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第1話- 先代変容。-Gender-

「お前は何考えてんだ?ん?」

 カイナがほとほと呆れた、少し怒った含みで僕に訊いてきた。

 顔が近い。おでこが付いてしまいそうな距離だ。

「はぁ・・・、無意識なんですけどね・・・。いつの間にかこんな風に」

 はぁ、と息を吐いて、彼女は僕の右手に包帯を巻いてくれる。

 消毒後、ガーゼを当ててあるその純白はすぐに紅く染まっていく。

 自分でも処置はしたけど、一応専門家に見てもらった方がいいだろうと今日僕は学校に来た。

 本来ならまだ特別休暇中だ。

「自分で自分の手を切るか?普通。それも意識的ならまだしも無意識に?」

「厳密には切ったんじゃなくて、突き刺したんです。

 僕的には夢見が悪かったんで、左手を右手に叩きつけただけなんですってば」

 そうしたら、いつの間にか左手の人差し指がイッカクの角のような鋭い鋼になっていて、ずぶりと右手首を突き刺した次第。

 本当最悪な朝だった。

「ある意味難儀な能力だよな。寝ぼけて変なことしないように気をつけろよ」

 そうしますと答えて、僕は誰も使っていない簡易ベッドの1つに寝転がった。

「貫いた神経もその内治るだろ。私でも治せるけどよ、今すぐ治癒させたいんだったら、形骸変容(メタモルフォーゼ)はそういうことには至極なんだからさ。自分で試してみろよ」

