第41話- 客観回覧。-Counterfeit-
いくら特別指定学園都市の一学園としても、初等部から大学まで内包する祇堂学園は相当の広さだ。
学園祭も大規模とはいえ、一校舎の超能力とは無関係な喫茶店にそう人が入ることはないだろうという予想はしていたのだけど、その予想はよい意味で裏切られた。
凝りに凝った内装や仮装が目を惹くらしく、開店から3時間が経過しようとしている午後1時少し前、一息つく間もないほどには店内は賑わっていた。
忙しさが勝ってか羞恥心の薄らいだクシロもしっかりと業務をこなし、何事もテキパキと処理する委員長は頼りになるし、何だかんだで店に居座った副委員長こと亜子ちゃんも力強い味方だ。
そんなこんなで精神的には余裕ができたせいでか、気になり始める周りの視線。
店の準備の途中からクシロをホール側に巻き込めるということばかりに目がいって自分も仮装するんだということをすっかり忘れていた。
何せこの衣装、不必要に胸元が強調されていたり、不必要にスカートの丈が短かったり・・・。
体育祭の後でグレードアップした衣服のさらに上をいく意味不明の装飾なわけで・・・。
駄目だ、考えたら駄目だ。
考えれば考えるほどどつぼに嵌る気がする。
店内を見渡すと、『楽気苑』の常連さんもいてこっちに熱い視線を向けてくる。
なるほど。彼らが三石先輩の言っていた、『女性興味が一方向に狭い』知人の大学生達か。
まぁ、ただでさえ、人目を惹く姿なのだ。
当たり前とはいえ浴びせられる好奇の視線に、今更ながら動揺してしまう。
いつもの無駄の多い、機能性が削がれた服装での意味の分からない格好に対しての羞恥とは違う、嫌な気恥ずかしさ。
少々頭に発熱がみられる。
あー、熱い。
これ、どう考えても女子がそんな役回りだと思う。
男子基本裏方だもの。
見られないし、見ないし。
「はぁ・・・」
けれど、それももうすぐ終わりだ。
午後1時。それはちょうど開催時刻の中間で、店当番の交代時間である。
自由行動になれば、店内に居座り続けなければいけない現状よりは気が楽になるだろう。
続々と帰ってきたクラスメート達は既にスタンバイに入っているので、あとは頃合を見計らって店を抜けるだけ。
食べ終わったお客さんの紙皿を回収して裏で捨てようとしていると、
「ここに!細い川に美しい樹と書く!細川美樹はいるか!」
叫び声が聞こえてきた。
振り返ると、出入り口に見知らぬ男子と九鈴ちゃんがいる。
お客様を・・・連れてきたような感じではない。
「はぁーい?細いそうめん川流し、羊大樹いと書く細川美樹ちゃんならここにいますよん?」
ご指名を受け、ホールに入っていた美樹ちゃんが手を振る。
その姿を捉えて、大声を出した男子君は数歩後ずさった。
自分で呼んでおいて失礼な人だ。
「う・・・嘘だ。何でお前が・・・」
対して彼を視界に捉えた件の彼女の方はなんともなしに、
「あ、いなっちーだ」
指を指してそう言った。
・・・・・・ふむ?
今、何て?
「「いなっちぃぃいい・・・・・・っ!?」」
/
「いなっちーはこれだよね」
「だよな、これだ」
「これよ」
「これ」
「これだよなぁ」
忘れもしない強烈な個性を持った元同級生、その現同級生であるらしいこの喫茶店の店員達が揃って指差すのは、この店のマスコットであるところの『いなっちー』だ。
「いやいやいや!俺が『いなっちー』!稲川智広!
この落書きは美樹が俺の似顔絵を描いた成りぞこないだぞ!」
しかし、それに対しての彼らの反応は、
「えー、いきなりそんなこと言われても・・・」
「こっちがいなっちーだ」
「だいたい似てないわよ」
そりゃあそうだ。
何せ、成りぞこない。
製図や裁縫など繊細な作業を得意とする美樹なのだが、ラインが微妙な曲線を描く図形的ではないモノの模写などは苦手なのだ。
そんな残念な才能から、美術の人物模写の時に生まれたのがあの『いなっちー』である。
模写とは思えない、棒人間の方がマシだと思えるような落書き。
そんなモノが原型を留めているわけがないだろう。
が、反論しないわけにもいかない。
「ほら、これ眼鏡」
「え!これ目じゃないの!?」
「でも君の眼鏡四角じゃない」
「前は丸眼鏡だったんだよ!それにこれ、これが前髪!」
「トサカじゃなくて?」
「どう考えてもこれ二頭身だぞ?」
まぁ、だろうな。
上半身の模写のはずなのに体全体描いちゃってるし、顔が体の倍以上あるし。
「というか、こっちの方が原型だろ」
「俺がオリジン!オリジナル!元々は俺だったモノ!
