第46話- 果実盛籠。-Apple-
イベント2
これより30分間5分毎に化け物が指定地区に移動。
指定を受けた地区のプレーヤーは注意されたし。
それが第1のミッションが誰かさんの枯葉剤によってぶち壊しになった直後に各プレーヤーに通知された新たなイベントである。
1番目のイベントと違い任意でもミッションでもない今回のソレは、いわゆる状況変化型の生存者撹乱で、最初に首謀者のルール説明にもあったように身を隠してやり過ごそうという消極的でつまらないプレーヤーを炙り出すためのものだ。
急所である頭部を狙って5発という強靭な耐久値を設定されている化け物の、プレーヤーをふるいにかけるために大量に用意されたその全てが狭い領域を徘徊するだから、現在位置がそんな地区にあるプレーヤーは運がない。
そしてさらに運のないことに、これはゲーム好きの校長が作成したシナリオであるからにして、『これからどこそこに化け物が集まるので注意してください』などというご丁寧な忠告では決してないわけで。
指定地区:エリア5-B-B7
警告文が出された瞬間、各地に散らばっていた化け物がいきなり瞬間移動して、彼らの前に現れた。
地図を持たされていない彼らは自分の居場所をそんな化け物の存在で知る。
回避させる暇など与えられていない問答無用で理不尽なイベント2はこうして幕を開け、そしてそんな第1回目の移動に選ばれたエリア5-B-B7に飛騨真幸はいたのである。
とあるコンビニのレジカウンターの裏に身をかがめ、頼りないガラス張りの外に少なくても3匹見える化け物と自分が手に持つ装弾数2発で手の平サイズの可愛い銃とに交互に目をやって、
「1発は自殺用・・・1発は自殺用・・・」
さっきから自分にそう言い聞かせている。
さて・・・よって残り1発分が彼の武器ということになるのだが、その時点で彼に強行突破という選択肢は存在しない。彼にとって残された選択肢はこそこそと隠れながら何とかして指定地区からの脱出を図るか自殺するかしかないのだ。言うまでもなく前者が成功する可能性は限りなく0に近い。
(粘ってみるか・・・?いや、どうせ無理な気がするんだよな)
しかし、選択の余裕など彼に与えられていなかった。
轟音。
おそらく手榴弾のものだろうと音から判断するも、彼にはそれが誰によるものか判断がつかない。
貧弱なコンビニのガラスが豪快に砕け散ってガラス際のコーナーが崩壊して雑誌が軽い雪崩を起こす。ギチギチと割れたガラスを踏みにじりながら前進してくるらしい足音が次に耳に入り、そして最後に、大型動物が鼻を引くつかせながら、唸りをあげているのがよく分かった。
恐る恐る伏せていた顔をあげると、レジカウンターを挟んで向こう側に化け物が数匹入り込んできていた。
そいつらは完全に標的がここにいるのだと確信している。というより、化け物の1匹はその手に手榴弾を握りこんでいた。
「・・・・・・」
そういえば、他のヤツに比べてそいつだけ少々青みがかった体表をしていて――――つまり同じ化け物でも種類が違う、らしい。
だとして、ただでさえ脅威である人外の架空生物に何で武器まで持たせるのだと彼は叫びたかった。
「ギャブァ・・・」
もちろん叫ぶことはなかったが、だからと言ってどの道彼の運命は決まっていたようなもので、うかつにもその化け物と目が合ってしまった。
「・・・・・・オーマイガッ!」
彼は咄嗟に拳銃を自分のこめかみに向ける。
実に惚れ惚れとするような正しく素早い判断なのだが、つまるところ単なる腰抜けである。
酷く格好悪い、もう少し意地と見栄を張れなかったものか、このヘタレ、せめて抵抗しろ、だから彼女の尻に敷かれるんだ、などなど・・・そんな感想を抱かざるを得ない。
無論それは情けない彼の様子を見ていた者がいればの話なのだが、それが――――実はいたのだ。
恰好の獲物を見つけた化け物がお菓子コーナーをその巨体で吹き飛ばし、次の跳躍で蒸し器を踏み潰してカウンターの上に着地するのとほぼ同時、
『奥の控え室だ!左に跳べ!』
天井のスピーカーから不意の指示が飛んだ。
♯
このゲームの難易度を上げている要素は、初期武器の弾数や威力に比べてCPのステータスが異様に高いこと、それに加えて自分の位置を掴めず敵の行動も読めないという点である。
TVゲームなどとは比べ物にならない自由度の高さは逆に言えば、敵がどういった行動に出るか推測を絞り込めないということであり、自身の位置と敵の情報が分からないままでのプレイはただでさえ恐怖を抱かせる。しかも徘徊しているのは自分達と同じプレーヤーだけではなくグロテスクモンスターもいるのだ。ゾンビやらモンスターやらを蹴散らすガンシューティングゲームが人気なのはそれが全てTVという箱の中の出来事だからであって、仮想現実という夢の技術は今回ばかりは余計以外の何モノでもない。
身を守る武器は当然必要、エリアを確認できる地図も必要、そして何より恐怖心に打ち勝ち自らの心を守る防壁が必要なのだ。
つまり、体育祭の時以上に環境への適応能力を求められるこのサバイバルにおいて、勝負よりまず整えなければならないモノは、敵の情報を掴める手立てとそして仲間である。
バトルロワイヤルという性質上最後には裏切られることは間違いないという状況で、それでもまず初めに仲間を集めて不安感の解消と戦闘力の補強をしなければこのゲームには生き残れない。
それを前提に考えば、四十万隆の目の前にある監視システムがどれほどの価値があるかは言うまでもないだろう。
これは間違いなく戦況を左右する武器になる。そう彼自身も確信し、そして悩んでいた。
エリア全体を網羅する、監視カメラのような死角もないゲームならではのあり得ないスペックを誇るそのシステムは当然タワーに備え付けられたモノであって持ち運びができるわけもなく、せっかくアイテムの場所を知ることができてもそれを取りに行くことはできない。
システムから目を離せば状況はわからなくなるのだから、それでは他のプレーヤーと変わらないことになる。しかしだからと言って画面に張り付いていてはアイテムどころか敵を撃退にすらいけないわけだ。
そのジレンマから得られる結論は1つ――――1人では使いこなせない。
どころか、ここで画面を眺めている間にタワー全体を敵や化け物に囲まれれば元も子もない話である。
つまり現在単独行動の隆にはこれよりは重火器の方がよっぽど価値があるのだ。
しかし、それでもやはり無視するには監視システムは魅力的すぎる・・・。
よって、彼はまず急いで味方をシステムで見つけることにした。
「くそっ!人使い荒いぞ!」
『黙れ!お前誰のお陰で下水道を迷わずに出れたと思ってんだ!』
エリア5-B-B7、そこへと至る道中をイヤホンマイクでジャベリンタワーの隆と怒鳴り合いながら走るのは杉木海。
下水道で見つけた持ち運べるだけの装備を身につけて、彼は隆の指示で飛騨真幸救出に向かっている。
真幸が化け物に襲われることになるイベント2発令の少し前、マンホールから脱出したのはいいものの、暗くて何も見えず迷いに迷っていた海を救ったのはそれを偶然見つけた隆だった。
近くに落ちていた電子デバイスで連絡が取れたのが幸いして、ともかくタッグを組むことになった彼らは、暗視できる監視システムを駆使して、ボーナスのつもりなのか大量に落ちていたアイテムを拾いながら最終的に下水道から這い出したのがつい先ほど。
そこにきて一息吐く間もなく真幸の件である。
「ッ!駄目だ!」
『あっ?何だと、その重装備で何言ってやがる!化け物ぐらい・・・』
「違う!道が塞がれてる!ちゃんとモニタリングしとけよ!」
『――――ッ!どこの誰だ建物を崩した馬鹿は!』
モニターに映り出された瓦礫の山を見て悪態を吐く。
いくら監視システムがある言っても1人で全状況を把握するのは難しい。結果こうしてエラー出てしまった。
「化け物が出てこないように防壁でも張ったつもりなのか?物理障壁なんて意味ないだろ!転移しちまうんだから!」
『つーかどうやったらあんなマネできんだ!ミサイルでも撃ったのか!?』
「知るか!で、回避ルートは!?」
『戻って最初の分岐路で右だ!』
「・・・っうおっ!」
『どうした!?』
「敵だ!どっかから弾飛んできたぞ!」
海は開けた道路から走って崩れたコンクリートの影に身を隠す。それを追うようにバシバシと小さく地面が爆ぜるのを確認して、間違いなく自分を攻撃している敵がいると確信した。
「どこだ!?隆!」
『瓦礫山の物陰だ!上からきてる!』
「あぁくそ、不利な位置関係じゃねぇかよ」
『・・・・・・!ちっ、そういうことか!』
「あ?」
『逆だ!中の化け物から外を守るんじゃない!外の敵から中を守る防壁なんだ!
