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第36話- 絢爛浄火。-Sacred Fire-

『エキ日々。』史上初の連日更新です!

 結局、走って逃走中。

 1対1の戦況でわざわざ交戦するなんて愚行だ。

 身体能力では勝っている上、相手は追跡能力を持った能力者じゃないのだから逃げ切れる・・・はず。

 それにたぶん彼女をけしかけた堀塚という人物の狙いは時間稼ぎと足止めだろう。

 十分すぎる装備を纏った先遣隊がやられた現状から考えて、次に来るのはさらにヤバイもの。

 脚足戦車・・・シオマネキとか。

 いや、あれは捕縛には向かない。

 『殲滅にしか用途がない、使用する機会がない、そもそも何で作った?』で有名な兵器だし。

 ただ、さすがにあんな逸脱技術の申し子(オーバーテクノロジー)は出てこないにしても、サワガニなら在りうる。

 前にアレを潰せたのは1体だったからであって、アレは群隊戦法を前提に作られたものなのだ。

 不得手な戦況だったからこそ真価を発揮できなかったけれど、今回は違う。

 正直、出てくる前にケリをつけなければ勝率は0に近い。

 小鳥さんに第2部隊、どっちにしても厄介な相手だ。

「神戸に逃げ込む・・・のは難しいんだよね・・・」

 地続きならともかく本島と離れた琉球では移動手段が限られている。フェリーは時間が掛かりすぎて論外だし、空路だって追われれば逃げ道がない。

 そう。だから、神戸に帰るためには、この一件を終わらせる必要がある。

「クリア条件が厳しすぎる」

 とりあえず小鳥さんと出会った学園都市中央搭の最上階にまで駆け上り、展望窓から外を覗く。

 様子を窺うわけではなく、目的は万可統一機構だ。

 上から、どんな構造になっているかを把握しておきたい。

 こんな分かりやすいところにいるのは危険ではあるけれど、最悪突入もありえることも考えると外せない行為なのだ。

 ガイドの地図で学園の地形自体は頭に入っているし、立体として建物の形もこれでインプットできた。

 さてさっさとここから離脱しよう。

 が、

「っ、早い・・・」

 足先を螺旋階段に向けるのと同時に、感覚が敵の接近を告げる。

 赤外線熱感知(サーモグラフィー)能力波感知(シックスセンス)

