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第47話- 仲間潰合。-Classmates-

 イベント4

 市営鉄道夏木駅にて化け物の卵が発見された。

 これらの卵は30分後に孵化、その5分後には成体となってエリアを徘徊する。

 増殖を阻止したければ時間内に卵を破壊せよ。


 トラック爆破で幕を閉じたイベント3から10分ほど、四十万隆達がボロボロになってジャベリンタワー帰ってきてから3分ほど経ってそんな新しいミッションが告知された。

 見ての通り生存者撹乱(プレーヤーキラー)の類であるこのイベントと今までの3つを並べてみると任意ミッションと状況変化が交互に並んでいるわけだが、まぁ、そんな法則性などはともかくとして、今回と同じく状況変化型である前々回について特筆するべきはトラックの出現でも垣間見えたリアリティーよりもゲーム性を重視した設定だろう。

 それはその前の化け物が不規則転移するというイベントで顕著だった通りで、もしあれが化け物共がぞろぞろと一点に向かって歩いていくというリアリティー厳守なものだったなら彼らの進行方向と逆に進むだけでイベント2の脅威から回避できたはずなのだ。そういった予兆がまるでなく、先が読めないからこそプレーヤー達は右往左往したのである。

 そしてやはりこのイベント4においてもゲーム性重視で問答無用な状況改変は健在であり、何の前触れもなく不利な状況下に置かれるというゾッとするようなシステムの被害者も当然ながら存在するわけで。

 さて、ではそんな不幸宅配サービスFrom校長の当選者について描写してみよう――――、


 イベント告知と同時に今まで何もなかったその場所に化け物共の卵はいきなり現れた。

 今まで無人に等しかった駅構内のプラットホームを埋め尽くす青と緑の米型の卵。

 天井から床にまでへばりついている卵鞘(ほごまく)らしきドロドロしたゲル状物質。

 そんな映画にありがちなオブジェクトに囲まれ、深柄科は非常通報装置を通して(こいねが)う。


「助けてくださいお願いします」



「もう無理です勘弁してください」

 対してモニター越しのジャベリンタワー。

 イベント4に指定された夏木駅を確認したところ、偶然見つけた級友のヘルプコールに3分前に戻ってきたばかりで身も心も疲れきっている隆は即答した。

 聡一以下トラック争奪戦に参加したメンバーも同じ気持ちだろう。しばらく何もできる気がしない。

『ちょっ!冗談抜きでマジで助けて!ここヤバイんだって!』

「あー俺らは駄目だって。他の奴らにきてもらえ」

 隆はブラブラ手を振り気力のなさをアピールしてみせるが、

「無理よ。他人のクラスメートを助けに行ってくれる人なんていないわ」

 朝風椎に指摘され大きく溜め息を吐いた。

 まぁ確かにその通りだろう。ここにいる連中はバトルロワイアルを勝ち抜くために利害一致で集まっている。今回の件に関しては他の勢力に任せるのが得策だという認識を既にチーム内で共有している。戦略とは無関係の級友救出に手を貸してくれるとは思えない。実際の友人たる隆達が参加しないというのだからなおのことである。

 だからといって隆達としてはイベント3以上に危険度が高いモンスターパニックイベントに自ら首を突っ込むのはやはり遠慮したい。自分がしなくても誰かがしてくれるだろうし、駅構内を逃亡中に発火能力者(パイロキネシス)のトマホークが飛んできでもしたらたまったもんじゃない。

 つまりイベントをこなしに行くというスタンスはこの場合成り立たず、化け物退治で得られる利益は科単体ということになる。

 そこまで考えて、隆はあの激戦を生き抜いた者達の代表として結論を出す。

「仕方ない。科は諦める方向で」

「貴様そうやって僕も見捨てたよな!」

 先ほどの戦闘に参加していない分元気の有り余っている飛騨真幸の非難を鼻で笑う。

「だったらお前いけよ。俺らは無理、あまりの不条理に立ち直れない」

『いいから早く助けて!そこら中粘々してて気持ち悪いし!なんかいっぱい化け物もうろついてるっぽいし!

 もう耐えられない〜〜〜〜!!』

「僕も無理です」

「すっこんでろ役立たず(クズ)

 そんな愉快なやり取りだが科にしてみれば全く笑えない。ふざけているようにしか見えず、むしろ苛立ちが積もる。

『女の子がピンチなんだよ!?こういう時こそ男を見せてよ!』

「見せて何になるってんだ」

「リスクとリターンが吊り合ってない」

「科ルートは要らん」

 隆、真幸、聡一。他人からの自己価値に効果が左右される捨て身の台詞を見事切り捨てられ、生々しすぎる精神ダメージにモニターの向こうで科は膝を着いた。

 もちろん男子陣が本気で言ってるわけではないことぐらい分かっているのだが、割り切れないものがある。

「はぁ・・・いい?3人とも」

 その様子を見かねて椎がオフィスチェアから立ち上がった。

「体育祭でバラバラになって悔しい思いをしたのを忘れたの?

 あの時私達はチームワークの重要性を学んだ」

 床に寝転がる男共の間を行き来していた足を止めそこで1度台詞を区切って、周りを見渡す。そこにあるのは自分を胡散臭そうに眺める隆達の顔。それらを黙殺して彼女は続けた。

「あれから過ぎた月日はクラスの繋がりを強固なモノにしたはずよ。

 そして学園祭で団結力は最高潮にまで高まっている・・・。

 私達はクラスメートなのよ。仲間を助けないでどうするの!」

 白々しく演技がかった仕草で熱弁する椎は最後に親指を上に立てた拳を突き出して言う。

「さぁ行きなさい野郎共。私はここで援護に回るわ」

「「・・・・・・・・・・・・」」

 無言の彼らに椎の笑顔は陰影が濃くなり、拳が上下逆転した。


 ともかく、こうして1‐Bという女性社会下におかれる男子3人はイベント4に参加することになったのだった。


                     ♯


 モンスターパニックにおいて、何よりも先にまず確認し頭に入れておかなければならないのは自殺方法だと久遠未来は前に織神葉月に説いたことがある。

 飛び道具に対して相性の悪い代わりに桁外れの身体能力を有する葉月が恐怖というモノを武器に取り入れようと独学以外で学ぼうとした結果がその談義の始まりで、その学習の結果が夏の惨劇だったりするのだがそれはこの際置いておいて、その前置きに未来はこう続けた。

「考えてもみてくださいよ。モンスターパニックのストーリー上仕方ないとはいえ、危険区域から逃亡を試みるってことは得体の知れないグロテスクな化け物に食い殺される可能性があるってことです。そしてその可能性は非常に高い。なのに主人公達がそんな成功率の低さとリスクの高さが反比例するような賭けを選択するのっておかしくないですか?

