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第52話- 火中栗拾。-Lucky Girl-

 タンパク質という性質上、どれほど立体構造を組み換えようと熱には比較的弱くなってしまう織神葉月の髪だが、純粋な頑丈さでは生体生成物の中で最高の部類に入る。

 どれほど大仰に表現したところで映画ではあるまいし、結局爆発自体ではなく貫通と殺傷片で敵を傷つけるのが目的である対戦車砲弾では彼女自慢の艶髪には傷1つつけられなかったという現実が今、目の前に突きつけられている。

 加えてこのタンパク質は電気刺激で構造変化を起こし硬化するという化学的特徴を持っているため、今までのように防御の度に能力で髪の組成を変える必要がなくなり、大幅な燃費削減が可能になった彼女の今秋自信作だ。

 が、硬化はともかく防壁として編み込むという動作に能力を使わなければならないのは相変わらずで、故に使わないに越したことがない。

 能力使用による体力切れ、特に髪を使っての非効率的な能力運用は彼女が度々今後の課題に挙げていたことだ。

 それ故に、今までできるだけ能力を使わずに戦っていたのだが、大いなる役立たずのせいでそういうわけにもいかなくなり、ついに彼女の友人以外に対してはないに等しい堪忍袋の緒がぶち切れた。

 やってられない。短期決着にモードチェンジ。さっさと終わらせてマロングラッセ。

 形骸変容(メタモルフォーゼ)の力を使えばこれ程度の相手は圧倒できる。保駿啓吾に執着しているのは岸亮輔であって、彼女自身は邪魔をする気はないにしろ援助する気もないのだから、障害物を蹴散らした後は他のメンバーに丸投げしても構わない。

 というわけで、葉月は足元の亮輔を蹴り上げた。

 直後、髪の防壁が解かれたことで攻撃を再開したモクズガニによる弾雨が地面に穴を穿ったが、そこにいた人物は代わりにそれなりのダメージを腹に受けつつも致死は免れて地面に転がる。続いて動いたのは若内鈴絽で、葉月達の横を通り過ぎ勢いそのままにモクズガニの左前足を蹴り折った。

 3体から2体へ、それから2体加えて2体吹き飛び・・・と短い間に目まぐるしく数を変えたレギオンは今現在の機体数をさらに2から1に減らした。

「鈴絽さん!ヘタレ共お願い!こっちはモクズの鋏もいでから追いかける!」

「よっしゃ!よく分からんが了解だ!」

 振り向きざまに呆然としている礎囲智香と佐々見雪成を両手で引っつかんだ彼女は残った亮輔を蹴り飛ばして、登場した路地から戦線を離れていく。片脚を折られたカニが体勢そのままに鋏だけを向け直し追撃を試みるが、銃弾が飛ぶより前に絡みついた髪が銃口を逸らした。極細の糸による強摩擦によって鋭い線筋が爪痕のように装甲に刻まれたが、流石に鉄塊は切断できなかったようだ。

 本当は鋏の切断が目的だったのだが仕方ない。アームの部分ごともいで持っていこう。

 巻きつけた髪を自ら千切り、狙いを変えた髪房を放つのと同時に、次は後ろに控えていた唯一無傷のモクズガニがブロック塀が崩れるのを無視して無理やり身体を乗り出してきた。出された鋏は左、搭載されているのはランチャーの方だ。先ほどからワンパターンの攻撃だが彼らに他の武器(せんたくし)はないのだ。

 先ほどより近距離での人間ならば致命的な一撃も自ら課した能力制限を解き払った彼女には意味を成さない。単身である今ならば身を守る必要すらなく、ランチャー弾の方を髪で包みこめばそれで事足りるのである。

 爆発自体を隔離され悲痛な断末魔を上げた砲弾を尻目に、こちらも1歩踏み出した葉月は傷のついた右鋏を蹴りあげた。すでに髪が巻きついていたアームはさらに加わった摩擦に耐え切れずついに切断される。先ほど手で痛い目に会い、身体能力という能力において先達たる鈴絽が足に安全靴を履いているの参考に、髪で保護した足を今度はカニの一眼に振り下ろす。脚と鋏、そして目を潰されて完全な戦闘不能に陥ったカニから先ほどランチャーを見舞ってくれたカニに標的を変えると、崩れたコンクリート片に塗れたそのカニは銃弾を撒き散らすでもなく、自慢の鋏を突き出してきていた。

(なるほど、そういう攻撃もありか――――)

 サワガニや普通のイワガニに比べて重厚な鋏はそのままでも十分な威力を持つ打撃武器になる。

 少しばかり感心しつつ、けれどそのなけなしの知恵を叩き潰すべく左腕を振るう。比較的太く調節した髪がカニの脚を引っかけて盛大に転ばせた。脚で移動する、というのもかなりのデメリットを孕んだ仕様だなと彼女は無責任なことを思いつつ、今度は物理的にカニを蹴り潰した。硬い装甲が剥がれれば中は精巧な電子機器であるレギオンはその中身を無残に吐き散らしていく。一通りやって気が済んだところで踵を返し、わざわざ切断した鋏を回収しようとして・・・・・・立ち止まった。

「はぁ・・・」

 外見に変化は見られないが、能力波を視覚化できる彼女の目はそれが役立たずに成り下がったことを見取っていた。

 薄々そうだとは思っていたことだが、やはり電力によって反能力作用を得る仕組みらしい。

 そうとなると、遠隔操作ではないポッドつきのモクズガ二そのものを壊さずに奪い取らないといけないが、それはかなり難しい注文だ。暴走した啓吾然り、殺す壊すより無力化するという方がよっぽど難易度が高い。

 面倒に面倒を重ねたような現状は前の後夜祭に似たものがあるが、今回はしくじると痛い上に命を脅かす。

(亮輔君の火事場の馬鹿力に期待・・・・・・・は無理か)

 バッサリと先輩を切り捨てて腕を組む。すぐ追うと鈴絽に言ったばかりだが、当てが外れた以上考え改めなければなるまい。

 有人モクズガニはもう啓吾を回収しにきた数機しかいない。連中と違って炎防壁に1か所だけでも穴が開けられれば意識を刈ることはできるこちらとしてはカニが1機あれば十分ではあるが、よしんば1機を掠め取ったとしても連中が妨害に入るのは目に見えている。機体を破壊されては元も子もない。自分達の1機を残して全滅させる、それが最善ではあるが、そこまでを望める状況かどうか・・・。

 鈴絽という闖入者が少なくても裏方メンバーよりも使えるとしても、自分と同じく物理攻撃が主な彼女はレギオンと相性がいいとは言い難い。

(瑞琉君達がどんな武器を持ってくるか・・・それに左右されそうだ)

 その彼らが動けもせずにいることを知らない彼女はイマイチに当てにならない不確定要素を考慮し結論を先送りにして、1度首を回してから歩き出した。


                     ♯


「あー、つまり暴走野郎が発条に狙われてて、終着越境がマロングラッセなわけだな?」

 モクズガニのいた場所から離れたところで礎囲智香と佐々見雪成を解放し、代わりに見た目ほど可愛くない怪力の女性2人に散々蹴り回され完全に気絶した岸亮輔を抱えた若内鈴絽は、端的にされた説明に対してさらに端的になった解釈を返した。

「・・・・・・本当に分かってる?」

「だいじょーぶ、分かってるって。つまり結局はモクズガニがその絶対領域とやらに侵入しようとしたところを後ろから蹴り飛ばせばいいんだろ?」

 その返答にさらに不安が増したが、乱暴ながらその即席作戦が最も有効そうなので押し黙る智香。人命がかかっているのだ、慎重を期したいのは当然といえる。しかしそれが許されることが極稀であることも彼女はよく知っていた。

 ならばできることはその運任せに近い作戦の成功率を上げる努力ぐらいだ。

 どうすれば成功は近くなる?

