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第33話- 人生遊戯。-Event-

 久しぶりにバイト仲間で鍋を囲んだその帰り。

「・・・だっ、だからね?・・・なんか・・・・・・その・・・」

 私鉄を降りた駅前で立ち止まり、自販機でミックスオレを買う。

「・・・おお、お上さんがね?用事があるとか・ぁ・・ないとか・・・で」

 プルタップを片手で開けて片手で飲み干し、空き缶はゴミ箱に放り込んだ。

「明後日、ば・か万可統一機構に・・・来てほしいぃぃいって・・・」

 その報告を何故彼女達を挟んでするのか疑問に思い。すぐさま、先日メールを見ずに消した事を思い出す。

 あれがその連絡だったのかは定かではないけれど、伝達の確実性を欠くと認識はしたらしい。

 まぁ、それはいいや。

 左手で耳に当てている携帯を右手に持ち直す。

 さっきから、ずっと気になっているのは、

「智香さん、何でそんな怯えてるの?」

 うろたえ方が尋常ではない電話相手だ。

「ごんめんなさいごめんなさいごめんなさい!すみません、身の程知らずなことしました!上の命令だったんです!私どもは弱みを握られて操られてる使い捨ての駒ですのでごめんなさいめごんなさい!」

「あのね?なんで僕は謝られないといけないのかな?」

「お、怒ってない?」

「これ以上謝ったら怒るけど?」

「・・・・・・」

「で、伝言があるんだよね?明後日、機構に行け。・・・何時に何でかは知ってる?」

「時間は午前10時だけど・・・何でかは知らないわ。そこまで知らされる身分じゃないもの。遠出するんで数日間は戻れないから、都合をつけてくるようにって」

 数日の遠出ね。

 何を考えているのか、数通りほど浮かぶけれど、多すぎて絞れない。

 絞ったところであんまり意味はないか。

「まぁ、了解しました。こっちが忘れてたら迎えに来てって言っといて」

「勘弁して・・・」

 そんな彼女の悲痛な呻き声を聞き流して通話を切る。

 始業式も行けず、始まってまだ数回しか行けていない学校をさらに休むことになるのかな。

 どうせ予定なんてないのでいいといえばいいんだけど、もったいない気はする。

 さて、明日はクシロ達にそれを伝えて・・・・・・そのまま裏方の秘密部屋にでも寄ってみようか。

 何か色々と問題がありそうだし。


                     ♯


 箱詰めで丁寧に並べられた弾薬を取り出してはマガジンに詰め込んでいく。

 50発分入っているその箱は普通に売られているものだ。ああ、言葉が足りないか。正確には"外国では"普通に。

 .32ACP弾。Vz.61(スコーピオン)用にくすねてきた弾薬だった。

 弾入りのマガジン自体もいくらか見つかったのだけど、今はそれに加えて空のマガジンも予備にと弾を入れている最中だ。

 使うことはそうないだろうけど、一応苦手としている長・中距離の対策として用意しておくに越したことはない。

 裏方という組織はどうやら実際に存在するようなので、機会が皆無ということはないだろう。

 しかし懸案事項としては、近距離戦のために身体強化を施した際に、銃のトリガー辺りを壊さないかという心配もある。耐久性はやっぱり気になるところだ。

 連続使用に耐えられなければ短機関銃(サブマシンガン)の意味がない。

「マシンガンよりグレネードの方が勝手がいいかな・・・」

 あるいは手榴弾。あれなら壊れるという心配はないし。

 音響手榴弾(スタングレネード)は非常に有効な武器だと思う。

「物騒なこと言わないでよ・・・」

 テーブルに広げた弾薬や分解された他の拳銃などを顔をしかめて眺める智香さん。

「そう?能力者を相手にするなら火力は大切だと思うけどなぁ。皆だって持ってはいるんでしょ?」

「まぁ、持ってはいるけどね?おいそれと使えるものじゃあないんだよ?」

 同じくテーブルで銃を解体している佐奈さんが眉を寄せマガジンから弾薬を取り出して捨てた。

 湿気ていたようだ。掃除されず湿気の篭った室内にほったらかしたりするからだ。

