第54話- 万可統一。-Garden of Eden-
そしていつもの如く章の最終編なので『欠片-2 虚夢。-Her Dream-』あと『第4話- 心理戦。-ESP-』辺りを読み直して頂いた方がいいかもしれません。
第4話に関しては約2年越しの伏線回収ですよ。もはや賞味期限切れてますよね。
自由を許されない箱の内で天を仰ぐ行為には虚しさしかない。
ズリズリと身を削られる焦燥感を感じながらも逃れられない監獄。
濃厚な負の空気の掻き混ざるヌルヌルとした感触が血管を守るにしては薄すぎる首筋の皮膜を舐める。
閉じ開きしすぎた瞳孔が定位置を忘れて、目に映る周りの景色はいつでもぼやけたまま。
真綿で首を絞められる残酷な感覚の日々は、精神を蝕んでまともに息すらできはしないほど。
建物の外。
グランドではしゃぎ回る同類の姿を目で追うも、その焦点は決して合わせない。
友達と呼称した1人が何時の間にか消えていることに気づいたその日から、
――――私は彼らを識別することを止めた。
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日をまたぎ振り続ける雪は厚く積もり、銀世界というには少し不格好な凹凸のある白い布地を学園に広げる。
調整を誤ってか例年より少しばかり振りすぎた雪が交通を麻痺させ、学園が力を入れて例年より盛り上がったクリスマスイベントに集まった人々は多くが未だ会場で騒いでいる。
住宅街に続く、学生寮の多いそのエリアにイベント会場は集中し、対してその反対方向に広がる研究所群や倉庫の固まったエリアは時期が時期だけに人気はない。
臼田物産第2倉庫。
その倉庫はそんなエリア内でもとりわけ静かに佇んでいる巨大倉庫で、研究所が取り寄せた材料の余りを保管する物置としての役割しか割り当てられていない。故にこんな日に人が訪れる心配もなく、周りの環境も含めてここ以上に隠密性に優れている舞台はない。
12月25日。イヴを超えてついに降誕当日を迎えたその日、倉庫一帯は外界から切り離された。
精神的にもそんな場所を気にかける者などなく、物理的にも武力行使に抗える者もない。
そこへ辿りつける人物がいるとすれば、それは招かれたたった2人の客人だけ。1人目はすでに席に着き、もう1人は思いの外準備に手間取っているらしくまだ来ていない。
相変わらず空は雲に覆われ僅かに陽を漏らすに留まっている。思えば最も太陽が近づくこの季節にその姿も温もりも感じられないというのは皮肉めいてはいないだろうか?
風は強くないが感覚が麻痺するぐらいには外は寒い。こんな日に体が鈍るなんて状態は許しがたく、そういう意味では場所が屋内だったのは有り難い。
1月、そう呼ばれる彼女は空を遮る天井を見上げながらそんなことを思い、首を元の位置に戻して着込んだジャケットのボタンを留めるか外すか気にし始めた。ずっとポケットに入れていた手を外に出した瞬間かじかんで痛さを覚える。元より細い体躯だがここ最近は特に酷い。寒さに耐えるだけの血の巡りすらままならない指先を見つめてからボタンをしっかりと留める。
落ち着かず今度はうねる髪の毛を手で弄くる。頑固な跳っ毛や癖毛のせいでうまく伸ばせない髪はショートにせざるを得ず、漆黒の髪を伸ばすのが彼女の秘かな願いだ。
――――と、そこで、ガコンッという音が倉庫内の空気をかき交ぜた。
静かな内界故にその音は大きく響き、その後の来訪者が足音もまた反響してくる。
音の主は大して気負った風もなく、音の間隔はマイペースなものだった。それが彼女を焦れさせる。
まだかまだかと待つ行為は、かえって感覚を狂わすものだ。どれほどの歩数を数えたのか分からなくなった辺りで、足音はカツンと軽快なピリオドを床に打って止まった。
倉庫に音が生まれてから瞳を閉じていた彼女は目を開き、見据える。
ほんの15mほどの眼前に立つ織神葉月を。
ショートパンツを穿いているのか太腿を隠すダッフルコートの裾からは素足が覗き、この寒空の中マフラーもつけていない。
大方動きやすさを重視したのだろうが、そんな発想で衣類を選べる時点で彼女らの格差は明らかだ。
彼女と違い彼女の髪は痛みもせず、後で団子結びできるほど長く、長くできるほど癖がない。同じく薬物投与の副作用で節々にガタがきていたはずの彼女の身体は健康そのもので、この気温の中寒さなど感じてはいないのだろう。
目の前にいる8月は彼女の持っていないモノを、手放したモノを全て持っている――――。
それが妬ましくて、彼女は心底楽しそうに言った。
「よぅ、折り紙の8月。オレの名前は・・・はん、お前風に言ってやるなら『色紙の1月』ってとこか」
まぁ、呼ばれてねーけどと彼女は付けたし、彼女は興味がなさそうに胡乱な視線を彼女に寄越した。
「色神睦月ね。ふぅん・・・・・・機構が造ってたもう1つは君か。
で?ここに呼ばれたわけを訊きたいんだけど?僕と違って君はどうやら事情を把握してるようだし」