 それが彼女にとっての議題である。

「どの道・・・はづちゃんがいないと難しい・・・」

「まぁな。全く、俺と能力(キャラ)被ってるくせに向こうは髪まで操れるってのはずりぃぜ。

 とにかく問題の暴走野郎のとこまでいかねぇーとな。・・・・・・本当にこっちであってんのか?」

 辺り一面真っ赤に染まった住宅街は方向感覚を狂わせる。燃えてしまっては建物の特徴すら掴めない中ではすぐに迷ってしまうだろう。

 それでも地理を大方把握している智香の案内の元移動しているのだが、保駿啓吾の姿は一向に確認できない。

「移動したのよ!あぁもう、さっきはここら辺を回ってたのに!」

 すでに赤く塗られた画用紙に新しく赤い線をつけたところで判別できようもない。四方が火事では啓吾の移動した方向など分かるはずもなかった。

「ちっ、めんでぇーな。・・・ぁ?あん?」

 愚痴を吐いた鈴絽はその口を閉じる前に眉をひそめた。進行方向とは反対へと振り向いて耳を澄ます。

「おいおいおいおい・・・マジか?」

「どうしたの?」

「モクズガニ、残り4体だったよな?」

「ええ」

「だとすっと・・・いや、どっちにしろエンジン音が違うか。

 途中参戦のお客さんみたいだぜ。おそらくサワガニが30機前後」

 耳だけでそれを判断できる彼女のレギオンとの交戦経験もさることながら、その情報にメンバーは驚いた。

「学園都市でもない住宅街にそんな数を!?智香、ヤバイぞ。時間もないが、俺達の立場もいよいよ危うい!」

「思った以上にあの保駿啓吾は連中にとって大切な素材らしいわね・・・」

「どう思う?連中がモクズの防衛につくか、俺らを排除にくるか」

 言うまでもなく後者である。攻撃は最大の防御と言わずも、わざわざモクズガニに張り付いて自分達が近寄ってくるのを待つまでもない。近づけないように攻撃に出た方がよっぽど効率的だ。

「連中が暴走野郎のところまで連れてってくれれば楽だったんだがなぁ」

 自分達が置かれている現状からすればのんきなことを言う彼女に智香は呆れ声で返した。

「そんなこと言ってる場合?こっちはモクズガニで精一杯なのよ?」

「モクズガニだからだろ?サワガニなんぞ大した脅威にはならねぇよ。

 ご自慢の機動力はこんな街中じゃあ発揮できない。むしろ30っつう数は足を引っ張る。自分らの機体で道を塞ぐのがオチだぞ」

「だとしても妨害としては十分な数だ・・・」

「どうする?二手に分かれるか?俺がサワガニぶっ潰してる間に啓吾探してお冠なマロンちゃんと連絡取るってのは?」

「できればそうしたいけど、私ら見つかったら瞬殺される自信があるのよね・・・」

「そもそも、その場合肩に乗ってる亮輔はどうするんだ?どっかに置いてくってわけにもいかないだろ」

「・・・・・・盾?」

 作戦のキーマンという立場からこの短期間で随分と酷い暴落ぶりである。

「分かれるのはなしの方向で・・・」

 分かれる場合気を失った亮輔をどうするかで一悶着あるだろうし、鈴絽が持っていく(・・・・・)ことになれば囮や盾にされないか気が気でなくなるだろう。

 結局今の状態が一番収まりがいい。

「・・・後から7機、前から5機」

「もう追いつかれたの!?」

「大方ケータイのGPSで位置バレてんだよ」

「忘れてたぁ!!」

「いーよ、今更切っても仕方ねぇ、だろっ!」

 ゴドン、という音が響き渡る。見れば今まで見ていたモクズガニより一回り小さな機体が路地を勢いよく転がっていった。交差路から飛び出した瞬間、その姿が視界に残るよりも前に鈴絽によって蹴り飛ばされたらしい。

 規格外。そんな言葉が智香と幸成の脳裏に浮かぶ。それは主に織神葉月に対して使われる単語だったが、この若内鈴絽なる人物にも十分通用する称号だろう。

 彼女が蹴り飛ばしたのは対超能力者用の戦車なのだ。銃弾飛び交う戦場での使用を想定され作成された従来の戦車という性格と超能力者と対峙にするという新たな目的の元改良されたという性格を合わせ持っている戦闘兵器。

 銃弾すら容易く通さない装甲に能力者1個体を相手にすることを想定した小回りの効く機動力、180°を超える視界、相手に合わせて替えられる鋏の装備・・・元々超能力者とレギオンの間には大きな戦力差がある。

 どれほど強力な電気や炎を放てる能力者であっても鉛弾の硬さと冷たさの前に膝を着くものなのだ。

 それを全くものともしない彼女は能力者としても逸脱している。形骸変容(メタモルフォーゼ)でもない普通の能力者であるからこそ、余計に。

(あぁ、なるほど。こうして熱狂的なファンを増やすのか)

 さながら映画のワンシーンのように単身で強靭な敵を倒す様を見て雪成は得心した。能力の運用が、募金詐欺、寸借詐欺、結婚詐欺や美人局に霊感商法など詐欺の方向へと向いてしまう形態変身(トランスフォーム)の嫌われようを知っている彼にとってそれはかなり身近な話である。

 吹っ飛ばされた1体を皮切りに残りのサワガニが姿を現した。鈴絽の台詞を信用すれば前からは4、後ろからは7。道幅の狭さから実際一度で迫ってこれるのは2体ずつが限界だが、遮蔽物などありはしない道中にいれば4つの銃口の餌食になることには変わりない。

 排除が目的であるサワガニの今回の鋏の仕様は最もスタンダードなマシンガンだ。剥き出しのままの銃器が本来の沢蟹同様小さな鋏にも見える。それでも装弾数はモクズガニのものとは比べものにならないほど多い。ポッドは搭載されておらず無人でいるのが分かる。

 ――チチチッチュンッ

 智香が後方のカニに向かって電撃を放つが、電気はその速さのために自分でも制御するのが難しい。途中で軌道を変えられないために最初の狙いがモノを言うのが電撃(スタンガン)タイプの発電能力者(エレクトロキネシス)だ。故に追われて余裕がなくなっている際の命中率はよろしくない。

