第49話- 台無死。-Bad Apple !!-
『やられました――――!』
そんな無線が入ったのは四十万隆が葉月を蹴落とし、縮小エリア脱出後空席になった助手席に荷台の矢崎聡一を乗り換えさせるために停車、再び発車した頃である。
暗闇の中状況も分らないままトラックが揺れるというハプニングにパニくった彼にことの顛末を伝えながら、エリア縮小が完了した際にそのほぼ中央に位置することになるジャベリンタワーを目指していたところに、今までの窓口であったはずの朝風椎ではなく、他の監視システム班員らしい少女の声が入ってきたのだ。
「どうした!?」
「というか椎は?」
『それが・・・!その朝風さんが目を離した隙に自爆を――――!!』
「あーはいはい、あの裏切り者逃げるのも面倒になってリタイヤしやがったか。美樹の言う通り考えるだけ無駄だったな」
「まぁ、モチベーションそれほど高そうでもなかったものな」
『違うんです――――!監視システムもろともチームメイト巻き込んで自爆したんですよ!』
「やりやがったな腹黒ぉぉおお――――!」
『おかしいと思ったんです、いきなりお菓子いっぱい持ってきて食べ出すわ、TNT火薬まで待ってくるわ・・・・・・そしたら私もお菓子なんて思って出て行った間に!』
「何で気づかねぇ!?」
「じゃ、じゃあシステムは!」
『完全にアウトです。他にも用意してあった通信機で連絡自体は取れてますが、私達のチームのアドバンテージはほぼなくなりました!」
サイテーだ、と助手席の聡一が両手で頭を抱える。片手しか使えない隆はこめかみをぐりぐり押して何とか損害分を補給する手立てを考えようとしていた。
だが、彼女の報告はそれだけでは終わらない。
『そ、それでですね?実は朝風さんの置手紙がありまして・・・・・・。
えーと、はぁい皆の敵愾心の的椎ちゃんです。せっかくこの手で引導を渡してあげようとしたのに、しぶとく生き残った1−B諸君に最後一言だけメッセージをば。がんばってね♪・・・だそうです』
「向こうに戻ったら覚えてろぉぉ!」
「畜生――――!結局僕らは椎の手の中か!」
♯
もはや人も化け物も姿を消した路上を疾駆したトラックはやがて懐かしき根城へと到着した。
上部が崩れて刃先がこぼれてしまった天への投げ槍は当初の壮観さを失い内部から脆く朽ちていく彼らがチームを表しているようだったが、それでも四十万隆と矢崎聡一は帰ってこれたことに対して胸にこみ上げるものがあった。最多5人にまで膨れ上がったチーム1‐Bは両者意地を張った争いの間に出発した当初より数を減らしてしまったし、あの戦闘の中で生き残れるとは思っていなかっただけにまだ生きているという実感がここにきて沸いてきたのだ。
だが、それはそれこれはこれ。感動に浸っている場合などではなく、今現在の状況は芳しいものではない。
イベント5によって現在進行形で縮小されているエリアはジャベリンタワーを中心に狭まりつつあるこのタイミングで監視システムの損失はあまりにも大きな被害である。
唯一と言っていいタワーを根城にする利点が無に帰した現時点においてタワーは格好の標的だ。
ジャベリンタワーを戦場の中央に据えるこのイベント内容は別段、ご都合的な理由ではない。
エリアの最果て、南春花埠頭へと軍事基地という分かりやすい名称に釣られた連中に散々戦わせた挙句、最後エリア縮小イベントでかっちりと嵌めるためであり、そして神の目を持とうとも力押しには弱いタワーに居ついた連中を追い詰めるため――――つまり発火能力者も隆達もそんな製作者の罠にまんまと引っかかったというわけだ。
ともかく自由度の高すぎるゲームをストーリーづけるべく用意されたイベントはうまく発動した。
ここまで来てしまえばもはや体勢を立て直す猶予などはありはしない。
離陸した後になってエンジンと降着装置に問題が発覚して内部に大混乱を孕んだジェット機2機が正面衝突しようとしているようなものである。
5つのイベントを通し、数多の戦闘をくぐり抜け、生存者達が天高く聳え立つ槍の塔へと終結する。
今こそ決着の時、と格好つけるにはダラダラと続きすぎた束の間の脇役達の宴は最後の戦いへ。
さて、そんな終わりの始まりはまずこんな描写で始まる。
「殺す!殺してやる!!何でてめぇはいちいち俺らの前に立ちはだかるんだ――――ッ!!!」
今日何度目か数えるのも面倒くさい、理不尽にも降りかかった厄災に対する絶叫。
損壊した頂上部の様子を見に上がった四十万隆らが無駄に開けた最上階から地上に多くの黒い点を見つけたのは、帰還を果たして十数分後のこと。
逃げるにも範囲の狭まったエリア内で逃げ切れるとは思えない、どうせ戦闘は避けられないのならタワーに残った方がいいのではないか。最善とは言い難いが限られた選択肢の中で次善策を捜し求め、今まで自分たちが貯めに貯めたアイテムを信じて籠城作戦に出ようとした彼らは上から下界を見下ろした際に黒い群衆を見つけた。
ついにきたか。そう武者震いしつつ、これから始まる大乱闘に敵情視察と双眼鏡で連中を確認すると、その中央に織神葉月がいた。
ほぼ無傷で生き残っていた地上班の発火能力者チームと合流し数を増やした彼ら『葉月の言いなりチーム』がタワーに攻め込んできたのだ。
そして冒頭の雄叫びである。
「やっぱトドメを刺すべきだったじゃねぇか!俺の馬鹿野郎ッ!」
しかし、後悔とは先取りできないから後悔というわけで、自己嫌悪している場合ではなかった。
よりもよって、あの葉月が相手。
素直に籠城させてくれる敵ではない。現時点で何かしらの策を持っている可能性が高いし、どの道こちらの守りが固いと分かれば何らかの手を打ってくるだろう。
そもそも制限時間制ではなくバトルロワイアル制なのだ。攻める敵の疲労を狙う消極的な籠城作戦はそもそもが状況に合った作戦ではない。勝ちではなくとある人物達を狙う相手には、特に。
