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第37話- 幼老虐々。-Disturbance-

彼岸さん気づきました。

葉月は他のキャラクターに『萌え』を丸投げしてるんだ・・・と。

 堀塚亜那ら沖縄万可統一機構は織神葉月と瑞桐小鳥の消息をロストした。

 大学寮での戦闘を最後に、派遣した泥底部隊(ヌタ)は接触すらできず、徊視蜘蛛の情報をあたるもまだ発見できていない。

 葉月に内蔵されている発信機(チップ)のコードは神戸支部しか知らず、この件が沖縄支部の独断によるものである以上、それを聞き出せすことはできない。

 本人さえ建物に囲ってしまえば神戸からの抗議には抵抗できる。実力行使に対しても絢爛浄火の鳳凰がいる沖縄支部の方に分がある。同組織であるにも関わらず連携が取れていない他の学園都市支部はむしろ自分の機構にも横取りの権利が発生すると嬉々するだろう。

 しかし、そんな目算は狂い出している。

「ちっ、よりにもよって小鳥がやられるとは思ってなかった・・・!」

 神戸のあの炎海紅泥が最強から程遠いと言わしめるほどに反則なポテンシャルを持つ伝説の鳳凰が、発現したとはいえ初期段階の形骸変容(メタモルフォーゼ)に後れを取るとは夢にも思わなかったのだ。

 過ちは、一般人を巻き込むという発想が機構のような組織の人間にはできなかった、その一点だ。

 そしてこの状況。

 劣勢の上に、相手の動きがまるで読めない。

 つまり動きようがない。

 何時の間にか形勢逆転、守りに入っている自分達がいる。

「衛星の方は?顔認識(プログラム)は組み込んでるでしょうね!?」

「やってますが形骸変容(メタモルフォーゼ)相手に通用するとは思えませんよ!顔を変えられたらシステムに引っかからないんですから!」

 オペレーターの1人から返ってくる答えにさらに頭を抱える。

「あ゛ー、そうだった面倒くさい・・・。駄目だ、やる気が失せてきた・・・」

 しばらくそうした後、ふと顔を上げた。

 思わず立ち上がって指揮を執っていた間に、自分の椅子を勝手に陣取っていた少年へと振り返る。

「ねぇ、出雲」

「あん?」

「全指揮権お前にあげるからさ、私帰っていい?」

「冗談じゃねぇ!!あんたここに来て逃げる気か!?」

「いいじゃん!そもそもあんまり乗り気じゃなかったのよ!!」

「あんたが乗り気じゃねぇ俺や部下を巻き込んだんだろうがっ!

 つーか俺を帰らせろよ!小鳥っちと同じで俺も機構とそこまで深い関わりねぇしな!」

「うわ冷たっ!現代っ子の悪い傾向だに?言うじゃんか、冥土の旅は道連れ、彼の世で情け、って」

「色々と違う!つーかあんたマジでふざ――――」

「あ、あの・・・」

 と、そんな不毛な言い争いをしている年齢差は大きいはずの、けれど精神年齢はちょうどいい具合な男女に、オペレーションの責任者が声をかける。

「「あ?」

「その・・・モニターに・・・」

 彼の指したのは巨大液晶を枠分けした数あるモニターの内、端の枠に押しやられていたこの施設の監視映像の1つだ。

 それもちょうど玄関口となる、インターホン映像の代わりにも使われるカメラのモニター。


 それに、織神葉月と、彼女にお姫様抱っこをされた瑞桐小鳥が映っている。


「・・・・・・」

 成人女性よりも少々高めの小鳥が中一平均よりも少々低めの葉月に抱っこされている様はかなりシュールだ。

「・・・・・・・・・・・・」

『はろはろー、ごめん堀塚ちゃん、捕まっちゃった♪』

 と、小鳥が茶目っ気たっぷりに言って、

『既に機構の周りは"囲ってる"から、人の出入りはできないよ。発覚次第燃やされると思ってね。

 さて、楽しい楽しい話し合いだ。堀塚だっけ?そっちにいる老人返してもらおうか』

 これも彼女の口から発せられた。

「――――ッ」

 仮にも万可統一機構の1つを任されている人物だ。言動が子供染みていても頭は切れる。

 その二言で亜那は状況を理解した。

「・・・野郎」

 イメージは腹話術の人形。

 あるいはESPに存在する人格奪取(ハッカー)と同様の行為を物理的(・・・)に行っていると言うべきか。

 おそらく、小鳥の後頸(うしろくび)には葉月の腕が癒着し(くっつい)ている。

 身体に命令を送る神経系に自分の神経を無理やり繋いで脳の方を支配するという形骸変容(メタモルフォーゼ)の応用。

 それで彼女らの奇妙な体勢も納得がいく。

 小鳥と葉月の身長差を考えると、小鳥が立った状態では葉月が地面に足がつかずにぶら下がってしまうのだろう。

 それを打開する移動法は葉月が小鳥に()んぶされる形か、葉月が小鳥を抱っこする形のどちらかだった・・・。

「やってくれる・・・っ!」

 しかしそんなことより問題なのは、絢爛浄火を無効化するだけならばこんな手段は用いないということ。

 一度気絶までさせたのだ。

 手足の動脈でも切ってしまえば、あの現場なら駆けつけた救急車が強制的に病院送りにしたはずだ。

 にも関わらず、こうして連れてきて、なおかつ、小鳥に意識があるという状態が意味するところは、小鳥に意識があったとしても脅威にならないという判断の示すところは、つまり――――

