表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/98

第51話- 藻屑蟹。-Uselessness-

 暴走が始まったとみられるアパートは全溶し、発火源はのろのろとした歩みで移動している。今はまだ燃え広がった範囲内だからいいものの、そのエリアから出てきてしまえば1歩1歩が被害拡大に直接結びつく。火災自体の防衛ラインは先ほど決められた通り高級アパートまでだったが、彼に対する防衛ラインは別に設定する必要があるのだ。

 炎が燃え広がってもアウト、暴走能力者が火事場から出てもアウト。

 礎囲智香、音羽佐奈を加えて裏方のメンバーが揃ったところで、はっきり言ってそんな状況が変わるわけではない。

 発電と冷却の能力者。単純な戦闘力ならまだしも、こういった特殊な状況下では戦力外だ。

 メンバーの中で使える人材は触媒媒介の岸亮輔、そして辛うじて織神葉月の2人だけ。もっとも、それですら亮輔の一念発起で可能性が見えてきた程度だが。

 それも、彼を動かすに当たって条件が殺害から保護に格上げされたことを考えれば、むしろ状況は悪化したと言える。

 殺すなら、手榴弾なりロケットランチャーを持ち出せば不可能ではない。爆風で一瞬でも隙ができれば殺傷片が彼の脳に再起不能な損傷を与えるはずだ。

 だが、生かすとなるとそうはいかない。手加減するというのは想像以上に難しい作業である。

 制御の利きにくい兵器は使えない。作戦は制御しやすい自己能力にのみ頼らざるえない。

 そうなれば方法は自ずと絞られる。

 まず亮輔が外部から彼の能力に干渉して防御に隙を作り、そこから葉月が髪で首を絞めて彼の意識を落とす。能力が途絶えても辺りは火の海だ。気絶させた後すぐさま回収できる葉月の髪がこの場合最適な手段となる。

 最初の作戦とあまり変わりはしないが、前段階としての亮輔の干渉がうまくいかなければこの作戦は成り立たない。

 にも関わらず彼は触媒能力者としては三流で、触れていなければ干渉できないレベルの力しかないのだ。

 非接触での他能力を制御。今、ここでそれを成功させなければならない。ストレスに弱い彼にプレッシャーがかかることになるが、葉月に乗せられ啖呵を切った手前引くことはできない。

 改めてみてもまともな策とは思えない酷い作戦だが、残念なことに問題点はさらにある。

 彼を助ける。その選択をしたことにより、自分達への依頼主――――この場合治安維持機構を騙った箍の外れた発条(フォールアウト)を敵に回すことになるのだ。

 連中にとって保駿啓吾は貴重な実験体、それを逃がそうとする連中を許すわけがなく、こっちの意思が知れた時点で敵対することになる、のだが・・・・・・、

「どー見てもアレ、レギオン部隊よねぇ」

 どうもすでに雲行きが怪しい。

 啓吾の能力を操る成功率をあげるのにできるだけ接近するため、とりあえず上ったまだ被害の少ない彼の移動ルート上にある建物の屋上からまず目に止まったのは、彼ではなく封鎖されているはずの現場に向かってくる赤いライトを煌かせた集団だった。

 量と密集具合からみても車両とは思えない。となればあれは脚足戦車(レギオン)にだと考えるのが妥当、そこまで分かって気になるのは連中の目的だ。

 何をしにきたのか?それは自分達の今後にも深く関わってくる事柄であり、無視はできない。

 そこで智香が改造携帯のカメラズームを使って連中の様子を窺って、その小さな液晶から得られる情報をメンバーに伝えている。

小型機種(サワガニ)にしては少し大きい。中型?イワガニ・・・・・・じゃないモクズガニよ!」

「モクズ・・・ってあの、最近できたアレか?他方傾向念力追究所と共同研究の?」

「能力波を反射する反響氾濫(バウンディング・エコー)を人工的に再現しようっていう・・・対、PK・・・戦略兵器だよな」

 そこまで言って朝露瑞琉は握った拳で額をトントンと叩いた。なかなか穴から出てこないお御籤の棒を取り出そうとするように、纏まらない思考を揺すって整理しようという表れだ。

