第62話- 月振る夜。-(C)YAMANASHI-
――――そして少女は楽園を追われる。
※
小型脚足戦車のことをサワガニ。
中型脚足戦車のことをイワガ二、かつその中で能力波反射能を持つ鋏を装備しているものがモクズガ二。
大型脚足戦車は装備が一種類だけなので、全てをシオマネキと呼称。
……さぁ、お嬢様が通ります。
○一一三時、万可統一機構の召還命令が規格『千代神』になされた。
書状での命令文及び、拘束指示を受けた23名の泥底隊員らが久遠・宮沢宅に赴き、受託を求めるも○一一四時、同位置を含めた学園都市研究所密集地帯にて能力性爆発が発生。部員23名は蒸発、周囲約100mの研究施設は焼き尽くされる。
万可及び学園機構はこれを背反を見なし、30年前の前例を考慮し前もって設置した対策本部は攻撃作戦を開始した。
○一一九時、第3歩兵小隊投下。全滅。
○一二二時、第5歩兵・小型脚足戦車編成小隊、足止めならず。損耗80%。
○一三○時、第7小・中型脚足戦車中隊、交戦中。損耗30。
依然として目標は――――、
「・・・北北東に進路を取り、研究施設を破壊しながら規格『久遠』の待機する倉庫に向かい侵攻中とのことです」
「くそったれ・・・!あんな化け物を造るからだ!奴は30年前の焼き増しをやる気だぞ!」
万可統一機構のある地帯に近く、久遠将来が強制待機を命じられた例の倉庫から見て北方に立てられた本部で指揮を執る都濃仲昭は通信手の報告に悪態を吐いた。
テント中央の机に広げられた学園都市研究地区の地図は、通信で送られる情報によって刻一刻と変化している。
千代神を表す『T』のイニシャルの入った赤い三角は数分おきに進行し、それに対峙するように配置された彼らの戦力である凸型は、時には全てが取り除かれ、一回り大きな凸型を並べては、数を次々に減らしていく。損害は大きく効果は少ない。ついでに自分達に使える火力も少なく、志気は全くないと言っていい。
何せ相手はあの『折り紙の8月』で、突撃する彼らの心境は死に赴く境地そのものなのだから。
だからこそ死体を作るために指令を出しているような自分の有様に彼は憤慨した。
歩兵ではそれこそまさに死にに行かせているようなものだ。小型脚足戦車では足止めもできない。小型と中型の混合部隊も損耗は激しく、そう長くは持たないだろう。
大型を保有した泥底部隊の華、蓮華隊の出動要請を行ったが、許可は下りていない。まだ学園中央部、学生の多い地区とそう離れていない距離でシオマネキのアレを放つのは危険だという判断だ。
確かにそれは正しい。彼自身もその危険性についてはよく理解している。だが、千代神の危険性はそれの上をいく。
今はまだ目立って危険な攻撃法はしていないが、それであっても火炎というより超高温のエネルギー体で所構わず溶解と蒸発、昇華させていっているし、彼女の本来の能力である形骸変容や色神の内在変容の応用度の高さは無視できるものではない。
あれは化け物だ。こんな生温い火力では相手を挑発するだけで、被害を拡大させかねない。
だってそうだろう?参謀として席に着き、報告を待ち作戦を進めている現在だって、設置されたモニター越しに彼の仲間が脚足戦車ごと火達磨になって転がっていっているのだから。
30年前、鋼鉄竜を模した先代変容が当時の研究データを塵にしながら逃げ仰せた事件の始まりは、1人の研究者が彼女の逆鱗に触れてしまったからだった。
喪失、そして復讐。
動機も行動も、今回の件はそれによく似ている。
もしこれが、ソレの二番煎じだというのなら、その結末もまた繰り返す可能性はある。
いや、どの道研究成果が燃やされていくというこの状況は、学園都市にとって非常に困った事態なのだ。
千代神は止めないといけない、その結論に変わりはなく、その作戦のために投入された歩兵は近づいた時点で蒸発していった。
辺り一帯の研究所を高熱戦で溶かして行っているのだから、人もまたそうされることは分かっていたことなのだが、まさか戦闘に入る前に一瞬で全滅になるとは彼らも思わなかった。
なまじ、超能力者との戦闘経験の豊富な彼らだからこそ、戦い方もセオリーも能力の怖さも強さも分かっている身だからこそ、その理不尽さに恐怖を覚えた。
戦えないのでは勝てはしない。
歩兵では無理、ならば脚足戦車ならどうか?