「いまいち使えてないんですけどね、この能力・・・」

 自己の形を変えることのできる、破格の人外能力。

 とはいえ、自分の意図で神経つなぎなおせ、いっそ傷も癒せなんていきなり難易度が高い要求だ。

 そもそもまだ左指も戻せてないのに。

「練習練習。いいトレーニングだろ」

 保健医としてどうかと思うんだけどな。医療系能力者のくせに。

 それもかなりの高レベルらしいのだけど、それを自分の喫煙による呼吸器官のダメージを常時治すのにしか使っていないという駄目ッぷりだ。

 どうせなら目の隈も治せばいいのにな。

 自分の右腕を上げてみる。神経が繋がっていないために、その先は力なくだらりと頭を垂れていた。

 能力を使う。それも今までと違って意識的に、制御する。

 能力者なら誰もが最初にぶつかるであろう壁だ。

 自分の好きな時に、好きな場所で、好きなように。そうできなければ意味がない。

「ふぅ・・・んっ」

 動かない指に無理やり力を入れてみる。

 指の第1関節だけを曲げるようとする神経をすり減らすような感覚。通常使わない所に力を入れているようだ。

 力を入れ続けたせいで手が赤くなっていく。

 ・・・・・・。

 だけど、それだけだった。

 まるで変化の兆しが見えない。

 溜息と共に力を抜いた。

 手は相変わらず力なく垂れたまま、力を入れた分、腕がむやみに疲れて痺れている。

 絶えれなくなって、仕方なく腕をシーツに落とした。

「アプローチが悪いんですかね・・・・」

 んあ?と何やら書き物をしていたらしいカイナは振り返る。

「まぁ、頭を使えばいいんじゃない?私だってそうだけど、イメージイメージ。

 どう治すかってのをできるだけ具体的に組み上げていくんだよ」

 一応ちゃんと助け舟は出してくれるようで、その言葉に感謝しつつ、作業を再開する。

 想像・・・神経が繋がる、イメージ・・・。

 違うなぁ、もっと具体的に、糸。切れた糸を繋げなおす。結びなおす。

 場所が・・・右腕の、奥。手首の辺り。・・・・・・駄目。いまいち、分かりずらい。

 神経、神経なんだから・・・脳からたどればいいのか・・脳から、伸びる糸。ゆっくりなぞるように・・・。

 脳からの幾多ある糸の1つを手繰るイメージ。

 確実に、それが右腕に繋がっているというイメージ。

 たどる先に行き止まりがあるというイメージ。

 それに断絶した先があるというイメージ。

 それを繋ぎ合わすイメージ。

 ・・・・、・・・、・・・・・・。変化なし、失敗。

 糸を、弛んでいる糸を伸ばすイメージ。

 互いに引き合い、寄り合うイメージ。

 接触は強固な接着のイメージ――――

「ッ―・・あ」

 摩擦するような神経にくる痛覚が走った。

 とっさに腕に目をやる。腕に血の気が戻っていた。

 実際は血はもとより通っていて、感覚がなかっただけなのだろうけど、今まで感じられなかったものが戻ってくるというのは妙な新鮮さを帯びるらしい。

 試しに、掌を握り締めたり開いたり、指を順に伸ばしたり曲げたりしてみる。

 何の支障もなかった。

 本来ありえないような、神経の自己結合。

「おおっ、何?もう直ったの?あー、くそぅ。不自由な手の代わりに着替えを手伝う、つーフラグが台無しじゃねーか」

 ・・・。さっきの助言は結構投げやりだったのかもしれない。そんなフラグが立ったとしても、それをカイナに頼むと思っているのだろうか?