 1人であることと、通常の能力者に感じるのとは違う捉えどころのない(・・・・・・・・)能力波からおそらくは小鳥さん。

 搭の出入り口を使うか能力で直接上ってくるか。

 あるいは父親がやったように搭の空気を燃やしにかかるか。

 判断する暇はない。

 咄嗟に彼女のいる方とは逆方向の壁を蹴り貫き、自らを宙へと放り出した。

 途端、

 ――ジリン

 小銭袋を鳴らしたような音と共に展望室内が炎に包まれる。

 その様子を開けた風穴から上下逆に確認しつつ、猫のように体勢を整え着地に備えるけれど、着地を待たず追撃がきた。

 火の尻尾(ファイアテール)という表現がしっくりくるような紅き火の軌跡。

 ブースターとして能力を応用した、飛行術。

 簡単に見えて、噴射する火が人体に与える衝撃を考えると生身では不可能とされている技。

 緩衝材として鉄板などを利用しなければ、体の方が内出血で酷いことになるという大問題が立ちはだかっている。

 それをまさしく生身で行えるのは、彼女が絢爛浄火だからか。

 それに加えて、おそらくは・・・。

 ばたつくポーチからVz.61(スコーピオン)を取り出して右肩辺りを適当に狙い撃つ。

 連続して発射された弾丸は彼女の身体に触れることなく火に包まれ燃え尽きた。

 やっぱり、防壁も張っている。

 能力波を可視化できるからこそわかる小鳥さんを覆う能力波。

 あからさまな火の壁があるわけではないけど、目に見えない壁が彼女を包んでいる。

 鉛玉を対象にした炎を展開しているのだろう。

 何も燃えず何もないように見えるのは展開範囲内に銃弾がないからであり、一度侵入した異物には容赦なく着火する仕掛け。

 空焚き、みたいなものかな。

 しかし、なんとまぁ、

「えげつない・・・」

 音速を超える銃弾を一瞬で溶かし得るあの炎、どう考えても物理法則・・・というか世界律を無視してる。

 熔解温度関係なく燃やし熔かせるようだ。

 前に邂逅した小島継という殺傷嗜好者ですら、風刀と物質の固有振動という物理法則を駆使して硬軟構わない破壊力を実現していたと言うのに。

 形骸変容(メタモルフォーゼ)も相当な出鱈目能力とは思っていたけど、絢爛浄火も破格すぎる。

 僕の能力が身体(うち)に干渉する能力なら、彼女の能力は炎を介して世界(そと)に干渉する能力だ。

 うん、勝てる気がしない。

 直接攻撃に転用できる能力に対してこっちの攻撃は応用と小細工主流だし、あの不可視の防御壁(バリアー)は攻略困難だ。

 鉛玉の限りではなく、石だろうが髪だろうが人体だろうが防御の対象に変更できるだろうから――――、

 殴るとかすると腕が熔け落ちる気がするんだよね。

 あそこまで能力を常時使用していると消耗が激しいはずだけど、そもそもあのペースでも持久できるからの判断だろう。

 自滅まで少なく見積もって15分、30分。その間に泥底部隊(ヌタ)がくれば挟み撃ちでジ・エンド。

 出動に10分もかかる部隊なんてゴミみたいなものだから、実質制限時間は10分以内。

 逃げ切りという選択肢がないこの状況、つまりこっちから攻撃を仕掛けなければならないわけで。

「八方塞もいいとこだ」

 だいたい今の空中というフィールドも分が悪いし。

 鳥と蜘蛛の戦いみたいなものだからなぁ・・・。

「さて・・・」

 そろそろ、頃合。

 再びポーチをまさぐって予備のマガジンを取り出す。簡易爆弾程度にはなるだろう。

 無論、このままだと彼女の火に触れたとしても発火はしないだろうから、ガイドブックの1ページを乱雑に破りライターで火をつけてマガジンに挟み込む。

 それを緩やかに落下中の僕へと突っ込もうとする彼女に投擲した。

 ――バコンッ!

 正規品の手榴弾ではない即席爆弾は中に詰まった弾丸やその破片を四方八方に吐き散らす。

 それと同時に、先ほど飛び降りた搭に巻きつけておいた数本の髪の毛に力を入れる。

 下手なワイヤーアクションのように、いきなりの真逆への方向転換。

 頭が痛い。今度から別の方法を考えないと。

 本当なら危なすぎる手製爆弾は彼女相手だと目晦まし程度の役にしか立たない。

 搭の屋根に着地して、助走をつけて反対側から飛び降りる。

 放り投げるのとは違う、斜線を描く飛び降り方。

 滞空時間を少しでも減らすのは、空中戦を避けたいから。

 寮の屋上に着地して、そのまま駆け出す。

 逃走、ではなく戦略的逃亡。

 遮蔽物の多い入り組んだ室内にでも誘導しなければ話にならない。

 が、相手も甘くはないようで、もう追いついた。

 振り向かなくても赤外線熱感知(サーモグラフィー)でわかる。

 紫外線を利用して得た情報を脳で映像化しているこの視覚は眼球視覚とは実のところ関係がないのだ。

 にしても早い。わざわざ反対方向へ急転回して逃げたのに。

 反射神経が早いのか、あるいは命綱(かみ)が見えていたとか・・・?

 それは怖い想像だ。

 一応、見えないように最低限の細さを保ったせたはずなんだけど。

 見えてるとなると、僕の唯一の得物らしい得物である黒糸が通用しないということになる。

 元々使いたくない技ではあるんだけど、こうなると本当に突破口が見えない。

 不意打ち以外に防壁を掻い潜る手立てがあるとは思えないし。

 投降して隙を衝く・・・というのはあんまりにも手抜きな作――――!

