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第34話- 琉球学園。-Cold War-

※この小説はフィクションです。実在のアメリカ・米国・在日米軍とはいっさい関係ありません。

 翌朝、普段どおり日差しを浴びておき、朝食や身だしなみを整えてからはテレビで時間を潰したものの、やはり起きるのが早すぎてか機構に着いたのは指定されていた1時間前だった。

 機構としか場所を聞かされていない僕は、とりあえず小じゃれたエントランスにて待つことにする。

 飲み放題の自販機から抹茶ココアを手に入れて備えられたテーブルを陣取りながら、ポーチから取り出したのは携帯ゲーム機だ。

 ビオサイドのシングルプレイ。

 応用が利きすぎるこのゲームは、プレイ次第では昨日の人生ゲームと変わらない体験ができる。

 しかしまぁ、そんな面倒くさい遊び方はせずに、シンプルなバイオハザードで人類虐殺を目指そう。

 暇つぶしなので難易度は低め、フィールドは比較的狭い研究施設にする。

 これなら人間の数が研究員だけなので早く終わる。

 電車などの面倒くさい移動手段もないし、ゴリ押しでクリア可能だ。

「とりあえず待合室から潰そうかな」

「何をしてるのかね、君は」

「・・・・・・・・・・・・中途半端なタイミングに来られるのはそれはそれで腹が立つんだけれど」

 かけられた声に顔を向けると、ぼさぼさ頭の初老が立っていた。

 加藤倉光。僕が苦手としている人間だ。

 この研究狂いには彼らが『折り紙の8月』と呼ぶアレが通用しない。というか言葉が通じない。

 いつもの白衣ではなくマットブラックのスーツを着ているけれど、頭のぼさぼさを先に直せと言いたい。

「10時などというのは目安だ。君が来れば即行動に移せる準備はこちらにはあるのだよ。

 ・・・で、何をしているのかね?」

「見ての通り、携帯ゲームで遊んで・・・遊ぼうとしてたら邪魔が入ったんだけど」

「見ての通り!はん、ゲーム機を弄っているだけそう判断するのは早すぎるだろう。

 ネットワークに接続可能な、データの書き換えまで可能なOSを積んだその小型電子機器はいくらでも応用が利く。

 巷ではゲーム同様カセットに挿入、読み込んで使用するハッキングソフトまで出回っているらしいじゃないか。

 携帯ゲーム機などという名称はそもそも間違いだと思わんかね?」

 例えそうだとしても、万可統一機構内でそれが可能とは思えないし、そんなソフト一般ルートでは手に入らないだろう。

 ただ、ここでそんな反論をすればややこしい談論が始まってしまうことは必至なので、素直に相手の疑問に応じることにする。

「・・・ビオサイドですよ」

「ふむ・・・知らんな」

「そりゃあ、研究にしか興味のない君には馴染みのない分野だからね」

「ふふん、まぁ今度調べておこう。私にとって新天地になることを期待するがね。

 しかし、しかしながら君も随分と棘々しい言葉遣いのできるようになった。私が多分に接触していたあの頃に比べれば見違えて人間らしい」

「・・・・・・」

 ジロジロと犯罪臭い動作で観察されるのは気持ち悪いことこの上ない。

 だから、嫌いなんだこの変態。

 目一杯好意的に見て、『大人になりきれない研究実験大好き老人』としか表現しようのないこの人物。

 少なくても神戸市の万可統一機構が形骸変容(メタモルフォーゼ)研究の責任者で、一体何時から研究に関わっているかは不明だけれど相当の古株なのだろう。

 最高で見積もれば齢100歳以上もありうる話なのに、何で精神年齢は成長してないのか。

「それで?あの岩男は?」

「彼は来ない。仮にもここの代表者だぞ?そうそう動けるものではあるまい。今から少々遠出することは知っているだろう?」

「・・・ということは・・・あんまり考えたくないんだけど・・・、同伴者は」

「私だ」

「・・・チェンジは?」

「ない。不服かね?」

 大いに。

 何でよりにもよってこの人使うかな岱斉は。

 嫌がらせ?嫌がらせなの?

