第46話- 仮想現実。-Virtual Reality-
指定時間に学園内にいるようにとのみ伝えられていた祠堂学園の生徒達にとってその後夜祭なる遊戯は突如始まった。
視界暗転。
平衡感覚消滅。
状況を把握する前に理解不能のまま、何も見えない暗闇の中始まる愉快な某校長のルール説明。
何もかもがいきなりすぎた。
さぁて皆様、私お待ちかね後夜祭レクリエーション――――幻想現実による|仮想現実多人数同時参加型電信《VCMMO》風ガンアクションのお時間です!
ルールは簡単、体育祭と同じくバトルロワイヤル。
エリア内でプレーヤーを倒しながら、アイテム集めやレベルアップを楽しんでね?
ただし掻い潜らなければ即失格の素敵なイベントが不規則に発生するから注意!
イベント攻略に必須のアイテムもゴロゴロ転がってるので隠れてやり過ごそうなんてお馬鹿さんは長生きできないゾ☆
初期武器はランダムに配布されるけど武器となる銃や刃物が色んなところに隠されてるから探してみてね?
それからあくまでもガンアクションなので能力は使えないけどガンバッ★
あっ、あとエリア内にはCPとしてグロテスクな化け物がウヨウヨいるけど気にしないで♪
・・・気にしないで♪
・・・・・・気にしないで♪
さて、
「ゴヴゥロバァアア!!」
「いや、無理っしょ」
実に公平かつ平等なランダムによって決定したスタート地点に飛ばされた西谷絵梨の目の前にいるのはそんなグロい怪物である。
・・・何もかもが、いきなりすぎた。
♯
「おいおいおい・・・嘘だろ」
ゲーム開始時、何かしらの建物と思われる屋内にいた四十万隆は、今現在、その屋上にいた。
ジャベリンタワー。それがその建物の名称らしい。
そのことを散策中に見つけたエレベーター近くの案内板で知った彼は、この建築物がここら一帯で最も高い塔であることも同時に知り、現状把握のためにエリア全体を見渡そうと最上階のその上にまで上り詰めたのだ。
地図すらない、見知らぬ場所となれば、そうしたくなるのも無理はない。
現に彼と同じく高層ビルの構内でスタートを切った者の多くは同じ行動を取っている。
そして、その多くがやはり同じような反応をしたのだった。
「嘘だろ」
開けた視界に広がるのはビルの森だった。この塔より高い建物はないとはいえ、30階は越えるだろうビルがところどころ、10階レベルのビルがその間に敷き詰められるように生えている。それらの角ばった人工物を隠すかのように所々霧か靄が漂い、見えたところ緑らしい緑が一箇所だけ楕円形の唯広い公園をなしているようだ。それ以外は全て灰色に近い、奇妙な景色。反射ガラスすら灰色というのは、空が延々と曇り模様を呈しているからか・・・。
そう。延々と、唯広く。
広すぎる。
それがこの今からプレイするゲームのフィールドを目の当たりにしたプレーヤー達の総意だろう。
いくら学園の生徒ほとんど全てが参加しているにしても、体育祭とは違い大学生も教師までも参加しているにしても、広すぎる。
ここまで広大なエリアを確保できる辺りが幻想現実のすばらしさであり恐ろしさであるわけだが、それにしたってこの無駄に広い中ではプレーヤー同士の遭遇率は低いのではないか?
