第31話- 翌日翌朝。-Bourgeois-
9月1日。
たった24時間ほどの違いなのに、月は替わり日付が巻き戻って1からやり直しと随分と仰々しいと思わないでもないのだけど、まぁとにかく今日は始業式だ。
夏休みを終えたという夢覚ましの行事であり、新学期を始めるという現実を突きつける儀式。
その後に待っているのはテストで、そのあとは・・・授業やら学園祭があるのかな?
そんな行事が待っているはずの2学期は8月31日とたった1日しか時間差がない。
そう、24時間。
最悪な1日から、そんなに時間が経っていない。
何だかんだで心労もあったし、能力だって使ったしと疲労が溜まっていたし、
うん、まぁつまり何が言いたいかというと――――
「寝過ごした・・・」
携帯を確認すると午前11時。式しかない日にこの遅れは致命的だ。
例の如く、というやつである。
戦闘で使った能力は髪の変容ぐらいのもので、それほど体力を消費しなかったのだけど、腕とお腹の治療に随分と使ってしまったのだ。
腕は結局1日で元通りというわけにはいかなそうだったので能力で直してしまったけれども、今日こうして寝坊で休む羽目になるならわざわざ直さなくてもよかった気がしてならない。
開いた携帯のディスプレイがメール2通の着信を知らせているので、そのままチェック。
1通はクシロだった。
内容は当然学校のこと。今頃返信してもと思うけども一応休む旨を伝える。
で、もう1通は・・・岩男こと岱斉から。
普段ならパソコンの無料メールに送ってくる彼としては珍しい。
珍しすぎて凄く不気味だ。題名は無題。無題だけども・・・。
着信時刻は深夜4時過ぎ、加えて昨日のことを考えると・・・、
「・・・・・・・・・・・・よし」
削除。
あの口数の少ない岩男が携帯に直接小言を送ってくるという異常事態だ。
開けるのが嫌すぎる。
メールの確認も終えて携帯を放り出す。
ボフリとゆるキャラの抱き枕に突っ伏。
さて・・・この暇な時間はどうしよう?
♯
カードキーをスライドして、権利を持つ者以外を拒絶する扉を開く。
その向こうに広がっているのはラックと莫大な資料だ。
何度目かになる、資料庫の中。
夏休みの間はここに入り浸ることも多かったのだけど、やはりそれでも飽きがこない。
とりあえず前から狙っていた『変身能力者による中性認識の解釈』やら『医療能力の限界と可能性』やら『My favorite ability!』やらをどんどん引き抜いていく。
余分な分野にも手を出しているものの、今回の目的は医療系能力を形骸変容で真似ること。
あまり意識していなかったことだけれど、随分前に手首を損傷した時も今回の時も時間や体力をやたらと費やしてしまうという弱点が露呈している。
より効率化した能力運用を目指せるだけの余白はあると思う。
人間何らかの目標がないと、日々を過ごすのが暇で仕方ないものだし。
医療系能力関連の資料をあと幾つか漁ったついでに『白澤』の記述がありそうな書物も探してみる。
白澤が伝説上の生き物を指す固有名詞であることぐらいは知っている。
ただ、それがどんな生物でどんな象徴だったのかは知らないわけで。
カイナがそう呼ばれていたんだから医療に関係する謂れがあるんだろう。
興味本位でそれほど意味はない。
「さて・・・」
粗方物色し終わったので、最後に一番大事なのを。
資料室からさらに隔離されている一室へ向かう。
ここは裏方メンバーも入れないより深度・・・機密度の高い空間だ。
その特権階級しかは入れない場所に当然の権利として入り、形骸変容のエリアにある資料全てをガッと掴んで左腕に積み上げられた本の上に加えた。
秘蔵資料、門外不出などと言っているけど、どうせ複製だ。
そこら辺気づいていないことになっていたから触れなかったわけで、バレちゃったんだから堂々と持ち出させてもらう。
何か居直り強盗みたいな?