 今日、僕がこうして銃の弄っていなければそのまま整備されずに、有事まで発覚しなかったんだろうな。

 冷却の出力系能力者である彼女にとっては拳銃などサブでしかないんだろうけど。

 とりあえず、静かな室内で、思い思いの行動を取っているこの空間は良好と言えなくも――――、

「というか、何普通に来てるのですか葉月サン」

「他人行儀な態度はいただけないよ、雪成君」

 先ほど入れたマガジンを装着したVz.61(スコーピオン)を向ける。

 雪成君はホールドアップ。

 不思議だよね。それほど興味があったわけでもないんだけど持つと撃ちたくなる。

「・・・ストラップでもつけるかな」

 黒いボディー不釣合いなファンシーでファンキーなのを。

「とりあえず下ろして・・・」

 まぁ、これ以上銃を向けているとトリガーを引きそうだし。

 マガジンはそのままに安全装置をロックして、ストック分を先にポーチにしまう。Vz.61(スコーピオン)はその上にして、一応取り出しやすくはしておく。

 明日持って行くつもりなのだ。

 機構の遠出というのはまぁ学園都市の外だろうけど、他に何か必要な物はあるだろうか?

 必要ないとは思いつつ財布には10万ほど入れてあるし、携帯は電池式の充電器を含めて用意してる。

 暇を潰せるゲーム機も1台、資料なども数冊ある。

 何分旅行の準備なんて初めての経験なので勝手が分からないのだ。

 着替えは用意されているか、あるいは適当に買って向こうで処分してしまえばいいので下着以外は要らない。

 当日着ていく動きやすい服装はここに置いてある予備が適当だろう・・・。

 盗撮・・・もとい監察されていることは知っているとはいえ、アパートに詰め込まれた少女趣味ギリギリな服装を機構の関係者に見られるのは嫌だ。

「さっさと行ってさっさと帰ってこれればいいんだけど」

 瑞流君が淹れてくれたアイリッシュ・コーヒーをチビチビ生クリームのフロートと共に口にする。

 コーヒーと名がついているもののコレはカクテルなので基本未成年の飲めるものじゃあない。

 何かお酒が入ったもの、と頼んでみたらコレが出てきた。

 アイリッシュ・ウイスキーをベースにしてるらしいけど、これでやっぱりこの部屋普通にアルコールも置いていることが判明した。

 掃除の時も水周りは綺麗だったから弄らなかったし、その辺りは瑞流君の担当なので使うこと自体がないから確認してなかったんだよね。

 今度くすねようか?

 日本酒や焼酎なんかも試してみたい。

 あるかな?

 たぶん棚の奥にアルコール類はしまってあると・・・、と目を向けると所在無さ気な瑞流君と目が合った。

 咄嗟に顔を背けられる。

 ・・・上等な態度デスネ。

 覚えてなよ。

 しかし、まぁ、もっと酷いのがいるので今は保留だ。

 怖がられの程度で言えば、智香さんと瑞流君は中、雪成君と佐奈さんは小と言った感じなのだけれども、それ以上なのが1人。

 その1人はここにいない。

「亮輔君が来てないよね」

「アレ以来・・・・・・ひっ、引き篭もりに逆戻り・・・」

 仮にもグレーゾーンの人間がアレ程度で参るのはいかがなものかと思うのだけど。

 そしてそれは間違いなく僕が原因だろう。

 部屋を出なければ僕に会うことはない・・・と。

 本当、上等だ。

「よし・・・見舞いに行こう」

 立ち上がる前にがしっと智香さんが両肩を掴む。

「絶っっ対駄目!ショック死しちゃう!」

「・・・ショック死とショック療法って似てるよね」

「似てない!1回目であんなに苦しんでたのよ!2回目はどうなるか!?」

 アナフラキシーショックだよね、それは。

 というか人を抗原みたいに言わないでほしい。

「前回は呼吸困難。・・・次は心臓が停止しかねないぞ」

 雪成君も随分なこと言ってくれる。

「ねぇ知ってる?腹上死って、心拍異常から心停止するのが一因らしいよ?」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 沈黙する皆を見回してうんうんと頷く。

