第55話- 織神葉月。-Tree of Life-
『第20話- 学園都市。-Reverse-』最後らへんの内海岱斉と加藤倉光の会話より
「なるほどなるほど。つまりお前さんはバランスが悪いと言いたいんだろ?片方が抜きん出ていても意味がないと。で、お前さんは一体どっちが抜きん出てると思ってるんだ?」
「言うまでもないが?(葉月に決まってるだろ?)」
「ははん、まぁそうか。なら・・・そうだな。もう少し時間を置け。あれ(睦月)にはもう少し"学習"させるべきだな」
「能力的な差がさらに広がるぞ?」
「総合的な技能を合わせて考えるべきだな、カップリングさせるのが目的なんだ。対峙させて(葉月が睦月を)瞬殺なんてされたらそれこそ水の泡じゃないか」
「ちなみに参考として聞くが、総合的に見てお前はどっちがどっちを殺すと思っている?」
「言うまでもないね(葉月に決まってるだろ?)」
↓
というわけで睦月に『全知』を覚えさせました。使いこなすのは無理でした。しかも何か逃げられました。
↓
琉球学園都市の万可の予期せぬ介入。葉月は発火能力をねこばばしました。能力を奪うという発想を得ました。
↓
12月25日 睦月が期待に胸膨らませながらお披露目しました。けどなんか馬鹿にされました。
万可の予定ではここで能力を奪うという発想を葉月に植えつけるはずでした。けどなんか知ってました。
結局2人のバランスは取れてないことが今発覚しました。万可では2人が額にしわ寄せてます。
↓
おや?葉月の様子が……?
「脳みそ頂戴」 ……神は死んだ。 ←今ここ
『生物』が生きているモノを表す言葉だった昔、生きるモノには生命が宿っているのだと誰もが信じて疑わなかった。
実際生物と無生物の違いは見て明らかだったし、視覚的経験からもその差を生み出す確たるモノが存在するという考えは受け入れやすいものだったから。
生命を持つモノが生物――――ならば、生命とは何だろうか?
当然出てくるその疑問を人々は解剖行為に求め、時計を分解する童心のような好奇心はやがて人々を学問へと導いた。
生命を知る。
生命の神秘に憧れを抱いた人々は生体を解剖することを覚えた。
それがそもそもの間違いであることに気づかずに、解剖の人類への貢献度が故に過信して。
皮膚と肉に覆われた内部に分化した臓器を見つけた時、彼らはそれが空気や食物を動力に変える機関であることを理解し、――皮肉にもそれらが部品でしかないこともまた理解した。
熱く強く鼓動する唯一無二の臓器に触れた時、彼らはそれに心が宿るのだと歓喜し、――けれどその誤りに肩を落とした。
硬い頭殻に守られた深く皺を刻んだ神経組織の機能を知った時、魂はここに在るのだと狂喜し、――けれどその過ちに目を覆った。
どれほど分解しても、どれほど分析しても、どれほど解析しても。
どこにも生命の本体は見当たらない。
憧れた神秘を求める行為を繰り返せば繰り返すほど、生命は輝きを失っていく。
解剖の果てにあるのは身体の全てが『機能』という2文字に変換されるという現実だけで、生物は生命によって生物となるという考えは解剖という光に当てられて居場所をなくし、ついに生物の定義は『膜』、『自己複製』、『代謝系』へと取って代わられ、生命という幻想は残酷なこの現実世界へと堕天した。
そして19世紀にはクローン技術が産声を上げ、その後に肺性肝細胞技術も産湯に浸かる。
未受精卵を体細胞と細胞融合させるという技術や分化以前の細胞に恣意的な方向を持たせようという試みに人々は生命の冒涜を幻視し、高らかに生命倫理を叫んだ。
けれど、それは傲慢な勘違いだ。
どれほど彼らが自画自賛して『人間が犯してはならない領域』と大仰に騒ごうが、それらの技術が"生きた"細胞を弄り回す技術である以上、生命を犯すことなどできてはいない。
いくら遺伝子を弄繰り回しても、いくら細胞を操り回しても、その細胞が一から作り出したわけでもない、生体から取り出したモノである限り、その生命の起源は私達と同じであって、それを受け継がせるという行為は生命が今までやってきた自己保存と大した違いはないのだから。
生きているモノからしか生きているモノは生まれない。結局のところ、生命という神秘は昔から人の手が届かないところに在り続けている。
解剖しても見つからなかった。身体のどこにも見当たらなかった。
それなら・・・・・・生命とはどこにあるというのだろうか?