まぁとりあえずこれでよし。
それじゃあ、せっかくだからリラックスしながら読める場所に移動しようかな。
白澤。
中国に伝わる人語を解し万物に精通するとされる聖獣。
牛のような体に人面、顎髭を蓄え、顔に3つ、胴体に6つの目、額に2本、胴体に4本の角を持つ。
医学の祖・黄帝が東方巡行した折に白澤に遭遇したとされる。
白澤は黄帝に11520種の妖異鬼神について語り、彼はこれを部下に書き取らせ『白澤図』を作る。
妖異鬼神とは人に災いをもたらす病魔や天災の象徴であり、白澤図にはそれらへの対処法も記述されていた。
「なる・・・」
・・・まぁつまり、医学の象徴であり、病気の治療に貢献した勲章だ。
身体に無理やり抗原を入れられて、抗体の生成でもさせられたのだろう。
医療系能力者は病気に対する抵抗力が高いし、抗体生成速度も常人とは比べ物にならない。通常ならできる間もなく死に至るような強毒性の抗原でも抗体を作れる。
研究所で強いて進化培養された抗原の抗体を作らせることで、将来起こるだろう細菌災害を回避した・・・白澤、白澤図から想像するにそういったところかな。
喫茶の特製珈琲を一口。
「苦っ!」
慌ててシロップを3つほど足して混ぜる。よく見てみるとミルクも入っていなかった。代わりにカップの傍にミルクの入った容器が置いてある。
そういえば普通自己調節か。
できれば蜂蜜があれば尚いいのだけど、ないんだろうなぁ。
さて、白澤についてある程度のことが分かればこの本は用なしだ。次に移ろう。
『医療能力の限界と可能性』。
そもそも医療系能力とは、自己あるいは他人の 身体に変化を及ぼす能力を指す。
免疫力の強化が基本で、皮膜を使った応急処置、新陳代謝の増強などがその技術として挙げられる。
結局のところ身体の機能を操る能力で、逆に言えば身体に元からある能力以上のことはできない。
筒蓑美恵は皮膚へと運命付けられた細胞を脱分化して万能細胞の状態に戻した上で眼を形成させたみたいだけど、それは細胞1つ1つに身体全ての設計図があるからこそ可能なのだ。
しかしそれでもかなりの高技術と言っていい。間違いなく医療系最高峰の技術だろう。
それを伸び白がないからといって切り捨てる研究所も研究所だ。いや、この場合そう思わせるほどにカイナの能力が高みにあると取るべきか。
で、その最高峰の中の最高峰である白澤は、健康な細胞さえあれば手足や臓器を再生させることぐらいはやってのけるらしい。
時間がかかるので即座に治療できるわけではないという制限はあるものの、世の中の医師や研究者が可哀想になるほどの能力だ。
もっとも、その臓器再生すら短時間でやってしまう形骸変容はさらに反則技に違いない。
能力の方向性が広すぎて定まらないぐらいの可能性を秘めている。
先代変容の資料なんかを読んでみるのだけど、そこに書かれているものは能力応用の一部にすぎず、他の能力のようにただ単純に先達の真似をすれば上達するというわけにはいかないようだ。
「ま、そこら辺おいおい・・・と」
「おいおいって・・・何が?」
極秘と印の押されたファイルをカバンにしまいながらの独り言に上から声がかかった。
顔を上げるとクシロとタカ、あとカイナまでいる。
2人には場所を伝えたけれどカイナには連絡していない。
「何でカイナが?」
「新学期初日から無断欠席する不良少女に制裁しにきた」
「へぇ・・・ちなみにそれって誰のこと?僕はちゃんと連絡したしねぇ」
「くしろんに、事後連絡をな。通用するわけねーだろうが」
そう言って、カイナは向かいにクシロは隣にタカは当然カイナの横に座った。
タカがウェイターを呼ぶために手を上げたので、机の上に残っていたカップ一気に飲む干す。
どうせだから新しいのを貰おう。
「それで?わざわざ会いにきた本当の理由は?」
皆が注文を出し終わった後、改めてカイナに訊く。
残念ながら僕にはカイナが熱血変態教師には見えない。
「ん。いや、ちょっと小遣いを貰いに」
見えないんだけど、今それ以上に耳を疑う台詞を聞いた気がする。
「・・・・・・一応確認するけど、誰が誰に?」
「私が葉月に」
よし、よく分かった。
「貴女馬鹿ですね?」
「うわっ、丁寧に貶された!」
いやいやいや子供にお金を貰おうなんていう人間は馬鹿以外の何者でもないでしょうよ。
「何処かで頭を強打して自分の年齢が分からなくなったの?」
「失礼だな、おい。アレだよアレ・・・昨日のことでウチに居候が増えた分の生活代。その理由作った人物が責任持って金出せ」
「彼女自身ある程度蓄えあるでしょ?」
「それがどうもカードやら判子やら全部置いてきたらしい」
それもそれで耳を疑う言葉だ。
あの毒舌幼女、どこまで無計画なんだ。
そして何でその分僕が出さないといけないんだ。
「・・・カイナ達は色んなところから毟り取ってるでしょ?