「・・・というわけで、行こうか」

「ちょっ!『というわけで』って何!?今の間に何か意思疎通できることあった!!?」

「・・・ショック死(イコール)心停止(イコール)腹上死で、なんとなく幸せ感が増しそうじゃない?」

「しねぇよ!真逆だその2つは!恐怖と快楽だぞ!等号(イコール)で繋ぐな!」

 瑞流君まで大声で否定。先ほどの落ち着きのなさは何処へやら。まぁそれはいい傾向としておこう。

「痛感も快感も同じ皮膚から得るモノだし」

「痛感!?痛感って言ったよな今!痛めつける気まんまんじゃねぇーか!」 

 そんな瑞流君の叫びを聞き流し、踵を返して部屋を出る。

 亮輔君の住所は知らないけれど、後から慌ててついてくる彼らが知っているだろう。


                     ♯


「何気にしっかり土産持ってくのな」

 デパートで買ったチョコレートの缶詰めを持たされた瑞流君が紙袋からその缶を持ち上げてしげしげと眺めながら呟いた。

「菓子に5千とか。金遣い荒いし」

 以前の調子を取り戻してくれたのはいいのだけど、

「ゲーム機をホイホイと買う人に言われたくないよ」

「携帯ゲームは世代の移り変わりが速いんだよ。スペック的にはあんまり変わらねぇのに」

「だったら買い替える必要もないでしょ・・・」

 今僕のポーチに入っているゲーム機はもちろん旧世代だ。

 それにしたって機能は劣らないし、モノはどっしりしている方が安心感があると思う。

 壊れてもいないのに乗り換えるほどのことでもないし、さすがに壊れるまで・・・というのは難しいけど、バッテリーが使える限り使い続けるのが使い切るというものだろう。

「それにそのお菓子は5千円出す価値はあるの」

「ただのチョコに?」

「あのね、そこら辺で市販されてるような安価なものと一緒にしないように。臭味のない風味高い上質なチョコレートは別格だから」

「そもそも俺甘いの駄目だし。板チョコ1つでもキツイ」

「板チョコって何で碁盤状になってるか知ってる?折って少しずつ食べるものなんだよ?1度で多量に食べるから気持ち悪くなるの。

 その缶に入っているのもそうだけど、チョコレートって大抵1口サイズでしょ?1つ1つ大切に食べるものなんだよ。

 袋入りのアメまるまるを1回で食べちゃう人いるけどアレは駄目。ああいうことしてるから1口分じゃ満足できなくなるんじゃない?」

 納得できないで首を傾げている彼を尻目に、到着したのは学園都市から離れたニュータウン、その中に立っている1つのマンションだ。

 高さは十数階が平均のようでクシロの所に比べると低いけれど、それでも高級マンションの1つでエントランスが豪奢。

 学園都市誘致に際して、予想された富裕層のニーズに応えるために建てられたものだろう。

 土地自体は狭いため地下に駐車場を持ってきていて、子供用の遊具があるようなマンションのコミュニティースペースは皆無だ。

 出入り口は当然暗証番号式で、(シャープ)と4桁の数字を押さないと入れない。

 カメラもついていて、相手を実際に確認して開錠できるタイプだ。

「暗証番号は?」

「部屋番号で呼び出して開けてもらえばいいのよ」

 まぁ、それはそうなんだけど、

「僕がいると分かって開けると思う?」

「・・・・・・・・・・・・でも、ね。番号知らないし」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 結局、僕は隠れて佐奈さんが呼び出すことで中に進入を果たした。

 エレベーターで8階まで昇り、亮輔君の号室はそこから一旦廊下を端まで行って非常用を兼ねている外付け階段を上った9階だ。

 北側に沿ってついている廊下だけれど、北のベランダを確保すべく数階に1本といった形でしか通っていない。

 階によって端の部屋は該当階のエレベーターからでは行くことができず、廊下のある階で一旦降りて端まで渡らなければならないのだ。

 そしてその端にある908号室が彼の部屋。

 ドアの前にてインターホンを押して応答を待つ。

 けれど、スピーカーを通した応えはなく、いきなりドアが開いた。

「どぞ・・・ぞ・・・ぞぞ」

 ――バタン。

 『どうぞ』という台詞と裏腹に、ドアは力強く閉められた。

 というか、ぞぞ?