「どうする?当初の予定じゃあロビーはくれてやって階段で上からの優位性を利用しながら少しずつ上に逃げてくって算段だったけどよ。
エレベーターは落すのか?GOサイン待ってる連中が待機したままだぞ」
矢崎聡一に言われて隆は唸る。
確かに。高層ビルという構造上籠城するためには上に逃げるしかなく、それはつまり少しずつ自分で退路を絶っていくことに他ならないが、資源が有り余っているのなら悪くない手段ではあった。監視システムを使って日和見主義の連中を囲えるだけ囲った結果戦力も申し分ない。
けれどどうだろう?葉月相手にそれが通用するのかどうか。
自信はない。が、それ以外に採れる策はなかった。
「エレベーターは落とす。戦闘配置は話し合った通り・・・より固めよう。2階に兵を固めて3階には補充要員、5階単位で武器の供給班を配置して、階層を占拠される毎に繰り上げ。
それと追加でオープニングセレモニーをやろう」
「セレモニー?」
「連中をロビーに入ってきた瞬間ぶっ飛ばす。数を減らせるに越したことはないからな」
「あぁ、そういうことか・・・。となると囮がいるな。1階に誰もいないとなると向こうも怪しむ」
「それは俺らがやるんだよ。何だかんだで世話になりまくりだし、やっぱ俺人に指示するの苦手だ」
「そう言って椎に主導権与えたばっかりにこんなことになってるんだけどな?」
うるせぇと吐き捨てて彼は同じ場にいた、通信越しで朝風椎の顛末を伝えてくれた彼女に爆撃の旨を伝える。
「さて、と。いくか」
静けさのある1階フロア、ロビーまたはフロントと呼ばれるタワーの入り口。
太い支柱の間にガラス張りという中身のよく分かる造りとなっている唯一の侵入経路を見渡して葉月はふぅんと一言、持っていた一眼鏡を持ち主に返した。
件の中の様子は葉月の思っていたのとは少々違った様相だった。
ロビーに元からある待合のためのソファー類が主に出入り口の方に集められ簡易的なバリケードをなしていて、人海を防ぐつもりらしく持ち込まれた折りたたみ式の長机などが倒されてある。
そして何より問題なのが、静か、だということ。
(人員が少ない・・・元々そうなのか、あるいはわざとか・・・隆達がいるのも気になるし)
これから敵を迎え撃つにしては要の1階フロアの守りが薄いのだ。バリケード等防御準備はしているくせに肝心のそれを使う人間がいない。
となれば、あれはバリケードではなくカモフラージュということなのだろう。
(どうせ壁はガラス張り、割られて多方向から攻められたら1階は守り切れないと踏んで捨てたな?
上階に上がるには階段とエレベーターだけ・・・侵入ルートは絞れる、あとは持久戦。
なるほど面倒くさい抵抗をしてくれるよね。1階は罠か)
「ソファーの物陰に爆薬を仕込んでるようですね」
「な!?どうするんですか!」
ここまでくる道中で言葉使いを敬語にまでランクアップさせられた哀れな先輩に彼女は事もなげに言う。
「そんなに爆発したいならこっちから誘爆させてやりましょう。タワーを倒壊させるわけにいかない連中とは違って私達は外にいますから。
遠慮なくぶっ飛ばして瓦礫の下敷きにでもなってくれれば万々歳です。
幸いゲーム補正で爆発規模は爆発物の数だけ乗算されますし、有りっ丈の手榴弾でもお見舞いすればいいんですよ」
「チッ、バレたか!」
(カーテンを下ろさなかったのがまずかったか)
中の様子をわざと晒して相手が攻めやすくなるようにと思ってのことだったが、どうやら感づかれたらしい。
一斉掃射、加えての投擲弾発射銃による明らかに誘爆狙いの贈り物に隆達デコイ役数人は階段を駆け上っていく。
作戦は半ば失敗。だが、半ば成功である。
敵の構成員を葬れればベストだったとはいえ、まぁどうせ思いつきで実行した粗い作戦だ。失敗したところで悔しいほどではない。
むしろ、敵の武器を消費させられただけでも僥倖と言うべきだろう。
化け物の卵の破壊に出た時に先述した通りタワーチームの爆破系アイテムは時限装置と爆薬が主であってはっきり言って使い勝手はよくない。破壊し尽くせばいいというのならともかく、自分たちが籠らんとするタワーを破壊するわけにもいかない現状では特に扱いづらいアイテムだ。
対して、元発火能力者チームはそれをランチャーで処理したのである。元はと言えば軍事基地からくすねてきたのだから、それはただの爆薬などではなく加工された武器であるのは当然と言えば当然のことで、隆達の仕掛けた爆薬とは利便性が違う。
ここまできて武器の補充ができるとは考えにくい以上、相手の武器をどうやって消費させるのかというのは重要なポイントになる。
つまり、使いづらいアイテムで相手の武装を剥いだと考えればこの作戦はうまく行ったと言えるのだ。
(耐え切れれば勝機はある)
しかし、葉月が武器消費のリスクを無視してまでも、相手にとって要らない捨て玉である爆薬の威力を借りてまでも、大爆発を起こそうとしたのはだからこそだ。長期戦には持ち込ませない。短期決着させる。
長期戦になるか短期戦になるか。いわばこれは賭けである。
一方は全力で守り、一方は全力で攻める。武器が尽きれば負け。どっちに転ぶかは分からない。
背中で連発しつつもかき消し合ってただ1つどでかい爆音を聞き、何とか2階フロアにまで逃げ切った隆達はすぐさま防御に転じる。
エレベーターわざわざ1階に止めてからロープを切ってあるため、上へのルートはフロア西と南、非常時用の階段3つとなる。非常階段は誰もがイメージする通りの無骨な鉄製階段で横幅が狭いため防御は容易いが、問題は客用の広い残り2つ。これらは長机でのバリケードで無理やり身体をねじ込むような強行的侵入は防げても、即席の防御壁ではすぐに押されてしまうだろう。
折り返し階段の踊り場にあらかじめ並べておいた長椅子の陰に入って隆はそこに置いておいた歩兵用自動小銃を手に取った。
