第45話- 思春。-Adolescence-
体育祭で1度全壊・・・いや熔解したことによって建て替えられて築1年未満という驚異の校舎であるのだから元々綺麗な教室だったけれど、1ヶ月近く色々とアイディアを出し合ったかいがあってか店内はかなり整っている。
白を基調に黒いアクセントがデザイン性を考えつつ配置されていて、普段勉学に使用されているとは思えない本格的な"店"という雰囲気が流れている。
出店はもとより学生の学園祭だ。内装にここまで気を使う方が珍しく、そのお陰で3日目も『Elysion』は大繁盛だ。
「いや、自画自賛してどうするのさ」
などと、我がクラスの店にお客として足を運んで自賛していると、黒いウェイトレスにそんな呆れの台詞をかけられた。
「いいじゃん。私の名前は誉なのよ。誉めるのが仕事なの。
あ、注文は3種ベリーソースワッフルで」
「自分の店を冷やかすほど暇なら仕事手伝ってよ」
「残念なことにそれは私の仕事には入ってないのよ」
「衣装がそのままだから店員がサボって貴重なテーブル1つを占拠してるようにしか見えないんだよね。
誉められたことじゃないと思うけど?」
むぅ・・・。揚げ足取られた。
「それよりも」
「話題変えようとしてる?」
「そーれーよーりーもー」
「・・・はいはい」
「はづちゃん、まだなの?」
「何が?」
「自慰。あるいは生理」
「・・・・・・・・・・・・」
返ってきたのは沈黙と形容しがたい表情。無表情っぽいけど・・・予期せぬ攻撃にフリーズしたようにも見えなくは?
「・・・まだだよ。というか自慰の方は聞いた記憶があるけど生理は初耳」
「この前視たのよ、曇り夢で」
「本当に厄介な能力だよね、予知能力。
ホンットに、ロクな予知能力者にあった記憶がないんだけど」
「喜んではづちゃん。自慰はともかく生理はもうすぐよ!」
「何をどう喜べば分からないし、何でそんなテンションが高いのかはもっと分からない・・・」
「赤飯炊かなくっちゃっ!」
「ノリが絵梨ちゃんになってるよね?乗り移られでもした?」
「恐ろしく失礼な!初潮は女の子にとって一大事なの!」
「そう言われてもねぇ・・・」
「いい?生理っていうのはね――――」
「生理。医学用語は月経。で、月経周期に伴っての排卵時において受精がなかった場合に子宮内膜が血液と共に剥がれ落ちる現象。何で血液が出るかというと子宮内膜っていうのが毛細血管や分泌腺で作られているんだけど、剥がれ落ちる時に出る酵素の働きで血液の凝固因子が壊れちゃうから。ちなみに凝固因子っていえばフィブリノーゲンとかフィブリンとかプロトロンビン、トロンビン・・・カルシウムイオンもそうだよね。そうそう血液の成分に含まれるご存知血を赤色に見せているヘモグロビンだけどこれは鉄を含んだタンパク質だからで・・・虫なんかはオレンジっぽいでしょ?エイリアンとか魔物とか色の違う血で描写することがあるけど、普通に地球に棲む生き物ですら血の色は違うんだよ。銅を含むヘモシアニンを持つカニやエビは血が青みがかってるし中には緑色の血液を持つ生物だって存在する。面白いよね、赤黄青緑ってフルーツみたいじゃない?で、お客様、ご注文は3種ベリーソースのワッフルでよろしかったでしょうか?」
3種ベリー・・・ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー。赤紅青色。
「ギャオス!待ってはづちゃん!今の話聞いて食べれる図太い精神は持ち合わせてないから!
