第29話- 絶命領域。-Genocide-
地獄の箱入り娘★悪魔っ子はづきんからのお願い
「この話はディスプレイから30cm以上目を離して、心のフィルターとモザイクをかけて読んでね♪」
真面目な話、結構残酷な描写がありますので苦手な方はお気をつけください。
クシロから受け取ったビニール袋の中から飲料水を取り出して一気にあおる。
気分的にはアルコールといきたいところだけど、当然ながらそうもいかない。
あぁ、そういえばワインは美味しかったなぁ。・・・いやいや。
とにかく喉を潤して、喉の調子を整えてから僕は切り出した。
「クシロ、タカ、この後なんだけど」
「おう。で、どうするんだ?」
それに肯きで応えてポーチから取り出した例の本を開いて見せる。
まさにこういうところで使えと岱斉が言っているであろう一品だ。
「ここまで逃げて保護してもらって」
指の先にあるのは一軒の家。
確認させてからそのまま本をクシロに渡した。
「久遠、宮沢宅・・・・・・?え?荷稲さん・・・達の家?」
「宮沢荷稲!?まさかあの白澤の・・・?」
白澤・・・ね。
「そんな通り名聞いたことないけど、医療系能力者の宮沢荷稲。
カイナのところなら大抵の連中は手を出せない。さっさと匿ってもらいなよ」
「い、いや確かにそんな大物なら・・・でもどうしてそんな人知ってるんですか?」
「俺らの学校の保険医だからな」
「まぁ、そういうわけでとにかくここを出たら3人でそこに一直線ね。
あとは・・・事情話せば理解するでしょ。こっちから連絡するまで2人は待機。幼女はそのまま居候ってればいい」
「は?いやでも・・・連中や朝代研――――」
「そっちは僕がやっとく」
賭けに負けた以上は、その面倒くさい処理は請け負うさ。
きっちり型に嵌めてやる。
それにそれは僕にしかできないことだ。
「家に入れたらゴール。だからとにかく走ってくれればいい。クシロ達がいればすぐ開けてくれるだろうしね」
「・・・なんか、大使館みたいだよな」
そりゃあ、やってることはそのまま亡命だもの。
あそこは泥沼にしても、機関にしても手の出しにくい領域だから。
「ん?あれ?待て、じゃあ俺達がコンビニ行かされたのは何で?」
・・・・・・・・・・・・。
クシロがいらないところに気づいてくださった。
気づかなくていいのに・・・。
「んー、ちょっと幼女と話すことがあってね」
「何を?」
いや、ちょっと罵り合いを。
・・・とはもちろん言えない。
「大人の話・・・かな?」
少女と幼女を交互に見比べるクシロとタカ。
「へぇ・・・?」
「ま、まぁ、それは置いといて、逃げる時の算段なんだけどね」
「ちょい待ち。葉月、お前1人で残って大丈夫なのか?」
タカも聞かないでいいことを聞いてくれる。クシロが残るなんて言い出したらどうするつもりだ。
「心外だね。少なくてもタカより強いよ?それに・・・」
ちょうど横にある鉄製ロッカーに力任せの一撃を食らわす。穴を広げるように抜いて、手に掴んだ物を見せた。
「万可統一機構の箱入り愛娘を舐めちゃいけない」
Vz.61。後継機であるVz.83などと共に未だ生産されているロングセラーな小型短機関銃。
ストックがサソリの尻尾に似た有名すぎる銃器だ。
1分間に800発ほどの銃弾を敵に打ち込め、その発射速度も変更できる優れ物で、制御性も優れコンパクトと大人気な商品である。
「銃といえばやっぱりこれだよね」
「・・・なんでこんなもんが倉庫にあんだよ。いや、てか何で知ってんだ?」
「さっき渡した本でここを見てみなよ。アイコンついてるでしょ、銃のマーク。それ、裏地図みたいなモノなんだよ。
泥底みたいな連中が緊急で武器を入手しなければいけない時に備えて、学園のあちこちに隠してある1つ」
例えば今回の例で言えば、公式部隊に化けているために使えなかった、非制式武器を補充するといった感じになるのだろう。
「・・・どこでこんな本手に入れたんだ?」
胡散臭そうに本をつまむクシロ。
酷い反応だ。
「盗んだわけじゃないからね?クシロも知ってるあの岩男からもらったんだ」
「え、と。内海・・・だったけ?それにしたって何でこんなもの・・・」
「そりゃあ、僕が模範的で良識を持った人物だからに決まってるでしょ?」
「「・・・・・・」」
嫌な沈黙をじと目で返してくる2人。
嘘だ。絶対嘘だ、とぼそっと呟く幼女。
本当、失礼極まるよね。
「・・・・・・あー、もう。そろそろ連中も来るし、段取りさっさと言うよ?」
全然やる気の出ないまま、投げやりな口調で切り出した。
/
快晴。
雲1つない空というのはどうしてこれほどまでも底なしに蒼いのか。
蝉の求愛が必死さを増し、この一週間後には絶えるだろう夏の終わり。
暑さがそら寒さに変わる間際には沈黙が世界を覆い尽くす。
8月31日。
それが誰にとっての不幸を呼んだかは語るまでもない。
しかし、それは魔の8月と呼ばれるに相応しい日であったことには間違いなく、魔は逸話を蘇らせるに適役過ぎる。
正式名称なんて存在しない、本来ならその必要性もない『組織』とでも『部隊』とでも呼べばよかっただけの非公式部隊に名称がついたのは、その存在がうわさ程度とはいえ明るみに出てしまったからだ。
昔彼らが作戦を遂行中に運悪く一般人に感知されたことが事の始まり。
それは両者にとって不幸の出遭いであり、部隊設立以来現在までで最多の死者を出した事件を引き起こす最悪の1日。
まだただの学生だった少年の人生を変えた、運命と呼ぶには皮肉すぎるターニングポイント。
怒り任せで物も人も切り裂いて、思うが儘に風を操れ風神よ。
疾風怒刀、風儘の切り裂き将軍――――朝空風々。
そこにいた全隊員を切り殺し、微塵に切り刻んだ彼が、その後に蔑み尽くして泥底部隊と名付けたのだ。
沈み来る死骸を求めて海底の泥を這い、閉じれないただ丸いだけの顎を腐肉に捻じ込み生を得るその姿に見立てて、外敵から身を守るために分泌するヌチャヌチャとした気持ち悪い粘膜を、生にすがり付くその姿に見立てて。
断って、刻んで、断言する。まるでヌタウナギのように生理的に受け付けられないのだ、と。
蔑称、泥底部隊。
そんな彼らはついに筒蓑美恵を含む4名の居場所を突き止めた。
監視衛星を使ったのだから当然といえば当然なのだが、その方法は思われている以上に厄介な選択である。
偽造しているとはいえ、使用記録に残るという非公式部隊としては避けたい行為を飲み込まなければいけないし、今回の件で言えば既に1度使っているだけに頻繁な使用は不自然に思われる可能性があったのだ。
しかしながら、駅を挟んで学生寮地帯の反対側に群立する施設群での丸一日のハイド・アンド・シーク終盤、痺れを切らして渋々使った時とは違い、2回目は考える余裕もなくすぐさま申請を行われた。
一般人を巻き込んだ。
しかもまんまと逃げられている。
見られたのなら始末してしまえばいいというのが彼らの主義ではあるが、その前に逃げられるというのは非常にまずい。
一般人つてに守るべき秘密が洩れるいうのは彼らにとって致命的なミスとなる。
故に彼らは迅速に場所を特定した上で、散らばっていた捜索班の面々に加えて応援を呼んだ。
支障が出た脚足戦車の方も絡まった網を除去し終え、目標の潜伏先である倉庫へと向かっている。
「有限会社臼田物産第4倉庫・・・ね」
先に倉庫前にまでやってきていた1人が呟いた。
