第38話- 喫茶談話。-Soft Touch-
「もうすぐ学園祭がやってくる!」
聡一君が教壇の上に立って叫び、
「まだ先よ」
椎ちゃんが一蹴して、文字通り教壇をも一蹴して、彼は後ろ向きに倒れると共に後頭部を黒板のチョーク受けで強打した。
そんな、9月中旬の入り。
暑さは過ぎ去りもうすぐ寒さが肌を刺す季節。
「というか、中1は関係ないよね?」
「ふっふっふっ!実はそうでもないのだ!」
復活した聡一君が不気味な笑い声をあげながら黒板に何やら書き始めた。
「・・・『祝!中学一年生特別出店枠1‐B獲得』・・・特別?」
「ああ、今日申請が受理されたと校長から連絡があった。我がB組は学園祭に出店できることになったわけだ!」
説明できているようでまるで説明できていない彼の台詞。
・・・話が見えてこない。
「どういうこと?」
「祇堂学園学園祭において中学一年生はクラスでの出店はできない・・・というのは知っているだろう?」
頷く僕。
「が、それには抜け道がある」
抜け道・・・裏技か。
校長、本当にそういうの好きだよね・・・。
「・・・学園祭で出店するための条件を挙げると・・・1、中学2年生以上のクラス。2、クラブ・グループでの出店。と主にこの2種類になる。
1は言わずもがな、2にしても慣習から先輩達は僕らが遊び回れるように気遣って大抵自由にさせてくれてはいるが、僕らにクラブやグループのメンバーとして店に関わる権利がないわけではない。
これを利用して、クラスメートをメンバーにした同好会を学園祭の期間内限定で立ち上げて、クラブ・グループの出店枠に捻じ込むという裏技が存在するんだ」
なるほど。
つまりクラスじゃなくて同好会『1‐B』ですと言い張るわけか。
正直かなり無理はあるけど、ルール自体は守ってる。
クラブは設立に少々手間があるのだけど、同好会はクラブより規定が緩くて、5人以上の会員署名と担任の承認署名があれば立ち上げることができる。
クラブ・同好会にクラスメートでの設立を制限する項目はないのだから、同好会として認定されてしまえば、後でクラスでの出店と変わらないと文句をつけられても違反行為と断ずることはできない。断ずれない以上は押し通せる、かも。
聡一君の台詞をうけて、今度は椎ちゃんが口を開く。
「これは表立って言われてはいない、暗黙の了解になってる方法なんだけど、私達がそうだったように先輩に聞いているクラスは多くいるのよ。
そこで最近はさらに条件を加えて、実際その方法で出店したことのある先輩の署名をもらえたクラス限定で特別に出店を認めているわけね。
先輩の署名は釧君がもらってきてくれたわ」
ぐっと親指を突き出して喜びを表現する椎ちゃん、それに応じるクシロ。
ということはクシロもこの件に一枚噛んでいたのか。
いや、元々クラスメートで同好会を開くにしても署名の条件を満たすために最低5人は協力者はいるはずだ。
僕は知らされていなかったけど、僕以外に質問が出ないことから考えて他の皆は知っていたのかもしれない。
まぁいいんだけど。
「・・・でもさぁ、そんな面倒なことまでして出店して・・・何かやりたいことあるの?」
「あるとも。委員長とも相談した上で、皆にも了解を得た。
僕達は仮装喫茶を出店する」
・・・彼がそういう人間ということは知っているから今更とやかくは言うまい。
問題は、そのことを他のクラスメートが同意している点とどうもわざと僕が知らされていなかった点だ。
その疑念の答えは椎ちゃんから。
「ちなみに、出店申請書に書いた申請理由は『さすがに普段は葉月ちゃんに着せられなかった衣装を着せるため』で、同好会の名称は『葉月ちゃんにコスプレさせ隊』よ」
・・・よし。
オーケーオーケー。このクラスの諸悪の根源が分かった。
一見、しっかりものの常識人に見える委員長と、彼女に全てを任せきった無気力な担任が全ての原因だ。
どこ行った担任。あんた、よくそんな申請書に承認署名したな。
同じ罪で校長も裁く必要がある!