その答えを生命樹に求めるならば、それは果実を実らせた枝の大本、美樹を支える根元にまで遡る追憶の旅だ。
全生物の共通祖先、生物の始まりは気の遠くなるような遙か過去――――
38億年以上もの太古の昔、生命は産声を上げた。
その始まりは膜。外と内を分け『他』から『己』を切り離し『個』を作り出したその時から『私』は生まれ、膜という名の境界で外と自らを分けた『彼女』は自然の摂理に従って混沌へと向かおうとするこの世界の中、己が内には秩序があることを望んだ。
物質は放っておけば拡散する。濃度の違う液体や気体は混ざり合い均一化する。それが水と人が低きに流れるように"なりやすい"状態だというのなら、膜の内に秩序を、外界と差別化された内なる世界を創り出すことはその摂理に反する現象だ。
にも関わらず、生命はそれに固執する。まるで意思を持つように、意地のように執着する。それはヒトが脳組織から生ずる意識から生を尊むのとは全く異なったトコロからくる意思だ。
意思という機能が入り込む隙などない原初の生命すらが抱いたその感情は、例え生物が代謝系という機械に還元されても解明されないであろう場所からやってくる。
『秩序でありたい』。どこからやってきたのかも、どこにあるのかも分からない、その在りどころの見えない意思こそが生命の根源であるとするならば、
――――生命とは秩序を望み続ける"我が侭"だ。
幼女のように駄々をこね、童心のままに我を通す彼女の我が侭に導かれ、生命は自らの内にある秩序を新たな秩序に受け継がせることを覚えた。生物的分化は毒であった酸素すらを克服し、ソレらを呑み込んで生命はさらに跳躍する。海の中は多様性に満ち、草が生え魚は泳ぎあるいは海底を這うモノも生まれた。波に揺られた光を受けて植物達が吐き出し続けた酸素が大気を満たし動植物は陸へ。不毛の大地に舞い降りた地衣類は根付き光を浴びて生を謳歌し、やがて死に逝く彼らの躯は地に栄養を与え植物の種はそこに芽吹く。過酷な環境下でも生きられる草花が枯れた後に富んだ土は造られ、多くの草木が萌えればそれらを食べに動物は集まる。その動物を食べる捕食者が誘われ、食べる側も食べられる側もいずれは土に全てを還す。その繰り返しに大地もが生命の世界へと塗り替えられて・・・、それでも生命は進化を止めない。彼女の我が侭は彼らに光の色を教え、彼女の我が侭は彼らに息することを教え、彼女の我が侭は彼らに地を這う感触を教え、彼女の我が侭はやがて彼らを空へと羽ばたかせた。狂おしい時を経て姿かたちを変えながらもその生命の火はその始まりからずっと燃え受け継がれ続け、今もまだ彼女は進化を止めていない。彼女はずっと生きつづけ、彼女はずっと想い続け、彼女は誰にも内緒にしている想いのためにこれからも我が侭を言うのだろう。
彼女、それは系統樹の始まりに名を刻む生命の根源。例え無生物と生物との間に大した差異がないのだとしても、生物が化学反応を維持し続けるシステムに過ぎなくても、ただひたすら続けてきたその執念に不可視の彼女は宿る。
彼女の名は生命の始まり。
そして、
■
そして彼女は言った。
「君の脳髄、頂戴」
そのあまりにも人間離れした台詞に合わせて、触手がしゅるりと舌舐めずりしたような気がした。