不敵に笑う睦月に葉月はそう判断し、葉月の台詞に睦月は自分がアドバンテージを持っていると判断する。反発はしていないが協力的でない葉月と違い、積極的に計画に関わっている彼女の持つ優位性はしっかり働いているようだ。
ほんの少しだけ心に余裕ができた彼女は、一息吐いて、もう一度彼女に目をやった。
健康で幼いながら女性的な身体、血の巡りの良い白い肌、艶やかに長く伸びる黒髪。
それはまさしく正常の象徴で、彼女にとって平穏の偶像だ。
今まで諦め続け、夢見てきたモノを手にするために、まずはソレを手に入れなければならない。
だから、それらを取り戻すべく彼女、色神睦月は宣言した。
「オレの能力は内潜変容。お前の形骸変容を貰いにきた」
その言葉と共に小さな火が彼女の右手の平に灯る。それは橙色をした灯火ほどの小さな火球だったが、一瞬で色みを青白く変えると指に纏わりつく紫電になった。光速で暴れ回る電流の動きが緩慢になったかと思えば今度は水流となって手から零れ落ち地面を濡らす。
なるほど、と葉月は微かに頷いて内潜変容の意味を理解する。
発火、発電ときて発水。
多重能力は決して珍しいモノではないが、ここまで系統の離れたモノを扱える能力者は少ない。それも、2つ以上となれば尚更。
例えば、多くの発火能力者は発火と発破の両方を使えるし、発電系能力者にしても電波、電磁、電撃とタイプ別にさらに系統が枝分かれはするが、それらをオールマイティーに使いこなす能力者を誰もが目指す。
そもそも生物の系統樹じゃあるまいしDNA配列などの根拠ある精密な分類ができているわけがないのだ。方向性や成長過程によってすら名称は左右される。
そんな大雑把な分類であるからこそ、多重してるかのように思える能力者はいくらでもいるし、PKとESPという植物と動物ほどにかけ離れた能力を操る真正の多重能力者もいる。
とはいえ、それは本人の素質によるところが大きいし、何より増やしたいと思って増やせるモノではない。
けれど彼女は『貰いにきた』と言った。
好きな能力を手に入れる。それができる能力はただ1つ、原始素能だけだ。
内潜変容――――名前同様に形骸変容と対応させてそう呼んでいるのだろうが、その内実は原始素能と変わらないモノだろう。
ただし、原始素能とは手にできる能力数の制限に違うがあるのだとも推測できる。でなければ潜在能力を変容するという大仰な名称を冠することはできまい。
それを理解し、彼女の台詞を理解しても葉月は大して何も感じなかったのか黙ったままだった。そんな反応の薄い彼女に睦月は少し拗ねたような顔をしたが、気を取り直して語り始める。
「なぁ、オリガミ。オマエはこの学園をどう思う?学園都市システム・・・30年ほど前提唱・採用されたこのシステムだが、実際のところ採用する価値があったと思うか?
確かに能力者同士の技術共有は能力の向上に役立ってるだろーよ。お陰で日本は世界に見る超能力大国だ。
けど、能力開発を閉鎖的な研究所でやるってのにもメリットがないわけじゃあない。ただでさえSPSは成分不明の薬だし、能力者研究に人権侵害を訴える連中は多いんだ。
SPS薬の使用権を研究所が独占できれば、非人道的な研究にも成りたがりはサインするさ。
超能力なんて新技術に沸いた4、50年前ならともかく、今じゃ能力研究は経済的貢献がなければ成り立たねー。長いスパンを要する"教育"より"研究"の方が効率的だ。
なら何故、この国は学園システムを取ったのか?」
「情報プール・・・って言いたいんでしょ?」
実際には『情報プール』などという言葉はないが、近いものとして『遺伝子プール』というモノがある。
それは生物学の用語であり、その意味するところを誤解を恐れずに言えば、とある生物の集団全体を遺伝情報を溜めておくプールに見立てて、そこに色んな遺伝子を貯蔵しているという考え方だ。
情報プール、彼女がそう表現したのは『学園』という集団が超能力という『情報』を『貯蓄』していること指している。
もちろん学園システムは彼が言った通り元々能力者の技術情報をストックする場所としての意味合いを与えられているので、それ自体は新しい見方というわけではない。
だが、能力を入力する能力者の存在を最初から計算に入れていたとすればその意味合いは違ってくる。
超能力そのものをストックし続ける学園は、いつくるか分からない収穫祭に備えて高位能力者を実らせ続ける苗床だ。
能力の素質を貰い受けることができると言っても、それには元になる生きた能力者の存在が不可欠であり、冷凍保存するわけにもいかない超能力は生命と同じく生殖によって伝えていくのが最も効率的な手段となる。
遺伝子さながら世代を超えて能力を伝えていくために用意された学園は、超能力の遺伝プールと言えるだろう。
研究所の閉鎖的研究では絶対に得られない学園都市システムのメリットはそこにある。
その通り、と言い、そして睦月は続ける。
「学園だけじゃない。至極追探組織は一体何を創ろうとしていた?