「さぁてまずは聡一君から・・・舌を引っこ抜こうか」
「待て待て落ち着こうな葉月サン。そんなことをしたら死んでしまう」
「大丈夫大丈夫、それ迷信だから。抜いても血が出て痛いだけ。死ねない分痛みが続いてお得でしょ?」
「落ち着こう葉月。これはクラス全員の総意だ」
「離してクシロ。とにかくあの馬鹿を殺絞めてやらないといけないんだよ」
「はづきん、諦めな」
「いやいやいや・・・いやいやいや!
大体そんな適当で不純な動機で出店したって成功するわけないでしょ!?」
「その辺は大丈夫だ。喫茶店とは言っても凝った食べ物を出すわけじゃないから。
とりあえず今考えてるのはベビーカステラとワッフル。種の調合だけちゃんと調整すれば誰でも作れる」
「飲み物は市販のペットボトルと安い豆を粉砕からやるちょい本格的珈琲でお茶を濁すつもりよ。1杯200円でも十分儲けが出るわ」
聡一君、君の隣にいるあくどい女の子を何とかした方がいいと思う。
「値段設定はさておき・・・ベビーカステラなんかは焼きたては大抵うまい。
あまりにシンプルすぎてパンチに欠けるからか先輩なんかはえびせんやら焼き蕎麦やら結構凝ったのが多いんだ。需要はあるだろう」
「くそぅ!何気にちゃんと考えてるのが腹立たしい!」
逃げ道がないじゃないか!
・・・駄目、コスプレは駄目。
体育祭後に入れ替えられていたフリフリな衣装でかなりキツかったのに、実用性皆無で嗜好性しか求められていないような恥辱的すぎるコスチュームなんてもはや致死毒だ。
「で、でも、給仕は僕1人じゃ無理なんだから、他の皆だってコスプレすることになるんだよ・・・?」
と、いきなり美樹ちゃんが立ち上がり、バッと手に持っていたものを広げて見せる。
それはメイド服とも給仕服とも取れるような黒い服。
スカートや袖口のところにレースがあしらわれた、何ともファンシーな一品。
そして・・・エプロンらしき白い生地の端にいなっちーの刺繍が。
まさか祭1ヶ月前で服の試作品ができあがってるだけでなくマスコットキャラクターまで決まってるとは。
「任せろい。皆に似合う服を作ってやるぜよ」
何その無駄に男らしい台詞。
その情熱は別の方向で有効利用して欲しい・・・。
♯
翌日、店で出す食べ物の試作品を作ってみようということでいつものようにクシロのマンションに集まることに。
料理関連、実はそれほど得意じゃない僕は女の子達の力の入った試行錯誤の輪の中に入る気にはなれず、男子群の店内内装計画の方に加わっている。
「机は15個・・・2つ1組とすると7つが限界だな」
「いや、隆。調理台用を考えると6つだ。どの道、どっかから借りてこないと駄目だな」
「テーブルクロスはどうする?細かい装飾は美樹に任せるとして・・・生地は?」
「白か薄い黄色・・・サイズは後で測ろう、厚手の方がいいとは思うけど・・・問題はやっぱり何枚いるかになるかな。
それが決定しないことには買いにいけない」
「てか、テーブルクロスの色だって店のデザインが分からないと合わせようがねぇだろうな。
とりあえず大まかな店のイメージを考えねぇと・・・美樹!スケブ貸してくれ」
タカの求めに美樹ちゃんがいつも持ち歩いているスケッチブックを持ってきた。
「お店のデザイン案は後のほーだからー」
さっそくテーブルの上で広げてみると、フリーハンドとは思えない綺麗な図形がそこには書かれていた。
テーブルの位置からキッチンの配置まで事細かに設定されている。
店の看板や服のデザインも数ページに渡って描かれていて・・・、
「へぇ・・・黒を基調にする感じなんだ」
「衣装は思ったより大人しいな。コスプレ言うぐらいだからもっと派手なモノかと・・・」
その点は心の底から安心した。
「ああいや、それは僕が頼んだんだ。あんまり現実離れしているのは目障りになるからな」
そう思うんならそもそもコスプレ喫茶なんて提案しないでほしいんだけど、聡一君よ。
「何だ・・・もう大分決まってんじゃん。正直俺ら要らなくないか?」
「そう言うな・・・。裁縫以外の内装は力仕事、僕らの出番だろ?」
「真幸、お前はそれほど体力があるようには見えない」
「うるせー」
「と・・・じゃあ取り合えず、このデザインから必要そうな材料だけピックアップしよう。
これ見るとキッチンさ、教室の後を隔離するみたいだけど、どうやって仕分けんの?」
「板はどう考えても無理だから・・・カーテンかな?」
「んじゃ、教室の寸法も図っとかないと・・・」
「カーテン吊るすのに器具要よな?突っ張り棒じゃ・・・無理だろ?」
「天井に釘打つわけにもいかないから・・・両面テープか何かで止めることになると思うよ?