そんな嫌な不安さえが過ぎるほどだった。
が、無論そんなのは要らぬ心配だ。なぜなら、そのためにこのエリア内にはプレーヤー数を上回る化け物が徘徊しているのだから。
――パンッパンパンッ
呆けている彼の耳に入ってきたそんな発破音はタワーの下、地上からである。
はっ、となって反射的に視線を下に向けると、遠くの路上にて誰ともつかぬ生徒が拳銃を緑色で二足歩行のモンスターに向けて発砲していた。
しかし、初期武器には予備弾倉はサービスされていないらしくすぐに弾切れとなり、そもそも拳銃ごとき経口の弾丸などにびくともしていなかった化け物は抵抗力をなくしたプレーヤーに襲い掛かかる。
遠くながらも、ビルの壁を反射して悲鳴はよく響く。
「・・・・・・」
彼は灰色の天を仰ぎ、それから自分の手に目を落とした。
握られている彼の武器はベレッタM92。9mmの38口径、15発。
勝ち目があるとは思えない。
(遭遇しないことを祈ろう・・・)
そう切に願いながら、階段を降り屋内へと戻る。
ともかく、何かしらの動きがある前に、イベントという名の炙り出しが始まる前に用意を整えないといけない。
幸いこのタワーはフロアが何層もある。どこかに校長が言ったとおり武器が隠されている可能性は高い。虱潰し散策して置けばここを本拠地に行動できる。
そう考えた彼はまず手始めに最上階の展望台から調べることにした。
そして、見つける。
おそらくこのゲーム中で最も価値の高いアイテム――――全エリアを網羅した監視システムを。
ラッキーと言えばこれほどラッキーなことはないが、しかし1人である現状、使いこなせないガラクタでもある。
♯
布衣菜誉は悩んでいた。
スタートからしばらく経った今でも開始地点から一歩も動かずに、目の前にある魅惑の物品を睨み続けている。
シルク地のシーツに包まれた軽そうな布団、ダブルサイズのこれまた心地よさそうなベッド、天蓋つき。
「むぁぁぁああ・・・」
頭を抱える。
いくら実際肉体を動かしているわけでもないとはいえ、精神疲労はそのまま残っている自身の調子を鑑みて、
「うぐぅああ・・・」
目の前にある、生涯この気を逃せば味わえることはないだろう癒しの逸品を見つめて、
「いぎゃぁぁああ・・・」
葛藤中。
ルール説明にあった以上は、一箇所に留まり続けれるようなゲームではない。しかしながら、今の自分の疲労具合からしてやる気も出なければ、プレイしたところでまともな結果が得られるとも思えない。
なら、いっそのこと・・・という悪魔の囁きに彼女の中の天使は少しずつ篭絡され始めている。
「うーぁーぃー」
結果、彼女はそのリラックスベッドへとダイブすることになった。
♯
イベント1
任意ミッション:美野公園の食人植物の茂る森にてマンドレイクを採取せよ。
クリア条件:各所回収BOXに納品すること。
報酬:1株10万、加えて治療薬あるいは増力剤。
そんなメッセージウインドウが視界をほとんど遮って表示されたことによって、朝風椎は立ち止まらざるを得なくなった。
何せ、前が見えない。
(10万円に治療薬・・・増力剤、ねぇ)
そう言われたところでこのゲームにおいてのそれらアイテムの重要性が分からない以上、判断しかねる報酬ではある。
いや、それを言うならこのゲームの全体像が見えない現状で、説明書はおろかパッケージすら見ないままにプレイをさせられている状況で、どう動けというのか。
ともかく、視界というディスプレイに表示されたその邪魔なメッセージを消して、誰かに見つからないよう木陰に座る。
ひとまず立ち止まって思考してみよう。
このゲームは、どんなモノか?
新手のヴァーチャル・リアリティ。ジャンルはガンアクション、といいつつ自由度の高いバトルアクションと見た方が分かりやすい。おそらく殴る蹴るといった攻撃法も有効だ。それは彼女の初期武器である鉈が示している。視界の端に移っているゲージを見る限り、ダメージが蓄積していって0で脱落なのだろう。だから治療薬がある、と。
(じゃあ増力剤は?)
関係しそうなステータス画面をメニューを弄って表示させると、彼女は自分の攻撃力や体力が異常に低いことに気がついた。考えてみれば彼女は日常的に鍛えている部類には入らず、他人より筋肉をつけてはいない。
(プレーヤー自身のステータスがそのまま反映されている・・・?
けれど・・・だとするなら・・・)
このステータスの低さは不利だ。
いや、普通に考えてアクションというゲーム性からみても女性全体が不利じゃないだろうか?