 すでに自分達という人材を派遣しておいて、連中を引っぱり出す理由・・・・・・1、純粋に援護。2、裏切りがバレた。

 無論、1を取るのは少々楽観的すぎる。レギオン部隊は目立つため隠密活動には不向きだ。だからこそ代わりに自分達が抜擢されただろうことを考えても、今更連中が出張ってくるというのは楽観視しできる方ではないだろう。

 結論を口にする前に、射程(・・)距離に入ったらしいモクズガニの鋏の裏からミサイル弾が発射された。

「くそっ、会話だだ漏れじゃねーか!」



 本来なら大事になっただろうミサイル弾の爆発は火事現場という特殊な状況にカモフラージュされる。

 それを見越しての威嚇射撃が3発。特殊装置に場所を取られ他の兵装が大幅に削られているモクズガニにとってそのミサイルは1機に1つしか積んでいない貴重な1発だったが、だからこそ出し惜しみをするつもりはないらしい。

 連中の使命が裏切った裏方より先に啓吾を回収することであるとするなら、その最善策は出会い頭に邪魔者を蹴散らして反撃を許さず最速で彼を掠め取っていくことだ。インパクトのある一撃を与えることが彼らの成功をより固いものする。

 対して、そんな先制を許してしまった裏方メンバーに余裕はない。

 着弾により損壊した建物の残骸が落下に際しわずかに炎を揺らめかせる頃には建物から脱出、そのまま一息も入れずにレギオンの去った方へと走る。

 追いつく前、視界に連隊の尻尾が入った時点で智香が片手に貯めた電気を放った。そのまま手の形を模した網状の電撃は広がりながらレギオンへ広範囲放電を浴びせるが、降り注ぐことすらなく青白い網はぐにゃりと歪んで霧散してしまった。元々対超能力者兵器だ、例え攻撃が通ったとしても大した効果は得られないとはいえ、それすらも届かないというのは嬉しくない情報だった。

電撃凶器(スタンガン)じゃやっぱり分が悪いわね。電磁パルス使えれば無効化できるのに!」

「能力反射は鋏の部分だけのはずだが・・・ああやって陣形組まれると厄介だな。死角を隠してやがる」

「陣形を崩しましょ。瑞琉と佐奈は最寄のポイントから武器かっさらってきて。私らは足止め」

「ラジャ!」

 瑞琉の何やらこの状況を楽しんでいるような声を合図に裏方メンバーは2手に分かれた。ちなみにこの人選に意味はない。電撃、冷却、変身、幽霊、媒介とモクズガニを相手にするには役割不足過ぎる。唯一攻撃の通る葉月さえ残れば他がどういう構成だろうと大した差がないという悲しい現実が、今彼らの現状だ。

 そもそも葉月以外に残った3人にできることはない。電撃も連中のバリアを何とかしなければ話にならないし、変身能力の使いどころは見当たらない。そして何より――――、

「・・・そーいやさ」

 他のメンバーにとりあえず歩みを合わせながら葉月はポツリと口を開いた。

「言いにくいんだけどね・・・」

「何?」

「モクズガニ、あれさえ奪えば亮輔君要らないよね?」

「「・・・・・・・・・・・・」」

 そう、作戦上どうしても外せなかった亮輔の能力はモクズガニの登場で呆気なく不要になったのだ。

「僕、胸倉掴まれた分損じゃない?」

「・・・・・・織神、それ以上言ってやらないでくれ。亮輔が泣く」

「ちょっと!何よ、私置いてきぼりなんだけど!」

 ともかく、戦力は葉月だけ。彼女がせめて彼らを足止めしなければ、武器を取りに行った2人も間に合わずに終わるだろう。

「はづきちゃん、よろしくね」

「はいはい・・・・・・よっこら・・・しょっと」

 そんな可愛らしい掛け声とは裏腹に『よっこら』の部分で道横の電柱を蹴り折って、『しょっと』で倒れてきたそれを両手に抱える彼女。引きちぎった電線から火花を散らせたまさしく矛先を前方に向けて、やり投げの体勢で駆けだした。

 レギオンと呼ばれる脚足戦車は大きさから大中小に分けられ、その内小型のモノをサワガニ、中型のものをイワガニと言った風に通称がつけられている。モクズガニ、というのはそんな中型のイワガニに特定の武器(はさみ)をつけた状態を指す名称で、その名づけ方はそのまま最も特徴的な鋏の形状から取られることが多い。シオマネキもその中に入るわけだが、モクズガニの場合は『賢者の石』から得た対PK用の能力波反射ユニットを装着したタイプのことを指す。

