第48話- 鬼畜生。-Quagmire-
『というわけで葉月を探してくれ、椎!』
「待ちなさい!私達はチームで行動してるのよ!?勝手な行動はやめなさい!」
『このチャンスを逃せるか!頼んだぞ!』
何やら自称男気スイッチらしきものが作動したらしい四十万隆の暴走。イヤホン越しにそれを悟って朝風椎は内心で舌打ちした。
(まっずいなぁ・・・)
織神葉月の弱体化、それはいい。願ってもないチャンスだ。だがしかし、そのために彼女自身が動かせるはずだった駒がコントロールできなくなるは痛い。
そもそも、今この時彼女の思惑通りなら彼らはリタイアしていてもおかしくはなかったはずなのだ。それが途中に乱入してきた若内楚々絽まで撃退し、細川美樹という仲間まで増やしている。
今はまだいいが、自身の離反に気づかれたら身が危ない。
(そろそろしとめないといけない、か)
思いを新たに彼女は決意する。『クラスメイトを倒す』・・・と。
通信が切れたことを知らせるモニターのウィンドウを閉じ、通話ソフトにもう一度とある番号を打鍵する。
それは、このゲームが始まる前親の会社の関係で面識のあったこの世界の創造者との密謀により得た番号。
――――隠し番号に繋げた者は板川由を1度だけ使役できる。
『私も気兼ねなく参加できるしな』。その言葉通り、作成側として今回の件に参加した彼は自身をゲームに組み込んで、知り合いにその権利を配ったのだ。
「あ、由先輩。はい、そうです。ちょっと私のクラスメイトを蹴散らしてほしくって」
♯
「南春花辺りはねー、激戦区になってるんだ」
南春花埠頭。ナビゲーションに設定されたその場所に向かうに当たってその狙いについての質問に細川美樹はそう答えた。
「おそらくこの世界で最も大勢力な発火能力者チームと軍事マニアチームの大乱戦」
「ミリタリーマニア?」
「そー。あの辺りにはそもそも軍事基地があったんだけど、ゲーム開始直後運よくそれを知った発火能力者チームがまずそこを物色してイージス艦を見つけたわけね。ちなみにトマホークはそこから飛んできてるのよん。
で、そうやって『やったぜ俺ら億万長者!』ってやってる内に、同じように基地に気づいた軍事マニアの連中が照らし合わせたわけでもなく集まっちゃったのが争いの始まり。
武器が有り余る基地での争いに、ひとまず武器をできるだけ積み込んで海に逃げた発火能力者と港の軍事マニアがお互いの武器目当てに潰しあってるんだぜ」
「見てきたみたいに言うね」
「まー私、マニアチームで参戦してたからね。途中で裏切ってきたけど」
あははーと笑う彼女。腰に吊るしていた拳銃を取り出して、座席横に置いた弾薬箱から取り出した銃弾とマガジンの中を取り替えている。パッケージに入っているのはホローポイントという殺傷性の高い銃弾だ。
そんな彼女をチラッと見て、四十万隆は先ほどの話で生じた疑問を口にする。
「発火能力者チームは海に逃げたって言ったが、連中陸にもいなかったか?」
「二手に分かれたんだよ。海じゃ武器を補給できないじゃん?で陸にもとりあえず本拠地を作って武器を集めながら、マニア連中を挟み撃ち・・・といこうとしたみたいだけど、イベント3は失敗しちゃったんだね。
海と陸の発火能力者、軍事基地のマニア、ジャベリンの私達。今残ってる主な勢力はこの3つ。
漁夫の利といこうと思ったんだけど、標的ははづちゃんに変わったし、とにかく行って探そう」
「葉月がそこにいるって確証は?」
「今いるかは分からないよん。
でも、トラックを爆破したことからも分かるとおり弱体化したはづちゃんが今一番恐れているのは敵に武器が渡ること。
埠頭にいるならいるで連中の相打ちを狙ってるだろうし、こうして私達が向かえば阻止にくるんじゃない?」
どっちにしてもあそこ戦の渦中だぜ、と楽しそうに銃を構えて美樹はご機嫌に笑った。
♯
織神葉月は思春期という成長期において、全く発育していない。
形骸変容という能力上、無意識に身体を最善の状態に保つようになってから、老化も止まって、わざわざ自分で成長しようとも思わないままに現在に至る彼女の身体は元々未発達気味だった12歳ほどの身体のままだ。
低身長に細い体躯。その身体は四十万隆とは比べるまでもなく、朽網釧と比較しても低い。
少女、悪くすれば幼女にすら見える。はっきり言って戦える身体ではない。
そんな子供の非力さは現在彼女自身が身に染みて経験しているわけだが、だからと言っておとなしくしているなど彼女には考えられない話だった。
トラックは爆破した。その前に存在だけは確認していた埠頭での争いもその間に戦況は大分進んでいるだろう。終盤なら特に好ましい。弱ったところを両者とも奇襲する。
そういった策略を胸に彼女もまた南春花埠頭にいた。
持っている武器はバケットに詰められたアップル・グレネードと途中で運よく拾った拳銃1丁だけだ。手榴弾は言うまでもなくおいそれと使える武器ではないし、拳銃など反動で彼女の腕があらぬ方向へとずれてしまうために連射ができない。そのため絶対に外さないゼロ距離で使うことが前提になってしまう。
つまり、はっきり言えば武器不足。いや、武器に恵まれていない。
埠頭でうまい具合に扱える武器のおこぼれをいただければそれに越したことはないし、敵に渡って状況だけが悪くなることだけは避けたいわけだ。
(うーん、よく分かんないなぁ・・・)
望遠鏡すら持っていない彼女はいつもなら裸眼で十分見通せる距離も確認できず、仕方なしに戦場に近づかなければならない始末。ロースペックな自分の現状にげんなりする。
(ナイフ、ナイフが欲しい)
毎日持ち歩いているダガーナイフをこれほど恋しく思った日はない。
あれなら十分勝機がある。あれなら一撃で頚動脈を切れる。あれなら一瞬で殺れる。
物騒なことを頭で考え、口ではナイフナイフと呟きながら、戦場を避けつつできるだけ軍事基地へと回り込んでいく。誰か倒れていてくれれば装備が剥ぎ取れるのだが、周りを見渡してもそううまくはいかないようだった。
高い柵で覆われた軍事施設の領土、その周りに隣接する貿易倉庫や工場群で入り組んだこのエリアは潜伏するにはもってこいだが、隠れるわけにもいかず、敵との対抗手段も見つかっていない葉月にしてみれば面白くもない状況だ。
常時であれば丸腰でも十分に戦場に飛び込めるというのに、今や守備すら固められず体勢を整えられていない。
今、敵に遭えばただでは済まない。しかしいずれは誰かに遭遇する。その前に何とか攻撃と防御の手段ぐらい見つけておかなければならない。
けれど、状況は待ってくれないものなのだ。
「よぉーぅ、葉月ちゃーん」
そんな皮肉の込めた低い声。壁に響くいくつもの足音。
振り向くことなく立ち止まった。
背中の向こうに四十万隆がいる。それだけでなく他のメンバーもどこかに控えている。
そして、こうして向こうからやってきたということは、自分の弱体化について感づかれているということだ。
振り向けない。振り向けばそれは相手に銃撃にタイミングを与えることになる。
だから葉月は振り向かず、最小限の動きで右腕にかけた籠からリンゴ1個のピンに指を入れ、後ろへと思い切り振り飛ばした。
遠心力で飛ぶ緑の果実、それが全ての引き金だ。
始めの始めから|H&K MP5《サブマシンガン》を構えていた隆による銃撃と葉月の身を捻った回避。避けきれるはずもなく背中に数弾被弾する。それに怯むことなく葉月は横っ飛びに物陰へ飛び込んで、身を一回転させ立ち上がり駆け出した。
「待てやぁあ!」
「誰が待つか!」
飛んできた手榴弾を潜る形で突っ込んでくる隆、その他のメンバーはさすがに同じ行動はとれず、爆発に備えて蜘蛛の子を散らすようにそれぞれバラけてしまう。
(ひとまず、よし)
数で押し切られる可能性を一時的に低下させることには成功した。まずは切り離せた隆をどうするか。
相手は50cm以上あるサブマシンガンを持っている。近距離、中距離は射程は範囲内。ここまで近づかれている今更になって距離を置くのはかえって危険だ。
(ならば超近距離、銃身よりも内に入る・・・!)