三重録音九法研究所は番外。日常的な赤は持続と自動性で能力補助し、箍の外れた発条は各組織で使えなくなった生体サンプルを扱う。朝代研究所は医療能力者を作り出すことが目的だった。それじゃあ、古き良き風景は?神々の輪笑は?一体どんな役割を割り当てられてた?ESP追究所は全知を司り、そして我らが万可は何を司る?
連中は2つの駒を用意した。1つは織神(折紙)、変幻自在の生命樹。1つは色神(色紙)、自由自在の知恵の樹。形と色の変幻自在が司るのは万能だ。
『万可統一』。連中の目的は隠しもせずに掲げられてる。
形骸変容だけでは足りない同一同在者のピースは何か?
鍵は超能力が自己証明の1つであるこの学園都市で形骸変容だけでは同一者を名乗れないことで、答えは内潜変容だよ。
けれど、何でも知ってて何でもできるソレを同一同在者とは普通呼ばない。
同一同在者は蔑称なのさ。
全知全能――――連中はそれをずっと待っていた。
御籤の『神』籤、織『神』に色『神』。特にこの三つはその要だと言っていいわけだが・・・。
なぁ、オリガミ。全知を司る現界把握はともかく、何でお前の形骸変容が何十年と研究され続けるほど重要視されてると思う?」
そう言われて葉月が思い出すのは何時ぞやの御籤唯詠と交わした会話だ。
彼女は『情報を演算する脳には限界がある』から『人の脳では完全なる未来視は不可』だと言った。
加えて『脳の構造を変えれば、人間とは違う・・・特に現存しないような思考法を取れば』とも、そして読心術攻略のために脳の構造を変えた葉月に彼女は嬉しそうに笑って呟いたのだ。『そうも簡単に人をやめれるなんて、君壊れてるよ』と。
「人間の脳では能力全てを使いこなせないから・・・・・・でしょ?」
「ごめーとー。学園中に数多ある能力者はソフトだとすれば、オレはそれらを操るOSだ。けれど哀しいかな、元から持ってるハードではスペックが足りないし、形骸変容以上に人体に無理強いしてる内潜変容は寿命が短い。だからどうしても高性能なハードが要る」
だから、
「現界把握は手に入れた。次はオマエを消費する番だ」
何より自分のため彼女はここに立つ。
対してただ呼ばれただけの葉月は、今まで大人しく彼女の演説を聞いていた葉月は、睦月のその台詞にようやく二重の瞼を見開いた。
「へぇ・・・」
けれどそれは自分への死刑宣告に対する興味ではなく、
「御籤唯詠を消費した?」
ただその一点が琴線に触れたからで、
「ぁん?」
睦月は今の今まで表情が乏しかったはずの葉月が口角を吊りあげたことに怖気を感じた。
搾取する側の自分とただ搾取される側である彼女との間にあるはずの絶対的優位性が、まるで働いていない。そんな、嫌な予感。
それを拭うべく、睦月は口を動かす。
「アイツは大して戦闘能力が高くなかったから簡単だったぜ?動きを封じてスタンガンを取り上げちまえば何もできねぇ。あとは――――」
「スタンガンで心臓でも感電させた?」
自分の台詞を、それも推測できるとは思えない台詞を取られて今度こそ睦月は笑みを消した。
「どうして君は数ある選択肢の中からわざわざスタンガンを使った?彼女がそれを持ってたから?皮肉のつもりで?
彼女がスタンガンを武器として使っていたから君はそれを使ったのか、君がそうすると分かっていたから彼女はスタンガンを持ち歩いていたのか、さてどちらなんだろうね?