ゲームの設定がどうなってるか知らねぇが、1度指定された場所を選択項目から除外してる可能性もあるからな・・・他の場所より以後選ばれる確率は低い!
何よりあの校長のことだ。化け物がああして集合するようなエリアにこそ強力なアイテムを隠すだろうとは想像できる!5分持てば安全な城と武器が手に入る!!』
「そういうことか!なんてずる賢・・・まさか葉月か!?」
『可能性はあるな・・・』
その嫌な可能性に対し、2人は黙る。
そこに再び爆発音が鳴り轟いた。それが何かと見上げるまもなく、離れた建物が爆破されガラガラと崩れ始める。
「・・・救出、失敗!」
『おいコラ海!』
「安全圏でほざくんじゃねぇ!大体なんで真幸を助けようなんてしてんだよ!」
『うるせぇ!俺だって見つけてから1分ぐらい悩んださ!思わず声かけちまったんだから仕方ねぇだろうが!』
コンビニからギリギリの脱出に成功した飛騨真幸は近くの携帯電話ショップからくすねた1台を片手に狭くて化け物共が進入できない路地裏を進んでいた。
装備がないに等しい彼ではどれだけ全力で走ってもエリア外へ出る前に化け物にやられてしまうと考えた四十万隆の指示だ。
とにかくこのままいけるところまで進んで、道幅が開けるようならばそこで待機、杉木海に迎えに来てもらう手筈になのだ。
が、
『道が塞がれてる!』
そんな不安極まりない海の台詞が携帯を介して漏れ、
『まさか葉月か!?』
そんな生存が絶望的なワードが飛び出し、
『救出、失敗!』
死刑宣告され、
『うるせぇ!俺だって見つけてから1分ぐらい悩んださ!思わず声かけちまったんだから仕方ねぇだろうが!』
最後に止めを刺された。
「ずいぶん都合のいい登場だと思ったら貴様!」
思わず口を挟む。
『ちっ!聞いてやがった・・・!
まぁいい、じゃあそういうことで後は頑張れ』
「最低だな!」
『正直これ以上突っ込んでも怪我しかしなさそうだからな。海も臨戦中だし、もうこっちでできることはねぇ。
・・・あぁ、下水道から逃げれば?』
開き直った投げやりな答えの後、
「・・・おい?・・・おい!」
通信は途絶えた。
「ちくしょー!!」
中途半端に助け、中途半端に見切られる。そんな彼らの友情もまた中途半端なのである。
♯
飛騨真幸を切り捨てた後、またいつロケットが飛んでくるか分からないような戦場から離脱した杉木海は程なくしてジャベリンタワーへと辿り着いた。
四十万隆の指示を受けるまでもなく、天に向かって突き出された槍状の建物は道しるべには申し分ない。化け物も指定エリア外にはいないのだから敵にだけ注意しておけば街中は比較的安全な場所と言えた。
もちろん"比較的"であって"絶対"ではないのだから、さらに安全だと確認済みの下水道を使った方が保身にもアイテムの補充にもなるのだが、隆の別の依頼もあってあえて人の通るだろう地上を経由せざるを得なかったのだ。
『仲間を集めろ』。
シンプルなその指示をこなすのに人を避けていては意味がない。
少なくてもある程度は信頼の置けるクラスメートが最優先、その他にも知り合いや同調してくれるプレーヤーがいれば片っ端からタワーにつれていく。詳しく聞かなくてもそのミッションの重要性は海にも理解できた。
体育祭時、葉月に対してクラスメート一丸となって対抗しようとしたものの、バラバラにされて1人1人潰されたという苦い経験がある彼らにとって、人数と手数というのは強者に抵抗するにあたって必要不可欠とも思える因子だ。
このゲームには少なくとも織神葉月という化け物より厄介な存在がいることを彼らは知っている。だから知恵を絞らなければ勝ち目はないことも十分理解している。
まずは人数を集める。個人と多数ではどうしてもできてしまう手数の差こそが付け入る隙だ。対処しきれないほどの攻撃を浴びせて撃退、あるいは最悪味方ごと吹き飛ばしてでも倒すことができたなら、それは俺達の勝利である。
そんな存外鬼畜な思考を共有する1−Bの男子生徒2人は各々の方法で人を集め、ジャベリンタワーに集結したのだった。
朝風椎、そして朝風柏。
他知らないものの同調者らしい者が十数名。
最後に・・・・・・飛騨真幸。
彼は呼ばれもしていないのに、ここまでやってきていた。
「「・・・・・・」」
そんな彼を隆と海はまじまじと眺める。
「何で生きてんの?」
「貴様ぁああ!!出ろ!表に出ろ!この人でなしぃぃいい!!」
隆の純粋すぎる疑問にぶち切れた彼を柏が羽交い絞めにして止める。
「まぁ、生きてて良かったじゃないか。・・・駒が1つ増えて」
「海ぃぃぃいい!」
「2人ともからかって遊ばない!」
椎に咎めらて2人は肩をすくめた。
「しっかし、何だ隆もうちょいクラスの奴ら集めれたんじゃねぇのか?」
「仕方ねぇだろ、エリアが広すぎるんだから」
「葉月は除外だから・・・あと10人か?」
「9人よ」
両手で1‐Bの人数を数えながら出した数字に、訂正を入れたのは椎だった。
「ん?」
「亜子は犬死したわ」
本来犬にやらせることをやらされて死んだから犬死。そしてもう1つ、結局目的は果たせなかったから犬死。
うまいこと言ったと彼女は満足げだが、その意味を彼らが知っているわけもないし、大体させた本人が言っていい台詞ではない。
「そうか・・・システムはいいんちょー組に任せようと思ってたんだがな・・・。
まぁ、とりあえずここはいいんちょーに任せる。あと2人ぐらいでオペレーター回してくれ。俺は外に出たい」
♯
時間軸を大分戻したゲームスタート直後、とある高層ビルのフロアにて。
目の前に化け物という不意打ちにもほどがある突然の逆境に立たされた西谷絵梨は、彼女なりに鍛えられた迅速な判断力でモンスターの一撃が及ぶ前に横っ跳びしそのまま町並みを透すガラス壁を突き破り脱出を図ろうとするも、ガンアクションという性質上防弾ガラスになっていた見た目ほど脆くない防壁へと激突、悶えているところに化け物の一撃を食らい、建物の廊下を漫画の誇張表現のようにバウンドを繰り返してライフゲージをいきなり大幅に減らすという悲惨なスタートを切った。
その後も、武器など最初の一撃で手放してしまって対抗手段がなくなった彼女は我武者羅に逃走を図るも、運の悪いことに行く先々に化け物に出会うという普段の行いに対する報いの如く仕打ちを受け――――、
それでも結論から言えば彼女はまだ生きていた。
満身創痍もいいところだったが、持ち前の不屈の心で乗り切り、化け物を殺すに効果的な手段も編み出し、現在はスタートした場所から遥か離れたエリアにまで足を運び治療薬を求めて歩き回っている。
「どこかにあるはずなんだけどなぁ・・・」
CPの強さやそれと比較しての武器の弱さから考えてもライフゲージを回復させるアイテムや回復施設がそれなりの数用意されているはずだと考えた彼女だったが、それがなかなか見つからない。校長の性格だ。そこそこ難易度が高くなければつまらない、と言っても難しすぎては意味がない。だからこそ、積極的に行動を起こそうとするプレーヤーに対しては見合ったアイテムが手に入るように設定されているはずなのだが・・・。
この地区に関して言えば下水道は気味の悪い食人植物に占拠されていたし、周りにある建物はどれもオフィスビルやテナントビルで治療・回復といったワードを連想できる病院やホテルは見当たらない。完全にオフィス街にきてしまったらしい。それもこれも地図がないからだと愚痴をいいながらも、ならば仕方ないと分布的にはどこにでも落ちていると思われる治療薬を探しているのだ。
それも猶予は全くと言っていいほどない。イベント1からイベント2までのシフトの早さから考えて、今のイベントが終了すると同時に次がくるという可能性はかなり高い。イベント2の文章には『30分間』とあった。30分、その間が彼女にとっての勝負であり、既に時間は残り20分を切っているのだ。