とすると、ゲーム序盤のこのミッションはそういったアンフェアを取り除くためにあるのかもしれない。
それなら、
(・・・難易度は低いはず)
ふぅ、と一息吐いた後、彼女は立ち上がる。
とりあえず目先の指針は決まった。
別に移動する必要もない。
彼女のスタート地点は件の公園である。
入り口辺りで見つけた全体図ではこの公園の半分ほどが草木の生い茂った森林地帯になっていた。
「食人植物かぁ・・・」
わざわざそう書いてあるところからして、注意は必要なのだろうが、そもそもそれはどんな形をしているのか・・・。
「しぃっち!」
脳内でうにょうにょと緑色の触手をくねらせる巨大ウツボカヅラやハエトリグサをイメージしていた彼女の耳に入ったのはそんな声。
振り返れば後ろから長谷川亜子が駆けてきていた。
一瞬、駆け寄ってきたところを鉈で先攻・・・などという考えが脳裏を過ぎる。
「・・・・・・」
それこそ先行しそうになった右手を何とか押さえるに何とか成功し、
「亜子・・・」
考えていたことはおくびにも出さずに笑顔で友人を迎えた。
「いやぁ助かったよ。1人じゃさすがに心許ないもん」
美野公園、森ではない方の半分である草原をとりあえず過ぎて凶悪生物の潜むらしい森の前まで来て、ひとまず足を止めた。
何事にも心の準備というものは必要である。
「鉈、効果あるかしら・・・」
いくらでも再生してしまう触手を想像して、イマイチ自分の武器が通用する気がしない椎は手の鉈を振ってみる。
軽い。
おそらく、武器の重さまでリアリティーを追求して操作性を損なわないようにとの配慮からだろうが、威力があるのか不安な振り心地だ。
「大丈夫よ、いざとなったら私の武器があるし」
「・・・そういえば、亜子の武器って訊いてなかったわね。何なの?」
待ってましたとばかりに亜子は登場からずっと背負っていたバックパックを地面に下ろした。
「じゃじゃーん!コレデス!」
黄色をしたその物々しい鞄から取り出されたのは銀色のガスボンベ。
ご丁寧にも『枯葉剤-Agent Orange-』と書かれている。
「名前からして草には効果抜群!」
そんなダイオキシンのミックスジュースを散布すれば自分達もただでは済まないだろうというのはとりあえず置いておいて、何よりも決定的な欠点を指摘する。
「・・・・・・マンドレイクも草なのよ」
「・・・・・・」
自信満々に持ち上げた戦略化学兵器をいそいそと仕舞い始める亜子。
「・・・・・・鉈で勝てるかな?」
さっき自分が口にした台詞に溜め息が口から漏れる。
ともかく、これ以上立ち止まっていても仕方ない。
嫌な空気をそのままに森林へと踏み入れた。
♯
イベントその1が通知され、いくらかのプレーヤーが美野公園と名づけられた目的地へと足を運び始めた頃、そことはかなり遠方に杉木海はいた。
公園とはタワーを挟んで向かいに位置する高層ビル群の一角、無機質にコンクリートやアスファルトが敷かれ詰められしている大通り。都合よくプレーヤー以外の人影のない世界故に自動車の行き来はないのだが、代わりとばかりについ先ほど爆走していた装甲車がロケットランチャーの一撃で8車線の中央辺りに転倒し、それをきっかけに『とりあえず人がいる場所へ』という心理からか音に釣られて終結、ゲームらしいといえばゲームらしい戦闘が始まったのが現在の状況で、遠いの云々を抜きにしてどの道彼にイベント参加は無理なのである。
装甲車で突っ込んできた数名のグループもさることながら、それを撃ちし止めたロケットランチャーのプレーヤーが迷惑極まりなかった。車など隠れてやり過ごせば済む話だったというのに、転倒させてしまったせいで戦場がこの場所で固定され・・・オマケに襲撃犯の一味だと思われたのか、車を盾に反撃に転じた彼らに狙われる羽目になり、足止めを食らっている間に好戦的なプレーヤー達が到着、逃げるに逃げられなくなったのだ。