動機構のない髪を動かすには能力を動力源として使用しなければならないが、形骸変容の欠点が燃費の悪さである以上、織髪はそう何度も使える代物ではない。
準備さえしておけば能力を使用しないで済む化け物の如き身体強化も、僅か1mほどの範囲にしか届かない人間の腕ではPK相手に分が悪い。
遠距離戦への対応。
それは今までの戦闘の中で絶えず織神葉月に与えられてきた課題だ。
『進化』が形骸変容の代名詞である以上、いつまでも不便さに甘んじている『彼女』ではない。
腕よりも遠くに伸ばせる手が欲しく、それが捕食手段になり得れば勝手がいい。
人間の矮小な身体が足手まといになるというのなら、そんなもの捨ててしまえばいいだけのこと。
そんな枯渇を知らない欲望の答えが"ソレ"だった。
細く長く伸びた筋組織でできた、触手あるいは触腕と呼ばれる軟体動物の器官。
黒く、髪と同様に蠢くそれは糸としての殺傷力こそないものの、一度造ってしまえば能力に頼らなくても動かせる上、この状況下――――色神睦月を捕縛してどこからでもいいから脳みそを吸い出せば勝負が決まる中では十分すぎる凶器となる。
何より超能力者の生態ピラミッドに君臨する頂点捕食者としてそれ以上相応しい手段もない。
進化は何時も不可能を可能にしようと分化の枝を伸ばす。
神様が人類をエデンの園から追放したのは、知恵の実と生命の実の両方を食して人が神となることを恐れたからだという。
知恵の実を食べた人類、睦月は生命樹の実を手にし神に進化せんとするが、翻ってそも進化の系統樹そのものである葉月に智恵の実は必要ですらない。
今回彼女が見せた触手という進化の意義は燃費の効率化によるコスト削減だった。
より便利に、より低コストに。それは人類が掲げるスローガンだが、元はといえば全ての生命が持つテーマに過ぎない。
この世には人がその存在を知る遥か前から電気を使う魚類がいたし、太陽光を電気に変える器官を持った蜂すらいる。
それどころか、多様性は今でも多くの生物が毒としてるヒ素で増殖する細菌や宿主を性転換させるバクテリアまで存在を許しているのだ。
どれほど人間が叡智を誇ろうと、それらは概出した発想でしかなく、人類がそれを模造できるという特殊な存在であったとしても、霊長類という生物的分類の範疇に収まる彼らの能力に相応しい表現は『猿真似』だ。
生命そのものには――――『彼女』には敵わない。
ずるり。
まずは1本、そんな手軽さで今まで手持ち無沙汰に身をよじっていた触手が確かな意思を与えられて持ち上がる。
それを見上げて睦月は僅かに腰を落とし、その僅かコンマ秒後には横に跳ぶことを余儀なくされた。
残像、そして何かが叩きつけられる音。
見れば、さっきまで彼女の居た場所が凹んでいる。
触手による攻撃。その恐ろしさは纏わりつくおぞましさだけはない。
イカが捕食時触腕を素早く突き出して獲物を捕えることからも分かるように、触手はイメージ程愚鈍ではない。
ある意味筋組織の集大成と言えるその器官はしなりを生かすことで骨格を持つ手足よりも強力な破壊力を得ることができるのだ。
鞭のように振るわれる彼女の一撃が生身に当たれば捕縛以前に身体が千切れかねないし、何より問題なのはその俊敏さである。
(クソがッ!予知使ってもギリギリじゃねぇか!)