 それを考えてもさっさと一掃したいものだが、彼女の電撃に脚を取られたのは前の2体だけだった。

 その2体にしても移動を車輪ではなく脚そのものに変えれば問題なく動くのだから効果があったとは言い難い。

「てめぇら伏せろ!」

 自分のあまりにも情けない戦果に呆然としている彼女の後ろからかけられた声。思わず振り向くと、サワガニが自分達に向かって飛んできていた。

 かなりギリギリのところでそれを避けたが、背後で聞こえてきた不吉すぎる轟音に身がすくむ。いくら機動力があろうとも過密状態だったサワガニがアレを避けられたとは思えない。

 しかし、それを確認する前に前方に目をやればそこからきたはずの4機は見当たらない。自分が一撃を食らわす間に全て片づけたらしい。

 ここまで実力に差があると泣きたくなってくる智香である。

 サワガニ1体をぶん投げて反対側に先制をかました鈴絽は智香達の横を走り抜けて仲間の下敷きになってもがいているカニ共の鋏を踏み潰していく。使い物にならなくなった仲間を押し出して参戦しようとする後ろに控えたレギオンの銃口が彼女に向くが、ガィンという聞きなれない音がして鉄筒にトランプが3枚ほど突き刺さった。

 彼女の手の平にはいつの間にかトランプのデックが収まっている。手に持ったプラスチック製のカードを親指で弾き飛ばすという指弾や羅漢銭に近い奇術であり、手裏剣やナイフ投げといった1枚1枚飛ばす方法とは違って連射の利く技術である。

 流石に鉄銃を切断することはできないが照準を狂わせるぐらいはできる。攻撃は足の安全靴で、防御はカードで。それが脚足戦車戦での彼女のスタイルだ。

 彼女が蹴りを繰り出す度に金属が悲鳴をあげ、銃口が火を噴く度にコンクリートに穴が開く。近距離で銃を相手に渡り合える人間はそうそういない。

 そうやってサワガニと交戦していた彼女だが、新たに入った音源に舌打ちした。

「おい、後ろからくるぞ!」

「またかよ!」

 まだ無事だったサワガニのマシンガンを取り外そうとしていた雪成が叫び、残骸からモクズガニ奪取に使えそうな部品を探っていた智香は心底嫌そうな顔をした。

 きたる敵に備えて三度電気をチャージしだした智香に鈴絽が言い放つ。

「こいつ邪魔だ、預かってくれ」

「へ?」

「いくぞ?パァース!」

 言うやいなや、彼女は今まで肩に担いでいた役立たずを砲丸投げスタイルで投げ飛ばした。が、

「あ」

 力加減をかなり間違えたらしく、亮輔の身体は智香達の上を超えて鈴絽が初めの1機を蹴り飛ばした辺りに転がった。そこはつまり交差路の角であり――――そのタイミングで彼女自身が言った追加のサワガニが到着し彼を轢いていった。

「うわぁああああ!ちょっ、あれマズいって!」

「ヤッベ!」

 流石に鈴絽も自分のしでかした事態に冷や汗を垂らす。気絶した彼が戦車の脚を避けれるわけもなく、超重量の機体が彼の肢体の上を通ったのだ。慌てて回収にサワガニの群れに飛び込む彼女だったが、それに反応したのはレギオンの中の1体だった。基本両腕にマシンガン搭載していた中において数少ないランチャーを仕込んだ1機がごちゃごちゃと仲間もいる中でそれをぶっ放したのである。サワガニに有人ポッドは搭載されていない。だからこその、最も厄介な敵を潰すための有効手段、自爆。

「げっ!!」

 その声は爆発音に呑まれていった。


                     ♯


 炎の明るさに反して家だったモノは黒く塗りつぶされる。

 能力者の手を離れた劫火は通常の火災よりも断然早いスピードで住宅街を飲み込んでいくが、それでも幸いだったのは火元である暴走能力者が同じルートを徘徊しているために被害の拡大が通常の"燃え移り"で済んでいることだろう。

 否、済んでいたと言うべきか。

 今現在保駿啓吾はそのルートを外れ、火災の外へと足を踏み出している。

 足が踏み出される度にアスファルトは蒸発し、剥き出しになった地面は赤黒く溶けて焦げつき、比較的(・・・)低温だった炎に塗れた街路樹や建築木材に火が移り新たな『火災』が生まれる。

 その1つに朝露瑞琉が防衛ラインとした高級アパートも含まれており、すでにタイムアウトであることを告げている。

「くっそ、随分と・・・火が」

 そんな中を携帯片手に四十万隆は駆け回っていた。

 切れば安否が分からなくなる。向こうの精神が持たなくなる。そういった理由から通話はそのままで、隅美月のいるというその高級アパートに彼は踏み込んだのである。

 しかし、逃げれなくなった人間を助けに行くのに、そう易々と合流できるはずもない。

 通常階段、非常階段とすでに2、3階辺りで火の壁が出来上がっており6階の彼女の部屋まではいけそうになかった。

 彼女の済んでいる部屋はアパートで最も高い位置にあり、その下のフロアが全焼に近い状態である現状では非常経路を含めたアクセス方法がほぼ使えないと言っていい。

 玄関から中に入れたのすら幸運としか言いようがないのだ。炎に包まれたこの建物の最奥にどうやって侵入すればいいというのか。

(よしんばたどり着けたとしてそっからどう脱出する・・・?)

 うまく火を回避しながら進めたとしても帰りもそのルートが使えるとは限らないのだ。

 加え、問題は空気。酸素はすでにほとんどないし、一酸化炭素による中毒が怖い。自分も、そして美月の方も、だ。

 考える時間もないのだから泣きたくなる。

 それでも何とかして助け出さなければならない。その決意は変わらない。

 忙しなく赤く染まった周りを見回し、エレベーターに目が留った。

 災害時は使えないという常識に囚われていたが、中の箱すら何とかすれば上へと通じているはず・・・。

 後夜祭ゲームで同じ様なことを嫌というほどやった覚えがある。常識的行動などを今更気にならないほどに、こういったことには慣れていた。

 全力ですら悲しいことに大した威力にならない発破でボタンを押しても開かない鉄の扉をふっ飛ばし、本来内側から開かない天井も吹き飛ばす。1度上に飛んだ鉄板や蛍光灯の割れたガラスがエレベーターの床に降り注ぐのを待って中に乗り込んだ。

 ぶらぶら揺れているロープをしっかりと握ると壁に足をかけて登り始める。


                     ♯


「右!右!」

 ガチ、ガチンッと鉄と機械のアームが可動域限界まで伸びて、己らに向けられた銃口に対しての警告を佐々見雪成が発し、それに応じて礎囲智香が微量の磁力で照準を狂わす。

 若内鈴絽が爆発に巻き込まれた時点で逃走を図った2人は現在、追いかけてくる3機のサワガニの追撃をかわしながら見失ってしまった保駿啓吾を探していた。

 電撃(スタンガン)では防御もままならないと思い知った彼女は電磁力系(マグネット)の知人と電話を繋げ、現在進行形で電磁力の応用について講義を受けつつ逃げているのだ。