あと・・・、このキッチンの中だけど・・・バーナーとか入れた上でちゃんと人通れるスペースあるのかな?」
「あー、それもちゃんと調べないと駄目か・・・あ、そもそもよ、カステラとワッフルやるって言うけど、貸してもらえるのは1台じゃないのか?」
「ワッフルはワッフル焼き器があるからコンセントでいけるんじゃなかったか?
おーい、いいんちょー、ワッフルってバーナー使わないよなー?」
「使わないわ。バーナーはカステラだけよ」
「じゃあ1台で大丈夫・・・と。問題は他の飲食物の準備か?」
「机を横に3つ4つ並べてそこで作業・・・って形になるんじゃねぇの」
「それだと少なくない?机1つって結構狭いよ?
ジュースどれぐらいの種類揃えるのか知らないけど、2リットルだと立てて並べるだけでも嵩張るし・・・だいたい温くならないようにクーラーボックスに入れるよね?」
「いや、クーラーボックス自体は机の下に置けば何とかなるだろ」
「あっ、そっか」
「けどやっぱ盛り付けとかのスペースは足りない気がする。あんまり詰めると作業しづらいよな」
「待て待て、どういう風に出すか決まらないと盛り付けの手間なんて分からんぞ?」
「結局レシピ待ちかよ・・・。まぁいいや、ともかく看板とかカーテンの金具とかそこら辺を考えようぜ。
看板・・・これ見る限りじゃあ、廊下側に立てかけるようになってるけど・・・吊るすんじゃないんだね?」
「デザイン通りにいくと大きくなりすぎるからな。落ちると危ない。
しっかしこれ・・・教室側面にでっかく立てるって、どれぐらいの大きさになるんだ?」
「大まかに見積もって、縦1.5m横2mぐらいだろ」
「それは・・・本当にでかくない?」
「横幅はともかく縦はそれぐらいないと目線の高さに合わねぇからな」
「ああ、だから1.5ね・・・壁に立てかけるんなら木材はベニヤ板でも十分だろうが、塗料はどうする?木のベースに絵の具はちょっとしんどいぞ」
・・・等など、喧々諤々。
そもそも店の核たるメニューが決まっていない内のこんな会話は不毛もいいところなのだけど、まぁいいや。
どうせまだまだ時間はある。こんな話し合い、早すぎるぐらいだ。
・・・そんな無駄な議論が続いてしばらく。
甘い香りの漂い始めた室内、そろそろだろうとそわそわしだした男子群に待ち望んでいた声がついにかけられた。
「ほーい、これ食べてみて」
亜子ちゃんがそう言って持ってきたワッフルの積まれた皿を、資料を退かしたテーブルに乗せる。
「待ってました!」
「はーい、ちょっと待った」
すでに用意していたフォークを突き刺そうとしていた僕達に制止の声をかける亜子ちゃん。
ぽんぽんと両手に抱えた容器をテーブルに置いていく。
「ストロベリーとかブルーベリーとかのソースやら、あとはアイス、生クリームにシナモン・・・トッピング考えながら食べてね?」
「了解。と・・・これ何のソースだ?」
「あー、確かマンゴーかな?」
「ふーん?あ、これ美味しい」
「葉月・・・そりゃチョコソースは合うだろうよ。そういう定番でいくならアイス乗せは大抵うまくいく気がするな」
「まぁ、それ基本でいいだろ?皿に盛り付けるのにソースかけるだけってのは寂しいし」
「アイス乗っけとけば華になる・・・か?てか、そもそもアイスを保存できるのか気になるとこだぞ?」
「そうか・・・ジュースみたいにはいかないか。いっそ小型冷蔵庫でも持ってくるか?」
「そうするしかないんじゃねぇか。おっ、アイスはシナモンかけてもいけるな」
そう言ってタカはさっきまで内装についてメモをしていた紙に『アイス+シナモン』と書き込む。
チョコは?