前々から思っていたことだが、手に余る大きさの武器に限って肩がけがないのは製作者の意地悪なのだろうか?バックパックにしまう必要がなければ、今までの戦闘はもう少しマシに推移しただろうに。
重さを感じながらそんな感想を抱く。束の間の、気を落ち着かせる儀式のようなもの。的外れな思考で気を紛らわせる。
いかにも商用ビルのロビーですと言わんばかりに天井の高い1階フロア。よく響く足音が近づきそして、
「いたぞ!林檎嬢のご命令だ、ぶっ殺せ!」
「この際チームがどうなろうとどうでもいい!葉月だけは地獄に落とす!」
怒鳴る声。
ついに現存する最大チーム同士が激突した。
挨拶代わりのロビー爆破を終えて次のステージへ、階段上下での策なしガチンコバトルは物陰に隠れるでもない葉月の言いなりチームが捨て身で階段を駆け上る形でスタートした。
生き残ろうとするな、活きて逝け。潔く散ってこい。そんな激励を受けた彼らは血路を開くために群がっていく。イージス艦や陸本拠地を失った時点で彼らは堅実に成果を積み重ねようという考えを捨てている。被弾を気にした死角からの撃ち合いは一切なく、ただただ数と身体の暴力で防壁を突破せんという決意がそこにはあった。
だから、突破しようとする味方がいる長机バリケードに向かって手榴弾を放り込んだりロケット弾を撃ち込んだりするのだってわけない話だ。
「させるか!」
戦慄の動作を取るそんな彼らに銃撃を浴びせて妨害するタワーチームだが、そうすると懐が留守になり、接近してきた連中が近距離で攻撃を仕掛けてくる。
(思った以上に厄介だな、くそっ)
防ぎきれなかった凶弾をバリケード内に放り込まれ1.5階の踊り場から2階へと退避。捨て身の厄介さを身に染みて理解させられて聡一は隣の隆に叫ぶ。
「上の火薬類持ってきた方がよくないか!?こんだけ群がってきてんだ、一気に潰した方がいい!」
「だな、弾使うのが勿体ない!」
殺虫スプレーから蒸散式殺虫缶に変更するような言い草だ。
インカムで援助物資を要請するために一度後ろに下がった隆はそのついでに2階のテナント店から手頃な椅子を持ち出して階段から投げ落とした。無理やり駆け上がろうとしていた1人に当たり、ゴロゴロと数人を巻き込んで転げ落ちていく。
早くも弾切れになったらしい仲間もパワーストーン専門店のショーウインドウに飾ってあったらしい加工前のただ巨大な原石を投げつけ始めていた。岩石の内側に結晶が詰まっているという珍しい形をしたアメジストジオードが砕けて紫の雨を降らせ、メノウ板が手裏剣のように宙を舞う。
弾雨に交じって鈍器舞う戦場。もう1つの階段でも同じ様なことが繰り広げられているのだろう。
避けるに避けられなくなってきた雑多な弾幕の中に混じって入り込んだ1つの手榴弾を気づいた1人が慌てて投げ返そうとしたが間に合わずにバリケードの3分の1ほどを巻き込んで爆発した。
「退避ッ!」
崩れた防御を立て直す時間が勿体ない。2.5階には控えていたメンバーはすでにバリケードを組み上げてある。こうして0.5階単位で下がって少しずつ敵の戦力を殺ぐ。実に嫌らしい作戦ではあるが確実な方法だ。
予想よりも遙かに早いペースで侵攻されてはいるが、このペースですら最上階にまで到達するには果てしない時間を費やすことになる。戦況はタワーチームに有利なはずだった。
だが、そんな彼らの心的な余裕は次の瞬間打ち砕かれる。
どがしゃん、といきなり彼らが足場が崩れさったのだ。
「「――――っ!!!」」
言葉にならない言葉は状況を理解できない叫びとなって、彼らごと落下していく。落ちた先は1.5階の踊り場。
そんな彼らを何とか崩落を免れた隆と聡一は上から見下ろして、そして気づく。
(やら、れた!)
1.5階の天井は2.5階の床なのだ。
(下から爆薬を貼り付けて・・・!)
粘着剤をくっつけた爆弾天井に投げつける連中の姿が容易に想像できる。
それだけじゃない。
強制的に上らされた3階の床にまで穴が開いていく。
2階の天井は3階の床。
(あれだけ強引に突っ込んできたのはこのためか!)
1階ロビーの天井は開放感を演出するために別階のほぼ2倍ほど高い。爆発物を投げつけるのも難しければ、何より上ることが困難だ。
そう、この作戦を実行に移すためにはどうしても2階を占拠しなければならない。
椅子でも利用しているのだろう、まんまと作戦を遂行した連中が複数の穴から侵入を開始していた。
混戦していたとはいえ、上と下という敵味方の配置がハッキリしていた今までの戦況が今変わろうとしている。
「もう1段上に逃げよう!」
上に逃げる気でいる彼らにとって先に上を取られるのは死を意味する。
「モグラ叩きだ!上から撲殺するぞ!」
体制を整えるために4階へと逃げ込んだ彼らは良さげな鈍器を手に取るや廊下に戻り、2階と同様3階にも穴を開けて這い上がろうとするその頭に全力の一撃を見舞う。上もしくは横からの顔面強打にのけ反り落ちる連中へ銃弾を打ち込んでトドメも刺していく。
1度でも防衛ライン内に侵入を果たされたら命取りになる。言うなればこれは徹底的に全て叩き潰さなければならない難易度の高いモグラ叩きだ。ただし頭を出したモグラは引っ込むことなく這い出て襲い掛かってくるわけで、ゲームというには両者死に物狂いの攻防を演じている。
「おらおらおら!さっさと堕ちろ!」
「おまっ、仮にも先輩に向かって!」
両腕でパイプ椅子を振り下ろし、もう1つ飛び出た頭は足蹴にする隆。その間に拳銃で頭を撃ちぬく聡一。
上と下との位置的優位性はまだ有効だったが、ノーミスクリアを要求される状況下で気の休まる暇はない。
だいたい、何だこのやたらモチベーションの高い軍隊は。
イベントという名の理不尽な暴力によって行き場を亡くしたはずの連中がここまで統制され、自己犠牲を行ってまで目的を達しようとするのは理解しがたい光景だ。
葉月が何か吹き込んだのだろうとは分かる。この侵攻方法にしても彼女が教えたのだろう。
けれど、だとするならあまりにも正攻法すぎはしないか?