 クシロに頼んで反応を楽しむに決まってるじゃないか。

 ともあれ、少なくても意識的に変容の能力が使えた。

 この要領で、神経以外の傷と左手の凶器を元に戻そう。

 さて、どうイメージするべきか。

 貫き欠けた傷の再生。肉片が飛んだわけではないとはいえ、ある程度の空洞が開いてしまいいているはずだ。

 自分で考えて、ものすごく気持ち悪くなったけど、とにかくそれを埋めてしまえばいい。

 筋肉を構成している細胞の形を変えるイメージか。いや、粘土をくっつける感覚の方が分かりやすいかもしれない。

 ・・・こっちの方が汎用性がありそうだ。

 複雑な内蔵を持つ物質を形成するならともかく、今の左指のような形状だけの変容なら、可変性物質(ねんど)をこねるようにというイメージで全て行えるはず。

 こういったイメージのストックは幾らか取って置いた方がいいかなぁ。特に医療用のものは便利そうだ。

 傷を塞ぐ変容ぐらいすぐに使えるようにしたい。

 左手を顔の位置にまで持ち上げる。仰向けのままだから、見上げるような感覚だ。

 握り締めようにも曲げる関節のない人差し指。奇妙なねじれを描いてまるでオブジェのよう。

 粘土、粘土・・・ぐにゃぐにゃ。柔らかく・・・・・・。・・・、・・・・・・。

 ・・・・・・、ほぐす・・・・、溶かす・・・、・・。・・・・・・・・・。


                     #


「・・・・・・なんて使えない能力なんだろぅ・・・」

 30分後、僕は完全にへたり込んで今度はうつ伏せになってベッドに沈没した。

 何の変哲もないスプーンに向かって『曲がれ』と念じるのと同じ心持ちだ。精神が絶賛衰弱中である。

「おいおいおい、何言ってやがるこのヤロウ。2等級の能力だぞ、形骸変容(メタモルフォーゼ)は。

 指と手首は治ったんだろう?」

「たかだか15cmのアイスピック大の大きさを元に戻すのに20分以上かかるような能力、使いようがないです」

 右手首の傷にも5分以上もかけなければならなかった。突き刺したとはいえ、重要機関(しんけい)は先に治した後の単純作業のはずだったのに。

「でも神経を繋ぐのは早かったじゃんか」

「部位によって著しく効率の変化する治癒能力なんてゴミですね。指一本の武器化に20分もかけるなんて、戦場では死を意味しますよ」

「どんな戦場が頭にあるかは置いといて・・・まだ得たばかりの能力をそこまで使いこなせれば上出来だよ、葉月。

 そんなもんこれからの努力じゃねーか」

 だとしても、この体全体の変化から鑑みれば、これ程度のことすぐに飲め込めると思っていた。

 無意識下の方が働きやすいというのは厄介な話だ。

「超能力の研究史の中で、今だ6例しかない極少能力(レア・スキル)なんだぜ。

 かの有名、かつ最強を謳う強影念力(サイコキネンシス)ですら3等級止まりだっていうのに。

 かなり高度な制御がいるってことぐらい分かるが、そもそも研究対象が少なすぎるんだ。資料なんてほとんどないしな」

 確かに、去年分までの全能力種を知っている僕だってそれほど多くの情報を持っているわけでもないし。

「最初の1例は日本、2例はヨーロッパの方で他の全件も日本。

 分子構造どころか、遺伝子情報まで書き換えることのできる究極変容。超越進化体、無定向進化態と称されることもある能力・・・」

「あぁ、そう言う学者もいるな。不老細胞がどうのとか言って、血まなこになって研究してた奴がいたよ。死んだけど。

 私だってお前を含めて2人しか見たことないけどな。それも30年前だぞ?」

 全6例中2例も見れれば十分だと思・・・っ!、え?・・・この人今30年前とか言いました?

 見た目、隈を除けば30歳には満たないだろうカイナ。実は少なく見積もっても40歳を超えている計算になる。

 いやいやいや、一番気になるのは、彼女と近似年齢だという校長があの外見でまさかの40超えって・・・・・・もはやホラーだ。

 カイナの場合、自分の体の代謝やら何やらの老化を限りなく低減させているからだと想像がつくけど、校長は何か特別な能力でも所持しているのだろうか?

「前の形骸変容(メタモルフォーゼ)は酷かったんだ。あれは豪快でな」

 途切れかけた思考を何とか繋ぎとめて、カイナの話に相槌をうつ。

「1度キレたら手がつけられなかったんだよ。もっとも私は直接現場にいたわけじゃないんだが。

 ほら、SFであるじゃん、脚足戦車。クモって言うかダニって言うかそんなシルエットの。素手と携帯武器じゃ相手にならないんでそれを持ち出したことがあったんだ。

 数にして50台前後。その当時まだ試作機だったとはいえ、ガトリングぐらいは積んでてね。ともかく、その能力者は鉄工所に追い詰められた。

 ・・・さて、どうしたと思う?」

 そんなことを言われても分かるわけもない。きっととんでもないことをしでかしたんだろうけど。

「・・・分かりません」

「うん。そいつはね、鉄工所の鉄を体内に取り込んで、鉄鋼竜(ドラゴン)を模したんだ。鉄を使ったのは体積と硬度の問題な。

 鋼鉄の(よろい)を纏って、炎弾を吐き出す様はまさに怪獣映画だったぜ?私は遠くからしか見えなかったんだけど。

 都市特性の甲兵群隊(レギオン)なんて軽く一掃しちまってな。銃撃が効かないんじゃしょうがないけどさ。さっき言った血まなこ研究員が、そいつを怒らした元凶だったんだけど、研究所ごと吹き飛ばされた。

 それだけじゃ飽き足らず、主要研究所をあちこち潰し回ったわけだ。そのせいでかなりの研究データが消えたらしい。

 で、最後にそのドラゴンは忽然と姿消して、それ以後そいつをみた奴はいない。ちゃんちゃん、めでたしめでたし」

「・・・・・・ものすごくためになって、参考になる話をどうもありがとうございました」

「参考にすんな。だいたいあれのせいで、対能力者用の戦闘部隊が正式結成されんだ。逃亡防止用の機器だって町中に投入されてる。あの当時のようにはいかないだろうよ」

 心配しなくてもそんなものを再現できるほど僕の能力は卓越してない。さっきの台詞は単なる皮肉だし。そんなもの変容を通り過ぎた範疇だ。

「起こったのは30年前の東京だったんだ。まだ超能力が一般化してないのと、今のような都市型のシステムじゃなくて閉鎖された研究所の集まりみたいな場所だったんであまり大事にはならかったんだけどね。