今までに既に2回、脚足戦車との戦闘を行っている例を見るに、少なくても足止めにはなるだろうと考えらていた中型ですら、火力を得た彼女との相性は最悪だった。
対能力者用の装甲はある程度の時間を稼いでくれても、熱され続けて高温化した背負っている有人ポッドの劣環境から操縦者を守れはしない。無人機にしても足を潰されればそこまでで、有人機のように搭乗者の臨機応変な対応は望めない。
研究地区は轟々と建物を溶かしながら燃え、その中心には小さな少女が1人ゆっくりと歩いているだけだというのに、未だ彼らは傷1つつけられないでいる。
第5歩兵・小型脚足戦車編成小隊の生き残りと第7小・中型脚足戦車中隊が進路も速度も変えもしない彼女の周りを走り回っては鉄屑に変わるという状勢も変わりはない。
1匹のサワガニが前方から発砲、7.62mm弾が一時の間に数十発と飛んで、正確に千代神の方に吸い込まれていく。
けれど、人差し指ほどの大きさのある弾は彼女に当たる前に念力に妨げられ潰れて停止、その隙を狙って後方左から飛び出した歩兵隊の2人組に、彼女の左手の一振りで念力に慣性を与えられて、彼らの身体に穴を穿った。
前からさっきのサガワニが突撃してくるが、その無人機は念力以前に彼女の足に踏み潰されて柔らかくなっていたアスファルトにめり込んだ。
ポシュッ、そんな間の抜けた効果音をさせて、距離を取った位置からモクズガニの擲弾筒から打ち出された手榴弾が彼女周辺に転がる。これなら直接当てる必要はない。加えて、対千代神にと準備されたその手榴弾は閃光と爆音と殺傷片を二段階で飛散させることで、能力発現を妨げつつ相手を殺す能力者に使うことを前提に作られた代物だ。うまくハマれば能力者にも効果のある武器、だがそんな小細工が効く相手ではなかった。
閃光と爆音の響いた時点で眉1つ動かさなかった彼女は、殺傷片を先ほどと同じ要領で受け止め、打ち返す。現存する物質より堅く、彼女でも変容させることができなかった賢者の石の劣化品であるモクズガニの鋏が盾となり歩兵が庇われたのを見て、直径2mほどの熱線を動作なしで放出、追撃した。ビーム光線をイメージすればそのままの見た目の熱線は当たれば致命傷は避けられない。能力波を歪める鋏がその軌道をねじ曲げて防御したが、当たらずとも高熱で血液が沸騰した武装のみの隊員達はショック死し、完全には反射しきれない鋏もじわじわと溶け始める。精密機械である藻屑鋏が破損した時点で一気に熱線を浴びた中型脚足は後方に押し飛ばされた。
それだけでは放射の終わらなかった凶悪な紅い光は左回りの軌跡を描いて辺りを一掃、燃え盛る炎はさらに勢いを増した。
静かになった。
控えていた泥底部隊が消えて攻撃が止んだことは、彼女にとってそれ程度の認識だ。
1ヶ月ほど前ならいざ知らず、火力という点でも、防御という点でも、スタミナという点でもその問題を解決してしまった彼女に今更高機動を武器にした戦い方は必要ない。
避ける必要もなく、攻撃手段には事欠かないというのはここまで楽なモノなのか。今まで殴る蹴るといった近接攻撃が主だっただけに、動く必要のない戦いというのは些か達成感に欠ける。
これが単なる作業としての戦闘ならともかく、憂さ晴らし、当たり散らしを兼ねているだけにそれでは困る。
わざわざゆっくり歩いてあげてるんだから――――そう心内で呟いて視線を前に戻そうとした彼女は、すぐさま空を見上げた。
音。まだ小さいが、爆音に近い音がする。
飛行機、それもかなり大型の。
月にも雲のかかった藍色の夜空は、むしろ火災の発生している地上の方が明るいくらいで、その姿は確認しづらいが赤いランプがちらちらと見えた。
どんどんと姿が大きくなるシルエットを視認して彼女は得心した。
超大型戦術輸送機だ。
手っとり早く前線に戦力を投下するつもりらしい。
真上を通過していった後、いくつものパラシュートが咲いたのが見える。それらはある程度の高度まできたところで白く丸い花を切り離して落下に近い強引さで地面を揺らして着地した。
脚足戦車。それも中型に分類されるモクズガニが多い。重さの分、いくら減速させているとはいえ着地時には相当の衝撃があったはずで、だからこそ投入された機体にポッドはついていない。遠隔操作の無人機だからこそできる芸当だ。
しかし彼女が気になったのはそのエキセントリックな投入方法ではなく隊の編成の方で、モクズガニの多さに彼女は連中の狙いを見通した。
前の暴走能力者騒動で、モクズガニが行ったフォーメーションによる超高温火炎の対処法。あの鋏が能力の威力に関係なく能力波を反らすことができるのは彼女も見て知っている。
編隊を組まれると厄介、そう判断した彼女は自分を囲むように降り立った、まずは前方の数機を潰すためにゆっくりと腕を伸ばし、再び上から降ってくる音に顔を上げた。
どうやら戦力増員はもう1機分あるらしい。
2機目のマンタが1回目と同じ戦力を投下すると仮定すれば、モクズガニが計24機、サワガニが6機になる。数が多いほどフォーメーションを取られる確率が上がる。優先度を入れ替えて、手をそのまま天に。4m大の火球を2つ作り上げ右斜め前の方角からやってくる巨大飛行機に向けて放った。
類を見ない輸送容量を確保するために、マンタの形に似た形状をしたその輸送機は機動力がほとんどない。空気抵抗から飛行速度すらが通常機よりも劣り、本当に重装甲戦車の類を運ぶだけしか能がないのだ。
そんな鈍速デカブツのレーダーが熱源が前方から迫ってきているのを捉えた。
限界まで速度を上げて、ぎりぎりで山なりに避けることで正面からの直撃は免れたが、まだ船尾を追ってきている。
ミサイルにも見えるが、敵から考えて能力による炎弾。
