欠片-2 虚夢。-Her Dream-
何が、何がある?
白に塗れた無機質な無機物群塊の中に、何がある?
自由を許されない箱の内で天を仰ぐ行為には虚しさしかない。
ズリズリと身を削られる焦燥感を感じながらも逃れられない監獄。
濃厚な負の空気の掻き混ざるヌルヌルとした感触が血管を守るにしては薄すぎる首筋の皮膜を舐める。
閉じ開きしすぎた瞳孔が定位置を忘れて、目に映る周りの景色はいつでもぼやけたまま。
真綿で首を絞められる残酷な感覚の日々は、精神を蝕んでまともに息すらできはしないほど。
建物の外。
グランドではしゃぎ回る同類の姿を目で追うも、その焦点は決して合わせない。
友達と呼称した1人が何時の間にか消えていることに気づいたその日から、彼らを識別することを止めた。
ここには何もない。
ここでは何もいらない。
大切なモノができてしまったら、耐えられなくなってしまう。
だから、友はいらない。
だから、心はいらない。
命が惜しければ心を捨てろ。
生きて生きて生きて、命を抱きしめて走り続けて、生き延びろ。
命があれば、いつかきっと、取り戻せるから。
友も心も、取り戻せるから。
だから、代わりに・・・夢を、見よう。
憂いのない、悲しみのない、影の落ちることのない理想郷の夢を。
目の前に焦点は合わさずに、遠い遠い向こうをただ見つめて。
ふと、視線を空に向ける。
儚い蒼色が西から迫る紅色に追いやられ、世界は赤に染められていた。
昼の間、一日の半分を支配する青の王は、昼と夜の狭間、たった一瞬の間に赤の女王に追放される。
――■■■■!!
・・・いきなり音が聞こえた。
何かを、地面に叩きつけた、ような音。
衝撃を受けて何かが壊れた音。
した方へと目を移動させるも、視線を壁が拒んでいる。
隔離した箱をさらに区分ける壁。
同類がいるだろうとは分かっている向こう側。わざわざ分けるのは、此岸と彼岸でやっていることが違うからか。
しかし、
しかし、何が落ちたのだろう?
そんな疑問を持ったまま、その解消は不可能と諦めて視線を再び空に移す。
「――――、――――」
そして見つけた。
壁から唯一覗く彼岸の建物の屋上に、1人の人物。
ここの同類が着る簡易すぎる緑の着衣、自由にならない髪はしばらく切られていないのか随分伸びて、男か女かは不明。
その顔には表情というものがない。
意思というものがない。
精神がない。
心がない。
命がない。
ない。何もない。
そこに在り続けるだけで、何にもない。
そもそもそこにいるという行為を成していることすらが信じられないほどに、何も汲み取れない。
夕焼けを背にして、ただただ突っ立ているだけ。
なのに、
イメージは紅。
濃黄から山吹、夕赤に濃紅。
赤き空を従属して佇む黒き塊。
紅の逆光がソレを黒く見せて、その輪郭を強調する。
その口が、何かを紡いでいる。
ひたすら呟き続けている。
身体も頭も視線も固定したまま虚空に意識をやっているソレは、口だけを動かしている。
聞こえもしないその声がまるで呪詛のようだと印象付けられて、見るだけでも精神を冒されそうな光景なのに目が離せない。
紅を通り越して混沌として密度を増す黒い絡繰人形。
「・・・×××××・・・」
何を、
「・・・・・・×××××」
何を言っているのか?
「×××××・・・」
分からない。分からないけど、
「・・・×××××」
その言葉を知っておかなければ、いけない気がして――――
「――――・・・××××××」
その唇が今まで繰り返していたのとは違う台詞を口にしたのだと理解した時、
ギュルリと、今まで何も見ていなかった目がこっちを向いた。
近くもなく見晴らしもよくないけれど、確かにソレは眼球を動かして、笑った。
言葉の代わりに歪み吊り上る唇、此岸を見下ろす見開かれた瞳。
紅と黒を従属させるヒトガタ。
ソレが何なのか、まるで分からない。
何もないソレを動かすのが何なのか、まるで分からない。
誰でどうしてどのようにしてそこにあるのか、まるっきり分からない。
目が合った瞬間に、骨の髄まで抉り取られるような感覚を得、体中から力が抜けて倒れこむ。
何もかもを理解できないまま、
クラクラする視界の中にもう一度ソレを捉えようと顔を上げたけれど、柵には既に誰の姿もなく、
後にソレを理解できた時には、もう手遅れだった。
第二章、始める気はあるというアピールも兼ねて取り置いてた欠片を更新です。
一応色々考えているのですが、さすがにそろそろシリアスが多くなりそうなので第一章みたいな行き当たりばったりはまずいなとプロットを再構築中。
そのためにも資料を整理中なわけですが、誤字の方はちょっとまだ放置になりそうな予感がヒシヒシと。
過去の自分の文章を読み返す恥ずかしさに精神力のゲージが赤く染まってます。