 あ、いや、研究所の内は大事だったんだけど。何せ、あそこまで完成度の高い形骸変容(メタモルフォーゼ)を失ったんだから」

 つまり、それは代用品たる僕の存在価値を示しているわけだけど。

 もっとも、これから能力の効率化を図って能力発現度を高めなければならない。でなければ、見限られるだけだ。

「まぁ、そんな昔話ばかりしたところで何にもなりませんよ。何か他にありません?能力関係で利用価値のある情報」

 カイナは髪をかきながら、さぁなと言った。

 あるけど教えるつもりがないのか、本当にないのか。おそらく前者だろうけど、追及したってどうせ誤魔化されるだろうな。

 僕がさて、話題でも変えようと思い立った時点で彼女の方から質問を振ってきた。

「私はさ、お前の能力発現に疑問があるんだけど」


                     /


「私はさ、お前の能力発現に疑問があるんだけど」

 実のところ、早いうちに聞いておこうと思いつつも、葉月1人が特別休学という形になってしまったために、質問は先送りになるだろうと思っていたことだ。

 別段、重要ではないものの、しかし気になると言えば間違いなくそうである事柄。

「はぁ・・・」

 葉月は生返事をした。自分の対しての疑問というものが分かっていないのだろう。正直どういう神経をしているのだろうかとも思う。

 こいつがSPSを服用した日以来、常時さらされ続けている問題だというのに。

 それはすなわち、こいつの体のことだ――――

「お前、その女体化に心当たりあるか?」

 そこで、あぁ、と疲れた表情をする葉月。今になってやっとその問題の存在を思い出したらしい。やっぱりどうかしてる。

「知りませんよ。朝起きたらこうなってたんです。心当たりなんて・・・」

 ない、か。

 能力発現自体が無意識下で行われていたとしても、何の理由もなしに能力が施行されるとも思えない。

 無意識は意識の影響を少なくとも受ける。純粋なランダムというわけじゃない。

 意識的な要因があると考えた方が妥当だ。

 例えば、もとより女性化への願望があったとか。

「お前、性同一性障害だったりする?」

「はい?」

 ぽかん、という擬音がつきそうな感じで首を傾げる葉月。その動作はかなり可愛らしい。いつもの黒さが嘘のようだ。純粋に虚を突かれたらしい。

「・・いまいちその言葉の意味が理解しかねますが・・・・・・」

「精神の性認識と体の性とが一致していないとする障害症状。男なら女、女なら男。身体の性とは逆の性が本来の自分の性だと認識してしまい、よって生活に支障が出てくることが多い。

 でもって――――」

「そんなこと調べたんですか・・・」

 途中で葉月が呆れた声を挟んできた。

 机に置いてあった数10枚に及ぶ紙束を持ち上げてやる。

「調べたんだ。でもって、その自覚パタンなんだが、諸説があるものの、先天的で割と幼児の頃から傾向はあるんだと。

 おままごとの好きな男子、男子と走り回ってる女子。まぁ、これぐらいはありそうなものなんだけど、自然体でいるだけで、実際の身体の性とは違う方に多い傾向を好んでしまう人間。まぁ、資料読んだ私の解釈だけど。

 なんで自分は他の同性とは違うことをしているのだろう?というところから自覚するらしい。

 ある程度の思考ができるようになると、他人と違うってことが迫害の対象になることぐらい分かるからな。たいてい無理やり同性に合わせる。だが、同時に年頃を向かえるわけだから、その反発も大きい――――」

「ちょっと待ってください」

 『幼児の頃・・・』辺りから額にしわを寄せ、『なんで自分は・・・』辺りで頭を抱えだした葉月が、低い声で私の話を切った。

 さっきからそうだが、人の話はちゃんと聞くべきだ。

 もっとも、こいつが奇妙な反応をしていることに気付いていながら、話し続けた私のせいもあるけど。

「何か今、恐ろしいことを聞いた気がするんですが・・・」

「うん?」

「性自認って幼児からあるものなんですか?」

 動揺しているような声を出し、瞳に困惑の色を浮かばせている。こいつには珍しい表情だ。

 そしてこいつの言っている意味がいまいち分からない。そんなの、当然に分かるものだろう。性的興味を差し引いても、小学生の頃から男女の区別は始まっていくんだから。

「僕はそういうの思春期に出てくるものだと思ってました」

 何か今、恐ろしいことを聞いた気がするんだが。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 無言での対面。先に目をそらしたのは葉月の方だった。焦っているというか、心底居心地が悪そうな様子をしている。