カムバァークッ!キャンセル!今の注文キャンセルゥウ!」
/
香春高校のオープンカフェにて、旧知というほど旧知ではなく、所在地がそもそも離れていたために親しいというほどでもなく、それでも同系統の能力者であることから知り合いではある2人組が対面して席を取っている。
ブラック珈琲にチョコとバナナのクレープ、鳳凰――――瑞桐小鳥。
抹茶オレとホットケーキ五重塔トッピングに特性滝壺メイプルシロップ、火兎――――兎傘鮮香。
それぞれ届いた注文に手をつけつつ、というより夢中で食してほとんど目を合わせていない。
「・・・全く。神戸に来てたんなら連絡ぐらい寄越せよ鳳凰。
織神から聞かなきゃ知らないままだったぞ」
「キャラがかぶりそうだから嫌なのよ。
こちとらわざわざ目立つ紅色の服に身を包んでまでキャラを立たせようと努力してるんだから」
「知らねぇよ。てかどこがキャラ被ってんだ。私は趣味趣向も普通で尚且つ人格者だぞ」
「本当の人格者に土下座して謝りなさい。
だいたい趣味について非難を浴びる筋合いはないわ。人は自らの願望を曝け出してこそ次の段階に進めるのよ」
「その階段は変態の階段だ」
2人はしばらく微笑みという名の睨みを利かし合う。
が、決着などつくはずもなかった。
「・・・接点なんて発火能力者であることぐらいじゃないかよ」
「はぁ・・・。それにしたって私達じゃ方向性大分違うのにねぇ」
「だよなぁ。火神三柱だっけ?火柱だっけ?それにしたって鳳凰、火兎までは分かるけど火の玉はどう考えてもカテゴリーが違うだろ」
「あの男の能力はもはや発火じゃないわよ。どっちかって言うと『神々の輪笑』好みよねぇ」
「あー、その辺は私知らん。鳳凰みたいに危ないのには突っ込んでないからな」
「心外ね。私は精神年齢の低い大人やその彼氏とベタベタドロドロな美しき馴れ合いをしてるだけよ」
最低だな、と鮮香はその反論になっていない反論を一蹴。
「万可だっけ?織神と同じ」
「支部が違うし、そもそも私あそことそこまで深く関わりないけどね。
・・・あの子には随分痛い目に遭わされたのよ。怖い怖い」
などと大げさに肩を竦めてみせる小鳥。
だが、思い返してみればむしろ肺や足を焼かれたりと痛い目にあったのは織神葉月の方であって、彼女の負傷は頭突きでの脳震盪とパペットよろしくの辱めぐらいのものなのだが、その辺を知らない鮮香はふぅんと頷いた。
「珍しいな。基本無敵能力者のくせに」
「場合と状況によるわよ、そんなの」
「それにしたって・・・そんなに強いのか?」
「今はまだ殺せるって感じ。これ以上成長されると手に負えない。
まぁ、私や兎ちゃんみたいな大火力型のPKは無駄に相性がいいから分かりづらいかもしれないけど」
「うわ物騒ーだな」
「そういう能力なのよね、アレ。進化能力・・・適応能力っていうのは弱点を克服していく能力なんだから。経験値を上げられれば上げられるほど隙がなくなっていく」
「ふーん。能力の伸び白はダントツってことか。
私なんかかなり苦労してここまでなのに」
「PKにだって色別理論があるじゃない」
「無理。あれ意味分かんねぇ。考えた学者は馬鹿だ」
何よ情けないわね。
そう呟きながら小鳥は立ち上がって身を乗り出し、
「いい?人は自らの願望を曝け出してこ――――」
「全く関係ない台詞だったはずだぞ、それは」
台詞をバッサリ切り捨てられた。
が、彼女も負けじとその一撃をスルー。
「同じよ、恥ずかしがらずに目標を堂々と掲げてベストを尽せ!」
親指を突き出し、格好良くウィンクした。キラリンッと要らない効果音が脳内再生される。
「いや、そんな綺麗な内容じゃなかったと思うんだ」
「何のことだか」
しれっと言って残っていた珈琲を飲み干した。
「はぁ・・・」
瑞桐小鳥という人物は相手にすると疲れる。それが鮮香の正直な感想だ。
葉月からも同じような気苦労を感じることから2人は同属なんだろうと、本人達に言えば即答で抗議が返ってきそうなことを考えつつ、そもそもそんな相手にこうして顔を付き合わせるに至った経緯を思い出した。