一般人に対応できる速さを超えてしまっている。
葉月と違って極めて人間的な身体であり、戦闘経験自体の少ない睦月には戦闘感性が欠けている。それを補うために、使いこなせないまでも全知の素能を対葉月用に組み直して、負担にならない程度の粗い予知で勘の代わりをさせているのだが、それですら避けるのが精一杯だ。
念力で守っているとはいえ、あんなものを喰らえばただでは済まない。かといって見切って隙を突くのは難し過ぎる。
両者の間合いは6mほど。その距離は睦月にとってレベルの低い技能でのPK有効範囲ギリギリを意味するが、それと同時に触手の威力が最も大きいだろう距離でもある。
離れれば今度は自分の攻撃が当たりにくくなる。けれどあの触手相手に逃げ回るのは無理。数の上でも自分の身体に足は2本しかなく、2つある腕のうち左に関しては手首から先を喪失してすらいる。
当然睦月は距離を取ることを選んだ。
それを追い打つ触手がコンクリートの床にクレーターを作り、欠片を飛散させながら元の位置に戻っていく。そしてその頃には次の1本が打ち出され、他の触手はじわじわと追い詰めるように迫ってくる。
その様子を観察して睦月は気づく。
打撃用に使われているのは4本だけで残りの6本は比較的動きが鈍い。
(はっ、やっぱりな。いきなり手が増えて使いこなせるわけがねぇ)
それは彼女自身経験として知っていることだった。
能力をどれほど蓄えても同時に使える数には限度があり、その数もやはりおおよそ4つなのである。
もちろん睦月の限度枠のことは葉月の方も知っている。
喧嘩ならともかく戦闘では既知の能力であってもその程度を計るためにまずは様子を見るというのが定石だ。未知の能力ならばなおのことである。現に前哨戦であった銃撃戦を葉月はそのために費やした。
撃って切り裂いて爆破して、そうやって得た情報から勝利までのルートを構築して戦況を動かしていく。それが本当の意味での戦闘だ。
相手が倒れるまで考えなしに殴り合うような戦い方は愚行もいいところである。
葉月は触手への対応を強いることで睦月の同時発現の限度枠を越えさせエラーを起こす、あるいは能力の乱用、特に負荷のかかる身の丈に合わない高位能力の使用での体力切れを狙い、睦月も触手を片っ端から切断することで肉を削ぎ再生を強いることで体力を奪うという作戦を即座に立てた。
片や念力で攻撃が通りにくく、片や癒着が怖くて接触できないこの状況、2人にとっていかに相手を消耗させるかが重要になってくる。
よってこの先展開されるのは相手の体力を奪わせるための攻防戦に他ならない。
そのためにも体勢を整えたい。とにかくまずは距離をおこう。
俊敏に動くことができずに追い詰めるために回された6本の内2本を斬物風刃で切り刻んで退路を確保しようとした睦月に切断面から透明な液体が降りかかった。
同時に気管支に刺激を覚えて睦月はすぐさま風で辺りの空気をかき混ぜ、一撃の風刃を天井に放った。
有毒ガス。刺激系だ。ヘモグロビンと結びついて呼吸困難に陥らせるような窒息性はない。
おそらくは酸。特に攻撃に使われるような酸はかなり身近な生命が保有していることを彼女も知っている。
(蟻酸・・・もはやなりふり構わずに仕掛けてきてやがる!)
触手という武器が持つリスクを向こうも分かってちゃんと対策を打っている。むやみに切り刻めない事実の発覚に心中で舌打ちして睦月は代わりに比較的得意な発電能力に攻撃を切り替えることにした。
もちろんあの軟組織の中に血が通ってなかったことからして痛覚もありはしないのだろうし、電撃にもすぐに対応されてしまうだろう。
よって攻撃法は電撃自体ではなく高周波電流による熱を利用する。医療分野使われる電気メスの原理だ。切断と同時に切断面を焼いて塞ぐ。これなら噴射を抑えられる。
ちょうど迫ってきた1本で試し切りし、びたんびたんとのたうつ触手の切れ端を尻目にまだ多く残っている死蔵物の山へと身を隠す。
もちろん、それで隠れきれるとは思っていないが、開けた場所よりはマシだ。
本体とはかなり離れてしまったとはいえ、地道に迫ってくる触手を切断していけば勝機はある。元々小柄な葉月の体躯では再生の材料もそう多くはないだろう。
タンパク質の焼けた嫌な臭いが充満する中、一息吸って睦月は両手にチャージしておいたレーザーメスを上へ向けて放つ。二筋の光が交差する頃には触手を構成していた肉片がボタボタと降り注ぎ始めていた。