 葉月に絢爛浄火の制御権があるということに他ならない。

 自分達の所有する最も有効な武器が奪われた。

 その上で行われる話し合いが対等な立場で行われることはもちろんない。

 ごくシンプルに、たった二言で脅されている。

 命令するまでもなく運ばれてきた、玄関口に繋がるマイクのスイッチを押して、亜那はけれど冷静に対応する。

「・・・・・・おかしなことを言うわね。加藤倉光はこちら側の協力者よ」

 デスクに置いてあったメモ用紙に『出雲、機構の周りはどうなってる?』と走り書いて見せた。

『ああ、倉光が亡命ってあれ?どうせ嘘でしょ』

 と、今度は葉月自身が言葉を紡ぐ。

「へぇ・・・何でそう思うわけ?」

『でなきゃ先遣隊をああもあっさり倒せないはずだからね。

 同じ機構同士の情報交換はあるから、まぁ確かに装備自体は僕向けに揃えていたけどさ。

 けど、もしも倉光がそっち側に加担してるのなら、あの装備はない。

 あの老人は情報としてではなく経験として僕を知ってるんだから』

 あと幾らか判断材料はあったのだが、それを葉月はあえて口にはしない。が、

『彼ならもっとえげつなく、かつ確実な方法を用意する』

 歪すぎる信頼がそこにはあるらしかった。

 それを感じ取ってか、亜那は嘲笑う。

「はっ」

 相手を怒らそうが、時間稼ぎが目的のこの会話、続けることに意味がある。

「らしくないんじゃない?話で聞いた君の印象だと、あの老人なんて置いといてさっさと帰っちゃいそうなものなのに。

 何?そんなにあれは大事?」

『まぁ呪い殺してやろうとした仲だから?

 正直助けるだけの価値はないけれど、持って帰れるなら持って帰るさ。

 僕も老人と同じ考えでね。

 あれが神戸に居座るのは、神戸の研究環境があれの要望を満たしているからだろう?

 それと同じ。

 正直、神戸の機構ですら次第点なんだ。倉光(ちょうどひん)がなくなると宿のランクが下がる』

「・・・・・・」

『それと何か勘違いしてない?

 確かに僕は機構の所有物なんだけど、――――けど僕は人形は人形でも呪い人形でね。

 気に入らない所有者は1人残らず呪い殺すぞ。

 所有権はそちらにあっても主導権はその限りじゃないことは重々胸に刻んでおけよ』

 いきなり転調した声に一瞬、一瞬だけ身が強張った亜那。

 だが、結局のところこちらに有効な人質がいると判断して、切り出した。

 運び次第では時間稼ぎではなく突破口になり得ると踏む。

「・・・オーケーどっちにしろ君があの老人を引き取りたいって意思があるのには変わりないわけよね。

 結局の話、小鳥と加藤を交換しろと言いたいんでしょ?」

 しかし、その思惑は外れて、ズームアップされた葉月はきょとんと目蓋を瞬かせた。

『は?まさか。

 小鳥さんは返さない、けれど老人は回収させてもらう、これがこっちの要求だよ』

「・・・それが通るとでも?」

『通すよ。

 これまた勘違いされてるみたいなんだけどさ、老人と交換するのは小鳥さんじゃなくて君達の全てだ。

 今まで何十年と研究してきた多大な犠牲の上に成り立っているその全て。

 君達にとってかけがえのない、どうしようもなく代えの利かない、君達がすがり付いている全て。

 それとオマケで君達の命・・・てところか』

 冗談ではなく、本気であることが窺える口調。

『いいかな?これは交渉じゃあない。

 楽しい話し合いって言うのはつまり、僕にとって愉快な会話であって、一方的な搾取を指すわけだね。

 別に脅迫と訳してくれてもかまわないけど?』

 というより、脅迫としか表現しようがない。

 そんな呻きを苦虫と共に噛み潰して、けれどまだこの時には亜那には余裕があった。

 彼女の言い分には幾つかの穴がある。

「通らないわ。そもそもそれ実現不可能じゃない」

『ん?なんで?』

「いくら、小鳥の絢爛浄火を制御しているとはいっても使いこなせているわけではないでしょ?

 お構いなしの火炎放射(バースト)はできても、繊細な制御はできないんじゃない?