 リアルに考えたら、化け物に追い詰められた状況下で生きて逃げ切るんだなんて発起する人間よりも自害した方がいいと考える人間の数が多いはずなんですよね。無惨に食い殺されるという危険を冒してまで生存の可能性を取るか、痛みと恐怖から逃れるために生存の可能性を捨てるか。現実問題こんなの言われるまでもなく後者です。どこから襲ってくるかも分からないような怪物に下半身から食われたり頚動脈掻っ切られたり全身の骨を折られたり気持ち悪い寄生虫を植えつけられたりするぐらいなら自分で死んだ方がマシ。実際目の前でそんな様を見せ付けられたら心なんてすぐ挫けちゃいますよねぇ。

 だから、そもそもの前提として、それでも逃げようって人物は自殺の手段を用意しておくものです。『いけるところまで行ってヤバくなったらさっさと自殺』、これがモンスターパニックに巻き込まれたか弱き人間共の心理。

 襲う側としてはそこに付け入るわけですから、人に恐怖を与える際は絶対に絶望させちゃ駄目なんですよ。自殺されちゃあ恐怖も何もあったもんじゃありません。程よく生き残れると思わせることがより深い恐怖を呼ぶのです!」

 食玩とゲームカセットだらけのテーブルに足を置いて右手を突き出す未来、そしてパチパチと素直に賞賛する葉月。

 将来、そんな2人の足元に無惨に食い物にされた連中が転がるだろうことはさておき、しかしながらこの場合の彼女の言う自殺というものは苦痛伴わないことが大前提であることを忘れてはならない。

 モンスターパニックの多くが洋画なために忘れがちなのだが、武器が銃器であるとは限らないのだ。引き金を引けばいい銃と頚動脈を切らなければならない刃物とでは自殺でも難易度が違いすぎる。痛くないからこそ自殺は化け物よりマシな選択肢であり、即死できるからこそ限界まで生存の可能性を探れる。なのに自殺が痛く苦しいのでは2択の天秤は成り立たない。

 一縷の望みにかけて逃走するにも武器にすら不安がある。自殺するのもハードルが高い。

 そんなどっちつかずの状況に追い込まれた時、人間は身に詰まった不安や絶望、やるせなさに怒りなどを吐き出すように、

「ぁぁああああああああもぉーい゛やぁぁあああああっ!!」

 叫んでみたり。

 そうして、後になってその愚行に気づいてみたり。

 ・・・さて、まぁそんなわけで、深柄科の武器は果物ナイフだったり。

 まぁ、ともかく、叫び声という愚かすぎる理由で居場所がバレた科は元いた地下3階から逃げ出し、現在は地下2階の階段にいた。と言っても階段の影から地下1階の様子を覗いている体勢なので、正確には地下1.1階と表現するのが正しいだろう。

 下のフロアは青と緑のデロデロとした卵に埋め尽くされている代わりに化け物はたまに顔を出すだけだったのだが、地下1階は科が見る限り常に2匹は改札口の辺りを徘徊していて抜けれそうにない。線路の方もプラットホーム近くはともかく、先に進めば連中がいることは唸り声で分かっていた。

(せめて店の中に飛び込めれば・・・)

 そうは思っても、視界の奥に見えている店舗までは距離が遠すぎる。広いという南改札口の利点はこの場合不利にしか働かない。自分の身体能力と化け物の身体能力を比べればその距離は致命的な長さだった。

(隆くん達早くきてよ〜)

 『助けてくださいお願いします』。

 彼女の救援要請に四十万隆達が到着するのはまだ先のことだ。



「さぁて、まず現状確認だ」

 引っ張り出してきたコピー機で印刷した計12枚の地図を張り合わせて長机の上に広げる。

 中央に位置する『市営夏木駅』の文字を赤ペンで囲んで隆はまず舞台となる駅構内について説明を始めた。

「市営夏木駅は地下駅。地下1階改札フロア、2階3階がそれぞれ下り上りのプラットホーム。問題の卵はこのホーム2箇所に産み付けられている。

 科はここ下りホーム・・・つまり地下3階、路脇の避難スペースで縮こまっているわけだが、ここまでのアクセスはおおよそ3つだ。

 1、南改札口。これはそのまま地下街に続く最も広い改札だな。2、北改札口。こっちは地上からしか侵入ルートがないサブの出入り口。3、線路。文字通り線路に沿って侵入する方法だ。

 ちなみにそれぞれの出入り口には化け物がうろついて卵を守っているのが確認されてるんで・・・迂回ルートもくそも一本道の2と3は難しい。ここまではいいな?」

「化け物を正面突破するのは?やつら水に弱いだろ」

「それは大量の水が用意できればの話だ。とりあえずアクセスを考えるぞ。

 この南改札だが、これがまた厄介なことに地下街で他の『夏木駅』と繋がってる。いわゆるハブ駅ってやつだな。多数の鉄道が重なってるせいで地下内が相当入り組んでやがる。

 南改札に行くだけでも地下商店街『なつちか』『ジャパンライン 夏木駅』『夏冬鉄道 夏木駅』にあと地上階段3つにエレベーター2つの8つもルートが存在する」

 隆の説明を聞いていた真幸が炭酸を一気に飲み干してから訊く。

「結局それで行っても改札で化け物と遭遇するんじゃないのか?」

 隆は地図の上に市営夏木駅の構内図を載せて指を滑らした。

「いや、ここは広いからな・・・化け物共の目が拡散されるのが唯一ここだ。南改札からプラットホームに降りるルートもエスカレーターが2箇所とエレベーター1箇所と結構離れて設置されてる。これならうまく注意を逸らせれば戦闘せずに進める可能性が高い。言ったとおり南改札の外はすぐ地下街だ。囮が化け物を撒けるとしたら入り組んでるここしかない」

「なーる。改札までのルートが多いから例え地下街の方にもCPがいても迂回できるし、問題になる突入も地下街が利用しやすいわけか・・・。

 で、そこまでうまくいったとして科と卵はどうするんだ?」

「そこだよなぁ・・・爆発するにしても時限式のしか俺らは持ってねぇし・・・科連れて逃げる間にドカーンなんて嫌だし。うまくタイマーあわせるしかねぇな」

「同じルートで逃げるしかないんだろうな・・・やっぱ改札通らずに線路そのまま行かないか?それの方が行き帰り楽だと思うが」

「化け物を倒したことがそんなに快感だったかウォーターシューター聡一。だからその水をどっから用意すんだって」

「消防車パクれば何とかならねぇか?」

「あれは消火栓から水汲むんじゃなかったっけ?無理だろ地下内だと」

「あー水槽付の消防車はあるっちゃあるが、そんなの地下にまで引っ張り込めるかどうか・・・」

 言って真幸はうん?と眉をひそめた。

「・・・・・・いや待て、そんなことしないでもスプリンクラーがあるだろ」

 ピタっと南改札までの最善ルートを探っていた隆の手が止まる。

「それだ。トンネル内にも確かあったろ、安全対策の一環で」

「・・・何でそれを思いつかなかったよ」

 聡一は構内図をどかして地図で『夏木駅』に行く上り線を確認する。線に沿って指を滑らし、タワーからの最寄り駅に×マークをつけた。

「まぁ、これでどのルートも可能性は出てきたろ。

 北改札はともかく線路は化け物を倒せる勝算があるなら最短だ。どこに化け物がいるかも分かりやすい。

 ぶっちゃけこっちの方がいいだろ」

「そうだなぁ・・・」

 隆は自分に配られた缶ジュースにここで初めて口をつけ、そのまま一気に飲み干した。

「何故か生き生きしてる聡一のやる気に水を差すのは悪いし、どっちもと行こうぜ」

「・・・はい?」



「いや待て無理だ!何で僕1人なんだよ!」

 防弾着にバックパック、その中に手榴弾やら爆薬やらを詰め込んで、最後に緑色のヘルメットを被せて隆と真幸は相対する聡一に敬礼した。

 聡一が提案した水攻め、そして隆の南改札ルート。3を2で割れば2と1に分かれる以外分け方などあるわけもなく、

「俺の方は囮がいるんだよ」

 というわけでこのペア決めは必然と言えるのだが、対して1人で暗い地下鉄を歩き、化け物と対峙しなければならない聡一は無情にも自分を送り出そうとしている級友に喚いている。