そうとすれば、赤外線追尾でもレーザー追尾でもなく手動操作だ。炎が消えるか有効範囲から出るかするまで追ってくるだろう。
赤外線欺瞞装置は囮にならない、電波欺瞞紙も同じく、電波妨害も効果はない。
しかし速度の出ないマンタでは逃げきることは不可能だ。
機体には一応赤外線追尾のミサイルが6基ついているのだが、真後ろに飛ばせるものではなく、操作している千代神を狙うにも地上は火の海で感知が難しい。
正攻法はないと咄嗟に判断したコックピットに乗る4人の内1人が操作したのは赤外線欺瞞装置のトグルスイッチだった。
途端に機体から幾つもの光の粒が煙を引いて放出され煙の羽を広げる。
大げさなほどの量を放たれる、大きさにして20cm四方のマグネシウムなどの金属粉末を詰め込んだ箱型は、その様子から別名『天使の羽根』と呼ばれる非殺傷兵器。火球を直接打ち落とすことなどできはしないが、それを操作している千代神は地上から彼らを確認している。煙を目くらましにして、かつ芯がない分形が不安定な能力性の火の玉がフレアにかき乱されて消滅してくれることを期待しての行動だ。
その思惑は半分ほど成功し、1つは霧散してフレアの煙に飲まれていった。残りのもう1つは機底に当たり、火が燃え移るようなことこそなかったものの外板を破損、貨物部分が近かったのは不運としか言いようがない。ベリベリと外板が剥がれていき、開いた穴のその近くにあったサワガニが落下していった。このままではさらに穴が広ががれば他の脚足戦車も落とす羽目になる。
まだ予定地点についていないが、損害が拡大する前に投下するべきだ。
そう判断し、マンタに投下命令を送ろうとした時だった。
レーダーが知らせたのは新たな危険物。前方から火の玉が4つが飛んできた。
今度こそ後ろに回られて使えなくなる前に紫外線誘導ミサイルを発射して4発とも打ち落とすことに成功したが、残りのミサイルは2基、向こうに残弾は関係なく、レーザー上にさらに表示された点滅は2つよりも多かった。
「投下っ!」
彼らの任務は脚足戦車部隊を戦地に送り込むことだ。それを成さずに撃墜されるわけにはいかない。正式部隊を隠れ蓑にした底辺の人間であろうと、そこに誇りはある。
しかし、貨物室の開閉を行う前に左のエンジンに被弾し、主翼もが大幅に削がれたことによりバランスを崩し始めた機体は大きく揺れた。
空を泳ぐマンタがガタガタと悲鳴をあげる中、今度は無線機が何かの電波を捉えたらしくスピーカーから何かが漏れてきた。騒音に遮られ、所々音が飛んだその音を最初は聞き取れなかった4人だったが、だんだんと大きくなっていくそれが女の声だと判別するに至り、ついにはっきりと聞こえた台詞の意味を理解する。
「邪魔」
実にシンプルな死の宣告と共に、一条の光が彼らの船を直撃。
フレア同様、煙の尻尾を振りながら赤く燃えた破片が散らばっていく最中、――――それでも白い花がいくつも咲いた。
「輸送機二、積載火力を予定地点から北北東400mの地点にて投下・・・・・・撃墜されました!」
「モクズガニは陣形組みを開始、現在の数は24機、損耗なし。予定通り15機で陣形を、5機は控え、残り4機とサワガニ5機で牽制中!」
新たに加えられた情報を地図上に展開しながら、指揮官である仲昭は祈るように状況の変化を知らせる声に耳を傾ける。
モクズガニの陣形、これの如何で戦局は大きく左右する。
現状、大火力を誇る千代神に対抗するに不可欠な防御力が彼らには欠けている。ただでさえ戦力など限られているというのに、投入する度に全滅させられていては戦闘行為とも呼べないだろう。
まずは戦力を維持する必要がある。そのためにモクズガニに対能力の防壁を作らせる。これが最低ライン、第一段階だ。
第二段階は攻撃手段。こちらの防御の薄さに比べて、向こうは念力で物理的な攻撃を弾いている。そのおかげで今まで好きなように攻撃されてこちらの攻撃は通らなかったが、いつまでも手をこまねいているつもりはない。こちらも超能力で対抗する。
少々許可を取るのに手間取ったが、もうすぐ超兵も前線に到着するだろう。
だから、どうかそれまで持ちこたえてくれと彼は祈るのだ。
2度目の投下後、全方位から同時に銃撃と対能力榴弾を食らい目くらましされ、次にアグレッシブにちょこまかと動きながら射撃してくるサワガニの1匹を高水圧で斬り捨て、千代神は進行方向に密集したモクズガニの姿を確認した。
15機が道を塞ぐように並び鋏の甲を、その後ろに控える残りがその合間から機関銃を向けている。
試しに放った紫電は屈折し霧散。フォーメーションが組まれバリケードは完成したようだ。
やばいなぁと彼女は心にもないことを思い、客観的に30体というのが中型戦車と一度に相対する限界数かもしれないと考察する。
(まぁ、もっとも・・・・・・)
と、彼女が心内で付け加える前に、後ろから両鋏を損壊し装甲も剥がれ無骨な内部構造を露出したサワガニが奇襲を仕掛けてきた。
最大速度で突進を仕掛けるソレを念力の見えないランスで串刺しに、能力系が効かないならこれでと前に投げ飛ばそうとして、そこで弾雨を食らう。さすがに同能力の平行使用ができるにまではなっていない彼女はカニの串刺しから防御に念力を切り替えた。
念力、敵に回すと厄介なことこの上ないこの能力は、実際使ってみると使い勝手が良すぎる。大抵の物事にこれ1つで対応できるという応用の自由度は変容に通じるものがあった。
そういう意味でもこの能力は早くも彼女のお気に入りだったが、視界を覆うほどの大粒の豪雨はさすがに厄介だと認識せざるを得ない。
強固な念力を作るには高密度にする必要があるが、それには当然体力を使うのだ。今更体力を気遣うつもりはないが、防戦一方というのは面白くない。