 そんな簡単に掌握できるような生易しい能力じゃない。特に能力の強みである"選別"はね。

 燃焼対象を選べない以上、老人ごと巻き込むような行為に及べない。

 確かに交渉術としては、自分の札を大きく見せようっていうのは悪くないけど、でも札を熟知した人物に対してやる・・・・・・には・・・」

 が、そこで、台詞が途切れる。

 葉月が震えてることに気づいたからだ。

 笑い声が、堪えきれずに漏れている。

『ふふ・・・はは・・・あははははは!くぅっ、もう笑わせないでよ。

 何というか・・・あれだよ・・・あれ。堀塚さん(・・)貴女って随分可愛い性格してるよね』

「・・・・・・・・・・・・」

『うん。まぁ、分かりにくい言い方した僕も悪いか。

 だからさ、さっき脅迫って言ったじゃない。

 交渉じゃなく脅迫。要求が通らなければハイそこまで。

 君達が老人を出さないっていうんならそれでもいいんだよ。それならそれで機構ごと燃やすだけ。

 確かに老人は惜しい調度品だけどさ、執着はないからね。燃やせるなら燃やしておくのも悪くない。

 それに機構を燃やすって言いうのは別に、脅しって言う意味だけじゃあなくてね。

 帰る時までちょっかい出されたくないから、交渉に応じることで投降の意思表示をしない場合は()っちまえという結構雑な作戦なんだけど、どう?』

 その時、今まで出ていた出雲が部屋に帰ってきた。

 お手上げのポースで首を振る彼に、能無しめと睨みつけて、再び意識をモニターに戻す。

 どうやら、交渉無視の強行突破は無理らしい。

 そして頼みの綱である交渉の方もうまく言っているとは言えない。

「・・・・・・・・・だとしても」

 早くも交渉材料は尽きかけだ。

「老人を犠牲にできるとしても、機構には孤児を含めてたくさんの罪のない子供達だって、いる。

 それに君にだって無関係じゃない――――」

『関係ないね。

 罪がない?罪がない代わりに運もないってことだ。それも致命的に。

 生まれる場所を誤った。ここだけは(・・・・・)、ない。

 致命的な運のなさはそのまま、生きてないのと同じこと。生きる屍。

 ならいっそ、火葬してやった方が救いだよ。

 次こそは幸せをってね。


 うまい具合にこの炎は鳳凰の聖火だ。(おく)るにはちょうどいいじゃない』


 その言葉を聞いて、

「てめぇ・・・」

 今度こそ、亜那は激昂した。

「てっめぇ!人の命をなんだと思ってやがるっ!!」

『命?命・・・ねぇ』

 対して葉月は何処まで冷めていて、まるで1桁の足し算でもするように口にを開く。

『コインの裏と表。

 ・・・凹と凸、甲と乙、Oと1、あるいは現と夢。

 あるもないも同質で同等で同価値で、ただそれだけのこと』

「っ、〜〜っ、〜〜っ!」

『それで納得できないんなら、貴女は機構には向いてないよ。

 さて、と。そろそろ話し合いの時間は終わりにしよう。

 とりあえず倉光を会話を繋げてくれる?』

 卓上マイクの(オン)スイッチに押し潰しかねないほどの力を込める彼女に代わって、帰ってきた出雲が先ほどの機械系等代表者(オペレーター)に顎で指示する。

 顔を伏せて沈黙する亜那に指揮能力がないのを悟った彼は馴染みのある出雲に従って、玄関口のモニターと入れ替わりに端に追いやられていた加藤倉光の隔離された仮眠室の監視映像を中央へ引っ張ってきた。

 玄関カメラの音声情報と仮眠室カメラの音声情報を直接やり取りできるように回線を繋ぐ。

 しばらく間を開けて、葉月は言葉を投げた。

『倉光、聞こえてる?』

『んんん?何だ君か』

『何だ、とは失礼な・・・。

 まぁ、で、老人、様子はどうなの?』

『別に、どうってことはない。

 借りた仮眠室にロックをかけられただけで、監禁らしい監禁ではないからな。

 それで?わざわざこうやって通信してるんだ。そっちは何とかなったんだろう?で、私の身柄を引き取りにきたのか?』

『ん。話が早くて助かるよ。そのことで、伝言があるんだ』

 そう言って、何故か彼女は極上の笑顔を浮かべた。

『いいかな、よく聞いてよ?

