丁寧に反応してくれる彼女。とっさに首を手で覆ってガードしている。
決定的だった。
「何のことかなー?」
ものすごくワザとらしい。いや、ばれてると分かっているからの行動か。
叩かれることが分かっているんだからやめればいいと思うんだけどな。
「僕が能力について教えられたのは椎さん達と下着を買いに行った後。その前に彼らに僕の個人情報を教えていた。
つまり、できるだけ早く服を用意しておきたかったと・・・」
「あははー、子供は無知の方が可愛く見えるんだぜー」
開き直っているようで、これからなされる暴力に脅えてテンパっているだけかもしれない。
うん。どっちでもいいや。
とりあえず殴った。
・・・・・・パンツと入れ替えで今度はタートルネックのシャツ。なんとかこの季節でもいけそうだ。もうすぐ使えなくなるんだろうけど。
「何なら今着てみるか?事情が事情だし、別に制服じゃなくたって怒られはしないだろ」
その言葉が善意であるのか、企みがあって言っているのかが分からなくなってきたことが悲しいですよ、僕は。
まぁ、確かに今のうちに着てみるのもいいのかもしれない。
何せ今の僕は女子のくせに男子用の制服を着ている可笑しな人間だ。少なくとも周りからはそう見られている。
・・・私服で校内を歩き回るのも相当目立つだろうけれど、目立ち方が全然違う。
「そうですね・・・」
クシロ達があの調子ではどうせ何時かは着せられる。今のうちに自主的に着てしまった方がいいか。
僕は先ほど出してみたブラウスとスカートを紙袋から引き抜いた。
それから、ベッドの仕切りカーテンを勢いよく閉める。
「ちょい待ち、何で閉める?」
当然の対応だと思いますが?サイズを測る時は仕方なかったけれど、今は別に見せてやる理由がないもの。
「自分の胸に訊いてみてください」
お約束な言葉を吐いて、僕は制服のボタンに手をかけた。
3つある校章を象ったそれらを外して、ブレザーを脱ぐ。ナイフが入っている分、少し重みがあった。シャツも同じく脱いで、ズボンもベルトを外して床に落とす。
さて、たたむのは後にするとしてまずはこの服を着ないといけない。それから全く懲りずにカーテンの隙間から顔を覗かせているカイナを殴らないと。
昨日までと違って、今の僕はちゃんと女性用の下着を身に着けている。もちろん何の変哲もない白いモノ。
それで、ブラジャーもなのだけど、特にショーツの履き心地が悪い。
たぶん今までトランクスやボクサーパンツを履いてきたせいなんだろうけど、この形は脚の付け根辺りがすごく気持ち悪く感じてしまう。
慣れなんだろうけどなぁ・・・。そのお陰で昨日は寝付けず、今かなり眠かったりする。
余計なデザインのない清楚極まりない白い布地に手を通して上半身を覆う。冷たい感触がこそばゆいのだけど、我慢我慢。
次にスカート。そもそもそんなもの履いたことのない僕にとっては未知の世界だ。
後ろで不快極まりない視線を送ってきているカイナに助言を得ることはできるものの、何か嫌。
ズボンの代わりにスカートを両足に通し、太股の辺りまで持ち上げる。腰に当てる部分だろう場所にあるフック状の金属から、何となく着付け方は分からなくもない。
適当に引っ掛けたら、うん、初めてにしてはうまくいったんじゃないんだろうか。
何度か手で直して具合を確かめる。大丈夫そうだ。
さてさて、では、ふむ・・・パーにしようか?グーにしようか?