それを拾った隣の隊員が応える。
「はっ、まぁガキらしい隠れ場所だろ?しっかし、運がないっちゃあないがな」
まさかここが俺達のよく使う場所だなんて思っちゃいないんだろうな、と1人目が返して苦笑。
予想外の出来事に焦りを感じていた彼らだったが、自分達にアドバンテージがあるとみるや幾分かの余裕を取り戻したらしい。
後から追ってきたサワガニを含む5人が到着し、改めて情報を統制する。
「あの倉庫には隠し扉の類はないし窓もない。4人がまだ倉庫の中にいるのは間違いない。既に出入り口には数名の見張りを配置してる」
「分かった。確かここの扉は正面のシャッターと後部の裏口2つだけだったな」
この倉庫の出入り口は、丁字型の一画目を倉庫後の壁とするなら、その端と端を裏口、ハネの所がシャッターといった位置関係になっている。
鍵でしか施錠できないその裏口同士は真っ直ぐ通り抜けられる廊下のようになっていて、丁字型そのままに廊下の中央部が倉庫への入り口になっている造りだ。
廊下自体もそれなりに広く、ロッカーなどが置かれていて、彼らの補充武器はこのロッカーの中に隠されている。
無論施錠されその鍵はシャッターの鍵と同じものであり、
「ああ。今シャッターの方は鍵がかかってるが俺達には鍵もある」
「よし。まず最初にシャッターを開いて連中を裏口に誘導、待ち伏せて捕獲、でいこう。
班に分けるぞ。サワガニと6人でシャッター、裏口にそれぞれ3人ずつだ」
「1名ずつ既に見張りについてるからあと2人ずつだな。おい、野村。俺と右側の裏口行くぞ」
「じゃあ、俺と鷲羽は左に行く。発案者らしく馬場は正面からタイミングを伝えろよ」
顔を合わせて笑い合い、それぞれ自分で選んだ持ち場に移動し始める。
今彼らが持っているのは、公式部隊の制式武器ではない。
追跡中は一般人に見られる可能性を考慮して使えなかった装備も、標的が人目につかない屋内に隠れてくれた今では気兼ねなく使えるというものだ。
一応とはいえ、拳銃を所持していた彼らだったが、あんな拳銃は能力者相手に有効とは言いがたい。
どれほど正確に打ち込まれたとしても防がれる可能性がある銃弾がたかが9発しか装填できない代物では話にならない。
能力者を相手にするなら間髪いれず攻撃し続けれる連射性に優れた銃が欲しいところだ。
そういうわけで、彼らは医療能力者だけなら十分だとも思われていた装備を変更して大幅に火力を上げている。
隠密用にと試作された静音機関銃、殺傷片をばら撒く半円形の手榴手甲、電極弾を打ち込む拳銃型の過電圧スタンガン・・・。
それらを防弾装備に装着しての臨戦である。
それぞれが持ち場に着き、馬場が3班の用意完了を改めて確認した。
「では、これより5秒後にシャッター班が突入する。裏口班は合図を待て」
続けてカウント。5、4、3、2、1・・・・・・馬場が差し込んでいた鍵を回し、隙間を塞ぐようにサワガニを中心に一列で並ぶ隊員がシャッターを一気に持ち上げる。
薄暗い倉庫の中に夏の容赦ない日差しが差し込んだ。
容赦なく中の様子を曝け出す羽目になった倉庫を見回す。
「何だ・・・これは?」
しかし、そこには標的の姿はなく、それどころか見慣れた倉庫でもなかった。
鉄製ラックで整理されていたはずの工業用のダンボールがあちらこちらに散らかされてあるのだ。
新たに積み上げられているのもあれば崩されたのもある。あるいは障害物のように遮蔽物のように組み上げられたようでもあり、それはまるで迷路だった。
「くそ。くだらない抵抗を」
気づかれないように動いてはいたとはいえ隠れている程度のことは想定していた彼らだったが、ここまで本格的な行動は予想外だ。
しかもそれが意味がないような抵抗であることが彼らを余計に苛立たせる。
「倉庫内を弄られてる。隠れ場所が分かり辛い。裏口班も入って捜索に加わってくれ。出口は閉めて見張りを」
待機していた2班に指示を出して今度は、横の隊員に言う。
「シャッターを下そう。サワガニはライトをつけてくれ」
頷き合う隊員と共にシャッターを閉めて施錠を施した。
これで標的の出入り口は裏口の2箇所だけだ。
その2つも殺傷能力の高すぎる武器を持った隊員が張っている。逃げ場はない。
「っ!こっちもどうも様子が違うな・・・廊下にもダンボールがある」
裏口から進入を開始した隊員の状況報告。
「了解した。そっちは廊下から調べていってくれ」
「おい、どうもおかしいぞ!」
「何だ?」
「ロッカ・・・」
――ゴッガン!
台詞を遮るようにいきなりの轟音が倉庫内に響いた。
「おい!どうした!!」
――ガゴンッ!
続いて2回目の音が振動が響き渡る。
それはまるで鐘の音のように、
裏口の扉を閉じて、
時間を刻み、空間を区切る。
平穏はこれにて終了。
ここからは絶対絶命――――異常領域。
♯
人が伝心不通の相手に恐怖を抱くのは、最大の武器である言葉が通じずソレの考えが分からないからだ。
人が襲撃不測の相手に恐怖を抱くのは、ソレが何時何所から来るか分からずその対象が自分なのかどうかも分からないからだ。
人が正体不明の相手に恐怖を抱くのは、ソレがどのように自分に危害を加えるか分からないからだ。
人が凶暴頑丈の相手に恐怖を抱くのは、ソレが防ぎきれるか分からず殺しきれるか分からないからだ。
分からない。分からない。分からない。分からない。
圧倒的に分からな過ぎて、故に怖い。
理解不能な現象というのは人に多大な恐怖を与える。
そして、そしてそして、
人が脱出困難の場所に恐怖を抱くのは、そのあらゆる恐怖が何時まで続くのか分からないからだ。
伝心不通が、襲撃不測が、正体不明が、凶暴頑丈が、何時まで続くか分からない。
だからこそ、恐怖を題材にした物語というものには怪物とその狩場がセットとして出てくる。
それが研究所なのか水中なのか地中なのかは置いておいて、つまり恐怖にはその2つが不可欠であり、片方が欠けていては威力が半減してしまうのだ。
時間を知らせる鐘は時を区切り、出口のない箱は場所を区切る。
外界と内側を切り離し、その中に異質を内包して異界を創る。
それは結界と呼ばれる、魔術的な意味を持つ下ごしらえと同意。
呪文の1つも要らない、ただ人の精神を蝕む原始的な呪いだ。
それは実に簡単にできる結界である。
例えば今のように薄暗い倉庫を密室にしてもいいし、幾ら開けていても終わりの見えない樹海は手を加えずとも元から天然の結界になっている。
もっと言えば、親しみある家の中でも猟奇死体を部屋のあちこちに配置すれば手軽に異質と恐怖を発現できる。
そう。
そんな結界を張られた倉庫は異界なのだ。
ここは日常なき非日常、平穏なく悲劇を演ずる晴れ舞台。
身に馴染んだ安堵の瞬間は永遠に訪れず、ただ不安を抱きしめ恐怖を味わえ――――
・・・それにもう、哀れな子羊達に任務達成はない。
この時点で、美恵ら3人は倉庫には居らず、安全地帯を目指しているのだ。
それを知らずに檻の中に入ってきた彼らはまさにただの生贄で、その運命は悲しいほどに定められている。
泥底部隊と織神葉月は同じくこの倉庫の出口を塞ごうとしているが、その意味合いはまるで違う。
ただ逃がさないためにこの倉庫を密室にしようとした彼ら。
恐怖の場を整えるためにこの倉庫を異界にしようとした葉月。
しかし、そもそも葉月はどうやって鍵のない扉を塞いだか?