 今から30分後、君が外に出てこなかったら機構は爆破させることにしたから、せいぜいがんばってね』

『・・・・・・は?』

『だからさ、自力(・・)で脱出してこいって言ってるの。

 自分だけぐうたら寝て済むと思うなよ?――――せこせこ働け死に損ない』

『貴ッ様!!』

『あ』

『"あ"?』

『お土産があると嬉しいなっ』

『地獄に堕ちろ!』

 葉月はそれに見えもしない笑顔で答えて、玄関のカメラから離れていった。

 出雲らはその様子を唖然として見届け、はっとしてモニターから視線を外す。

 とりあえずはお役ご免になったマイクを端に除けてから、彼はデスクの影にうずくまっている人物に気づいた。

 葉月との対話ですっかり心が折れたらしい沖縄支部の最高責任者、堀塚亜那は、

「おい、どうすんだ?あんたの責任だぞ、これ」

「もうやぁ!おうちかえるぅ!」

 幼児退行していた。

 立たせようとする出雲に抵抗して、手足をバタバタさせる彼女。

 彼は溜め息を吐いて、

「これより指揮権はこの幼児から俺に移るが文句あるヤツはいるか?」

 室内にいる連中に声をかける。

 無論、意義を唱える者がいるはずもなく、どころか何処から用意したのかピンク色の毛布を彼女にかける人物までいた。

 毛布に包まって戦線離脱が確定した上司を暖かい目で見守る、そんな、どうかしてる、割といつもの風景。

 さて、と出雲は机に腰掛け、思考を切り替える。

 脳内会議の議題は『どうやって生き延びるか』だが、実のところ既に身の振り方は決まっている。

 だから、今やってる作業は見落としがないかの最終チェックだ。

 確認は数秒で終わった。

「あー、やっぱ無理だな」

「何が、ですか?」

「逆転。強行突破。隙がないか考えてみたけどねぇな。

 外、目には見えねぇが、小鳥っちの能力波とあいつの糸が巡らされてて脱出は絶望的だぜ?」

「と言っても、隙間ぐらいあるでしょう?」

「サイコロステーキになっても生きられるんならな。

 映画の赤外線センサーを潜り抜けるのとはわけが違う。

 うまく人の通れる箇所を見つけたとしても、1度でも糸に触れたらあいつの知れるところになって全員お陀仏だ。大体、従業員全員が30分で抜けられるかっての」

「外から応援を呼ぶというのは?うまく不意を突けば、機構からアレを剥がすこともできるのでは?」

「不意を突ければな。小鳥っちほどじゃないにしてもあいつだってずいぶん人間離れした五感の持ち主だぞ。

 足音、エンジン音どころか心音や体温で気づかれるってことは前ので分かったろ。

 何よりあいつは機構の申し子だ。俺や小鳥っちよりもよほど修羅場をくぐってきてる」

「じゃ、じゃあ――――」


『げほっ!ごほ・・・うげ、げぼげぼ!おぅげっ!』


 出雲とオペレーターの会話をそんな嗚咽音が遮った。

 背を向けていたモニターに目を移すと、そこには先ほどの仮眠室の映像が。

 ・・・拡大された監視映像の枠の中で老人が泡を吹いて床をのた打ち回っている。

「「・・・・・・」」

 このタイミングで、しかも恐ろしくわざとらしい老人の行動。馬鹿にされているとしか思えない。

 加えて、老人の醜悪な嗚咽音など耳障り以外の何物でもない。

「モニター切れ!」

「ラジャー!」

 仮眠室の監視映像は室員の総意で、端に追いやられることもなく消された。

「・・・で、だ。資料燃やされて機構壊滅ってのは避けなくちゃあならねぇと考えると・・・・・・」

「投降ですか」

「元々、俺らはやる気がなかったし、堀塚っちにしたって軽い気持ちでちょっかい出した挙句今や戦意喪失だ。執着はねぇだろ。

 手の開いてる奴に老人連れていかせて、幼児寝かしつけて終わり、だな」

 除けたマイクを引き寄せる。

「とりあえず警備員を寄越せ。モニター、老人とマイク繋げろ」

 一瞬、まだ猿芝居を続けていたらという嫌な考えが脳裏を掠めたが、どうせこれでおさらばだ。

 さっさと狂った老人を引き取ってもらおうと画面に向かって、

「・・・・・・」

 開いた口が塞がらない。

 仮眠室にて馬鹿をやっていたはずの老人がいなくなっていた。

「あ゛――――――――!!」



 今更になって気づく。

 そもそも自分達と交渉していた葉月が、最後わざわざ倉光にあんな伝言をした本当の理由。

 それは老人をいたぶる些細な意地悪などではなく、自分達を含めた機構の人間をもいたぶる趣味の悪い虐めのためだということに。


                     ♯


