第27話- 泥底部隊。-Warning-
学園都市の2学期は通常の学校よりも早い。
始まりが早いのだから終わりも早いというのは当然で、宿題なしでの2ヶ月ほどというのはむしろ長いくらいだ。
自主学習という習慣の身についていない生徒にとっては娯楽三昧、堕落の日々となるのは目に見えていて、夏休み最終日である今日、宿題の代わりに学校成績の命運を背負う夏期確認考査を直前にして必死に勉強を始める人物は愚か者としか言いようがない。
無論その愚か者とはタカのことで、あれほどテストがあると忠告したにも関わらず、やっていたのは英単語ぐらいという有様なのだった。
今になって数式を睨んでも意味がないだろうなぁと横目で眺めつつリラックスする僕とクシロは問題なくテストに臨めるコンディションだ。
8月31日。
学園都市駅近くのあるカフェテリア、窓側からは程遠い店の奥、陽が当たらず空調の風は程よく当たるという特等席を陣取って、僕達お馴染みの3人組はそれぞれの休み最後の一日を過ごしていた。
『勉強場所に使わないでください』という店の貼り紙を無視しつつ数学の参考書とノートを広げているタカはやっつけ仕事のように公式をブツブツと呟いてはページをめくっていく。
そんな方法で実際問題が解けるとは到底思わないのだけど、今更できることはそれ程度が限界なのだろう。
僕といえばだらんと背もたれに体を預けて、可視光線の幅を拡げたり狭めたりしながらいつもと違った視界を楽しんでいる。
能力波の時と同じように、本来感知できないモノを拾い集める器官やそれを情報として統制するシステムに視覚化させる変換機能と幾つもの変容を駆使しなければ成功しないこの技術はかなり難易度が高い。
形を真似るだけなら幾らでもできる形骸変容でも、やはり新しいモノを創るというのは難しいのだ。
そういうわけでその訓練中というわけである。
「タカ、数学は諦めて暗記に切り替えた方がいいよ」
前にも言った気のする言葉をかけて、パフェの奥に詰め込まれたクリームとフレークを一気に口にかき込んだ。
チョコソースが足りなくなってしまったせいで、好きではない生クリームの風味が強い・・・。
「暗記ってほとんど副教科じゃねぇーか。今回は副教科なしだったろ」
「化学と生物、国語もそうだし歴史も暗記だって」
「そんな一気に全部覚えられる脳を俺は持ってないぞ」
「一気にしなきゃいけないのは自分のせいじゃないのさ。夏休み分の成績取れないと学園祭中補習謹慎らしいよ?」
マジで?とタカが本気で引きつった顔をする。
そりゃあ学校生活の醍醐味であるお祭に参加できないなんて恐ろしすぎるし。
しかし、うん、もう遅い。
今のタカにできることは夏休み慣例の悪足掻きぐらいなものなのだ。
「諦めるというのも1つの手だよね。いっそ最後の日をエンジョイするっていうのは?」
無言で睨みを利かせてくるタカ。残念全然怖くねぇですよ。君の不良っていうキャラクターはもう霞んでしまってる。
それに、実のところ僕はタカの成績はそれほど気にしていない。
本人は忘れてしまっているようだけど、体育祭でタカはどさくさに紛れて4位にランクインしているのだ。その分の有り余るポイントが成績をカバーしてくれることは間違いなく、別に考査自体でなくてもいいんじゃなかとも思える。
言わないのはもちろんそんなことを教えてしまうと本当に勉強しないから。
学園長が『学習とは自らが欲するモノを自らの意思で手に入れることである』と言って、義務教育の教育課程を無視・・・どころか『勉強という他人に押し付けられるような知識に価値などない』と捨て置いているような学園にいる以上は、自分で学習するという心構えを身に着けてもらわないとタカはこの先やっていけないだろう。
小遣いを止められたのに今現在こうして同じことを繰り返しているタカはここでとことん苦心して懲りるべきなのだ。
「でもねぇ・・・、喉元過ぎれば熱さ忘れるっていうしなぁ」
「ん?」
「何でもないよ」
さて一方、クシロは透明の球体を右手に乗せてむぅうと唸ってる。
別に占いに目覚めたとか、忘れモノをしていると球が赤くなるとかそういうことではなくて、その球は能力波耐性を持つ特殊素材でできた代物で、クシロのやっているのはれっきとした訓練だ。
体育祭のペンダントとは逆に能力波を弾く性質を持った球で、一箇所だけ空いた穴を手の平に接しさせて球の中で能力を発動させることによって、能力波を一箇所にまとめる感覚を実感させて覚えさせるものらしい。
そういう素材はまだ開発中で市販されていないのだけど、クシロはペンダントを支給してくれていたスポンサーと直接交渉してモニター契約して手に入れたとか。
能力技巧の上達が芳しくないことが相当悔しいみたいだ。
こういう積極性を学習と言う。タカには見習ってもらいたい。
「ん・・・と」
空になったパフェをテーブルの端に押しやって店員を呼ぶ。カプチーノをココアパウダーのトッピングで頼んだ。
甘いモノの後なので、ビターなモノを頼んでみようとしたものの、結局のところ甘くなってしまった気はしないでもない。
苦いのは本当に駄目なのだ。味覚が子供と言われようとも、こればっかりは好みの問題で形骸変容でも解決できまい。
そこで携帯が着信。
ポーチから取り出してみると表示されている名前は『若内鈴絽』さんだった。
体育祭以来のメル友なのだけど、今回は珍しく通話になっている。
「はぁい」
「よぉ、終着越境」
『終着越境』。
誉ちゃんが何回目かの屋上での会話で使ったその名称を彼女は何かがツボに嵌ったらしく使っている。
おおよそ人を指す言葉じゃないし、だいたい言いにくいだろうに。
「電話っていうのは珍しいですね」
思ったことをそのまま言うと、鈴絽さんはまぁ緊急だからなと少し声を低くしていった。
はぁ、と相槌を打つ。
緊張感を出すためか一息吸ってから、
「俺は今学園都市で妹とショッピング中なんだが・・・」
彼女はその内容を・・・・・・あれ?