そんなことは実に簡単、
葉月は出口を塞ぐ見張り役ごと蹴っ飛ばし、鉄製の扉を歪めたのだ。
腹を蹴られた方は、腹越しにドアを歪めるほどの威力で以ってして蹴りこまれた2人は、皮膚を破き内臓を破裂させ、背骨を鉄板にめり込ませるようにして絶命した。
既に、2名が死んでいる。
密室は誰がためにある?
誰の所有物で誰を閉じ込めるものなのか。
恐ろしい2つの轟音を聞いて、咄嗟に廊下へと急ぐ隊員達。
音も立てずに正面シャッターの前に天井から降りてきた葉月は、シャッターにもたれかかりその様子を眺めながら、見もせずにシャッターの鍵穴に髪の毛を詰めて硬化させた。
これで完全に密室。彼らの出口は塞がれた。
もう逃げれない。誰も逃がさない。
♯
音のした、会話の途切れた廊下へと駆け寄った馬場の視界に映った光景は異質そのものだった。
それぞれ扉の前に立っていただろう隊員2人が対応するようにその扉に張り付いている。
何かものすごい衝撃が腹部を直撃したのは見て分かった。
何せ陥没するように腹に穴が開いていて、そこから形状の維持できなくなった内容物がボロリと露出しているのだ。
しかし、死因が判明したところで、一体そんな無茶苦茶な暴力をあの一瞬で誰が行えるというのか?
その時、ガンガンガンとノックの音が聞こえてきた。
音の質からしてそれはシャッターを叩くモノだ。
咄嗟のことで判断を誤り皆して廊下側に意識を向けすぎていたことに気づかされた彼らは一斉に今度はシャッターの方へ駆ける。
シャッター側に最も近い位置にいたサワガニのライトによってシャッターにもたれかかる人物の姿が浮かび上がった。
小柄で細身な身体を白いワンピースに包んだ少女。織神葉月。
無論それを、織神ということを、ここを突き止めることで頭が一杯だった彼らが知る由もない。
もしも朝空風々に殺された1人の存在に気づいて、何かしらの異変を感じ取っていればなどという仮定話は意味をなさない。
「やぁ」
無数の銃口を向けられながら葉月はなんでもないように口を開く。
「泥底を這いずり回る敗者の皆々様」
「・・・手を上げて頭の後ろで組め」
悠々とかまされた挑発に怒気を必死に押さえ込み馬場が常套句を喉の奥から搾り出した。
「ねぇ、ねぇ、あのさぁ。僕今すっごく不機嫌なんだよ」
「手を組んで後を向くんだ」
「クシロ達を危険な目に遭わせるところだったし、色々気づかれそうだったし、やりたくもない罵り合いもする羽目になったし・・・さ」
「・・・・・・手を後頭部で組め」
「ほんっと、最悪」
「手を組めと言ってるだろぉおおがぁぁああああ!!」
噛み合わない会話に、ついに馬場がキレた。
照準を合わせていた機関銃の引き金に力が入る。
「手、ねぇ・・・」
何時銃弾が飛んでくるかもしれない状況で、葉月はやっと馬場の言葉に意識を移したようだった。
「こうすればいいのかな?」
素直に後で組んでいた両手を一度離して、頭の上にまでもってくる彼女。
しかし、その要求通りの行動に馬場達隊員は言葉を失う。
離された手の右と左にそれぞれピンと手榴弾が握られている――――。
固まる彼らを他所に手は開かれ、その危険物体は重力に引かれて下へと落下を開始する。
それは彼女の足の甲に受け止められ、そのまま前へと押し出された。
自分達に向かって空中を彷徨う爆発物は彼らにどう映るのか。
「ぁあああアッ!」
交わしても噛み合わない会話は意味を成さず、言葉による説得は拒絶された。
言葉が通じない、心が伝わらない。
それは最も有効な手段が封じられたことを意味する。
人間相手であればどんな強者にも有効な最大の武器が役に立たないという事実は自分達の行く末が分からなくなるということに繋がる。
伝心不通、最初の恐怖。
武装した自分達に対してこうも余裕で狂ったとしか思えないような挙動する彼女の考えなんて分かるはずもない。
まるで出来心の悪戯のように放たれた手榴弾が爆発する寸前、隊員たちは廊下の奥や遮蔽物になるダンボールの裏に飛び込んだ。
サワガニは元いた位置をキープして標準を合わせ続ける。
そして、爆発。
(次標的を確認したら、打ち抜く!)
サワガニの操縦者はそう決心して操縦桿を握り締めた。
が、爆発とは違う恐ろしい衝撃がコックピットを揺らしたかと思うと、凝視していたモニターにいきなりブラックアウト。
「なっ!」
手榴弾は爆発ではなく、飛沫物で敵を殺傷する武器だ。遮蔽物があれば凌げる武器であり、しっかりと対応すれば怖い武器ではない。
だからこそ、サワガニは装甲で強行的にそれを防ぎ反撃に備えていたわけだが、それは葉月にとっても同じことである。
身体の強度を上げている彼女は爆発の瞬間、体中に破片を突き刺さるのを無視し前に出て、同様に爆発の中に身を置いていたサワガニの一眼を蹴り潰したのだった。
そうして無力化した後に、続けて足を踏み潰す。
ぐぎっと鉄の曲がる音がして右足の1つが歪み、それだけで自重に耐えられなくなった脚足戦車は地に伏せた。
しかしその一連の行為を爆発から身を守るために必死だった他の隊員たちは見ることもできず、その後すぐに葉月は姿を消してしまった。
「な、んて野郎だ!」
ダンボールの影から這い出た彼らが見たものはもはや使い物にならないサワガニであり、それを実行した少女はどこにもいない。
「各人、周囲を捜索しろ!見つけ次第撃ち殺せ!」
息巻いた馬場の声に、隊員たちが散らばっていく。
体育館ほどに広さがある倉庫はしかし、迷路状に遮蔽物を並べられていてそう簡単に相手を見つけられる空間ではない。
もはやトランシーバーなど意味のない彼の怒声を聞きながら、葉月は体中に突き刺さった鉄片を取り除いていた。
いくら皮膚の硬度を上げ、真皮の弾力性を増したとしても、やはり負傷は避けられない。
さて・・・、その場所からは彼らの様子がよく見える。
皆して固まっていればいいものを、都合よくもバラバラに散っていく彼らからその心情を探り出す。
まだ、自分達に有利性があると思っている、ようだ。
それに葉月は苦笑した。
確かに彼らの装備は追跡時とはまるで違う、より確実に殺傷することを目的としてのものに変えられている。
強影念力の見えない防壁を打破するのに、集中力が切れるまで威力の高い銃撃をただただ連射し続けるという強引な手段を採るため作られたサイレンサー一体型の機関銃は弾倉を使い切る頃には帯熱しすぎて使い物にならなくなる無茶苦茶な"使い捨て"の銃器だし、釘状の飛沫物を飛ばす半円状の手榴手甲は円の切り口を握りこみ、曲線部分から180°に殺傷片をぶち込むという乱暴すぎる代物だ。
しかしそれでも、それらは当たるからこそ意味があり、彼女はそれを許さない。
破片は抜き終わった。
ゆるりと身体を捻って、次の獲物を選ぶ。
ごちゃごちゃとダンボールが積み上げられたり、並べられたりと障害物の多い倉庫内を江吊登実は歩いていく。