「ただでさえ少ない戦力を分散させるのはまずいって!僕も改札ルートでいいからさ!」

「いやいや、ただでさえ少ない戦力を一気になくすわけにはいかねぇ。ここはリスクを分散させるべきだ」

「だな。がんばれ聡一」

 グロい化け物相手に1人で立ち向かう必要のない分余裕ができた2人は白々しくそう言って踵を返した。

「嘘だ!絶対嘘だ!ちゃんとやる気ねぇだろ!どう考えても僕の方が先に着くじゃないか!さては途中で離脱する気だな!?」

 まだ愚痴っている聡一を無視してワゴン車に乗り込むとエンジンをかける。線路から侵入する聡一は最寄の駅から夏木駅の手前まで電車で移動する手はずになっているのだ。

 広さに比べて自動車というポピュラーな移動手段が極端に少ないことからこういうプレーヤーとの鉢合わせの可能性がある公共の交通手段は稼動しているだろうという彼の推理は正しく、電車が無人で動いていることは先ほど椎が突き止めている。トラックの件があったので無人かどうか何度も確認したが、どうやらそういった場所ではプレーヤー同士でぶつかり合わせる魂胆らしかった。

 それはいいのだが、それとこれとは話は別だ。

 さっきから隆や真幸の台詞には誠実さやら真剣さやらが全く篭っていない。級友を思いやっての発言は皆無である。

 そんな流れ(ノリ)で決まった分担作戦に今、命運が任されようとしている。

「人でなし――――!」

 聡一の激励を背中に受けつつ隆と真幸は元はといえば聡一の所有物である黒ワゴンを発車させた。


                     ♯


 監視システムは言ってしまえばモニタールームである。

 中央に特に大きな画面を置いてその脇に3つずつ別のモニターを並べ、それを作業テーブルのPCで操作するという想像に難くないありきたりな部屋でそれがタワーの1フロア丸々使って設備されている形だ。

 トラック襲撃時には別勢力の内情を探るのに使われていた巨大モニターは今、夏木駅周辺の映像を映し出し、自分達以外に化け物の卵を排除しにきた連中の動向を探る用意がなされいる。

 もちろんそれには深柄科の救出という目的もあるのだが、本来見知らぬ生徒と共同戦線を張っている状況であまり自分勝手な行動はできない。3名ほど選抜されたモニター係の1人である朝風椎のできるのは自分のPCで科を追跡することが精一杯だった。

 無論、化け物の孵化を阻止するというのはジャベリンタワーチームにとって利益になることではあるので、こうしてフォローすること自体は咎められないが、チームの総意としては『他の勢力がやるだろう』という他人任せな結論に達しているため、今回の隆達の行動はあくまで個人によるものだ。

(まぁ・・・たぶん助けられないと思うけど)

 自分がけしかけたとは思えない見解を内心に秘めつつ、彼女はPCの画面を2つに割ったもう一方で、本来やるべき作業を並行する。

 クラスメートの捜索。これはもちろん隆から依頼されたことでもあるのだが、彼女自身にも目的がある。

 今のところ他の勢力では確認できていない。となると、恐ろしいことにこの状況下で個人のまま動いていることになるのだが、そうなると捜索が面倒だった。

 最悪自分達以外の級友が全滅している可能性もある中、ありそうな場所を1つ1つ潰していくという作業は精神的にきつい。

 タワーのレストランから盗んできた飲料水をわざわざストローでちびちびやりながらできるだけモニターから顔を離して作業する。

「うちの連中変にしぶといからなぁ・・・」

 どう考えても自分は勘定に入れてない評価に関して文句を言う者はいない。その彼らは彼女に外へと放り出された。

 今まで映していた区域から今度は気分転換も兼ねて一気に場所を変えてみる。

 港に程近い工業地帯。上空から見るとコンテナの積荷が行われるらしいクレーンなどがあるエリアに並んで工場がいくつも収まっている。

 その1つから煙が上がっていた。

 ピックアップしてみると、どうやら戦闘があったらしき跡があった。弾痕、そして火。燃えるというよりは萌えるといった感じで床から芽吹くように炎が生えている。おそらくは石油でも撒いて着火させたのだろう。

 主材料が鉄の工場だ。油以外燃料がないだろうに炎がまだ燃えていることから、まだそれほど時間は経っていない。

 急いでモニターの視点を変えると、そこには彼女の求めるモノが映っていた。

 画面手前に工業機械の陰に隠れている西谷絵梨、奥に銃を連射する朽網釧。

 ビンゴ。

 ビンゴなのだが・・・、

 銃撃が止むやいなや、防御に徹していた絵梨は抱き込んでいたポリタンクを下方から振り上げる。開けられたタンクの口からガソリンが放物線を描いて釧の方へと放たれ、次に彼女の放ったマッチの火で着火し小爆発を起こした。

 構図は1対1の飛び道具での戦闘なのだが、武器がおかしい。

「・・・・・・さすがは」

 我がクラス、と思わず呟く。まさか銃にガソリンとマッチで対抗しようとは。

 気を取り直して戦況を観察すれば、当然といえば当然釧が有利のようだった。ここに至るまでにどんな攻防があったかは分からないが、まだ予備の銃を数丁持っている釧に対して絵梨のポリタンクはあと3分の1ほどしか残量がない。血が出ない代わりに破けた衣類が何度も被弾していることを示している。

 こういう場合、不利な状況にある方に声をかけるのが定石なのだが、さて、どうやって連絡をつけるか。

 そこがこの監視システムのネックなところだ。

 トランシーバーやら携帯やらの通信機器を持っていない相手とやり取りするのが難しいのだ。

 工場のスピーカーを使えば釧にまで声が届いてしまうし、そもそも通信機器なんて1人で行動している絵梨が持ってるわけもない。

 工場の図面を引き出して確認すると、今彼らのいる作業区から廊下を渡った先に事務区があることが分かった。

 事務、ということは電話がある。検索をかけて電話番号を割り出しいつでもかけられるように通話ボタンを待機させる。

 問題は絵梨がここを釧より先に通ってくれるかどうかだが――――絵梨は椎の思惑通り物陰から廊下へと駆け出した。

 まぁしかし、そうなるだろうことは想像に難くない。先に逃げ出すとすれば追い詰められている絵梨であり、彼女の攻撃が着火というフィールド炎上の追加効果を孕む以上、どの道1箇所に長居はできないのだから。

 あとはうまい具合に着信音を鳴らし、

『はいもしもし!』

 こうして哀れな絵梨を吊り上げるだけである。

「はろー絵梨ちゃん」

『しぃゆん!?助けて!やべぇ!くしろんやべぇっす!あれは本気で私を殺す気だ!』

 常人離れした攻撃法で対抗している割りに追い詰められているらしい。

 それを知ってなおさら椎の心はくすぐられた。

「えー?どうしよっかなぁ?」

 ついつい悪い癖が出る。

『やめて!ふざけないで!』

 固定電話の持ち運びながら追ってくる釧から逃れるようとするもすぐさま移動限界がくる。咄嗟にオフィスデスクの物陰に飛び込んだが、

『ひぃっ!』

 追いついた釧の銃撃にその薄い鉄板はやすやすと貫通された。

 そんないつもは自分がふざけている彼女の慌てふためく姿を堪能してから椎は本題に入るため口を開いた。

「絵梨、ねぇ助けて欲しい?」

『いやいやいや、いやいやいや!電話かけてきたのそっち!そっちだから!!そんな選択肢あるの!?』

「だって釧君もクラスメートだしねぇ・・・私としてはどっちを応援すればいいのか分からないもの」

 暗に助けて欲しけりゃこっちの益になるような情報を晒せと要求する椎。

 こういったことは直接口に出さないのが美学なのだと彼女は――――、

『嘘だ!私にかけてきたんでしょ!?負けてる方が手玉に取りやすいとか思ったんでしょ!?この腹黒!』

「助けて欲しかったらさっさと貴女の持ってる情報を吐きなさい」

 思い直した。無駄なモノを省いたシンプルで効率重視な交渉もたまにはいい。

 そもそも最初からこれだけが目的で級友を探していたのだし。救助など二の次だ。

『ひどっ!ひどいぜしぃゆん!』

「何?ないの?切るわよ?」

『ある!あります!化け物の弱点知ってます!