僕は過酷なバイトしか収入のない苦学生だよ?」
「とんでもない嘘を吐くよな・・・。機構から毎月相当の額が振り込まれてるくせにさー。
使ってない分随分溜まってるはずだぜ?」
確かに、特に能力発現からは毎月お金が口座に入っているはず、だけど。
「・・・まぁ、それなりには」
だけど、基本的に使っていないので苦学生というのも嘘ではないんだよ?
「ほらほら、お姉さんに言ってみ?」
濁す僕にカイナはいやらしい笑顔で追及してくる。
人の努力をなんだと思ってるんだこの人。
「う゛ーん、あんまり数えてないからなぁ。あー、前に調べた時には1兆と30億・・・あと数千万ぐらい?」
タカがピシッと固まった。
「やっぱ結構貰ってんじゃん」
「や、でも、その数字にしたって資産分割しすぎて全部数え切れてはないよ」
「おいコラ葉月、お前は何でバイトしてんだ」
「・・・使う気が起こらないから」
「そんなこと言ってるから貯まるんだよ。使わねぇーと景気に関わるぞ」
だったら無駄に税金をこっちに回さなければいいんだ。
「まぁ、血税ですもんね」
「だから国民に返さないとな。具体的には無駄使いして」
「なぁ釧、俺にはコイツらの感覚が分からねぇんだが・・・」
「駄目だよタカ、クシロに訊いたって。1人暮らしのくせに高級マンションの最上階2部屋を突き破って使用するような浪費家なんだから」
改めてそれもそうだと気づいたタカはガラス張り越しに外の景色に目をやる。
「・・・一般人は俺1人か」
悟ったような表情。
「失礼な。持ってるけど僕はちゃんと節約してるよ。自分で直接稼いだわけじゃないから使って楽しいものじゃないし。自立してるのとは程遠いし」
口座や部屋の引き出しにある札束は自分と機構の縁みたいなものなので、それからの脱出を願っているらしいクシロの手前極限使いたくない。
「持ってるのに使わないのが一番問題だろ・・・。
んぁ、おい。そういえば葉月って学校入るのに一悶着あったんじゃなかったか?入学金がどうのとか」
「あー、だからその頃はなかったんだよ。億とか貰うようになったのは能力を得てからだし、施設から出た頃から少しは貰ってたけど・・・あ、でも学園に入ってからは増えてたかな」
「双芥中学に入れたかったから色々制限してけど、俺が祇堂学園での学費一切を出すってことになって結局意味がなかったから止めたとか?」
「その割には結構あっさりクシロの提案呑んだけどね、あの岩男は」
「岩って言うほどがっしりしてるか?アイツ・・・。
まー、双芥に入れたかったかも怪しいだろ。そもそも葉月は12まで外出禁の規則免除の特例が認められてたからな」
「葉月って小学校で釧と出会ってるもんな」
タカのその台詞は注文していたシナモンワッフルを口に入れての発言なのでくぐもって聞こえた。
モノを口に含んだまま喋るのは行儀が悪いと思う。
もちろんわざわざ言わないけれど。
「そういえば何で?どういうキッカケ?」
今更ながらそんなことを訊いてくるけど、クシロは編入当時の僕の有様を知ってるはずなので、ある程度予想のつきそうなものだ。
ただ、それももちろん言わない。墓穴を掘りかねないし。
「えー、そりゃあ当然僕が品行方正で優待生だったからだよ」
「それだけはねぇ」
即答するタカ。
「いつもの事ながら失礼な」
「で、ホントのところは?」
抗議は無視された。
「・・・人間、他人を疑ったら駄目になるよ?