「そうだ、鳳凰・・・」
火男改め火達磨から聞いた話について、一応黒い領域に足を突っ込んでいる人物の意見を訊くというのが目的だったのだ。その件についてあらましを投げやり半分に説明する。
小鳥といえば飲み終えてしまった珈琲のおかわりと今度はキャロットケーキを頼み、それを口に運びながら、少なくても真剣に耳に入れていないのだろう様子で話を聞いていた。
「どう思う?」
「さぁ?情報が少なすぎるわよ、深読みもできない・・・。
普通の発火能力者なんでしょ?『万可』は興味ないはずだし、『ESP追究所』はお門違い・・・『神々の輪笑』なんて論外、『古き良き風景』は見向きもしない・・・『日常的な赤』に関しては知ってのとおり研究終了、『他方傾向念力追究所』は強影念力が専門だし、『三重録音九法研究所』はそもそも神戸には支部がないわよね・・・『箍の外れた発条』だって暴走能力者専門だしねぇ・・・」
「やっぱそういう研究組織関連じゃないか・・・別の何かか?」
「と思うけど?単に火力として欲しかったんじゃない?犯罪者なら扱いやすいし」
「かなぁ?ま、いいけどな、そいつのことは。
問題はそれに探り入れてヤバイ話に後輩が突っ込むことの方だし」
「あら、後輩想いなのね」
「言ったろうが、私は人格者だ」
「へぇ・・・そういう意味じゃあ私達案外似たもの同士かもね」
「はぁ?」
「ほら」
小鳥は取り出した携帯を開いて見せてくる。
突き出された液晶画面には、裸の彼女と男の子が写っていた。
誰だとか、何歳だとか、何で撮ったとか、何処で撮ったとか、何で待ち受けにしてるんんだとか、そんな一気に湧き出た疑問に圧迫された鮮香は思考停止、身体硬直。
「ね。似たもの同士の後輩想い」
「いやいやいやいやいや!」
はっとなって、ぶんぶんと首と手を振る鮮香だったが、その時には小鳥は立ち上がって背を向けて歩き出しているところだった。
「待て!お前の趣味と私の主義を一緒にすんな!待って、待ってください、待てやぁあああ!」
応答はない。
「・・・ッ、一緒にすんじゃねぇえっ!!」
/
際どく揺れるスカートから垣間見える健康的な足、衣装が衣装なだけに強調される腰のくびれと胸。
一男子として心ときめかないとは言わないけども、それを見るたびに自分が同じような服装を着せさせられていることを自覚することになる現状を無理にも無視しても、そんな葉月の姿を眺めてみて純粋に浮かぶ感想は『よかった』の一言に尽きる。
能力を得る前の葉月の身体は病的だった。細身だとか二次成長がどうだとか、そういう観点ではなくてもっと全体的に見て、病的。
病的と言っても病気ではなく、細身といっても栄養が足りていないわけでもなく、身体が成長についてきていない。あるいは成長という概念が身体の中からごっそり抜け落ちている・・・そんな感じ。
初めて出会った時、『あぁ、お人形さんみたい』なんて思ったのはよく覚えている。
もちろんそれは今よりかなり精神年齢の低い時の話しだし、病的だの何だのを揶揄して言ったわけでもない純粋な賛辞としての感想だったのだけど、実際今思えばそんな褒め言葉が皮肉にしかならないような身体だったのだ。
だから何度も、何回も思うのだろう。よかった、健康な身体になって、と。
「どうかした?」
覗き込まれて顔の距離がいきなり縮まる。かなり近い。
「何でもないよ」
むしろ今となっては単に目の毒だけども。
・・・・・・いや、複雑に目の毒だけども。
警戒心がまるでないというのは、この場合良しととるべきなのか悪しととるべきなのか・・・。
反応が面白いからというだけの理由で胸を見せてきたり当ててきたりという過剰な接触を躊躇なくやってのけるあたり、たぶん葉月は未だ自分が女子だという自覚があまりない。
普通、無為に性転換なんてしたら友人への対応や関係を否応なく変えなければならなくなると思うのだが、男子であろうと女子であろうと変わらない葉月の接し方は、反対に周りの変化を強いようとしている気がする。
でも、だとして、変わった周りに対して葉月の方はどう応答するのだろう?