 緑は火、青は電気!あいつらは色で弱点が決まってるんです!』

「へぇ・・・」

 それを聞いて椎は化け物の巣窟に突入する前にしていた隆達の会話を思い出していた。

 それから、イベント3でトラックに乗っていた化け物の体表を記憶から引っ張り出してくる。あれは確か、

「じゃあ赤い化け物は?」

『赤?・・・赤なら水!』

「よねぇ・・・」

 なんて安易な設定だろうと呆れつつ、分割されたモニターの左側にチラッと視線を向けた。

 そこには何故かエレベーターに閉じ込められている深柄科が映っているが、そんな彼女を助けるべく動いている男連中は重大な勘違いをしている。

 緑は普通で、青は武器を、赤は乗り物まで扱える。グレードの低いモノの個体数が多いだろうということは言うまでもなく、彼らが出会う駅構内の化け物が全て赤色をしている確立は幾ばかりのものか。

 スプリンクラーで倒すなどと言っていた聡一の戦略は成功することはほぼ0%、返り討ち(しぼう)が確実だし、隆達にしてった水で倒せるという誤認が致命的な隙を生む可能性は十分ある。

 この情報は彼らの生死に関わるだろう。

「分かったわ。援護を1人送ってあげる」

『よぉおし!』

 嬉しい情報を得られた椎は上機嫌で鼻歌交じりに通信を繋ぎ替えて、改めてマイクに話しかける。

「兄さん、私のクラスメートが窮地に立たされててね?

 あら?男の癖に引き篭もってばっかりで情けなくないの?そう、それでいいわ。

 場所は・・・」

 自分のPCではなく大画面に向けて彼女は続けた。

「『ジャパンライン 夏木駅』の東口。えぇ、女の子にいいところ見せてきてね」

 夏木駅付近を写す中央のモニター群の中で、彼女の指定する場所には特に化け物の多くいる場所だったが、そんなことを彼女の兄が知る良しもなく、もちろんくるはずの援護がまるで見当外れの場所に向かおうとは絵梨も思うまい。

 別に兄を巻き込む必要はなかったのだが、何せ機嫌がいい。こういう気分の時は奮発してみるのも悪くはない。

(卵があるんだし、化け物にも性別はあるでしょうよ、たぶん)

 わずか3名で化け物共に喧嘩を売りに行かされた隆達、成功するとは思えない救助を待ち続ける科、こない援護を頼りにする絵梨、番外編(おまけ)として化け物の雌にいいところを見せに逝った朝風柏。

 滅多に経験できないせっかくのゲームなのだ。ゲームというは何かしら目的を持って動かないとつまらない。しかし勝者になる気はない彼女にとってこの世界はあまりにもフリーダムだ。

 なら、自分で縛り(テーマ)を決めればいい。


 ――――さて、今回彼女が自分に与えた課題は『直接手を下さずにクラスメートを自爆させること』である。

 織神葉月をして腹黒いと言わしめるどす黒委員長朝風椎に司令塔などという大役を与えたことが過ちだと彼らが気づくのは何時だろうか?


                     ♯


 四十万隆達のワゴンは『夏冬鉄道 夏木駅』に向かっていた。

 そこがタワーから最も近く、地下街もほどよく入り組んでいて侵入しやすい経路だと踏んだからである。『ジャパンライン 夏木駅』より市営夏木駅との距離があることが難点ではあるが、安全には代えられない。最悪、『やれることはやった』というポーズだけ取って退避することも考えられるのだから、逃げ道は多いほうがいいのだ。

 深柄科には悪いがこの作戦が成功するとは朝風椎と同じく隆達も思っていなかった。

 本当に死ぬわけじゃあるまいし絶対に助けに行かなければならないという意気込みがまずない上、モンスターパニックという見るのもできれば勘弁したいタイプの代物に参加させられるという点でモチベーションはただ下がりだ。

 だいたい人間、できることとできないことがある。

 織神葉月に喧嘩を売るほどではないとはいえ、人外の怪物相手にモンスターパニックの主演を張れるわけがないのだ。

 何事も身の程は知らなければならない。

 と、そんな言い訳を並べつつ、隆と飛騨真幸はトラックをそれでも爆走させていた。

 やる気のなさと最善を尽くさないのとは別次元の話であって、卵の孵化までおおよそ20分の現在、駅まで5分突入に7分爆弾の設置に3分脱出に4分と考えても時間がない。

 突入と脱出の割り当ての差は行き化け物にエンカウントしないよう注意が必要な分時間がかかることを考慮してだが、問題は脱出の方で、思い通りに進まず時間が押した結果逃げおおせる前に孵化なんぞされた時には目も当てられない結果が待っている。

「東口から地下街に入ったらとりあえず椎に化け物の有無を確認してもらいながら進んで南改札まで行く。その後はスプリンクラーだ」

「へ?囮作戦じゃねぇの?」

「倒せる相手に囮使ってどうするよ。聡一にああ言ったのはあいつを1人で行かせる口実だ」

「ひでぇなぁ・・・」

「元々線路の方から出れるならそれに越したことはないし、脱出ルートは予備もあった方がいいからな」

 言って、足元に置いたバックパックから時限式の簡易爆弾を取り出し飛騨真幸へ放る。

「爆発時間は理想4分だ。とりあえずセットよろしく」

「へいへい」

 生返事を返してデジタル式のタイマーを操作しようとした指は、けれどボタンに触れることなく逸れて表示パネルへ。ぐぎっと嫌な音がした。

 いきなり、車体が揺れたのだ。

「おい隆・・・・・・つっ!?」

 文句を言おうと手元から顔を上げた彼の視界に黒い影が映る。それは、緑色の化け物。フロントガラスいっぱいを覆うように飛び込んできている。

 その完全に不意を突かれた襲撃に、隆が咄嗟の判断でハンドルを切ったのがさっきの揺れだったらしい。

 だが、ほぼ90°の右回転は新たな進行方向に別の化け物を見つけるだけに終わり。回避にならずに今度こそ正面から衝突。その瞬間、両手を振り下ろしたソレの猛攻にガラスが飛び散り、ワゴンは盛大にバランスを崩して特攻を仕掛けたその1匹をひき殺しながら横転した。

「がっ、くそ!何だ一体!?」

 青色、赤色と知能が高い故に武器を使えるのだろう種類ではない低能な緑色の化け物による連係プレーおよび周到な襲撃に戸惑い、カスタマイズ仕様にも関わらず一撃でスクラップにされたワゴンから這い出る。

「何で化け物がいきなり・・・っ!」

 ゲームでなかったらガラス片で大惨事だったろう彼らは、それ相応にライフゲージを減らしつつ、これ以上のダメージを防ぐため追撃を逃れようとワゴンの影に飛び込んだ。

「・・・・・・・・・・・・?」

 しかし、次の攻撃はやってこない。

 あからさまにおかしい時間の空白を開けて、場は沈黙している。

 あと1匹いるはずの化け物はどうしたのか?何故襲ってこないのか?

(何だ?どうなってる)

 そんな疑問の答えは向こうからやってきた。

 コツンコツンと、わざとらしく足音を鳴らして。

「やぁ、隆に真幸」

 ソレは人間らしく人間の言葉をかけてくる。

 聞き覚えのある声に2人がワゴンから顔を出すと、そこには若内楚々絽がいた。

 ・・・化け物と並んで。

「楚々絽・・・?」

「な、何で?」

 何でこのタイミングで現れるのか?何でわざわざ面倒な卵駆除に出向くプレーヤーを襲うのか?何で化け物と肩を並べているのか?