「うざい・・・」
既に何発か食らってライフを削ってしまっている彼は正直、一刻も早く戦闘から離脱したかった。
何せ、弾が切れそうなのだ。
軽機関銃、それが彼の武器だ。
威力も連射性も申し分のない、ありがたい武器ではあるものの、分に500発ほどという発射速度に比べて、持ち合わせている弾数は最初からついていた250発分が連なったベルト状のそれ1つだけときている。はっきり言って、使える状況ではない。
(たぶん、どっかに弾は隠されてるんだろうけど・・・)
それを探しに行く余裕のないままに戦闘に巻き込まれてしまったのだから運がない。
8発。
拳銃で、急所以外を撃たれたとしてライフが持つのはそれが限界だと彼は自分が食らったダメージから目測して割り出した。
頭に食らえば即アウト、心臓は2発。
血は出ない、痛くはなく痺れがくる。
まぁ、それはいいとして38口径で8発だ。思った以上にシビアな判定だが、だからこそアイテムがありがたいわけである。
治療薬にしても弾薬にしても、それがないと動きようがない。
イベントの1番目があんな内容であることからしても、序盤は力をつけるために使うべきなのだ。
それだというに、これである。
「やる気なくな・・・ッうお!」
さっきからあちこちで行き交う流れ弾をやり過ごしながらこぼしていた愚痴の途中、どこぞの誰かが要らぬ奮発をしたらしい単発仕様のバズーカーの弾が流れ弾に当たって空中で破裂した。
不幸にもそれが近かった彼は潜んでいた車線中央の境界線に生える潅木から放り出されてしまう。
悪態をつきながら伏した身体を持ち上げる頃には、さらに2発ほど被弾し、爆風のダメージも加算されてライフは半分を大幅に切ってしまっていた。
「あーもう!」
そして何より問題なのは身を隠せる物陰がないということだ。
遮蔽物に隠れながらの銃撃戦の中にいきなり出てきた無防備な的を彼らが逃すはずもなく、右左と通り過ぎていた弾雨は確実に彼の方へと方向を修正し始めている。
「くそっ、いつもこうだ!」
ゴロゴロと横に転がりながら移動しつつ、あんまりにもあんまりな状況にまたもや悪態。
「椅子が飛んできたり鋏が飛んできたり花火が飛んできたり!何で俺ばっかこんな目に遭わなきゃいけないんだ畜生!」
そうこうしている内に、次は体勢低すぎて銃弾だと当たりにくいと痺れを切らした1人が放ったらしい手榴弾がごとんっと顔のすぐそばに落ちてきた。
「〜〜〜〜!」
機関銃を抱きかかえて転がってる場合ですらない。
弾が当たるの承知で慌てて立ち上がって我武者羅に走る。
「だいたい俺の扱い酷すぎるだろ!香魚子の奴はやたらと九鈴に甘いし!荷稲さんは治療雑だし!」
そんな中でも無駄口を叩けることこそ数少ないその待遇から得たモノだと彼が気づくわけもなく、コンクリートへ飛び込むように前へと跳躍することで現実ではありえないフィクションならではな手榴弾の大爆発を避けようと試みた。
それは半ば成功し、大したダメージを受けることなく、なおかつちょうど目の行ったところに身を隠せそうな突破口を見つける。
マンホール。
色々と不安要素があるが、ここでアウトになるよりよっぽどマシだ。
開きづらい蓋を何度も持ち上げて何とか足を滑り込ませこじ開ける。
「よっしゃああ!あばよアホ共!!今度あったら覚えとけ!」
最後に、下っ端御用達の捨て台詞を吐いて自分の地位の低さを露呈させつつ、海は暗い下水道へと消えていた。
♯
「ぎゃぁあああぁああああああ!!」
「ちょっ、待!ひぎゃあ・・・!!」
「反則!反則だって!」
「いやぁ食べられたくないのー、ひぃっ!」
などなど、そんな悲鳴が響くのは当然のことながら美野公園である。
イベントの賞品という甘い蜜に釣られて魔の森に入ったプレーヤーは今猛烈に後悔していた。