長く伸ばせば伸ばすほど触手は弛んで鞭のようには使えなくなる。6mの距離ほどで対峙した時よりはいくらか鈍った触手ならまだ対処できる。
けれどそれはいささか甘い考えで、葉月がただで自らの血肉を差し出すわけもない。
落ちてくる残骸の数々から黒い根のようなモノが無数に生え、それらはお互いに絡み合って1つの網を作り上げると睦月を覆わんと頭上から迫ってきた。
切断では対処できない。睦月はそれを理解してレーザーを線ではなく面に、波長を色素に作用する高さに変更した。レーザー脱毛がメラニン色素に反応させて発毛組織を破壊するのと同じ原理で、黒色をしている葉月の触手片は高熱を持って内側から死んでいく。
まだ生きた肉片が残るその場所を嫌って駆け出した睦月に葉月の触手はまた迫ってきていた。
天井から1本、後ろから2本、そして前からも1本。
荷物の壁でできた道を移動する彼女に横に逃げるという手段はない。わざわざ2本迫ってくる後ろに方向転換するわけもなく、前の1本に対してさっきと同じレーザーを放つがレーザーの熱が細胞を殺す前に触手は壁であるダンボールを乗せた鉄ラックを引っ張り倒した。
「つっ!うお!」
前どころか側面そのものが塞がれて、なだれ込んでくる研究資材は睦月の頭上を舞う。それに対応すべく置いてあったダンボールが落ちてスペースの空いた、今まさに倒れてこようとしているラックの間に身体を滑り込ませた。それを追うのは後ろから来ていた1本で、辛うじて彼女の足・・・が纏った念力を掴んだのと積み荷が本格的に雪崩を起こすのは同時だった。
「舐めッやがッ!・・・・・・てぇえぇ!?」
何とか難を逃れ、崩れた資材の隙間から立ち上がった睦月を迎えたのは2本の触手の間に煌く火球。触手はそれを何の躊躇いもなく乾ききった紙箱へと放つ。
(何が離れた方が、だ!本体に害がないからってやりたい放題じゃねぇか!)
自分の判断を呪って睦月は火の山と化した資材を脱し、今まで逃げてきた方向へとUターンし始めた。
触手から肉を削いでいくのはリスクが大き過ぎる。直接本体を叩く方がいくらかマシだ。
正直アレと対峙するのは勘弁したいという気持ちが強いが仕方ない、透視能力で本体と触手の動向を確認しつつ自分の能力が葉月に届く距離にまで接近する。
5m、それは同時に未だ10本生え揃った触手の猛攻が最も強い距離でもあるが、睦月は鞭打ち以外の攻撃なら多少受ける覚悟で臨む。
右手に一際高エネルギーをチャージしながら、左で迫る触手をレーザーで刻み、空気を割く4本の鞭を避ける。電撃、予知、念力、身体強化のフル稼働でそれを成し、溜め時間を稼ぎ終わった彼は右手をかざした。
狙いは葉月の胴体。そのため今回のそれは色素とは無関係に純粋に熱で切り刻むレーザー光線だ。
ジュシュッという嫌な音、そしていくら吸っても慣れない嫌な臭いが発生し、爆発的にあがった蒸気らしきモノが晴れて現れたのは黒い繭だった。それが半ば焼失して中身が見えている。
「あっぶなぁ!」
「チッ!素直にくたばりやがれ!」
自慢の艶髪をボロボロパサパサにされて葉月が叫び、流石に無理をし過ぎて頭痛のする頭を押さえながら睦月も叫んだ。
髪を解いた葉月は再び触手を広げ、初動作なしで鞭打ちを放つ。それをギリギリで――――凹んだ床の窪みに後ろ足が掛かる程度にギリギリで――――避けてもう一歩前に出て睦月は今度は電気ではなく水による刃で葉月の頭上から切りかかった。
しかし葉月に触れる前に水刃は爆発を起こしてしまう。その現象に葉月の唯一のPKである発火能力を思い出し、一気に沸騰して爆散したのだと理解した。
同時に不可解なことに気が付いた。それは能力を得る能力者である彼女だからこそ身に染みて知っていることだなのだが、何故葉月はこうにも能力を使いこなせているのだろうか?
少なくても彼女が発火能力を使ったと記録にあるのは琉球学園で、その時は瑞桐小鳥を介してのみ。それもその能力を盗んでいたなど誰も予測だにしていなかった。万可統一機構から葉月の情報を得ていた睦月が知らなかったその能力は、当然ながら機構にも隠し通されていたはずだ。機構が常に彼女を見張っていることから考えても、葉月が発火能力を訓練する機会はなかった――――否、
(箍の外れた発条の放火魔事件!ヤロウ隠れて練習してやがったな!)