 時間は少し遡る。

 『今から30分後、君が外に出てこなかったら機構は爆破させることになったからがんばってね』。

 葉月と機構との話し合いを知る由もない老人が、そんな言葉をかけられたとしたらどうするか。

 ましてや倉光は葉月をよく知っているのだ。

 織神葉月はそんな冗談のようなことを本気でやる。

 有言実行とはこの場合まるで褒め言葉にならない。

 ・・・脱出以外の選択肢など存在しなかった。

「よし・・・こんなものか」

 一通りの芝居を打って、立ち上がる。

「あーあー、聞こえてるかね?」

 返事がないのを確認して、ふむ、と頷いた。

 作戦は成功だ。

 無理やり拘束されたわけでもないので、所持品はそのまま。

 内ポケットから携帯電話を取り出して、折りたたみ式のそれを開く。

 タッチパネルを素早く操作して1つのアプリケーションを起動させると、画面部分とタッチパネルとを引っ張って取り外した。

 マグネットで繋がっていたタッチパネルの蝶番部分を仮眠室のバーコードロックに近づける。

 パネルに幾つかの数字と黒い線が表示されて、自動ドアはあっけなくスライドした。

 その間15秒足らず。

「ふははははっ!老人舐めるなぁ!!」

 そんな台詞と共にスキップをしながら老人は仮眠室を後にしたのである。


                     ♯


 さて、老人が逃走したことが判明してから、司令室は騒然となった。

 まだ遠くへ行っていないはずの彼を見つけ出すべく、機構直属の警備兵数名に仮眠室周辺を探索させ、モニターではカメラを監視する。

 しかし、そもそもが記録に残ってはまずい事柄を扱う機構はその体質からカメラの配置が限定されているのだ。

 隠れようと思えばいくらでも隠れられる。

 一応建物の出入り口は固めたが、変な意地を張られて30分隠れ通し、道連れにされる可能性はある。

 普通、そんなことは考慮にも値しないのだが、いかんせん相手は色んな意味で有名なあの老人・・・。

 やらないと言えないのが恐ろしいところである。

 モニターにぼんやりと照らされる暗い室内で、携帯を操作している出雲にオペレーターが声をかけた。

「何をやっているんですか?」

「いや、遺言メール誰に出そうかな・・・と」

「機構内は電波完全にシャットアウトですよ?」

「あー、そういやそうだっけ?」

 電話帳を延々とスクロールさせていた指を止めて、彼は天井を仰ぐ。

「現実逃避しないでください・・・」

「老人見つからねぇーと、どうしようもねぇもん」

 携帯をしまってモニターを一瞥。当然状況は進展いしてない。

「ん?」

 ジーンズの裾を引っ張る感触に下を向くと、毛布お化けから手が伸びていた。

「何だよ?」

「・・・こーないほーそー・・・・・・よびかければ・・・?」

 か細い声での提案に彼ら2人は固まった。

 確かにその通り。

 いきなりの脱走で気が動転したせいでうっかり見落としていたが、考えてみればあの老人と自分達の利害は一致している。

 一刻も早く彼が機構から出て行ってくれることを願うこちら側と制限時間つきの逃走劇を演じてる向こう側とが手を取り合えば問題は難なく解決する。

 手でも振って老人が出て行くのを見送ればそれでいい。

 機構を燃やされるということはこっちの命もないわけで、それ故に信用は得られるだろう。交渉は成立するはずだ。

 何処にいるのかは知らないが、構内いっぱいに放送で呼びかければ探す手間もいらない。

「それだ!さっさと放送するぞ!ここのマイクを構内全域の――――」

 ――ブッ

 出雲の台詞を遮って、そんな不吉な音が室内に響いた。

 数少ない光源だった巨大液晶の光が途絶え、仄暗さを増す室内。

 さらに、今まで仮眠室に繋がっていたはずの手元のマイクのスイッチを入れるが反応がない。

 機構内で電波通信は行えない。

 一応、外部との連絡を行うためのアンテナとその回線自体は、これまた隔離されてとはいえ存在するのだが、それはあくまで外と通信するのが目的だ。

 基本機密事項を扱うが故に敷地内全体がスタンドアローン状態になっている。

 よってこういった構内限定の通信は有線を利用しているわけで、そんな通信手段を断絶させるには壁に埋め込まれた配線を千切ってしまえばいい。

 ・・・無論、理論的には(・・・・・)

 しかし、それには機構内通信機能のその弱点が即座に思いつけるほど、建物の何処に通信中枢に関わる線が走っているか予測できるほど、機構に精通していなければできないことであって、