「卵を壊しに行くつもりなんだろう、ご両人?悪いがそうはさせないよ」

「「は?」」

 間抜けな声を上げる2人に彼女はコスプレ衣装のポケットから香水らしき小瓶を取り出して見せる。

「これが私の初期武器でね。中に入ってるのは化け物(かれら)のホルモンだ。

 これをつけていれば襲われないどころか言うことを聞かせることもできる。

 化け物増殖?むしろ願ったりさ」

 だからさせない、と。いつもの口角を吊り上げた意地悪な笑顔で言う。

 対して、隆と真幸の顔が引きつっていることは言うまでもない。

「おいおいおい、待て楚々絽。

 俺達はクラスメートだ、仲間だ、友人だ。仲間を化け物に売るっていうのは人としてどうかと思うぞ?」

 つい先ほどその仲間を勝算の薄い作戦に1人で放り込んだことを棚に上げる隆。

「そ、そうだ。いくらなんでもそんなのは人間的良心が許さないよな!

 仲間同士協力し合おう!な?」

 その仲間である隣の級友に見捨てられたことは今現在真幸の頭の中にはない。

「仲間、仲間ねぇ・・・」

 クスクスとそこだけ可愛いらしい仕草で笑って、彼女はパチンと指を鳴らした。

 それに合わせて今まで物陰に隠れていたらしい化け物達がゾロゾロと集まってきた。

「紹介しよう」

 まずは先ほどから彼女の横にいた1匹を指差す。

「彼はマイク。少々引っ込み思案の三男で、走り幅跳びが得意」

 そして次、

「それから彼はドミニク。負けん気が強くて世話が焼ける。

 で彼女がミシェル。見た目ほどか弱くはないな。足も速いが手も早い」

 そこで台詞を区切って彼女はのたまった。

「私の仲間(・・)だ」

「「・・・・・・」」

「どうだい?お互い親交を深めるために握手でも」



 救助班本命の2人が化け物と親交を深めようとしている頃、単独行動を強制された矢崎聡一はようやく市営鉄道の最寄駅に到着した。

 『市営鉄道 秋葉駅』と書かれたプレートのかかる階段から地下へと降りて、途中自販機で炭酸飲料を3本買い込み、改札を無視してホームへと駆け込む。

 幸い、化け物はいないらしい。

 右手に水鉄砲、左手にポケットにスプリンクラー対策の発煙筒を絶えず握る彼は油断なく辺りを見渡しながら時刻表を見て電車の到着時間を確認した。

 あと2分ほどで到着。ちょうどいいタイミングだった。

 もし化け物が現れてもすぐに行動に移せるよう立ったまま壁にもたれて電車を待つ。

 見つからないように隠れてもいいのだが、不意を突かれなければ怖い相手ではないと高を括っていた。

 あの外見だ、いきなり飛び出してこられたらパニックになるが、対処法も知って対峙しての戦闘ならばそれほど怖い相手ではない。

 化け物が水に弱い。それを訂正する椎からの連絡は当然なく、ある意味彼は自滅への道を一歩一歩進んでいるわけだが、もちろんそんなこととは思いもしまい。

 元々、こういう非現実的な要素が欲しいという気持ちが人一倍強い彼だ。

 隆らを助けた時もそうだったが、仲間のピンチを救うというシチュエーションは燃えるものがある。

 だから、隆達に文句をつけはしても、活躍できるチャンスが与えられたこと自体は歓迎だった。

 早く戦場に飛び込みたいと、こうやっている時間をもどかしく思いながら待つこと2分。遅れる要素がなく当然時間通りにやってきた地下鉄に聡一は乗り込んだ。

 座ることなくドアの脇に先ほどと同じように持たれて視線を少し上にすると、車内広告が目に付く。『危険物を見つけた場合は』というお決まりの物もあれば『東ノ宮神社 定期骨董市11/1』、『なつちかBARGAIN!!』といった広告も数多くある。

 それら人工世界とは思えない作りこんだ設定は芸が細かいの一言に尽きる。実際この仮想世界の構想にどれほどの時間をかけたのか彼の知る由ではないが、時間や手間以前にこれはそのゲーム媒体が幻想現実(1.5)だからこそできたリアリティーだ。

 能力研究に伴ってこの国の科学技術が上がっているとはいえ、現実的な話これほどの情報量をプログラミングすることは不可能に近い。

 そもそも現代においていくら直接脳波でやり取りする五感体感装置ができたところで、現実世界のモノの性質や触感をスキャンする技術が発展しなければ仮想現実は実現できない。

 ゲームと現実がモニターで遮られている現在だからポリゴンもリアルに見えてはいるが、実際その中に入って触るとなると話は違ってくる。極端な話、かくかくのポリゴン人間が徘徊する緑単色の原っぱや葉っぱが円錐な木になるリンゴなどをリアルに体験してもどうしようもないのだ。

 だからこそ、現実をそのまま仮想世界に複製する技術が重要になってくるのだが、そんな高度な技術を実現しているのが、『夢』と言える。

 夢では五感全てが現実と遜色なく再現される。

 この世界は、そんな人間誰しも持っている脳内の体験記憶(ゆめのもと)を引き出して再現しているのだろう。

 地面を踏む足の感触、背中越しの硬い感触、肘に当たる鉄パイプの感触、そして視界の全て。

 これが1人の能力者によって作り上げられていると思うと尊敬の念を抱かずにはいられない。

 彼自身、視覚を切り離すという能力の持ち主だ。根本的なベクトルは似ている。目標たる先達の技術をこうして体験できることはそれだけで胸が熱い。

 これが再現できれば、彼がこの学園にきた目的は達成させられると言って過言ではないのだ。

 さて、忠実に再現された車内を鑑賞している内に電車は目的地の夏木駅の1つ前、鼓々芽舞駅に着いた。

 ここからが勝負だ。

 閉ざされた電車内という空間で少し緩んだ緊張の糸を張りなおし、座席においておいた玩具にしか見えない武器を真剣に確かめる。

「よし」

 声に出して気合も入れる。

 それから開いた自動ドアから一歩足を踏み出し――――ふと思った。

(あれ?そういえば、俺が降りた後、電車はどこに向かうんだ?)

 それはあまりにも馬鹿らしい疑問だった。そんなのは夏木駅に決まっている。

(で、なんで俺は降りようとしてる?)

 敵地に乗り込むというシチュエーションに、無意識に移動できるのは目前までと決め付けていたのではないか?

 そうだ、線路には化け物がいて守ってるはずなんだ。

 だから、線路はここまでで行き止まりなのだと勘違いしていたが、よくよく考えてみよう。

 もし自分がここで下車したとして、電車がそのまま夏木駅まで行ったとすれば、この鉄の箱は途中トンネル内で侵入者を見張っている化け物をひき殺し、連中の守る卵の前でその扉を開けるのではないだろうか?

「・・・・・・」

 そんなことにも気づかなかった自分に対する非難が変な汗として溢れ出てくる。

 下車なんて馬鹿馬鹿しい。

 その頃地上で安全だろう手段を選んだはずの2人が今までにないほどの危機に陥っているのだが、そんな自業自得など知ったところで気にも留めないだろう彼はそのまま夏木駅まで乗っていくことにした。


 しかしそんなおいしい話ばかりがあるわけもなく、彼が夏木駅に着いた時、そこで救助を待っているはずの深柄科の姿はないわけで。

 何せ、彼女が勝手に移動していることも椎は伝えていないのだ。



 まず正面からの振り下ろされた一撃を後退することで避けて、隆は咄嗟に抜き出すことができた38経口拳銃(ベレッタM92)を急接近してきた化け物の額めがけて連射する。しかし致死弾数に至る前に横から別の化け物に体当たりされて地に足を着け続けることすら許されずに吹っ飛んだ。すんでで身体をずらしたにも関わらずのこの威力に、空中その一瞬に舌打ち、着地はいえない墜落に加え勢いを殺しきれず転げ回る。