 通常のサワガニやイワガニが装備している剥き出しそのままのロケットランチャーやマシンガンといった小鋏とは違い、モクズガニの平べったく厚い存在感のある鋏は多くの人がイメージする通りの『普通の蟹鋏』で、その装甲部分に反射ユニットの出力盤が備わっている。そんな見た目は『普通の蟹』であるそのタイプが数あるカニの種類の中からモクズガニと呼ばれるのは、ユニット発動時の鋏の状態が――――裸眼では確認できないのだが、能力波可視化条件で確認すると鋏の甲から無数の触手に似た力場を構成していて、本来のモクズガニのように毛に覆われたように見えるからである。

 さて、つまり纏めるとモクズガニと呼ばれているが本体自体は中型レギオンの素体であるイワガニと変わらず、問題は鋏の部分だけであり、出力盤がそこにしかない以上彼らの反能力シールドには死角が存在するということになる。

 回収する対象がああもきっちり自らの周りを火炎で覆っている以上、モクズガニといえども単独での彼の能力放射域突入は自殺行為である。だからこその陣形。

 数にして12機、その内遠隔操作に頼らない操縦ポッドのついたものが4機。残り8機の無人機はその防御陣を組み立てるために用意されたと見て間違いない。

 前方、側面、後方、そして上方と楕円型に押しくら饅頭をするように、それぞれが鋏を外側に向けて走行している。真ん中のモクズガニが上方を担当し半球状のシールドを完成させ、隊の周りを覆っているのだ。

 それを能力波を裸眼で可視化できる眼で確認している葉月の狙いはもちろん彼らの陣形を崩すことだ。せめて智香が参戦できる状況を作らなければならない。

 今まで全く力を入れて走ってはいなかった足に全力を注ぎこみ、レギオン隊に追いつくと共に抱えた槍を突き出す。城の門を突破する丸太棒の如く、城門の代わりにモクズガニ1体の眼球を捉えた一撃。威力に耐え切れなかったカニはブレーキがかかり切らずに脚のバランスを崩して横隣のカニを巻き込んでいく。トドメとばかりに突いた電柱を横にスライドさせて3体ほどごっそりと隊から脱落させた。

 前方と中央辺りいるポッドを搭載したカニは巻き込めなかったがこれでとりあえず防壁は崩れた。

「智香さん!」

「あいよ!」

 モクズガニが再び陣形を組み直す前に智香が今度は一点集中させた電撃を地面すれすれで放つ。装甲に覆われた外殻ではなく、走行中以外は格納されている脚の車輪、その中にあるモーターが狙いだ。配線に負荷をかけ電力供給を妨害して車輪を止めてしまえば、カニは著しく移動能力を低下させることになる。元々脚は歩行のためにあるのではなく、重火器使用時の滑り止めと悪路用の非常移動の目的からつけられたモノであり、移動には適してはいない。

 雷の縄はちょうど隊中央のカニの足を絡め取った。脚の1本だけ車輪が故障したモクズガニはその脚をアスファルトに擦りながら、速度を落としこれまた陣形から外れる。が、隊のすぐ後ろに控えているのは葉月だ。アリジゴクが落ちてきたアリを逃がすわけがない。搭載ポッドを貫通する恐怖の右腕が鉄のカプセルから抜かれた際には鮮血で染まっていた。

 5体欠落、残り7体。流石に看過できないと判断したらしく、今まで抵抗を見せなかった彼らは陣形を自ら解いて分隊して向かってきた。回収班は4体で足止め班3体、それを見るに4体が啓吾を回収する際に必要な最低数なのだろう。逆に言えば4体以下まで追い詰めれば連中を妨害するという目的は達成できるということだ。