曲がった角で急停止し右足に力を入れて進行方向を180°変更する。リンゴの入った籠を落し、床を蹴って一歩、追って角を曲がってきた隆に激突せんばかりに肉薄した。
「ッ!」
そのあまりにも突飛な行動に生じた思考の隙を見逃さず、葉月は左腕を振り下ろすというよりは滑らすように銃身に乗せて銃口を下に向けさせた。残った右拳底を喉仏に叩き込む。
「がっ!てめぇ・・・」
反撃に転じようと右腕の銃を持ち上げようとするが、手ではなく腕全体で押さえつけている彼女がそれを許さない。
男子中学生に比べて、全く力のない子供の腕、だがその力の使い方が違う。
「非力が弱さに直結すると思わないことだね、タカ。
これでも施設育ちでの運動不足は道場で解消してた人間だ」
いつも化け物染みたスペックでの力押しで台無しにしている葉月本来の能力である。
もはや彼女の左脇に挟みこまれた銃、次に彼女は彼の体の外に出るように左足を軸に右回転し、隆の握ったグリップを無理やり引き剥がす。ごとんっと落ちたマシンガンを蹴飛ばしてから、同じ方を向いて並ぶような立ち位置になった葉月は隆の横っ腹に肘内を食らわせた。
次いで、よろめいた彼に全体重をかけた右手を傾きかけた側頭部に押し付ける。バランスを崩しかけていた身体はあっけなく地に伏した。起き上がろうにも頭を抑えられては力がうまく入らない。隆のもがきすら許さない手際の速さで葉月は左手で腰のリボンに挟んでいた拳銃を引き抜いて、ガツンと打ちつけるように頭へ。ゼロ距離、どれほど手がぶれようが、一撃で相手を静められる。今の彼女にとっての一撃必殺だ。
だが、ガンッと側面からの突進。衝撃に耐え切れず隆から引き剥がされてしまう。ゴロゴロとなすままに転がって距離を取りながら、目をやると飛騨真幸がその犯人だと分かった。
(しくじったっ)
素手の相手ならともかく、飛び道具を持った複数に非力な身体1つで対抗できるはずがない。1人1人沈めていかなければ勝ち目は薄いというのに、トドメを刺す前に合流されてしまった。
籠を置いた場所へと駆けてそれを拾うとまた逃げに転じる。もどかしい話だが引き離さなければどうしようもない。
「はづちゃん!」
「っ!?」
いきなりの呼びかけに振り向くと細川美樹が低い姿勢で右から接近してきていた。もう一度籠を落とし足で滑らして端へ追いやり美樹に備える。下からの掬うような右の拳底、それを首をずらして避け、するりと肌と肌を滑らしてその腕を絡めて自分の方へと引き込んだ。が、対する美樹は引かれるままに左手を前へと突き出す。その手を左手軽く受け止めて葉月自身まで後ろへと倒れ込む。緩やかな転倒は途中から巴投げに。けれど美樹もただ投げられる人間ではない。受け止められていた左手に力を込めて体勢を整え、葉月の体をマット代わりに側転の要領で1回転、着地した。
隆の時のようにはいかない。それは体育祭の時に分かっていたことだった。
力に逆らわず沿い逸らして相手を制する。
それが葉月、そして美樹のスタイルだ。はっきり言って相性が悪い。『暖簾に腕押し』の暖簾同士の戦いなのだ。
そもそも相手の力を汲むという彼女の体術はつまり護身術に他ならない。はっきり言って相手を殺すのには不向きである。だからこそ彼女は常時ナイフを持ち歩いているのだが、今はそれもない。
決定打がないままずるずると絡み合いだけが続いてしまう。
殴り合いではなく、引き引かれの組み合いは、やがて床に伏してのマウントポジションの取り合いになってしまった。
そしてそんな時間の消費はこの状況下で葉月にとって不利に働く。
「美樹捕まえてろ!」
向こうには仲間がいる。足止めを食らっている時点で相手の手中だ。
すぐさま追いついた隆と真幸が問答無用の凶弾をくれる。子供1人相手に過剰すぎる攻撃を床でもみ合っていた美樹を盾にしようと、美樹はされまいと互いにごろんごろんと転がって敵味方関わらず被弾する羽目になった。
「ちょっ!当たってる当たってる!」
「ちっ!」
銃撃を諦めて駆けつけた隆はちょうど上を取った葉月の横っ腹に重い蹴りを食らわす。
「きゃうっ!」
先ほど体当たりで引き剥がされた時と同じく、幼い筋肉は暴力に耐え切れずに吹っ飛んだ。
軽さに比例して伸びた滞空時間、ぐるりと回って、今自分が襲われている場所を視界が巡る。
体育館の数倍ある広い工場、ただっ広いその空間を入り組ませる大型機器の数々。
落下の瞬間受身を取ってダメージを和らげようとするが、運動神経に身体の方がついてこれない。お世辞にもまともとはいえない落ち方をしてひゅっと肺の空気を吐き出した。
「女の子のお腹蹴っ飛ばすなんて・・・この鬼畜!」
げほげほと咳き込みながら隆を非難し、すぐさま立ち上がる。
「うるせぇ、お前は女子カテゴリーには入ってねぇんだよ!」
美樹と離れたことで再開された射撃に同じ場所に立ち続けることを許されない。駆けて照準をズラし物陰を盾に弾雨を凌ぐが、このままでは攻撃に転じるまでもなくジリ貧になって追い詰められてしまうだろう。
そしてどうやら隆は本気で葉月を殺るつもりらしい。
本来、彼女が言った以上に『女の子の腹部を蹴りつける』という行為は難しい。その内にある精神体がどんなものであれ、外見というのは一種の防御機能だ。動物の赤ん坊の愛くるしさに保護を求めるという意味合いがあるのと同じく、葉月が成長しないまま、女の子という外見を保っているのにも打算的な理由が含まれているのだ。
にも関わらず躊躇なしの一撃。
(鬼め・・・)
とんでもない暴言を心中で吐きつつ、機械と機械の間をすり抜けていく。
やはりこの状況は不利だと確信して葉月は戦線離脱に脳を切り替えた。置いてきてしまったリンゴが惜しいが仕方ない。あそこまでされた上に隆にだけは負けたくないのだ。