 拳銃ではらちが明かない。だが余裕がないこの状況で頼りのサブマシンガンを背中に背負ったバックパックから出すのは難しい。無駄な会話をしている内に取り出すべきだったと今更後悔しながら、代わりにバックパックのサイドポケットから手榴弾を取り出した。が、しかしこれをどのタイミング(・・・・・・・)で使えばいいのか?その一瞬の迷いを突いて、3mほどをらくらくと跳躍する脚力を持った化け物数匹が突進をしかけてくる。その威力はついさっき経験したばかりだ。しかも今回は四方からの同時攻撃、圧殺される自分が脳裏に浮かんだ。

「ぐぅっおぉお!」

 まだ立ち上がれてもいない体勢で無理に身体を捻って飛んでくる化け物と化け物の隙間、浮いた足の下にできたスペースに飛び込むように前方へと飛び込む。肩をひっかけてさらに体勢を崩した身体がまたもや無様に地面に打ち付けられる。だが、今度も連中は待ってはくれない。群がろうとする化け物共に隆は今度こそ迷わずに手榴弾にピンを抜いた。それを最も彼らの壁が薄い場所へと放り自らも同じ方向へと走り出す。トラック争奪戦でもやった戦法だ。連中にも生存本能があるだろうと考えての行動だったが、化け物は放物線を描く凶器に目もくれず自ら突撃してきた隆を組み拳(アームハンマー)による叩きつけで地面に沈めた。

「がっ」

 地面とバウンドまでさせられた彼に止めの一発として眼前に落ちてきたのは自分で投げた手榴弾である。

「・・・・・・ッ・・・ッ!」

 文字通りの爆音。もはや聞きなれたといえ近距離で聞いていいものではない。殺傷片と黒煙が爆風で広がり、周りの化け物をも吹き飛ばす。ギリギリ化け物の後ろに回り込んだ隆は、盾となった化け物の焼死体に押しつぶされていた。

 強靭な化け物のお陰で助かった形だが、それはつまり連中の強度の高さを示すことでもあり、直撃したはずの手榴弾ですら特に近かった3匹しか倒せなかったという事実が絶望的な現実を思い知らす。

 ぐるりと身体を回転させて焼けた重りから身を開放して、化け物共が次の攻撃に入る前に今度こそ用意してきた|H&K MP5《サブマシンガン》を取り出した。口径こそベレッタと変わらない9mmm弾だが、連射性のあるなしでは化け物への効果も大分変わってくる。これをバックパックから取り出す前随分にとライフを削られてしまったのは痛いが、これで今度こそ(・・・・)

 ダメージと一緒に機動力も削がれた身体を前のりに、ちょうど連中の頭部の高さに固定して引き金を引いたままに直進。目指すのはオフィスビルのエントランスだ。

 室内ならスプリンクラーが使える。

 立ちはだかる化け物を撃ち崩しながら、銃弾に崩れ去ったガラスの向こうへと飛び込み、体勢を崩しつつも広いエントランスホールに身を滑らした。

 何度も地面に擦って衣服がボロボロだが、次は濡れることになるのだ、今さら無用な心配だろう。マシンガンと違いこっちはポケットに入った発煙筒3本のキャップを一気に捻って外す。同時に煙を吹き始めたそれらを天井向けて放り投げた。

 ――ザアァアァァァ・・・・・・

 作動したスプリンクラーに身体がずぶ濡れになる。仰向けに倒れていたために、半開きになった口にまで容赦なく水が入り込んできて咽てしまった。

 それでも余りある達成感に天井に向けてガッツポーズを取り、そのままその手を支えに起き上がる。

 そこで、ガラスを裂く凶音。そして咆哮。連中は行動1つ1つにうるさい効果音をつけずにはいられないらしい。実際目で確認する必要はない、化け物共がエントランスに突貫してきたのだ。

 休む暇も逃げる暇も与えてくれない猛攻だが、すでにやることをやって勝利を確信している隆はフラフラになりながらも勝ち誇り、無駄に前に自分がされた『地獄に落ちろ』のジェスチャーまでやってみせた。

 しかし、そう無駄に。

 手榴弾の時のように(おのの)くことなく消火雨へと飛び込んだ連中は瞬く間に溶けて・・・・・・消えるはずもなく。

 彼らの体表は緑色。弱点は火であり水など全く効果はない。

 室内の豪雨の中残されたのは、溶けず存在し続ける化け物共、そして親指を下に向けて間抜けなポーズをする哀れな似非不良である。

「・・・・・・・・・・・・」

 思惑外れな現象の原因はともかくとして、完全に詰んだことを悟った隆は叫びながらバックパックごと化け物の方へと投げつけた。

「ジ・エンドォォオオオォ!」

 ・・・手には着火装置代わりの手榴弾が握られている。



 化け物が迫ってきてほんの数拍、隆が突進を食らって吹っ飛んだ辺り。

 初撃が隆に集中したことが幸いして始めからバックパックにしまっていたFN P90を構えれた飛騨真幸は、それを自分に向かってくる化け物ではなく若内楚々絽に向けて発砲した。

 装弾数50発、分に900発をもぶち込む彼の凶器は広義ではサブマシンガンに分類されるが、狭義では朽網釧のと同じPDWだ。正式名称ファブリックナショナル・プロジェクト・ナインティー、長方形という特徴的なフォルムをした、およそ銃のイメージからかけ離れた代物である。

 しかし、いくら武器が優れていようと数の力には勝てない。

 そう考えて潔く自己防衛を諦めた彼はまず化け物共の統制を崩しにかかったのだ。

 目の前の敵を蹂躙する化け物だけなら逃げ切れる可能性がある。だが故意に自分達を追う悪意が存在する限りは生存は絶望的だ。全ての元凶を排除しなければならない。

「はっ、いいねぇ・・・!」

 対して、その行動は予想外だったらしい楚々絽は1発脇腹に食らうも、すぐさま化け物の影に回り自分を守るよう指示を出して化け物の壁を作ってしまう。

(さすがは対応が早い)

 もう少し慌ててくれればいいものを可愛くねぇなと毒づく。

 これではジリ貧になることを分かりつつも、防戦に徹するしかない。けれど、それではまずいのだ。

(とにかく、状況を変えなきゃやべぇ、なぁ)

 まともに思考する余裕も与えられず、主の負傷に立ち止まっていた化け物は再び動き出した。今度こそ無視できない突猛が時間差で前と右から迫る。右足に目一杯力を込めて左に跳んだ。左に回避したのでは前はともかく右方からの攻撃は避けれないが、それでいい(・・・・・)

 左からの強靭的な身体能力を有した怪物全身の攻撃に彼の身体は容易く宙に浮く。本当の痛みの代わりに体中を鈍い痺れが襲い、まともな着地など期待できそうになかった。

 それでも、ほとんど包囲された中を自分で突き進むよりは遥かにマシだ。

 ――――彼から見て左方、そっちには車体がひしゃげたワゴン車がある。

 飛び越えないように身を低くして直撃(インパクト)を待ったかいあって、放物線状というよりは直線に近かった彼の空中遊泳はワゴンに背中を強打するという終わりを迎えた。

「がっ、ぐっ!」

 ショートカットの代償としてライフを大分持っていかれた彼は、痛みに怯むことすら惜しんで車内を露呈したワゴンを探る。

 そこにあるのは襲撃直前に彼がタイマーをセットしようとしていた時限爆弾である。

 設定ボタンを押すとまず始めに出るのは『00:00:10』の表示。下ボタンを確認せずに数回連打して決定し、

「たぁぁああああまやぁぁあぁああぁああ!」

 同時にそれを砲丸投げよろしく楚々絽のいる方へとぶん投げた。



 黒く重い粒子の煙の中に小さく煌く赤き火炎、高層ビルという谷底を覆う霧のように煙幕がかかる。

 2つ重なった轟音、特に1つは近距離での爆発に、化け物でなければ人権問題必死の肉の壁も耐え切れずに吹き飛んだ。

 真幸の投げたのは元々プラットホーム全域の卵を死滅させようと用意した爆薬だ。威力だけは折り紙つきである。それをいくら放り投げるとはいえ、高々数十メートルの距離で爆発させようなど自爆行為としか言いようがない。