任意という形のイベント1はともかくイベント2はプレーヤーを追い詰めるタイプのモノだった。ある程度予測できていたタイプのイベントではあったが、こういった類の発生イベントは終盤に向けて過酷さを増すため、プレイ側からすれば迷惑きわまりない第3の敵となる。その敵が序盤であんなえげつない手を打ってきたのだ。今後の内容など考えたくもないが、今の彼女では耐え切れないことは確実だ。
次にこのタイプのイベントがくる前にライフを回復しなければアウト。つまりタイムチャレンジである。
「イベント2でCPがいないこの時間がチャンスだっていうのに!」
苛立ちながら新たな武器であるポリタンク入りのガソリンをぐるぐると回す。打撃に加え発火、下手な拳銃より扱いやすい。何よりガソリンスタンドを使えば弾薬よりも補充が楽なのだ。
プレーヤーの皆が皆して敵との遭遇を恐れてか街中は不幸にも敵と遭遇してしまったらしい連中の銃撃音以外の気配らしい気配はない。それはありがたくもあるのだが、逆に言えば味方にめぐり会える機会もないということで、有益な情報やアイテムのお恵みといったラッキーも期待できないということでもある。
探しはするものの、見つけやすい場所にわざと置かれていたアイテムはほとんど残っていない。
(こりゃあ、リタイヤも近いか・・・)
恵まれなさすぎたと客観的に自分の状況を判断する。
元々即死しかねないところからのスタートだったのだ。ここまでやってこれただけで充分だろうと満足もできる。
さて、そうなってくると問題はどうリタイヤするかだ。
化け物にやられるのは勘弁したい。自殺するにも方法がガソリンでの焼死あるいは爆死というのはかなり勇気のいる選択だろう。
(となると銃?あーもう、結局アイテムじゃない!)
「拳銃カムヒア――――!」
なすこと全てがうまく運ばない苛立ちがついに怒りが爆発、ガーッと両手を挙げて叫んだ。
傍から見てその姿は間抜けそのものだった。
「ほーぅ、そんなに銃弾が欲しいか」
「・・・・・・」
・・・恥ずかしい姿のまま、彼女は後方からの声に固まる。
錆付いた螺子を回すような動作で振り向くと朽網釧がPDWを構えて立っていた。
「やっと見つけたぞ絵ロ梨」
「見つかっちゃったよ釧ちゃん」
釧は陰影深い笑みを絵梨は引きつった笑みを浮かべながら対峙する。彼女の両腕はあがったままだが、意味合いはやり場のない苛立ち発散のポーズから勘弁してくださいに変わっている。
PDWはPersonal Defense Weapon、自己防衛用の武器と銘打ってはいるが、『携帯性に優れ、片手での取り扱いが可能、加えてボディアーマーに対して効果のある』ことを求めて作られた銃器である。
防御は防御でも、『攻撃は最大の防御なり』という理念に基づいて開発されたPDWは充分に殺傷能力のある武器だ。
「あれー?私達クラスメートだよね?」
「あぁ、クラスメートだな」
「友達だよね?」
「友達だな」
「仲間だよね?」
「いや、敵だ」
「・・・・・・」
どうやらお互いの友情には齟齬があるらしい。
「私にはくしろんの意図が分からないなぁ・・・」
「・・・報復されるような行動に身に覚えがないと?」
その言葉に彼女はゆるりと首を振る。
「ふっ」
あげ続けていた腕をおろして肩をすくめた。
「――――知れたことを」
踵を返して全速力。
報復の理由など彼女が一番知っている。
♯
イベント3
任意ミッション:現時刻より15分後、エリア13-D-A1-Street322-point19を武器を積んだ輸送トラックが通過する。襲撃せよ。
どこかの誰かさんがゲーム開始直後から今までの行いに対しての罰を受け、復讐者に追われるという自業自得な状況に身を置いている頃、彼女の考えたとおりイベント2の終了と入れ替わりにイベント3が発令された。
それと同時に一箇所に集まっていたCPも通常シフトに戻りエリア全体に散らばり、またもや突如転移してきた化け物共に対応させられるプレーヤが続出、30分の間とはいえ僅かながら秩序の守られていたゲームの世界は再び最初の喧騒と混乱を取り戻す。
心構えをしない内に化け物と遭遇し無駄弾を連発する者、使うこともできずに武器を破壊される者、そして武器を拾い使用する青い変種。
撃てばなくなり、壊されれば丸腰、拾われれば見つからない。
ものの3分ほどで多くのプレーヤーが武器を損失し、そして思う。確か、今度のミッションは――――。
それこそが校長の思惑である。
「D-A1・・・D-A1・・・ここら辺だよな」
配布されていない地図の代わりに自分で書いた簡易図を頼って問題の322番道路を探すのは、監視システムを朝風椎に任せた四十万隆と杉木海含め10名ほどのジャベリンタワー・グループである。
隆の誘導の下海が拾い集めた武器がそれなりにタワーに備蓄されている彼らだが、敵に武器が渡るのを恐れて今回の任意ミッションに参加することに決めた。
武器はいくらあっても邪魔にはならない。しかし敵は邪魔だ。
そんな実に単純明快な理由でもって、序盤何もできないままリタイヤするという最悪のパターンから逃れて体勢を整えられた彼らは、勝ちにいく構えでゲームに取り組む姿勢を防御から攻撃に転じたのだ。
イベント3は任意といいつつも、誰でも参加できるミッションではない。いまだ自分の座標位置が分かっていないプレーヤーもいるだろう中で、イベント1から変わらずの不親切な場所指定だ。予告のあった通過位置が分かっている者でなければ参加できないようにわざと仕組まれている。さらに言えばトラック1台分という武器は個人では扱いきれないことからも集団に向けて発信されたものだと分かるし、つまりはそれは全くの無防備の個人が争えるものでもない。
地図を持った武装集団。それが今回のイベントの参加条件というわけであり、この時点にのろのろと個人でアイテム漁りに精を出しているような愚か者を振るい落とす。それが今回のミッションの趣旨である。
これより以後、ゲームはグループ戦になる。
そんな予感が隆達にはあった。
監視システムを備えたジャベリンタワーは確かに篭城にはうってつけの場所ではあったが、それにしても抵抗するだけの武器は必要だ。
先述したとおり化け物や敵プレーヤーに囲まれ完全に防御の回ることになれば負けは時間の問題となる。制限時間があるゲームならまだしもバトルロワイヤルである今回の場合ではそれでは勝てない。
学園祭で疲労の溜まっている精神状態であるとはいえ、勝ちたいは勝ちたい。せっかくの滅多にない機会だし、そもそも超能力などという非現実的なファクターを生活に取り入れたくて特別指定学園に通うような連中なのだ、こういう類の遊戯は望むところである。
団体戦、それもそれなりに武器を装備した連中相手と面倒なこと請け合いだが、それでも勝敗を左右する以上看過できない。
さて、道路を線で模しただけの地図を何度も確認してやっと件のトラックが通るというエリア内に進入することができた彼らは、一旦足を止めて当たりを見渡す。
問題はここからだ。
敵は既にいる。
確認こそまだできていないが、自分達が一番乗りなどというのはいくらなんでも都合のよさ過ぎる考えだ。
地図を持っていてかつ自分達よりポイントに近かったグループがすでに張っていると彼らは最初から予測していた。
だから、問題はここからどうするか。
敵を蹴散らして好位置を確保するのか、あるいは時間ギリギリまで身を潜めてヒット&アウェーといくのか。
トラックの通過まであと7分ほどある。
そこがつまりこのミッションのミソなのだろう。
アイテムとして落ちているわけではないから早い者勝ちとはいかない。先着者は時間まで自分のポジションを守り続けなければいけないし、後着者は時間内にそれを奪うか、あるいはトラックの通るその瞬間を狙うかしなければならない。
タイミングが全てだ。
(とにかく敵情が知りたい・・・が、332番道路までどう回り込む?)