よくつるんでいる身として隆はその点が引っかかる。
爆弾には爆弾を、侵入経路がないなら作ればいい。一見、実に葉月らしい手段ではある。が、そもそも何故正面突破する必要がある?
『侵入経路がないなら作ればいい』というのなら、そもそも正面からぶつかって正面から無理やり穴をこじ開けなくても、タワーの横っ腹に何かしらをぶち込んで風穴を開けるだとかもっと別の方法があるはずなのだ。そっちの方が葉月らしい。
無論、そういった手立てがないという可能性もなくはない。しかし、急造の防衛プランに穴がないはずがない。隆はそれに関しては自分の策に自信を持って言える。この防衛網は穴だらけだ。
にもかかわらず、わざわざこちらの策に乗ってきているのはどういるわけか。そこが問題だ。
何かを見落としている。見逃してしまえば致命的な、何か。
それが分らないもどかしさを感じながらも、変形してしまったパイプ椅子を振り下ろし続ける。
鈍い音と悲鳴が断続的に耳に入るがほとんど聞こえてはいない。
『隆君きましたよ!上からヘリが1機です!』
通信班からの伝達。しかしそれは予測していた事態だった。
「分かった。手筈どおりに頼む」
屋上のヘリポートにはすでに爆破準備が整っているし、着陸自体をさせないために誘導弾バズーカーも用意してある。
多少心配ではあるが、そっちの様子を見に行くわけにもいかない。上の防衛ラインは役目を負った連中に任せて、今はこの執念さえ感じるモグラの頭蓋骨を砕かなければ。
AH-64は愛称をアパッチというアメリカ陸軍主力の攻撃ヘリコプターであり、それ故に映画やテレビでその姿を1度は見たことがあるのではないだろうか?通常ヘリに比べて平べったい形状をして両側面に羽を突き出しその下にロケット弾を搭載した、いわゆる戦闘ヘリという単語から誰もが想像するであろうフォルムをしたヘリである。
それがこの度上からやってきたヘリ――――発火能力者の陸上班が軍事基地から持ち出していた切り札だ。
入り組んだ高層ビルの森上空を飛びタワーへと接近してきたそのヘリを確認したタワーチーム屋上班はその獲物に対して初弾2発の誘導弾を撃ち放った。
煙を上げて正面から迎え撃つ凶弾にヘリは身を捻るが、そもそもがビルとビルの大きく立ち回れない空間での回避行動に大した効果はない。避けれそうにないことを悟った操作主はあっさりと回避を諦めた。
代わりに、主回転翼を止め、
「なっ!」
そのいきなりの奇行に唖然とする屋上班の眼前を垂直落下。90°の方向転換に誘導弾はついていけない。だが、このままでは結局墜落する運命である。だからこんなもの回避行動にはなっていない。
では、一体何が目的なのか?
その疑問は回答を考える暇もなく明らかにされる。
自分から墜落を選んだヘリはその途中、再びローターを駆動させる。勢いづいた落下速度に対して虚しく回転する羽。無論間に合うはずがない。けれど、進行方向を変えるぐらいなら、できる。
ロケット弾諸々を装備された戦闘ヘリの描く軌道はタワーへとさらに近づく形で修正され、4階、中の仲間から得たタワーチーム防衛ラインの現在フロアに――――突っ込んだ。
『上の連中に任せて・・・』そう考えていた隆は、まさかこの目で件のヘリを拝む羽目になるとは思っていなかった。
何度繰り返したことか、頭を出す連中を殴り飛ばし、階段から這い上がろうとする連中を撃ち沈めていた彼の視界の端に、ガラス越し見えるはずのないヘリが映ったかと思うと、そのままそれは突っ込んできて、挙句搭載ロケット弾を撃ち出したのである。
ガラスを飛び散らせ機体を激しく損傷させながら侵入する戦闘ヘリ、狭い廊下を駆け巡る爆発物。当然の帰結としての大爆発。
まさしく『タワーの横っ腹に何かしらをぶち込んで風穴を開ける』行為である。
考えてみれば、空飛ぶ戦車ことアパッチは2人乗りだ。例えうまく屋上に着けたとしても上から侵攻するために兵士を送り込むという作戦は初めから採れない。堂々と空からやってくるわけだから隠密行動など不可能だし、持ち込める武器もたかが知れている。それ自体が『武器』であるヘリだが、輸送には向いていない上に今後屋内戦に完全移行してしまえば使う機会すら逸してしまう。
故の特攻。それは葉月がいつか夢で見たとある狼の採った手段と同じだったりもする。
さて、防衛ライン最前線であった4階は酷い有様だ。味方がごっそりやられてしまい、ただでさえ手一杯だったモグラ叩きのパワーバランスが一気に向こうへと傾いてしまった。
いきなり武器も人も大幅に減らされて補充が間に合わない。
ラインが維持できないと判断した隆達は3階上にまで繰り上がった補充班のフロアまで一気に退く。
7階。短期間でそこまで攻め込まれてしまった。
しかしそれでも、その何十倍もの階数がある。
(なのに、何故真っ向から攻めてくる?)