とりあえず振り向きざまの勢いを利用することは決定事項だ。
#
制服を紙袋に無理やり詰め込んで、僕は保健室を出た。
何か最近あの部屋にいりびたっいる気がする。
これでは通常授業に戻った時に色々と支障が出そうな感じだ。
元より1度習ったことを繰り返されるだけという苦痛の時間なのに、自分の忍耐値が下がってしまった状態で耐えられるわけがない。
『退屈は神をも殺す』らしいので、神様でもない僕などは即死だろう。
この数週間だけでも結構餓死寸前みたいに机に伏しているのに、今から続く3年間の中学生活をどう過ごせばよいのかめどが立っていない。
卒業以前に引き篭もりで中退するかもしれない・・・・・・。
ありえなくもない想像に身震いする。能力だけを評価するような中高学校がないわけではないけれど、そんなところに行ってどうするというのか。
あれ?何で僕は学校に通っているんだっけ?クシロに押されて・・・は中学校の話だ。そもそもクシロと出会うことになった小学校には何で通うことになったのだったか・・・。
義務教育だから、なんて常識は意味を持たない。・・・・・・そもそも施設内で教育自体はされていたわけだし、わざわざ・・・・。
『勉強だけが学校の役目ではありません』なんて言葉に影響されたとも思えない・・・・・・なのに、あの表情の固まったような大の男が新聞を広げて、『かあさん、やはり人間教育は大切だな』とか口走っている姿を想像してしまった。
思わず笑いが漏れた。そしてむせた。・・・ツボに嵌ってしまった。
ある意味怖い想像だ。
子煩悩とかそういう類の顔を全くしてないしね、あの男は。いや、そもそも既婚者なのかな。ありえないか・・・。
「ん・・・む」
思考に残る衝撃イメージの残像を振り払うために、意味もなく声を出した。
それからスカートのポケットから3つ折りされた長方形の紙を取り出す。学校内のパンフレットだ。
この時期になると、多くの生徒が自らの能力を磨くために、系統別に与えられている場所で訓練を行う。どういった生徒がどこにいるかを把握するために教師に渡される地図があるらしい。
カイナが要らないからとくれた。あの駄目人間。積極的に仕事をしようという気持ちがまるでない。
一丁前にカラーコピーなので図面は見やすい。
校舎内にはESP系の物理的にモノを壊すようなものではない能力を集めて、念力系や発火系などの危険性の高い能力者は特別な訓練場が割り振られているようだ。
大きいグループなんかでは、元よりそういった活動場所が与えられているところも少なくなく、そういった利点もあるからこそ生徒はグループに加入するというわけなのだろう。
防火加工がなされていないところで発火能力者がトレーニングできるわけがないしなぁ。
さて、どうしようか。
明日まで学校では、2次測定と自由訓練が行われている。
そもそも確認個数のきわめて少ない希少能力の僕のような能力者は、当然そこからあぶれているのだ。
この能力にあったグループなどありもしないし、訓練方法すら体系化されていない。
だからこそ、自宅待機だったわけで、今日たまたま来ることになったものの手持ち無沙汰だったりする。
もちろん帰ってもいいんだけど、それはつまらないし。見学でもしておこうかと思っているのだった。
椎さんは風化水空、美樹さんは原始素能、誉さんは浅夢予知らしい。
あと、さっき聞いたところによると香魚子さんは煙火手榴で海くんの方は粗己治癒とか。
どれもバラバラだけど、1人ずつ様子を見に行ってみるのも面白そうだ。
そうするならまずは校舎内でやっているもの・・・誉さんと介くんからかな。
後は大体打撃系な過激な能力だ。カマイタチの原型たる風化水空、読んだとおり発火能力の弱力バージョンの煙火手榴・・・・・・。
原始素能に至っては系統分岐すらしていない。ある意味僕の能力と似通ったところがあるのかも。
『何も書いていない真っ白な画用紙』、『能力の原始、その素養』と呼ばれる能力複写の能力。たいていの場合1度覚えてしまった能力にその後能力系統を縛られるとはいえ、特殊かつ貴重な能力。
それを持っているだけで4等級、さらに、多くの異系統の能力を覚えられる才能があれば3等2等に匹敵すると言われている。さすが美樹さん。只者ではないと思ってました。