『だからぁ、力んでやっちゃ駄目なんだって!ぐるぐるよ、ぐるぐる』

「んな説明で分かるかぁあああ!もうちょっとちゃんと説明しなさいよ!」

『こんな夜中に電話してくる不届き者に懇切丁寧に教えてあげてるってのにひっどい言い草ぁ』

「今8時過ぎ!9時前!夜中じゃないわよ!」

『・・・・・・寝る時間じゃん?』

 がーと頭をかきむしる智香。

「漫才やってる場合じゃねぇ!左から2体追加だ!」

 網目のように道が離れては合流する道路の1本から新たに現れたサワガニに脚のバランスを崩させようと磁場を発生させるものの、すでに後ろから追ってくる機体への能力使用で集中力を割いてしまっている。もはや中途半端にしか能力は利かない。慣れない磁力操作では対応できる数が少なすぎる。

 対PKユニットを搭載した分重く、動作が鈍いモクズガニと違って、彼らのマシンガンはすぐ照準を定めてくる。

 飛んできた凶弾を何とか逸らして防御するが、効率化のできていない力任せの能力運用で体力の方も限界が近かった。

「・・・!アホから着信だ!切るね、レミ。

 ・・・・・・瑞流!何してたのよ!?早くきなさい!」

『保駿啓吾を見つけた!』

「どこ!?」

『最初いたアパートの辺りだ!建てもンの中を溶かしながら進んでる!

 さっきからモクズがあいつの周りをぐるぐる回ってやがる・・・中型レギオンじゃ建物内に入れねぇらしい。チャンスだぞ!』

「こっちはピンチなのよ!武器は?」

巨人弾槌(タイタン)

「死ね!使えるかんなもん!」

『織神に持たせれば鬼に金棒じゃねぇ?』

「今絶賛逃走中!逃げてるの!固定式の対戦車ライフルなんて何時使うのよ!」

 と、頭に血が昇ったのが良くなかった。

 元からぐらぐらだった磁力制御が完全に切れ、銃口が彼女に向いた。さらに、そのことに気を取られている内に前からやってきたサワガニに気づくのが遅れる。

 前と後。そして集中力と体力の限界。

 首筋に刃物を突きつけられたような致死の予感が全身を巡る。

 取り返しのつかない失敗による、どうしようもない死亡直前の走馬灯で今までのことを思い返した結果、

「瑞琉絶対呪い殺す」

 的外れな呪詛を吐いて眼を閉じ、


 ――――そしてサワガニは吹っ飛ばされた。


 今までの自分達の矮小な能力戦が嘘にしか思えない豪快な音と共に、前方は織神葉月、後方は若内鈴絽によって。

「あー参った参った、ランチャーとか人に向けて撃つなよな。身体中鉄片だらけだ畜生。

 嫁入り前の生娘になんてことしてくれる」

「治るくせによく言うよ。こっちだってモクズの鋏の中に指の肉と骨がごっそり残ったままなんだけど。

 アレ、どーせ機構が回収するんだろうなぁ。ストーカー行為で訴えられないの?」

「はっ!なんて説明するんだよ?『私の使用済みの指を集めてる男がいるの』ってか?できの悪いホラーだぞ、ソレ」

「できの悪いヒーローにそんなこと言われてもねぇ・・・。

 あーもうやだ。帰ってマロングラッセが食べたい。あとお酒」

「おいおい酒は二十歳になってからって教わらなかったのか?」

「ヒーローごっこは小学生までって知らなかったの?」

 お互い、顔も合わせずに言葉の応酬を繰り返し、仲間の下敷きになりながらも何とか立ち上がろうとするサワガニへと向き直す。

 その際、鈴絽は抱えていた岸亮輔を今度こそちゃんと智香達へ放った。

「さぁて行くか、さっさと終わらせようぜ」

「ホント、長引くのだけは勘弁だよ」


                     ♯


 エレベーターを伝って6階にまでこれたところまではよかったが、隅美月が脱出できないという以上侵入できないのもまた然り。

 閉じていて火の手を逃れたエレベーターの縦穴内と打って変わって、足を踏み出した廊下は紅蓮に染まっていた。他の火災からの延焼で燃え始めたこのアパート自体の火元は1階部分だったはずだが、すでに上の方までかなり燃え広がってる。

 火の勢いが強すぎる。能力者を離れたはずの火だが、あるいは彼の能力の性質をいくらか受け継いでいるのかもしれない。

 しかし、そんなことを考えてられるほど四十万隆に余裕はない。

 彼女の部屋まで25mほど。その距離がかなり遠い。

 炎の高さが腰より下なら突っ切ろうとも思えるが、一瞬でも全身を覆うほどに火は高い。だいたい、その高い炎が視界を遮ってどこにどの程度の炎が密集しているのかも分からない状態だ。通り過ぎれると容易に踏み込んで、考えていた以上に火の壁が厚かったりすれば即火達磨になる。

 ならどうすればいいか?

 先のゲームで状況打開を絶えず求められてきた彼はここで一か八かの賭けに出ることにした。

 爆風で炎を弱める。

 最悪、それに触発されて大爆発が起こらないとも限らない、危険な方法だ。

 だが、ここに潜り込む途中何故か(・・・)待機している(・・・・・・)消防部隊を目撃した彼は、正規の救助がないだろうことを知っている。

 これはあの時のゲームじゃない、間違えれば死ぬことは重々承知だ。けれど、あのゲームを経験していたからこそやる勇気の持てる手段である。

 バフッと火の粉を最小限に留めた爆風が室内の空気をかき交ぜて炎を揺らめかせた僅かな隙に身体を捻じ込む。

 絶えず身体の周りに風を通して服に着火するのを防ぎ、揺らめいた炎の先にルートを探って目的地へと向かう。

 綱渡りにもほどがあるが、これぐらいしか思いつかないし力もない。

 学校指定の白い靴はすでに底のラバーが溶け始めている。水を被ればよかったのだがそれに気づけたほど冷静な判断力は保たれていない。

 当たり前の話ではあるが、そんな苦肉の策が通じるほど現実は甘くなく、まさしく細い綱を勢いのままに渡らんとするような危なっかしいバランスの上に成り立つ彼の突入は残り10mのところで行き詰る。

 壁だ。火の壁。

 無論保駿啓吾の防壁に比べれば焚き火程度の温い炎ではあるものの、人間が通るには少しばかり無茶振りな炎の障害物。爆風では揺らめきは微々たるもので、どうやら住人が玄関においたらしい環境植物がその火種のようだった。

「くそっ、どうする!?」

 廊下をそのまま突き進むことはできない。ならば他の方法を、迂回策を考えなければ・・・、落ち着くことのできない感情がぐるぐると同じ場所を回り、思考がからからと空回りしている。

 何か他に。それはここにくるまでも何度も思った言葉だ。

 目の前に映るのは煌々と燃え盛る炎と、その苗床となった倒れた観葉植物。

 よりもよって、乾燥すれば燃えやすいモノが玄関に置いてあるとは――――、

「ベランダ!」

 下のベランダが火の海で非常階段は使えない。だが、横にならどうか?