ねぇ、チョコは駄目なの?
「アイスはともかくクリームって味合わせんの難しくないか?」
「んまぁ、その場合は除外しちまえばいいだろ。それ取ってくれ」
「これ?抹茶?合うのか?普通に抹茶アイス乗っけた方がいい気がするぜ?」
「メープルも定番っちゃあ定番だな・・・シンプルでいいだろ」
「というより思ったんだけどさ。テーブルに置いて好きなようにかけてもらったら楽じゃないの?」
「小分けすんのがまずメンドイし、だいたいそうしたらメニューが『ワッフル・ベビーカステラ・ジュース各種』だけの寂しーラインナップになるけどな」
「あ・・・それは嫌だな」
「そういえば、ベビーカステラの方は?」
「型ないから無理だろ?」
「いや、種はどうせ試さないといけねぇだろ?楚々絽ー、カステラの方はー?」
「タコ焼き器で作ってるよ。後でそっちに出すから待ってな」
「さすがにカステラには何もかけないよなぁ?」
「そっちは袋詰めにしてテイクアウトしてもらえればなって考えてるのよ」
「そうなの?だったら、レジ要るんじゃない?」
「そういや書いてなかったな・・・ああ、喫茶店としてなら注文取った時にテーブルで済ませるから必要なかったのか。
確かにカステラをそういう風に売りたいんなら要るなぁ、レジ」
「今のシステムだとテイクアウトするのにわざわざテーブルに座らなきゃならないもんな・・・。
じゃあ、教室後方の扉を開いてカステラだけ売るか?ここならキッチンに直結してるだろ?それに廊下から直に客を取れる」
「運ぶ手間もないわな。だがそうなるとさらにキッチンが狭くなるぞ?」
「扉んところに机置いて・・・そこをレジにして・・・机もう1つ要るってことだよなそれ」
「ん、それはともかく、ブルーベリーソースはいけるぞ」
「そうかぁ?僕は苦手だな」
「酸味があるのは1つぐらい入ってても悪くないだろ?」
「そうそう、思い出したんだけど、俺のところ焼きリンゴ乗っけて食べてた覚えがあるな」
「あったなぁ、その食べ方。メジャーな方だよな?」
「簡単にできるからな。俺のとこはそれにさらにシナモンだった」
「あ、分かる分かる。そんなだったなぁ・・・」
「りんごねぇ・・・嵩張る気がする」
「使うなら箱買いだろうしね・・・いや、どれぐらい使うかも見積もらないといけないのかな?
種の材料は残っても持って帰れるけどりんごはキツイかもしれない」
「なぁ、これ材料的にはクレープもできるんじゃないか?」
「それはさすがに面倒くさいぞ?包まなきゃいけないし、それやると本格的に果物切らないと無理だ。手間がかかりすぎる」
「ワッフルってさ1切れで出すのか?それか2切れ?」
「2切れだろ?1切れは少し少ない」
「でも、キッチンの方見たらワッフル焼き機って1回で2切れしかできないよ?ちゃんと回るのかな?」
「ワッフルは1切れで、ベビーカステラ添えるってのは?」
「機械幾つ用意できんだ?」
「というか機械多くてもコンセント足りなくなるぞ。拡張器要るな」
「あー頭こんがらがってきたぁ!」
/
夜。
カーテンを閉める前にしばし夜景を眺めて溜め息。
わいわいと取り留めのない話をしていたクラスメートは引き上げて、現在この楼上には俺と葉月しかいない。
「疲れた・・・」
さほど意味のあることをしたわけではないんだが。
「美味しかった・・・」
対して葉月は甘いものを好きなだけ食べれてご満悦の様子だ。
今日は薄茶のブラウスと赤色プリーツスカートという服装で、髪は三つ編み。
最近は気まぐれに髪型などを変えることが多くなってきたので、見ていて面白い。
そんな葉月は今、オンラインでビオサイドをプレイ中だ。
表示されているゲーム画面には少女が鬼のようにバッタバッタと民衆を中毒死させている映像が映っていて、えげつない葉月の戦法が同時プレイしている他のプレイヤーを混乱させているのがよく分かった。
殺害人数、パンデミック度合いがどんどんと更新され、展開の読めないバイオテロ攻撃に世界が震撼中。
「毒性を犠牲にしてまで感染力を高めたのか・・・。長期決着型だな」
「と、見せかけた短期決着型だよ。
もう少ししたら、一度潜伏ってウイルスの毒性を高めてから一気に型をつける。
ここまで広域に感染が広がっちゃえば、こっちの位置は特定できなくなるからね」
木の葉を隠すなら森の中、感染を隠すための感染・・・か。