・・・食人植物。
それを触手を伸ばして人を捕獲する植物の化け物だと捉えていた朝風椎含め彼らの推測は確かに正しい。
・・・・・・動けないという植物の常識を無視して二足歩行した挙句、幹に凶悪な目と口を開けギラギラギチギチ言わせ、やってきたプレーヤーを囲むように大軍勢で森をげらげら笑いながらローラー作戦するような生物を植物と称するのなら・・・だが。
難易度が低いなどと考えたのはどこの誰だと自分を非難した人物が1人いたことは言うまでもなく、しかし、今はそんな校長による心理的トラップに関してケチをつけている場合ではない。
食人植物とは名ばかりのエイリアンに捕まった生徒達はその口の中に放り込まれて脱落していき、必死に逃亡を図る残り少ない生徒達も捕まるのは時間の問題と言えた。
無論、彼女2人もその内で、這い回り走り回って隙を見つけようとはするものの、隠れるのが精一杯という現状がある。
「ひゃぁあああぁあああ!」
また1人犠牲になっていくのを眺め、食人主義はカニバリズムっていうけど、あれは人が人を食べるからで・・・この場合はなんていうのかななどと現実逃避をする椎だったが、彼女以上に長谷川亜子の方がまいっていた。
こうも何度も悲鳴や絶叫を聞いていればそれも仕方がない話だが、この場合問題なのはこれ以上追い詰められた際に彼女がとる行動である。
「〜〜〜〜!!!」
先ほどから自らの武器であるボンベを開けようとして、椎にその手を止められていた。
「亜子、亜子ちゃん?それは、まだ、駄目!」
「ふ、ふふふふふ!し、死なばもろともって言うじゃん!?大丈夫大丈夫・・・イケる!」
大丈夫じゃないし、逝けるだけだと突っ込む余裕なく、力ずくで亜子を引っ張りながら彼女はできる限り森林の出口を向かって歩いていく。
エイリアンはもうすぐそこまで来ているし、おそらく進行方向にもいるだろう。
そのことは亜子には言わず、周りを注意深く見回しながら彼女は目的の物を探していた。
マンドレイク。
夢のようなモノとはいえ、擬似死体験には十分なリアリティーのあるゲームの中で追い詰められながらもそれを諦めない辺りが彼女の強さである。
状況は限りなく不利。けれど、これほど必要なものが揃っている機会はない・・・。
「!」
そして彼女は見つけた。
今まで見てきた中にはなかった種類の、葉をごそごそと動かす木陰の植物を。
「見て!マンドレイクよ!」
「まだ探してたの!?」
「喜びなさい亜子、これで賭けが成立するわ」
「賭け・・・?」
怪訝そうな彼女に対して、椎は大きく頷く。
「アレを採ったら枯葉剤ばら撒いて一気に森を走り抜けるの」
「え・・・?はい?あれ?あなた様は今の今まで私がそうするのを邪魔してませんでしたか?」
「森の外まで遠かったし、何より成功するか分からない作戦だもの。ただ逃げるだけにやるにはリスクが大きかったから。
でもこうして目的の物も見つかったし、賭ける価値が出てき・・・ッ!」
言い切る前に彼女は勢いよく後ろへ振り返った。
「何!?」
「亜子!早く!アレを採って!ほらっ、っ早く・・・!」
「う、うん!」
いつもの彼女らしかぬ剣幕に押されて、彼女は見つけた魔草の許へと走り寄る。
そして、恐怖やら何やらでロクに頭が働かないままに――――、
『ピギャァアァアア―――ァ―――――ァ!!!』
響いたその凶音をほとんどゼロ距離で聴いてしまった亜子はパタンと倒れてそれっきり動かなくなってしまった。
対して、当然のように手で耳を塞いでいた椎は悲鳴が終わったのを確認すると、ゆっくり亜子の方へと歩いていく。
その背の方に何かしら不審な気配はない。
「マンドレイクってやっぱり採取方法が1番ネックよね。1人じゃ面倒だったわ、ありがとう亜子。
普通は犬に採ってこさせるんだっけ・・・?うん、私、従順な犬って好きよ」