目指すは自分がここへと侵入した時にも使った出入り口。そこまでうまくたどり着けば、後は一度通った道だ。相手を撒くことぐらいはできる。
「うお!?」
「っ!」
が、そううまくもいかない。お互いに死角だった交差路で矢崎聡一に遭遇。出会い頭に腕を押し込み転倒させるが、先へ進もうとした左足を掴まれた。
抜いた拳銃を足にしがみついている彼の頭頂部に突きつけるが、またもや引き金を引く前に妨害が入る。それも今度は銃撃に右手の得物まで弾かれてしまった。
「うらぁああ!」
さらに飛び掛ってきた隆を避けれずに組み合って床に背中を打ちつける。それでも後頭部は首に力を込めて何とか守った。転倒から間髪入れずに押さえつけられた右手の代わりに左手で両目を突こうとするが、その手も捕まれて床に固定された。
「観念しろこの悪魔!」
「やってることはそっちが悪魔だ!」
言い合って、隆は葉月の手を掴んだまま腕を首に持っていこうとし、葉月は自由の効く膝で隆の背中を打ちつける。ちなみに聡一は葉月とマウントポジションを取った隆の間に腕を挟まれ悶絶している。時々葉月の膝が彼の頭部に当たっては短い悲鳴を上げていた。
「今日こそ退治してくれる・・・!」
「女の子に暴力振るうってどういう了見なの!?」
力の差から徐々に隆の腕が首元へと近づくにつれて、葉月の抵抗も激しくなり、聡一の悲鳴も大きくなる。床を叩いている彼に2人は気づいていない。
「きゃー助けてっ、犯されるぅ!」
「白々しい演技をするんじゃねぇ!」
ついに首にまで腕がきたタイミングで今まで握っていた葉月の手を離し、代わりに細い首に押し付ける。うまく隙をつけたお陰でがっちりと嵌り込んで、腕を掴む葉月の抵抗程度ではびくともしない。
「これでトドメだ!」
言ってることもやってることも結構どうかしてる隆。
あとでそんな自分の姿を見てどう思うのだろうと、罪悪感から戦闘に全く参加していない深柄科はそんな初めて不良らしく見えた彼を傍観している。彼女にも聡一は見えていない。
(あ、さすがに堕ちるかなー)
手持ち無沙汰になった彼女はまだきていない真幸達に位置を伝えようと顎の下に曲がっていたマイクを口元に持っていく。
その時だった。
いきなり、身に覚えのない爆発が工場の壁を突き破り、数多ある何かしらの製作機を蹴散らした。
ごぅんごぅんと鉄板が歪む時に発せられるような低音が工場内に跳ねて、からからと申し訳程度に壁片が崩れる音がそれに続く。
「げほっ、こぱっ、うぇ・・・しぃゆん、騙したな・・・」
最後に煙の中から煤だらけの西谷絵梨が足を引きずって姿を現し、直後、その後方からの銃撃を背中に浴びて倒れ動かなくなった。
そして、
「よぉし、死んだ?死んだな?全く、あそこまでしぶといとは・・・」
同じく煙の中、絵梨を屠った朽網釧が現れる。
「あれ?皆何してるんだ?」
それはこっちの台詞です・・・などと言えるはずもなく沈黙する彼ら。
釧が黙る級友の状況を確認してみれば、隆が馬乗りになって葉月の首を絞めている。
「・・・何してるんだ?」
「悪魔祓いを!」
「襲われた!」
両者同時に叫び、釧は銃口を隆に向けた。
PDWの弾雨に隆は引き離され、それによって葉月と聡一は開放される。頭を何度も強打した彼より先に立ち上がった彼女は、
「酷い目にあった!」
頬を膨らませてちょうどよい位置にあった聡一の頭を蹴っ飛ばした。
少なくても彼女に鬼畜だの悪魔だのと人を罵る権利はない。
「くそっ」
最後の最後で詰めを誤ったことに悪態を吐いて、隆は再び葉月に飛びかかる。
前に自分達がそうだったように葉月を盾にすれば銃撃は止められる。一度離れてしまったことが悔やまれるが、まだ間に合うはず。
「はん」
そんな隆を鼻で笑って地面を蹴るために開いた彼の股の間にするりと足を滑り込ませ、そして蹴り上げる。
「〜〜〜〜!〜〜〜〜ッ!」
悶え苦しむ隆。痛覚に補正が効いてるとはいえ、そこは男の弱点である。考えられうる最低な攻撃だ。
枷のせいで遅れを取ったが、そうでなければ似非不良に負けはしない。
「べぇ――――っだ」
赤い舌を出して、いまだ悶絶する隆にあっかんべーをする。
だが、隆もやられたままで黙っていはいない、局部の痛みに耐え、膝をついた体勢から、
「だらぁあっ!」
いきなり腕を伸ばして葉月の左足首を掴む。
「っ、このぉ!」
その頭を足蹴にして剥がそうとするが力のない少女の足では全力の中学男児をどうにもできない。
「葉月!」
低く伏せていたさっきとは違いさすがに葉月に当たる可能性を考えて銃を下ろした釧が代わりに彼女に向かって武器を投げた。
それは折りたたみナイフ。ただし銃で有名なS&Mのタクティカルナイフだ。
エクストリームOPSフォルダー。全長240mmほど、その半分以上がグリップの握りやすい設計になっており、刃の厚さは5mmとかなり厚い。半鋸刃 までついていて、外見は大人しい軍事用ナイフを想像するのが分かりやすいだろう。
はっきり言おう、凶器である。
畳まれたブレードを片手で出し逆手に持ち替え、足元の隆の頭頂部目がけて振り下ろす。
「のわっ!」
「あは、あはははははっ、駄目じゃないちゃんとしがみついてなきゃ」
攻守逆転。追う者が追われる者に。黒い赤頭巾は狩人に狼は獲物になった。
「そぉれ!」
――フォンッ
未発達な筋肉でもちゃんと使えばナイフは高い効果を持つ武器だ。ブレのない一閃は空気を軽く引き裂ける。
葉月の攻撃が手の長さから攻撃範囲は広くはないため、尻が床に着いたまま足で後ずさりして葉月の斬撃を回避できていた隆だが、少しずつ距離を詰められその刃が届く間合いにまできてしまった。
「ちっ!」
このままではやられる。そう判断し彼は後ろポケットにしまっていたスタングレネードを取り出しピンを抜いた。
(使いたくはなかったんだが、なっ!)