ね?ね?ね?・・・君、まさか彼女が酔狂であんなファッションをしてたとでも思ってたの――――?」
葉月は彼女に構わず今度は自分がしゃべる番とばかりにさらにまくし立てる。
「君のお陰で心臓の発信機は破壊され」
故意に壊せば気取られるからこそ、彼女にとってその時こそ最大のチャンスだった。
「加えて役割を終えた彼女の監視は薄くなる」
後の問題は徊視蜘蛛と生の監視だけ。
「青に統一されたフード付きのフェザーコートとジーンズ、茶髪の三つ編みに右目の眼帯。人間の目は嫌でもそれを目印にしてしまうが故に」
監視の目が捉えるのは彼女自身ではなく、
「すり替えは、いともたやすい。
トイレで入ってきた利用者にお金を握らせて服を着替える。眼帯で人相は隠れ、フードから切り取った三つ編みを垂らせば"御籤唯詠"のできあがりだ。
あとはバッサリ切った髪をヘアカラースプレーで黒く戻して、堂々と学園都市から去ればいい」
『あの系統は代々他にちょっかいを出す』と内海岱斉は言い、『今に始まったことでない』からこそ『その度に過剰反応を示す必要はない』と至極追探組織はそれを黙認していた。
それこそが、彼らのつけ入る隙だ。
自嘲試作品は『その内今居る施設を出るつもりだ』と言ったが、彼は朝空風々の目の前で、彼を巻き込んで、逃亡の果てに死んだ。その日泥底部隊が決して少なくない被害を受けたのは別として、結局は彼は逃げれずに死んだ。
しかし、それは本当に失敗だったのだろうか?
学園と組織から逃げ果せた唯詠は一体どこに身を寄せる?ESP最強の能力者を欲しがるのは誰か?
唯詠は葉月の許を訪ね、風々もまた訪ねた。それがあるいは彼らの接点となったとすれば葉月はその媒介として利用されたと言える。
彼は得意分野を人格奪取と話したが、別にそんな能力を使わずとも人を思い通りに動かしてみせたのではないか?
来る日、後継者が逃げること確信していたからこそ、彼らは長い年月をかけて少しずつ牢の床を掘り進めるように監視を削り続けた。
そう、彼らは失敗しても負けてもいない。
何世代も重ねに重ねて今代まさにそれをやってのけ、彼ら――――『神籤』一世一代の大脱出マジックショーは、決して派手とは言えないまでも多くの観客が静かに鑑賞する中で大成功を収め、
「お見事!」
葉月は拍手代わりに手を1度だけ打ってそれを讃えた。パンッと乾いた音が倉庫に響く。
「世代を超えて受け継ぎ続けてきた計画、未来を視ることこそが本領の連中が望む未来を導き出すためにばら撒いた伏線、長い時を経てついにそれら全てが実を結んだ・・・・・・実に素晴らしい!
いいね。そういうの、大好き」
けれどそこから一転、彼女は目を細めて合わせた手を口元に持っていった。目も口も全くと言っていいほど笑っていない。
「それに比べて・・・『神を創る』?はっ、馬鹿なの?そんなことをしてなんになる?
全く・・・ここまでくれば連中の目的も分かると思ってたのに・・・・・・よりもよって・・・」
いきなりテンションを上げてしゃべったかと思えば今度はブツブツと言い出した彼女に、睦月はもはや口を挟むことすらできなかった。
動画で見るとの実際会うのとでは違い過ぎる彼女の異常性に呑まれ、その様を傍観するしかない。
「全知全能?・・・可能性が広すぎる・・・目的が絞れない・・・・・・大は小を兼ねるだなんて・・・ここまで大がかりにやっておいてそんなリスクを・・・?いや、いやいや・・・・・・手段じゃない?・・・けれど目的として・・・・・・意義はあるだろうけど・・・否、そうでなければならないのか?・・・・・・・・・・・・だとすればむしろ・・・狭く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ・・・なるほど――――」
ふっと顔を上げた彼女の視線は睦月ではなく、さらに上倉庫の天井を超えた姿の見えない連中に向けられて、
「――――そういうことか」
葉月は一言呟くと、視線を正面に戻した。くだらない、と低い声が漏れる。
「本当、くだらな過ぎて苛々する。はぁ・・・、台無しだよ全く。
別にこんな能力ぐらいあげてもよかったし、死んであげてもよかったんだけどさぁ。こうも不愉快だと・・・・何か夢見が悪くなりそうで。あーもう、嫌だなぁこういう感じ。
んー・・・・・・決めた。予想を遙かに超えて馬鹿らしい君らの計画に水を差してあげよう」
「ぁあ?」
その疑問に対する答えは彼女の開いたダッフルコートの下、ホルスターで吊下げられたVz.61やベレッタM92、手榴弾という形で返され、