そう言って死せる彼女の頭を撫でてその手からお目当ての物を引き抜く。
椎は何の躊躇いもなく持ち主のいなくなったガスボンベのバルブを回してその中身を噴射させた。
さて、難なく死に逝く森から脱出を成功させた彼女は、街中の回収BOXの前にいた。
美野公園を出てから、場所の分からないBOXを探してしばらく歩く羽目になった苦労がこれで報われる・・・。
友人を犠牲にして手に入れたその戦利品をポスト状の箱の口へと押し込んだ。
が、次の瞬間、ペッとポストが吐き出したソレが彼女のおでこを強打した。
「なっ!?」
意味が分からずよろめく彼女。おでこを押さえながら地面に落ちたソレを確認すると、今まで写っていなかった文字が浮かび上がっている。
『アルラウネ』。
「え?え?」
アルラウネ?何それという彼女の心を読んだように、その名称の下に説明文が表れた。
『マンドレイクの亜種』。
そのあんまりにも簡潔すぎる説明に呆然と立ち尽くす彼女へ追い討ちをかける声がかかる。
「おいあんた!よくもまー、わいを引き抜いてくれやがったなぁ!」
見ると、声の主はマンドレイク改めアルラウネである。
一瞬踏み潰そうと考えるも思いとどまり彼女はその人語を喋る草根っこを拾うと、
「あっ、ちょ待ちぃ、や、やめ何をする!?」
「・・・・・・」
無言で雑巾の如く絞り殺した。
踏み潰した程度ではこの苛立ちは解消できない。
♯
織神葉月が飛ばされた場所は多くのプレーヤーがそうであるように建物の中だった。
ただし、高層ビルではなく、と言ってもマンションや家屋というわけでもない。
感染症研究所を備えた大病院の感染病棟である。
研究で扱う細菌やウイルスの凶悪性からその感染病棟は厳重なセキュリティーが構築されているその場所は、入るのにも暗証番号を必要とする防弾ガラスの出入り口で、中からは決して開かないようになっている。
そんな牢獄の中が彼女のスタート地点だったわけである。
初期武器はバスケットいっぱいの手榴弾と質も量も申し分のない当たりなのだが、スタート地点という点では間違いなく外れだ。
しかし、それを補えるのが彼女の能力であり、常から強化してある身体とも言えるわけで、出入り口のセキュリティーが解除不可能と分かった時点で彼女は防弾ガラスをぶち破るという選択肢を当然のように採った。
が、
「痛ッ〜〜〜〜!!!」
躊躇いなく殴りつけた拳の方が砕けそうな激痛に襲われて、彼女は手を庇いながら痛みに堪らず身体をくねらせる。
ガラスにはヒビひとつない。
「???」
意味が分からずにいる彼女の視界で、ライフゲージもが量を減らしていた。
何故か?その理由は実に簡単な話だ。
このゲームでのステータスは実際の個人の身体データを利用している。
能力を使わずとも既に強化されているのが彼女の身体ではあるものの、それははっきり言って人間が持っている通常の筋肉繊維などとは違ったモノであり、外見上彼女の身体は年齢よりも少々幼げな少女のままである。
人間の身体という前提で、その身体をスキャンすれば身体相応の数値が割り当てられるのは当然で――――、
つまり、今現在彼女のスペックは年端もない幼女そのもののモノでしかない。
身体の耐久性は転んだだけでもダメージになるほどに低く、攻撃力は地を這ってそもそも手の方がもたない。すぐに息は上がるだろうし、走っても誰にでも追いつかれるだろう。いくら補正されているとはいえ、拳銃が扱えるとも思えず、重火器は言わずもがな、武器である手榴弾すらあやしいものだ。
それに思い至った彼女は自分の両手を見た。
心内に混沌とする感情のせいかその手は小刻みに震えている。
――ぺち・・・
ガラスを叩く音すら実に軽く牢獄に響く。
――ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち・・・・・・!