移動するだけで感染を広めてしまうが故にどうしても位置が特定されるヒロインの弱点をカバーする作戦だ。
ほどなくして葉月が操る鬼役は、潜伏を開始、他のプレイヤーが感染に右往左往し、鬼の行方を知れないでいる間にウイルスは進化を果たした。
感染しやすく毒性も強い。ワクチン製造が追いつかないほどの急速な感染爆発。そんなウイルスになす術のない人類が辿る末路は歴史が証明している。
かくして人類は滅亡、バッドエンド。
「鬼1人で勝つことってあんまりないんだけどなぁ・・・」
まぁ、それはいいか。
「葉月、夕飯はどうする?」
「んー・・・、結構お腹には入っちゃってるから、軽い物でいいけど・・・。
クシロはあんまり食べてなかったでしょ?」
「あんまりああいうお菓子は好きじゃないから。
うーん、どうしようか。出前でも取った方がいいかな・・・」
「出前?お寿司でも頼むの?」
「寿司なぁ」
一口サイズで好きなモノをそれぞれ食べれるし、妥当ではある。
定番すぎて食べ飽きてきてることが欠点と言えば欠点だが、ピザよりは食べ応えがあるし。
出前チラシを閉じたファイルを棚から取り出して捲る。
さてさて注文注文。
考えすぎずに食べれそうな量のセットを頼んで子機を置く。
振り向くと葉月は次のプレイにかかっていた。俺もその様子を眺めて待つことにする。
今度は捕まえる側に回ったようだ。
そっちの側は他のプレイヤーと協力でプレイできるという楽しみがあるんだよなぁ。
まぁ、葉月はどっちにしろ単独行動で場をかき回すタイプだが。
・・・出前は30分ほどしてやってきた。
料金を払って、リビングに戻ると、ちゃっかり2人分の皿と箸を用意している葉月。
何だかんだで食べる気満々じゃないか。
テーブルに寿司を置いて蓋を開けると、葉月は、
「玉子ー玉子ー」
ご機嫌に海鮮を差し置いて玉子を取った。
高級料理店ほど出しそうにない胡散臭い四角い黄色に黒い海苔を巻いた回転寿司などでよくある玉子。
それに醤油をつけておいしそうに頬張る様は、それだけ見れば年相応の女の子に見える。
一方の俺が食べる寿司は中トロやトロサーモンなどの脂の多い魚身。
あまり食べ過ぎると胃もたれするからよくはないのだが、本格的に寿司を食すならマグロやエビだろう。
「そういえば喫茶店・・・結局、デザート重視で肝心の飲み物には手を着けられなかったな」
「ん、まぁ時間はまだまだなんだし、急ぐことはないでしょ?
だいたい今やってるってことの方が異常なんだから」
「そうでもないさ。祇堂学園は学園都市の中でも主要の学園だ。学園祭の規模もかなり大きい。
盛り上がる分、クラブやグループの中には意気込んで出店の準備に取り掛かってるところは多いみたいだ」
「・・・何だかんだでこの分だと一年中遊んでる気がするなぁ。学業結構雑じゃない?」
「確かになー。他の学校がどうなってるかはともかく、うちのは校長がアレだし・・・」
先輩達の証言から毎年のように色々企んでるらしい校長。
そのお陰で学園生活は楽しいのだけども、学生の本分と超能力者としての目標が疎かにならないでもない。
超能力が欲しいからと言った軽い気持ちで学園に入ってくるものも多いが、能力者という肩書きは自身を売り込む強力な武器になることから、就職戦略に利用しようという人物も少なからずいるのだ。
建前上、社会貢献が目的である超能力研究なのだから、打ち込んでいるフリぐらいはした方がいいはず・・・。
「何であんな人が権力を握ってるのか不思議で仕方ない」
「まぁねぇ・・・そのせいで被った被害が結構・・・・・・そういえば今回もそうだった・・・」
「そんなに嫌?メイド服着るの」
「・・・美樹ちゃんのデザイン帳を見る限りあれはメイド服じゃないし無論給仕服じゃないしかといって常識的な衣装でもないよ」
「いいじゃないか。お祭なんだし仮装なんだし」
「・・・いやいや、そういうクシロだってホール担当になったらコスプレしないといけないはずなんだけど?」
「・・・・・・・・・・・・」
それは、思い至ってなかった。
いや、でも、
「・・・大丈夫だろ。常識的に考えて、俺はキッチンだ」
女子でもなければ、種類が少ない男性のコスプレすら似合いそうにない俺は裏方に徹することになるはずだ。
「ふーん?」
じと〜っと葉月の少々薄い琥珀色の瞳が視線を突き刺してくる。
何か言いたげで、けれどそれを心内に留めている、という顔。
なんだろう?