 深い、溜め息が出た。

「何処に行くんですか?」

 諦めて尋ねると、研究狂は決まっていないと首を振った。

「は?」

「正確には定まっていないと言うべきか。候補があって、そこから君に選んでもらおうというわけだな。

 というわけで訊くが、北海道と沖縄、どっちがいい?」

 北海道と沖縄、その2つの共通点は日本の極地であることと特別指定学園都市のある場所ということ。

 間違いなく後者の意味で言っているのだろう。しかしそうだとすると他にも候補地はあるはずなのだけど・・・、

「ちなみに私は北海道がお勧めだ!あそこの訓練設備は大掛かりで見所がある!研究施設が少ない分、能力教育のシステムが他の学園とは違い独自に構築されていると聞く!すでに研究活動は終えているが日常的な赤(コード・レッド)の施設もあるのだ!数日ではとても回り切れんなぁ!」

 目が、目がすごくキラキラと輝いている・・・。

「・・・・・・じゃあ沖縄で」

 その一言で、大人になれないこの老人は身悶えてスーツが皺だらけになるのも構わず床を転がった。

 何だろう、すごく気持ちいい。

「・・・まぁいい。沖縄にも見所はある・・・」

 それはまぁ、数ある学園都市の中でその2つに絞ったのは他でもない彼なのだから当然の話だ。

 私利私欲な私情を挟みすぎじゃないだろうか。

「さて、そうと決まれば出発するかね」

 不安しか見えてこない旅路なので非常に足が重いのだけど、

「移動手段は?」

「神戸空港にプライベートジェットを用意してある」



 小型ではあるものの、席というより部屋と表現するのが正しいような高級ジェット。

 エコノミーやビジネスという言葉すら吹っ飛ばす空の旅だ。

 人々はこれを『税金の無駄遣い』という。

 何はともあれプライベートな空間には違いなく、遠慮なしに離陸早々アルコールを頼んでみる。

 学園都市では若すぎる大人が少なからずいるからか、雇われ搭乗員は疑問も浮かべずに僕達にグラスを渡してくれた。

 が、しばらくグラスに注がれた薄き色のワインを眺めていた倉光はそれを僕へと寄越す。

「何?」

「私は酒は呑めんのだ。口に合わん」

 じゃあ、渡される時に断ればいいのに。

 それはプライドが許さなかったのだろうか?どこまで子供なんだこの人。

「岱斉といい君といい、よくもまぁそんなモノを流し込める」

「流し込むんじゃなくて味わうの。好みは人それぞれでしょ?」

「そうかねぇ・・・・・・そういうものかねぇ。

 ふは、しかし『味わう"の"』に『でしょ』か。

 自分の言葉遣いが柔くなっていることに君は気づいているのかね?」

「・・・・・・よぉく観察してるよね」

「無論だ。君の一挙手一投足全てに興味があるからな。噛み終えたガムから出されるゴミ袋まで回収して分析に回している」

 そしてそのあとは数百年単位で(しっかりと)保存されていることだろう。

「ストーカーより性質が悪い」

「ふふん。何をいうか、私達の行為には意義がある上、実益もあるぞ。

 機構調べではまだ生理はキッごぱっ!!」

 台詞を言い切る前に、そのふざけた口にワイングラスを突っ込んでやった。

 グラスの中身が口内へと送られたのを確認した後、気道の辺りを平手で殴りつける。

 よし、ワインはしっかりと流し込まれたはずだ。

「まずい・・・気持ち悪い・・・」

「自業自得でしょ」

「何を言うか!この記録を利用すれば来る日からは生理日予測も可能!超高精度の事前告知が・・・」

「そんなメールが届いた日には君に明日はこないからね。

 というかもう喋るな。いっそ飛行機から落ちてカエルになれ」

「・・・ふむ」

 しかしその言葉を受けて彼は顎に手をやり何か考え込み始めた。

 どうやら僕の台詞が彼の要らない脳内スイッチを入れてしまったらしい。

 おそらくは『高所から落下した遺体を潰れたヒキガエルと表現するが、しかしそれは本当なのだろうか?墜落時の人間の体勢を考えるとカエルのようなシルエットになるとは考えにくいが・・・』とでも考えているのだろう。

 しばし(こうべ)を垂れていた変人はいきなり顔を挙げて、サービスコールの受話器を手に取った。

 まさかと思った時には遅く、

「ああ君、ちょっと飛行機から落ちてみてくれないかね?」

 ――――バン!