「君が死んだら連中も悔しがってくれるよね?」
その台詞と共に引き抜かれたVz.61は躊躇なく睦月の頭へ向けて銃弾を吐き散らした。
♯
内潜変容が原始素能の上位能力だとすれば、それは能力自体を手にできる能力ではない。
原始素能はあくまで超能力の種火を分けてもらう能力であり、使えたとしても最初から使いこなせはしないのだ。
組織と深い関係を結んでいるらしい彼女がこの日に備えて技能を伸ばしていただろうことは容易に想像できるが、特に厄介な『全知』に関しても、会話の展開が読めなかったことやコートの中身を見せた時の彼女の表情から読心術も未来視もうまく扱えていないところからして、その程度が大して高くはないと葉月は確信していた。
その考えは正しく、一能力者の許容量をはるかに超えて能力を使えるという葉月以上の反則能力者は、その分1つ1つの能力技能の向上に時間を割かなければならず、結果としてどうしても広く浅くしか能力を高められてはいない。
よって凶弾を念力でもってしても完全には止め切れない彼女は、一時的に動きの鈍った銃弾を動いて避けるしかなく、1分に800発を吐き出す短機関銃の追撃はかなり辛い。
しかし、死蔵倉庫の名に恥じない豊富な遮蔽物の1つに睦月が飛び込み、今度は葉月が避ける番となった。
気がついて葉月が身を捻った、手首のあった場所に金属板がいきなり姿を現し、さらに続けて二転三転舞いのようにステップを踏む彼女を追いかけて鉄板が現れては床に甲高い音を立てて落ちていく。
能力波が見え出現場所が分かる葉月だからこそ避けられるが、どこから来るか分からない上にいとも簡単に致命傷を与えられる座軸転移は能力史上最もえげつなく敵にしたくない能力者と言われてる。
遮蔽物から顔も出さない睦月がこれほど的確に転移を仕掛けてくるところからしておそらく透視能力も使っているのだろう。
能力の並行発現。最も懸念していたことだが、やはり使えるようだ。
容易くはないとはいえ避け続けて相手の体力切れを待つことも出来なくはないのだろうが、向こうに頭を使わせるのはまずいと判断する。
自分がそうであるように睦月も状況適応力の高い能力だ。変に能力を混ぜられたくはない。
ステップを踏みながら葉月は吊していた手榴弾を器用に手に掴むと睦月が逃げ込んだダンボール壁の後ろへと放り投げた。
体感時間の遅くなった世界で悪魔の果実が放物線を描く。が、逆に言えば転移させる時間あるということで、睦月はそれを葉月の許へ送り返そうとして、果実から転移先である葉月の方へと意識を向け直したところで、その葉月が注意の逸れた一瞬で面前まで迫っていることを知る。それは言うまでもなく透視能力を通しての視界であって、本来は2人の間にダンボールの壁があり、当然葉月の振るう左腕が切り裂くのもダンボールだが、
「くそっ!」
崩れたダンボールの降り注ぐ先には睦月がいる。それに加えて先ほど投げられた手榴弾。
爆発。殺傷片自体はダンボールが防壁となって大したことはないが、爆発を待たなければならないそのロスタイムは葉月相手にはキツイ。
避けることなく爆発を皮膚に赤筋を入れる程度でやり過ごした葉月は動きを封じた彼女に右手の引き金を引く。
すでに2つ目の弾倉を消費しているVz.61から放たれる弾はしかし、ダンボールを貫くことなく弾かれて跳弾した。
結晶結合。物質の硬度を変えるその能力に葉月も心当たりがある。
「このッ!能力使えよ卑怯者!」
睦月の怒声と共に今度こそ爆炎と爆風による本当の小爆発が起こり、ダンボール共々葉月を吹き飛ばす。
「時間も場所もわざわざ指定されてるのに準備もせずにくる方が馬鹿なんだよ愚か者」
難なく着地した葉月はその非難を鼻で嗤って、さっきの爆発でオシャカになった短機関銃を捨てベレッタを引き抜いた。
ダンボールの下から立ちあがっていた睦月はその照準が自分に合う前にさっきの爆発同様に発破を葉月の手を狙って放つ。
どうしても溜め時間のできる転移と違い、感覚で操作できる発破や発火は能力波で察知されても避けることは困難だ。
どっちつかずの睦月にとってPK系能力は火力不足になりがちで決定打には欠けるが、葉月相手にスピードのない攻撃は当てることができないのも事実。
威力を捨ててでもまず追い詰めることに専念すべきと考え、まずは厄介な武装を剥ぎにかかったのだ。
グリップ辺りが破裂して手がぶれたが葉月はベレッタを手放さずに構わず銃弾を撃ち込んだ。それを念力で遅らせつつ反時計回りに移動しながら今度は指を鳴らす。中指の腹が手の平を打ちつける音は音弦変調によって大音響となって倉庫に響き渡り、耳の良い葉月を一瞬怯ませた。