敵とばったり遭ってしまえば戦闘は避けられない。できれば武器の消耗やリスクの少ないヒット&アウェー戦法を取りたいと考えている隆としては、見つからずかつ敵を見通せる配置を取りたい。
さらには実際敵地に踏み込まなければならないのだから、できる限り距離が短い死角が好ましい・・・。
「先遣隊がまず高所から様子を見る。敵の位置を確認してから実行部隊と援護部隊に分けて時間を待つ・・・ってのでいくか?」
監視システムの方は彼らがわざわざお手製の地図を使っていることからも分かるように、別のことに集中しているため今回は非常時以外に頼る気はないのだ。
「まぁ無難だな。あとで来る連中の動きへの対応はどうする?」
「できれば交戦は避けたいけどなぁ・・・一番乗りとドンパチ始めようなんて考えられたらさすがに止められねぇのが気がかりだな」
「不意を突けないからな・・・。まぁ、その場合もできるだけ様子見ってことで。状況に合わせて柔軟にいこうぜ」
「・・・つまりはただの考えなしじゃねぇかよ」
そうとも言う。笑いながら言って、海は後ろを振り向いた。
「先遣隊3名、各々別所で上から戦場を監視。残り14人を突撃部隊2チーム、予備でもう1チームに分けていきたいと思います」
狙撃用ライフル銃のスコープを使って程よく離れた高所から見下ろした332番道路19番地点に人影を3つほどみとめて、海はすっかり馴染んだイヤホンマイクでそれを伝える。
「取り合えずポイントに3人確認だ。ありゃ囮だな。・・・・・・お、ドラッグストアの店頭ワゴンに1・・・いや2人」
『他には?』
「見えない。が、囮の位置的に候補は3つだ」
開けた道路のど真ん中では隠れられる場所は多くはない。それは彼が一番良く知っている。
彼自身が隠れていた道路中央の潅木、ガラスの割られたコンビニの中、そしてこれまた彼も使った歩行者道路のマンホール。最後の1つは飛び出してから攻撃に転じるまでにタイムロスができるために可能性は低いと思われる。
そこまで伝えて、彼はもう1度トラックの通る位置に置かれた囮に視線を移す。
「ん・・・?何だ?何か・・・地面に・・・・・・地雷か?」
『地雷ぃい?』
「ぽいぞ。地面に固定されてる。まさかトラック転倒させる気か?」
目的の物がトラックで運搬されるからこそ可能なヒット&アウェー戦法を採ろうとしている彼らにとって、それは避けたい事態だ。
『いや・・・地雷は地雷でも爆発じゃなくて殺傷片を飛ばすタイプだろ。パンクで停止させるつもりだな』
「なるほど・・・それは都合がいいな。トラック停車は連中にやらせよう」
彼が見る限り他に目ぼしい情報はない。囮らしき3人にも当分動きがなさそうだと踏んで、1度、目を休めようとスコープから目を離した。
それから改めて現在時刻を確認――――
――ガキャンッ!・・・ポンッ
しようと顔をあげた瞬間そんな3種類の音が響いた。
衝撃波とライフルの破砕音が同時に、その後で遠方からの発砲音。
それが意味する事実は明快だ。狙撃された。
「やべぇ!スナイパーがいるぞ!」
『ちっ、なくはないと思ってたが・・・先遣隊は屋内に退避!』
転がってエレベーターのところまで下がった海は 扉が閉まらないように挟ませておいた警棒を蹴り飛ばす。一間置いて開きだした箱型リフトに背中から倒れこむと深く考えず4階のボタンを押した。
「連中に感ずかれたのはまずいな・・・」
狙撃手が連中の仲間かどうかは確認できないが、銃声を聞かれた以上不意打ちは難しい。早くも彼らの最善策は破綻してしまった。
『まぁどうせこうなってたろうさ。問題はこれから・・・くそ、こっちもか』
「あ?」
『バレたらしい!通信切るぞ!』
プラグを抜いた時のような音を最後に何も発しなくなったイヤホンマイクを外して首にかける。ただでさえ汗のせいで耳が痒くなるのだ。使わない間も装着し続けたいとは思えない。
(さて)
自分にそう言い聞かせ、海はエレベーターから降りた。
(どうやら状況はよろしくないらしいが・・・どうする?)
いきなり1階まで降りてそこで構えていた敵にバッタリなんて様は間抜けすぎる。そう考えてとりあえず4階という高くも低くもないフロアを選んだのだが、場所が割れているこの建物にいる限り危険であることには変わりない。
とりあえずは現状把握と廊下に張り付いて窓ガラスから外の様子をうかがう。
「・・・・・・」
絶句。そこには想像以上の光景があった。
「・・・うそだろ」
マンホールからゾロゾロと武装プレーヤーが何人も這い出している。少なくても20は超えているだろう。
しかも、その内5名が自分のいるビルディングに向かってきていた。
隆達実行部隊が襲われたことからほとんど分かっていたことだが、これで100%スナイパーとポイントにいた連中は仲間と確定だ。
それだけでも厄介なのに、マンホール1つからあの人数だ。定石、リスク分散から主戦地が定まっていないこの状況では戦力は分散させるだろう。それでもなおあの数だとすれば、連中はかなりの大所帯だ。対して自分達は17名、太刀打ちできる戦力差ではない。それこそヒット&アウェーならともかく、すでに交戦中なのだ。
「ヤバイな・・・」
そのことを仲間に連絡したくても、それよりまず自分の身が危ない。
はっと気がついて振り向くと、エレベーターのランプはさっきからずっと4階を指している。連中はもうすぐ下だ。
いよいよヤバい。
彼はフロアに入っていた何かのオフィスに侵入し、スライド式のドアを半分開けたままに置くのデスクの影へと隠れた。
(使える・・・武器は!?)