隠れる場所が幾らでもあるような迷路の中での探索は難しい。
暗視眼鏡も持ってこればよかったなどと今更思うが後悔後に立たずだ。
油断なく銃の引き金に手をかけて頻繁に首を回して周りを警戒する。
裏口で殺された2人の様子から相手は身体強化の能力者だろうと当たりとつけている彼にとって、ここで最も怖いのは奇襲である。
ただでさえ敏捷性が高い相手に奇襲されれば一溜まりもないだろう。
まぁ、しかし奇襲にさえ気をつけていれば、厄介な念力能力などとは違い弾は防がれない分やりやすい相手だ。
だからこそ、まずはとにかく捕捉しなければならない。
捕捉しなければ始まらない。
と、角を曲がった先に同僚が見えた。
向こうもこちらに気づいたようで、『こちらにはいない』と首で示してきた。
同じく首を振ろうとして、
その時、いきなり彼が転んだ。
バタンと腹部を床に叩きつけるような分かりやすいこけ方をして、そのまま、
「ぁっはぁあぁ・・・?」
そのまま角の陰に引きずり込まれた。
それが足を引っ張られたことによっての出来事だと理解した江吊ははっとして走り出した。
同僚が引きずられた角の先に急ぐ。
が、しかし、曲がった先には何もない。
その向こうには長い一本道がある。角を曲がれるような時間はなかったはずだ。
「どうなっ」
ぼやこうとした瞬間、何かが上から下に視界を横切った。
ボトンという重みのある音がして床に落ちたモノ。
「・・・・・・あ?」
それは、同僚の右腕。
切断面がやたら綺麗な切り離された身体の一部。
けれどそれだけでは留まらず、別の何かもボドボドと連続して彼に向かって降り注ぐ。
1つは左腕。1つは足首。1つは太腿。1つは胴体の4分の1。1つは、1つは、1つは――――1つは生首。
そして、ドバドバと身体を濡らす大量の血液。
「ひっ、ひぃやぁぁああぁああああああああ!!!」
もはや正常な判断などできはしない。
血で滑りながらも元来た道を駆け戻り始める。
無様に転がりながらも這いつくばるように前へ前へ。
その後姿を追いもせず、上にいる葉月はバラバラにした隊員から奪い取った機関銃を構えた。
背中を向けて愚かに逃亡を図る登実に照準をきっちりと合わせて引き金を引く。
彼女の身体は反動にもびくりともせず、連射された銃弾全ては彼の背中へと吸い込まれて・・・、
否、弾がなくなるまで撃ち続ける気でいる彼女の凶弾は彼という肉を細かい破片に変えていく。
マガジンが空になった銃を用なしとばかりに床へ投げ捨てて、自らも地面に降り立つ。
それとタイミングを合わしたように、銃声が止んだことによって様子を確認しにきた隊員1人が江吊が必死に向かっていた次の角から現れた。
「ッ!発見ッ!」
機関銃を葉月に向ける。
それを見て葉月は反射的に床に転がっていた機関銃を蹴り飛ばした。
「がぁああぁ!」
高熱を帯びた鉄が顔面に向かって飛んできて、反射的に腕で庇った彼だったが、顔だろうが腕だろうがその熱さには耐えられない。
思惑通り腕を動かした彼に葉月は太腿にホルスターで隠していたダガーナイフを投げつける。
狙っていた顔面とはズレたものの、それは勢いよく彼の首を横切り、後のダンボール壁に突き刺さった。
一瞬過ぎった首筋の熱い痛みに、最悪を想像してしまった彼は何も発せずに手を首へと持っていく。
あまりの速さに皮と肉が再び接合していた傷。それが手でまさぐったせいで開くという皮肉。
指の間から大量の血が溢れ出した。
ぱくぱくぱくと口を動かすも、言葉を成さない。
バタリと倒れて、首から血を噴出しながらバタンバタンともがく。
その行為が余計血を散らしているとしても、そうせずにはいられない命の瀬戸際なのだ。
けれどそんなことには興味のない葉月は足掻きが終わる前に背を向けて歩き出した。
自分の乗っていた脚足戦車がいきなりの使用不能になるというアクシデントに見舞われて中州大智はコックピットである三角錐型のポッドから這い出た。
「くっそ、どうなって・・・」
その言葉は全て出る前に、抜け出たサワガニを目の当たりにして口が弛緩する。
特徴的な球形のカメラが内側に陥没して、右足の1つが90°ほどに曲げ折られているサワガニ。
それをモニターが映らなくなる直前までいた少女が行ったということは理解できるが、その方法がまるで理解できない。
身体強化を使って力任せに破壊した?
確かに、できないことはない話ではあるが、そうだとすればそれは暴引大将レベルの能力者だということになる。
それはかなり厄介だ。
その若内鈴絽にも何度も苦汁を舐めさせられてきたことのある彼にとって、身体能力は出力系能力者より避けたい相手だ。
弾が当たればいいというが、その弾が当たらないのだから問題なのだ。
彼は窮屈なポッドに搭乗するために犠牲にした機関銃の代わりに、9mm拳銃を手に取った。
遮蔽物の多いこのフィールドは身体強化にとってはかなり有利な場所である。
物陰から襲う。
俊敏性のある連中の常套手段だ。
と、微かな物音が耳に入ってくる。
それに反応して振り向くと、同僚である鷲羽吾郎がそこにいる。
「脅かすなっての」
「わざとじゃねぇ・・・ホラよ」
そう言って彼は背に担いでいた機関銃を中州に投げ渡した。
しかし、鷲羽は同じ銃をしっかりと腕に抱え込んでいる。
「?どうしたんだコレ」
「・・・裏口で死んだ高石のだ。廊下に落ちてた」
それを聞いて、渡された銃を改めて見る。
銃身に血痕が僅かに付着していた。
それは身体強化の能力をよく知っている彼にも異常な感覚を与える。
いつも相手にしている鈴路はどれほどの暴力を、強引を行ったとしても殺しはしなかった。
だが、今の相手は、それをやる。
殺さないように手加減された奇襲を防げずに食らってきた彼には、もしもの最悪が誰よりもはっきりと脳裏に浮かぶ。
「これをやったのが身体強化だとするとこの倉庫はまずいぞ。早い内出た方がいい・・・」
サワガニを壊された今は特にまずい。
「そうもいかんのが辛いところだな。標的含めあと3人はどこかに隠れてる。アレがそれを守るナイトっていうんならまず殺さないと」
騎士というよりアレは狂人だ。
そう言おうと思って、口を開きかけたまま彼の口は固まった。
鷲羽の様子がおかしい。
自分の方を見て、突っ立っている。
のに、何故かソレが異常だ。
何かがおかしい。
まるで、精巧な人形を前にしているような感覚。
「ぁあ」
そうだ。
瞬きも呼吸も、している気配がないのだ――――
そう思い至った瞬間、彼の身体がゴロゴロと崩れ去った。
腕だとか足だとかそういう生易しいものではなく、頭部がスライドして胴が縦に横に斜めに裂け・・・・・・とにかく全てが細切れだ。
バラバラではなくゴロゴロというやりすぎた切断。
それはどう考えても、身体強化の仕業ではない。
そもそも今の間に、お互いに向かっての会話中の何時にそんなことができる隙があった?
どんな予兆があったというのだ?