 咄嗟にノブを掴み開けようとすると、途中でガッと抵抗がかかる。

 チェーンロック。

 実に素早い対処だった。

 ただ、普通にキーロックすればよかったんじゃないかとも思えるけれど。

 これでは中に入れない。

 ――バッキン。

 入れないので、力任せにドアをこじ開けさせてもらった。

 チェーンよりドアの金具の方が耐えられなかったようで捻じ曲がっている。

 まぁ、とりあえずこれで状況は障害皆無(オールクリア)だ。

「お邪魔しまーす」

「ひっ、ひぎぃいいいぃいぃぃいいいいい!」


                     ♯


 

「思うんだけど、僕は歳相応・・・以下の女の子なわけで、それを考えるとさほど怖がるようなものじゃないよね」

 半そでに通した細い腕を見せびらかすように前に突き出してみる。

 デフォルトでも力がでるようにしている腕だけれど、過度な肉つきはない。

「人は見た目じゃない、心だよ」

 うん。よし、雪成君あとで覚えてろ。

 伸ばした手をそのまま下ろしてテーブルの中央に置いた缶からチョコレートを摘む。

 見るからにミルクチョコと分かる色合いにレース模様の描かれた四角だ。

 十分にその外見を楽しんでから口に入れて舌でゆっくりと溶かし始める。

「だいたい・・・アレ程度のことでうろたえられる方が心外だよ」

「あの豹変ぶりをアレ程度・・・」

「豹変て大げさな。単に少しイラッとしただけで、突飛な行動を取ったつもりもないし」

「・・・そもそも、私達は詳しい情報を得られるような人間じゃないんだって。

 葉月ちゃんのことも、普通の実験体としか認識してなかったの」

 "普通の"というのは、ありがちな泣く泣く犠牲にされる被験者のことだろうか。

 いるのかな、そんな『私被害者です』みたいな・・・ぁあ、あの毒舌幼女もいちおうそのカテゴリだった。

「なのに、虐殺してるし腕持ってくるし駄目出ししてるし狂乱してるし腕置いてくし・・・」

 1つ、とてつもなく失礼極まりない単語が混じっているのは気のせい?

 じゃないよね。間違いなく。

 狂乱ってほどハイになった覚えは・・・・・・・・・・・・・うんいや、まぁ、

「・・・ギャップって大切だよね」

「ギャップが魅力以外に斥力として働くことを初めて知ったよ」

「アンチ・ギャップ萌えよね」

 しれっと酷いことを言って、次々とチョコレートを取っていく雪成君と佐奈さん。

 残念ながらティーバッグの紅茶をすすり一息。横目でテーブルから離れた位置で小さくなっている亮輔君を見る。

 当然といえば当然だけど、ここは自分の部屋(フィールド)なのだからもう少し落ち着けないものか。

 そもそもソレをどうにかするために来たのにこれでは意味がない。

 何か、方法ないだろうか?

「・・・・・・」

 考えが浮かばない。

 いや、というか来るだけ来たけど飽きてきた。

 面倒くさくもなってきた。

「瑞流君、暇だよ」

「何しに来たんだよ!やることねぇーんならもう帰ろうぜ精神衛生を守るためにも!」

「・・・・・・そうだね。精神衛生上悪いと思って控えていた君の数々の暴言に対する制裁を実行するためにも」

「ここにいますむしろここにいさせてくださいなんなら泊まっていきますごめんなさい」

 そう。それでいいんだよ瑞流(アホウドリ)君は。

「で、何か遊べそうなものないの?」

「そういうのは部屋の主に聞けよ・・・・・・あー、そうだな。ボードゲームがあったんじゃないか?なぁ、佐奈?」

「前に凝って作った奴でしょ?『人生ゲームはこんなんじゃねぇ!』とかゲーム中に叫んであんたが作り出した。

 持って帰ったの亮輔だから・・・・・・ねぇ亮輔アレまだある?」

 未だに怯えている彼からその自作ゲームの在り処を聞き出した佐奈さんがダンボールを持ってくる。

 缶を端に追いやってダンボールを中央に置いて開けると、まず出てきたのがボードと思われる手書きのマス盤。

 随分大きなものでA4用紙を何枚も張り合わされてある。

 それを床に敷いて、次に駒が出された。

 最近はほとんど見ない野菜の形をした消しゴムにホッチキスの芯で手足や目に口が付け加えられているというシュールな駒だ。

 トウモロコシ、トマト、ナス、ピーマン、ダイコン、ニンジン、ジャガイモ・・・・・・。

 その後にも色々とおかしな道具やカード、記入用の用紙らしき束まで出現し、それをプレイヤーに分けていく。

 ルールが書かれている用紙を見ると、次のようなことが書かれていた。

 『プレイヤーの初期年齢は20歳から。2週=1年換算で歳が上がり、80歳で天寿を全うする』

 ・・・つまりリアル人生ゲームらしい。

 『プレイヤーはサイコロを振って出た数分のマス目を移動して止まったマス目のイベントをこなすが、以下のことは自分の番なら自由に行える。口座開設、出入金、借金、自殺、株・外貨取引』