ヘリをぶち込まれてなお、彼はその疑念を払拭できずにいた。確かに、『タワーの横っ腹に何かしらをぶち込んで風穴を開け』てはきた。きたのだが、それが防衛ラインを突破するのに使われたことが気にくわない。
ヘリ一機で3階分。それは果たして犠牲に見合った戦果と言えるのだろうか?否、まだ上に幾らでも逃げられる相手に効果のある攻撃ではない。
なのに成果の上がらない正攻法に労力を割く意味はどこにあるのか。
その生温い感触が首を滑るような嫌な感じをそのままに、時間は流れ戦況は動いていく。
葉月のいいなりチームに押されてタワーチームの防衛線はついに19階まで下がり、さすがに武器不足に喘ぎ始めた彼らが銃器から鈍器へと武装チェンジし、壮絶な殴り合いを始めた頃。
ついに、葉月の張った罠が発動する。
実際のところそれは葉月に因るモノではない、それはいわば天の声だ。
彼女が直接動く必要もなく、自動的に発動する理不尽な本日6回目の魔法。
イベント6
核ミサイルがジャベリンタワーに向けて発射された。
ミサイルは10分後に着弾する。
軌道を変更したければタワー地下にある変更装置にタワー展望台の望遠鏡から見える暗証番号を入力せよ。
「そういう・・・・・・ことか」
ここにきてやっと葉月の思惑に気づく。
(俺らを上に追いやったのはこのためかあの野郎・・・)
もちろん、イベントの内容を事前に知ることはできない。だが、予測することは不可能ではない。美樹がやったのと同じように、作り手側に立って考えれば大まかにアタリはつけられる。
判断材料は前のイベントとそれの直接的な理由で動いた事柄。それを改めて確認していけば問題点が浮かび上がる。
イベント5を思い返してみれば、やはりどう考えても軍事基地当りにいた勢力に不利すぎたのだ。タワーに目を向けさせることで塔の勢力を追い詰めるという狙いがあったにせよ、居場所を追われるという直接的な被害にあった発火能力者チームとエリアの縮小の二次被害で場所がバレてしまったタワーチームとでは被った損害がまるで違う。偏りが、あり過ぎる。
ならば、その歪みは正さなければならない。つまり次のメインターゲットはタワーチームであることがこの時点で分かる。
では次はどうやって追い詰めるのか。それについてはエリアがタワーを中心に極端に狭められた次のステージで戦況がどう動くのかシュミレートすればいい。
実際には朝風椎に破壊されてしまったが、そうでなければタワーには監視システムがあるわけで、それをその旨みに誘われて集まったタワーの勢力が手放すとは思えない。籠城することは目に見えている。そしてシステムが上にある以上、その構図は上対下のはっきりと2分された形になるだろうことも容易に想像がつく。
そんな状況下でもし自分がタワーチームをターゲットにイベントを投下するとしたらどんなものにするだろうか?
『上以外の地上、もしくは地下にキーポイントを配置して、上に閉じこもった連中を下に引きずり出す』である。
あとはそれにゲームの最後を飾るのに相応しい要素でも付け加えてやれば、ほらイベント6の出来上がり――――。
「畜生最悪だ・・・」
そのイベントに嵌めるために、彼らを上へと追いやるそれが連中の作戦。統制された行動も、自己犠牲もそのモチベーションは最後に嫌がらせをしてやろうという根性のひん曲がった動機からきていたのだ。
そしてそんな葉月の罠にかかった隆としては意地でも負けるわけにはいかないのである。
この逆境を乗り越える。それはもはや脅迫概念に近い。
20階、非常事態に一時戦場を離れた隆と聡一は屋上にいる通信班と対処について検討する。
「地下?待て待てこのタワーに地下なんてなかったろ!?」
『1階より下に続く階段だってないはずですよ?エレベーターだって1階からですし・・・』
「エレベーターの裏技だろうな。ほらあるだろ、マンションなんかで屋上と地下、ボタンがあるのに押しても点かないフロア。
マンション内のガキの間で解除法なんかが流行ったりしたな、そういえば。
はっ、校長が好きそうな話だ。ボタンがなかったのはさすがにバレたくなかったんだろうぜ、最後の打ち上げ花火なんだからよ」
「おいおい、エレベーターっつったって・・・」
その問題の経路はロープを切られ安全装置によって下の階層で停止、縦穴を塞いでいるのだ。
籠城するのにエレベーターは邪魔になる。破壊するだろうということも計算済みというわけである。
「何とかこじ開けて行くしかねぇよな。爆弾投げ込んで籠を潰して、一気に降下、侵入・・・。
かなり成功率は低いが」
エレベーターの縦穴からの進行など、すでに気付かれている可能性が高いし、少なくても籠を爆破する際に気づかれる。待ち伏せされるのは覚悟しなければならない。
階段にルートを絞り今まで侵入者を上から叩き潰してきた彼らが、今度は下から串刺しにされる立場になったわけだ。
「俺が行く」
危険な作戦行動に名乗りを上げる隆。しかし、それを聡一が止める。
「いや、僕が行こう。隆は残れ」
「あ?」
「何だかんだいってチーム動かしてんのはお前だ。指揮者がいなくなるのはまずいだろうが。
・・・暗証番号は分かりました?」
『あ、はい!望遠鏡4つで数字が確認できました。1、5、7・・・順番は分かりませんけど6通りですね』
「157・・・了ー解。葉月の方は任せたぞ」
ガンッカン・・・ガカンと落下中側面に何度かぶつかったらしい手榴弾が最後籠の上蓋に落ちてから数秒、先に落としておいた火薬を巻き込んで爆発を起こす。
地下侵入において邪魔になるエレベーターの籠を丸ごと吹き飛ばすために大判振る舞いした火薬は案の定というか近くの階層の出入りドアまで吹き飛ばし、どう見ても今から侵入しますよと伝えているようなものだ。
使いどころが難しい火薬はともかく手榴弾は今のが最後の1つ。時限装置がなくなってしまったためこうするしかなかったとはいえ、偶然仲間の1人が残していたチーム内でも貴重な1本である。籠城序盤とは違い武器の温存にシフトしている現状、聡一以下3名の核回避チームの装備もかなり貧弱だ。各々の持つ替え弾倉のない拳銃、後は非殺傷手榴弾が7つ。それだけが頼りの綱だ。
故に、いきなり下から狙い撃ちにされるのは勘弁願いたい。爆発直後下の様子を確認し、待ち伏せがいなければ今度は連中が駆け付ける前に降下する。慎重さと迅速さ、それがすべての勝敗を決めることになる。
こじ開けられた19階のエレベータードアから下に銃口を向けて5秒。何の音もしないことを確認して、まずチームメイトの1人がタオルを切られずに残ったロープの1本に巻きつける。19階にまで追い詰められた彼らは当然その階層からの降下しなければならない上に、降下途中に相手の攻撃を受けることだけは避けなければならない。タオルは一気に下がる際の摩擦対策だ。
足を穴の側面にかけて、覚悟を決めるために一息吐き、靴底を壁から離す。それに続く他のメンバー。一応隊長ということになっている聡一は最後にタオルを巻いて残った布を手放さないように手に絡め、そして
「「ひ、ひゃぎゃぁああああああああああ!」」
悲鳴を聞いた。
「化け物だぁ!?」
『ああ!それも地下のエレベーター口からうじゃうじゃとな・・・』
「あのクソ校長め・・・!」
『とにかく、チームは僕以外全滅、作戦は初っ端から失敗だ』
「『失敗だ』じゃねぇよ!そっちなんとかしないことにはデッドエンドしかねぇんだぞ!」
『拳銃1丁で何とかなる相手じゃない!重火器を導入できない以上攻略は無理だって!』
「補充班に事情を話せ!多少浪費してもいいから何とかしろ!」
『ちょっ!?そんな丸な』
抗議の途中で通信を切って、隆は改めて自分の戦場を見渡す。
武器が鈍器に代わってからタワーチームは押されぎみだ。後先考えずに突っ込めばそれで目的が達せられる連中とはやはりモチベーションの差から戦況に影響が出ている。全く核を止める気のない連中はイベント7の告知でさらに士気を上げたようにも見えた。
正直状況はよろしくない。
守り切れば勝ちだと思っていたからこその籠城が完全に仇になり、追い詰められてしまっている。
特にこちらから勝ちに行けない、というのが精神的にキツイ。こっちにも勝利条件があればいいのだが、向こうはチームで行動しているというよりは群で襲ってきているという有様で、全員倒すまで侵攻は終わりそうにない。悪知恵を吹き込んだのは葉月だろうが、今更葉月を討っても止まるまい。
隆個人としては葉月にさえ報復できればそれでいいというのに、その葉月が見当たらない。
(散々やり合って直接手を下すのは無理だと判断したのか?)