 本来、自分の性がどうであるだかなんて、教わらなくても意識する。周りをみて、どちらにつくべきかなど分かりきっている。

 本当の意味で"男女区別のない"環境下で育った子供は、男女の性差を『今日は晴れか雨か』ほどにしか捉えないという話もあるが、それとは根本的に違う。

 『性自認は思春期に始まり、それまでは少なくとも精神に性差がない』などという間違った認識をできる人間と言うのは、今まで(・・・)性自認(・・・)がなかった(・・・・・)人間にほかならない。

 そうであったこいつは、つまり男ですらなかったということだ。もちろん精神性別を重視するなら、だが。

「お前は性同一性障害ではないな」

 前提自体が崩れているし。

「何か存外に予想外にヤバい奴だって言ってません?」

「被害妄想だろ」

 たぶん。

 まぁ確かに。蛇のいる藪を突いたつもりではあったが、藪自体が蛇だったとは思わなかったね。

 予想以上にこいつが壊れているのもよく分かったが、別に悪い意味で思ってるわけでもない。色々教えてやるべき課題が増えたという感じだ。

 個人的のは色惚けてるこいつの姿が見たいな。

「だが、となるとやっぱり理由がわからん。別段女子の形を取らんでもそれこそ竜であっても良かったはずじゃん?」

「ああ、ですね、そうですね。お願いですからこれ以上僕の世間知らずぶりを露出させないでください・・・」

 未だにショックを受け続けているらしい。基準が分からないが、どうも突かれると弱いジャンル強いジャンルにムラがあるようだ。

 そう思って、『世間どころか自分の内まで分かってねーじゃねぇか』とは言わないでおく。

「んー、でも思いのほか馴染んでるだろ?さっきも忘れてたっぽいし。自分の性にお前がこだわりがないってのはそれでいいんだけど、理由は別として、そっちの方が落ち着いてるように見えるぞ」

 葉月はうーんと思考してから、

「そうですね」

 と答えた。

「こっちの方が見ての通り健康体ですから」

「それだけが理由だっていうのはないと思うけどな・・・」

 うぅん、やりにくい。話したい事柄に持って行きづらい奴だ。男女差ネタ辺りに無知すぎる。だから無恥。故にからかいようもない。

「お前、釧のこと好きか?」

「好きですよ」

 即答。喜ばしくもあるが、それが恋愛感情の意であるとは限らない。

 というかこいつが恋愛感情を理解してるとは思えない。

「love?like?」

「?loveですけど?」

「・・・ほぅ、ちなみにloveは愛。恋愛感情で好き。likeは親しみ。友情で好き。という意味なんだが・・・・・・」

「・・・・・・揚げ足っぽくないですかね?知りませんよそんなこと。・・・あったとしても親"愛"ですよ?」

 ・・・まぁ、期待はしてなかったけどね。

「それはdearだろ。そうはっきりと好きだと言えるのはいいことだけどな」

 そうですか、と葉月は首を傾げた。

 ポケットから携帯を取り出し、何やら操作している。暇になってきたのか、気分をまぎわらすためか。この校舎内では電波妨害がなされているため通信はできない。おそらく来ていたメールでも見ているのだろう。

「ところで、カイナと校長はloveなんですか?likeなんですか?」

「love」

 即答。あいつとは数十年来の仲だ。

 2人とも進む道を違えても、定期的にあっていたし、一時同棲もしていた。

「・・・・・・意味は?」

「恋"愛"に決まってるだろ?ネコとタチだぜ?」

 葉月が恐る恐るという感じで訊いてきたせいで、つい強気になって口を滑らせた。

「・・・・・・・」

 呆れたような、感心したような顔。

「何だよ?」

「ネコとタチの意味が分かりませんが・・・」

 そこで、葉月は持っていた携帯を私に見せ付けた。ボタンを押す。

『ところで、カイナと――――・・・』

 再生されるさっきのやり取り。携帯のボイスレコーダー機能。

 それを2回繰り返して再生すると葉月はそれを大切そうにポケットにしまった。

「じゃ、僕はこれから教室に行ってみます」

 待て待て待て。

「・・・何が望みだ?」

 にやりと悪戯な笑みを見せる。まったく、気弱そうにしていれば可愛いのに。

 というか復活早い。

形骸変容(メタモルフォーゼ)について知っている情報をもう1つ教えてもらいます」

 断定で言われた。疑問形ですらない。

 仕方ないか。別段トップシークレットというわけでもないし。

「・・・・・・同一同在者(ドッペルゲンガー)