「がっ!ぁあ」

 何時の間にか、右足首が熔けていた。

 だらだら思考してる暇もないらしい。

 大きくバランスを崩しながら、左足に力を込めて勢いをつけ、身体を丸めてゴロゴロと転がって柵のない屋上の端から転げ落ちる。

「ごっひゅっっ!」

 ・・・5階からの落下衝撃はとんでもなかった。

 脳が揺れて意識レベルが2段階ほど落ちたし、出てもいないのに血生臭さを嗅覚が感じ、肺の空気は抜けて口が開かない。

 足首の負傷よりダメージが大きい。

 背中に突き刺さった潅木を抜く余裕もなく、ちょうど目の前にあった窓ガラスを叩き割って寮内へと侵入する。

 長さの合わなくなった右足は骨だけを伸ばして帳尻を合わせた。まるで松葉杖だ。

 ともかく血肉の再生に回している時間はない。

 血で汚れていたとはいえ、また靴が1つ駄目になってしまった。

「葉月ちゃーん!室内は卑怯よ!」

 背後でそんな声が聞こえるけど知ったこっちゃない。

 機構的には情報の隠蔽やらと後始末が大変なのだろうけれど、こっちにとしてはむしろざまぁみろというやつだ。

 嫌がらせ万歳!

 侵入したのは誰かしらが使っている生活感たっぷりの角部屋。住人はいないようだ。

 窓ガラスを割ってすみません。あと、

 ――バゴッ

 壁も破ってすみません。自分で修理してください。

 よし、謝罪は完璧。

 窓と壁と一直線に穴で道を開けて二つ目の部屋に。

 入って数歩で、胸を打つ苦痛が身を襲った。

 次は左肺、らしい。

 いきなり、肺だけを、ごっそり持っていかれたような感覚だ。

 ・・・皮膚やら肉やらを無視していきなり肺だけ(・・)を燃やすなんて芸当は普通できないんだけどな。

 確かに今日び、手や口からしか能力を出力できないような能力者はほとんどいない。

 能力の発現範囲内であれば、人がいる座標軸に出力先を合わせることで、体内を炙り焼くこと自体はできるだろうけど、彼女のやっていることはそれとは根本的に違うものだ。

 燃やす対象を選ぶなんて簡単に言うけれど、それには対象をしっかりと認識できなければならないという前提があるはずだ。

 そのモノがどんな形で何処にあってどんな性質を持ってといったことをしっかりと認識できていないとできるわけがない。

 皮膚と肉とに守られて見えないはず(・・・・・・)の肺臓を、確実にピンポイント(・・・・・・)に照準にしている。

 酸素不足で力が抜けてよろけざまに身体を捻り自分以外の侵入者へと振り向く。

 ガラスをペキペキ割りながら、壁の穴に向かって彼女は歩いてきていた。

 けれどくぐってこっちの部屋に入ることはなく、穴の手前で立ち止まる。

 ・・・・・・やっぱりか。

「葉月ちゃん、いくらなんでもコレは危ないわよ」

 そう言うと同時に、僕と彼女の間を遮っていた網目状の紅い糸が一瞬ちらついて消えた。

 穴を抜ける際に張り巡らせた髪の網。

 知らずに通り抜ければ何でもブロック状に切り崩してくれる便利トラップだったのに、呆気なく無効化されてしまった。

 やっぱり、視えている。

 チップの位置や肺といった不可視の部位を含めて、通常視界では識別困難な糸まではっきりと。

 透視能力(クレアボイアンス)、だけでは説明がつかない。

 僕の能力波感知(シックスセンス)のような独自の視力があると見たほうがいい。

 視えているからこそ、確実に燃やせる。

 その目が、彼女の絢爛浄火はその価値を跳ね上がらせている。

 さて、困った。

 相手は体勢を立て直す時間さえ与えてはくれないようだ。

 彼女の炎、たぶん選択可能数にも限りはあるんだろうけど、その限界が1つ2つというのは考えられない。

 石、ビー球、スーパーボール、地球儀、りんご・・・とまるで違うものをある限り同時に投げれば1つぐらい当たるかもしれないとはいえ、当たったら何?といった感じ。

 りんご1個で気絶してくれるとありがたいんだけどなぁ。

 そんなことを考えていたら、

「な、なな何してんだっ!!?」

 怒鳴り声が浴びせられた。

 横目で確認すると、大学生ぐらいの青年がこちらに向かって歩いてくる。