煙たく立ちこめる硝煙の臭い、音源が多すぎて氾濫する轟音、水溜まりを雨水が叩くような激しさで飛び散る火花。
彼女の体重と銃弾の総重量では後者に大きく傾くだろうことが容易に予想できるほどの集中轟雨が目の前に展開され続けるのに辟易した彼女は天を仰いだ。
曇ってはいるが空はこんな細々とした地上より広大な世界を広げていることだろう。
(そういえば――――)
SPS服用日、クシロに滑空自在で高層ビルから飛び降りたら気持ちよさそうと、そんな会話を交わしたことを彼女は思い出していた。
無人運用に際して、どうしても問題になる再装填。それをクリアするために脚足戦車の鋏用機関銃は自動装填装置が組み込まれている。
むろんリロードに時間を要するのは変わらないが、それでも戦地に人員を送り込むのを避けれるというのはありがたく、犠牲者を減らせるというのならそれに越したことはない。兵器の馬鹿高さからしてその損失は痛くはあるが、人命には変えられないのだ。
そういう意味では前線に人がいない現状は、おかしな話泥底にとって最も危険の少ない戦況とも言えた。
相手は少女の姿をしているとはいえ、能力史今世代最大の化け物だ。
火を噴き、雷を操り、守りは堅い。
こっちの人員は蟻の如く踏み潰されていくというのに向こうは息すら上がっていない。
こんなことなら囮として倉庫に待機させている久遠が直接相手をすればいいものを――――それは無人機を別の場所で動かす隊員を含め誰もが思っていることだった。どうやらその本人は千代神に勝つ自信があるようだしと、そうも思うのだが、それが本当だとするなら彼らは戦場に放り込まれはしていない。
人に、子供に撃ち込むモノというには余りに大きな金色の弾をとりあえず帯状装弾されている分撃ち尽くし、機銃掃射を終える。
分かってはいたものの彼らの敵はやはり無傷で、弾丸はまるで撥水コートを滑る水滴のようにざらざらと落ちていった。
けれど、それよりも彼らの目を惹いたのは標的の頭部上にいつの間にか浮かんでいた光の輪だ。
ゆらゆらと不安定に揺らめきながらも確かに輪っかを形成するソレを冠する姿は天使に見えなくもないが、黒い髪と周りの赤黒い背景からしてどちらかと言えば堕天使で、その見かけも長くは続きはせず、天使の輪は瞬く間に空へ打ち上げられた。
天へ返上されていく天使の輪をモニター越しに確認して、本部はにわかに慌ただしくなった。
今までとは毛色の違う行動も、直接攻撃ではない能力の行使も、正体不明の光も看過するには不気味すぎる。
超能力者を相手取る戦闘において、最も重要なのは相手の能力の分析だ。非常識なことをやってのける連中のしでかす現象を正しく見極め、対処すること。それが時には生死に関わる。
だから、当然今回の戦闘にも観測班というものが配置されていて、各種光線や電波に能力波などの観測機器を使って状況を逐一確認しているのだが、その光に対して観測班が出した答えは――――、
「波長390から700nmに加え10pm以下も確認・・・?X線、いやガンマ線だと?」
1つ目は驚くようなものではない。390から700nmの波長の光というのは可視光線のことだ。光が目に見えている以上、可視光線であることは間違いないのだから、検出されて当然と言える。
だが、2つ目の10pmというのは、ナノメートルよりも小さなピコメートルが単位して使われていることからも分かる通りかなり短い波長であり、人の可視光域を大きく外れていて見えるものではない。
放射線の一種だが、それを打ち上げるという行為に何の意味があるのか、とそこで仲昭は1つ嫌な考えに思い当たった。
「・・・ガンマ線・・・を・・・空からっておいまさか・・・・・・まずいぞまずい!光を見るな!電磁パルスだ!!」
その悲痛な声とほぼ同時刻、高度17kmほどにまで上がった天使の輪っかは爆発的な勢いで光を拡げ、空から多種多様の周波数が混じった強電磁波が学園都市に降り注いだ。
核爆発の際に出るガンマ線が空気中の分子から電子を押し出すことによって生じる電磁波は電磁パルスと呼ばれよく知られているが、特に高高度で爆破させることによって核爆発自体の被害をさけつつ、極めて密の薄い大気中でガンマ線を放射させることでその効果域を100km以上の広範囲に渡って及ぼすことを可能にした、大量破壊兵器を使った非致死性の攻撃手段は高高度核爆発(HANE)と呼ばれる。
千代神がしたのはそれよりも高度こそ低かったが、効果の凶悪ぶりに大差はなく、大切な通信機能は一瞬にして失われた。
通信機は無線・有線と共に逝かれ復旧は難しいがそれはいい。問題は前線に出ている脚足戦車は全てが無人機でありアンテナを介して操作されていたということだ。確認するまでもなく全滅だろう。
EMPの兵器使用が想定された時点で、各国の軍部では電磁パルスから通信手段を守る手段は講じられてはきたが、ここは学園都市で、彼らは対能力者を前提に作られた部隊だった。放射能の類を操れる能力者は少ないのだ。それも高度数十kmにそれを打ち上げられる能力者となれば、日本を丸ごと熔解させうるという火兎こと兎傘鮮香レベルということになる。そうそういるものではしないし、神戸の学園もあまたの伝説染みた連中を保有しているが、放射能系の能力者がいないことは12月一件でニュースで言われていた通りだ。
元々必要もなく、色神というイレギュラーによって初めてそういった事態を想定するべき状況になった彼らだが、そう素早く設備が整えられるわけがない。
つまり対策が取れていない。
そこに食らった電波障害攻撃はかなり痛いものになった。
何より彼らの希望である蓮華部隊のシオマネキはEMPと絶望的なまでに相性が悪い。出動要請が通る可能性は絶望的だった。
「光ファイバーを使って通信を回復させろ!