で、何でその『いなっちー』がマスコットになってんだよ美樹!」
「何言ってるのん?『いなっちー』はー今やこの学校全体に認知されたキャラクターだぜー?」
「学年便りに毎回出てるよね」
「体育祭のパンフにもあったよな」
「学校のどこかに隠れいなっちーが存在するって噂もなかったか?」
何で・・・何であんな落書きが定着してるんだ・・・。
一応元は自分の模写なので肖像権があるような気がしないでもないのだけど、それを主張することはあれを自分だと認めるということで・・・、けれどやめさせるためにはあれと俺との関係を立証させなくてはならなくて・・・、
「チクショ――――!!」
思わず叫ぶ。
「美樹、彼、変な人?」
さっきから自分よりも背の低い黒姫の後に隠れていた焦げ茶髪の女の子がかなり引いている。
・・・酷い言われようだ。
「可愛い系引っ込み思案には言われたくねぇ!」
「なっ!」
何故か俺の反撃に過剰に反応して身を乗りだす彼女。
「お・・・!」
何やら口走ろうとした彼女の口を黒姫が片手で塞いだ。
「お?」
目配せしてこちらの分からない何かを交わし、口を開放する。
「私はおと・・・!」
また口を塞がれた。
「おと?」
何なんだろう、このやり取りは。
「私は乙女です・・・」
最終的に出てきたのはそんな台詞。
何を言ってるんだこの娘は。
「うん見りゃ分かる・・・」
「ぅぅうぅ・・・・・・」
葛藤するように頭を押さえる彼女の様子に忍び笑いする彼らクラスメート達。
これまた意味の分からない行動だ。
「まぁ、彼、『いなっちーだったモノ』が変人なのは置いておいて――――」
何故か、俺の方が紛い物扱いになっている。
可愛い系引っ込み思案といい彼女といい、初対面の相手に失礼な台詞を吐いてくれる。
というかこのクラス、電波系語尾不定を内包しうるほど強烈な個性を持った変人ばかり集まってる気がする。
それにさっきから何か面白がられてるよな?
考えれば考えるほど腹が立ってきた!
「うるせぇ!悪魔系ロリボディ!」
「・・・・・・ほぉう」
その言葉を聞いて、笑顔が濃くなる黒い黒い姫子。
あれ?地雷踏んだ?
「美樹ちゃん、確か男用の衣装残ってたよね?彼に着せてあげよう。
それからお腹と背中にいなっちー描いて、学園中を練り歩かせる」
何だその恐ろしい処刑は。
されてたまるか!
咄嗟に振り向くと、何時の間にか、後ろに回っていたこっちも笑顔が黒いすみれの女の子に退路を立たれていた。
・・・連携、できてるなぁ。
仲いいんだろうなぁ。
方向性がおかしいけど。
「さぁーて、恥辱の時間だ」
「NO・・・・・・!!」
/
香春高校。
それは超能力の実用・応用を専門に扱う祇堂学園四季高校の中で最も生活に密接した学校だ。
体育祭のバトルロワイヤルでは苦汁を舐めた俺達だが、学園祭となれば話は別。むしろホームグラウンドと言っていい。
派手さはないが、細かな調節の利く器用な能力使用こそ我らが香春の強みである。
体育祭そっちのけで調理スキルも上げていた俺達のクラスはもちろん食べ物で出店。
ただし喫茶店のような形式は取らずに、教室の中にバーナーを3つ並べて、クレープとたい焼き・たこ焼き・焼き蕎麦をそれぞれ別々に販売している。
10月と寒くなってきたこの頃合だからこそ、窓を1つ以外全部締め切り、副委員長の空調制御を使って煙をピンポイントに外に出すといった、さりげない超能力パフォーマンスを交えることで他の学校の店と差別化を図るというのがこの学校の戦略だ。
加えてこのクラスでは特定の趣味の女性・・・と男性に人気な土筆にわざとブカブカの服を着せることで更なる集客が可能なのだ。
なの・・・だ。
なのだ・・・けど、
「ねぇ、君、この後ホテルでいいことしない?」
「こ、ここ困ります!」
先ほどクレープを買いに来た紅い客人が土筆に迫っている。
もーう、これでもかと言うぐらいの迫り具合だ。
よくもこれほど人の多い場所で求愛できるなと。
「大丈夫大丈夫、一から百まで丁寧にお姉ーさんが教えてあげるから」
それを言うなら『一から十まで』であって、九十ほど超過してるというか、超過した分は何なんだろうというか・・・。
非常に綺麗なお姉様にそんなお誘いを受けているあいつが羨ましい。
そして土筆は押しに弱いので、あのままだとまぁ・・・・・・まぁな?