ともかく、原始素能に関しても特定のグループがあるとは考えにくい。僕と同じで所属グループがないということになるんだろう。
おー、いい仲間ができた。これからあるグループ毎の行事でどうやって暇を潰すのか意見交換をしよう。
よし、とりあえず誉さんのところから。
僕はESP関係の特に予知能力者の集まっているブロックを地図で探し始めた。
まず、誉さんのところ。
2階にある2-Cの教室。辺りにいた先輩に詳しく聞いたところ、特に予知夢などの能力者はこの教室を利用しているらしい。
暗幕を張ってある妙な雰囲気を室外にまで漏らしたその部屋を扉を開けた。
そこには学習机を幾つか寄り集めて布団を乗せてベッドにみたてて、ヒーリングミュージックまでかけて本格的に睡眠に入っている皆様方が。
熟睡している。1人ベッドから転げ落ちて床に直に寝てる。寝言が聞こえる。
無言で扉を閉めた。
次に海くんのところ。
は、運動場の1画でサッカーをしていた。男女混合で真剣に楽しんでいる。
理由は簡単。怪我をしないと能力の使いようがないから。自分で傷をつけるわけにもいかず、健康に運動を楽しんで怪我をしようという魂胆らしい。
ただ遊んでいるようにしか見えない。無邪気にはしゃいでいるようにしか見えない。
あ、ちなみに海くんは結構うまかった。
ここでちょうど昼食の時間だったので、購買部で杏パンと暴飲上等ベリーミルクを購入。
当然のように保健室に行った。
校長が先客として居て、火星人ウィンナーをくわえていた。あれはタコじゃない。
そして、くわえながら携帯ゲーム機でカイナと対戦している。
仕事しろ、仕事。
とりあえず、談話を交えながら食事を済ました後、校長を教頭に引き渡した。
そして香魚子さん。
中学校から出て少し出たところにある大き目の茶色い施設に居た。
耐火性の壁に囲まれた小部屋でそれぞれ思い思いに火を放っている。
声を張り上げて思い切り力をぶつけることでより強い火力を得られるとか。グループのリーダーっぽい人が親切にも教えてくれた。
『ストレス解消!1発かませ、ぶっ飛ばせ!!』と書かれた紙が各所に貼られている。
時々やり過ぎて施設が耐え切れずに燃えたりするらしい。だめじゃん。
この施設にはタカも居て、掌に作った爆風を利用してバレーボールを浮かしては受け止めるという繰り返しをやっていた。
火と爆風が強すぎるとボールが破損してしまうため、高度のコントロールが必要になる。タカの周りには焦げたボールの残骸が幾つか転がっていた。
お次に椎さん。
これは屋外でトレーニングをしていた。
『心で感じるんだ!』とか叫ぶ監督らしい教師を無視して、各々空気を意識的に動かそうと試行錯誤していた。
元ある風は強めたり弱めたりすることの方が比較的簡単だそうで、だから屋外でやっているのだと誰にも相手にされていない熱血教師が語っていた。
さて、それからクシロ。
かなり大型の本格的な施設。強影念力を筆頭にする超能力(PK)の大御所なんだから当然なのかもしれない。
彼は中部屋と呼ばれている、小部屋より大き目の広域念力用訓練場に居た。
その部屋は外から見れるように壁の1面が防弾ガラスになっていて、特に手のかかりそうな新米生徒には先輩達がつく。
クシロも当然その1人で、目つきの鋭い黒髪美人の女生徒がその様子を見守っていた。
今は『特定対象物に念力を集中させる訓練』をしているらしく、部屋の中央に置かれたフェルトでツギハギに作られた熊の人形が置かれている。
これを浮かせろということだろう。焦点を合わせやすいように人形に向かって両手をかざしているクシロ。
しばらくして、人形は浮き出した。少しずつ、少しずつ上昇し、不安定ながら空を舞い、そして、
――――木っ端微塵に吹き飛んだ。
中の綿は四散、フェルトは細切れになって床に墜落。跡形もない。
「これで8つ目・・・」
・・・8回目の殺人形らしい。
クシロはひざまずいてうな垂れていた。
この後は知っているクラスメートの分を全て回ってしまったため、することがなくなって再び校舎に帰ってきた。
購買部の近くにある自販機で缶ジュースのロイヤルゼリーミルクティを購入、目的もなく彷徨う。
別にこのまま帰ってもよいのだし、バイトにはまだ時間があるし、
・・・・・・バイト?