そうだ。それと向かわせていた第六超兵小隊の現状報告!彼らにはモクズガニの防壁は崩壊したものとして行動、待機せよと伝達!
有人機を後何体組めるのか種類と数を確認次第、代案を用意する!」
「・・・・・・・・・・・・繋がりました!超能力部隊は後方2kmのところで停止、待機中とのことです」
「残存戦力の確認取れました。学園の保持戦力は壊滅的、淡路島基地からの輸送になりますが、モクズガニが残り44機、サワガニ67機、人員は200人が限度と・・・内23名能力者を確保できるそうです」
「千代神の現在位置は?」
「EMP後およそ50mの前進、速度は変わっていません」
「よし、能力部隊はさらに1km下がらせろ。輸送機一を使い島から学園北東の能力下生態研究所の実験湖にモクズ20サワガニ30の有人機編成隊を投下。
能力者に多人輸送が可能な者は?」
「2名です」
「そいつに超兵は運ばせろ、待機している部隊との合流後、3班に分けて行動。1班が牽制、モクズガニの防壁を再度組み直し、2班は防壁越しに攻撃をかける。念力の高位能力者を2班に組み込め。対念力措置通り常套手段を採る。3班は後ろから先に投下されたモクズガニの状態を確認、使えそうであればポッドで人員を投入、不可能ならば新たに脚足戦車を投入、3班を援護しつつ能力を主力にして攻撃、挟み撃ちにする!」
○二三一時、HANEによる電波障害発生。学園全土に被害、作戦本部一時機能停止。
○二三七時、本部及び前線の伝達機能復旧。
○二五○時、超兵部隊一班攻撃を開始。
赤い火炎を後ろに広げ、前方に佇む黒い暗闇へ侵攻を続ける千代神に、右斜め前から斬刀水圧による直射が向けられた。
念力に関して色神の保有していたものを使っているにすぎない彼女は能力波を屈折させるほどの技能は持っていない。水鉄砲と言うには凶悪すぎる水圧の水を千代神は念力で防御することはできないはず、だった。
水刃が砂埃を舞い上げ、瓦礫を砕いて彼女のいた場所を通り過ぎた後、粉塵が晴れた中にその姿はなく、上がったのは発水能力のものだと彼らが記憶している男の悲鳴。べきべきと骨が軋む音を響かせて断末魔は途切れた。
今まで、どれほど猛攻されようと歩速を変えず、回避ではなく防御に徹していた彼女がここにきて活発な動きを見せたのだ。
それも防ぎ切れないから避けた風ではなく、能力者がきたから動き始めたといった感じで――――実際、彼女は彼らを待っていた。
せっかくの機会だ、能力も貰ってこう。
腹いせに連中がもっとも嫌がる研究所の破壊をしつつ、やがて投入されるだろう超能力を手に入れる、一石二鳥だ。
そんな気軽な思いつきが実行されたこの破壊活動は、すでに多くの人命を弄んでいる。失うことを恐れるようになった分、むしろ仕返しのえげつなさが増したことは彼らにとって不運以外の何物でもなかった。
突然の行動に、追いきれず視界から姿を外してしまった別の能力者が、攻撃の機会すらなく彼女の毒牙にかかったことを告げる悲鳴を上がったところで、やっと彼女の位置を捕捉したサワガニが銃弾を撃ち込んだ。
それはやはり念力に止められて、紫電による反撃を向けられる羽目となったが、サワガニに当たる前にまっすぐ伸びるはずだった電撃は不自然に曲げられた。
誘電現象、発電系能力者。耳に棘刺すような不愉快な音を立てて向きを変えられた高圧電流は地面に流れる。電気のか細い光は蜘蛛の巣のように瞬いて消え、そのわずかな時間にそれを成した能力者の姿を光りの中に見いだした彼女は地面を蹴った。
今度、飛びかかろうとする彼女を阻止したのはガラクタと化したモクズガニをぶつけた強影念力者で、カニ足に絡められて地に落ちる彼女を残りの能力者達が一斉射撃する。
その多くはいつの間にか完成していた第二のモクズバリケードの陰からだった。
自分の攻撃が通りにくいと悟った彼女はその連携に賞賛を送りつつも全てを髪で受け止めて、身体を拘束していたカニを熔かして立ち上がる。
道を塞ぐ彼らをちらりと観察。その弱点は実に分かりやすい。
対抗策のために一間立ち止まった彼女に向けてさらに放たれる電気や炎に水氷。そこに加えて銃撃、弾の無駄にも思える行為だが、ぐにゃり、そんな感覚を得て彼女は咄嗟にその場を離れた。
今さっき、彼女の意と反して念力で張った障壁が歪んで確かに穴が開いた。どうやら能力波への干渉が行われたらしい。
他人の能力波に干渉するというのはかなりの高等技術と言えるが、考えてみれば念力は元より能力にも影響を及ぼせる可能性を秘めた透明な力だ。発火や発電の様に色に染まっていない分、相手の色にも合わせやすい。