フル装備できたつもりだったが、複数相手にうまく立ち回れる自信はない。
現在彼が持ち合わせているのは、9mm弾、装弾数8発の自動拳銃2丁にそのマガジンを5本、M26手榴弾が3個、ダガーナイフ1本、そして最後に例のライフルだったのだが、それは既に潰されている。
防弾ベストで防御力をあげているとはいえ、どれもこれも短距離から中距離用の武器だ。
マンホールから現れた彼らの多くが連射のできる軽機関銃を持っているのを彼は確認している。
「あーくそ!こっちも機関銃ぐらい持っとくべきだったか」
ぼやいても仕方ないのは分かっているがぼやかずにいられない。
余裕なく腕を震わせながら拳銃と手榴弾1個を手に握りしめ床に転がる。チャンスは1度きり、連中が入ってくるその一瞬が勝負だ。
近づいてくる足音に心臓を跳ね上がらせながら、ギリギリ視界の端にドアが映る程度で顔も隠す。
ガジッとスパイクシューズがリノリウムを捉える音がやけに大きく響いた。ドアの前で止まったらしい。
わざと開けたドアに気づき、室内の様子を見ている。そう判断し、まずはレモン状の手榴弾を軽く握り締める。
問題はタイミング。
(何時だ?何時くる・・・!)
ゆっくりと滲むように時間は過ぎていく。
そして、次の瞬間沈殿した静寂は爆音にかき乱された。
敵に狙いを定めるという行為を惚れ惚れするほど潔く捨てた掃射。侵入時に狙われる危険性を下げるために放たれた文字通りの捨て弾だ。
いるならいるで防壁で身を隠しながらの先制攻撃になり、いないならいないで安全確認になる。
ただし、弾を無駄に消費することになるという難点から良い手とは言い難い。
まぁそれでも、より慎重に行動しているという意味では評価できる戦法だ。撃ち渋る必要のないほど弾数があるならなおのこと。
無論、そうされる可能性自体は分かっていた海は身体を低く保って覚悟を決め、心構えしたかいあって弾雨の中声をあげたり飛び出すことなく何とか堪えることができた。
(さぁてさて・・・)
今度こそ、くる。
耳を引き裂くような発破音が止むと同時に、手榴弾のピンを引き抜く。狙いのタイミングで抜いては間に合わない。
掃射を経て安全確保の作業を終えた彼らがついに侵入段階に入る。
まずは1人が前に出て、その後ろにもう1人。
(――――ここだ!)
1人目が室内一歩踏み出す前にレモンを投げる。できるだけ目立つように高くゆっくりと、顔にめがけて。
「・・・・・・ッ!」
どうやら既にここにはいないだろうと高を括っていたらしい彼は思考を遮るいきなりの異物の登場に、一瞬呆け――――、
その隙に彼めがけて海は手榴弾の爆発を待たず、始めから大まかに照準を合わせていた拳銃の引き金を引いた。
1、2ときて3発目で頭部に命中。これでリタイヤ。
不意打ちは成功だ。そう、ここまでが不意打ち。モノで注意をそらすなどという子供だましでは1人はいけても2人目を撃ち取るほどの時間稼ぎはできないし、1人目が盾になってダメージすら負わせられないことすらある。
だからこその手榴弾だ。
頭を打たれた彼が倒れこみ後ろのもう1人を怯ませることによって生まれた2つ目の隙、そのタイムロス中に今度こそ酸っぱい俗称で呼ばれる手榴弾は爆発した。
「よぉおし!!」
3人目がいないことを確認して休む間もなく、海は次の作業に取り掛かる。消火器と放水ホース、これを使ってあとは逃げるだけだ。
建物に入ったのは5人。内2人がこうして踏み込んできたことからして、あとの3人は玄関とエレベーター、裏口、階段の3点に張っていると予想がつく。
つまり、実際やってくる2人を退けてしまえば、他の連中は駆けつけるにしても時間が掛かるだろう。
見張られるよりも追われる方が対処が面倒であるのは言うまでもなく、とにかく厄介だった2人を倒した以上あとはうまく監視を潜り抜ければ逃げることはできる。
時間稼ぎのために消火器の中身を部屋中にぶちまけてからホースの端を手ごろな場所に結び、外壁に垂らしたそれを使ってほとんど一気に滑り降りた。
隆達実行部隊とその援護隊は海が狙撃された後にマンホールから這い出した不気味な部隊に襲われ、防戦とも言えないひたすらの逃走に体力ゲージは既にレッドゾーンだった。
走って走っても引き剥がせない、隠れてもピンポイントで探し当てる、待ち伏せすれば背中に回られる。
上からの監視は確実で、それをどうにかしない限りまともに動けない。
そう確信に至った一応リーダーを務めている隆は、思考を切り替えこちらの目である監視システムに連絡、スナイパーの位置から死角を割り出した。
あとは死角で実際追ってくる連中を撒けばいい。
連中も使っているマンホールが使えればもう少し楽だったのだが、そうもいかず分岐路を使った最も原始的な方法で今まさにそれを行っている最中である。
あまりにも地道なその作業は半ば成功していると言え、追ってくる連中の数は最初ほど多くはない。
が、だからこのまま粘って逃げ続ければいいというわけでもないのだ。隆達が死角の範囲内で移動しているということは、言い換えれば必ずその範囲にはいるということであり、例え全員撒けて隠れられたとしても時間稼ぎにしかならない。
そもそもが追う側のタッチが銃弾というこの鬼ごっこは完全に逃げる側に不利なゲーム条件になっている。
(そろそろ頃合か・・・)
確実に隙を突けるタイミングを狙わなければ成功は難しい不意打ちを、逃げ惑いながら実行するのに踏ん切りがつかなかった隆だったが、成功率が低かろうと判断を下さなければならないところまできてた。
人数を減らしたことで賭けれる程度には勝率は上がっている。
と、そこで、
『隆、そっちはどうなってる?』
海からの連絡が入ってきた。
「絶賛逃走中だ馬鹿野郎!」
『はっ、ご愁傷様。何とかこっちは逃げ切れたぞ』
「だったら上のスナイパー何とかしてくれ。動くに動けねぇ」
スナイパーの位置を伝えてから、今度は同行している4人の仲間に対して敵に聞こえないようマイク越しにトラップを仕掛ける旨を伝える。
「次の曲がり角で仕掛けますんで射撃準備よろしくお願いします」
リーダーとはいえ先輩に敬語で指示、前を行く彼らが分岐路を左に曲がっていくのを確認して、自分も左折する際にバックパックのサイドポケットに挟んでおいた接着式の簡易地雷を壁に貼り付けた。
圧センサーやリモコン作動ではなく時限式の実にシンプルな代物だが威力は高い地雷だ。
連中との距離を計算してタイマーはすでにセットし終えてある。
適度に離れたところで立ち止まって銃を構えてスタンバイも完了し、さてここからだと意気込むメンバー。途中から確認できていないがミッションまでもう時間はないだろう。
大きさを増す足音に敵の接近を感じながら、セットしたタイマーと一致していることを何度も確かめ銃撃を開始するタイミングを見計らう。
(6・・・5・・・4・・・!)
あと3秒。そこまできて、ピタリとバラバラだった足音が止んだ。
「あ・・・?」
不意打ちを仕掛けてむしろ不意のできごとに間抜けな声を出した次の瞬間、3秒後がきて壁もろとも歩道を吹き飛ばした。
そして再び始まる接近の気配。
(ヤロウ電波を盗聴してやがるッ!)