 マス目をチェックしてみるとスタート位置が見当たらず、ゴールも見当たらない。

 これでどうやって勝敗をつけるのかというと、

 『天寿を全うするか何らかの理由で死亡した場合はゲームから抜ける。その時の所有物、幸福指数に応じて点をつけて勝敗を決する』

 とのこと。

 幸福指数は100から始まり、結婚やら借金やらで上下するようだ。

 ちなみに自殺するとマス目に従わずないで済む代わりに、ゲームオーバーと幸福指数−500。

 本当の本当に人生ゲームだった。

「所持金は25万円からで生活費や税金に年金もあるから早く職につかないと転落人生まっしぐらよ」

 駒を動かすマス盤とは別に『景気変動』『外貨トレンド』といった経済情勢の変化を決めるマス盤が用意されていて、他にも『監獄ルート』『犯罪者ルート』などの特殊シチュエーションに使うものや世界地図に日本地図まで用意されていた。

 現在地まで要素に組み込まれているらしい。

 マス目から推測するに、地震などの天災といった局地的なイベントに影響するのだろうけど・・・凝りすぎてて終わる頃には疲れ果てていそうなゲームだ。

「これ1回でもやったことある?」

「あるわよ、1回だけ。その時は4時間かかったわね」

 ・・・暇つぶしの域を超えてる気がする。

「さーぁ、始めるわよ。亮輔もちゃんときなさい。

 じゃーんけーん・・・」

 結局、順番は佐奈さん、亮輔君、瑞流君、智香さん、僕、雪成君でマス盤を囲むことになった。

 順番的に亮輔君と対面する形なんだけど、やっぱりというか何というか顔を合わせてくれない。

 大学生が中学生にここまで怯えるというのはどうなんだろ。

 過剰反応なのか適正反応なのか・・・。

 彼にもある程度の免疫があってもいいものなんだけどなぁ。

 そんなことを考えながら自分の分身たる駒を選ぶ。

 僕はトウモロコシにした。佐奈さんはトマト、亮輔君はサツマイモで瑞流君がナス、智香さんダイコン、雪成君はジャガイモ。

 それぞれ好きな所に駒を置き、現在地は日本の兵庫県に設定する。

 これから所持金25万円の野菜人形達はイベントをこなしつつ場所を変え家を買え職を替えて茨だらけのマス盤を進んでいくのだろう。

 そもそもホッチキスの芯を何箇所も突き刺された野菜消しゴムに人生もあったものじゃないけれど、こうしてリアル人生ゲームは始まったのだった。


 1週目。

 一度経験しているだけあって戦略ができあがっている5人が最初から外貨為替証拠金取引・・・つまりFXで勝負に出た。

 少ない金額で大金を動かすレバレッジという梃子の原理を利用した手っ取り早い稼ぎ方だ。

 けれど、身の程知らずの大金を動かせるFXは当然リスクもあるわけで・・・1万円の証拠金(もとで)で10万単位の損をするのもありうる話。元々余剰のお金がある人間が手を出すモノなのだ。