 自分に向かってくるギフトを目視して、それの元の用途を理解して、防御壁が役に立たないと直感、全速力で距離を取った上に化け物一匹を盾にした楚々絽は何とか爆撃に耐え切ったが、隆と真幸をいたぶっていた時とは一転、アスファルトを滑ったり(スライド)撥ねたり(&バウンド)して地面に伏した。

「っつー、いったいなぁ!」

 近くにいたはずの化け物(たて)が別の場所に吹き飛ばされたのかすら確認できない黒い煙の中、悪態1つと共に素早く立ち上がる。

 まるで自分の位置が確認できないのは痛い。

(あの爆発だ、死んでるだろうが・・・)

 道連れ行為に近い一撃だ、盾もなかっただろう真幸に爆発に耐えられたとは思えないが、この煙幕もが彼の作戦だとするなら生存もあり得る。

 だとすれば、どうくるか。

 警戒しつつじりじりと後退、給仕服のポケットからスティック・スタンガンを取り出して攻撃に備える。

 だが、不意打ちは思いもよらぬところから、

「やぁーと捕まえたぜ楚々絽ちゃーん」

 思わぬ人物によってなされた。

 お馴染みの後頭部に銃口を押し付けるという分かりやすい方法で、抵抗できないようにスタンガンを持った右手は背中に回して固められる。

 細い川に美しい樹あるいは細いそうめん川流し、羊大樹()いと書いて細川美樹。

 普段おっとりを通り過ぎてべったりとしている彼女だが、体育祭の時自ら織神葉月に向かっていくなど、案外武力行使は得意分野なのである。

「もうっ、なかっなか隙を見せてくれないんだもん、ストーカーも楽じゃないんだよねー」

「趣味悪いなー。何?私のこと好きなのかい?」

「あははは好きよー?厄介だから真っ先に狙いたいぐらいに」

「・・・・・・」

「いやぁ隆くん達のお陰で助かっちゃったぜ。期待はしてたけど期待以上ー。

 さーてさて、それじゃ2人には悪いけど、いいとこ全部この美樹ちゃんが頂いた♪」



「は?待ておい、どういうことだ!?」

 大した苦労もせず敵地に中心部へと侵入を果たしたものの、保護対象が勝手に移動したことをつい先ほど椎に悪びれず伝えられた聡一は通信の相手に静かに怒鳴った。

『どうもこうもねぇよ。楚々絽に襲われたからそっちにはいけない』

 電波の向こうにいる隆はそんな彼の焦りの混じった台詞に気のない返事をして、

『というわけでがんばれ聡一、科を助けるのはお前しかいない』

 今回課せられた任務を丸投げする。

「待て待て待て!楚々絽は撃退したんだろ?遅れてもいいから援護にこいよ!」

『・・・・・・聡一、想像してみろ』

「あ?」

『意気揚々と走らせてたワゴンをいきなり大破させられた挙句に『化け物は友達』とか言ってもったいない女に襲撃され、散々のた打ち回って追い詰められて悪あがきをしていたらいつの間にか電波娘に助けられてた男子の心情を』

「・・・情けねぇなぁお前ら」

『というわけで戦意喪失中だコノヤロー。

 大体そうじゃなくても爆薬は真幸が使っちまったし、俺だってバックパックのに詰めた武器ほとんど火薬代わりにしちまったから武器がねぇんだよ。

 だから、お前が助けてこいや。電車使うんだろ?俺らは次の駅で待っとくからよ』

 実は美樹がタクシー会社から盗んできた車両に大量の武器があるので、『武器がない』というのは嘘になるのだが、会話でのやり取りだ見抜けるはずもない。

 こうして完全な単独行動が決定した彼はまず時刻表で次の電車到着までの時間を確認する。

 上りおおよそ6分、下りおおよそ8分。構内を移動するだけならば十分の時間だろう。

「椎。とにかくホールに下りてこいと椎に伝えてくれ」

『あー無理ね。あの子今エレベーターの中に閉じ込められてるから』

「何でまた・・・」

『エレベーターで脱出を図ったら昇った先で化け物に見つかっちゃってたらしいのよ。慌てて降下しようとしたら振動で安全装置が作動、出るに出られず現在に至る・・・と』

「本っ当になにやってんだあいつは・・・」

 どうやら向こうから自力でホームにまでやってくることは不可能らしい。

 科が自分でここに来るまでの間に爆弾を仕掛けてしまおうと考えていたが、そうもいかないようだ。

 聡一はとにかくバックパックの時限爆弾をホールの中央に置き、9分に設定してからエレベーターを構内図で探す。

 見るとそれは南改札のエスカレーターの脇を奥に進んだ先にあった。小さい北より南の出入り口の方に設置されているのだろう。『夏木駅』はハブ駅だ。上りである地下3階ホールの方が人の行き来する量が多いのは想像できる。

 地下3階から地下1階へ直通のエレベーターの脇、斜辺の長さに比例して長い底辺分の道を進むと、大人2人分ほどしかないひっそりと、天井だけがやけに高い通路の行き止まりに小さなエレベーターが肩身が狭そうに収まっていた。

 幸いにもそこには化け物の姿はない。が、もし、今この状況で後ろから化け物が入ってきたらと思うと気が気ではない。何せ、唯一の移動手段であるエレベーターが停止状態だ。逃げ場がない状況でわらわらとやってきた連中に襲われれば一貫の終わりである。

 手早くナイフをドアの間に入れててこの原理で指の入るほど隙間を開けたら、後は強引に両腕で鉄の扉を開ける。幸い最下層なので下には1mほどのスペースがあるだけで、見上げるとちょうど地下1階と地下2階の間ほどに鉄の箱が挟まっていた。

(地下2階から開けるべきだったか・・・。

 しっかし、どうやって底を開ける?銃でミシン目に・・・?いやさすがに銃声でばれるだろ・・・)

 とにかく近くで様子を確認しようと、ロープにしがみついて上へと昇ってみる。彼にとっては天井であるエレベーターの底を叩いてみると思った以上に頑丈らしかった。

「な、何!?」

 叩いた音に反応してくぐもった声が天井から聞こえてくる。

「俺だ」

「聡一くん!よかった、きてくれた!」

「ったく、助け呼んどいて動くなよ。

 なぁ・・・、床そっちから開いたりしないのか?」

「無理よ。天井だって開かないんだもん」

「やっぱ破壊か・・・けどなぁそれだと絶対バレるしなぁ・・・」

 気が進まないが、あと5分ほどでは他に手を考えている余裕もないだろう。

 となると、それでも最善となる策は、

「電車に遅れがないのが幸いしたな・・・到着したタイミングで脱出、化け物が来る前に電車で離脱、これしかない」

「い、いやぁ難しいでしょ、それ」

「だとしてもこれしかない。その時がきたら下からマシンガンぶっ放して円状に切り取り線(あな)開けるから蹴り落とせ。それまでは端にいろ。

 タイミングは・・・電車の制動(ブレーキ)がかかった辺りがいいかな。撃って開けて出て走って乗って・・・ちょうどそれぐらいだろ」

「分かった。

 ・・・そういや隆くん達は?」

「あいつらは途中でバックレた。何でも楚々絽に襲われたとかで燃え尽きたらしい。まー最初っからやる気なかったけどな」

「何それ!?根性なし!甲斐性なし!」

「で、最終的には美樹に助けられたんだと」

「うっわー、情けねー」

 そんなだからここぞという時にしくじるんだとか、ああだからそういうところに漬け込まれるんだとか、時計の針を気にしながらそんなここにはいない人物の悪口を言って時間を潰す。