 つまり、この場合は、

「ろぉおおおうぅぅじいぃぃぃんん!ぶっころぉぉおおす!!」

 痛快愉快気狂い老人の仕業以外あり得ない。


                     ♯


 司令室からほど近い、白亜の壁。

 貼られた壁紙が乱暴に剥がされて、元々配線のために弄りやすい材質である辺りに丸い穴が開いていた。

 殴って貫通させたのではない、僅かにこげた切り口から用いられた手段は、

「レーザーカッター・・・ですね」

 容易に想像がついたが、問題は、

「何でそんなもん持ってんだよ・・・」

 日常生活でどう考えても不必要なその物品であるレーザーカッターを超小型化してまで持ち運ぼうとする老人の頭だ。

 何を考えているのかまるで分からない。

 機能を奪われたモニターを睨んでいても仕方ないと外に出てきた出雲とオペレーターは手持ち無沙汰とばかりに穴を何ともなしに見つめている。

 30分で直りそうもないのでそのまま放置させ、今は全力で倉光を捜索させている最中だ。

「さすがは分野破り(トレスパス)と呼ばれてる老人ですね。レーザーカッターまで扱いますか・・・」

「そーいや、脚足戦車(レギオン)の骨殻造ったのもあいつらしいな」

「そうだったんですか?じゃあ、鋏のレーザーカッターも?」

「多分な。シオマネキもあいつの製作だろ。初期のサワガニと同じ委員会が造ったはずだからよ」

「あれ・・・ですか。『ハイスペック過ぎて必要とされる戦況の方がついてこない』っていう・・・」

「探究心だけで突き進んで何でも作り上げちまう奴なんだ。レーザーカッターもそんな感じで、大方腕時計にでも仕組んであったんだろ」

「スパイ映画にありましたね、そんなのが」

「元ネタはそれで合ってるんじゃねぇの?それを面白がって実現させるのが精神年齢6歳の我がまま老人だ」

 吐き捨てつつ携帯で時刻を確認すると10分が経っていた。

 あと20分、時間は刻々と過ぎ去っていく。

 と、廊下の向こうから警備員らしき服装の男が駆け寄ってきた。

「報告します!」

「捕まえたか!」

「いえ、仲間が1人老人に殴り倒されました!」

「はぁああ!?」

「背後から鉄パイプのようなもので一撃・・・と!」

「何で年寄りにやられてんだよ!役立たずが!」

「その上、IDカードを盗られたようです!」

「が――!くそっ、警備員用のカードって俺の持ってる奴と違って網膜照合なしでロック解除できるタイプだよな!?」

「はい。機構自体の玄関口は私達のカードでも静脈ロック等の免除はありませんから大丈夫でしょうが、建物内なら地下を除くほとんどがカードだけで・・・・」

「地図あるか?」

「ええ、はい」

 オペレーターが取り出した地図を壁に広げる。

「仮眠室のバーコードを突破できたのに、わざわざIDカードを奪ったってことは・・・」

 赤ペンのキャップを口に咥えながら、バーコード以外にもロックがある扉に丸をつけていく。

 基本部屋のロックに使われるバーコード式と違って多重ロックはセキュリティーレベルが違うエリア同士の出入り通路、セキュリティーゲートに備え付けられている。

 表向きの顔としての建物であるエントランスではなく、機構の心臓部である建物の中とはいっても仮眠室は仮眠室、最も低いレベルだ。

 外との出入り口と一番近いエリアであり、多重ロックは出口の1箇所だけ。

 そのことを考慮すると、

「やっぱ出る気の奴がする行動じゃあねぇな」

 地下は別として、地上部分は通常の建物と変わらない強度である。

 数箇所ロックがあるならともかく1箇所なら壁を破った方が早い。向こうにはレーザーもあるのだ。

 にもかかわらず、わざわざ危険を冒してまでカードを奪ったのは他の場所に用があるからとしか考えられない。

「有線ブッ千切ったのも合わせると・・・時間稼いで何かやる気だぞ」

「素直に逃げてくれないようですね・・・」

「どう思う?」

「思い出したんですが、織神の彼女が『お土産が欲しい』と言ってませんでしたか?」

 ふと、出雲は記憶を呼び起こし、あれが笑いながらそんなことを言っていたのを確認する。

「いや、まさか。いくらなんでも冗談だろあれ・・・・・・」

 そういう彼の声は後半自信なさ気なものに変化し、口も半開きのまま考えに入ってしまう。

 彼の頭は1つの疑念に取り付かれていた。

 何の問題もなくスムーズに行えたはずの敗戦処理が、まさかの敵の気まぐれでここまで複雑化した現状。

 そもそも今の状況が冗談のような状態なのだ。

 そんな出鱈目な人形劇を演じさせられてあの少女の恐ろしさの片鱗を思い知らされた自分達にも増して、あの老人は彼女のことを知っている。

 老人が冗談っぽく言われたあの言葉の裏に『何か持ち出してこないと殺す』などという台詞を読み取っていたとしたら?

 それはありえない想像だろうか?

 答えは分かりきっている。

「・・・奪ったカードじゃ地下の研究資料は無理・・・なら、何を狙う・・・?」

 地図に再度目を向けて赤い丸をチェックする。

 セキュリティーレベルの最も高い地下はカードでも突破不可能。

 行動範囲は地上から上の数階に限られるが、目ぼしい物品はそんな場所には置かない。厳重に地下に保管されている。

「使用頻度の高い・・・なおかつ貴重なモノですか?」

「プラス持ち運べるもの、だな。そんな都合のいいものあるか?」

「私達に訊かれてもそれほど情報を与えられていない下っ端ですから・・・」

「俺だってそんなに万可統一機構とは関係ねぇよ・・・・・・・・・・・・ん!」

「何か思い当たりましたか?」

「ここ・・・」

 彼は構図の2階にある1つのエリアを指す。

「簡易の研究施設ですね・・・」

「確か・・・深度の低い研究を行うために造られた・・・」

「機構で深度の低いってなると・・・石の研究になるよな?元々立ち上げ時は他方傾向念力追究所と共同開発だったはずだ」

「能力波反応物質の研究かぁ・・・」

「最近脚足戦車(レギオン)にシリーズ入りしたモクズガニの鋏はそれの成果だったらしいしな。

 とにかく、そうなるとここには石自体が置いてあるんじゃねのか?」

「確かに・・・研究材料ですから・・・・・・。

 でも、石自体は神戸にだってあるでしょう?今更物珍しいものではないと思いますが」

「老人はそうだろうが織神にとっては違う。

 ・・・よし。お前、モニタールームで手の空いてる奴5人ぐらい引き連れて2階の研究室に行け。

 来てなかったら潜伏、制限10分前になったら戻れ。

 いいか、老人だからといって手加減するなよ。四肢ぐらい折っていいからな」

 報告に来た警備員にそう指示して、自分も司令室へ。

 頻繁な情報伝達の必要な状況を前提としていない警備兵を含め、無線機を使えないこの建物では口伝えが基本だ。

 さっきまでの議論を室内のメンバーにも伝え、最小限の人材を残して、階段部分と2階に重点を置いた探索作戦を構築する。

 それから伝達員として数人を一定距離ごとに配備し、伝言リレーで情報をやり取りするようにさせた。

「とりあえずこれで打てるだけの手は打ったか?」

 そう言って彼は何時淹れたのか冷め切っていた珈琲で喉を潤す。

 視線の先では毛布に包まった最高責任者がすやすやと寝息を立てていた。


                     ♯


 機構の心臓部となる中央棟は、エントランス棟のように『特別都市における次世代教育の体系化』という建前の成果を展示スペースや葉月が元いたように児童収容棟のような実験解剖室を地下室に備えてはいない。

 1階には司令室、モニター設備などの中枢的機能を集中させ、地下には資料を保存する保管室、2階以上のフロアは多目的用途のために用意されている。

 その中には亜那が個人で使っている部屋も含まれるが、あくまでも研究施設である機構としては溢れかえった研究のスペースに当てるのが定例だ。

 しかし、そもそも多目的室である場所ではセキュリティーレベルに問題がある。

 そのため、こういった場所に当てられる研究は外部に漏れてもお咎めのないレベルの研究となる。

 出雲達が話していたのはその中の代表例である石の研究だ。

 発足時繋がりの薄い他研究所との共同研究だった石の研究から派生した研究部が故に、その研究所に多目的スペースが使用されている。

 元々は石の複製が目的だった研究だがそれが不可能と分かった現在は、石に影響を与えられた溶液を応用する研究が行われており、不老水や能力波に反応する物質といった成果を挙げてもいる分野である。