 受話器を強制的に元の位置へと戻させる。

「何をする!」

「それはこっちの台詞だよ!この馬鹿老人!」


                     ♯


 要塞型。

 沖縄の学園都市がそう呼ばれる理由は、高く厚く塗り重ねられたほぼ学園を覆う防壁だ。

 他者を寄せ付けない確固たる意思をも感じるその壁は、無論開放的能力開発地区を謳う学園都市が造ったものではない。

 むしろそれはかつて学園都市システム構築を妨げようとアメリカが作り上げた負の遺産である。

 日米安全保障条約により在日米軍という言葉がまだ存在していた当時、各地の学園都市が成果をポツポツと上げ始めた頃でもあったのだけど、沖縄に関しては地方一市を目指していた学園都市都市構想に反して未だ手が着けられていなかった。

 それは米軍基地が存在し、アメリカが学園都市を軍事力として認識していたという理由から。

 その主張は簡単で、『法律上アメリカ領土である基地周辺に軍事勢力を誘致する行為は不徳で戦意にも取れる』というものだった。

 学園都市の効果が見え始めたその時代、日本の能力者開発が先進することに対して危機感を持っていたこともあって、そもそも軍事力を有すること自体が問題だと学園都市の解体までも迫るアメリカに、日本政府はついにキレる。

 アメリカ政府の言い分を無視、沖縄の学園都市開発に着工。それも米軍基地のすぐ近くで、である。

 手始めとばかりに各地の研究所が支部を立ち上げ、基地を囲むように施設を造り、他県の都市を構築していた学園も(こぞ)ってSPS使用許可基準を満たした教育施設を建設。呼応して沖縄県知事が希望者募集を大々的に行い、政府も援助を始めた。

 数年に渡って牽制し合ううちに、学園都市建設に対抗するように米軍基地は防壁を造り増築し続け壁はどんどん高く厚くなっていき・・・・・・、

 最終的に、『学園都市間交換留学』と銘打った他学園都市の能力者の沖縄投入によって完全な冷戦状態に移行となる。

 しかしそんな状態は長く続かない。

 1人の能力者が米軍があれほど塗り重ねた防壁の一部を切り崩し、別の能力者が基地中の空気を"燃やす"という攻撃を行うことによって米軍は反撃どころか篭城すらできないままに撤退。他の場所にあった軍施設にも同様の攻撃を仕掛けるという声明の発表まで成された。

 すでに超能力対策中枢として機能していた施設が壊滅していたこともあり別施設の軍も抗争ないままに撤退し、局地的な冷たい戦争は終焉を迎える。

「その後、基地をそのまま学園都市に転用したのが沖縄の学園都市というわけだ。

 そしてここが――――」

 老人は長い説明(ガイド)の末、辿り着いた場所を指し示す。

「冷戦終結のきっかけとなった防壁の切断面であり、学園都市への入り口というわけだ」

 ありえないほど綺麗な断面を以ってそっけない灰色の壁を切り裂く爪跡。

 当時の超能力の技術を窺わせる惚れ惚れするほどの出入り口だ。

「めんそーれ!沖縄学園都市へ」



 防壁外に存在する研究・教育施設もが威嚇という役割を終えて移転し内包される要塞の中は、神戸市の学園都市とは趣が違う。

 明確な境界線がなく溶け込むように存在する神戸に比べ、沖縄の学園都市は無駄に立派な壁があるからだろう。外と内でがらりと様子が変わる。

 入ったすぐは商店の並ぶエリア、その右奥に寮などがあってさらに行けば教育施設。その更なる右側・・・あるいは入り口から左奥には研究施設となっていて、簡略して言えば円グラフのような造りかな。