それに加えて、おそらく熱や電気というエネルギー体は葉月にとってかなり馴染みのあるモノだということも思い出す。
能力の体力消費を克服するために彼女が生成エネルギーの効率化を図らないわけがない。ミトコンドリアすらを弄っているのは間違いなく、彼女の髪色は最も光を吸収する黒色であることも忘れてはならない。発火能力は彼女にとって元から操りやすかったはずだ。
爆散した水飛沫を浴びた葉月を確認し、もう一撃と今度は袈裟切りに水刃を振り下ろそうとした睦月の片足に真央後ろから触手が絡みついた。気づいた時には既に強く引きずられて一気に距離を詰められる。急遽刃の狙いを捻じ曲げて触手を切り離すが、それを見越して用意されていた鞭打ちを避けることはかなわず、重い一撃を腹に喰らってしまった。
「ごっ!こはっ!げふっ、がほっ!」
まず肺の空気を押し出され、続いて損壊した胃腸の血液が食道をせり上がってくる。腹筋がまともに機能せず起き上がることすらできない。
その切羽詰った状況下、睦月は辛うじて発現できた斬物風刃を葉月ではなく天井に放った。
鉄を割く音を合図に穴の空いた天井から勢いよく注がれるのは大量の雪水。それは屋根に降り積もった雪が天井まで燃え広がった葉月の発火による火事で融けたモノで、予期せぬ冷水に葉月が僅かに怯んだ隙に睦月は冷却能力を発現させた。
水浸しの床、水浸しの葉月。
両足が床に固定され、追撃する睦月の右手は光を帯びている。その光が先ほど織髪を半焼させたモノと同じであることを感知し葉月は織髪を広げようとして、それが念入りに凍らされていることを知る。
(最初の水刃の狙いはコレか!?)
元から冷たい水は凍らせやすい。冷水でも十分ではあったのだろうが、特にクリアすべき問題であった髪を封じるために、自分の能力を伝えやすい自分で作った水を先に振りかけておいたらしい。
けれど、それを今更理解したところで時は既に遅く、凶刃は葉月の腰を焼き切った。
千切れて舞う髪、固定された下半身はそのままに、切り離された上半身は支えをなくして床に――――、
落ちるわけもなく、足の代わりに触手4本が身体を支えた。
「・・・・・・で?」
「だよなっ!」
ある意味予測できていたオチに睦月は叫び、少しは痛みが引けた身体を仰向けからうつ伏せに転がして立ち上がり、葉月の方も離れた身体をくっつけにかかった。
くっつける、と簡単に言うが、直径10cmはあるレーザーに焼き切られた接合部は焼失した部位も多く、焼けて死んでしまった細胞もかなりある。血肉という意味でも体力という意味でもかなりのロストだ。そういう意味では睦月の攻撃は効果のある一撃だった。
その証拠に葉月の触手は右より左の方が短くなっている。手のなくなった左腕を無意識に庇った結果がその片寄りなのだろうが、その不均等な長さを調整できるほど葉月にも余裕がないことが分かる。
再生を躊躇する程度には効いてきている。ならば今がチャンスだ。
(まずは対応の厄介な触手を削ぐ!)
未だ黒色である触手を対象にするなら色素の反応波長によるレーザーで事足りる。最大出力でゴリ押しする問答無用のレーザーメスよりは負担が少なくて済む。
鞭打ちに使われている主な触手を狙ってレーザーを放とうと握った右手を開く睦月、けれどその照準は側面からきた触手を避けるために外さざるを得なかった。それでも遅れた反応分の距離を稼げずに避けきれず横腹を強打してしまう。
よろめくも何とか踏ん張って立ち止まらずに横へ跳んだ。
(おかしい)
前に喰らった一撃の傷が癒え切っていない分、応えた腹を摩りながら睦月は思う。
(触手の動きがいきなり俊敏になりやがった)
今まで葉月が直接攻撃に使用した触手は4本で、他の触手は動きはしても鈍かった。
それが分かっていたからこそ油断して、さっきの攻撃を食らってしまったわけだが、その突然の変化が不可解だ。
脳が触手の操作に慣れたにしては急すぎる。何か別の理由があるはずだ。
それを探して、葉月の指に目が留った。
動いているのだ、指が、忙しなく。
そしてその動きが触手と対応していた。
指に送る生体電気を触手にも送っているらしい。
2本しかない腕に対して指はちょうど10本だ。腕を振るうように触手を振るうのではなく指を動かすように触手を操るという認識の違いがその結果だった。
だとするならばいよいよマズイ。
今でも対応しきれずに足を取られるほどなのに、これ以上手数を増やされると反撃すらままならなくなる。
(なら!)