 マンションやアパートのベランダは隣と非常時に貫通できる仕切り板で区切られている場合が多い。

 それもかなり怪しいルートではあるが仕方ない。全く知りもしない表札を一瞥して、ドアノブに手をかける。鍵がかかっていた。

 当たり前だ。既に火の手が迫っていたならともかく、あらかじめ出された避難命令に応じたはずのここの住人には戸締りをする余裕はあった。

 だが、ここで隆は思い出す。ドラマなんかによくあるベタな話だ。部屋の予備キーを鉢植えの下に隠すという古典的な隠し方。

 はっとして床を探せばお目当てのものは黒く酸化しつつも形を保って存在していた。

 開錠してみればひんやりとした空気が頬を撫でてきた。廊下よりは冷たい空気が部屋の中にあるのだ。

 その理由は一目瞭然。入り口付近は燃えていないからだ。

 おそらくは廊下とベランダ越しに火が燃え移っているために、ドアの閉まった部屋の内玄関は炎の進行ルートの最奥にあたるのだろう。

 アパートといいつつ3LDKはある部屋をベランダへと突っ切れば案の定火の海だった。

 しかし、この部屋にある何かしらを利用すれば何とかなるかもしれない。携帯以外何も持たずにきた彼にとってこの部屋に入れたことは二重の意味で幸運だったと言える。

 まずはシャワーで全身を濡らし、無事だったカーテンやベッドから布団を剥ぎ取ってこれらにも水を含ませる。両手にそれらを抱えてベランダに出て塞がっている手の変わりに能力で非常壁を吹き飛ばした。

 到底通れそうにない炎に濡れた布を被せて威力を弱め次、さらに次へと進んでいく。

「美月!今ベランダからそっちに向かってる!」

 しばらく会話を交わせてなかった携帯に叫んだが、その返答は別の方向からダイレクトに聞こえてきた。

「隆くーん!ここ!ここ!」

 どうやらもはやそこに追いやられたらしく、ベランダでホース片手に焼け石に水な散水を行っていた美月の顔が壁から覗いている。

 その姿に幾分余裕を取り戻した隆は最後の壁をぶち抜いて、2人は完全なる再開を果たした。

 抱きつかれ、頭部と腕で万力のように締め上げられながら、彼は今きた道なき道を振り返る。

 ひと時彼を通す程度に火を弱めてくれた布切れは既に乾き、炎の肥やしとなっている。


 ――――さて、どうやって脱出したものか。


                     ♯


 ギリギリ2車線ほどの細い路地を両端から自らの機体で塞ぐように(たか)るサワガニに追い詰められた形になった織神葉月らは自分達が潰したサワガニの機体を盾に攻防戦を繰り広げていた。

 機能がマシンガンしかない連中の鋏は代りに切れたマガジンを自動で入れ替えれる優れモノで、弾切れを待つには蟹の形をした遮蔽物は心許なすぎる。早く決着をつけたいが、数を武器にした出鱈目な弾雨に足止めされては接近戦を仕掛けられない。

 何よりこの場凌ぎの戦闘はもう限界で、目標の回収をそろそろ真剣に考えなければいけないところにきている。

 殺傷能力抜群のトランプはレギオン相手には決定打にならず、さっきから放たれ続けているカードがアスファルトに散らばり、若内鈴絽は今5つ目のデックを開けていた。

「この役立たず!」

「ちょっ、お前がそれを言うかぁ!?」

「うるさいなぁ!集中できないじゃないか!」

 そして、礎囲智香と鈴絽がくだらない言い合いをしている横で葉月はせっせと裁縫をしている。

 この状況、実は彼女の髪の繭に包ったままゴロゴロと移動するという脱出手段があるのだが、主に鈴絽が『嫌だ、格好悪い!』と駄々をこねた結果最後の手ということで今次善策を実行している最中なのだ。

 髪を使って布を織るところから始まった彼女の家庭科実習は今現在出来上がった布地を型抜きし縫い合わせる段階にまで進んでいた。寸法はもちろん鈴絽に合わせてある。

「おーだいぶ出来上がってんのな、すげぇすげぇ」

「布織る所で集中力が切れた。もーやだ、何でこんなことやってるんだろ・・・」

 その台詞に嘘はなく、彼女の目にはぐるぐると黒い何かが渦巻いていた。

「袖口はもう少し広げてくれ、あと内ポケットをここら辺に・・・」

「よくこの状況で言えたなそんな台詞!」

「いーじゃん、せっかくなんだから凝りたいんだよぅ」

「あんた子供か!?うわっ、あっぶなぁ!」

 佐々見雪成のすぐ横を跳弾が掠める。直撃はないものの、さっきからこうしてちょくちょくと銃弾が飛んできていた。

 布作りから解放された時点で今まで総員していた髪を防御に回している葉月だが、すでに集中力が底をついた彼女の能力には荒が目立ち始めている。

「やっぱり転がって逃げればよかった・・・」

 鈴絽のテンションにノせられた結果がこれである。

「おいおいこれぐらいで弱音吐くなよ」

「別に僕は戦闘好きなわけでもないんだよ・・・」

「ふぅん、俺は好きだけどなー。昔の馬鹿騒ぎ思い出すし」

「昔からこんなことやってたんだ・・・」

「というか中3よね?・・・小学校からドンパチやってたの?」

 可哀想なモノを見る智香の目をスル―、鈴絽は葉月の髪の檻を無理やり突っ切って近づく連中の脚を羅漢銭でぶらしながら言う。

「んー、ガキの頃よく遊びに行った奴のところがあってな。そいつによく連れてってもらったんだよ」

 まるで近所の大人に遊園地に連れていってもらったような言い草だが、

「戦場に?」

「うん」

 場所がだいぶズレている。しかし、連れていかれた本人はまさしくテーマパークに行ったような口ぶりで頷き、アトラクションの感想を口にするように語りだした。

「ある時、そいつ・・・いい年した大の男なんだが、そいつが言うわけだ。『あるところにとんでもない悪党がいて悪行を働いている。成敗しなければならねぇ』。

 で、正義の味方らしく真正面から敵のアジトに乗り込んだら、流石は凶悪組織、戦闘員の奴らこの日本国で拳銃を所持してやがる。それをバッタバッタと相棒のコップ底で殴り殺していくそいつの後ろに私らはついていったわけだが・・・過程中略して、最終的に悪の親玉を追い詰めた。

 すると、悪玉君はお約束通りに『俺を誰だと思ってる』なんて言ったりしてな。何のつもりかかざしてきた手帳には旭日章が――――」

「分かった、もう黙れ」

 旭日章、それは警察手帳につけられている黄金のマークである。

「まぁとにかく、そいつのところでよく遊んだんだよ昔は。俺と楚々絽と(ふう)とあともう1人と」

「風・・・は風々か。もう1人は?」

「可愛い子でね。俺らの中では怒気覇鬼(ドキバキ)と呼ばれてた」

「・・・発音からして可愛い人間につけられるあだ名じゃないよね」

「キレると手がつけられなかったからなぁ」

 のほほんと過去の思い出に浸っている彼女を心底嫌そうに眺めながら葉月は最後の仕上げに取りかかる。布地はすでに目的の形を成しているが、彼女の要望である内ポケットやらがまだ残っている。