自分で言うのもなんだがあれだけ蹴られまくって、葉月がそんな大人しい対応をするだろうか?その自問に隆は首を振った。そんなことはあり得ない。
(なら、どうくる?どうすれば俺らに屈辱的な敗北を与えられる?)
考えても答えは出ない。それはイベント6の罠の時にも思い知らされた通りである。
それでもできることがあるとすれば、流れに逆らうことぐらいなのだろう。不自然な行動をわざと取って、向こうが張る罠をかい潜る、それしかない。
けれど、核弾頭に籠城作戦と目下その2つのことで首の回らない彼らにはそれすら難しい話だった。
もし、こんな状況下でさらに問題事が増えれば、あっけなく防衛線は決壊してしまう。
どうもかなり弱気になっていたらしい。地下に化け物が待ち構えていたことい動揺しているようだ。
ここまできてここまで追い詰めておいて、まさか化け物まで用意するなど校長も容赦がなさすぎる。
しかし、逆に言えばこれ以上状況が悪くなることはない。むしろ開き直れるというものだ。
いっそのこと自分もエレベーターを使って下階層の敵の懐に飛び込んでみようか。数人なら何とか動かせるだろうし、うまくいけば敵の攻撃を緩められるかもしれない・・・、などと考える隆。
が、
「――――イベント7」
開き直りすら許さない悪魔のお触れが、ここにきて発令される。
「――――チート・ミクが現れた☆」
今以上に状況を悪くする天からの声。
そう、それはもはやコマンドで表示する必要もなく。
「――――これより無作為にプレーヤーに襲いかかりまーす★」
ばこんっ!と実に軽い効果音を発して、タワーの19階から上全てがへし折られた。
あまりにも広く開けた曇り空の天井に実に見慣れた人物がいる。
よく分からない架空のロケットブースターを背負いホバリングし、よく分からない架空の巨大な銃を両手に持って、今の今まで行われてきたリアルな銃撃戦や白兵戦をすべて台無しにする大人げない大人。
「――――ガンバって楽しませてね♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
先ほど隆がいいなりチームの動機を根性の曲がっていると非難したが、なんてことはない、そもそもゲーム製作者である久遠未来の性根が腐りきっているのだった。
悲鳴のせいで降下する機会を逃してしまった聡一は、ロープをタオル越しに握り側壁に足を掛けながら下の様子を窺っていた。
すぐにでも体勢を立て直したいところだが、どの道どうやってあの悪魔の巣窟に突入するのか算段を立てなければならない。そのためにもアレの様子を観察しようというわけだ。
化け物は水に弱い。それが半分間違えだということは隆達から聞いた。さらに細川美樹から得た話から正しい情報――――体色と弱点の関係についても教わった。
その設定上の縛りが生きているのなら、下にいる化け物の弱点も色で見分けられはずである。
そう思って懐中電灯で照らしてはみるものの、どうにも分かり辛い。仄暗い縦穴の底にいるせいか、どうも全体的に黒っぽく見えて識別できないのだ。
暗闇での視界を作るのは主に桿体細胞だが、この細胞はモノの形は分かっても色の見分けには役に立たない。
それでも何とかしなければいけないのであって、それは隆にも頼まれたことだ。
必死に懐中電灯を動かし、目を凝らし暗い視界に色を見い出そうとする。
しばらくそんな格闘を続けいると、ふとあることに気がついた。
(もしかして・・・暗くて見えないんじゃくて元から黒い?)
だとするなら、これまた新種ということになる。頭の痛い話だ。
しかしそうだとして、こいつらの弱点は一体何ということになるのか。
緑は火、青は電気、赤は水、では黒は?
そこで、彼の脳裏に最悪な考えが浮かんだ。
・・・減法混色において三原色を混ぜると黒色になる。
(まさか・・・弱点が、ない?)