例えばの話、自分を女性として見る人物に迫られてたら。
拒絶の理由がない故に受け入れるのか。理解が及ばない故に受け入れるのか。
葉月の精神年齢は思われている以上に低い。知識や知能という点において故意に底上げされているから勘違いしてしまうのだが、育った環境の特殊性やらのせいなのか葉月の思考年齢はまだ二次成長期相当のモノには達していない。
性をまるで理解していないのはだから当たり前で、そして葉月の世界は酷く狭いはずだ。
幼子の世界が家族と周辺のごくわずかな人々で成り立つように、葉月の世界も同じように限定的で隔離的。
葉月が、少なくても俺に対してあんなことまでしてからかいたいと思えるほどには好意を抱いてくれているのは葉月のあまりにも狭窄した世界に、視界に居たのが俺だったからにすぎないからだろう。
広さを知ればその限りではない。
分かってる。
分かってるけど――――それは、嫌、何だよな。
葉月が元は男なんだとか、大切な友人なんだとか、そういった気持ちに織り交ざってそんな感情が、ある。
どうなんだろう?これをどう扱っていいものなのか判断に迷う。
葉月を女子として見て、それに友愛や保護欲やらが混ざってこんな気持ちになっているのか。
あるいは、そういう、ことなのか。
しかしまぁ、少なくても女性として見ていることは間違いなく――――
具体的にその結果として、とりあえず下着を取り替えたい。
学園祭3日目にして、2日連続『不思議の国』に足を運び、2回連続同じ夢現を味わった結果、そんな状態である。
葉月がどうにも釈然としないからともう1度体験することを提案したわけなのだが、こちらとしては1回目で驚愕した自分の深層心理を再確認する羽目になるという頭の痛い実りとなった。
思春期らしい煩悩は無視して、断固無視して、それの相手が葉月であるというのが・・・・・・そもそもの原因だ。
悩まされたというよりは気づかされたという方が、やっぱり感覚としては近いのだけど。
本当に・・・俺は実際のところ葉月をどう思っているのだろうか?
「ねぇ、ところでさ・・・」
「ん?」
「昨日もだけど、何見たの?」
「・・・・・・」
その夢の内容と目の前の現実に板ばさみにされている最中にされたくない質問だった。
というか、言えない。
それはあまりにも高度な精神露出技法だ。残念でもなく俺はそんなタクティクスなど身につけていない。
「何を見たの?」
「秘密」
「何を体験したの?」
「内緒」
取り付く島もない俺の態度にむぅ、と頬を僅かに膨らませて抗議してくる葉月。
そういう表情は、男の頃は見なかったものだ。
身体の方に、少しずつ精神がついてきているのかもしれない。だと、いいのだけど。
何だかんだで女物の衣服にも慣れているようだし、最近はヘアスタイルのバリエーションも増えてきているし・・・。
「何でそんなに言いたくないの?」
「極秘」
「・・・でも、昨日と同じだったんでしょ?」
「・・・・・・うん?」
仕草を観察するのに意識を向けていた思考に、何か不審なワードが飛び込んできた気がする。
「何で昨日と同じだなんて分かるんだ?」
「んー・・・あっ、あったあったここだ」
俺の結構重要な質問に対して答える前に、葉月は見つけたコンビニへと入っていってしまった。
いつもは使わない学校近くのコンビニエンスストア。
そういえば最終日ももう終わりという時間帯、後夜祭の催し物が始まる前にちょっとした打ち上げをと、その飲み物を買いに来たのがそもそもの目的だったのを今更ながら思い出す。
クラスの皆は何だかんだで喫茶店に入り浸っていたらしく、いい具合に『不思議の国』に行っていた俺達がその使いっ走りの役を請け負うことになったのだった。
本当にすっかり忘れてたな・・・。
まぁ、自動ドアの前で立ち尽くすわけにも行かない。
この季節にしては寒い店内に入って、さっさと先に入店した葉月を探す。それほど広くもない店内だ、葉月はすぐに見つかった。
のだが、どうしてかあいつはペットボトルや菓子のコーナーではなく雑貨コーナーだった。
その辺りに陳列されているのは包帯やマスク、髭剃りにシャンプー、タオルハンカチティッシュときて目薬筆記具携帯充電器タイツ――――そして下着。
「はい」
その1つを手にとって、必要でしょ?と言わんばかりに渡してきた。
・・・・・・・・・・・・よし。
考えてみよう。
まず・・・昨日と同じ経験をしたことを葉月は知っていた。
それは何故か?