「何でそんなロクでもない知り合いばっかりなんだろこの人」

「おいコラ、自分もそん中に入れてんだろうな」

「何で?」

「いやいやいやはづきちゃんまさか無自覚だなんてそんな」

 ・・・・・・云々かんぬん、そんな場違いな話合いをそれから数十秒やったところで、お目当てのモノは完成した。

「おー軽い軽い」

「当たり前でしょ。素材なんだと思ってんの?馬鹿なの?死ぬの?」

「うわっ、マジで機嫌わりぃーなマロンちゃん」

「そのうるさい口も縫いつけてあげようか?」

「こぇーなぁ。さてさて、しっかしまぁありがてーことに連中も随分集まってくれたみたいじゃん?とっとと潰しちまおうぜ」

「そのためにわざわざ籠ったんだからそうじゃないと困るよ」

 もはやボロキレと化した衣類の代わりに自分の髪を纏い、葉月は一方を指差した。

「問題のアパートは向こう。合図と共にモクズに向かって突貫、暴走野郎を回収するヒット&アウェー。

 何があっても足を止めずに全力を持って駆け抜ける」

「聞いた、瑞琉?そっちの情報逐一伝えなさいよ」

 通話状態の携帯に声をかけ、智香はイヤホンを差し込んで本体は胸のポケットにしまい込んだ。先に用意しておいた電磁力系能力者(マグネット)のレミからのアドバイスの書かれたメモ用紙を確認するが、何故か渦巻きマークが走り書きのあらゆる箇所に存在しており、よくもまぁこんな説明を書き残したものだという有様だった。

 それもしまって今度は巾着を取り出す。中に入っていたのは白い撒菱のような代物だ。テトラポッドのミニチュアと表現すればそのまま当てはまる形で、言うなればこれが彼女の切り札である。

「高いのよね・・・これ」

 1つ2500円。数回限りの消耗品かつ、複数使うのが効果的。

 とはいえ、ここぞという時に使えなければ溝に捨てるようなものだ。

「ここからが本当の反撃だ。てめぇら準備はいいか?・・・・・・んじゃあ・・・GOォ!」

 鈴絽の掛声、そして一拍も開けずにゴシャリという嫌な音が響いた。

 葉月の髪が進行方向を塞ぐサワガニ、その最も外側にいる3機の脚を纏めて絡めて引きずり込んだ音だ。脚を取られたサワガニは内側にいる仲間を巻き込み、葉月達のところへと勢いをもって接近してくる。

 鉄甲が地面との摩擦に火花を散らしながらごちゃごちゃと鉄の塊になっていくカニ団子が、彼らの防壁となっていた仲間の躯と激突する寸前、智香と雪成は葉月に前へと掴み飛ばされる。

 しかしその頃には、宙を舞う無防備な2人を狙うはずの反対側のサワガニは鈴絽に引きつけられていた。

 どれほど身体強化を施し、常人離れしても葉月と違い鈴絽にとって銃弾は致死的な脅威だ。トランプの小細工にしても銃口をぶらせても銃弾そのものの防御としては働いてくれない。よってどうしても銃器に対しては守りがちになり本来の力を出し切れないのが常なのだが・・・、そんな彼女が弾雨の中暴れ回れる理由、それが葉月の裁縫の成果である。

 素材は葉月の髪、それを丁寧に織り込み、何重にも重ね合わせ、同じく髪で縫い合わせてできたのが、今鈴絽の着ている黒い外套。

 完全には威力を殺しきれないが、銃弾の貫通はほぼ不可能な規格外の防弾具だ。

 銃弾への防御手段を得た彼女は、掛声の後、葉月が髪を引っ張るその後ろで反対側を塞いでいるサワガニの牽制に物陰から飛び出していたのだ。

 弾切れを待つまでもなく、凶弾を気にすることもなく直進し、トランプを使う必要もなくなり自由に使える右手を振るい、見た目ほど軽くない機体を横殴りにして吹っ飛ばす。それによって狙い通りに彼らが標的を鈴絽へと定めた時分には、葉月の髪で根こそぎにされた向こうのカニの塊が真ん中の躯をさらに巻き込んで迫ってきているという――――そういう算段。

 もちろん衝突前に葉月と鈴絽は棒高跳びのように海老反りで、哀れ底引き網漁のように引きずられていく塊を飛び越え、爆発こそなかったが派手な轟音をバックに綺麗に着地してみせた。

「瑞琉!目標は!?」

『依然屋内を移動中だ!連中倒壊が怖くて中に入れないらしい』

 啓吾が移動した場所は虫食いのように穴が開く。そのせいで建っていられなくなった建物に押しつぶされる危険性を彼らは恐れているようだ。

 休む暇なく走り出した彼らを新たなサワガニが捕捉した。わずか2回の右左折で追いついてくる辺り、連中も必死である。

 今度は智香が手に握ったミニテトラポッドを、形のまんま撒菱としてアスファルトにばら撒く。サワガニがその上を通り過ぎるタイミングで智香が待機状態だった能力を発動させると、撒菱は発電し散らばった各々の間に電気の網を作り出した。地面すれすれにネットを張ったような見た目はそれほど派手ではない電撃だが、狙いが脚の電子系統であればこれほど効率のいい方法はない。

 テトラポッド型のその秘密道具はモクズガニの鋏と同じモノから派生している。どちらかと言えば体育祭の時に配られた能力波に弱いペンダントに近いが、詰まるところ『賢者の石』研究の副産物だ。

 威力強化と座標強化の効能を持ち、その使用法はばら撒くに留まらない。

 火球などをうまく投げつけられないPKはこれに能力を込めた上で投げればいいし、狙いが定まらないのならば先に投げておくのも手だ。

 転移座標の正確さに欠けるテレポーターの訓練にも使えれば、五感を移すESPの補助にも効果的だろう。

 応用の広さを考えても2500円の価値はある。

 その切り札のお陰で追ってくるサワガニの脚を止めた一行はノンストップで瑞琉の言うポイントに向かう。

 その最中、まだ残っているサワガニがしつこく食いついてきたが、その度に後ろからなら智香が前からなら葉月と鈴絽が蹴散らしていった。

 集まった時が結局一番接近できていた啓吾の許へ、最後の角を曲がったところで、視界が開ける。今まで住宅街の迷路のような路地を走り回っていた分、開けた道路の開放感が強く感じられた。

 火。炎。

 再び火事の中心部へと舞い戻ったことで、事件の凄まじさが分かる。

 道路と地面を構成していた何かがナメクジの這った後のように赤黒く溶けて線を引いて、啓吾の移動ルートを示していた。しかしそれも所々であって、その大方は建物内へと伸びている。

 ぽっかりと穴が空いたコンクリートと鉄筋の壁がそこら中にあり、おそらくは葉月達と同じくモクズに対しても放たれた火球が開けただろう跡が見て取れた。

 加えて木製でもなく燃えにくいだろうそれら現代建築物に根を生やしたように絡みつく炎。

 辺り一面火の海である。

 にも関わらず、消火活動はまともに行われずに、夜空に赤いライトと灯らせる消防ヘリの音は崩れ落ちる瓦礫の音で聞き取れない。

 葉月の視界が奥の方に輝く青白い光を捉えた。その近くに黄色いモクズガニの姿もある。

「あれか!」

 しかし、すぐさま目標を発見できたのは運がよかったわけではなく、啓吾を包んだ青い炎が遮蔽物のない屋外に出ていることも意味し、

「やべぇーぞ!あいつら回収体制に入りやがった!」

 状況はデッドヒートの模様を呈してきた。

「織神これ使え!」

 智香達より一足早く彼らまでの距離を縮める葉月ら2人に携帯からではなく肉声の朝露瑞琉の声が飛ぶ。道横の火の手を逃れた数少ない物陰に瑞琉と音羽佐奈は身を潜めていたらしい。