「何?」
「んーん、何でも」
明らかに何かを隠しているのだが話してくれなさそうだ。
微かに口角が上がった気がしたけど、気のせいだろうか?
出前という栄養バランスをまるで考えていない食事を終えてしばらく、無駄話もそろそろ尽きてきたので就寝準備をし出す。
まだ寝ないにしても、気が向いた内にやってしまった方が気が楽なので、フロぐらいは済ましてしまおうというわけだ。
というわけで現在葉月が入浴中。
大分経ったからもうすぐ出てくるとは思うが、しかしやっぱりこういうのはどうにも・・・慣れない。
元々男として接していた分、葉月にとっては今の距離感に違和感がないのだろう。
それがまた非常に深刻な問題だ。
何とかして欲しいんだけどもいかんせん葉月は疎い。
「クシロ、お風呂空いたよー」
声に応じて振り返ると、Tシャツと短パンという非常にラフな格好をした葉月がいる。
ほらみろ。
・・・何だかなぁ。
「葉月・・・一応、女の子なんだから、男がいる空間でそういう格好はやめよう」
「え?あー、この格好?普通の寝巻きなんだけどなぁ・・・」
確かに、男の頃から葉月はパジャマを着ない方だし、女になってからも何度か泊まっていってるのだから、おかしいわけではない。
だが、だけども、風呂上りで上気した頬とかまだ湿っている髪とか妙に肌に張りついた衣服とか・・・何か扇情的で困る。
葉月は性感心をすっ飛ばして性認識すらない人間なのだろうが、こっちは普通の中学1年生なのだ。
その辺分かってもらわないと、正直しんどい。
「ラフすぎるだろう。もうちょっとこう・・・ガードの堅いのにさ・・・」
「ふぅん?・・・・・・つまり分かりやすく言い換えると、『お年頃のクシロ君はまさかのまさか自分に気を許している女の子に欲情――――」
言い終わる前にその口を塞ぐ。
「・・・と、言えば俺を弄れるとあの絵ロ梨から教わったわけだな?」
「ふぁれた?」
当たり前だ。
葉月にそういう台詞は早すぎる。
「絵梨め・・・あれほど言ったのっ・・・にゅ!?」
馴染みのない感触に思わず手を離す。
見るとぺろりと小さな舌が唇を舐めていた。
掌を舐められたらしい。
「ちなみにこれは美樹ちゃん直伝」
「ほぅ・・・あいつがね・・・」
・・・そっちはノーマークだった。
「葉月も葉月だ。変な知識をみだりに取り込まない!」
「・・・何か、いつも思うんだけど、クシロはその辺僕を子供扱いしてるよね?」
「ナンノコトダカ」
「・・・・・・・・・・・・ふぅ」
無言のまま葉月は後に回って、いきなり抱きついてきた。
入浴で上がっている体温の熱が直に伝わってくる。
「・・・これは誰から?」
「絵梨ちゃん」
だろうな。
しかし!絵ロ梨の思惑通りにさせてたまるか!
「甘い!いくら密着しているとはいえ、この背中に当たる感触はブラジャーのものであるからにして、それに欲情するほど俺は落ちぶれちゃいない!」
「・・・その言葉からして、全くもって大丈夫じゃないと思うけど・・・1つ勘違いしてるよクシロ」
「ん?」
「寝る時は気持ち悪いからブラジャーしてない」
「!!!」