それを釧がしたように葉月へと放る。
「・・・げっ!クシロ、目と耳塞いで!」
閃光と爆音。
言葉にするのは簡単だが、その計4文字で言い表せないほどのすさまじさをもって戦場は初期化された。
網膜に焼きつくような熱を持った光と平衡感覚をぐちゃぐちゃにかき混ぜる音。無効化を目的としているとは思えない、対策なしに防ぎきれない暴力だ。
まともに食らえばしばらく戦闘不能、でなくても大きな隙ができる。
しかしそれは隆の方も同じことで、自分までもやられかねない諸刃の剣。
だから使いたくなかった。こんなもの、遠くに投擲するために使うべきなのだ。
光と音が消えた頃、鼓膜を突き破るほど深く両人差し指を外耳道に突っ込んでいた葉月はその指を抜いた。もちろん血はついていないし鼓膜も破れてはいない。そこまでのリアルティーはゲームとして必要ないからだ。
周りを見渡すと隆はいなくなっていた。
耳を塞いでいる隙に攻撃、というのもあり得たのだが、どうやら自分の身を優先したらしい。
ちなみに隆以外の級友は釧の登場辺りで彼を見捨てて逃げている。聡一も解放された時に離脱していた。
「クシロ、は・・・回復したら追ってきて。僕はとりあえずあの馬鹿を殺ってくる」
ぐわんぐわんと頭を揺らす釧を見てそう言って、葉月は若干ふらふらしながらも駆け出す。途中落とされた拳銃とリンゴバケットを拾ってから工場を出た。
低い建物の多い埠頭だ。屋内から出た瞬間に開けた視界に相変わらずの曇り空に立ち上る爆煙が混じっていく様子が映る。
ここが激戦区だったことを思い出し、基地の方へと視線を向けると相変わらず港と船でやり合っているようだった。
その内弾は尽きるだろうが、今はそれよりもにっくき仇敵だ。
空から地上に帰した視界の端を白いミニバンが掠めた。エンジンは既にかかっている。先に逃げた連中がかけて待っていたらしい。
走り始めたそれにアップルでもお見舞いしてやろうかという考えが一瞬過ぎったが、どうせ間に合うまいと考え直して手榴弾を握った手を下ろす。
「はぁ・・・」
釧が移動手段を持っていることを祈りつつ、置いてきた彼を迎えに暗い工場へと戻った。
「くそっ、もう少しだったのに!」
運転交代で今は細川美樹がハンドルを握るミニバンの中、自分で挑んで逃げるという格好悪い失態を晒した四十万隆が拳を自分側のドアに叩きつける。
「それを言ったら向こうだってこっちを殺せる機会はあったろ。お互い様だ。
しっかし、釧が絵梨を襲撃するとはな」
「それこそ"お互い様"だよねー」
などと、科の言葉遊び。
「というか手伝えよ、科」
「いやぁ・・・鬼畜にはなりたくないし」
「釧のやつ裏切りやがって!」
「妥当な判断だろ」
周囲と自分の温度差を感じて隆はそれ以降口を閉ざした。
ナビに目をやると先に設定したらしいジャベリンタワーまでのアクセスがピンク色の線で引かれている。今日始めての街だ、案内なしに根城にも帰れない。車の運転や武器の扱いはゲーム補正があるのだが、そういう専門知識外のことはかなりシビアな世界だった。
(いや、"助ける"ことに関しても補正があるのか?
俺と聡一で2回もすんでのところで助かってるのは虫がよすぎる・・・)
大して意味を成さないことを考えながら、ずっと握りこんでいたことにさっき気がついたスタングレネードのピンを弄る。
見た目、知恵の輪に見えないことものないが、外れることなどあるわけもなくそれもやはり意味のない行為だ。
さて、そんな価値のない輪っかが外れる前に、ミニバンの眼前に人影が現れた。
ポニーテールに交差編み衣装、その上にボタンを外したままの浅股ジーンズ。
扇情的かつ個性的なファッションだが、それはさておき、
「「・・・・・・」」
隆達は知っている。
葉月も好むこの手の演出は相手の心情を弄び、恐怖を与えて楽しむために使われる要はサディスティックな愉快犯御用達の方法だ。
こういった登場の仕方をする人物はまともではない。
それを踏まえて運転者である美樹は、
「よーし」
頷いてアクセルを思いっきり踏み込む。
「このまま轢こう」
彼女も存外鬼畜だった。
現実でやれば殺人罪は免れない直進コースと清々しさすら感じる的確なコントロール。
ぐしゃっと拉げるボディ。車内を揺らすインパクト。悲鳴を上げる――――ミニバン。
真っ二つになった廃車決定の鉄くずはしばらく奇跡のようなバランスを保って激走し、制御の利かなくなった運任せの走行の結果最後には転倒した。
「うん、何というか・・・愉快な連中だよね」
躊躇なく自分を轢き殺そうとした彼らをそう評して彼、板川由は自分の両脇通り過ぎた車へと振り返る。
無残に移動手段を奪われた彼らは大破した車体から這い出てきたところだった。
そんな彼らに彼は優位者として余裕のあるこやかな笑顔。
「やぁやぁ第一中学1-Bの哀れな子羊共、初めまして。
私は板川由、能力者幻想現実で、この世界の創造者だ。
朝風のご令嬢である椎ちゃんの命を受けて君達を殺しにきましたよろしくね」
そして、轟音。
走れば走るほど減っていく体力ゲージとか、頭部被弾即死のシビアな当たり判定とか、超能力なしだからこその武器による戦闘とか、そんな今までゲームプレイ中に経験した全てがどうでもよくなるようなそんな一撃。
ただ高速で走り寄って蹴っ飛ばしただけですが何か?そう言いた気なあまりにも気軽さを以って、挨拶から一拍、アスファルトを蹴って科に接敵、その際蹴られたアスファルトがゴバンッと反動に耐え切れず黒い花を咲かせ、は?と間抜けな声を最後に腹部を蹴っ飛ばされた科は、そのまま道路をまっすぐいった丁字路に建つビルディングに突っ込んだ。
その威力に耐え切れず建物自体が瓦解し始めた頃になってようやく事のヤバさを理解した隆達は今まで散々危機を乗り越えてきた間に培った判断力に従い、戦線離脱を開始する。
戦闘とも言えない数秒間にて深柄科、即死である。
あんな出鱈目に挑むのは愚か者のすることだ。
しかし、当然のことながら自分達を標的にしている彼がそれを許してくれるはずもなく、先と同じくアスファルトの花を咲かせて、空中から真下へ、真幸の背中を背負ったバックパックごと踏みつけた。
げふっと蛙が潰された時のような声を出して蛙が潰された時のような体勢で平らな舗装路にめり込む。
「畜生!何でこう次から次へと!」
口から出てくるのは、車輪の踏面に轢かれたような無残な姿になり下がった級友へかける言葉ではなく、この状況への愚痴。
それのついでに隆は棒状柄付手榴弾を生死すら確認できていない真幸もいる蛙型をした穴へ向けてぶん投げる。
一撃一殺。狙いを定められたらまず生き残れない。一撃一撃の間にかかるタイムは3秒ないし5秒。それもおそらく虐んでいるからこその隙だ。
(せめて、時間が稼げれば・・・!)
逃げられるかもしれない、そう思っての手榴弾だった。
だが、
「っ!」
少々深く抉りすぎた穴からちょうど出てくるところだった由はそれを避けた。
(・・・?何故わざわざ手榴弾を避ける?)
その違和感に彼は思い至る。
避けたということは当たるとまずいということ。当たるとまずいということは守備力もしかするとライフゲージそのものが低いということ・・・?
ありえない攻撃力とスピードに騙されていた?
(いや、それだとミニバンで轢いた時のが説明・・・待てよ、受けたんじゃなくて攻めたのか?)
狙い通りアスファルトの穴へと吸い込まれていた危険物がここで爆発、もちろん人間業ではない身体能力を持った由はその被爆範囲外に軽々と脱出している。
それを見て確信。
(守備じゃなくて攻撃!ミニバンはぶつかる前に蹴り千切ったな!・・・つーことは攻撃が効かないわけじゃない!)