「何です?それ。形骸変容(メタモルフォーゼ)の別称ですか?」

「いや、違うらしい。形骸変容(メタモルフォーゼ)の上位能力だとよ。私もそれしかしらないけどな」

「?いまいち分からない単語ですね。上位能力があるんですか形骸変容(メタモルフォーゼ)に?変容能力だけでも、ドッペルゲンガーには違いない気がするんですが」

「あぁ、『相手を模す能力者』っつー意味では形骸変容(メタモルフォーゼ)で十分だと思うんだが、何か足りないんだろ」

「・・・そうですか。まぁ、いいです。それは初耳ですし。

 それじゃあ、僕は教室に・・・」

「いやいやいや、データ消してけ!」

 当然のようにそのまま立ち去ろうとする葉月。

 私の停止の言葉に振り向いたあいつは晴れやかな笑顔で、

「消すなんて言ってませんよ」

 なんて返しやがった。


                     /


 実に軽やかな気分で保健室を出た僕は、廊下を少しほど行った所で携帯を取り出した。

 片手でボタンを操作して、先ほどの音声データを削除する。

 そもそも、彼女が断固交渉を拒絶したところで、このデータを暴露するつもりはなかった。

 そんなことをしても僕に何の得もありはしないし、そこまで鬼畜じゃない。

 それに、カイナに対する切り(カード)はさっきの会話から得ることができた。

 今度のは間違いなしの一級品。待ったなし拒否権なし、お得な札が手に入った。

 そうそう使えるものではないものの、使えるときには絶大だろう。

 さて、ゆっくりした動作で周りを見回す。

 今はそれほど騒がしくないけど、もう少しすれば生徒達の自由行動が始まったり、測定が始まったりしてにわかに忙しくなっていくのだろう。

 あと1日ほど本来は休みであるこの僕は、完全にこの中で浮いている。

 携帯をズボンのポケットにしまって、ブレザーの内ポケットからダガーナイフを取り出した。

 刃を覆っているホルスターには腰に吊れるようにベルト用の輪が付けられている。

 男の時は何の問題もなかったのだが、今では胸が当たってしまうために心地が悪い。

 少し考えてから、それを今度は前のポケットにしまった。

 ちなみに持ってこないという選択肢はない。

 絶え間なく動かし続けた足を自分のクラスの前で止める。

 この時間、皆が何をしているかは定かではないけど、時間的に見て登校はしているはずだ。ホームルームかな。

 一息吸ってから引き戸に手をかける。よし、教室への視界と道のりを確保しよう。

 がらりと使い古された擬音そのままの音を鳴らして、扉は開いた。

「・・・・・・」

 まず最初に見えたのは黒板。毎日丁寧に雑巾までかけられているご機嫌な緑に白い線が踊っている。『葉月の服 披露会』。たぶん聡一君が書いたんだろう。

「・・・・・・」

 次に視界を過ぎったのは、さまざまな衣服を手にしたり、机に広げて談話しているクラスメート。

「・・・・・・」

 最後にドアの開ける音を聞いた振り向いた皆と目が合った。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 今度は音のならないように僕は引き戸をずらした。

 ハンノウノシヨウガオモイツキマセン。

 ・・・いや、例えばそれこそここでメイド服なんてものを持ち出されたら、さすがに殴る蹴るなどの暴行が選択肢に入ってくるわけだけど、かなり真面目に自分の服を選んでいる人間に暴力を振るうのは酷だと思う。

 彼らが広げていた服はどれも、女性らしさを強調している点を覗けば、普通の衣服だった。

 むぅ、クシロが居るからか、僕が微妙に手を出せないギリギリのラインを狙っている感じがする。

 気まずいなぁ・・・。

「・・・まてよ?」

 あの服。黒板の文字から見ても僕用に用意したものには違いない。資金はクシロが出したとして、問題はサイズだ。

 未だ午前10時にはなってない今日は購入日でないことは確か。昨日僕が椎さん達に自分のサイズを教えたのは大体3時半ぐらい。それから別れるまでの数時間、彼女達が携帯を使った様子はなかったし、分かれた時刻も遅い。

 だから、彼女達から情報を回したというのは考えにくい。昨日学校が何時に終わったかなんて知らないけれど、彼女が来たのは3時頃。その時間から各自服を用意していたと考えた方が妥当・・・。

 つまり、僕が話す前から情報が出ていたことになる。

 そんなことができるのはただ1人。

 僕はそこまで考えて、廊下の床を蹴って駆け出した。行く先は決まっている。

 あの保健医(ヤロウ)、生徒のプライバシー情報を売りやがった!