そんな葉月のすぐ横で電気が発生し、それの当たった葉月の右手は拳銃を手放してしまう。痺れたわけではなく、『手を開く』という生体電気信号を強制的に流すことによる簡易的な人体操作の結果だ。
自在に電気を操ることはできない睦月は、やらせたい動作を先に自分が行わなければ使用できない能力だが、それでも実戦投入に値する能力だろう。
両者の距離は約5m、これ以上遠いと睦月のPKは使えない。遠距離攻撃だからこそ生まれる、ほぼ肉体強化の上位版としてしか能力の使えない葉月に対しての優位性は睦月にはないに等しい。
言うまでもなく身体強化の能力を使っている睦月ではあるが、その能力で葉月を上回れないことは重々承知している。むやみに近づけばやられるのは自分だと分かっているからこそ、肉弾戦には持ち込めない。
中途半端な5mという距離間が睦月にとってのベストポジションであり、向こうの跳び道具を潰してこの距離を保ち続けながら体力切れを狙うことがベストプランなのだ。
対しての葉月にとってその距離は何のメリットもない。攻撃できない逃げれない、あまつさえ武器の1つすら落とさせられた。
何より生体電気による人体操作の届くこの距離はマズ過ぎる。
自分を囲みながら襲ってくるスーパーボール大の火球を避けつつ、葉月は睦月の手を観察する。
先ほどから絶えず開いたり握ったりしている手はおそらく葉月が次武器を取り出す際の人体操作を見越しての予備動作だろう。
睦月の全体的な能力等級の平均が4等級辺りだということを前提に考えれば、彼女が自分が自身の体に送っている生体電気を飛ばしてきていることぐらいは分かる。
武器は持てない。それを理解して葉月は右足に力を込め跳躍、体を焼く火の玉を無視して自分がベレッタを落とした場所まで移動すると床に落ちているその1kg近い鉄の塊を蹴り飛ばした。
「ぅおわ!」
今度も顔を狙われた睦月は当たれば鼻の骨を砕きかねない凶撃を上半身を逸らして避け、バランスを崩しはしたものの踏ん張る。その間に急接近してきた葉月の手から持っていた手榴弾を落とさせるも、すでにピンは抜かれていた。
爆弾は落とされようが無効化できない。さらにそれを葉月は蹴り上げ、自分自身もまた睦月へと手を伸ばす。
「ッ!」
なびいたマフラーの端を掴まれた睦月に逃げるという選択肢はなくなり、空いている右手を振りかぶる葉月に大して発破を行う。バカンッバカンッと連続して起こる爆発は葉月のダッフルコートを毟り、胸と腹から焦げたシャツを露出させたが、葉月は手を離さない。
接敵されること自体が致命的になる睦月としては手榴弾から逃げるためにも葉月から離れるためにも人体操作ではなく発破を使ったのだが、それが仇になったらしい。
(最初から生体電気で・・・っ!)
とりあえず枷を解かなければどうにもならない。睦月はまず自分の手を開き、そしてその指先から静電気程度の電流を発した。しかし解放されたはずのマフラーは葉月の手から離れない。
見れば鉤爪のように伸びた彼女の爪が布地に突き刺さっている。
「能力の使い方がセケぇぞ!」
叫び、彼女は葉月の顔を発火で焼き飛ばそうと試みるが、葉月の耐久性は煤がつく程度でそれを済ましてしまう。
大きさとしてはその顔サイズの火が彼女の発火限界だったのだが、やはり効きはしなかった。
発破生体電気、最後の発火と連続して攻撃を受けた葉月の方もここでやっと左手の攻撃を通し、右腕で庇ったものの、睦月は二の腕辺りの血肉をごっそりと持っていかれる。
「つぅっ!」
あれだけ攻撃を仕掛けてほぼ無傷の葉月に対して一撃喰らうだけでこの有様だ。
挙句手榴弾によるチキンレースもまだ継続中ときている。この距離の危なさを再確認させられた睦月としてはすぐさま離れたい。
「らぁああ!」
マフラーを燃やし、同時に葉月を蹴って転げるようにして離脱を図る。
床を鈍くバウンドした手榴弾はその1秒後爆発し、念力で致命傷を辛くも防いだ睦月は休む暇なく追撃を目で追おうとするが、爆発地点に葉月はいない。焦って周りを見回すもその姿は見当たらなかった。
「隠れやがった・・・?」
右腕の切り傷を治癒能力でとりあえず皮膚を再生させて塞ぎ、身体に刺さった鉄片を抜きながら睦月も遮蔽物に身を潜める。
織神葉月という超能力者としても例外の極みにいる存在に対抗するために、万可より渡された資料から対策を練ってはきた睦月は、転移そして治癒能力は特に訓練を積んできた。