何時、何所から来る分からない。
そして、自分の近くの人物が殺されたということは、次の対象は自分なのかもしれないという絶望。
襲撃不測、それは第2の恐怖。
「ぅ・・・あ、うぅああぅうううううう!」
あの暴力に加え、今の理解できない切断業。
その2つが別々の能力者によるものだという考えはこの時の彼には浮かばなかった。
シャッター前での手榴弾の一件と今回とはあまりにもやり口が似すぎている。
手段ではなくその奇襲の仕方が酷似している。
人の恐怖を弄ぶ、悪魔の所業。
分の悪い相手だという認識が、それでも甘かった。
「うぉおぉおおぉおおおおっ!!」
つい先ほどまで会話をしていた鷲羽の肉片を踏みつけるのも構わずに中州は走る。
入り組んだ倉庫内で唯一ストレートに道が突き抜けている、シャッターから廊下までの道をただひたすら。
ここから出なければ。
この異常地帯では生存できない。
廊下に入り、そのまま角を曲がる。
そこに見えるのはドアにへばり付いた高石京二郎だ。
腹の中を晒した彼に構う余裕もなく、彼にはその先にあるドアしか見えていない。
そこで、いきなりがくんと身体が落下する感覚。
無様に顎を打ちつけ舌を切って口内に血が滲む。
足に感じる熱さが痛さに変わる。むき出しになった血肉が酸化するように染みる。
両足が、膝から切断されていた。
どこからだとか、どうやってだとか、そういう話はどうでもいい。
とにかく今は外に出なければならない。
爪でがりがりと床を掴んで匍匐前進。
腕だけで進み、希望の扉へ。
めり込んだ死体を邪魔だとばかりに引き摺り下ろして、ドアノブを掴む。
ガチャンと捻って、力いっぱいに引く。
なのに、開かない。
鉄板が歪んでしまったドアは鍵がなくても訪問者を拒む。
あの悪魔がまず裏口の連中を始末したのかその理由がやっと分かった。
ドアの近くにいたからだ。扉を封印するついでに、そこにいたからいっぺんに潰した。
コツンと後で足音が聞こえる。
それはどう考えてもわざと鳴らした音だった。
振り向けば少女の姿をした、その能力がまるで判断つかない悪魔がそこにいる。
それはまさしく第3の恐怖。正体不明。
ガチガチガチガチ・・・・・・ノブを幾ら回しても、押しても引いても開きはしない。
恐怖を増幅する密室という境界。
命の価値を侮辱し蹂躙する結界。
密室は誰がためにある?
誰の所有物で誰を閉じ込めるものなのか。
外に出ることも叶わずに、ただ先に死んだ京二郎の死体の上で足掻き続ける中州に少女の形をした何かが追いついた。
ぶちりとまず片足から踏み潰す。
次にもう一方の足を、交互に少しずつ潰しながら、上に上がっていく。
絶叫は腰を潰した辺りで途絶えた。
それでも構わずに潰して潰して、下にあった死体ごと2体分を床にこびり付かす。
「ちょっとペースが速すぎるかな・・・?」
血に濡れたスニーカーを床に擦りつけながら、呟く。
赤く染まった白いワンピースを纏った少女の反省の言葉。
楽しい時間を引き延ばす、子供じみた心理の表れ。
落し物を拾うように床に転がったモノを掴み取り、踵を返して倉庫の方へと戻っていく。
その足取りは軽く、鼻歌すら聞こえてきそうだ。
「使い潰していい玩具なんてなかなか手に入らないんだよねぇ・・・」
ここはもはや狩場ではない。
葉月のために用意された遊び場。
残る玩具は6人。
/
夏休み最後の休日という実に貴重な一日を、間違いなく仕事があるはずの未来共々家でのんびりだらけていたら、いきなりのインターホン。
まさかの釧と隆、さらに胡散臭いのが1名という訪問者だった。
釧から大体の事情は聞いたが、それから分かったのは彼らが嘘で守られているということだ。
美恵という幼女が2人のいないところで、葉月とのやり取りを教えてくれたことを考えるに、まぁ自分にどうしろと言ってるのかは分かる。
それを知っての感想は、うん、面倒事を押し付けられた感じ。
数日間休みなしで走り続けたらしい美恵は、疲れはピークに達したらしくソファで寝てしまったので、とりあえず私のベッドに運んだ。
空き部屋はあるが、使ってないから寝具なんて置いていない。
早い内に揃えないといけないだろうな。
部屋を出てリビングに戻ると、未来と残りの訪問者2人はビオサイドを始めていた。
「こら、何先に始めてるんだ」
1人取り残されて、ソファに沈み込む。
テーブルに置いてあったVz.61に目が留まった。
護身用にと渡されたと言っていたが、こんなものどこから持ってきたのか。
いや、そもそも、
「聞きそびれたけどよ。結局どうやってその倉庫から脱出したんだよ」
今頃、まだ3人が中にいるはずと思い込んでいる彼らがおそらく疑問にも思えないで終わるだろう事柄だ。
「え・・・と、ものすごく単純な話ですよ?」
「それでも連中の目を誤魔化したんだろ?」
「まぁ、というか、ホントに馬鹿にしたようなトリックなんですが・・・・・・。
あの倉庫って出入り口が3つあって、1つは正面のシャッターあと2つが裏口で建物の後ろの方に配置されてるんです。
詳しく言えば、えー、正面シャッターから開けた長方形になっていてそれが倉庫。そのさらに奥に廊下がついてるのかな?廊下の中央が倉庫に繋がってる感じです。
廊下の端と端が裏口なんで、裏って言っても本当に正面の反対側じゃなくて側面に扉がある構造で・・・・・・」
そこまで聞いて頭がこんがらがった。
釧も釧で頭で整理できていないまま話しているのか、どう言えばいいか分かってないようだ。
仕方ないのでソファーの引き出しからメモを取り出して、その倉庫とやらを図にしてみる。
長方形を描いて短辺の一方にシャッター・・・を斜線で表す。それと対になる辺が後の壁だから、それが廊下になるようにもう1つの壁を直線で長方形の内側に描き足して、それの真ん中が倉庫と繋がっている・・・・・・となると、倉庫自体が開けていることを除けば、出入りの経路はT字になっているのか。
「倉庫の構造は分かった。それで?」
「廊下側から建物の裏に穴を開けたんです。それを空にしたダンボールで隠して・・・その中に隠れてました。
倉庫中のダンボールを移動させてカモフラージュもして。
あとは連中が裏口から中に入ったのを見計らって外に出て正面から逃げたんです」
・・・・・・なるほど。メモの図を見れば一目瞭然だ。
倉庫にある裏口2つは正面シャッターから見て、両側面の後の方にあるわけで、本当の裏である反対側の壁にあるわけではない。
となると正面から裏口に回る際に、真後ろは通らないだろう。
だからそこに穴が開いているなんて気づかない。
大体、壁に穴が空けられているなんて発想がまず思い浮かぶまい。
出口と直接繋がっている空洞のダンボールの中で釧達3人は縮こまっていればよかったわけだ。
「正面のシャッターは進入後向こうが塞ぐだろうし、裏口も閉じ込めるのなら中に入って見張るだろうな。
そうして外に誰もいなくなった頃合で堂々と逃げる・・・か」
しっかし確かに、これは人を馬鹿にしたようなトリックだ。
密室とは名ばかりで、実際は4つ目の出入り口が存在したなんて、推理小説だったらクレームものだろう。
隠し扉を怪力で作りましたなんて誰が納得するのか。
「大胆な作戦だ。リスクがないわけじゃないのにな」
「荷稲さん」
「ん?」
「葉月は今頃、何をやってるんでしょう?」
メモから興味を移したVz.61を弄る手を止めて、釧に視線を向ける。
ゲーム画面の方を向いたままでその表情は分からないが、口調から不安の念が感じ取れる。
葉月の安否の問題もあるがそれ以上に、1人残った葉月が何をしようとしているのかが気になっているようだ。
いや、というよりは、機関育ちの葉月が自分の思った以上に暗部に関わっているかもしれないことが怖いんだ。
受験の合否を前にした学生に心境は似ているのだろうが、かかっているのは葉月の身についての切実な話だ。もっと深刻か。
しかし、この子は本当に・・・疑わないのだろうか?