念力能力者はさっき存在を確認した。奴がさっきの現象を引き起こし、彼女の念力を封じ込めた。
「あぁ、いいね・・・・・・欲しいな、ソレ」
ぼそりと呟いて薄く笑う彼女だが、光り物を見つけた代わりに自分がやろうとしていた策の方が露出してしまっていた。
さきほど彼女のいた地面から彼女の背中に繋がる4本の黒い触手。地中を掘り進んだソレらで陣形を組むモクズガニの足を引きずってやろうと考えていたのだが、移動してしまった今、その目論見はバレバレだった。
すぐさま触手はちぎられて、短くなった自分の第二の手、もしくは羽根を見て彼女はわざとらしく悲しそうな顔をした。
後方、奇襲をかけてきたサワガニを触手の1本を伸ばして叩きつけ、さらにその奥に身を潜めていた能力者を引きずり出す。足を砕き、それが大した能力を持っていないと知ると放り捨てた。
上手からバリケードに隠れる2班とは別の能力者による衝撃波が騒音を伴って放たれ、聴覚を封じ込め、その対応に彼女の意識が逸れている間にまたもや後ろから、次は銃撃が。しかしそれはサワガニによるものではなく、EMPで駄目になった脚足戦車の鋏を取り外した物で、反動のキツいそれを等級の低い念力能力者が身体を固定して撃ってきているらしかった。
そこに先ほどの能力波介入を行った別の念力能力者が彼女を念力を封じ込め、彼女が代わりに防壁として広げた硬化した織髪は音弦変調が固有振動を利用して破砕、進行路を塞ぐモクズガニの方からも能力と鉛弾の弾雨が降り注いでくる。
その中彼女の耳は、
「そうは持ちません!早く・・・!」
という能力波介入してきた念力能力者の声を捉えて、彼女は連中の本命がこの連携のさらに次にあることを理解した。
銃撃による負傷は目的ではない。核子操作による原子合成のできる彼女は泥から血肉も作り出せる。傷をいくらでも直せる彼女に単なるダメージはあくまで補助であり、本命は能力使用の封印と考えるのが妥当。
ならば、次くるのは。
・・・・・・その結論は真っ正面から撃ち込まれてきた。
彼女がまだ遭遇したことのない麻酔弾という形で、けれどそれを彼女が食らうという結果は訪れない形で。
銃撃も能力攻撃も、そして麻酔弾もが、空中で停止し、それから水面に映し出された像が揺らぐように変形して霧散した。
その結果は彼らにとってはあまりにも予想外であり、その驚愕は筆舌に尽くし難い。
念力のことは知っていた。織神が色神を取り込んだ時点で念力を防御に使うという可能性は考慮済みだった。
だが、まさかそれ以外に見えない壁があるなどと彼らは知る由もなかったのだ。
何せ、彼女がソレを会得した12月のあの日、あの場所は水蒸気に隠され、なおかつ廃屋とはいえ屋内でのことで、万可すら知らなかったのだから。
借り物の念力ではなく、彼女自身の能力である境界越境。
その発現には色々と条件があるのだが、少なくとも彼女自慢の髪が無惨に散らばる範囲内は彼女の領域だ。
そうそう侵せるものではなく、侵せない以上彼らに勝ち目は万が一にもありはしない。
それでも彼らに退避という選択肢は存在せず、無意味な銃撃は再開、免疫が作られることを恐れて、一発一発中身の違う高価な麻酔弾も撃ち込まれていくが、ついには念力への干渉すらが絶たれ――――いや、ついにそのメカニズムを解読されて逆干渉された強影念力者は内臓破裂で血を吐いた。
念力に対する常套手段もまた消えてしまえば、彼女にとって防御とはますます楽なものになる。
否、能力波干渉という形骸変容に応用できそうな技術を手に入れたことですでに満足で、もうそろそろ攻撃に転じてもいい頃だと彼女はそう考え、背中の触手を広げた。
黒く直径10cmほど、長さ4mほどの触手はまるで髪の毛が痛んでキューティクルが剥げたようにささくれ始めるのを見て、彼ら前線で戦う勇者達は初め、それが何なのか分からなかった。
けれど、その攻撃は彼らにとってあまりにも致命的で、それの意味を知ることになるのは、彼らの内1人が高熱を出し嘔吐し失明し全身麻痺を起こし呼吸不全を起こし血を吐いて死んだ時だった。
「ウイ、ルスだと」
「は、はい!嘔吐、吐血の他麻痺などの症状が見られると。ウイルス、もしくは細菌。目標の散布行動と見られる挙動が見られてから2分で1人目の死亡を確認。感染は空気感染と見られますがかなり強く、潜伏期間はほぼなく発症、病状の重篤度合いと該当病原体が特定できないところから見て・・・・・・」
「新型ウイルス、治療法なし、感染力大、致死性あり・・・・・・・完全にリスクグループ4だぞ!