 パンフレットを見るとそうなっているのだけど、防壁が円状になっているわけではないから土地が綺麗に分割できているわけではないものの、まぁ分かりやすい。

 防壁の中央辺りは円形の公園になっていて、入り口からそこまでは直線道路なのでここからでも開いた空間が見えている。

 搭のようなものが立っていてどこからでも目印になるようにしてあるようだ。とりあえずあの公園を目指せば迷うことはない、というものなのだろう。

 が、そこに到着する前に僕達は立ち止まっていた。

 ついに酔いが回ってきた倉光が水分を買い求めるためコンビニに寄っているからだ。

「私はもう駄目だ・・・」

 スポーツドリンクを1リットル飲み干し、ペットボトル2本をゴミ箱に投入した彼は地面にへたり込む。

 好み以前にアルコールに対する耐性がなかったらしい。

「機構で休むことにする・・・」

 付き添いできたはずの案内人がとんでもないことを言ってくれる。

 さっきの元気の良さは何処へやった。

 彼のテンションは『めんそーれ!』で折り返し(ピーク)を迎えたらしい。

「で、僕は?理由あってここに来たわけでしょ」

「・・・こっちの機構に顔を見せればそれでいい。数日好きに観光して帰る時に寄ってくれ・・・」

 うん。完全に役割を放棄。

 というか、あの量で二日酔いはしない。数日って、いつまでへばり続けるつもりだ。

 しかし、まぁ、自由時間は素直に嬉しい。

 好きに観光・・・・・・それは学園都市から出てもいいと?

 そういうことなら、日本有数のジンベイザメのいる水族館が沖縄にはあるんだよね。

 機会があれば行きたいとは思っていたけど、今こそ絶好のチャンスじゃないだろうか。

 船底を透過素材で可視化した海底散策船もよいかもしれない。

 あと沖縄といえば泡盛だよね。

 学園を無視して沖縄観光というのも・・・。

「・・・・・・」

 と、倉光がまじまじと僕の顔を見ていた。

「言っておくが、学園外に出るのはなしだぞ」

「ちっ」

 けちんぼめ。


                     ♯


 コンビニで買ったシークヮサーのジュースを半分ほど喉に通して口を潤す。

 初めて飲んだけど、すっきりとした味わいで美味しかった。

 先ほどまであった日差しは既に雲に隠れて天気は下り坂といったところだけれど、それでもまだ暑い。

 一般用にゲートで配布されていたパンフレットを確認してみると、観光できそうなものは能力者の訓練施設ぐらいのものだった。

 当然ながら超能力に馴染みのない一般客向けのスポットで、僕にとってはあんまり魅力的なものではない。

 万可統一機構のパスを貰ったのだけど、これで通れる研究施設は観光として面白そうではない。

 好んで来たわけでもこの場所に積極的に行きたい場所などあるわけもなく、よって今僕が目的もなく目指しているのは中央に立っている搭だ。

 ポーチからペットボトルと入れ替えで携帯を取り出す。

 一応、これからのこの地区の天気を確認しようと、ブックマークしている天気情報サイトを開く。

 TOPページを読み込む前に、液晶画面にぽつりと水滴が落ちてきた。

「・・・あ」

 雫を指の腹で拭ってから携帯を閉じ、代わりに天を仰いだ。

 肌が雨粒を弾く感触が伝わってくる。

 調べるまでもなく雨らしい。

 雲ってきたとは思っていたけど、やっぱりか。

 仕方なく、コンビニまで戻ってビニール傘を購入してからの再出発となった。

 のろのろとした行動だけれど、まぁどうせ暇なんだからそれもいい。

 ガイドを片手に、授業中で生徒も出歩いていない学園都市を進んでいく。

 日米因縁の沖縄の特別指定都市。

 日本中尽くの在日米軍及び関連施設を追い出すことになった顛末。

 以後日米関係が酷く悪化したことは言うまでもなく、その関係が修復され出したのは割りと最近という。

 超能力者の交換留学、その条約取り付けが理由か。

 自国で始めようとしている学園システムの触媒・促進剤として利用したいのだろう。

 現金な話だけれど、しかし、例えアメリカが学園都市のレプリカをこしらえたところで、日本に追いつくのは数十年後。日本の超能力が頭打ちにならなければ、追いつくことすら困難かもしれない。

 そもそも今度こそ国際機構ISPOが規制するだろう。今までだってアメリカへのSPS薬の輸出に対して批判が相次いでいたというのに、超能力の軍事利用を掲げている国による大規模な能力開発はさすがに見逃せない。