 案の定サイコロで決まった外貨為替の動きは本来ありえない下落の仕方を見せて、佐奈さんと瑞流君はいきなり25万円をふっ飛ばした。

 さらに借金する羽目になり、幸福指数もマイナスで早々に転落し始めている。

 それとは逆にかけていた亮輔君他2名はここでいっきに所持金を増やして、雪成君に限ってはすでに200万円を超え。

 イベントだけをこなした僕は警察の職を得ただけで所持金に変化なし、次回以降給料が貰える分上がり調子と言える。


 6週目。

 2週目以降FXに参加した僕は給料分だけをかけるという堅実な取引で所持金を210万円まで増やしたのだけど、雪成君と亮輔君はそのさらに上で1000万台に。

 真逆に瑞流君はFXをするために借金を重ねて、挙句負けて借金を増やす結果。幸福指数もマイナスが見えてきた。

 佐奈さんは借金は返したもののまだ落ち目で、智香さんはタレント業で荒稼ぎに入っている。

 序盤からすでにギャンブル染みた人生を送りだす野菜達。


 8週目。

 ここで亮輔君が地雷を踏んで犯罪ルートに突入。

 詐欺を行って+5000万円。その代わり、次回から『犯罪者シート』を併用し駒を動かしてそっちのイベントもこなさなくてはならなくなった。

 最悪捕まるというマス目があるのだけれど、その場合は警察であるこっちが幾分プラスになるので是非踏んで欲しい。


 17週目。

 佐奈さんが結婚。皆からお金を貰えるどころか結婚式の資金が痛手となった。

「別に結婚式なんて挙げなくてもいいのに!」

 雪成君は家を買い、僕は相変わらず公務員のままだ。


 まさかの29週目。

「あぁ――――!!」

 智香さんが酔ってホームレスに暴行、捕まってタレント生命を絶たれる。罰金やら何やらと稼いだお金も減ってしまった。

 僕は警察をクビになって無職。

 瑞流君はもはや借金が膨らむ一方で自己破産を検討中。

 佐奈さんは子供が産まれて教育費がどんどん飛んでいく始末。

「子供なんていらないわよ!しっかりした家族計画立ててよ、このトマト!」

 ただ、亮輔君は未だ警察から逃れ続け詐欺をし続けお金をさらに貯めていく。


 転落を極める36週目。

 ついに亮輔君の所持金が億を超えて、瑞流君との格差がとんでもないことに。

 瑞流君は自己破産して、フリーターとして働いている。

「堕ちろ亮輔、堕ちやがれ・・・」


 42週目。

 僕はここで会社を設立。

 FXなどで稼いだお金で4000万円ほどあったお金を削ることになったものの、『社長シート』のマス目次第では資産が増えるかもしれない。

 智香さんが犯罪者入り。

「あ゛ああああ・・・」

 殺人を犯して、亮輔君と同じく『犯罪者シート』のお世話に。


 55週目。

「うわっ、やっちゃった」

 会社が倒産。借金が数億に。

 僕まで転落人生に入る羽目になった。

 のらりくらりと逃げている亮輔君とは違い智香さんはすでに捕まり監獄ルートに突入中。

 ちなみに終身刑で出てこれない。

 頼みの綱は『監獄シート』に1つだけある脱獄のマス目か。

「絶対抜けてやるわ、この負のスパイラル・・・」

 地震のマス目を踏んだ雪成君の家はちょうど震源地だったため崩壊。大怪我を負って入院ルートへ。

「唯一買い家だったのにな・・・というかあれ?保険料って・・・」

 佐奈さんは離婚して幸福指数にマイナス、だけれどこの中で最もまともな人生を送っている。


 待ち望んだ67週目。

 ついに・・・ついに亮輔君が捕まった。

「よぉおおおし!没落ルートにウエルカム!」

「うわぁああ、せっかくここまで稼いだのに!」

「いいじゃない!あんたは数年経てばシャバに出られるでしょ!私なんか自力脱出しか未来がないのよ!」

 檻の中での醜い言い争いを他所に佐奈さんが油田を当てるという普通ありえないイベントを引き当て億万長者に。

 僕は強盗に遭って打撃。


 転機の89週目。

 瑞流君が結婚。

「よし!ここからは・・・ここからはまともな人生送るんだ!」

 などと言っているけれど、このマス盤の上でそれが可能とは思えない。

 億単位の借金が膨らみ続ける僕は彼を見習って自己破産。

 これで借金という資金調達が封じられたわけだ。

 佐奈さんがお金を貯めるだけ貯めている間に雪成君は輸入関連の職に就いた。


 ・・・と、まぁそんな風にゲームは進み。

 ややこしいのでフローチャートにしてみると、次のような変遷を辿っている。


 成功人生その1。