レベル4実験室でしか扱えないような代物を学園で!
学園機構に緊急連絡!強毒性ウイルスがバラまかれ学園都市中央部にも拡大の恐れあり!
観測班に連絡、現在の風向と風速から拡大予測を立てろ!」
「都濃指揮官!」
「何だ!?」
「観測班からEMPで機器が逝かれて計測不能の伝達です」
「・・・・・・っ!分かった。現在現地に空調を操作できる超兵は何人残っている?」
「多くの隊員が死亡、生存している連中のほとんどにも病症が見られると・・・・・・その、例え空気操作でウイルスを閉じこめても、超兵自身が感染していた場合・・・・・・」
言いにくそうに言葉を紡ぐ彼の台詞を最後まで聞かずとも、仲昭は何が言いたいのか理解した。
感染していた場合、途中で能力者が死ねば結局ウイルスは漏れるし、あるいは能力者自身がウイルスの媒介になってしまう可能性もあるのだ。
今前線にいる人間を無闇に動かすことはできない。
ならば、と彼は苦肉の策を口にした。
「板川だ。板川由に連絡を取れ!空間隔離で拡大を止める!」
「いやしかし、彼は一般じ――――」
「構わん!全責任は俺が取る!ウイルス感染拡大だけは何としても止めんだ!」
「指揮官!光ファイバー経由のIP電話で板川由との連絡つきました!」
それを聞き、彼は通信兵から受話器を引ったくって耳に当てた。
しかし、彼が口を開き依頼の言葉を発するより前に、聞こえてきたのは、
「えーおかけになった電話は現在電波の届かない空間にあるか?電源が入っておりませーん。ってことでまっ、頑張ってねアハハハハハハッ!」
そんな無慈悲な録音による台詞だった。
携帯ならばともかくIP電話にこんな台詞を録音しておく辺り、板川由はこうなることを知っていた。
けれど何故?
その答えは千代神のクラスメートから。
予知能力は未来演算。演算する数字がなければ予知は不可能であり、物理現象には強いが人為現象には弱い。ある程度未来予知と呼べるような、大災害を予知できるパターンは予知夢などの脳の活動が限定されている状況下においてのみであり、見る未来を選べないというデメリットがあるが――――何にせよ、千代神の近くにいて、今回のことをその一端でも予知し得た人物は1人だけだ。
布衣菜誉、浅夢予知。
彼女による情報が板川に流れ、この留守番音声に繋がっている。
「お、おおおおのれぇぇえええ!」
受話器を叩きつけた彼。
だが、凶報はそれだけではなかった。
「指揮、官。観測班からの連絡です」
「次は何だ!?」
「これは目視による観察で・・・その、正確ではないのですが・・・」
「だから何だ!?」
「本部に向けて、10mを越えると思われる火球が曲射されたと・・・・・・」
その報せを聞いて彼は身体の力を抜いた。
「ああ・・・」と息が漏らし、テントの暗い天井を仰ぎ見て、それから一言最後となる言葉を口にする。
「くそったれ・・・・・・」
彼らの戦いは終わった。
/
朽網釧との戦闘によって、すでにボロボロになった倉庫の1階部分に将来はいた。
何カ所も穴を開け、全体にヒビが走っている建物は頼りなく、等級の極めて低い能力者でこれでは、あの化け物相手ではどうなるのかは想像するのも馬鹿らしい話だ。
ある意味そのシミュレーションがつい先ほどまで行われていたようなものだが、倉庫に新しく持ってきたパイプ椅子に座りながら待機していた彼にはその詳しい情報は入ってきていない。
もし入ってきていれば、いや・・・どの道彼の余裕な態度に変わりはなかったかもしれないが・・・、とにかく彼は自分の力量をあまりにも量り間違えていた。
自分と同じ規格に劣化、ポンコツ扱いされたこともあり彼は気が立っていたし、自分の能力を疑いもしなかった。絶対防御と彼が言う時間の防壁は破れるものではない。能力波干渉ですら、能力波の伝達速度が落ちるために時間遅滞の前には無力なのだ。
だから彼は千代神と今は呼ばれる織神葉月がついに到着した際に、こう口走った。
「あぁ千代神さん、随分遅かったじゃないですか。連中相手に手こずってたんですか?
ははっ、どうしたんです?目元が赤いでッ」
――バチンッ
台詞を皆まで言わせずに、彼女が放ったほんの小さな紫電が耳に進入して、脳を程良く焼かれた彼は倒れ、戦闘とも言えないまま、彼らの雌雄は決し、
「で、ででっ、で・・・でぇでででで」
痙攣して言葉にならない彼に彼女は一瞥、冷たい視線をくれてから能力も使えなくなった彼の頭を踏みつけた。
「・・・未来ちゃんに、君が能力を得た頃の写真を見せてもらったんだけどね?