 作戦上、時間までは動けないのが辛いところだ。ギリギリの状況なのに、どれほど最善を尽くそうと思ってもやることをやり終えてしまったら時間を持て余してしまう。無駄に時間があるというのは焦燥感ばかりを引き起こすから厄介である。

 そんな心臓に悪い精神負荷を軽減できるのなら、級友の犠牲など安いものだ。

「・・・そろそろ時間だな」

 大方愚痴を言い終わった後、分かりきったことを再確認するように呟いた。飛騨真幸が持っていたのと同じサブマシンガン(FN P90)を上向きに構える。

 1度シュミレーションとして、どの辺りを打ち抜くのか銃口を回して円を描いてみた。人1人分がスムーズに脱出できる大きさをイメージして目測で調節していく。

 落ち着きなく何度も銃を握りなおして、気を落ち着かせる。

 全く似合わないブランド店から持ち出した金色の腕時計の針が予定の時刻を指した。

 微かに車両がホームに入ってくる音が聞こえる。

 特に注意して耳を澄ませなければならないのはレールを車輪が滑る音だ。

 近づいてくる空気の振動に僅かながら金属音が混じり始めた。それはブレーキがかかって摩擦が増えたためにできる独特のモノ。

(・・・ここだ!)

「いくぞ!」

 かけ声1つ、ずっと構え続けていたPDWの引き金を引く。

 清々しいまでにけたたましい銃撃音。

 これで完全に化け物共をおびき寄せてしまった。いよいよ後には退けない。

 発砲をやめたと同時にガコンッと円形の蓋が開いて、科がロープ伝いに一気に降下してくる。

 さすが、命がけとなると行動が素早い。誰だってこんな場所でグロテスクな孵化を終えたばかりの化け物に囲まれて終わりたくはないだろう。

「走れ走れ!」

 細い道を一直線に抜け、開けたと同時にほぼ90°に曲がる。車両の開いた扉が閉まるまで時間はない。

 エスカレーターの前を過ぎる際、唸り声を上げた化け物が数匹地下1階から3階の間を駆け下りるでもなく飛び降りるという方法で距離を縮めようとしていた。

 2階層分の長いエスカレーターに1度では降りきれず途中の手すりを歪めてもう一跳躍、計2歩でホームへと着地する。

 あれほどあった距離がもう10mもない。扉までは3mほど。我武者羅に足の筋肉に力を込めて車内に飛び込む。

 だが、今度は扉がなかなか閉じてくれない。

 まだ安全圏でない電車内にて身体の向きを軸足も滅茶苦茶に半回転、バランスが取れずに床に背中から打ち付けるがそんなことはどうでもいい。仰向けに近い格好でバックパック分浮いた身体をそのままに、PDWを向かってくる化け物共へと撃ちっ放す。照準は驚くほど合わない。ほとんどがあらぬ方向へと行く中、いくつか当たった弾は牽制としては役不足だ。

 そこでやっと、電動式の扉が閉まり始める。

 それをもお構いなしな化け物の一撃がドアガラスを内部へとぶちまけた。

「きゃぁああああ!」

「叫んでねぇーで手伝え!カバンに銃が入ってる!!」

「聡一くんが乗っかってたら取れないわよ!」

 言われてぐるんと一回転、その最中にバックパックを外す。

 ――がぎぃんっ、ぎぎぎぎぃ・・・!

 ガラスが散ったことで取っ手ができたとばかりに、鉄扉を握り歪める化け物。

 完全に閉まる前に止まったドア自体を剥がそうとしている。

 その1匹だけじゃない。他の連中は窓ガラスを割り無理やり身体をねじ込もうとしていた。

 もはや狙いを定める必要もなく、適当に撃てば勝手に当たる。逆接、そこまで肉薄したところにエグイ怪物がいる。

 窓はともかく、扉が壊されればまずい。

 銃撃に加わった科と共に扉を守ろうと銃弾を叩き込むが、外れた弾が鉄板を打ち抜き、かえってその強度を落としているような気がした。

 重い腰を上げ加速を始める電車。

 化け物共の足場が動き出す。踏ん張ることができなくなって、彼らの力が緩んだ。

「ぐぉぉおおおおおおおお!!」

 気合を入れ、最後の一押し。

 がんっという小気味好い音共に化け物達はホームの端にある柵にぶつかって引き剥がされた。

 扉諸共持っていかれて、大きく開いた穴から強い風が吹いてくる。

 しかし、全力疾走に加えてのギリギリの攻防戦で息荒く汗もかいた身体には心地よい。

「脱出っ・・・成功!」



 夏木駅から上りで次の駅で下車した聡一らがハブ駅と比べるまでもない小さな駅を出ると、すぐ近くに白いミニバンが止まっていた。

「よう、情けない男共」

「うるせー、苦労を知らねぇ若人が」

 憎まれ口を挨拶代わりに交わして3列目に2人して乗り込む。運転席隆、助手席美樹、2列目が真幸1人で、3列目に聡一と科。

 これでとりあえず、クラスメートが5人揃った。

「で、これからどうする?タワーに向かうか?」

 そうしたそうにアイドリングしていた車を発車させながら隆が問う。

「いや、別にいいんじゃないか?わざわざイベントの度に行ったり来たりしなくてもさ」

「そうよ。またすぐイベント告知あるかもしれないし」

「すまん、本音を吐露しよう。帰らせて」

「治療薬でライフは回復してるんだろうが。踏ん張れよ」

 夏木駅脱出組に却下されて溜め息、スピードが乗ったミニバンを適当に走らせる。目的地がないのだから仕方ない。

「ったく、トラックは最後の最後に葉月に爆破されるし、楚々絽には化け物をけしかけられるし散々だ。

 さすがにもう気力がねぇ」

「へぇー、はづちゃんに遭ったんだ?」

 助手席でカーナビを弄っていた美樹が顔を上げて訊いてくる。設定し終わったらしくカーナビが音声案内を始めていた。『南春花埠頭』、それが彼女が決めた行き先らしい。

「あぁ、イベント3のトラックを上から落とした手榴弾で爆破されたんだ。ひでぇよな」

「ふぅん・・・、私も一回はづちゃん見たけど何もなかったなぁ」

「・・・・・・・・・・・・――――何?」

 ぴたりと、ハンドルをきる予定だった手が止まる。

「ん?」

「葉月に遭った?」

 代わりにブレーキをかけ急停車、念を押すように訊きなおす。

「向こうはお前に気づいたのか?」

「うん、ちょっと目があっちゃったから。ヤベェスと思ってすぐ逃げたけど何とか撒けたみたいー」

「いやおかしいだろ、それ。葉月の嗅覚相手に撒けるはずがねぇ・・・」

「おいおいおい待て待て待て。そうだよ、おかしい。

 トラックの時だってわざわざ遠距離から・・・生き延びた僕らにトドメを刺しにもこなかった!」

「まさか・・・でも能力は使えないし、底上げしてる五感も・・・?」

 額を押さえ眉に寄った皺をぐりぐりと伸ばした。

 他の彼らもその可能性に気がついて、各々の反応を見せている。

「いや、いやいや、いやいやいや・・・だが」

「だとしたら・・・」

「それって・・・」


「「つまり・・・・・・今なら()れる――――!?」」


 いきなり、隆がシートから狭い車内で立ち上がった。

 思い切り頭を天井にぶつけたが些細なことだ。

 今、大切なのは、

「この機を逃すわけにはいかねぇ!」

 そのただ1点である。

 この世界でのチャンスを逃せば一生葉月に勝てない。ならばこんなところでくすぶっている場合じゃないのだ。


「今こそ男を見せる時だ!!」


 その台詞に飛びかかろうとする後方の科を真幸と聡一が必死に押さえつける羽目になった。

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