 そんな研究区域に加藤倉光はいた。

 こそこそと足音を潜めてツルツルとした床を通り、資料に埋もれたデスクの間を抜ける。

 時間を確認すると制限時間の17分前。

 あとは脱出だけであることを考えると上出来と言えるだろう。

 携帯を再び取り出して、アプリケーションを起動させる。

 カメラで取り込んでいた構内図をイメージではなく図として取り込んで整理・表示するプログラムだ。

 パネルを弄って自分の位置に合わせ、思案の後すぐにしまった。

 結論としてきた道を戻るという単純明快な手段を採ることにする。

 が、そこでバタバタと騒がしい音が近づいてくることに気がついた。

 咄嗟にデスクの下に隠れるも、連中はピンポイントにこの室内に入ってくる。

 こちらの思惑がバレてしまっていると判断して彼は立ち上がって走り出した。

 どうせ調べられたらすぐに見つかる。

 混乱が収まって統制の取れ始めた連中の目をこれ以上掻い潜って建物内を移動するのも困難だ。

「いたぞ!老人だ!」

 彼らの反応が遅れた僅かな間に老人は研究室から飛び出してすぐ近くにある階段へ。

 駆け寄った時点になって折り返し階段の1.5階に相当する踊り場に伝言係が1人いることに気づいたが、足を止めるわけにはいかない。

「ふははは!喰らえぇい!」

 勢いそのままに、その彼に向かって飛び降りる。

 老人とは思えない脚力が生み出す見事な放物線。

 一瞬という時間を拡張する滞空の美。

 老人の膝蹴りを受けて若い男は床に沈んだ。

 一気に駆け下りて、しかしそこにも男がいる。

 今度は内ポケットから取り出した元々は携帯につけていたストラップ――――型の警棒を振りかざす。

「せいやぁぁああ!!」

 ヘルメットなどしていない彼もまた老人の一撃に伏し、出口への道を明け渡すことになった。

 この後にあるのは、老人にカードが渡ったために文字通り開き直って開かれたセキュリティーゲートを越えて一直線の廊下だけだ。

 走りきれれば外に出られる。

「老人!1階廊下を逃走中!応援求む!」

 後から追いかけてきていた1人の張り上げた大声に、廊下に出入り口がある司令室から数人が飛び出してくる。

 位置的に老人の後ろから追随する形だ。

 その中には出雲もいる。

「前の!老人にタックルかませ!転げたところを蹴りで仕留める!」

「「ラジャアァ!!」」

 迫り来る老人を1人の警備兵が正面からのタックルで向かい打つ。

 回避行動を取られクリーンヒットとはならなかったが、老人は減速、そこへさらに前にいた伝達役の警備兵が第2撃を繰り出した。

「ごへふっ!」

 今度こそ身体の芯を捉え、老人は後ろ向きに倒される。

「よぉぉおおおおし!蹴れ!とにかく蹴れ!弱るまで蹴り続けろ!」

 出雲の号令で駆けつけた者達が一斉に彼を蹴り始めた。

「のん!ぼふっ!まっ!待てぃっ!」

「頭と腹を重点的にいけ!」

「待・・・て貴様ら!老人を!っ何だとぉおお!」

「黙れ似非老人!よし、ナイス!そうしてからこう関節を捻ればぽっきり・・・」

「いだだだ!腕がぁあ!ごぴっ!は、腹がぁ!」

「こいつの頭を押さえとけ!お前、油性ペン持ってたよな!?」

「はい!」

「こら!何をする!げひっ、待て待て!」



 機構との交渉を終えてから十数分後。

 お姫様抱っこで抱えられながら携帯ゲームに勤しんでいた小鳥と耳を澄まして中の様子を探っていた葉月の眼前で、玄関口が開いて老人が放り出された。

 バタンガチンと拒絶音を響かせる扉を一瞥して、地面に転がったボロ雑巾を改めて観察する。

 足跡模様の埃だらけのスーツに関節の限界に挑戦したらしい左腕、さらには足をロープで縛られていて、

「何それ?」

 おでこに『孤独死希望』と書かれていた。


                     /


 快適な空の旅。

 ソファを丸々1つ占拠して寝転がり、ワインとお摘みをチビチビやる。

 対面にはいまだ油性インクの消えていない老人と僕と同じくアルコールを呑みながら時間を潰している小鳥さん。

 彼女は一応人質として連れてきたものの、『お姫様抱っこの次はお持ち帰りっ!?』と戯言をほざいたので、一刻も早く離れるために繋がっていた腕は切り離してしまった。

 空路での追撃に対する保険なのだから、彼女の能力の制御権をこっちが握っていなければ意味がないのだけれど、まぁ、もう戦意はなさそうだったので大丈夫だろう。

「暇・・・」

 海の上に出ても天に高度を上げても蒼か白かしか見えない窓の外など早々に見飽きてしまい、ゲームは倉光に取られた今、時間を持て余している。

 おもむろにポーチに入れた倉光曰くのお土産を取り出すも、これ、正直ただのガラクタにしか見えない。

 賢者の石、などと言われているらしいその物体は1辺1.5cmほどの立方体をした真っ白な石ころだった。

 プリントミスしたサイコロの間違えじゃないのかな?