と、その思考もままならない内に、タワー全体に響き渡る大音量で例の告知が始まった。
「――――チート・ミクが現れた☆」
(何やってるんだあの人・・・・)
それを聞く限り隆の方も大変のようだ。けれど、核回避の命を任されている聡一にそちらを気にしている余裕はない。科救出作戦に続いて地下突入まで丸投げされた身としては気にする広い心も持っていない。
ざまぁみろと呟いて、ともかく排除できないのなら誘導するか別のルートを使うかどちらにしろまずは武器の確保が先だ。校長が隆達を襲うとすれば武器をやり繰りしている班も危ない。
自分も現在高さ的には19階にいるわけで、さっさと下へ降りた方が無難だろうと、かけていた足を片方ずつフロアの床に戻そうとして――――、
「――――これより無作為にプレーヤーに襲いかかりまーす★」
あまりにもふざけた台詞と共にばこんっ!という音がして19階から上が根こそぎ消え去り、天井から滑車で吊るされていたロープも弛み、
「へ?」
重力の暴力が彼の身に降りかかる。
「嘘だろぉぉおおおお!!」
落下、墜落、激突。不吉な文字が続いて浮かんでは消えていく命綱なしのフリーフォール。途中恐ろしい早さで過ぎていくドアガラス越しの各フロアを走馬灯の如く巡らし、18枚目の死前映像を映し終えたところで衝撃がきた。
「ごふっ、げふっ」
19階もの高さから落下したにも関わらず、一命を取り留めたらしい。
・・・・・・下で蠢いていた化け物がクッションになることによって。奇跡だろうと幸運だろうと墜落死した方がマシだった。
「ヴゴギャア!」
「ギョギョギョ」
「ガグォゴッゴゴッ!」
自分たちの上に降ってきた不届き者に対する抗議らしき声を上げているソレらに聡一は引きずり落とされ仲間の躯の転がる狭い穴底に。
気分はさながら怪物の巣に引きづり込まれて子供の餌にされる哀れなモブキャラクターである。
(考えろ考えろ考えろ!攻略不可能なんてゲームじゃない、何か・・・何かあるはずだ!
黒の反対は白・・・白色の攻撃って何だ!?
白い物質?白い自然現象?白白白のイメージっていったら・・・)
そこでやっと、思い至った。
(光か!)
震える腕を突き出して手にまだ握っていた懐中電灯を向ける。上から何度も光を浴びせていただけに効果がないと思い込んでしまっていたが、あれだけ離れた場所からでは光は拡散してしまう。そのせいで自分が化け物の体色の判断に苦しんだのだ。今思えばあれでは効果の程を知ることはできない。光という有り触れて、かつ発見した化け物にまずプレーヤーがするであろう行動を見透かした上での精神的な罠。
近距離で当てられた光線に今度は怯む化け物共を見て聡一は確信した。
今なら分かる。気づいてみれば実に簡単な回答だ。エレベーターの籠が破壊されて外への扉は開かれたというのにアレらが薄暗い穴底にいるのは、外には光があって出れないからなのだと。
懐中電灯では弱い。
ならば。バックパックを背負うまでもない貧弱な装備のもう1つ、スタングレネードのピンを引く抜く。厄介なのは光と共に出る三半規管を狂わせる大音響だが、致し方あるまい。
「ぐぁっ!っぅ・・・!」
塞いだ瞼を通り抜ける白光と飛行機のエンジン音すら超える爆音にのたうち回ってしばらく、べちゃっと見えない目の代わりに辺りを探っていた手が何かに触れる。視界が戻ってから確認すると、それは水をかけた赤の化け物と同じ様に溶けた化け物らしかった。
「うげぇ・・・」
懐中電灯で照らしてみると思った通りの気持ちの悪い光景が広がっている。そしてその先、本来ならエレベーターの扉があるだろう、爆破されて吹っ飛んだ地下への入り口の奥にはどうやらある程度開けた空間が広がっているらしいことが分かった。
最悪ダンジョン状になっている可能性を捨てきれなかった聡一としてはその発見はありがたいものだった。この期に及んで化け物の巣窟探検など誰がやりたいものか。
まだ残っていた仲間の死体から残りのスタングレネードをかき集める。あと6発。地下の奥はどうなっているかは知らないが、この限りある切り札をうまく使わなければそれまで。
狭い暗闇の中深呼吸、覚悟を決めて一歩地下フロアへと踏み出す。
と同時に、パチッという聞きなれた音が部屋に響いた。
それはほとんどの人間が毎日のように聞いている音だ。部屋に入る時に鳴らす、作業音。部屋から出る時にも鳴らす、効果音。
その答えは天井から降り注ぐ。蛍光灯の白い光。
明かりを灯すロッカースイッチ。
暗く細部の分からなかった部屋は明るく照らされ、まだ生き残っていた化け物共呻きながら溶けていく。
地下空間はフロア丸々そのままの1つの巨大な部屋になっていた。いくつかエレベーターのドアとボタンがあるだけで壁も床も天井も白一色で統一されている。
唯一、この部屋の機能でもある核軌道の変更装置はその最奥の壁にあった。壁に映し出される『Please enter PIN code.』の文字と入力欄、マンションのエントランスにあるような台型の入力装置。
そして、本来なら入口の近くに設置するはずのスイッチは当然の如く部屋の奥にあり、それを点けた人物もそこにいた。
織神葉月。
タワー総力戦の間中影を潜めていたか弱き少女。
ここぞというタイミングで、これぞというシチュエーションで、やっと彼女の出番がやってきたのである。
彼女は実に愉快そうに微笑みながら壁から離れて入力装置の上にお尻を乗せた。
聡一はそんな彼女の余裕な振舞いにカラカラに喉が渇くのを感じながらも、ゆっくりと距離を詰めていく。
しかし、何故だ?なぜ葉月がここにいる?
侵入経路は他にもある、それはいい。だが、どうやれば1人で、化け物に襲われず、化け物を殺さず潜伏できる?
問題なのはそこだ。たった今地下にいた化け物を自分が殺したばかりなのだ。一体どんな魔法を使ったというのか?
思って、そしてその答えにたどり着く。
(化け物のフェロモン・・・香水)
そんなアイテムがあることを別行動をしていた隆に聞いていた。若内楚々絽が使用していたというふざけたレアアイテムだ。
(確か、楚々絽を倒した際に隆達を助けるのに美樹が使用してはずで・・・)
だとして、もしもその使用したアイテムを彼女が何気なくポケットにしまいこんでいたとしたら?
(トラック運転中美樹はやられ路上に引き落とされて――――!葉月もその後蹴落とされた!)