ならば逃げるのはまずい。せっかく勝機があるというのに、それまで棒に振ることになる。
短機関銃を由に向けトリガーを引いた。無論、神速を持った彼にあたるはずもないが、次の標的を誘導することは可能――――その思惑通り彼は逃げ惑う彼らの中で唯一反撃に転じた隆に狙いを定め、3度目となる縮地で彼の懐に入り込む。そして、3度目の隙。移動から攻撃に移る際にできる空白。近づいたことを相手に認識させるための、恐怖を与えて虐ぶための余計な時間だ。
これを待っていた。
これでもかというほど近づいた由に隆はプレゼントを渡す。
銃口を向けた辺りでピンを外していた手榴弾。
「はっ」
それを見て愉しそうに笑った彼は、その贈り物を右手を振るって弾き飛ばした。
当然。この距離だ、避けるまでもない。
が、右手を手榴弾の排除に使ったことによって、彼の攻撃はさらに先延ばしになる。
超近距離にまで向こうから接近させ、そしてこちらからの攻撃を通す間も得た。
この瞬間こそが、隆の狙いである。
レモンを由の前に左手で放ると同時にやや後ろへ倒れるように片足分下がりながら、彼は右手に持ったサブマシンガンを手放し、代わりにホルスターのベレッタを抜く。それを躊躇いもなく先輩たる由の口内に押し込んだ。
ガリッと前歯に当たる感触があったが、むしろそれが彼を怯ませたようで、銃身は半分ほどめり込む。
あとは引き金を引くだけ。
そこまできて、いやだからこそのタイミングで、
――バシュッ
軽い動作音、そして降りかかる網。
それは逃走する犯人を捕縛するのに使われる網であり、絡めて動きを封じることによって相手を無効化するバズーカータイプの防犯グッズだ。
そんな代物が由の後ろから迫る軽トラックから放たれたのだ。
隆が睨んだ通り、この世界ではゲームをより盛り上げるために補正がかけられている。
正確には援護補正ではなく介入補正。
その内容は戦闘において第三者が介入を試みた場合、事象の前後を多少入れ替える、つまり間に合わせるというモノである。
例えば手榴弾の爆音のせいでトラックの接近に気づかなかったことにしてもそう。偶然にしては出来過ぎている。
実際考えてみればあまりにも都合のよい現象の連続、そして強引にも見える物語。
人はこれをご都合主義と言う。
絡まった網に機動力を大幅に封じられた由と思いもよらぬ第三者の介入にトリガーを引き忘れた隆、その2人目がけてトラックはそのまま突っ込んだ。
ゴガッという音を立てて2人は数十メートル吹っ飛ばされてアスファルトに転がり、フルスロットルで突撃した軽トラは車体に悲鳴を上げさせながら180°回転ドリフトを成し遂げ、ターンしてべちゃりと地面に伏す彼らの元へと戻ってくる。
「うぉおおおぉおお!!」
それを見て隆は転がるように危険区域から脱出を図る。けれど、網に捕まった由はそうもいかない。
そんな、うまく転がした標的の頭部を向って右の前車輪にて轢く殺人トラック。
その運転席に口角を釣り上げた葉月を、助手席に唖然としている釧を見とめて、隆は休憩になっていないインターバルの終わりを知る。
由の死亡を知らせる嫌に鈍い音をゴングにセカンドステージがスタートした。
そして、それだけでは終わらない暴走トラックは進行直線方向で怒涛の展開についていけずに呆けて突っ立っていた美樹を巻き込んで、ギャギャギャギャッと地面を何かで擦りながら、衣服ブランド店のショーウインドウに激突する。
今度こそちゃんとした運転法でバックし車体を回転させて向き直った白い軽自動車規格のトラックはそのフロントガラスを無残に砕けさせ、ボンネットを拉げさせていた。
けども、それに見合った戦果は挙げている。
「さーてさて、粛清の時間です、よっと」
楽しそうに告げる彼女のボロボロだった服は治療薬を使ったのか元の新品に戻っており、先ほどの苦労がすべて水の泡になったことを示している。
(また始めっからか・・・くそ)
生き残った隆と聡一に向き合うために一時止まっていた軽トラが再度前進を始めた。
肉体的ハンデを理解している葉月はこのまま車体を武器に、降りてくるつもりはないらしい。
距離にして30mほど、ぐんぐんとスピードを増しトラックが接近してくる。
「聡一!ミニバンにグレネードランチャーあったろ!頼む!」
「分かった!」
今まで逃げようと遠ざかっていたミニバンに向けて聡一は走り出し、隆はそんな彼に気づいて彼の方を標的に定めた葉月達の足止めにかかる。
トラックの後ろにあるミニバンへと彼女らの横をすぎた聡一を追いかけて背を向けたトラックの荷台に散々世話になった手榴弾最後の1つを放り込んだ。
ゴトンッという物音に気付いた釧が慌てた様子でそれを葉月に知らせる様が後方のガラス越しに分かる。
危険すぎる異物の排除に助手席の釧が走行中のトラックから身を乗り出して荷台へと乗り移ろうと試み、車の走行速度が若干下げられた。ここぞとばかりに隆は動かしていた足にさらに力を込めてスパート、縁に手をかけ上半身に重心を傾けて荷台に乗り込む。
走行する車体での行為だ。どちゃっと頭からの格好悪い着地になる。まだ痛い顔をあげると釧が荷台の手榴弾を投げ飛ばしていた。
安定しない荷台で無理に立ち上がろうとせず、低く保った姿勢から釧の足を引く。バランスを大きく崩した彼も狭い荷台に転がった。
サブマシンガンは捨ててしまった。拳銃は撥ねられた際にどこかに飛んでしまった。手榴弾は使い切ってしまった。バックパックに残るのは裏切り者に通じる通信器具本体と薬などのアイテムにもう一丁の拳銃だけ。それを取り出す暇のない現状、隆の武器は己の拳のみである。
(だが!)