シミュレーション。
午後5時、いつものように駅前の蕎麦屋『楽気苑』に到着。
木格子を引いて和風美で落ち着いた店内に入る。
「織神入りまーす」
そういいつつ、スタッフ・オンリーな空間に進む僕。
さて、そこに居た店長の渋い親父さんはこう言うに違いない。
「お嬢ちゃん誰?」
・・・シミュレーション終了。
「・・・・・・あ゛ー」
思わず頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
学校のクラスメートと違って、幾ら特別都市内といっても店までが特殊なわけではない。
火を出すお客が居ても慌てない程度の心積もりはあるだろうけれど、いきなりバイトが女子になっている時の対応ができてるとは思えない。
超能力とはまた別の類の非現実だし。
・・・カイナにでも事前に説明してもらおうかな。大人の方が説得力があるし。
「はづちゃーん、女の子がそんなしゃがみ方しちゃだめなんだぜー、パンツ丸見えー」
うーんと真剣に悩んでいた僕に正面から誰かが声をかけてきた。
いや、口調から美樹さん以外の人が思い当たらないんだけれどね。
立ち上がって、ずれたスカートを元の位置に直す。
うん、今度から注意しないと。
「美樹さん?珍しいねー、動いてるなんて」
「ちょい待ち。それじゃー私がナマケモノみたいじゃないのさー」
心配しなくてもそう言ってるんだよ。学校で彼女が自発的に動いているところって見たことがない気がする。
「ナマケモノって結構泳ぐの上手いんだよー、あれで結構ナイスアニマルなのさ」
じゃあいいんじゃないかな、ナマケモノで。というかナイスアニマルって何だろう。
「・・・そうだ、美樹さん。美樹さんは何やってたの?能力訓練じゃないよね・・・?」
あむ、と彼女は特異な肯き方をした。
「クラブの方の部室も今は使えないからさー、校長室で校長の子守をねー、してた」
校長の子守、つまりゲームの相手か・・・教頭に引き渡した後、何とか逃げおおせたらしい。
そして何で美樹さんは学校に来てまでゲームをしてるんだか。2次測定が終わっているなら帰ればいいのに。
・・・あぁ、僕もか。
「ビオサイドって言うゲームなんだけどさー、はづちゃん知ってる?」
・・・よりによってなんでそのゲームなんだろ?流行ってるのかな・・・クシロも好きなんだよなぁ、あれ。僕もポータブル版は持ってるけど。
「知ってるし、持ってるよ」
「へぇー、はづちゃんあんまりゲームとかしないイメージあるんだけどなー。
・・・それはそうと、あれは何で主人公女の子が追われてるのー?途中からだったから分からなかったんだけどさー」
知らないであれをやったのか・・・それは面白くないんじゃないだろうか?あれは設定から入る感じのゲームだし。
「美樹さん、ビオサイドの意味って分かる?」
「んー、聞いたことないねぇ・・・」
「まぁ造語だしね。Bio-と-cideを併せた言葉なんだよ、あれは。
バイオは分かるでしょ、でサイドはGenocideとかHomicideとか・・・Suicideもかな。虐殺とか殺人といった意味があるんだけどさ」
「・・・生命虐殺?」
「うん。『とある研究所から逃げ出した最強のウィルス兵器を体内に寄生させた少女になって、地球上の生物を絶滅させろ』っていうのがコンセプトでね・・・・・・。
プレイヤーは世界各国の捜査機関から逃げながら、ウィルスをばら撒いていくっていうゲーム」
「はぁー、だから歩く度に人が倒れたり、重装備の軍団が襲ってきたりしたわけなんだねー」
ちなみに、ウィルスも生殖活動でうつる段階からゲームの条件で変異を繰り返して、接触感染、空気感染とレベルアップしていくという凝りようだ。
いや、それをいったら、防犯カメラやら感染の拡大範囲からゲームの方が判断して、プレイヤーを追い込む様も異常なリアリティーがある。
ワクチンを開発されたり、新ウィルスを作り出したりというイタチゴッコまで再現してるし、バイオハザードによる住民の避難活動まであるし、移動手段も自転車から飛行機まで何でもありだ。
航空機関はチェックが厳しいので利用が難しいとか、武器も普通では買えないのであらゆる手段を用いて奪取しなけれなならないとか、少女の腕力、体力がかなりシビアだとか・・・とにかく凝り過ぎだと思う。
いかに捜査網をくぐりぬけてウィルスをばら撒くかが勝負の決め手となるのだ。