別に大それたことはないって。色々あってちょっと追い出されただけ」
「あの監獄と名高い施設から逆に追い出されるって異常の何処が大それてないんだ?
前に機構が随分揺れた時期があったよな。研究員数十名が精神科病棟送りになったのは記憶に新しいけど?」
わぁ、カイナさん余計なことを!クシロもなんとなく察してる部分だから大丈夫とは思うけれど・・・あとで覚えてなよ。
「葉月、何やったか正直に言いなさい」
そしてクシロ・・・悪さをした子供を諭すような物言いはやめて欲しい。
「強いて言えば青田刈り・・・?」
若い研究員にこれ程度で気狂いしていたらやってけないぞ的なメッセージを込めたことに後付けすればそう取れなくも・・・ないんじゃないかな?
まぁ実際は心に隙のある新参者にしか効果がなかったからだけど。
「それはともかく、ほら金くれ金」
散々人のグレーゾーンを突付いたくせに。
アレか、昨日のことまだ怒ってるのか。
「自分だって十分持ってるくせに・・・」
「お前の方がどう考えても多いっての」
「はぁ・・・まぁ仕方ないなぁ。本当に世話が焼けるよねあの毒舌幼女」
「お前も大概だけどな・・・。
あ、とりあえず200万ほどで」
溜め息。
これ以上渋っても面倒なことを言われるのも避けたいので、ここは折れた方がいい。
カバンから強引き出してきたばかりの札束を入った封筒を取り出して塊2つテーブルに置く。
「・・・準備がいいな」
「別にこのために用意したわけじゃないんですけどね」
「じゃあ何のために?この後どこか行くの?」
クシロ・・・一応君にとっても他人事じゃないんだけどさ。
「何処かの誰かさんが置いてったクリオネの餌を仕入れにね。あと流石に冷蔵庫で瓶詰めは可哀想だから水槽も買っちゃおうかと」
「わぁ。熱帯魚が200万もするとか思ってるんですか葉月サン。金銭感覚がぶっ飛んでますね。
どうです?私めに数百万預けてみません?」
「渡したら帰ってこないだろうというのは置いといて・・・タカその口調気持ち悪すぎる。
そして認識が甘いよ。観賞魚1匹で10万20万は当たり前・・・100万というのは別におかしな単位じゃないからね。
大体クリオネは熱帯じゃなくて氷海の生物。熱帯魚用のヒーターは安いけど、水槽を冷やすような大掛かりな設備はまだ高価なの」
「結論として金持ちの道楽だよな・・・と?」
そこでカイナの懐から着メロが流れた。
気だるそうにディスプレイを確認して、げっ!と声を出す。
どうも相手が嫌な相手だったらしい。それも通話とみた。
居留守を使うわけにもいかず、顔を顰めながらも耳に当てるカイナ。
「・・・・・・・・・は?」
「いや、『は?』以外の相槌があるか?何やってんだあんた」
「うん。あんたが馬鹿なのは分かった。そしてその自業自得に何で私が出向かなきゃならないのか理解できない」
一方しか聞こえない会話だけれど、どうも相当向こうが馬鹿なことをやったみたいだ。
続けてしばらくそんな会話を繰り返した後、カイナは通話を切った。
「どうも馬鹿が馬鹿やったみたいでちょっと治療してくるわ」
/
喫茶店のある、地下鉄の交通手段の密集した繁華街方面の終点駅。
そこからしばらく行ってコンクリート製の巨木の数々とおさらばすると見えてくる一群の施設。
人体実験を行う地下施設も健在、そこに保存されているサンプルも相変わらず。
出入りする人物も全くもって健在で相変わらずなその地獄の中で、
「あのな?一応丁寧に訊いてやるんだが・・・・・・何をやってるんですかこの馬鹿野郎」
高価な調度品に囲まれた一室の床に散らばるワインボトルの数々を呆れ顔で一瞥して宮沢荷稲はそんな一言を吐いた。
「・・・そういう掛け合いはいい」
訪問者である彼女の冗談に返すだけの余裕がない、そもそもそんな技能も持ち合わせていない部屋の主は机に肘をついて両手で頭を抱えている。
内海岱斉。神戸における万化統一機構を任される院長はしかし今、
「とにかくこの二日酔いを治せ」