ここ数年で随分成長したみたいじゃない、身体。
これで君が彼女みたく身体の老化を止められるほど器用じゃないってことは分かった。
なら君のバリアは単純に時間遅滞させた割断層を纏っているだけだ。
そうとくれば一つ問題が浮上してくる。未来ちゃんのように任意的に透過性できない君の場合、光も音も当然速度を落とすはずで、本来ならクシロの時も今も会話が成立するはずがない。
ではどうしてコミュニケーションが取れるのか?答えは簡単、少なくても目と耳の箇所には穴が開いている」
それは、実のところ睦月の念力の際にも気づいていたことだ。
物理的に強固である念力の壁は、無色であるから光は透過するが空気は遮断してしまう。今回のようにウイルスでもまいてしまえば、あの時だって瞬殺することはできた。
それをしなかったのは、彼女自身が戦いというものを楽しんでいたというのもあるし、結局のところ自分と相対する存在である彼女と存分に殴り合いたかったというのもある。
何だかんだいってあの戦いで彼女は睦月に対し真摯にぶつかっていた。
だからこそ、面白味もない卑怯な戦法は採らなかったのだが、今回は違う。
相手は単なる憎いガキ。戦闘に何の興味もない。興味があるのはこれからすることについてだけだった。
「あぁそれから、君がクシロに勝ったのは相性がよかっただけで、クシロが弱いわけじゃないからね?
コントロールの効かない上に、下から上っていく能力上弱点が突きにくかっただけ。
こんな単純な弱点にも気づけないなんて君ってホント馬鹿だよね。あまつさえ、私に勝てると?思い上がるなよ。
私がこうしてここにいるのは純粋に報復のため。君の能力なんていらない、そんな価値なんてない。
・・・・・・やられた分は2倍の2乗だ。足の指から順番に折って砕いてちぎって太股は肉を骨から剥がして手は捻りちぎって腕は骨の形がなくなるまで踏み砕いて腹を裂いて臓腑を1つ1つ握り潰して肋骨を口に詰めて心臓が壊れるまで痙攣させて頭皮をちぎり頭蓋を砕いて散らした脳漿を眼かに詰めて発狂するまで苦しませて痛みつけて・・・・・・虐めて殺す」
そんな淀みも曇りもない宣言と共に、荷重のかかった頭蓋骨にベキリとまずはヒビが入った。
すでに戦いは終わっていて、今から始まるのは一方的な虐殺であり、なぶり殺しであり、処刑である。
その顛末はあまりに凄惨で語れるモノでもなく――――お話にすらならなかった。
/
「ひでぇ・・・」
状況終了・・・・・・もちろんこの場合泥底部隊の惨敗という結果での終了を以て、餌を入れておいた倉庫での出来事を彼女を刺激することを避けるために観察するのもはばかられた万可統一機構は、全てが終わってから嵐が去った後の現場に踏み入れることとなったのだが・・・。
研究員の誰かが漏らした冒頭の台詞に彼らは同意するしかなかった。
人間スープという言葉がある。
死んだ人間を微生物らが分解し、形を無くしてドロドロになったものをそう表現したりするのだが、経緯は別としてまさにそんな感じの有様だった。
血なのか何なのか、ただ赤いだけではない液体に僅かに浮かぶ白や黄色い欠片。形が残っているのはその欠片ぐらいで、眼球も骨も臓器すら判別できそうにない。
あるのは床の染みとスープの具のようになった諸々だけ。
人1人がいたとは到底思えない。
どうやったらこんなことができるのか、考えたくもなかった。
それでも一応研究のためにと、破片を回収する辺り研究者としてのプロ意識が見られるのだが、いくらこういったモノを見慣れている彼らでも吐いてしまいそうな光景で、果たして吐しゃ物とコレとの差異は何だろうかと想像してしまったことで吐き気がさらに増した者もいる。
そんな中、普段ならこんな場所にこないような人物が2人、現場を遠目に観察していた。
内海岱斉と加藤倉光だ。
岱斉は自分のところの自慢の娘がしでかしたことを鉄面皮のまま眺め、倉光は最初こそここまで続く外の被害について興味を持っていたようだったが、『潰すならカエルの形がよかったのに』と意味不明な言葉を呟いたのを最後に、場にまるでそぐわない携帯ゲーム機をいじり始めていた。
いきなり外へと駆けだしていく研究員を横目に、『とにかくヤバい』ということ以外分かりそうもない現場から意識を倉光に向けた岱斉は、老人が珍しいものを持っているのを見て尋ねた。
「それは?」
「ゲームだよ。主に若者の間で流行っているらしい。あの子がやっているを見て私もやってみたんだが、これが興味深い。『ビオサイド』、知っているかね?」
「いや」
「施設から逃げ出した少女が体内のウイルスをばらまくというゲームでね、制作者は――――」
言って、彼は岱斉にゲーム機を渡した。
そこにはゲームをクリアした後のクレジットタイトルらしくスタッフロールが流れていて、黒い画面を下から上にスタッフや企業の名前が上がっていっている。
それがしばらく続いて、その最後にこう表示された。
『(C)YAMANASHI』
「YAMA・・・NASHI、やまなし、月見里・・・・・・月見里、絵里香・・・・・・!」
「どうやら眠り姫のお目覚めは近いようだぞ、岱斉」
――――どこか、この世ではない場所で、白い少女が微睡みの中唇を三日月に歪めた。