あからさまな待ち伏せへの対応にそう確信し、思わずついて出そうになったせりふを何とか飲み込む。
(・・・よし)
待ち伏せから再びの逃亡に転じつつ、さらに悪化した状況下に隆は口を歪めた。
盗聴されているというのなら、むしろ手っ取り早く隙を突ける。
(誤報を流して今度こそ嵌めてやる!)
空気を切り裂く4枚羽の爆音は、よく使われるバタバタというヘリコプターの擬音とはかけ離れている。
自分を狙った狙撃手の巣に向かって走っていた海はその轟く圧倒的な存在感に足を止めた。
攻撃ヘリ。そう呼ばれる、確かに広義的には武器なのだろう代物をいったい誰が持ち出したのか。そんな疑問などこの際どうだっていい。
問題はこの戦場が生身の人間から戦闘車両によるものになりはじめているということだ。
ついにトラック通過の時刻が迫り、他の勢力が動き出したらしい。
今まですっかり忘れていた時間を確認すれば、もはや猶予は3分ほど。スナイパー抹殺という援護任務である彼はともかく実行部隊である隆達にはもう時間の余裕はない。
(泣きっ面に蜂だな、くそ!)
しかし、そう思ったのも束の間、今度は空を引き裂く轟音が白い軌道を残しながら頭上を横切った。
ソレは海が前に見たのと同じタイプのミサイルで、本物の爆音とともに鉄のトンボを撃墜する。ついでに落ちてきたヘリの下敷きになって敵プレーヤーが脱落していった。
「・・・・・・」
もはや拳銃や手榴弾数個で相手になる敵ではない。それこそ前回と同様に逃亡を図ろうかと真剣に考えたが、1度やってるだけに逃げてばかりでは情けない気もする。
時間がない中での貴重な数秒を無駄にしてから、止まったまま歩き出せない足を何とか動かして彼は目的地である高層ビルへと向かった。
43階建て、通常エレベーター5台、内1つがシースルーエレベーター、最上階は展望レストランというありがちな配置で屋上には業務用通路より侵入できる。
各フロアに多くの企業が入居する形で『町』を形成し、映画館・カラオケなどの娯楽施設の豊富さからレジャースポットとしてプレーヤー以外の人間がいないこの世界で人気を博している、らしい。
それがエリア13-D-A1-Street322-point19付近において最も高い摩天楼の簡単な内部構造だ。
その情報をエントランスのパンフレットや設置地図で確認して最上階まで唯一直通のシースルーに乗り込む。
通常の短いエレベーターに比べて断然速い加速と昇降に少しよろめいて、この分だと1分もしない内に目的階まで上がるだろうと視線をランプから外へと移す。
ところどころ黒煙が上がり、道路を戦車らしき影や人が動く様子がいくらか見える。
ガラス張りの箱型からは戦場がよく見えるが、しかしそれは向こうからもこちらが見通せるということに他ならないのだから、彼は今この状況で見つからないかと内心気が気でなかった。
安全上いくら丈夫な素材を使っていようとも、ミサイルが飛んでこれば一巻の終わりだ。この中では逃げることもできない。そしてミサイルの存在は既に確認している。
(1人相手にあんなモノぶっ放すとは思えないが・・・やっぱ他のにすればよかったか)
ハラハライライラしながらドアの開くのを待って、開いた瞬間飛び込むようにレストランフロアへ。あとは階段から屋上に上がるだけだ。
テーブルやバイキング用の台のある表からバックヤードに回ってさらに食材運搬に使われているだろう通路に入る。
レストランの作業通路にもなっている作業用エレベーターに通ずる廊下の奥、『非常時以外立ち入り禁止』のプレートのかかった扉の向こうに階段はすぐに見つかった。
もうその上は敵のいる戦場だ。
途中冷蔵庫からくすねたゼリー飲料を口に咥えつつ、1度立ち止まって装備を用意する。
S&W M39のマガジンを確認して、予備のモノは取りやすいようにポケットの中で何度も位置を変えてみた。もう1丁も弄って自分を納得させてからしまう。
もう引き返せない。
ここでしくじれば隆達の行動は制限されたまま、武器も手に入れることもできずに骨折り損となるだろう。最悪、武器を得た敵にそのまま襲われ全滅もありうる。
大きく深呼吸をしてから階段を上る。
足音を響かせないように、呼吸音にも気を使って息を殺し、ゆっくりと前方を確認しながら着実に。
最後の難関である屋上に出るための鉄扉のノブを慎重に回して、鉄同士が擦れて音を出さないように力を込めて開けていく。
最初は線だった白い光が面をなしてやがて屋上の風景を広げる。
実に分かりやすく、その一直線上に1人の女性が寝そべっていた。
ライフルは三脚ではなく麻布製のクッションを使用しているらしいことが背中越しに見て取れる。おそらくあれの方が銃の向きを変えやすいのだろう。身体の横にペットボトルを数本並べてあり、さらにその脇に置かれたラジオが恐ろしいことにあるはずもない野球中継を流していた。
耳を覆って守るタイプヘッドホンとラジオの音が自分の気配を消してくれそうなことに感謝して彼は屋上に足を踏み入れる。
――――さて、ここで1つ思い出してほしい。
今この状況に違和感はないだろうか?
スナイパーは最も早くやってきた先着組の一員であり、地上にて隆達を襲っていた連中は彼女の目を利用していた。
そして、盗聴器も使っていた。
そのことを知る前に、隆は海と狙撃手を狙うように連絡している。
だとするなら、必然的に連中の仲間である彼女はそのことを事前に知れたはずなのだ。
自分の危険を知っていて何故彼女は屋上唯一の侵入経路に平然と背を向けていられるのか?
その不自然さに、盗聴器のことを知らされていない海が気づけないのは仕方ないことだが、ではどうして彼女はそこにいるのだろうか?
他に護衛の仲間がいた?
だとすれば既に彼は襲撃されているだろう。その隙はいくらでもあった。
とすると、その理由は1つ。
襲撃についての情報を知ることができなかったから。
ならそれは何故?
既に彼女が事切れていたからである。
――ガチッ
後頭部に押し付けられた硬い感触。
狙う者が狙われる者になり、けれど先に殺され囮と化して、狙う者が狙われる。
振り向く間もなく、手をあげることすら許されず、容赦ない一撃が彼をこの世から消し去った。
海がどうやらやられたらしいことを追っ手を何とか返り討ちにした隆達はスナイパー抹殺の完了を確認する連絡で知った。
何度呼びかけても応答のない彼の安否は確かめる必要もなく、自分達を狙う鷹の目の健在も確かめるまでもない。
第三者の介入を知らない彼らがまさか狙撃主もが既に消し去られているなどと発想できるわけがないのだ。厄介な遠距離からの攻撃にどう対処するか、事実を知っている立場から言って無駄でしかない問題の解答を彼らは求めていた。
残り時間僅か1分50秒。
この時間にまでなって逃げてはいられないし、絶好の隙を計る余裕もない。捨て身でアタックする以外もはや採れる戦法はなく、そこにきてスナイパーその存在は邪魔のもほどがある。どうしても無防備になってしまうヒット&アウェーをやるには厳しい状況だ。
しかし、それでもやるしかないという状況を歯がゆく思いながら、いくらか数を減らしつつも生き残った実行部隊の面々は最短ルートで問題のポイントに向かう。
最初こそ隆達ともう1つの巨大勢力との争いだった抗争はいつの間にか敵味方入り乱れての大乱闘に発展していて、狭く入り組んだ地形での歩兵戦に誰が投下したのか戦車の残骸がまだ火をくすぶらせていたり、素手では持ち運べない銃機関銃を軽トラックの荷台に乗せた2人組みが道路を激走していたりとポイントに近づくにつれて騒がしさは増していく。
戦闘などに割く余裕のない彼らは向けられた銃弾に応じることもできずにただひたすら走った。
間に合うか、どうか。
それが最重要課題だ。それ以外は捨て置くほかない。
が、そんな事情を敵が構ってくれるはずがなく、グレネードランチャーの砲撃が彼らの行く手を阻む。
ただでさえ狙撃というリスクを抱えての行動を邪魔されて苛立ちが最高潮に、
「邪魔だボケェェエ!」
物陰で銃撃をやり過ごすこともできない隆は持っていた棒状柄付手榴弾を連続して3本ぶん投げた。
なりふり構わないその反撃に連中が怯んだ隙にそのまま突っ走る。自身が爆発に巻き込まれかねない愚行だが、それぐらいしかできることがないのだ。
けれども、そこまでしても敵は進む先に次から次へと現れる。埒が明かない。
(くそがっ、どうする!?)