「3Dでリアルなんだけどさー、あんまりバイオハザードっぽくはなかったよ?ゾンビとかああいう気持ち悪いのは出なかったしー」
「あくまでウィルス散布が目的のゲームだから。だけど暴力的な描写があるし、生殖ネタがあるから思いっきり年齢制限されてるはず・・・」
校長、年齢の満たない生徒になんて物やらせてるんですか。
「オンライン版はランダムで1人ないし5人ぐらいが少女役・・・少年もあるんだけど、それをやって、他のプレイヤーは捜索側になるんだよね。クシロも1回主人公側になったことがあったけど。
防犯カメラ、衛星映像を精査したり、直接捕まえたりと自由に行動できたり・・・」
「あー、じゃあ私のやったのそれだ。衛星映像ってあれ、特権ないと使えないじゃーん」
「そりゃあ、現実に僕達が見れないのと同じだからね・・・シビアなんだよ。ハッキングするとか、所有者と繋がったりしないといけないから」
ゲーム開始の捜索側の身分はやはりランダムで決まる。それも世界中のどこかの街だというのだから、ゲーム世界の膨大さを思い知らされることになる。
「日本に居たら銃も買えないし、未成年だと親に色々妨害させるんでしょー?」
「そのままただの被害者になることも少なくないしね・・・いつの間にかウィルスが感染してて」
ゲームの難易度がプレイヤーによってまるで違うところが、面白いと言えば面白いのだけど。
「みくちゃんは何でああいうゲームが好きなのかなー?」
「さぁ・・・?僕はゲーム酔いするからあんまりできないんだけどねぇ・・・・・」
「うっ・・・!あぁー、そうだったー」
いきなり口を押さえる美樹さん。
「・・・どうしたの?」
「いやー、思い出したんだけどさー、ゲームで気分が悪くなったんで何か飲もうと購買行くところだったんだよねー」
よく忘れられたなぁ、それを。物事を1つずつしか考えられないタイプなのだろうか?
そして思い出した瞬間に吐き気も戻ってきたと。
「早く行ってきなさい」
「そうだね・・・それじゃあ、早いところ炭酸を補給しに・・・」
トイレにだよ。しかも何で炭酸・・・?症状悪化しか見込めないと思うんだけど。
「でもその前にー」
「?」
彼女は僕のおでこに口元に持っていっていた掌を置いた。
目を瞑りむぅっと口を尖らせる。
そして、
「みょみょみょ〜ん」
奇声を吐いた。
「・・・・・・」
あー、どうやって対処すればいいのかな?さすがにこの調子にはついていけない。
「何がしたいの?」
「やー、私の能力って原始素能なんだから、はづちゃんの形骸変容もコピーできるのかなってねー」
そう易々と複写できるような能力が希少能力であるわけがないし、そもそも原始素能は厳密には複写能力じゃないのだよ。
というか、コピーの仕方がみょみょみょん・・・?
「そうか・・・接触の仕方がディ――プじゃないんだ」
関係ないよ。
そう即答しようと口を開こうとした僕は肩をがしっと掴まれた。
そしていきなり引き寄せられる。
目の前には美樹さんの、顔が。
「――――ッ!」
ぶちゅりという擬音がつきそうな接触。
彼女の唇と僕の唇がくっつきそうなところで手に阻まれていた。
あっぶな!とっさに手を出して正解だった!
ものすごく寒々しい服装をしているのに汗が噴出している。冷や汗で肌がべたべただ。
緊張が切れて、体中の力が抜けた。
――――ベロリ
「〜〜〜〜っ!」
今度は美樹さんが、密着していた掌を嘗めた。
肩の腕を振りほどいて、何とか離脱する。
「何てことをしてくれるのさっ!」
「ふふーん?なるほどー、本当にこういうのにはまるで免疫がないんだねー」
うわぁ・・・何かすごく悪戯っ子の顔だ・・・。いつも寝ぼけたような表情をしてる分、余計に怖い。
「うぅーん、ディープな接触が鍵・・・・・・うぅっぷ・・・うえ、気持ち悪い・・・・」
「とっととトイレに逝け!」
というか、その吐きそうな口でディープキスをするつもりだったのか。
なんて恐ろしい人なんだろう。
#
それでもまだしつこく購買部に炭酸飲料を買いに行こうとする美樹さんをトイレに放り込んで、彼女の『本当に』という言葉を思い出してカイナがそれまで情報漏洩させたことに気づいて報復に行き、ついでにバイト先に連絡させた。
その帰り道に、やっと、『あぁー、美樹さんに今後どうするつもりなのか訊くの忘れた!』と気づいたり。
・・・・・・本当に色々なことがあった一日だった。