 彼が指指す先にあるのはこそこそと隠れ続けている間に部品を組み立てた巨人弾槌(タイタン)だ。

 銃身約1.5m、黒くごついシルエット。その見た目通りごつい反動を抑えるための三脚もやはりがっしりとした造りをしている。

 啓吾との距離は約10m。連中に追いついても妨害までは間に合わない。そう判断した葉月は有り難くその怪物兵器を拾い、高さを調整するために燃え尽きて鉄フレームを露出した路肩の自動車を蹴り飛ばしてその上に三脚を突き刺した。

 手際よく照準を合わせて引き金に手をかけ、

「〜〜〜〜ッ!はづきちゃん待っ――――」

 そんな智香の制止の声も間に合わずに、巨人弾槌(タイタン)は火を噴き、そして吹っ飛んだ。


 葉月が。

 

 巨人弾槌(タイタン)は『従来規格外の火薬量と質量を増量した銃弾を新たに用意し、それに合せて強烈すぎる反動を抑えられるよう砲身を開発した』代物だ。

 ではその『強烈すぎる反動を抑えられる』ギミックは何か?硬い地面に火薬で杭を打ち込み固定する三脚架である。

 それをしてもなお脳震盪を起こすほどと言われるその反動を固定具なしでモロに食らえばどうなるか。

 失敗作故に、使えないモノの知識は乏しい葉月には巨人弾槌(タイタン)の情報がなかったことが災難だった。

 加え、瑞流の考えにも誤りがある。

 葉月は頑丈ではあるが、その頑丈さと体重は比例していない。

 反動の衝撃に耐えられる防御力はあっても、衝撃に踏ん張れるほど体重はなく、表面積の小さな足で、それも靴越しに地面にかじりつけるような脚力は持っていないのだ。

 結果、体重の軽い葉月は固定されずに爆ぜた銃身に叩き飛ばされ、横に建つ燃え盛るアパートへと突っ込んでいった。

「・・・まぁ、大丈夫だろギャグ補正で」

「アレがギャグで済んだら医者は要らないわよ!」

 思わず立ち止まってしまった鈴絽の呟きに智香が突っ込む。

 問題の方へ向き直ると一応は銃弾が当たったモクズガニ1機がひっくり返っていた。搭乗ポッドを貫通しているところからして、操縦者はひとたまりもなかっただろう。

「う・・・ぅっ」

 ここで、今まで気を失っていた岸亮輔が目を醒ました。

「ぅ・・・あ、あれ?」

 目まぐるしく変化していった状況にあって、そのほとんどを寝て過ごした彼が現状に戸惑っている中、鈴絽は止めてしまった足を踏み出し、そして踏み留まった。

「おいおいおいおいおいおいおい・・・あれこっちに近づいてねぇ?」

 追いかけていたものにいきなり方向を自分達へと変えるとどうしてか逃げ出したくなるのは何故だろうか?

 いや、そもそもモクズガニを突っ込ませたところでできた隙を突いて葉月の髪で絞め落とす手筈だったのに、その肝心の葉月がいないのだ。

 考えてみればできることがない。

「しまったぁあああ!!」

 頭を抱える一同。智香はすぐさま無意味な瑞流の通話を切って葉月に電話を繋いだ。

「もしもし!はづきちゃん早く戻って!保駿啓吾がこっちに近づいてるっ!」

『分かった。上に昇っ・・・機会を・・・・・・・駄目・・・携・・・が溶そ・・・・・・』

「ッ切れた!」

 携帯電話が使い物にならなくなったらしい。平然としした態度の葉月だったが、火事現場に突っ込んだのだ。辺り一面火の海で酸素もほぼない環境で大事に至らないのは彼女だからこそと言っていい。

 あまりにも平然とありえないことをやってのける人間が2人もいると大したことがないように思われてしまいそうだが、彼らは逃げ遅れればすぐ死ねるほどギリギリでチキンレースをやっている。

 死因としては窒息死、中毒死、焼死、銃弾による脳損壊や臓器損壊に出血死・・・ほかにも数えだしたらキリがない。

 気絶していた間に何があったか説明されていないが、それはつまり説明に割く時間さえない切羽詰った状況なのだとも理解できる。

 そんな中で気を失ったお荷物の自分を見捨てずに運んでくれた仲間に感謝すると共に、亮輔は自分の無力さに奥歯を噛み締める。

 試しに右手をかざすも、目の前に映る青白い炎壁は揺らぎもしなかった。

 元々接触でしか能力を発動できない彼がいきなり遠距離での能力発現ができるわけがない。智香が電磁力をその場凌ぎ程度にでも発生させられたのは能力の使い方の問題だったからで、彼の場合は単純に実力が足りないのだ。

 左手を見ればどこでそうなったのかぽっきりと折れていた。頭が朦朧として気づかなかったが、体中のあちこちに血が滲んでいる。

 使えない左手。使えない自分。

 それがあまりにも惨めで腹立たしくて、彼は立ち上がり、他のメンバーがあれこれ言い合っている最中駆け出していた。

 遠隔介入が無理でも、左手で直に炎に触れればあるいは(・・・・)

 意識の外にあった彼のあまりにも突発的な行動に反応に遅れた彼らはその考えに気づく。

 しかし、その考えにはあまりにも大きな欠陥があるのだ。

 腕は瞬時に蒸発するだけ(・・)で済むだろうが、沸騰した血液は身体を循環するという致命的事実が彼の頭から抜けている。

 先に待っているのは血管破裂や脳細胞の死滅のみで、能力を使う暇などあるわけがない。

「・・・ッ馬鹿野郎ォ!」

 足と手を伸ばす鈴絽、けれどそれを邪魔するように突如横からモクズガニが現れた。

 啓吾が溶かした虫食い穴を逆に通路として利用し、アパートの中から不意をつく形で飛び出してきたのだ。

 今まで屋内を頑なに避けていたのは残り4機という安全に啓吾を回収できるフォーメーションを建物崩壊で損なうことを嫌っていたからで、葉月に1体ぶち抜かれた時点で慎重を期する意味はなくなっている。

 何より、巨人弾槌(タイタン)は看過できない障害だと認識されたようだった。

 ともかくこれで、

「りょーすけ止まれぇぇえええ!!」

 彼を止めることができなくなった。


                     ♯


 マロングラッセを食べ損ねた。指が削げた。何か吹っ飛んだ。携帯が溶けた。

 散々な目にあった葉月はブツブツと呪詛を吐き散らしながら上階を目指していた。

 突っ込んだのは3階部分であったが、火の手が酷く視界が開けないこの場所ではいまいち自分の位置も周りの状況も確認できない。建物の地図を確認がてらエレベーターのありそうな方へと廊下を進み、目的のものを見つけて構内構造を頭に入れた後、上階に上がろうとエレベーターのドアを蹴り飛ばした時点で、うん?と小首を傾げた。