マウントポジションを取って、上から殴りつける。葉月ほどではないにしろ釧もか細い体つきをしている。純粋な腕力では負けない。
葉月が運転で手が離せないこの状況、ランチャーが間に合わなくても釧を沈めてから彼女に対処することができる。
などと、そんな隆の考えを嘲うかのように、トラックがいきなり大きく揺れた。それに合わせて彼の体が浮く。
「え?」
遠心力による振り落とし。
大回転ドリフトで生じた慣性力に隆、そして釧は荷台の外へと放り出されたのだ。
不意の乱暴な強制下車に無残にも体のいたるところを打ちつけ回転しながら地面に叩きつけられた彼らに迫りくるは、この目でその雄姿を目撃した殺人トラックの猛進だった。
「のわぁっ!」
今度こそ間一髪というところで何とかそれを避けた隆と巻き込まれかけた釧。
そんな彼に隆は叫ぶ。
「見たか今の!あいつお前まで轢こうとしてたぞ!」
わざと大声で指摘して動揺、もしくは無力化を狙ったそのセリフに、
「何をそんな・・・」
言って釧は微かに肩をすくめる仕草をした。
「当たり前のことを」
「目、を、覚、ま、せ――――っ!」
がくがくと彼の肩を揺らす隆。
そんな馬鹿なことをやっている内にトラックはさらにターンして帰ってきた。
「くそ!」
釧を突き飛ばして轢き殺そうと激走する軽トラから逃げるために走り出すが、完全にこっちを標的に換えた葉月は執拗に追ってくる。
体力切れが先かランチャーが先か。そう脳裏に過ったその時、待ち望んでいたそのグレネード弾がターン時の隙を狙って発射され、そして着弾した。
荷台を吹き飛ばす豪快な破壊音が響き、破裂の前に飛び出した葉月も軽い身体が仇となって宙返り前転前転開脚前転と爆風に押されるがまま連続マット演技をアスファルトでやる羽目になった。
隆はそのチャンスを見逃さない。
今まで休みなしのギリギリの攻防を続けてきた身体と精神は限界まできている。それでも『打倒葉月』を達成してやるという意地が彼を動かしていた。
傍目、少女相手に執拗な嫌がらせを繰り返す性質の悪い変質者に見えていることなど、彼女を負かすことに比べれば些細な問題なのだ。
運動能力はともかく運動神経はいい彼女は開脚前転の体勢からすぐさま立ち上がり攻撃に備えるが、飛びかかってくる170?の男子生徒を受け切れずに押し倒される。
2回目のこの状況だが、今度は葉月もしっかりと扱える武器を携帯している。釧からもらったナイフをグサグサと馬乗りしている隆の背中に突き刺した。
「がっ、く、こ、このやろっ!」
1度轢き飛ばされたことで随分とライフを減らしていた彼にとってこれ以上のダメージは致命的だ。せっかくのポジションを解いて葉月の攻撃圏内から脱し、十分距離を取ってからしまってあった拳銃を取り出して、ロクに狙いを定めずに発砲する。
けん制、その間に背後の聡一が2発目のグレネード弾を発射する。それを止めに行った釧は間に合わず、放たれた凶弾は葉月の近くで爆発を起こした。
ライフを回復させてからまともな攻撃こそ受けていない葉月だが、極端に低い防御力では爆風にすら堪え切れない。2回目の被曝では強制的に手バネ前転首バネ前転をさせられ、最後に首をぐぎっと言わせてバタンと背中を打ちつけた。
そんな彼女を今度は蹴り飛ばすことで隆は死亡させようと試みる。釧は聡一とランチャーを取り合っていて援護にこれない。となれば、時間がかかっても反撃の間を与えないハメ技で削っていくのが正しい判断だろう。
その考えは正しく、葉月は蹴り転がされる瞬間何度も隆の足を取ろうとするのだが、元々の非力さと腹部を蹴られることで力自体が入らずに失敗している。
(よし、このまま・・・)
けれど、
「どくんだ隆くん!轢き殺しちゃうよ!」
それはいきなりやってきた。
轟くディーゼルのエンジン音に重厚な二重車輪、紛うことなき10tトラック。
運転席にいるのは美樹である。死んだと思われていた彼女は潤沢にあったステータス強化アイテムの効果で一命を取り留めていたらしい。轢かれてショーウインドウのマネキン共々屋内に叩き込まれた彼女はそれを利用してうまく戦線から抜け出して重量級の車両を探し当てていたのだ。
その理由はもちろん葉月への報復。やられた分はやられた方法でやり返さなければという分かりやすい動機である。
「待て待て待て!葉月は俺が!」
抗議する彼の言葉など耳にも入れずに美樹はスピードも緩めずに葉月と彼へと向かってくる。どうしようもない、隆はせめてちゃんと轢かれるようにギリギリで葉月からなくなく足を退けて横に跳んだ。
仰向け、それも寸前まで蹴られ続けた葉月に回避行動に移るだけの余裕はなく、
――ガッ
妙に軽い音を最後にトラックの底へと吸い込まれていった。
だが復讐劇はまだ終わっていない。大型トラックはその魔の手を釧に伸ばす。聡一ともみ合っていた彼は葉月が轢かれるのを目の当たりにした時点で逃げ出していたが、事故防止のためにリミッタで制限されている限界速度90km/hで事故を起こそうと迫りくる貨物自動車に逃げること叶わずに追突され最後には美樹自身がやられたようにコンクリートへと押し込まれた。
「おぉう・・・」
葉月がやった時以上の惨状に思わず顔をしかめる隆と聡一。
最後、崩れ落ちる破片のお世辞にも綺麗とは言えない物音が長き戦いの終わりを賞賛った。
♯
(さて、どうしようか)
切り札のつもりだった板川由がまさかの撃退を食らい、そのせいで裏切りが完全にバレた彼女、朝風椎のジャベリンタワーへと四十万隆達3名は帰還しようとしている。
1、帰る前に先手を打つ。2、帰った直後に不意打ちする。3、モニタールームに入ってきたところをシステムもろとも爆殺。
1と2の場合はタワーに残っているチームの人間を誤情報でけしかければいいわけだが、その手の手段が数回に渡って失敗している現状、あまり気の乗る選択肢ではない。3は3で愉快な方法ではあるものの自分が安全地帯から追い出されることも意味している。
(まぁ、くるところまできっちゃったって感じだものね・・・)
裏切り作戦を選んだのだ、初めから最終的にこういう展開になることは予測していた。もとよりこの状況になる前に何人リタイアさせれるかが勝負だったのだし、そのあとのことなど割とどうでもよい話だ。
つまるところ、椎にはあまり真剣に策を練る気はない。ここですぐさまリタイアしてもかまわないと思っていた。
それでもこうして面倒くさがりながらも考えを巡らしているのは、まだ彼女がリタイアしていないからであり、ゲームプレーヤーとして生存者である以上、次の行動に移らなければならないからである。
それが、まぁ、鬱陶しくもあるのだけど。
(・・・ぁあ、そっか。それでいいじゃない)
そこまで思考が行き着いて、彼女はふと1つの結論に達した。
「ん〜〜〜〜」
懸案事項もなくなり、今後に関して一切不安要素がなくなった彼女は席から立ち上がって伸びをする。それから部屋を出てジュースを取ってきたチームのアイテム保管場所へと向かう。
せっかくだから甘いスイーツでも食べて自分の労をねぎらおうじゃないか。
♯
軽自動車とはまた違ったエンジン音を響かせる10t以上の荷物を積載できる大型トラックは埠頭にきた時の道を逆走し、彼らが懐かしき家であるジャベリンタワーを目指していた。
その行為に明確な意味がないが、ミッション毎に外へと出向くというスタンスを取っていた四十万隆と矢崎聡一にとってタワーは根城であり休める場所である。
ハイテンションになって撃ち合い殴り合い蹴り合い轢き合いをしていた時はよかったのだが、そんなお祭り騒ぎが終わってしまった今となっては疲労感からまともに動く気にもなれない彼らはとにかく休みたい一心で帰路に就いたのだ。
運転席には当然細川美樹、助手席に隆が乗り、余ってしまった聡一はどでかい箱形の荷台。トラックというものは移動手段としてはいまいち便利とは言えない。
「いや、それは椎ちゃんをそんな役どころに抜擢するのが悪いぜ」
無線を使っての会話、葉月戦がややこしくなった一因である板川由の介入に対して美樹は隆の不満をバッサリ切り捨てた。
「そりゃ椎ちゃんには人をまとめ上げる能力のあるよ。だけどねー、その能力を悪用する性格も持ち合わせてるんだからさー。
いくらチームプレイを要としても結局個人戦であるこんなゲームで信用できるタイプじゃないね」
『ほれ見ろ。科の救出作戦にしたってありゃ僕らを殺すためじゃないか』
「今さら文句言ってんじゃねぇよ。今問題なのはあの野郎をどうやって潰すかだ」
「うーん。無理じゃねぇっすか?