 しかし、ただ殴られ続けてくれていた先ほどとは違って、元々対能力者兵器のレギオンは相対するとなると厄介な相手である。

「きたきたきたぁ・・・!」

 優先順位を繰り上げられ、完全にロックオンされたことを車体を捻って向かう方向を自分達に変えたモクズガニの様子で確信して雪成が叫ぶ。

「どうする!?俺と亮輔には対抗手段ないぞ!」

「囮になってくれれば僥倖だよね」

「だって。がんばれ2人共」

 攻撃手段を持つ女子2人は他人事への興味のなさを隠しもしない。

「前々から思ってたけど、男子に対する態度が酷くないか織神()!?」

「そんなの、最近の世間全体の傾向だよ」

 反論する雪成に『君』の言葉を無視した上でしれっと返した。

 少しずつ移動ペースを上げているらしい発火源から離れすぎない程度に逃げに転じた彼ら、そしてそれを蹴散らそうとするモクズガニ。追う追われるの立場は逆転した。

 どの道時間に余裕がない中で逃げ回り続けることはできないと、葉月は丁字路を右曲がった時点で角の死角を使う"いつも"の攻撃に転じる。古典的でありきたりな手だが、奇襲こそが連中に対して肉弾戦でしか対抗できない葉月の武器だ。

 だが、この方法は自分も相手が見えないという欠点がある。目を狙ったつもりの彼女の右腕はモクズガニ自慢の装甲鋏に突き刺さった。

「ぃっぎ・・・」

 軽量化のために装甲の薄い本体とは違い、防壁としての役割の与えられ、反能力波ユニットというデリケートな装置を搭載している鋏の強度は数段高い。いつのもつもりで殴りつけた手の方も派手に損傷し、何より引き抜けない(・・・・・・)。一撃で戦闘不能にできれば問題ないが、今回は違う。無事だった右鋏裏の小型マシンガンが向けられる。

 ――ガガガガガッ!

 近距離の鼓膜を破らんとする大音響に対しては事前に察知できたことで事なきを得たが、動きが制限されている状況で弾を避けきることはできなかった。肩に3発、それだけの被弾を許しながらも鉄の穴に挟まった手を強引に引き抜く。その場で棒跳びの要領でブロック塀を飛び越えた。向こう側にあった駐車場のアスファルトに打ちつけた身体をすぐさま持ち上げて場を離れる。

「っ、つつ」

 3発撃ち込まれた銃弾に左腕は骨と筋のほとんどを千切られわずかな皮と肉で繋がっているのみで、無理やり抜いた右手は金属片で切り裂いたせいでごっそりと知能線の当たりから肉が削げて人差指と中指に関しては存在すらしていない。

 ・・・なるほど確かにさっきの行動は知的とは言い難かった。

 それらをさっさと治してから自ら破った鼓膜を張り直して耳を澄ます。聞き取りたいのははぐれたメンバーの声だが、モノが燃える音や建物の崩れる音が四方で絶えず起こっているような条件下では望み薄だ。葉月は代わりに銃声を拾ってだいたいの方向を確認し、そちらに向かうことにした。

 障害物を飛び越えることで直進、丸腰では分が悪いことを改めて理解した彼女は慎重になりながら周囲を確認していく。もはや素手で相手をするつもりはない。もはや救援物資が届くまではむやみに手を出す気にはなれなかった。

 そうなると問題点が間に合うかに集約されてしまうため、本来ならリスクを分散させたいところだが選り好みできる余裕などないのである。

 武器が間に合わなければ反撃にでれない。反撃に出れなければ妨害ができない。妨害ができなければ啓吾は向こうに回収される。回収されればゲームオーバー。

 どれか1つでも条件をクリアできなければならないという状況下にいるということは戦う者としては恥と言っていい。大抵の場合そういう立場に追い込まれるというのは敵の罠にまんまとかかったことを意味し、無智を証明するのと同義なのだ。

 あーやだやだと溜息混じりに呟いて、跳び上がる葉月の視界に追われる裏方メンバーが現れる。距離を詰められて先ほどと同様に脚のモーターを狙った電撃を放とうとする智香。ただ前の時と違い向こうも今度は攻撃してくるのだ。電撃を放るモーションと銃弾を撃ち出す時間、どちらが早いかは言うまでもない。そもそも正面を向いている対PK用モクズガニにその攻撃が通るとも思えなかった。

「ちっ」

 すんでで髪で銃口をそらして、そのモクズガニを重りに自らの身体を地面に引き寄せる。カニと智香の割り込む形で戦場復帰を果たし今度は自分が狙われる立場になった葉月は、今度こそ狙いを定めてレギオンの一眼を蹴り潰した。片鋏と目を破壊された1体は戦闘不能、これで追ってくるのはあと2体だ。その2体も潰れた1体に道を塞がれている。