 かつて日本に迫った『超能力という軍事力の放棄』を今度は彼らが迫られる番になる。

 SPSがISPOの保有する機械でしか製造ができない以上、脱退したところで好き勝手にできるものでもないし、選択肢は多くない。

 暴力的な手段も視野に入るだろうし、最悪そうなれば国際社会は大戦時に逆戻りする可能性すらある。

 まぁ、少なくても僕には関わりのなさそうな話ではあるけれど。

 現在考えないといけないのはどうやって時間を潰すかだ。

 重要度は高くなさそうな今回のこの遠出。おそらく先日のアレの残飯処理みたいなもの。

 他市の万可統一機構同士、同じく形骸変容(メタモルフォーゼ)を創り出そうとしていたのなら、僕という個体を手元に寄せたいと考えてもおかしくはない。

 アレの責任(せい)でその要望を断れなくなったのだろう。

「逆に言えば・・・本当に顔見せだけ終わらせばさっさと帰れるわけだ」

 数日と言わず、このまま機構に行って老人を回収して帰路に着くこともできる。

 無論せっかくの機会だからそんなことはしないけども。

 倉光から奪い取った市販されているそれなりのガイドブックをチェックしてみると、彼が幾つか付箋をつけている箇所がある。

 旅行好きの女性みたいな行為と思いきや、開けばそこは研究所施設紹介のページで付箋には英数字が書き殴られていた。

 おそらくその施設に導入されている研究機材の名前なのだろう。

 興味が研究にしかない老博士はあの歳で――――もちろん少なくても歳相応の年月を生きてきたはずという意味で――――驚くほど熱心だ。

 何かこう・・・気持ち悪いぐらいに。

 自分が彼のことを嫌いなのだと再確認。

 そんな意味のない確認をしている最中にも手に握った柄から力強い振動が伝わってくる。

 雨足は強くなってまさしく粒の形をした雫が透明な傘を叩いているのだ。

 その様子をビニール越しに眺めていたら、

「ぁれ・・・?」

 奥の景色が妙に明るんでいることに気づく。

 オレンジに着色されているのは目指していた搭の辺り。

 足早に駆け寄ってみて、その正体が分かった。


 高くそびえた搭の上辺りから降り注ぐ雨が、火へと変わって落ちている。

 いや、雨粒が燃えている――――?

 紅く赤く揺らめく光の粒。無秩序に撒かれる炎の子。

 おおよそ球状の空間を形成して曇り濁った灰色の世界に(とも)された暖かい雨の景色。


 そんな不可思議な現象を引き起こしている根源は三角錐の屋根にいた。

 足をぶらりと遊ばせて、燃える雨を一身に受けている。

 艶のある黒髪を僕よりも長くなびかせた妙齢の女性。

 不意に、その彼女が搭からその身を滑らした。

 落下。あるいは身投げ。

 けれど彼女の無抵抗な身体は重力を拒絶してゆるりと降りてくる。

 時折、紅燈の炎に身を包みながら、抱かれながら優しい墜落を遂げた。

 パンパンと埃を払うように火の粉を散らし、幾分散らばった髪を纏めてこちらへと歩いてくる。

 接近されて判ったことは、彼女がスタイルのよい女性であり、今まで僕が会ったことがある女性の中で最も良識ある大人らしい外見を持った人物であること。

 紅いコートを身に纏い、靴はロンドンブーツという沖縄らしくない、ただただ紅の印象のみを与える超能力者は、

「こんにちは、織神葉月ちゃん」

 元より僕を待っていたらしく、そう挨拶をした。

「私は・・・・・・誰?」

「・・・・・・」

 訊きたいのはこっちです、と突っ込めばいいのだろうか?

「あ・・・うそ、ごめん、今の間違え。これは『狙った相手の家に転がり込む方法』だった・・・」

 前言撤回。今のやり取りで"良識のある"というレッテルは残念ながら剥がれました。

 それとその台詞で転がり込めるのは良くて精神科病棟だと思うのだけど。

「えーと、私は葉月ちゃんと違って規格外ではあるのだけれど、まぁ一応万可統一機構の関係者よ。

 名前は瑞桐小鳥(みずきり ことり)、通り名は絢爛浄火。身に余る名称としては鳳凰と呼ばれているわ。

 よろしくね」

『エキ日々。』の日米関係――というか国際関係は超能力関連でかなり複雑な事になってます。

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