私達が生き残ってるのは誤算だったはずだもん。裏切りがバレたことには気づいてる。となれば確実に監視するでしょ。
こうして無線でやり取りしてる以上こっちの情報は向こうに筒抜けだよん」
「あぁ、なるほど。じゃあとりあえず無線切るか」
『待てこの野郎、こんなところに追いやった上に仲間外れにする気か!』
ガチッとスイッチを送受信OFFのところまでスライドさせて彼の文句を黙殺する。
「前提として椎にはこっちの動きはバレバレ・・・不意打ちは無理だ」
「問題はそんな椎ちゃんに真意を悟られずに隙を突くかだけどもさ。あー、無理っぽ?
もういっそのこと椎ちゃんは無視して行動した方がいいんじゃねー?」
「俺ら今タワーに向かってんだぞ?」
「会ったら会ったでいいじゃん、その時考えよう。どうせまともな策なんて思いつかんぜよ。
もしかしたら逃げてるかもだし。まー何か罠張ってるかもだけどそれは避けようがないよ。向こうの方が持ってる監視システムからして有利なんだから」
気楽に言って、彼女は危なっかしくハンドルを切る。軽自動車の時はそうでもなかったのだが、大型車両ともなるとゲームの補正度も低いらしい。大量にモノを輸送できるというメリットの大きい分扱いづらいというリスクも大きく設定されているようだ。
「むしろ気になるのはイベントの方だよ隆くん。今までぶっ続けだったイベントが4つ目で止まってるのが『卵の破壊に失敗した場合に発生した化け物がプレーヤーを減らすための時間配分』だとしてもそろそろ頃合いだと思う」
「・・・次は何だろうな?」
「1はウォーミングアップ、2は化け物で錯乱、3の施しときて4が化け物の増殖パニック・・・。
化け物はこのゲームの要素だということは間違いなし。
ゲームはそろそろ終盤。さすがにここまできてお恵みがあるとは思えない。
つーことはですよ、化け物絡みでかつゲームを盛り立てるイベントって言ったら体育祭でもあった――――」
イベント5
これ以後5分おきにエリアが縮小される。
閉鎖エリアは付属の地図を参照せよ。
なお、逃げ遅れた場合は武装強制解除の上で化け物の餌食になるので注意されたし。
けれど言い終わる前にその内容はそのイベント告知に先を越され、
「・・・ほらきたやっぱ」
そんな彼女の自慢げな台詞は、
――ガシャンッ!
ドアのガラスを割られる音に遮られた。
不意の告知に次ぐ不意打ちはこの場合予定調和。
告知のコマンドで視界が覆われ、注意力が削がれたその絶好のタイミングで、単発での使用にしか腕が耐えられないというハンデを1発で確実に当てるという手段を以って制す。
拳銃による距離30?ほどからの狙撃は、側頭部に被弾しその結果は当然即死。
銃弾の開けたガラスの裂け目に突っ込まれた細い腕はドアのロックを軽々と外し、放たれた扉から走行中の車内に風が入る。
「邪魔!」
そう言って伸びた手は今度は死体と化した美樹を車外へと放り出した。
そしてついに姿を現した闖入者の正体は想像どおりの長い黒髪に小さな体をした少女の皮を被った悪魔。
轢かれた時小さな身を低く保って何とか難を逃れ、車底にへばりつくというベタかつ根性のいる方法で今こうして再び襲来せしめた織神葉月である。
やはりしっかり最後まで悪魔払いをやるべきだったのだ。あるいはせめて轢いた際に葉月の死体を確認しておけばこんなことには・・・。
釧を轢き潰した時一緒に瓦礫に埋もれたんだろうと都合のいい解釈をしなければ、いや、壁に激突させるなど余計なことをしなけば、割れずに済んだサイドミラーで彼女の存在に気づけたはずなのに。
銃撃、開扉、清掃と流れるようなあまりにも手際のよい一連動作に呆気にとられ動けずにいた隆はここにきてやっとのことで腕を伸ばし侵入者の手を剥がしにかかる。こいつを入れてはいけない。体力腕力のアドバンテージを差し引いて有り余る戦闘経験差があることは身をもって思い知ったのだ。車体にしがみついて力をうまく使えていない今の内に対処しなければまずい。
「いい加減にしつこいぞ!」
「さっさとおっ死ね!」
両者の応酬が泥沼化した結果、引くに引けない状況に陥っている。負け損は食いたくない、ただそれだけが彼らを動かしていた。
手を引き剥がそうとする一方で身を押し込もうとする葉月の腹を蹴り戻そうとする隆、逆に身体を捻じ込もうしつつ隆は排除しようとその足を持って引っ張る葉月。
だが、それにばかり気を取られていた2人は今の戦場が運転手を失った走行中の自動車ということをうかっり忘れていて、ごぃんっとトラックは街灯にぶつかり進路をわずかに変えた。
「っ!」
あらぬ方向へと進みだしたトラックの進行方向を元に戻そうと左手でハンドルを握る隆だったが、葉月の右手がそれを妨害に入る。定まらないハンドルは車体を左右に酷く揺らした。その代わり、元は隆の足を引っぱいていた彼女の右手がハンドルに回った分彼の足は動かしやすくなった。その足で大して腹筋もない腹を何度も蹴る。
左手は引きはがされかけているし、右手は可動するハンドルを握っている。車内にかけた右足半では身体を支えるほど力が入らない。彼女の体勢はさらに不利になってしまった。
もう一押し、そう確信した隆は今まで車線と並行になるよう維持することに努めていたハンドルを右に大きく切る。右折を指示された車体は車外に葉月を露出させたまま建物を形作るコンクリートの壁にサイドをぶつけた。
「くぅ!」
一層ハンドルを妨害する手に力を込める葉月だが、力比べでは勝ちはない。
何度も繰り返して壁に叩きつけられた葉月の力が緩んできたのを見定めて隆は最後の攻撃に出る。車体がさらに損壊することを承知で"ぶつける"のではなく"擦りつける"。そんな状態で腹を蹴って押し出せばどうなるかは言うまでもない。
摩擦に耐え切れずに、壁の方に身体を持っていかれた葉月は完全に車外へ放り出され、地面を転がった。
本来ならコンクリートのおろし金でスプラッタな赤い芸術作品が壁に描かれていただろう。
後方に遠ざかる倒れている葉月がぴくりとも動かないのを確認して運転席に腰を下ろす。本当はちゃんとリタイアしているか戻ってでも確認したいのだがそうもいかない。
邪魔が入ったせいで確認できなかった閉鎖エリアの地図を確認すると案の定ナビの示すトラックの現在地は第1段階の領域内だった。
南春花埠頭のその先には当然ながら海しか広がっていない。縮小される範囲に埠頭付近が含まれている可能性は容易に想像がついていた。
「っんとに、次から次へと!」
残り時間5分とちょっと。
アクセル全開、まずはエリア縮小の影響下から抜け出さなけば。
♯
バトルロワイアルというゲームシステムは、終盤になるにつれて戦況が膠着するというデメリットがある。