 が、次に自分達へと迫りくる音は後ろからやってきた。

 今まさに逃げんとする道先を塞ぐのはシールドを崩す際に薙ぎ飛ばしたモクズガニ。大した損傷を受けなかった彼らはまだ戦える――――、

「ヤバッ」

 残り2つという見積もりは計算違いという現実となって突きつけられ、温存していたらしいランチャーが1発、挟み撃ちにされた裏方メンバーへと打ち込まれた。


                     ♯


 武器を取りに行け。

 そう言われたものの、考えてみれば火力に特化した能力者を相手取る前提に作られたレギオンに対して半端な火気は効かない。

 そのことを留意した上で用意しなければらないと気づいた時点で朝露瑞流と音羽佐奈は最寄の場所ではなく、少し遠いビルの地下駐車場に隠されている倉庫へと向かうことにした。

 あそこには従来の重火器以上に"貫通"に重点を置いて製作された対戦車ライフル巨人弾槌(タイタン)がある。

 巨人弾槌(タイタン)は『銃弾が装甲を貫通する力は弾速の2乗に比例し、質量に比例して増大する』という法則通りに、従来のものとは規格外の火薬量と質量を増量した銃弾を新たに用意し、それに合せて強烈すぎる反動を抑えられるよう砲身を開発したモノだったが、威力と貫通力を重視しすぎたためにやはり反動が抑えきれず撃った本人が脳震盪を起こすという笑えない結果になり研究終了となった火器だ。

 名前の意味は『巨人の如く威力を持った』ではなく『巨人に殴られたような反動がくる』というものであって、この兵器にどれほどの資金が費やされたのかを考えると洒落にもならない。

 一応、強影念力(サイコキネシス)などを利用すれば使えなくはないために当初開発された分だけは保管されているが、今まで使われたことはない。

 ならば今こそ使ってやろうと瑞流は考えたのだ。

 織神葉月ならできる。

 そんな無責任な台詞を、マロングラッセのお預けを食らった辺りから時間列と共に機嫌が悪くなっている本人に聞かれれば、この役立たずという蔑みと共に自分の身がモクズガ二に向かって放り投げられることになろうが。