ぞっとするような想像は、実際ぞっとするような現実となって今目の前に立ちはだかっている。
葉月は冷や汗をだらだらと流す彼を満足そうに眺めて、ごそごそとスカートのポケットから丸い果実を取り出した。
M67破片手榴弾。知恵の実、罪の身の象徴、そして不和の林檎。
そのピンを抜いて彼女は笑い始める。
「あはっあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
見ると、彼女の足元には籠いっぱいの各種果物。爆発規模は爆発物の数だけ乗算されるこのゲーム内でその狂気の盛り合わせはどれぐらいの威力を持つのか。
全てを理解して、聡一の口からも乾いた笑い声が漏れる。
「は、はは・・・はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ・・・・・・」
インカムを口に寄せる。意思に反して吊り上ってしまう口角と鳴り続ける喉を何とか押さえつけて、彼は裏返った声で戦友に告げた。
「すまん・・・核回避、無理だった」
文句を返す暇もなく途絶えた聡一からの通信に、彼らはバトルロワイルに時間制限がついたことを知る。
その追加ルールの意味するところはつまり、核着弾までのあと3分以内にプレーヤーに未来を含めたプレーヤーを全滅させなければいけないということで、残り時間も状況もそしてラスボスも何もかもが鬼レベルの難題だった。
タワーがぽっきりと折られた時点で上に控えていた補充班や貴重な武器類は丸ごと損失し、タワーチームにもはや手立てはない。
上るべき階層もなく野ざらしになった天井部分からは理不尽が、18階以下のフロアには統制者の不在にも気付かない言いなりチームが、そして天上から降りかかるだろう劫火が待ち構えているのである。それを悟った時点でチームワークは崩壊しチームは壊滅。言いなりチームにしても攻略すべき相手が分解してしまったせいで目標を見失い、なおかつ未来の無差別攻撃の前に翻弄され、今までチーム対チームの対戦だった戦場は大乱戦へと姿を変えた。
丸裸にされた元タワーチームのメンバーを上から狙い打つ外道な攻撃に、元言いなりチームと共に下階へと逃げ出す彼らだったが、19階に目ぼしい獲物がいなくなってしまったと見るや祠堂学園の悪魔はフロアごと5階層ほどぶっ飛ばした。
逃げ遅れたプレーヤーが宙に放り出される様を振り返りざまに直視して隆は叫ぶ。
「こんちくしょう!あんたマジで人間の屑だな!」
誰が敵で誰が味方か、そんなのは分かりきったことだ。あの空に浮いている心身ともに子供の学び舎責任者をおいて他にない。
慌てふためき逃げ惑うプレーヤー達の中、廊下に転がる|M20対戦車ロケット発射器が隆の目に入った。タワーチーム同様"決め手"として温存しておいた物なのだろう。それを引っ掴むと身を転がして身体の向きを変え、慎重さなど欠片もない雑な照準でトリガーを引く。発射されたロケット弾は何とか標的に向かって飛んだが、未来に当たるやいなや、ごぃんっと不気味な音を鳴らして跳ね返り的外れな場所へと着弾し爆発した。
「だろうとは思ったけどな!」
チートという言葉が出た時点である程度予想できたことだ。
しかし板川由の時と同じく防御力だけ低いという期待がなかったわけではなかったので、改めて理解した状況の酷さに泣きが入りそうになる。
バズーカーを放り出して、狙いを自分へと移した未来から逃げるようにもう1段下階へ。が、基本的に滞空体勢を変える気がないらしい彼女は邪魔な14階フロアを消し飛ばす。
これまでの蹂躙で分かったが、右手に持つ方の銃が連射性能を持つ攻撃力の低いタイプで、左に持つのがフロアを一撃で破壊する大火力タイプのようだった。特に左の方は発射前にギュィンッとSFチックな音を出すので判別がつく。まぁ、もっともこのフィールドでは撃ってくることが分かったところで逃げ切れるとは限らないのだが。
それにどっちにしろこちらの攻撃が効きそうにないのだ。逃げ惑う以外できることはない。
いっそ一撃で屠ってくれればいいものを、そんな無力な教え子達を安全圏からわざわざ右の銃で1人1人狙い打っていくわけだから性質が悪い。
あぁ、とここにきて隆は要らないことに気がついた。
このゲームのジャンルはガンアクション、つまりシューティングアクションだと校長は始めの始めに言った。しかしその実、ゲームの内容は素手だろううが罠だろうが何でもありの多要素混在アクションで、ジャンルを銃撃に絞るには自由過ぎることに引っかかりを覚えたプレーヤーもいたはずだ。
何故、校長はジャンルをシューティングに絞ったのか?
その答えは今の状況ではないだろうか。
左手にすごくふざけた凶器を持っているのにもかかわらず、チマチマ撃ち殺すことに執着する校長の姿を見て思う。
(・・・・・・・・・・・・的は俺らか)
なんてことだ。内容とジャンルの合っていない説明を受けたゲーム開始直後、あの時得た違和感に従って自害しさっさとリタイアし安眠を勝ち取ることがこのゲームの攻略法だったとは。
しかしもう遅い。選択肢を誤ったノベルゲームの如く回避不可能のバッドエンドへと直行を始めてしまっている。
「どりゃあああ!」
効きやしないと分かっていながら落ちていた手榴弾を投げつけ、銃弾で撃ち射る。そうしなければ気が済まない。ささやかな復讐だ。
だけれどそれこそ今更だった。無慈悲なゲームシステムは意味のない気持ちだけの復讐に時間すらも与えてくれない。
見上げれば、青い空に白い糸。迫りくるは実際使われないことを祈るばかりの最新型の核弾頭。
思えばずいぶん長い間雲のかかった空の下奮闘したものだったが、青空とロケットという映える組み合わせを実現させたいという理由だけでいつの間にか空は晴れ渡っていた。リアリティーとゲームバランスがどこかへ行ってしまっているのは前々から分かっていたことだ。
もはやチート・ミクが手を下すまでもない。バトルロワイアルというゲーム上誰も予想しなかった結果が現実のものとなろうとしている。
相打ちでもなく自爆でもなく生き残りもまだ複数人いる中での一撃を以ってしての全員死亡。
「どぉっっっちくしょょょよよおおおおおおおおおおおぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
――――叫んで、思わず身を起こすとそこは自室のベットの上だった。
寝た覚えもなく、眠れた覚えもないままに、枕元の時計とカーテンから漏れる日差しだけが無情にも文化祭から一夜明けたことを示している。
実際寝ていたのだとしても精神的疲労はむしろ増えただけで、それに加えて睡眠時間を無駄にしたという嫌な気分が纏わりついていた。
両手で顔を覆い、思わず呟く。
「・・・・・・なんつぅ悪夢だ・・・」