睦月は賭けに出る。うまくいくかは分からないが葉月の発想を利用させてもらう。
腕の1本より指の5本。かざした右手を開き指の先を出力点としてレーザーを放つ。当然制御は難しくなるが手数が増えた分切り刻める触手の量は多い。
光の線をくぐり抜けようと蠢く10本の触手と触手の侵攻を防ごうと交差する5本の光。
ボタボタと落ちる触手の残骸が二人を隔て始めた頃、もう1発左腕で葉月本体を叩こうと睦月が手のないその腕を伸ばそうとして、残骸だったはずの肉片が弾ける音に怯んだ。
見れば、一口サイズに切られた千歳飴のような形をした黒いそれらは皮を破いて中から無色透明の気体を吐き出している。
今になってのその挙動を、睦月は不審に思い、そして蟻酸のもう1つ性質を思い出した。
発火性。
蟻酸という選択の理由が酸による直接攻撃だけではなく、むしろ本命がそっちだったと、もし初めからそれが狙いだったとしたら?
(まさか今まで切った触手も!?)
風穴を開けたとはいえこの倉庫内にかなりの蟻酸が充満していることになる。何より、ソレが目的ならば、蟻酸は"燃料"で"爆薬"は他に用意するはずだ。
例えば、床に無残にも切り落とされた肉片の中、とか。
思えば自ら肉を差し出す愚行を今まで葉月が許していることがおかしいのだ。
さっきのガスは最後の仕込み。もはや一刻の猶予もない。
出口に踵を返した睦月が最後に見たのは三日月型に吊り上る葉月の唇と触手の間に生まれた紅の炎。
広く浅く能力を得ている睦月にとっては特にだが、能力による現象に対して念力は鉄壁ではない。
――――起こると分かっていたところで心構えなどできるはずもない、大爆発という名の暴力が倉庫内を暴れ狂った。
♯
人は母胎から生まれ出た瞬間、産声を上げるために初めて息を吸う。
生きている。その実感を呼吸という行為に生を実感するのはそのせいだろうか?
あるいは汗を滲ませ苦しみに耐え抜いた末、山頂からの景色を拝んだり冷え切った空気の感触を肌で感じた時。
もしくは命の危機に晒された次の日の朝、静寂を唄う小鳥のさえずりと光の色を感じる透明な視界を、ゆっくりと浮かび上がる意識が実感した時。
生という体験は、その何の根拠もないくせにやたらと在るのかも分からない心や魂を揺さぶる経験は誰もが少なからず得るものだ。
けれど翻って。
翻って、死とは何だろうか?