ゲーム開始直後は体勢の整えられていないプレーヤー同士の混戦が始まり賑やかなのだが、生存者が減っていく終盤にかけて初めに用意したフィールドがどうしても有り余ってしまい、いよいよ勝負の決するクライマックスに盛り上がらないという観戦者にとってはつまらない展開になるのだ。
それを解消すべく付け加えられたシステムが短いゲーム中に根城を構えた者を誘き出し、人口密度の低いエリアに散らばったはぐれ者を導き、最終決戦へと向かわせる開催者側として最後の梃入れ、エリアの縮小である。
しかしそれは、堅牢な砦を築いたチームにしてみれば痛手でしかない。
せっかく自分たちに有利な戦場を作り出し、守りを固めながらも確実に勝ちを取りに行くという固い戦術が嵌っている状況を無理やり改変させられるのだから、迷惑極まりない。
最悪優劣が逆転してしまうという事態になりかねないのだ。
そんな運の悪い連中がつまり発火能力者の海チームだった。
当たり前だ。彼らの砦はイージス艦であり、広すぎて今まで描写する必要性もなかったことだが海に浮かぶ人口島という形を取っているこの世界ではエリア縮小となればまず海が初めに消える。
イベントが発表された時点で陸に進めない彼らが基地であり最大の武器は時間と共に沈む運命だと判明した。このままだと自分達まで道連れになってしまう。
さてそうなると問題は港から少々離れた場所に浮かぶその鉄の塊から脱出することになったわけだが、陸地の軍事基地には敵対する軍事マニアチームがいるということだ。
時間はない、同じく逃げなければならないはずの敵は基地で張っている。そう、不幸なことに、彼らの前に立ちはだかる連中は軍事マニアなのである。そうそう乗り込める機会はないイージス艦を手に入れることこそが最初から最後まで連中の動機なのだ。リタイア云々など関係がない。
そんな板ばさみの中で発火能力者は内部分裂。我先にと陸地へ戻ろうとして迎撃されたり、イージス艦自体の主導権を握ろうと内輪もめしたりと統制が取れず最終的に最大勢力だった彼らはバラバラに散らばってしまったのである。
陸地にたどり着けた連中も追撃に遭い人数と武器を減らしていき、その勢力はどんどんと減衰していったのが現在。
何とか第1段階エリア縮小から逃れた内の1グループが陸路を足で移動移動していると、前方に何やら黒っぽいモノを発見した。
警戒しつつ近づいてみると、それは小さな少女の形をしている。
「・・・死体か?」
リタイアしたプレーヤーの死体は一定時間を過ぎれば消えるようになっていることから、死体であるならこれはかなり最近のものだろう。
それは近くに別のプレーヤーがいることを指す。
さらに警戒を強めながらも、歩みを止めるわけにも行かない彼らが通り過ぎようとした時、その死体らしきものが動いた。
ソレはゆるりと立ち上がると、自分に銃口を向ける彼らにわざわざライフを回復させてまで新品にしたコスプレ喫茶『Elysion』黒衣装のスカートを摘み上げて一礼する。
「御機嫌よう皆々様。私はシークレットアイテム|黄金の林檎《The Apple of Discord》。
争いの神エリスが"全ての神が招かれた"テティスとペーレウスの結婚式に自分だけ招かれなかったことに腹を立てて、『最も美しい女神にあたえる』と投げ込んだ不和の林檎。トロイア戦争の遠因にまでなったその罪の果実が私の名前であり、与えられた役目です」
機械的に、あるいは真面目に焦点の合っていない瞳で真正面を見据えて、淡々と放たれた電波な発言に若干引き気味の彼らは、関わるべきでないという本能の叫びを理性で何とか押し込めて、言う。
「・・・どー見てもプレーヤーだろあんた」
「ふむ・・・。人間の形をしているこの見て呉れではそう思われても仕方ありませんが、しかし想像してもみてください。表面に顔の書かれた金色の林檎が喋っている姿を見て皆様楽しいですか?この姿の方が皆様の目を楽しませることができると思うのですが?
私の製作者は私が言うのもなんですが、変態です。職場にまでネット環境とゲーム機を持ち込むゲーム依存症、今回のようにゲームがやりたいという私情を挟みまくったイベントを強行したりと社会人としてまず終わっています。加えて、同校の保健女医と事実婚な関係を持っていて同棲中。
常識的な思考回路は持ち合わせていない。そんな人物がわざわざ『シークレット』と冠したCPを顔つき林檎ちゃんなどというビジュアルで済ませると思いますか?」
早口で羅列された長台詞に押されて反論のできない様子の彼らに彼女はさらに畳みかける。
「確かに、文化祭後というタイミングですからこの衣装ではCPであることを証明するに至りません。
しかし、この容姿はどうですか?文化祭に営業側で参加できるのは中学生から。この後夜祭にしても同じです。
今日び中学1年生でももう少し発達しているでしょう?まぁ胸は・・・製作者の趣味ですから無視してください。私は一応小学生という設定ですから」
発火能力者達を言い包めるためとはいえ、自分で自分のトドメを指す行為にダメージを受けつつも鉄面皮を保ち続ける葉月。
その精神的負荷に耐えるためにどこぞの校長や保険医を道連れにしたことなど彼らには知る由もない。
「・・・・・・」
完全に沈黙――――つまり葉月を小学生と認めたのと同義だが――――した彼らに彼女は必要以上に考える暇を与えない。
「不和の林檎は予想以上に戦況に偏りが見られた際発動するシークレットアイテムです。
皆様は運がいい。この私が手を貸してあげましょう」
言葉を区切って今まで無表情だった葉月はまるで感情のない人形が無理に笑ったような、『解剖学的にこう筋肉を動かせば笑っているように見える』という方法を実行したロボットのような笑みを浮かべる。
「ジャベリンタワー」
それはトラックの制御権を奪取しようとした時に見たカーナビに設定された四十万隆達の目的地。
「全ての布石はそこにあります」
こうして散らばり勢力を落とした発火能力者海チームの生き残りを彼女は駒として得た。
腹を蹴られたり首を絞められたりトラックから突き落されたり、この数十分ほどでの屈辱をまだ彼女は返していない。
今現在、そのために作り物染みた個性の塊を演じる彼女の表情からその決意のほどはイマイチ感じ取れないが、それでもこれだけは言える。
――――織神葉月が本気です。
♯
多くのプレーヤーがエリア縮小、その逃げ遅れた場合のペナルティーに脅え命辛々脱出を図っている頃。
忘れられているかもしれないが、寝たことも、これから先寝ることもないだろう豪奢な天蓋つきのベットの誘惑に負け、ゲームそっちのけで眠ってしまった布衣菜誉は、そんなついに閉鎖された第1段階のエリア内にいた。
よく眠り気持ちよく目を覚まし、その目でベッドの周りを囲むグロテスクな化け物共を確認。何でもう少し寝てなかったんだと自分を責めて、間の悪さを呪う。
最後、諦めが入った笑顔で言った。
「あははー、何かこのオチ予想できたー」