 トマトこと佐奈さんは25万を飛ばした後なんとか自力で這い上がり結婚。けれど、離婚して幸せとは言えない日々。

 そこでいきなりの油田発掘で莫大な富と幸福を手に。

 しかしまぁ、そのままキープできるようなマス盤じゃあない。

 脱税のマス目を踏んで、犯罪者ルートに入る。・・・も、発覚することなく推定75歳で不治の病で死亡。

 最後の不幸をものともしない幸福指数で全体的に高得点。


 転落人生その1。

 ジャガイモこと雪成君。

 出だしは好調で資金も増え、家を買うも地震であっけなく倒壊。怪我をして入院費を払う時点で保険に入っていないことに気づくも手遅れ。

 輸入業者は下請け会社で産地偽造に加担。挙句密輸に手を出して刑務所へ。

 刑期を経て外に出たものの所持金も幸福指数も低い状態でひき逃げに遭いリタイア。

 最後の最後に不幸な事故で指数はマイナスとなった。


 転落人生その2。

 僕、トウモロコシ。

 慎重な出だしで少しずつ増やした資金も警察をクビになったあとの会社設立でおじゃんに。

 自己破産後、運の悪いことにヤクザルートへ突入してしまった。

 『コンクリート漬けで東京湾』というマス目に怯えながら駒を進める内に、幸福指数がどんどん減っていくのに反比例して所持金は増加。

 出世するにつれてとても足が洗えそうにないまま、最後は組み同士の抗争で死亡というまともとは程遠い人生を描いた。

 所持金はかなりの額になったのに、幸福指数はとんでもない状態だ。


 転落人生その3。

 ナスの瑞流君。

 最初の最初からFXでどん底を味わった果てに自己破産。フリーターとなってひもじい思いをしながら生きながらえた先に結婚が待っていた。

 子供3人という幸福な家庭を築き上げ、自営業という職も手にできた。

 のに、後半で不倫ルート。

 妻と愛人の間に板ばさみになった挙句、離婚や慰謝料云々の話に至る前に、痴情にて刃傷沙汰。

 妻に刺されて死亡。

 ・・・・・・幸せは何処へ?


 転落人生その4。

 智香さんのダイコンはFXからタレント業と荒稼ぎをした前半はよかったものの、酔いに任せて暴力沙汰で地位を失い、挙句殺人で捕まり無期懲役。

 その後、脱獄して警察に追われながら逃亡犯ルート進み、さらに強盗殺人を行うことで所持金を増やすという暴挙に出る。

 当然捕まり今度は死刑。

 が、執行される前にまた脱獄。

 着々と犯罪で稼ぎに稼ぎ、幸福指数はもはやどうにもならないぐらいのマイナスを記録しつつ終盤、まさかの殺人に遭ってリタイア。

 ツケを払う形となった。


 そして、亮輔君は――――ただ今1人でプレイ中。

 何せ生き残っているのは彼だけなのだ。

 転落した僕達はもちろんのこと勝ち組と言える佐奈さんを含め彼を除いた全員が寿命以外の理由で死亡。

 僕と雪成君、智香さんにいたっては殺されているわけで・・・。

 薄々気づいてはいたけどこの人生ゲーム、天寿を全うできる確率が低すぎる。

 前回やった時も結局全員80歳を迎えることはできなかったらしい。

 というわけで固唾を呑んでサツマイモ人形を行く末を見守っている皆。

 目指すは老衰、大往生だ。

 ・・・・・・改めて何なんだろうこのゲーム。

 前半儲けに儲け詐欺にまで手を出した彼は捕まりはしたものの持ち直し、やっぱり再犯しながらも逃げ延びている。

 その辿った道のりを示すように元々自分の近くからスタートさせた駒も随分と遠くにあった。

「ふぅ・・・」

 ずっと自分の番である亮輔君が何度目かのサイコロを振るう。

「5か・・・」

 ・・・・・・それは駒を進めようと彼が乗り出した時だった。

 ただでさえ印刷紙を張り合わせた大きすぎるマス盤の上にあった両膝が、ずるりと滑る。

「うわぁぁあああああぁあぁあああ!!」

 ビリビリと紙の破ける音と共に前のりに倒れ掛かった彼の身体は、けれど不自然な感触で床との激突を免れた。

「――――、――――っ!!!」

 対面に座っていた僕が図らずとも・・・手を出さずとも助ける形で。

「・・・・・・あ」

「うぉわっっち!」

「え゛?あえ?」

「・・・おぉ」

 しかしながら、サツマイモ人形の代わりに彼自身が地雷を踏むというイベントが起き、

「・・・え、と。そ・・・その、見事な膨らみですね?」

 そして彼は対応を完っ全に誤った。


 ――――その後、彼がどうなったかはあえて語らない。

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