彼の言うその状況下で葉月のしそうなことぐらい、想像がつきそうなものだ。
葉月は殺すだろう。惨殺するだろう。殺すぐらいではやり足りないかもしれない。
彼らを危険に晒した幼女への憤りや、その美恵へ非情な仕打ちをしなければならなかった苛立ち。
そのそもそもの根源に今度こそ矛先が向けられる。
ストレスが溜まりに溜まっているはずだ。
葉月が釧にマズイことには気づかせないよう神経を酷使していることは、今の彼の台詞で分かる。
彼には不運にも観察対象にされているだけの人物だと思わせたいのだろう。それ以上はないと信じさせたいのだろう。
でなければ、彼女と彼の世界は壊れてしまう。
彼女にとっての宝物を壊すことは万死に値する行為に違いない。まさに逆鱗だ。
それに、あの場所に連中を足止めしておくという役割も、彼女は負っている。
最も確実な足止めは、連中を皆殺しにすることだ。
ならば、生かしておく理由の方が皆無。
倉庫に閉じ込めて、1人1人嬲り殺す。
先代変容と同じく、葉月も1度キレたら手のつけられないタイプだろうし。
・・・まぁ、それはいいか。
けれど、どうしよう?
葉月は私にそこのところのフォローも要求しているようだ。
確かにこういうのは本人よりも他人が言った方が効果がある。
まさに面倒事を押し付けられた形だが、もしもここで本当のことを言ったら?
『葉月はお前が思っているほど――――』。
そういえば、彼女の守ってきたモノは壊れるが、しかし・・・・・・その方がむしろ状況は好転しないだろうか?
などと・・・思っていたら、釧の代わりに未来が振り向いて、こっちを見ていた。
・・・・・・。
分かってるよ。
「そうだなぁ・・・・・・暴力的な話し合いだろうと思うけどよ」
「暴力的・・・?」
「まぁ、腕を折るなり何なりして抵抗できなくして、あとは万可統一機構にでも手を回してもらうつもりだろ」
はぁ・・・と生返事をする釧。
それでも、どこか安心したようだった。
被検体とそんな協力をするような友好性があれば、大丈夫。
・・・なんていう希望的観測をしているのだろう。
全く、何て狂言だ。
万可統一機構はそんな甘い機関じゃない。
人に嘘を吐くなんて好きじゃないのに。
/
ガン、ゴン、グキ、ゴリ、ブチュ、グジュ、ガリ、ベキ、ゴガン――――。
銃弾すらが轟音を控えた倉庫の中、そんな音が響いていた。
その圧倒的破壊音は廊下の方から聞こえるのだが、そこへ駆けつける者は誰もいない。
廊下の床ごと破壊の限りを尽しているだろうその暴力の本来の対象が時折上げていた絶叫は既に途絶え、もはや生きていないことは十分なほど分かっていた。
しかし、なのにも関わらず続く破壊は、死体すらの尊厳も奪うという意思表示だ。
一体廊下で何が行われているのか。
想像はできても、実際見に行くことがどうしてもできない。
音に導かれ、廊下と通じる出入り口の前まで来た隊員達の足は動かない。
その惨状を目の当たりにした時、自分が冷静でいられる自信がないのである。
不意に、その暴力がぴたりと止んだ。
ズリズリと足で踏みにじった後、何かブツブツと呟いているのが分かる。
閉鎖された空間を乱反射するその振動は声としてはぼやけすぎて聞き取れない。
ただ、微かな足音が自分達へと向かってくるのは判断できた。
それはチャンスなのだろうか?
それともピンチなのだろうか?
分からない。どうしよう、どうしよう。
冷や汗で体中が濡れて衣服が肌に張り付く。
握り締めた機関銃の感触がグローブ越しに酷く敏感に伝わってくる。
「・・・ぅ・・・・・・うぅ」
張り詰めすぎた緊張が精神を蝕んでいく焦らすような時間の遅延。
規則正しい足音。
それが止まった。
なのに、廊下からの入り口には誰もいない。
その異常を扉なき出入り口の手前で件の少女が立ち止まったのだと考える者はおらず、むしろ既にソコにいるにも関わらず姿が見えていないと言われた方が納得できるといった雰囲気だった。
それでも彼らは唯一の出入り口から1度見たあの小柄の少女が出てくるのを凝視して待つ。
その他の行動など、取れはしないのだ。
ホラー映画を見ていて、催してもトイレにいけずに画面の中を必死に覗き込むように。
今自分達が感じている恐怖が予想よりも大したことがないのだと信じたい一身で。
だが、それを、
織神葉月は赦さない。
「ねぇ、コレいらないから返すね?」
声が、自分達の真後ろからした。
つい先ほど、前方で足音が聞こえたはずなのに、後にいるなんてことはありえないはずなのに。
けれどそれは奇しくも最初の最初の接触のように。
廊下へ意識を向けている間に、何時の間にか葉月はシャッターの近く。
振り向いて、その瞬間には、一番シャッター側に近かった隊員に葉月は襲い掛かっていた。
一歩目で間合いに入り、足の着地と同時に振りかざしていたモノで頭を殴りつける。
金属のぶつかり合う嫌な音が響いて、ヘルメットを凹ました男が崩れ落ちた。
それを見た1人が戦意を喪失したのか背を向けて廊下へと走り出す。
葉月はその彼に向かってたった今頭部強打に使用した凶器を投げつけた。
首根っこに当たったのが悪かったのか、彼は前のめりに倒れてびくんびくんと身体を震わすだけだ。
それを伸びる黒髪を足に絡ませ引きずって、勢いをそのままに薄暗い倉庫で唯一光を隙間から差し込ませる巨大換気扇の方へと投げる。
しかし投げられた彼は換気扇に激突する前に、その身体をスライスされた。
バスリと何の前触れもなくいきなり、積み木が崩れるように四角い肉片に変わる。
「うああ゛あ゛あぁがああああああぁぁ!!」
襲撃不測、正体不明を味わって、惨状を目の当たりにした次にシャッターに近かった隊員の1人が叫び、喉を酷使しすぎたためか嗚咽を漏らしながら膝を着いた。
そこにきて、やっと気づく。
視線が下がったことによって視界にソレが入ってきたのだ。
『コレいらないから返すね?』。
そう言って白かったワンピースを赤く染めた少女が手に持っていたのは、1人の頭を殴打し1人の首元に投げつけたのは、
中州大智の首。
身体を下から順に踏み潰されて、唯一立体で残った死体の残り。
ヘルメット越しに殴打した時にそうなったのか、歯と鼻が陥没している。
ソレを直視して、
「ぅうげぇええぐぁがぅおえ・・・!!」
彼は胃の中の物を全て吐き出す羽目になった。
そしてそんなことをしている間に、すぐ前に来ていた葉月がその頭を踏み潰す。
その光景は、数年前の学校での惨事に似ている。
苛められていた釧を完膚なきまでに助け出したあの時の再現。
まず1人を椅子の角で殴り倒して。
それに驚いて教室から逃げ去ろうとしたもう1人にその椅子を投げつけて、動かなくなったところを足を持って引きずり込む。
腰を抜かして動けなくなったり、失禁して戦意喪失しているメンバーにも容赦なしに殴打。それでも動く奴にはさらに暴力を加える。
あれと変わらぬ行為なのに、今回は死者を積み上げる。
容赦なく加減なく殴ったことは変わらないのに、あの当時と違って腕力が強くなっただけのことで。