それは他人事なので干渉はしないとして、そろそろあいつにも出店を手伝ってもらいたい。
だから早いところ諦めて手解きを受ける約束でも交わして戻ってきてほしいのだが、うん、こっちから声をかけるのは嫌だ。
どうしようかと考えながら、プレートの上でかき混ぜたキャベツ、豚肉、麺の上にソースを振りかける。
ジュワッという小気味好い音と共に勢いよく水蒸気が上がり、まるで見えない換気パイプがあるかのように線を描いては窓から出ていった。
/
何処かで発火能力者がパフォーマンスをしているのか十数メートルの火柱が上がり、視線を上から降ろせば微電波マッサージや能力焼きりんごなどの文字が躍る。
既にりんご飴やら綿飴やらチョコバナナやらタコせんやらを散々毒舌幼女に奢らされた身としては出店菓子はもうたくさんだ。
昼食はお腹に入れたし、今からが本格的な超能力店巡りになる。
蓑虫とは途中で別れ、今はクシロと2人。
タカとも今回は別行動で、彼は今頃体育祭で知り合った隅美月さんと巡っていることだろう。
祭巡りと書いてデートと読む・・・みたいな?
まぁ、それはともかく、こっちも出店を楽しもう。
・・・衣装と、手に持った宣伝用の紙が恥ずかしいことこの上ないけど。
「どこ行く、クシロ?」
「ん。まぁ・・・まずは大学の方。
危険性の高いアトラクションは大学でしか許可されてないし」
「アトラクションね・・・えーと、空中散策、念力トランポリン、対撥水・発水能力者水鉄砲合戦・・・・・・に変身能力者による『狼と羊』」
狼と羊、訳すと騙す側と騙される側。
相変わらず、相変わらずのようだ。
「狼と羊?」
「何となく内容が分からなくもないけど・・・行ってみたらはっきりするでしょ」
形態変身のグループがやっているのなら、何時かの大学生と雪成君もいるはずだし顔見せぐらいはしておこう。
現地点、伸夏高校から祇堂大学まではそれほど離れていない。
移動の最中も色々と面白そうな看板やプレートなどが目に留まる。
凄い量だ。これ全てが、それでも祇堂学園だけの行事だというのだから・・・。
他の学園での祭り、他の学園都市での祭りも見てみたくなる。それぞれ特色が違うわけだし、比べると楽しそうだ。
さて、大学に着いた。
中学校や小学校と違って開放的でこれといった柵がない大学。
それをわざわざから校門入って、とりあえず第1館と書かれた建物の前にまで足を運んでから、改めてパンフレットの地図を確認する。
大学というのは入り組んでいて迷いやすいからの行動だったのだけど、『狼と羊』は共同訓練の時彼らがブースを出していたのと同じ場所でやっているようだった。
どうやらあそこが形態変身の活動拠点らしい。
1度行ったことがあるので迷うことなくすいすいと歩を進めてブースまでやってきた。
「こんにちは」
「あぁ、君か」
大学生の彼が受付らしき机に腰掛けて応じてくれる。
雪成君は中か、あるいは裏方の仕事があるのかもしれない。
「君らも参加してみるかい?」
さほど力の入っていない勧誘文句。
やる気なしと言った感じ。共同訓練の時もそうだったなぁ。
「どういうアトラクションなんですか?」
「形態変身を利用した成り代わり推理ゲームでね。
まず、10人ぐらいのグループと能力者1人が暗幕や仕切りで入り組んだ教室に入る。
能力者はプレーヤーに成り代わって模造ナイフで彼らを殺していくから、プレーヤーは誰に成り代わっているかを当てるという分かりやすい遊びだよ」
「・・・何となく分かってたけど、何で犯罪を通さないと行動できないんですか形態変身者は」
「あははははっ、伊達に詐欺師集団を名乗ってないからね」
今まで散々言われてか、開き直ってついに自称しだしたらしい。
さっさとお縄になるべきだ。
「遠慮しときます。いくら形態変身でも僕は見分けつきますし」
「そうか、そうだろうね。君は?」
「やめときます」
「ははっ、まぁ仕方ないね」
これこそ集客に熱心でないというのがよく分かる笑い方。
そもそも考えてみればこのゲーム、能力者が1人いれば回せる内容だ。
彼を含めて2人ほどここにいると考えても、まだ多くいるはずの他のメンバーは、やっぱり共同訓練の時のようにカモを探していると考えられる。
やる気があるのかないのか・・・。