                     /


 ふぅ、と溜息を吐いて、あたしは机に広げたプリーツスカートの値札をハサミでちょん切った。

 それからその札をゴミ袋の中に放り込む。既にかなりの数が溜まっていて、購入された衣類の多さを物語っている。

 昨日の今頃、矢崎の立案及び、朽網による懇願によって織神の全面プロデュースプロジェクトが始まったわけだけど、これはその一端だ。

 あたし然りクラスメートを含む、織神を覆う環境(対応)を女子に対するものへと変化させる。

 周りからの対応を変えられたら、それに準じるようになるのが人間だから、あながち悪い案ではないと思うけど、あの織神はそう簡単にいかないだろうなぁ。

 元より男らしくもなかった上に、中性的である彼女は別に今まで通りだったとしても女として差し障りなくやっていけるはずだ。

 例えばここで、実際できそうな例として、朽網を女の子にしようと皆で画策しようとするならば、この手の方法は効果があるだろう。

 男である彼の形を女という鋳型に無理嵌めて形成し直すという行為なのだから。だけど、織神はどちらかというと元々不定で形がないし実態がない感じがする。

香魚(あゆ)ちゃーん、そっちは終わりましたかい?」

 はっとして顔を向けると、九鈴(くすず)がハサミを輪の部分でくるくる回しながら立っていた。

 危ねぇ・・・。スポッと抜けて誰かに当たったらどうする気か。

「私の方はまだあるけど、そういうことの前に・・・とりあえずその腕を下ろしなさい」

「うん?分かった」

 九鈴は素直に従った。素直はいいこと、美徳なり。うん、すばらしい。

 ・・・すみません、言葉が足りませんでした。

 九鈴は素直に、腕をそのまま(・・・・)下ろした。

 腕が傾いたために、指に引っかかっていた輪は勢いを保ったままスパッと彼女の手から離れて、真横に飛んだ。

 その先には我がクラスメート杉木海(すずき かい)が。

 無常にもその凶器は彼のこめかみ辺りに直撃した。

「ほぎゃら!」

 コミカルな悲鳴を上げた彼は真横にぶっ倒れてしまった。頭の辺りから血が出てる。そりゃそうか。

 ・・・・うん、まあいいか。彼だし。

 彼にはこういった役回りが回る仕組みが世界にインプットされているに違いない。

 インパクトのある実例として、ちょっと前、ある件で織神の投げた机に当たるというとばっちりを受けたりしたことが挙げられる。

 その時彼はあまり打ち所がよろしくなかったのか失神してしまっていたのだけど、投げた本人含め誰にも気付いてもらえなかったというオチ付きだ。

「杉木、保健室に行って来なさい」

 あたしは思考のせいで止まっていた作業を再開しながら、そう言ってやった。

「こういうのは保健委員がついてきてくれるものなんだが・・・」

 倒れたままそんなことを言う彼。

 慣れているためか冷静だけど、血が結構出てるから重傷だろう。

 彼の言うことはもっともで、揺り動かさずに保健医を呼ぶことが本当は正しい気もする。

 ただし、それを保健委員は・・・つまりあたしは拒絶する。

「あたしには値札を切るという重大な仕事が残ってるから。・・・メンドイし」

「ひどっ!」

 それから残念なことに君がヤバイ状態にも見えないのだよ。

「まぁ、冗談さておき、これ切ったら連れててあげるから待ってなさい」

 残りある3つほどの値札をちょんぱしてから、あたしは彼のところに歩いていき、彼の腕を取った。

 ああ、忘れてたけど、これをやった張本人の九鈴は私に声をかけたことも忘れて、自分の作業に戻っている。彼のことなど気にも留めてない。

 私と波風九鈴(なみかぜ くすず)は腐れ縁なんだけど、小学生の頃彼女は『歩く凶器』と呼ばれていた。さらに、今回彼女が得た能力は斬刀水圧(ウォーターカッター)。人死にが起きないことを祈るばかりだ。