形勢の不利加減を改めて実感して心中で悪態を吐く隆。
このままではまずい。苛立ちの次は焦りがいよいよ上限にまで達して額を流れる汗に別の意味が含まれる。
突撃隊・隆チームは既に3人。もう1班は2人らしいし、援護部隊は渦中に侵入するに至らず他の敵と交戦中で間に合わない。
つまり、そしてしかし、絶体絶命という、使ったあとに大抵救世主が現れるが故にありがたみを失った言葉はこういう時に使うのだろう。
「隆!乗れッ!」
後ろからそんな声とブレーキ音が響いた。
振り向けば運転席に矢崎聡一を乗せた黒いワゴンがそこにある。
「でかした聡一!」
「どうだ?仲間の危機に駆けつける俺、カッコよくない?」
軽口を叩く聡一に隆は無言で第4発目のポテトマッシャーを振り上げた。
「ゴメンなさいふざけました冗談ですハイ」
ワゴンを再び発進させて、目指すは今度こそトラックの現れる場所だ。
これでひとまず銃撃の脅威から免れた。その安心感から隆を含めた3人は安堵の溜め息を吐く。それが終わるのを待って聡一が話しかけてきた。
「ところで隆、お前の方にクラスの奴らは何人集まってるんだ?」
「俺入れて2人だ。海がいたんだがどうもやられたっぽい。椎の話じゃ亜子もやられたらしいからあと8人だな」
「はー案外揃ってないのな。俺も結構色んな所走ってみたんだが、思った以上に結構な人数やられてるぞ」
「あの化け物のせいか?」
「それもあるし普通に銃撃戦に巻き込まれたりな。設定厳しいすぎんだよこのゲーム。もう個人の奴はほとんどいないはずだ」
「・・・にもかかわらず俺らのグループにはクラスメートが3人ね。やられてるのか別のグループなのか、どっちにしても嬉しくない情報だ」
全くだと肩を竦めて聡一は分岐路を右折、ワゴンは開けた8車線である332番道路に入った。あとはひたすら19ポイントを目指す。
走行中も弾雨を浴びる車体だが、装甲車に改造された車種らしく走っている分には銃弾は貫通してこないのが救いだ。
「全くだな。そうだ、隆は見たか巡航ミサイル」
「ミサイルは見た。エリア5-B-B7辺りの高層ビルぶっ潰して大通りを塞いでる連中の武器っぽかったな」
「ああ、発火能力者のグループだ。ネットワークで集まったんだと。他のPKより団結力強いらしいな。お前の方には連絡行かなかったのか?」
「連絡がつかなかったか、そもそもそのグループのリーダーって兎傘さんだろ。俺がクラスの方でつるむって分かってただろうよ」
「ふーん・・・・・・お!お出ましだ」
言われて自分の装備を再確認していた隆は顔を上げた。フロントウィンドウの向こうに大型の灰色がかったトラックが走っているのが見える。
運よくちょうど自分達の走っている車線に現れたその車はどう考えても道路を走ってきたとは思えない。実際、ずっと前方を向いていた聡一はいきなり前方にトラックがワープしてきたのを目の当たりにしていた。
ゲームの裏側、制作上のバグを見てしまったようで、何ともモヤモヤしたモノが胸に溜まるのを感じながら、彼はワゴンのスピードを上げた。
だが、もちろんそんな冥界からいきなり現れた幽霊車のような登場の仕方も予想の内だ。でなければ、彼らも連中もここにいない。身もふたもない話、ヘリでも飛ばして指定されたポイントにくる前のトラックを襲撃すればその方がリスクはないのである。
しかし、いつもはそういったルール上の隙などを裏手に取る手法を好む校長だが、今回は作る側に回っている。突かせたくてわざと作る好きならともかく、『プレーヤーを追い詰めたい』とこのイベントを作ったのならば、そんな思惑外れな行動を取らせるわけがない。
イベントがプレーヤーをいたぶるためにあることはイベント2で確認済みで、そのためには化け物の瞬間移動などという仮想現実なのにリアリティーのない演出までやってのけることも確認済み。
ならば、トラックにしてもポイント19にいきなり現れると考えるのが妥当だ。
校長についてよく知っている者達は、だからこそ危険を冒して件の場所へと集結している。
「さぁて、どうする?どうやって止めるんだ?」
「そう・・・だな。やっぱ降り――――ッヤバイ!聡一止まれ!」
「あ?」
「連中が地雷仕掛けてんのすっかり忘れてた!」
話の話題に上がって、かつアスファルトの上に乗った銀色の円盤を視界が捉えたところでやっとそのことを思い出した隆の声に、聡一が何とか反応、進行方向を斜めに反らす。
だが、そんなこととは無関係に直進するトラックは赤外線センサー式地雷の下を通り、
――バシュッ!
そんな今まで何度も聴いた爆音とは違う破裂音の中に金属を裂くような音が混じった異音がワゴン車をも通り過ぎた。
カスタム使用の自動車だ、パンクぐらい何ともないのだが、ガクンという揺れにハンドルを誤って切り、車体は大きく傾く。何とか四輪を地面に着けたかと思うとあらぬ方向へと進路を変えた車の先にショーウィンドウが見える。
何とかブレーキを踏み激突を免れた隆達だったが、トラックからいくらか離れてしまった。
車体から降りてパンクにより停止したトラックへ急ぐも、すでに発火能力者の連中が先行している。
その背中に向けて銃弾を浴びせてはみるものの、防弾着を着ている連中に大してダメージを与えられはしない。
止めることもできず、追いつくにはゴールまでの距離が近すぎる。
連中の内2人が運転席と助手席双方に回り込み、フロントドアを開けた。
そして、
「「は?」」
そんな間の抜けた声を出す。
幽霊車。その比喩から受ける印象は無人で彷徨っているというモノではないだろうか?