死後の意識や世界の話は今はおいて、そも生という状態を明確に定義し得ない人智に死というモノもまた把握することはできない。
多くの動物は心臓や脳を潰されれば死ぬ。
それは生命が自らを保持し続けるための機能を損なうからだが、しかしだからと言って臓腑がなくなった瞬間に命が消え失せるわけではない。
人は死を医学的に心、肺、脳機能の不可逆的停止としているが、それら循環機能が死に酸素と栄養の供給が断たれても、生命は身体を構成する細胞一粒一粒が死に絶えるまでもがき続ける。
死は、いきなり訪れはしない。
故に切り離され、もはや肉塊でしかないモノであっても、死にゆく定めにあっても"生きている"には違いなく、彼女が繋がりを絶たれた肉片を動かせるのはそれに由来するのだろう。
けれど、そんなことはどうでもよく、爆発に巻き込まれた睦月がまず思ったことは『死ぬかと思った』の一言に尽きる。
生の実感どころか、爆炎の包み込むあの中で息などすれば肺が焼け爛れて死んでいた。
あの可燃物と爆発物とで起こされた大爆発の中、避けれないと理解した睦月が咄嗟に取った行動は得意で信頼のおける発電能力に頼り電磁力で金属の繭を作り出すことで、だから衝撃がくる直前に彼女の頭を支配していたのは『ぐるぐる』だった。
もちろん目が回ったわけでもなく、DNAの二重らせん構造のことでもなく、何かのおまじないでもない。
『ぐるぐる』、それは彼女が電磁力系の能力を友好的に手に入れた際、ご丁寧にも講釈までしてくれた発電能力者の口癖である。
事ある毎にぐるぐるぐるぐると意味があるのか疑わしい台詞を口走っていたが、それがあったから今生きていられる。まさにぐるぐる様々だ。
女神様!と8時就寝が習慣の栗毛ウェーブ少女を心中で拝み倒した睦月は所々焼けた身体を治癒しながら熱気に包まれた息苦しい倉庫に水と空気を送ろうと3回目の風刃を屋根に放ったが、落ちてきたのは水ではなく屋根そのものだった。
触手だけではなく倉庫の壁や柱まで焼き切っていたレーザーに触手の打撃破壊と爆発。
もはや2人の周りへの影響を考えない戦闘に倉庫が耐えられなくなっていたのだ。
爆風から逃れたと思った次には瓦礫から身を守ることを強いられ、再び防壁を作って耐えた後、嫌にすっきりと開けた視界の中彼女が見たのはさらに触手の短くなった葉月の姿だった。
それを再生させる様子もないところからみて、そろそろ限界がきているのだろう。
触手の再生、切り離されてからの物質生成、上下半身の接着。
特にあれは肝臓、膵臓、腎臓、脾臓という重要臓器全てを持っていかれいたために見た目以上の負担がかかっていた。
攻撃にも能力を多用していた葉月はおそらく大爆発で全てを終わらすつもりだったのだろう。
その思惑は外れ、その代償は大きいと見える。
息は安定しているが、血の気は悪い。脅威である触手もこれ以上は再生できない。
今が勝機だ。手を休めずに追い詰めて一気に方をつける。また厄介な攻撃手段を思いつく前に、体力を回復される前に倒す。
(・・・今なら倒せる!)
そのために、もっと適した武器が欲しい。
レーザーは使い勝手はよいが、動きが直線的すぎて読まれやすい。
風刃は威力は高いが、負荷が大きく連発は避けたい。
火と水はそれほど得意ではない。
なら、どうすればいい?どうすれば化け物を倒し得る?
そこでふと睦月の目に留まったのは蠢く葉月の触手だった。
散々痛い目に遭わされた動きの読みにくい軟組織。葉月はそれを指へ送る生体電気で操っているらしい。
触手、生体電気、そして指。
そして自分の左手を見る。応急処置でつるりと切断面を覆った皮膚、その先にあるはずの、なくなった手の平と指。
それを動かす感覚と感触は、まだ残っていた。
(・・・――――――――)
一瞬動きの止まった睦月の隙を逃さずに葉月が伸ばした触手が、宙を舞う。
一時で多方向に細かく刻まれた肉片を見て葉月は唇を歪めた。
「へぇ?」
ほぼ前に突き出すようにして出した触手が輪切りにされている。対峙している位置関係では直線に放たれるレーザーにそんな切断はできない。
その結果をもたらしたモノ、それは確かにレーザーだった。
ただしその挙動はおおよそ光らしくはなく、グネグネと身をよじっている。
喪失した睦月の左手から生えるソレはまさしく触手だった。
「何が人の皮を被った化け物だよ。この人の面した化け物め」
その容赦なく血肉を焼き切る凶悪過ぎる光の触手を観察しながらそう言った葉月に悪びれず睦月は返す。
「『人は人を人の形にて人と認識し、人は人を人の内にて人と識別する』んだろ?
だいたいコレはオマエの発想じゃねぇか。バケモノが元なんだ、バケモノらしくていいんだよ」
睦月はさらに続けて、
「自分の能力が自分だけのモノだと思うなよ、バケモノ」
そして、オレンジを帯びた光の触手を手の平のように広げ、挑むような笑みを作ってみせた。
「ヒトのモノはオレのモノ、バケモノのモノもオレのモノだ」