あるいは、似ているというのなら葉月のやり口は体育祭の時に酷似しているだろう。
人の恐怖を煽るところは体育祭の遊びそのままだ。
けれど、"遊び"は"遊び"でも、その意味合いはまるで違う。
それに全体像を見れば、この惨状は小学校の時や体育祭の時よりも、むしろ、
葉月が『折り紙の8月』と呼ばれるきっかけとなった事件にこそ、似ている――――
6人の中3人が殺されてやっと、残った3人は照準をろくに合わせずに引き金を引いた。
数発は床を抉ったが、その弾痕が照準を合わせる補助となる。今度こそ凶弾が標的に向かった。
3つ分の集中砲火を彼女はたった今頭部を潰した隊員の身体を蹴り上げて防ぐ。
首のない死体の襟元を掴み、盾にして直進。十分近づいて不必要になった時点でそれを投げつけた。
辛うじてそのインモラルな攻撃を避けた隊員が再び彼女に意識を戻した時には、彼女の手に手榴手甲を握り締めているところだった。
別に相手を直接殴らなくても破片を広範囲に飛ばせるサック。
対1人での有効範囲は2mほどだ。それ以上離れるとその分飛翔物同士の間隔が開いてしまうため、的に当たる数が激減してしまう。
安全装置であるピンはとうに抜かれている。半円の切り口、ハンドルを強く握り込んだ。
バズスッ。
間抜けな発射音と被片音が響き、彼の身体に縦の赤い点線が引かれた。
眉、鼻、顎、喉仏、胸、鳩尾・・・・・・。
釘のような殺傷片がめり込ませて、目を見開いたまま仰向けにバタンと倒れる。
その音がやけに倉庫内に響いた。
「ふむ・・・」
どの辺りからは分からないが、おそらく4人目が犠牲者になる辺りで残った2人は逃げたらしい。
広い広い倉庫に作り出された迷宮で唯一開けていると言えなくもないシャッターから廊下への通り道には、死体4つと葉月が取り残されていた。
あのままだと、一気に全滅させられるとようやく理解したのだろう。
勢いを止めるためにも、あそこは撤退する場面だった。
横槍を入れる者がいなくなったので、点線入りのまだ綺麗な方だった死体をガンッと容赦なしに踏み潰して、潰して潰して床の染みにする。
「いいね・・・そうでなくっちゃ」
つまらない。
そう言外に言って、くすくすと笑う。
そして、悪魔の言霊。
「かくれんぼする者、この指とーまれ♪」
誰も見ていないにも関わらず、血に濡れた右手人差し指を掲げる葉月。
けれど、この倉庫から出れない2人の生き残りは強制参加が決定している。
呼びかけに答えない2人の逃亡者の心境などお構いなしに、秒読みを始めた。
「いーち、にーぃ、さーん・・・」
必要もないカウントダウンは追い詰められた者達にさらなる焦燥を与える呪い。
猶予時間がなくなっていくという実況と鬼という存在を強く印象付ける呪術だ。
「・・・はーち、くぅ、じゅーう」
自分で課した鎖の有効期限が切れたことで、彼女は行動を開始する。
踵を返して今まで殺し進んできた道を戻っていく。
1人は盾に使い、1人は投げ飛ばして細切れにしたため、その先にあるのは頭を殴った隊員だけである。
そのヘルメットごと頭蓋骨の陥没した頭を足先で蹴った。
「ねぇ、お兄ーさん」
死んでいるはずの彼に話しかける。
「死んだ振りはもういいからさぁ、もっと楽しいことしない?」
それを聞いて息を呑む彼。
そう、彼は生きている。
人間は頭蓋骨が陥没したところで死ぬわけではない。
脳にしても所によっては損傷しても生存可能であることは前例が証明している。
葉月に生首で殴られてヘルメットごと頭を凹まされた彼だったが、それでも生きてはいたのだ。
攻撃を食らって死んでいないという幸運に恵まれた彼はそのまま死んだ振りをして少女が去るのを待つつもりだったが、葉月がそれに気づかないわけがない。
「いいこと教えてあげる。僕は心音を聞き取れるんだよ」
心臓の鼓動を聞き取って、熱源をも感じ取って、暗闇ですら視界を確保できる少女。
それに対抗するには彼らはあまりにも貧弱だ。
そんな鬼が相手のかくれんぼなど最初から成立しない。
それが分かっていながら、遊びの形式を採るのは嗜虐心から。
生きてはいてもそう身動きができるほど軽傷でもない彼のヘルメットを片手で掴み取る。
ベキベキと音がして、ヘルメットが小さな手で掴みやすい形に変形していった。
「さぁて、フィナーレだ」
どこをどう走って曲がって来たのか分からない逃走の果て、迷宮の果て。
馬場晋太と二門純太郎はダンボール壁にもたれかかり敵を警戒する。
「は・・・は、誰だガキらしい隠れ場所だなんて言った馬鹿はよぉ・・・」
「お前・・・だろうが」
無理に笑うその顔に余裕があるわけがない。
未だ一切負傷していない彼らだったが、たった1つの傷が致命的なものになることはよく分かっているため、それを喜ぶことはできなかった。
何より、精神面のダメージが酷い。
「なぁ・・・裏口は塞がってるとして・・・・・・シャッターの方はどうだと思う?」
「俺なら、閉めてるな」
「だよな・・・。他に出口ってあるか?」
「ない、だろ・・・」
とそう言った馬場の眉が寄る。
「いや・・・待てよ。そういや俺らは筒蓑美恵を追ってきたんだよな・・・」
何を当たり前のことを、と言いかけて、自分もそのことを忘れてただ1人の少女の影に怯えていたことに気づく。
「今、この地獄のどこかに・・・そいつらが今も隠れていると思うか?」
「・・・・・・隠し通出口が・・・ある?」
確かに、銃声よりも絶叫が響くこんな中に友人を閉じ込めておくとは思えない。
むしろこのあまりに酷い惨状は、彼らがいないからこそできるものではないのか。
そしてさらに、馬場は思い至る。
「ッくそ!やられた・・・!」
潜めた声で叫ぶ。
「どうした!?」
「通信・・・!通信手段は途絶えてないんだよ!なのに俺らはまるでそれを忘れてた。応援を呼ぶこともせずにな!」
閉鎖的な密室は人に必要以上の孤立感を与える。
つまるところこの檻の創造主の思惑がそこにもあったことは言うまでもない。
「さっさと連絡するぞ。シオマネキでも連れてこればさすがのアレでも吹き飛ばせる!」
マイクに端子で繋がっているトランシーバー本体のチャンネルを切り替えて本部へと繋げる。状況を伝えようと口を開けて、
そこで物音が聞こえた。
チャッと音のした方に銃口を向ける。
けれど予想に反して角から出てきたのは、死んだはずの野村翼だった。
死人を餌にする例の罠だという疑念で咄嗟に駆け寄ろうとした身体を押さえつけて、身構えたまま彼を凝視する。
ヒューヒューという空気が漏れるような呼吸が微かに聞こえた。
もたれかかりつつもダンボールに触れる手には力が加わっているのが分かる。
生きている。確かに生きている。
「野村っ!」
二門は思わず駆けて衰弱している野村を身体を支えた。
もたれかかってくる彼の身体から心臓の鼓動がはっきりと分かり、今度こそ安心する。
どう考えても重傷な彼の症状を確認するために、まず顔色を診ようとして、
「ぁ゛・・・」
彼の口を黒い糸のようなものが縫い塞いでいることを知る。