自己治癒のできない能力者はそもそも葉月と相対することすら叶わないだろうし、固い身体に致命傷を与えられる攻撃手段を持たない能力者は絶対に勝てはしない。
そんな相手と戦っているかと思うと嫌になってくる。一応銃も手榴弾も使い切らせはしたが、そう言った武器に頼らない葉月の攻撃はむしろ読みにくい。
逃げ切って体力切れを狙うのはかなり賭けであるため、できれば負傷させたい。
透視能力で葉月の現在地を確認した睦月は転移の届く範囲まで近づいて死角から自分に刺さった鉄片を飛ばしてやろうと音を立てずに距離を詰める。しかし自分の血のついた殺傷片を葉月の心臓を狙って放とうとしたところで予想外の出来事が起こった。
積まれた段ボールの隙間からどばっと黒い髪の毛が現れて彼女の足を絡めてダンボール壁へと引きずり込もうとしてきたのだ。
透視能力で捉え続けていた葉月本体には動きがなかった。ならこの髪は一体どこからきた?その答えとして何時ぞや同じ会社の倉庫で葉月が千切れた腕を動かしていたのを思い出す。
「悪霊かオマエは!」
重いダンボールの崩落に巻き込まれながら睦月は結晶結合でダンボールを固め葉月の攻撃に備える。
ゴウンッと低い音共にダンボールの防壁は容易く崩れ去り、姿を現した葉月は皮膚を裂き血を飛ばし肉を抉る腕を両方を振るわんとしていた。
しかし睦月も何度も同じ様に接近されるほどくみしやすい人物ではない。
手元にあったダンボールを葉月がくるであろうポイントの頭上に転移させ、どうやら大型の質量分析機が入っていた箱は葉月の頭を直撃した。
空中で体勢を大きく崩した葉月と一緒に今度は2人ともダンボールの下敷きになる。
先に這いだした睦月は同じく這いだそうとしている葉月の背後をついに取った。
内潜変容は相手の脳から能力の情報を抜き出し、それを自分の脳で再構築するという2段階で発動する能力だ。
言うなれば能力素(インストーラ―)を読み込んで展開するというソフトのインストールそのものの作業であるが、これに加えて操作にはマニュアルが使いこなすには慣れがいる。
実際能力を使っている際の脳波データが取れれば文句なしだが、最悪能力素さえ取れば睦月に課せられた『形骸変容の取得』という任務は完了となる。
正直、今までの攻防からこれ以上葉月と関わりたくないという結論に達した睦月としてはこれで終わりにしたいと右手を彼女の後頭部に伸ばし、それに合わせるように葉月のお団子が解ける。
髪に隠されていたのは手榴弾。ピンが既に抜かれた丸く緑がかったそれは睦月の額にコツンと当たり、
「――クソッ!」
いきなり体勢を変えれない睦月をそのまま巻き込んで、床に着く直前、爆発した。
ぱたぱたぱた・・・。
次から次へと滴り落ちる血が床を打つ音、肉を削がれ骨が露出した脛に肉片の代わりに傷を埋める破片。
上半身は辛うじて守れたが下半身はそうはいかず、血にまみれ立つのもおぼつかない睦月は声も上げられずにタンボールへと倒れこむ。
だが、それに葉月が追撃するのも叶わない。風切り音を纏った見えない斬撃が彼女の背中を袈裟切りし、左目を切り潰し、左足の腱を切り裂いた。
さっきまでと明らかに威力の違う攻撃に葉月は攻撃を諦め撤退を計る。離脱際に新たに右の小指を持っていかれたが気にせずに遮蔽物に隠れながら距離を取る。
両者、自己再生のための束の間の休息を得て、先に立ちあがったのは当然ながら葉月だった。
頑丈な身体に桁外れの治癒能力と実に便利な彼女の能力だが燃費が悪いという欠点がある。武器の持参はその対策の一環だったのだが、さっきのアップルを最後に全て使い切ってしまった。機動性に重きをおいて装備を厳選したのが仇となったかと少々後悔しつつ、今後自分の能力だけでどう戦うかを考える。
飛び道具。向こうの主な武器だが、あれがキツイ。特に斬物風刃は当たれば深手を負う。
治癒に能力を割くのは得策ではないし、よって避けないわけにもいかない。しかしそうなると遠距離攻撃の苦手な葉月はかなり不利だ。
睦月は彼女の頭へと手を伸ばしてきた。それが内潜変容の必要動作だとするなら必ず接触してくるだと確信し、その時こそが最大のチャンスになると考えた。
問題はそれは同じく自分も隙を与えるということで、やはりできれば安全地帯から敵を倒せれば文句はないのだが、そうするにも向こうは透視能力がある。気付かれる可能性が高いし、離れての攻防では転移能力を使わせる余裕を与えてしまう。
生体電気の人体操作に対処してから近距離戦に持ち込むしかない。
(さて・・・どうくる?)