葉月が気づいていたという事実を知った今となっては簡単な話だ。
葉月は常人に比べて五感が酷く優れていて、今の自分はミニスカよろしく実に下半身が涼しい服装なのである。
まぁ、考えてみればバレない方が難しい。
それが2度同じ夢を経験したという推論の根拠になったというのは別にいい。よくないが、この際無視しよう。
で、次にどうしてその異変によって下着が必要になると葉月が考えたのか・・・それが重大問題だ。
葉月はこの手の話にかなり疎い。
保健体育としての知識ならともかく、男子としては二次成長もまだだった葉月がその辺の生々しい話を知っていたとは思えない。
・・・・・・誰だ?誰に訊いた!?
そう、それが問題なのだ。
昨日の時点では葉月は知らなかったはずだ。知っていたならこの身も凍るようなイベントは昨日起きている。
つまり、昨日から今日にかけて、誰かに尋ねたということになるのだが・・・。
しかし、誰にだ?
隆か?委員長か?副委員長か?荷稲さんか?絵ロ梨か?
純粋無垢な好奇心でとんでもないことを誰かに訊いている葉月・・・・・・度を越えて恐ろしい想像だ。
「ねぇ・・・それで、夢はどんな感じだったの?」
良識のある人物なら心の奥底にしまってくれるとは思うけど・・・。
駄目だ気になる・・・誰なんだ。
「相手は?相手は誰だったの?」
しかもご丁寧に事の原因まで細かく教唆してくれやがったようで――――・・・あぁ。
そうか、そういうことか。
考えてみれば、葉月の質問に対してここまで答える必要性はない。
一応とはいえ常識人な委員長や荷稲さんがそこまでの知識を植え込むはずがないのだ。やんわりとオブラートに包み込んでくれるはずなのだ。
葉月の質問に対して必要以上の物事を教えて俺をからかうために唆した文字通りの教唆犯など絵ロ梨しか考えられない。
あの野郎・・・。
葉月にこうして質問責めにあっている俺の姿を想像してほくそ笑んでいるに違いない・・・。
いつか絶対!この借りは返す!
「ねぇねぇ、絵梨ちゃんが言うには僕じゃないかってことなんだけど、実際はどうだったの?」
・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・アノアマコロス」
/
「では、コスプレ喫茶大成功を祝って・・・・・・乾杯!」
委員長である朝風椎の音頭で紙コップに注がれた各々好きなジュースを口に含む1‐Bのクラスメート達。
衣装もそのままに、どうせこの後には後夜祭が控えているのだからと、心持は軽い前祝である。
命名矢崎聡一の喫茶『Elysion』は大成功、よって売り物はほとんどが完売。
つまりそういう理由で織神葉月と朽網釧の2人がわざわざ買いに行った新しい飲食物がテーブルに並べられ、ジュースと同じく皆が皆好きなものを口にしながら談笑談話してささやかな休息を楽しんでいた。
おいコラ絵ロ梨、何々聞こえない、そういえば毒舌幼女がタカと美月さんが一緒に歩いてるを尾行したって、ねぇあゆっちくすっちとはどうだったの、楽気苑のお得意様なんだけど三石先輩の言うとおりだったな、記念に撮影した写真さ後日配るぞ、やめろやめてください・・・。
しかし、そう、ささやかな休息だ。
学園祭という非日常空間の雰囲気に当てられながら突っ走った3日間、その終幕はすぐそこ。すでにこの巨大学業イベントをゴールした気になっている生徒がほとんどで、精神疲労の方がそろそろ限界にきている生徒だって多いだろうこの現時点において、そんな生徒達の心情などお構いなしに、これからのイベントこそがメインだと息巻いている小さな権力者が動きだす。
生徒を労うのが目的の後夜祭なのだからキャンプファイヤーでも灯してフォークダンスでも躍らせればいいものを、そのとあるゲーム中毒者はほとんど自分の我が侭で、かつての教え子を口説き落とし無茶をいい飴と鞭で釣り、もはや学園祭のオマケに収まりきらない特大イベントを企画したのだ――――。
現実としてあり得ない、夢に見るにはもどかしい。仮想するしかない、けれど現実のような体感を持って遊びたいと誰もが思うような体験ゲーム。ただし、疲労のない状態が望ましい――――でなければ大規模故にレクリエーションとして消化できず胃もたれを起こしかねない、そんなイベント。
もうすぐ、開幕。