閉じて言葉を奪われた唇の隙間から、空気が抜けてヒュウと音を鳴らす。
ズグッと鈍い何かを貫く音と粘り気のある水音が混ざった雑音が響いた。
「ぁあ・・・あ゛」
野村の胸から白く華奢な腕が生えて、斜め上に伸びたその凶爪は二門の首筋に深々と刺さっていた。
皮を貫き、心臓諸々を抉り、皮を貫き、それだけでは飽き足らず――――さらに皮を破り、肉と血管に突き刺さる指先がぐりん横に引き抜かれる。
頚動脈を巻き添いに血肉を抉られた首から手持ち花火のように血飛沫が飛散。
「にぃぃいかどぉぉおおおおおお!」
それを目の当たりにした馬場は、今度こそ激昂した。
何人もの隊員を嬲り殺され、その非道な狂楽を目の当たりして、これ以上ないだろうと思っていた憤怒は、ここに来てやっと上限を超えた。
目と鼻の先で、正真正銘自分に向けられた挑発を受けて、今までとは違うはっきりとした殺意が身体を動かす。
もはや残ったのは1人だという事実が、護身という選択肢を捨てさせた。
生存は不可能。
だから、生き残るためではなく復讐心を持って形振り構わず、死ぬ気で殺せ。
二門に当たるのも無視し機関銃を連射して、葉月に向かって突進する。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
葉月は腕に刺さった野村の身体ごと足蹴に2人の死体を馬場に向かって倒れかけさせる。
それをさらに蹴り返して、彼はさっきから二門にばかり当たっていた銃弾の軌道を変えるため、死体の隙間に銃口を捻じ込んだ。
半分ほど突き出された銃身を一歩前に出て掴みかかり、銃口をずらす葉月。
既に酷使された鉄の塊は高熱を持っていたため、その身を握り締めた左手が嫌な音を立てて火傷を起こす。
皮と肉の焼けた臭いが鼻を衝くが、それを無視して手と腕に力を込め、銃を退けにかかった。
そうはさせまいと馬場も必死に銃の向きを葉月に戻そうとする。
「ぐぅお・・・おお」
拮抗しているようにも見えたのは一瞬だけで、力比べは葉月の方に軍配が上がった。
そのギリギリの攻防の中ですら彼女は澄ました顔だ。
少しずつとも言えない速度で照準を外される銃。
それがいきなり弾け跳ぶ。
熱と怪力に何時の間にか歪んでいた銃身に、銃弾がついにその中で暴発したのだ。
空中を舞うほぼ唯一の有効武器に支えられていた形になる両者の間に挟まっていた死体がついに地面に伏す。
それも束の間。
手の平の皮が焼けた時にはすでにその下に新たな皮膚を再生させていた葉月がその左腕を後に引く。
しかしそれは攻撃の予備動作ではなく、右腕の一撃に勢いをのせるためのもの。
瞬時に次の攻撃に切り替えた葉月のスピード勝ち。
馬場の後頭部目掛けて鍵爪が振りかざされる。
けれど、そこで、
まるで予測していなかった場所からの銃撃が葉月の横っ腹に突き刺さった。
「っ・・・・!!」
その攻撃はさきほど伏せた死体から。
胸に大きな穴を開けて死亡したはずの野村から。
固定する力もない機関銃を銃弾でぐちゃぐちゃになった二門の背中に刺して、残り少ない生命で引き金をただ握っている。
それはまさに幸運の連続だった。
心臓を貫かれながらも即死しなかった幸運、馬場による銃撃は二門が盾になったという幸運、その死体が今まさに都合よくも支えになってるという幸運。
心音が聞こえるとまで言った少女の意表を、今度こそ衝いたのだ。
潰れた心臓はもはや心音を奏でることなく、死に逝く身体の代謝は止まりかけで感知不能。
死が確定した故にできた、初めて当たった最後の攻撃。
一矢、報いた。
「がぁぁああああぁぁあああああっ!!!」
後から後から止め処なく放たれる銃弾が腹にめり込み続け、その威力に押されて葉月は後方によろめいていく。
二門が現れた角のところまで下がった頃には左腕にも何発も被弾、そこまできてやっと葉月は身体を無理に捻ってその影に飛び込んだ。
その瞬間、馬場はその左腕が肘の辺りで千切れたのを確かに見た。
それから身体が床に叩かれる音。
打ちつける音を合図にして、
「野村ッ!」
馬場が野村に駆け寄った時には、彼は既に絶命していた。
それでも握りこんだままの引き金は未だに銃弾を放たせ続けている。
その執念の篭った指を解いて意味なき銃撃を止めさせて、馬場は二門のまだ使用されていない銃を拾う。
「待ってろ。今決着を着けてやる!」
しっかりと銃を構えて、葉月の消えた角を曲がる。
そこに葉月の姿はなく、代わりに血でできた太い蛇行線が床に残され、道の先にある更なる角に続いていた。
間違いなく、身体を引きずってできた血の跡。
確実に弱っている。
「グチグチにしてブチ殺す!」
ヅカヅカと血の線を辿り、角の手前で1度立ち止まった。
幾らあの少女が尋常ない身体能力の持ち主でも短時間でこれ以上の距離を逃げれてはいまい。
気を落ち着かせて、素早く次なる道に飛び出る。
そして、
指を蟲のように蠢かして前へ前へと進む、千切れた腕の端を床に引きずって血を垂らし続ける左腕を見つけた。
カタカタと伸びた爪が耳障りな音を鳴らし、綺麗とは言えない千切れ口を床に接しさせながら、
本体と切り離され、もはや物と化したはずの、死したはずの身体の一部が、それ単体で蠢いている。
それはありえない、わけの分からない化け物染みた有様で――――。
硬直した彼の頭上から、何かが降ってきた。
床に落ちて乾いた金属音が響く。
ジャラジャラと次々に降り注ぐその様は時雨のようだ。
上を見てその正体を知る。
その固い雨は先ほど葉月に打ち込まれた銃弾。
それが、彼女の腹から肉に押し出されてポロポロと降り注いでいるのだ。
天井に張り巡らされた黒い糸の網を見て、今更彼女の移動法が分かったところで手遅れでしかなく。
顔は引きつったまま、元の形を忘れてしまった。
千切れた左腕の傷口は既に塞がり、手も使わずに排除される弾の数々が腹の傷の無意味さを語っている。
野村の一矢すら無駄なのだと、それすらも嘲笑う檻の神。
あまりに酷い光景が広がる倉庫の迷宮、逃走の果て。
彼らの足掻きが唯一与えた紛うことなき必殺は無駄であると思い知らされた。
凶悪な振る舞いは悪魔の如く容赦なく、卑怯なまでの不死身さは打破の希望すら剥奪する。
それは最後の恐怖。凶暴頑丈。
「ねぇ・・・。ここ、笑うとこだよ?」
歪む葉月の唇が三日月を描き、引きつったままの馬場は血走る眼をひん剥く。
「くぅぅぅぅうううぅぅそぉぉぉぉぉぅぅうがぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
死力を尽しての叫び声が倉庫に木霊する中、葉月は彼の顔を細切れに吹き飛ばした。
ついに葉月の本領発揮です。
エグイエグイと言い続けてやっとそれが出せました。
あ、まず読まずに来た方用に筋書きを。
『悪魔っ子はづきんはマジカル(呪い的)な魔法で泥底達を倉庫に閉じ込めた上で虐殺したゾ☆』
尚、悪魔っ子はづきんは架空の人物、フィクションです。実際の織神葉月とは一切関係ありません。念のため。