もちろん、神出鬼没な出現についても幽霊車のイメージではあるけども、幽霊列車ならぬ幽霊車などという比喩表現を使ったことから分かるとおり、彼らは当然ながらトラックは無人で走っていると思い込んでいた。
当たり前だ。イベント2の化け物ワープ、そして今回のトラック登場の仕方。そんな非現実的なモノを見ておいて、今更無人で走るトラックの存在を疑う者などいない。
しかしながら、もしここに久遠未来がいたのなら、自慢げに講釈を垂れるだろう。
『トラックは乗り物ですよ?動いている以上、誰かが運転してるに決まってるじゃないですかー』
そういうわけで、連中2人が開けたドア、その運転席にいたのは赤い体表の化け物であり、
「「はぁあ!?」」
ソレは徐に手を伸ばして拳銃を手に取ると襲撃者たる人間の頭を打ち抜いた。
そんな様子を間近で見せ付けられて、隆や聡一達はぶつけようのない怒りを天に向かって叫ぶ。
「「校長ぉおお――――ッ!!」」
前のりになりながらも何とかブレーキのきいた足を無理にひねってユーターン、もちろん逃げる先はワゴン車だ。後ろではトラックから降りた化け物が新たに持ち運びできるようにはできていないはずの機関銃を持ち上げている。
「ちくしょー!」
最後の最後まであの風貌も中身も中学生な校長の手の平で踊らされている自分達の情けないナリにそう言わずにはいられない。
「聡一お前武器は!?」
「ふははははは!俺の武器はこれだくそったれ!」
聡一の手に握られているのは1丁の銃。
中を透かせるオレンジ色のボディ、上部に備え付けられたタンク状のマガジン、そしてシールで張られた銃の名称『ウォーターシューター☆ネオ』。
・・・まごうことなき水鉄砲。
「死ね!死んでしまえ!よくその装備でワゴンから出れたな!」
「うるせえ!最初っからこれだったんだから仕方ねぇーだろ!武器は拾わなかったんだよ!!」
そんな馬鹿な罵り合いをしている彼らの上を黒い影がひゅんっと過ぎる。思わず顔を影の去った方へと向けると、非難手段であるワゴンの上に赤い化け物が着地するところだった。
ガグンガグンと揺れるも潰れることなくその身を維持する装甲ワゴンをさすがというべきか、文字通り重りである重機関銃を肩手持ちにしたまま超人的跳躍を見せた化け物をさすがというべきか・・・。
「ぁああああああああもぉおおお!!」
重ね重なり不利になる状況に対する喚きの混じった叫びを上げながら 弾雨を浴びせる隆と聡一。片方弾雨という言葉が比喩になっていない。
が、その攻撃でむしろ効いたのは聡一の水鉄砲の方で、水を浴びた化け物は機関銃を落として自らもワゴンから転がり落ちた。見れば、水のかかった辺りが溶け出している。
「ッ!聡一顔面だ顔を狙え!頭がなくなりゃさすがに死ぬ!」
「お、おう!」
何故水が効くのか戸惑いつつも、この好機を逃すわけにもいかず、昔ながらの水鉄砲からかなりの進化を遂げた威力追求型の水鉄砲を化け物の頭部めがけて射出した。
タンク残量を考えないまさしく"浴びせる"ような攻撃はやがて頭をドロドロと溶かし、途中まではじたばたと足掻きを見せていた化け物は動かなくなった。
「よ、よし・・・?」
あまりのあっけなさに脅威が去ったことを信じられず疑問系。
水鉄砲の先で突いてみるがピクリとも動かない。
「ぉ・・・お?」
今になって周りを見渡せば化け物の登場にさすがに戦意を喪失し逃亡したのか人気が随分と減っている。
つまりそれは、俺らが武器をゲットしたとみてよいのではないだろうか?
そう思い至って、その意味をかみ締めて、
「「ぅうおおおおおおおおおおおおお!!!」」
雄叫びを上げた。
「やったぞ!」
「おっしゃあああ!」
「苦労がっ、苦労が報われた!」
思えば海の襲撃に始まった多くの災難。狙撃、盗聴、そして圧倒的に足りない数と武器に苦しみながらも進み続けた努力の勝利である。
名誉の負傷、名誉の帰還。ボロボロになったけど、胸を張ってタワーに帰れる。
校長の思惑通りにはさせない。打倒校長!打倒校長!生き延びてやる!
そんな彼らの歓喜が響く中、
「あーあー、マイクテストマイクテスト」
彼らのしていたイヤホンに軽やかな声が流れてきた。
よく知っている、少女らしい高音を無理に落ち着かせて使っているような、幼声。
耳元でささやくような音量でそれを聴いただけだというのに、先ほどとは打って変わって声の主を知っている隆と聡一は沈黙し硬直し、そして絶望する。
彼らには元は海の持ち物だったトランシーバーからのその通信が、霊界からのお迎えのように聞こえていた。
「ねぇ知ってる?リンゴって知恵の果実って言われてるけど、それって後付けなんだって。当時のメソポタミアにリンゴは生息してなかったらしいよ?」
いきなりの脈略のない雑学に、けれど言い返す心的余裕などなく、
「まぁともかく、かくして人間は楽園を追われ、知恵をつけてからというもの低レベルな争いばかりを繰り返したわけだ。うん、見っとも無い。
相手を殺すなんて目的で死に物狂いで武器を求める君達もそれと同じだよね。愚かしいと思わない?
というわけで、そんな罪深い君達に罪の果実ことアップルをプレゼント!」
台詞が終わると共に、上方からゴトゴトとトラックの荷台に何かがいくつも落下してきた。
トラックから道路にまで転がったその1つを確認すればそれは緑がかった球形の――――M67破片手榴弾。
武器を積めるだけ積み込んだ発火物の缶詰にそんなことをすればどうなるか、言うまでもない。
♯
瀬川香魚子と波風九鈴。
殺傷係と治療係のコンビであるこの2人は、どうせ積極的に参加してもやられるだけだと再開してからずっととある高層ビルディング、最上階という分かりやすすぎる階層は避けてそのいくつか下の『株式会社ウスキ製薬資料倉庫』と呼ばれる資料室の中にいた。
現実世界にも存在するこの場所が、アンダーグラウンドの住人御用達の極秘情報データバンクとも知らず、一般人が本来侵入可能ではないことも知らず、そして仮想現実という世界に構築されたこの場所が現実ではあり得ないことを可能にする裏技として故意に作り出されたことも分からず、彼女らはただ暇つぶしとばかりに資料を漁っている。
「見て見て!SPI都市伝説解説読本だって、懐かしいー」
「あーあったわねそんなの。出版社がUMAやらUFOやらのインチキ臭いモノばっか出してるからイマイチ信用できないアレでしょ?」
「そうそれ。・・・『最も殺傷力のある能力は何か?』だって。手榴弾と発火能力を比べてどうするんだろ?どっちかって言うと発破能力だよね?」
「どっちにしたって、手榴弾は基本破片を飛ばして殺傷させる武器なんだから、火やら爆発とは純粋に比べられないわよ。能力者の技能によるし、そもそもこれに書いてある平均能力ってどうやって割り出したのよ」
「それもそっか。まぁでも、それをいっちゃあ手榴弾にだって種類で個差あるよね。
そういえばさぁ、手榴弾の俗称って面白くない?アップルとかレモンとか果物の名前が多くって」
「ジャガイモ潰しやら赤い悪魔やら他のもあるわよ・・・」
不謹慎なことを言う九鈴を嗜める意味も込めたその台詞だったが、彼女の方はそんなことはお構いなしに、
「で、これがレモンの先行型のパイナップル」
そう言って自分の初期武器であるパイナップルの名前で親しまれる手榴弾を取り出した。
出されたそれには確かにパイナップルの果実のように網目上の凸凹があるが、
「あんまりパイナップルらしくはないわよね」
「だよねー」
「それで九鈴、そのパイナップルの葉っぱに当たるはずのピンはどこやったの?」
「え?あれ?・・・・・・あ、小指に引っかかっちゃってた」
「はぁ・・・気をつけなさいよ、もう」
えへへーごめんとあまり反省しているとは思えない彼女の仕草に香魚子は溜め息を吐いてから肩を竦める。
昔からの腐れ縁だ。こういうことはしょっちゅうある。今回たまたま手榴弾などと危険極まりないものが彼女の手にあったからこうなったわけで、香魚子に言わせれば普段とさほど変わったことはない。
「まぁこうなるとは思」
――――そんな結末がいつもの2人である。