 小鳥さんに訊くと本来の賢者の石は赤色らしいので、この場合の"賢者"というのはソフィ氏を指すのだろう。

「しっかし・・・まさか本当にお土産持ってくるとはねぇ・・・」

「持ってこなかったら自力脱出してこようと貴様は間違いなく機構内に放り戻しただろうが!」

 単なる独り言だったのに、ゲーム画面に噛りついた老人の抗議が飛んできた。

 うん。まぁ、そうしただろうけどね。

 以心伝心、信頼って大切だよね。

 そういえば今回の旅の間に僕の名称が『君』から『貴様』に格下げした。

 実にすばらしい。この調子で心身ともにどんどん距離を離したい。

「んー、これって食べれるの?」

 触り心地からしてあまり固そうじゃないなぁとぼんやりと考えていたら、口から勝手にそんな台詞が出てしまった。

 ボタンを忙しなくプッシュしていた倉光の指がぴたりと止まる。

「ふむ・・・」

 あ・・・何か考え始めた。

 ざりざりと無精髭を掻いて――――たぶん『未知で貴重な物故に"食べる"という発想はなかったが、考えてみれば原始的な試みではある。しかし、SPS服用者が飲み込んだ場合と常人の場合とではケースを分けるべきで、通常の人体に与える影響を調べるためには・・・』などと考えて――――受話器を手に取ろうとする。

「させるかぁ!」



 などと・・・揉み合って受話器を取り上げたり、口にワインを注ぎ込んだりして老人の奇行を回避している内に飛行機は神戸空港に到着した。

 結局1日となった小旅行はけれど思いのほか疲労と要らない戦利品を持ち帰る羽目になって散々と言える。

 小鳥さんはホテルでもとってしばらく観光してから帰るらしい。

 僕の方は倉光と一緒に1度機構へ寄らなければならなかった。

 沖縄の処分やら持ち出した石やらの処理があるらしくとりあえず顔を出すように言われたのだ。

 明日は学校もあるし、消耗した分の血肉を回復させたいし、このままさっさとアパートまで帰りたかったのに・・・。

「今日は肉料理、今日は肉料理・・・」

 そのためにもスーパーが開いてるまでには終点駅に着きたい。

 けど、その許可がまだ降りない現状。

 これまた暇だ。

 フライトの間でゲームは完全に老人のモノになってしまったので、やっぱり暇つぶしのアイテムはない。

 仕方ないので院長室で倉光が岱斉と何やら話している間、僕は何ともなしに図書室へと足を進めていた。

 向かう先は絵本コーナー。

 と、

「あれぇ?」

 先客がいた。

 直に床に座り込んで、その周りには読み終わったらしき絵本が散らかされている。

「あれぇ?」

 同じ台詞を繰り返して、今度は立ち上がりたとたとと歩み寄ってくる。

「お姉ちゃん、何でここにいるの?」

 それは僕の台詞だ。

 現在時刻7時ちょっと過ぎ。

 ここにいた頃の記憶を辿ってみるに、この時間は部屋から出れないはず。

 この子、こっそり抜け出してきたな。

「・・・君こそなんでいるかな?」

「絵本読んでるのー」

 いや、そういうことは訊いてないんだけども。

 見咎められることはするべ・・・・・げふんげふん、自分も人のこと言えなかったのを忘れてた。

「でも見つかっちゃったし帰るー」

 さいですか。

「じゃあねー」

 そう言って彼女は散らかっている本はそのままに僕の横を通って出て行こうとする。

 ちょっと待て。

「こら、片付けていきなさい」

 むー、と頬を膨らませる彼女。

 いやいやそんな顔をされる筋合いはないはずなんだけど。

 ・・・さては僕にさせるつもりだったな。

 とんでもない問題児だ。

「・・・手伝ってあげるから」

 はぁ・・・。

「はーい」

 元気よく戻ってきた彼女と一緒に読むではなく片付けるという時間潰し。

 何だか釈然としないも、彼女より年上だからと無理に納得させる。

 仕方ないのでパラパラ軽く読みながら本を並んでいただろう棚に戻して・・・戻していくのだけど・・・、

 『赤い靴』、赤い靴に踊り狂わされた少女が両足を切断。

 『灰かぶり姫』、義姉達は自分で爪や踵を切ってガラスの靴にサイズを合わせたり鳩に目を潰されたり。

 『うりこひめとあまのじゃく』、瓜から生まれた瓜子姫が墜落死させられた挙句その皮を剥がれて天邪鬼が姫に成り代わる。

 うん・・・何となく彼女の嗜好が分かってきた。

 猟奇ネタが好みらしい。

 というかここの図書館の絵本(・・)の品揃えが気になる。

 それをニコニコしながらなおしていく彼女の横顔が怖い。

 見た目は白兎って感じなのになぁ。

 あぁ、返り血は映えそうだけど。

 閑話休題。

 さて、結構な量を丁寧に戻していくのはかなり時間がかかった。

「はぁ・・・全く」

「時間がかかっちゃったですねー」

「君がその度に戻してたらこうならなかったんだよ」

「そうですかー」

 そうですよ。

 と、携帯を確認するとそろそろいい頃合。

「じゃあね」

「あ、待って」

「ん?」

「名前、教えてくださいっ」

「何で?」

 何で時間が経った今更?

「外の人の名前なんて訊く機会ないですから」

 いや、内部の人間なんだけども。

 ・・・・・・・・・・・・、

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「志保。汎藻志保(はんも しほ)

「名前で生まれた月が分からないなんてやっぱり変な名前!」

 人がせっかく適当に考えた名前に何てことを。

 そしてそれを確認するためにわざわざ名前を言わせたのか。

 この子性格悪いな。

 将来ろくな人間にならないか、もしくはろくな目に合わないだろう。

「・・・ちなみに君の名前は?」

 別に知る必要もないけれど、社交辞令というわけでもなく、同じように文句でもつけてやろうと訊いてやる。

 すると、彼女は胸を張って元気よく答えた。

「葉月っ!」

「そりゃあいい名前だ」

 何てことだ。

 残念なことに文句のつけようがない。

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