 この部屋の主だろう。

 いきなりの闖入者にその対応は正しい。正しいのだけどこっちにしても横槍を入れられた形だ。

 ただでさえ面倒な状況がさらに困難になった。

 この時間に自室にいるなよ大学生。

 いっそのこと『あのお姉さんに襲われたんですっ』とでも言って話をこじらせてやろうか。

 彼は尻餅をついた体勢の僕に駆け寄って、キッと小鳥さんを睨む。

 ん。言うまでもなく、そう見てくれているようだ。

 それもそうか、普通こんな場面に遭遇したら、倒れている方を庇うだろうな。

 壁の穴をくぐってきた小鳥さんも困った顔をしている。

 ・・・・・・・・・・・・ふむ。

 その手があったか。

 当たる前に熔かされてしまうのなら、熔かせない物を投げればいい・・・と。

「ふ・・・ふふ・・・」

 こちとらただ今絶賛貞操の危機なのだ。

 手段を選んでいる場合ではないわけで、そもそも考えてみればこんなに一方的に追い詰められておいて人死にNGだなんてルールを守ろうとはなんて僕もお人よしだなぁ。

「・・・ふふふふふ・・・・・・」

 積極的(アグレッシブ)な小鳥さんと顔も知らない堀塚院長の軽い発想(ノリ)は危険すぎる。

 あんなモノを創って見せろなどという彼女に拘束されれば明日の朝を2人ベッドで迎えることになりかねない。

 そう、手段を選り好みしている余裕はないわけで・・・。

 人間追い詰められれば何をしでかすか分からない!

 よってこれも已む終えなし!

「・・・あはっ、あはははははっ!」

「ちょっ、何その不気味な笑い声!」

 一歩退いた彼女がこれ以上射程距離から離れないうちに、がっしりと身を案じてくれた心優しい学生の袖を掴む。

 さぁ逝け、そら逝け、逝ってしまえ!

「喰らえ!人間肉弾――――!!」


                     /


 徘視蜘蛛などが送ってくる情報を統括するモニタールーム。

 通信機器などを備えた有事の際の作戦本部としても利用されることになっている、情報管理の中枢にて。

「警察?警察よね!?助けてぇ!女の子が皆を投げたり振り回・・・うぉわ!っいい嫌だ!お願い足持たないでぇ投げっ投げな・・・!!」

 そんな悲鳴にも似た回線を傍受して塚堀亜那(ほりつか あな)は情報隠蔽を諦めた。



 コミュニケーションスペースと呼ばれる寮生憩いの場は今、散々たる有様だった。

 割れたガラスや破れたソファに散らばったトランプ。そして、


 宙を舞う大学生。


 織神葉月に枕投げの如く投げられた女子大生は、狙われた瑞桐小鳥に受け止められることなく、指を組んだ両腕の振り下ろしで頭を殴打、床に叩き落される。

 気絶した彼女の身体を踏みつけて小鳥は前進、状況が変わってしまった戦いに早々に決着を着けるべく葉月に照準を合わせるようとする。

 狙いは両足。移動手段さえ断ってしまえば、いくら葉月でも攻撃を続けることはできなくなるという考えだ。

 黒糸を使えない以上葉月の攻撃手段は近距離の肉弾戦がメインであって、幾分か隙ができ威力も落ちる投擲は決め手に欠ける。

 人間を武器に使った直接的な打撃こそが現状における葉月の切り札。

 ならば、それを封じてしまえばいい。

 その判断は間違っていない。が、奇策が通じるというのならそれは葉月が得意とする戦法だ。

 小鳥と同時に前方に跳んだ葉月は、髪を伸ばして適当に捕まえていた寮生の1人をあらん限りの力で投げつける。

 回転まで加えられた人間手裏剣。

 それを横にズレることで避けようとする小鳥だが、それは致命的なミスだった。

 確かに飛び道具に対する対応として、最小限の動作で避けるというのは最良な行為ではある。

 あるのだが、今回投げられたのは生身の人間だ。

 人間手裏剣と化した彼にしてみれば、その身体の行き先は後にある寮生自慢の90cm水槽。

 傷つきにくいガラス製、約160リットルの不衛生な水、泳ぐ大量のテトラとコリドラスに水草と土。

 大惨事の三文字しか見えない。

 そんな状況で小鳥に避けられればどんな行動に出るか?