何にしても相手の出方を窺いたい葉月は目を閉じ感覚を研ぎ澄ます。
足の裏から感じる僅かな振動から睦月が足の傷に何らかの処置をし終えたことを知り、次の瞬間、今まで防御にのみ使われていた念力が葉月の背後にそびえる高々と積まれた箱の壁を崩したのを知った。
横に跳びそれを避ける葉月の背後から今度はさっきと同じ風刃が襲いかかる。それをあえて後ろへと上半身を逸らし避けた葉月の視界は逆さまに睦月の姿を捉え、腕を振るいさらに風の刃で切りつけようとした睦月の動作を見て彼女はブリッジに近い体勢から床に背中で着地して横へ転がる。コンクリートの抉れる音と飛び散る破片に追われ葉月が体勢を整えられずに転がる中睦月は駆け出した。
葉月のロングスタイルに戻った髪がそれを向かい撃つが、睦月の身体に触れることなく軌道が逸れる。
念力で身体を覆いバリアを張っているらしい。そもそも自在に動く髪の毛で人を小間切れにできるような葉月を相手にしようというのだからその対策は講じてあるのが当然だ。
「らぁああああああああ!!」
止むことのない斬撃をかわしながら少しずつ体勢を立て直し、やっと膝を立てた葉月に飛びついた。
絡みつき身を切断しようとする黒髪とそれを見えない鎧で防ぎつつ葉月の額へと伸ばされる腕。
馬乗りの体勢になりながらも2人は一か所も身を接してはいない。隙1つで死に至るゼロ距離戦だ。睦月は額に当てる手の平以外のバリアを解くつもりはない。
伸ばす手と防ぐ髪。右腕は葉月の左手に念力ごと掴まれて、使えるのは伸ばしている左腕だけ。
重力操作で圧をかけているからこそ仰向けの葉月を押さえつけられる睦月だが、これ以上の並行した能力使用は難しいし、現状維持も長くは持たない。
「このっ、諦めれ!」
「さっきから馬鹿のひとつ覚えみたいに念動力に頼って・・・!ちょっとは工夫したら!?」
「便利なんだよ念力は!オマエだって困った時の髪頼みじゃねぇか!」
「試行錯誤はしてるからいいんだよ!」
醜い言い争いの末、
「貰ったぁ!」
睦月の左手がついに葉月に届いた。しかし、そこで吊り上げたのは葉月の口角で、眉間に皺を寄せたのは睦月であり、
「ッッッ――――ッ!!!」
睦月は斬物風刃で自分の腕を切り落とした。
接触面から自分の手と葉月の額が癒着し始めている。もう少し遅れれば腕から自分の制御を奪われかねなかった。
接触できない。そのあまりにも致命的な新事実に動揺して、重力の拘束を解いてしまった睦月に今度は葉月が睦月の脚の下敷きになっていた右手を伸ばす。
だが、額にくっついたままだった左手の切断面から滴り落ちる血が葉月の目を潰し、そのチャンスに今度こそと睦月の右手が自分の左手へ突き出される。
葉月の形骸変容はあくまで自分の身体を操る能力であり、まだ取り込まれていない右手は彼女の支配下にはないはずだ。すでに切断された腕から神経を侵すことはできない。
葉月の癒着・神経奪取から逃れるために、すでにその餌食となった自分の躯を使うというもはや何がなんだか分からない状況だが、それでも睦月は己が夢のために手を伸ばして、
その腕を紅の炎に焼かれた。
「ぐぅううぅううう!」
念力は物理的な攻撃には問答無用で強固に働くが超能力による攻撃にはそうはいかない。だからこそ能力波の反射率を上げた反響氾濫という能力が存在しているわけだが、今ここで問題なのはそんな能力に覆われていたはずの彼女の腕が焼かれた理由である。
堪らず完全に葉月と離れてしまった睦月は火傷を負った皮膚と死んだ細胞組織を蘇生させながら葉月へと視線を向ける。
額へと呑まれていく彼女の左手、そして葉月の前で燃え続ける紅橙色の火。睦月のものではないその炎に彼女は見覚えがある。
鳳凰、瑞桐小鳥の絢爛浄火。
もし本当に彼女の浄火そのものならば右手そのものが消え去っているところだったが、それでも彼女の特殊の目はともかくその発火能力を葉月を有していることはその火の色からしても明らかで、その事実にも動揺する彼女に額から垂れた血を舐め取りながら葉月は言った。
「はぁ・・・もうちょっと隠しておきたかったんだけど、まぁ仕方ないか。
えーと、何だっけ?『お前の形骸変容を貰いにきた』だっけ?『オマエを消費する』だっけ?
大層ご立派な話だけれどね睦月ちゃん。
――――他人の能力を奪うのが自分の専売特許だと思うなよ?」
布裂く音と共に彼女の背から黒い何かが幾つも生え始める。それはみるみる内に長く細く成長し5対計10本の触手になった。
肩甲骨辺りから生えるソレらは一見羽根のようにも見えなくはないが、その用途が絡みつき接触した皮膚から癒着して人の中に侵入することだと思うとかなりエゲツない。
睦月は引き攣った笑みでその様子を眺め呟く。
「人の皮を被ったバケモノめ・・・」
それに、何を今更と答えて、
「人は人を人の形にて人と認識し、人は人を人の内にて人と識別する。
僕が人形をしてるのは単にその擬態が最もこの世界で有効だからだけど、それでも人の形を取っていれば人は人だよ。
だいたい人の中身ばかり集めて自分を失くした君が言えたクチなの?
さてと・・・じゃあ」
10本にもなる伸縮自在の触手を生やしておきながら、小さな人間の手を差し出して葉月は屈託なく微笑んだ。
「君の脳髄、頂戴」