 下から火の手が上がってきている。

 鉄のドアに隔離され、火の侵入が遅いと思われるこの空洞内に?と疑問に思ったまま上へと視線を上げると、埃に手を置いたらしき真新しい後が見えた。

 ここら辺のアパートは火が上がる前に住人の避難が完了していたはずだ。つまりこんなルートを通るのは燃え広がったこのアパートに侵入しようとしている人物だけである。

 嫌な予感がする。

 侵入者の移動経路を埃の後から推察し6階だと判断し、どの道向かうつもりだった上階という理由もあって、彼女は屋上ではなく6階フロアに降り立った。

 刺さったままの鍵のついたドアからベランダへ、ぶち抜かれた非常用の壁を進んだその先に、抱き合ってうずくまる四十万隆と隅美月を見つける。

「・・・・・・・・・・・・何で葉月がここに?」

 その隆の問いに葉月は何とも形容し難い表情で返した。

「・・・・・・それはこっちの台詞だよ」

 2人のやり取りに1人ついていけない美月は「え?え?」と交互に目を行き来させている。そんな彼女に隆は助かったんだと声をかけた。

「というかね、最初から助け呼びなよ」

「・・・いや、まぁ・・・そうなんだろうが・・・・・・というか葉月は何やってるんだよ?

 何かおかしいだろ、この火事」

「ん、それを何とかするのがお仕事――――ってヤバイ、忘れてた!」

 何か自分に置かれている状況とかけ離れたモノを見たせいで忘却してしまった本来の目的を思い出して、ベランダの柵に乗り出す葉月。

 保駿啓吾の意識を落とす役割は自分にしかできないのだ。電話も繋がらない状況で下のメンバーはこちらの合図を待っているはずだった。

 彼女が下界の様子を見下ろそうとした瞬間、ゴゥンと建物が揺れた。

 それが鈴絽に向かってアパート内から突撃したモクズガニによるものだと彼女らには分からなかったが、もっと切迫した事態が彼女らに降りかかる。

「え?」

 美月立っていた足場が脆くなっていた上に先の振動で限界を迎え崩れ落ちたのである。

「あぁもう!」

 咄嗟に葉月が髪を伸ばすも、

「ひぃぃいいいいお化け嫌ぁあ!」

 彼女はそれを避けた。それはもう、見事に。

「ちょっ・・・!何で避けるの!?」

 説明しよう、彼女は体育祭で失禁して以来とある髪お化けがトラウマになっているのだ。

 もう一度掴もうとする葉月の髪をさらに美月は身体を捻ってかわす。空中でのそんな動き、常人ではなかなかできない芸当なのだが、これこそが岸亮輔の持っていない火事場の馬鹿力というやつである。

 そしてついに掴み損ねた彼女の身体は6階という高さから――――亮輔の上に落下した。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 もはや何も言えない一同。再び意識を手放し何も言えなくなった亮輔。

「よくやったラッキーガール!!」

 その中で唯一、モクズガニの相手に忙しく思考停止から逃れれた若内鈴絽が吼える。

「マロンちゃん!」

 襲ってきたモクズの脚2本を折ったところで彼女はその巨体を浮遊霊のようにさ迷う青い炎へとぶち込んだ。超高熱に耐えようのない機体はずぶりと溶け、電源を失うも残留電力で機能停止までタイムラグがある鋏の反能力波ユニットが啓吾の絶対防壁に風穴を開けた。そこを狙って元々は美月を助けるために伸ばした髪を滑り込ませる。髪は首に巻きつかずに、髪先を首筋に突き刺した。

 どうせ防壁に穴が開くのは鋏の残っている一瞬だけ。電力が切れればその瞬間穴は塞がり髪は切れる。意識を落とすだけの時間を稼げるとは思えない。

 そのことに思い当たった時点で葉月は、絞め落とすのではなく注入すれば効果の出る麻酔という手段に切り替えて、用意しておいたのだ。

 いつぞや沖縄で自分に対して使われた神経麻痺毒を再現したモノを。

 どうやらその効果が現れたらしく、厚く熱かった炎の壁は消え去り、当の啓吾は毒の激痛にのた打ち回っているが、まぁどうでもいい話だった。

 いやむしろ気が晴れたという意味では葉月的に実に意義のあるリアクションである。

 保護するつもりで今まで追っていた対象が激痛にゴロゴロと転がっている様に何とも締まらないもやもやとした気持ちになる鈴絽達。

 全くもって締まらない有様だが、しかし、それでも、

「状況、終了・・・だな」

 これにて事件は終わったらしい。


                     ♯


「よぉーし、後はどっかでこそこそ様子を窺ってる(ふう)に任せようぜ。

 紹介してやるよ。どうせこれからお尋ね者だろ?」

「はぁ、助かるけど・・・まず医者か医療能力者関係当たらないと・・・りょうすけがあれじゃあね」

「あー、ろっ骨折れてるよな、あれ。肺に刺さってんのか?腕は単純骨折みたいだけど、体に刺さった鉄片抜かないとヤバイのな。

 まぁ、それこそ朝空風々の人脈に期待しようぜ」

「後ろ半分あんたのせいだけどな・・・」

「はぁーあ、これで高給取りな仕事ともおさらばだな」

 激痛によって保駿啓吾が気絶した後、そんなやり取りをして裏方メンバー達は去っていった。

 事実上の雇い主の意向に背いた以上、彼らに居場所はない。

 元はと言えば、織神葉月という人間を監視・調整するために用意されたメンバーだ。

 葉月の能力と相性の良いPK2人に、能力に介入できる抑え役、監視役の幽体離脱に能力の方向性が似通っている形態変身(トランスフォーマー)

 武力集団とは言い難いが、対葉月用の裏方構成員達。

 そんな彼らと葉月との関係は大して強くはなく、『トリッキーズ』、そんな名称を自称していた彼らは今回をもって解散。

 ただ巻き込まれ続けただけの葉月は何ら感慨も抱かずに彼らの背中を見送ったのである。


 そうして、その名残として残った駅ビルの、主をなくした秘密基地は散乱していたゲーム類を綺麗さっぱり吐き出して、代わりに整然と並ぶアルコールを並べた保管庫へと様変わりしていた。

 かつてゲーマー達が携帯ゲーム機を突き合わせて囲んでいたテーブルにマロングラッセの箱を大量に積み上げた葉月が、並々とワインをグラスに注いで超薄層テレビ(ペーパー・ウィンドウ)に目をやり、酷く上機嫌で鼻歌交じりに広げられた栗洋菓子やチーズ、その他サキイカや柿の種に手を伸ばす。

 それが、今の秘密基地の日常で――――、



 世界というのはどれほど緩やかに思えてもどこかしら変わっていくもので、何にしても移ろい行くその流れを変えることはできない。

 枯れ葉を集めた焚き火騒ぎも鎮火して、急かされるように秋は過ぎ去り季節は冬。

 白と黒、そして灰色の色落ちた世界にしんしんと冷たい雪が舞い堕ちる。

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