「何偉そうほざきやがるか酔っ払い」
アルコールの過剰摂取で苦しんでいた。
「身体が強くもないくせにこんなに呑むなよな・・・」
そう言いつつ、右手を彼の頭に置いて、血中のアセトアルデヒドを分解させる。
酔いと頭痛が抜けたようで彼はいきなり顔をバッと上げていつも通りの鉄面皮を取り戻した。
「・・・礼を言う」
「ったく、あんな姿葉月が見たら吹いてるぞ」
彼女は机から離れて部屋にある椅子を引っ張り、それに座った。
外出するには問題ありな、わざわざプライベート用に改造された白衣の胸元辺りが携帯と札束で膨らんでいる。
そのあまりにも不恰好な姿を気にすることなく、彼女は訊く。
「で?昨日のことで上から何か言われた?」
「別段」
彼は淡白に応じる。
「ふぅん・・・。えらく葉月を気に入ったみたいじゃん」
「アレは尽く我々の期待に応えている」
「そうか?先代の方がマシだったと思うんだけどな。不安定すぎるだろ葉月は」
「前の織神が安定・・・だと?」
若干苦々しさを滲ませた彼。
それを見て彼女は笑った。
「いや、うん。あの時は大変だったみたいだけどさ。
私からみて機構は30年前と同じ過ちを犯そうとしてるように思えるぜ?」
「やれることは全てやっている。それでも駄目なら、また次に移るまでだ。
・・・何百年だろうと繰り返せばいい」
それはおよそ目標達成を悲願するあまり失敗を恐れる組織の指揮者には相応しくない。
「はっ、老い知らずだからこその言葉だよな。
賢者の石だっけか?特権階級は言うことが違うなー」
「不老に効果があるのは石を入れて放置した水だ。石そのものに利用価値はない。
そも、アレは他に呼称しようがないからそう呼ばれているに過ぎず。正確には賢者の石と呼称すべきでない代物だ」
「不老の水を生成する石の名前なんて他につけようがない・・・か。
あれ、ホルマリンと違って化学変化を起こすこともないから保存溶液に重宝されてるらしいな」
「完全にそのままサンプルを保存できる故、当然の応用だ」
「応用?それは基礎の理解できてる奴のすることだろ?
あの石が何であるかなんてまるで分からずに未知物質なんて呼んでる連中の台詞じゃないね。
石にしたってSPSにしたって、ソフィ・シューレルの忘れ形見。どうやって創ったのかも分からない代物だ。
数十年経った今でも扱いきれずにいるんだから笑えるよな」
「そのロストテクノロジーに頼っているのはお前も同じだ。だいたいそんな謎など思考するにも値しない。
機構にしろ、・・・お前にしろ案ずべきは目的を果たすことだ。
そのためにも余計なことに感情を動かすな。それはお前の考えるべきことではない」
「・・・・・・まぁ、な。
だからこそちょっと心配なんだ。30年前と変わり映えしないっていうかさ」
「そうならないために最善は尽している」
「30年前の約束は守れよ。そのためにお互い取引してるんだから。
一研究員だったあんたがその地位まで上り詰めたのは正直私や・・・特に未来との交渉ができる唯一の人物――っていうダシがあったからだぜ?
未来はいくら万可統一機構だろうと手の出せない所にいるからな」
「代わりに学園内に居ながら研究所にちょっかいを出されず、どころか数億の小遣いをせびっているだろう」
「それはオマケだからなー。
ま、本命の方を守ってもらえれば、私らから文句はないさ」
じゃあな、と立ち上がって背を向ける。
葉月の祇堂学園入学騒動ぶり、久しぶりに顔を付き合わせた分の会話は済んだと言わんばかりにスタスタと歩き出した。
彼の方は机に両肘をつくお決まりのポーズを崩さずに、机に置かれた写真立てに目をやった。
それには30年ほど前の1つの写真が収まっている――――。
「私はお前がその目の下の化粧を落とす日が来ることを願っている」
彼女はぴたりと止まる。それから振り返って、
「ところで、訊こーと思ってたんだけどよ。あんたの暴飲、自棄酒か?それとも嬉酒か?」
意地悪なその問いに彼は答えなかった。