 ともかくそうして、使うにもそもそも1人では持てそうにないそのデカ物を1つと補助にしかならないだろう火器類を手に彼らは引き返しすことにした。

 しかし家事現場にまで戻ってきた2人が最初に見たのはメンバーの姿ではなく、できればご遠慮いただきたい連中だった。

 サワガニの集団。

 最初に事件に介入してきた連中はモクズガニだけ・・・。つまり言うまでもなく、その連中は後からやってきた援助部隊である。

 ここにきての敵戦力増加なんぞ泣いている子供の口の中に生きた蜂の子を捻じ込むほど酷い話だ。

「・・・・・・とりあえず隠れよう」

「あぁ、俺の幽体離脱で状況を確認した方がいいなこれは」

 こうして、迅速かつ優秀な敵側の援助隊とは対照的な裏方の援助はさらに遅れることとなった。


                     ♯


 撃ち込まれた1発目のランチャーに続いてもう1発撃とうと後ろに控えていたモクズガニは、遠距離操縦者がトリガーを引く前に前方の1機共々宙を舞った。

 かなりの重量を持つ鉄塊が地面から離されて踊る様は酷く滑稽だったが、何より予期しないその現象に場は凍りつく。

 それをやったのは葉月でもなく、他の3人でもない。もちろん援護に戻るはずの2人でもないし、連中の仲間でもない。

 闖入者は女性である。闖入者は長い髪を紐で雁字搦めにしている。そして闖入者は、

「おーぅ」

 男言葉でしゃべり、脚足戦車を蹴り飛ばせるような怪力の持ち主である。

 暴引大将、若内鈴絽。

 こういった有事に際し、しばし顔を出す厄病神だ。

 モクズガニを蹴飛ばしてそのまま高く上げていた足をゆっくりと下ろしながら、彼女は言う。

「すげぇ楽しそうじゃねぇか、俺も混ぜろよ」

「足手まといにならないんならご勝手に」

 対して言葉をかけられた少女は、繭状に展開していた折髪を解いてから答えた。

 本来なら例外を除いて年上に対しては丁寧語でしゃべる彼女がぶっきらぼうな態度を取るところからして、その不機嫌さが知れる。

 そんな彼女の足元には実際役に立っていない3人がいて、岸亮輔に限っては度重なる役立たず宣言に泣きが入っていた。


                     ♯


 11月の今更になって勉学習慣を見直そうと、とりあえず授業でやった内容はその日の内に整理して頭に押し込むことにした四十万隆はまだ定着していないその作業を終わらそうと机に向かっていた。

 けれど、今までできなかったことが発起してすぐにできるようになるわけもないし、計画にしろスローガンにしろマニフェストにしろ立てる際にはうまくやれる気がするものだが、実行に移す段になって目標が高すぎることに気がつき支障が出るというのはよくあることだろう。

 1教科ならともかく1日5、6教科ある科目をそれぞれ復習するのは学業に興味のない彼にとって辛いモノである。

 どう足掻いても集中力が切れてしまう。2、3日で早くもそれを悟り、無理にやり通そうとすると続かないと感じた彼は対象を苦手な科目にしぼることにした。

 ところで、彼の苦手科目は国語、英語、数1、数A、理科、社会である。

「・・・・・・・・・・・・やっぱ無理だろ」

 どの道挫折は近い。

 一向に解けない数式との睨めっこをやめて能力の練習がてらシャープペンシルに発破をかけて指を使わずにペン回しを始める隆。

 そっちの方は割りかしうまくいっていて、小さな爆発でなら指先のように操れるようになっていた。

 となれば就職先に超能力関係の仕事を選ぶことで上がりそうにない学績をカバーするという手段も選択肢に入ってくるわけで、勉強に対するモチベーションはさらにどんどん下がっていく。

「そもそも釧や葉月ができすぎなんだ・・・」

 自分の怠慢を他人のせいにしながら、教科書とノートを端に追いやる。代わりに持ち出したのは日常的な赤(コード・レッド)の資料だ。流石にゲームを取り出すのは気が引ける。

 PK、それも発破発火の能力者なのでそれほど重要度の高い技術ではないのだが、自動発動について書かれた部分は自己防衛に応用可能だということを発火能力者のとある先輩から聞いていた。

 中学1年生。まだまだ進路を考える時期ではないと思われがちだが、学園都市生徒の就職平均年齢は23歳である。

 中高卒業と共に同能力者の経営する企業に入る者が大勢いるし、大学に進学する生徒にしても超能力の研究に携わろうという意欲的な学生が多い。特別指定された大学はモラトリアムとして通うには学費が高すぎるため、必然的に中高で好成績を修めた生徒が奨学金をもらっていく生徒がほとんどだからだ。

 そういった事情を考えると超能力で職を探すにしても早い内に決めておかないと痛い目を見る。

 元々富裕層の学童が通う祠堂学園にしても、自立に関してかなり高い水準を生徒に要求してくるのだ。

 某校長が好き勝手やっている学業を放りだした学校というイメージがつきまとっているが、『自分が何をしたいのか』を問い求め、がむしゃらに走るために用意された箱庭こそがあの学園の本質である。

 人生に必要な科目は目標がなければ判断つかない。そんな状態で期限に追い詰められてする受験勉強が将来役立つわけないが、『やりたいこと』さえ定まっていれば他は後でついてくる――――とそういうことなのだろう。

 と、資料のページを3ページもめくらない内に携帯に着信が入った。

 相手は隅美月。

 この時間で通話とは珍しいと、学業以外で時間を潰す免罪符を手に入れた彼は電話を手に取る。

 通話ボタンを押してこちらから応答する前に切羽詰った彼女の声がスピーカーから漏れた。

「――――・・・た!」

「んぁ?何だって?」

「逃げ遅れた――――っ!火事火事火事っ!火、ヒィ!待ってホント待って・・・待てっていってんでしょ――ぉ!!ね、ねねね寝てたら寝過ごし・・・違っ警報聞こえなくって!ア、アパートのは、6階でっ、飛び降りれなくてっ!玄関燃えてて・・・だからこないで火ぃ――!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