 自分と小さくも尊い命のために、彼は腕を必死に伸ばして小鳥のコートの端を掴んだ。

「!」

 小鳥の足では勢いを殺しきれず、そのまま彼と共に後方に吹っ飛ばされる。

「・・・くっ!」

 すぐさま起き上がるが、その空白の間に葉月は手にした得物を低く構えて向かってきていた。

 その姿はガリガリと大剣を地面に擦らせて走る戦士に見えなくもないが、ただ葉月の持っている武器は人間で――――擦っているのがはその頭部。

 改めてそのあまりにもな絵面に一瞬唖然とするも、小鳥は照準を足から得物を握る両腕に辛うじて合わせる事に成功する。

 激しく揺れ動く葉月の腕だが、小鳥の能力における"照準"とは位置座標ではなくモノ自体に合わせられる。

 それは、どう動こうと避ける事のできないという、出力系能力者(とびどうぐ)として反則な技。

 つまりどれほど葉月は早くとも、回避することは不可能であり、

 葉月の両腕は肘から先が一気に蒸発した。

 手を失ったことで武器(がくせい)を落とした葉月は、しかしそれぐらいの抵抗は予測していたと言わんばかりに、すっぽ抜けた勢いを利用して足首が骨の右足を軸に一回転、回し蹴りを大学生の尻に喰らわす。

 へぶっ、ぶぶっ、ごふっ、と武器(モノ)が悲鳴を上げたがそんなモノを気にする人物はここにはいない。

 飛んでくる肉弾を今度は蹴り落とそうとする小鳥。

 しかし、大人と変わらない体格と体重の物体がそれなりの速度でぶつかってくるという衝撃はかなりのものだ。

 葉月と違って身体能力は常人と変わらない小鳥には打ち落とすにしても辛い。

 両腕でならともかく片足で何とかなるものではなく、またしても体勢を崩す。

 判断を誤ったことに顔を歪めるその一瞬に、葉月は接近戦が可能な範囲にまで侵入を果たしていた。

 が、ここにきて、ネックになるのが小鳥の炎の防壁(ファイアウォール)だ。

 例え手足の届く距離にまで近づいたところで、攻撃が入らなければ意味がない。

 逃げ惑う寮生を髪の毛で縛り付けておいた残り弾(ストック)はさっきの人間手裏剣で最後だったし、両腕は既にない。

 残っている両足にしても片足は足首から下が骨一本に支えられている状態で、左足を失えば今度こそ戦闘不能が確定する。

 一般人ならともかく葉月に対して傷害を辞さない小鳥に、そもそも左足の蹴りが届くわけもなく、この好機(チャンス)に葉月は有効手段なし(すで)の状態なのだ。

 だが、

 物質の性質を無視して何もかもを燃やし尽くす浄火、見にくいという概念を持たない奇襲殺しの視力。

 一見完璧に見える小鳥の絶対防御だが、遊び半分の鬼ごっこである今回に限っては付け入る隙がはある。

 何であろうと絶対に燃やして(・・・・)防御する盾だからこそ、捕縛目的であるが故の矛。

 そう。殺してはいけない相手が自ら致死的弱点を晒した場合は、どうしても防御を解かなくてはいけない――――。

 いくら自己再生能力を持ち手足や臓腑を失っても生命維持が可能な魔物であっても、決定的な弱点がある。

 それは自律神経の中枢を含み生命活動に不可欠な部位であり、心が宿るとされ身体で最も重要視される場所であり、能力波を発し超能力を統制すると言われる制御機関であり、


 つまるところ、

「とりゃぁああああ!!」

「きゃゃぁあああああああああ!!!」

 ――――葉月の頭突きが小鳥の顎に炸裂した。


 落ちた小鳥は仰向けに倒れ、葉月は頭をフラフラと揺らしながらも肘から先のない腕を掲げる。

「アイッアム・・・、チャンッッピオォォオォ――――ンッ!!!」

 サイレンが近づく音と所々ですすり泣く声が聞こえる中、そんな勝利宣言が虚しく響いた。

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