「あ、そうだ。学園祭でこれだけは行った方がいいっていうところあります?」
せっかくきたのだ。無駄に人網が広そうな先輩に聞いておこう。
「ん・・・そうだなぁ。
やっぱりあれじゃないかな。殊樹高校名物の『不思議の国』」
「不思議の・・・アリスですか?」
「そう。幻想現実と呼ばれる能力で創られた仮想空間を探検できるという、正しく夢のようなアトラクションでね。アリスの気分が味わえる」
「へぇ・・・面白そうですね」
クシロが食いついた。目が輝いている。
まぁ気持ちは分かるけど。
確かに他のアトラクションと比べても秀でているし、これぞ超能力!といった感じで純粋に面白そうだ。
「行くんなら予約することをお勧めするよ。明日分のならまだ空いてるんじゃないかな」
/
学園にいくつかある運動場やプールは事前に申し込みがあったグループのイベントが時間で割り当てられている。
その場所に見合った催し物が予定されるこれらのスポットはパンフを見るまでもなく楽しめるというのが学園っ子の常識だそうで。
それでも事前に確認すると香春高校のプールでは撥水能力者による水面歩行が行われているらしい。
とりあえずそれを目的に高校内の入ったところで、お昼過ぎ、先に腹ごしらえをしようということになって美月と校舎の中に入った。
もう開き直っているとしか思えない食べ物を扱う店だらけの構内を歩いていく。
「そういえばだけど、あの子どうしてるの?」
「ん?」
「髪お化けの子」
ぶるりと震えながら言葉を付け足す彼女に、だったら話題に上げなければいいと思わないでもない。
未だに、彼女にすれば葉月は髪お化けらしい。
「葉月か?あいつは・・・どうなんだろうな?
相変わらずといえば相変わらずって感じなんだが・・・進化したっていえば進化したって感じだ」
「進化・・・」
何か変な想像を働かせたらしく、途端にぞっと青ざめる。
いや、だったら話を振るなと。
大丈夫なのだろうか。
「最近また何やら能力の応用を編み出したみたいでよ。
どんどん人間離れしていくから正直ついていけねぇ・・・まぁ、そういうのは釧に任せておくに限るよな」
「釧さん・・・てさっきあった子だよね?」
「あぁ。今頃デート中だろ」
「でーと・・・デート?あれ?いや、あれ?あの子・・・女の子、だよね?」
「・・・・・・」
ふーむ、説明するの、メンドイな。
「まぁ、葉月は元々男だったし?おかしくはねぇんじゃないの?」
「そ、そっか。それもそうだよねっ!」
無理やり納得したらしい彼女。
すまない、友よ。
お前は美月の中で女で百合になっちまった。
不可抗力だったんだ。
まぁ、尊い犠牲のことはさっさと忘れてしまおう。
ん。
・・・・・・そういえば、何時ぞや椎による『も』発言・・・あれは結局誰のことだったんだ?
あの言い方からして本人ではないだろうが、かと言って遠い人間という感じでもなかった。
気になるっちゃあ気になるんだがなぁ・・・。
「あ?」
雑念半分、チラチラと食指を動かす食べ物を探していた目に紅い残像が横切った。
首が固定されて、一点を凝視してしまう。
間違いない。
昼に喫茶店にきて、自分の嗜好をシャウトしながら逃げ去った女性だ。
何やら熱心に、高校生には思えない小さな店員に話しかけている。
結構な音量で、内容が耳に入ってくるのだが・・・、
「何やってんだ、あの人」
というか、真昼間、公の場で、この子供や青春真っ只中の学生も大勢いる中で、使っちゃあいけない言葉があるんだと言いたい。
・・・よし。
「ここじゃない別の場にしよう。ここ以外ならどこでもいい」
/
店中で、迷惑と知りつつも可愛い男の子を落とすべく粘り粘っている最中、その男の子の視線が何故か私のその後へ釘付けになっているのに気づいた。
気になって振り向くと、開けられた窓の向こう廊下に、腹の部分に昼に見たマスコットキャラクターの描かれた衣装を着て、頭に『旧・いなっちー』と書かれた鉢巻をしている男の子と、その両腕に縄を結んでそれを引っ張るサイドテールの女の子が。
その縄が何時の間にか彼の首に巻きついているのだけど、それに気づいていない彼女は遠慮なし引っ張っていて・・・、
変質者、ここに極まり。
・・・・・・葉月ちゃん達の仕業だろうな。
ああはなりたくない。
変な目で見られる前に早くこの子を落とさないと。