 彼女は思いつきで行動し、気まぐれに発言するため、先が読みにくいところがある。・・・ロシアンルーレット?そんな感じ。

 杉木は頭を押さえているけど、指の隙間からダラダラとさ洒落のならない量の血液が零れていく。

 さっきまで彼が倒れていた場所は、殺人現場よろしくな血溜りができている。血痕がぽたぽた垂れてるので雰囲気も抜群じゃないだろうか。

 誰も見向きもしてないんだけどね。

「君も懲りないわねぇ・・・ちゃんと避けなさいよ」

「なぁ、幼馴染への叱責はなしなのに、俺にだけ?というかなんで責められる?」

 そりゃあ、九鈴に言ったって直りはしないんだから。あれは生まれつきだし、個性だ。

 ・・・ああ、彼の被害体質も個性か。

「そっちの方が効果がある気がすんの。それに痛い目に合うのは君だからね」

 彼は微妙な顔をして、溜息を吐いた。何だろうか?何か気に食わないんだけど。

「・・いや、こうやって事の度に君を保健室につれていかないあたしのためにも避けろ」

「だから何で俺は責められてる?」

「避けろよな?」

「・・・避けます、がんばります」

 よろしい。素直はいいこと、美徳なり、だ。

 保健室が教室と同じ1階であることは正直助かる。同じ階なのは能力制御に慣れていない1年生が1番怪我をしやすいからだろうか?

 ドアに磁石式のフックが付けられていて、在室中の札がかかっている。宮沢先生はいらっしゃるようだ。

「せんせーい、また馬鹿が怪我しましたー」

 馬鹿じゃねーという抗議の声が聞こえてくるけど無視。どうでもいい。

 自由の利く方の手でドアを引く。

 

 そこには、包帯で先生の首を絞める織神の姿があった。


「お取り込み中失礼しました」


                     /


「いや、絞めたところでこのヤロウは死にやしないんだから」

「そういう問題じゃないの、織神。同じ調子で全く耐性のない人に同じことをうっかりしちゃうかもしれないでしょ?」

「大丈夫だと思うけどなー、包帯は弾力性があるから・・・」

「まぁ。でもね、間違いは誰にでもあるの。気をつけないとぽっくりと逝っちゃうかもしれないわけよ」

 殺人未遂な現場に遭遇した発見者とその加害者の会話である。

 絶対ずれてると思うんだけどな、俺は。

 ちなみに瀬川の言っている『ついうっかりぽっくり』には間違いなく俺が標的になる可能性を含んでいる。

 こっちにアイコンタクトを取る保健委員(せがわ)。分かってます、とばっちりを受けないように努力しますよ。

 うっ血した顔が元の色白に戻ってたらしい宮沢先生は首の辺りをさすっている。まだ残っている赤い線が生々しい。

「まったく、容赦ないんだからな」

「当たり前です。懲罰ですよ、何、人の個人情報ばらしてるんですか」

 確かにそうかもしれないが、首を絞めるとはね・・・。俺も気をつけなければ。

「ところで、早いところ俺の怪我治してくれませんかね?」

 このままだと忘れられかねないので、口を挟んでみる。

「いいじゃんかよぅ、可愛い教え子の頼みだったんだから」

「あなたは教えてないでしょう。大体、僕だって可愛い教え子です」

「残念!可愛くはないんだよなぁ・・・私のことをお姉さまって呼んでくれたら考えなくもないんだけどなぁ」

「遺言はそれだけかなカイナ?それじゃあさっきの続きを・・・」

「だーかーらー、せめて殴るだけにしときなさいって」

「生ぬるいよ」

「何気に酷いこというよな、香魚子は。殴るのもなしだろ」

 駄目だ、俺相手にされてない。

 何だろうこの切ない感じは。涙が出そうだ・・・・・・。

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