「・・・・・・」
それのどこが緊急だ。ただのデートじゃないか。
ツッコミ待ち?ツッコミ待ちなの?
「ちょっと店から外見たらよ。学園都市の治安部隊がうろついてやがったんだ」
ごめんなさい。それ聞いてもやっぱり意味分からない。
もったいぶった言い方をしているのはよく分かるのだけど、もう少し分かりやすく言ってほしい。
「別におかしいことじゃないでしょ?常時巡回してるじゃないですか、治安部隊なんですから」
非武装の治安維持警備員とは別に、事が起きた時に迅速に対応できるように武装している隊員がいることぐらい誰でも知ってる事実だ。
だから彼女が言いたいことはそれとは別のところにあるだろうことは理解できるけれども・・・、
「それが、だ。治安部隊じゃねぇんだよ」
「は?」
「治安部隊、にひじょーによく似た別の何かなんだ。
本物とは何回かもめたことがあるからな。あいつらのシンボルは忘れもしねぇ・・・。
制服もマークもホントよく似てる。でも本物じゃない・・・遠くから見たら分からないだろうよ」
そこで一度台詞を区切って、彼女は改めて言う。
「一般人には治安部隊に見え、治安部隊には同系統の別組織と偽れる、不明慮なエンブレム。
都市伝説的な噂として語られる擬態部隊。
つまり――――」
・・・・・・。
なるほど、そういうことか。
「アレ、ですか」
「アレだろうな」
アレ・・・アレかぁ。
「だから、一応知らせとこうと思ったわけだ。お前の立場的にはあまり関わりたくない連中だろ」
「巻き込まれたらロクなことになりませんしね・・・」
「そういうこった。もし学園都市内にいるならとっとと出てった方がいいぜ」
「分かりました。わざわざありがとうございます」
感謝の意を述べて通話を切り、何もなかったように携帯をしまう。
小声で会話していたからおそらく2人にはその会話は聞こえていなかったはずだ。
・・・・・・先日のあれに今回のアレは繋がっている可能性が高い。とするとやっぱりかなり大事になっていると見るべきだろう。
手間取っているのか諦めが悪いのかのどちらかか、あるいはその両方だとして、僕はともかくクシロやタカが巻き込まれるなんてことだけは絶対に避けたい。
きていたカプチーノをおかしくない程度に、けれど早めに飲み干してから僕は切り出す。
「ねぇ、そろそろカフェも居辛くなってきたしクシロの部屋に場所替えしない?」
「ぇえ〜?まだ大丈夫だって。今の俺は移動時間すら惜しいんだよ」
ああもうっ、そういうのは今はどうでもいいんだって。
事情を話すわけにいかないのがもどかしい。
仕方ない・・・黙っておくつもりだったんだけど・・・。
「タカさぁ・・・体育祭の成績のこと忘れてるでしょ」
「はん?」
「例のあの彼女が優勝して僕が2位で鮮香さんが3位、タカはその次で4位だったじゃない。学園4位っていう成績がさ、夏休み分をカバーするに不足とでも?」
数秒視線を交し合って、無言のままさっさと参考書をしまうタカ。
なんていう切り替えの早さ・・・というかそんなに嫌いか勉強が。
やっぱり惜しいことをした・・・。タカが必死に勉強してるなんてなかなかないことなのに。
まぁしかし、そうも言ってられない。
「というわけで、せっかくの最終日を楽しもう」
「・・・それならもっと早く言ってくれよ」
「いやいや、これで少しは懲りたんじゃない?」
じとりとしたタカの視線を涼しげな顔で受けながら、さっさと喫茶店を出た。
/
今日は厄日だ。
そんなことを思いながら、伊藤清次郎は人中を歩いていた。
夏の日差しを浴びて巡回するには今の装備は暑すぎる。待機チームの本格的な武装に比べれば大分マシとはいえ、それでも本来警邏に使う制服に比べればかなり分厚い。
いくら臨時といっても防弾装備まで本当にいるのか、彼には疑問だった。
今回の任務の目標は特化した攻撃手段を持っていない。というより、むしろ逆の能力を持っているような非戦闘能力者であって、先刻の悪足掻きにしたところで直に触れなければ問題ないはずなのだ。
そんな相手1人に対して自分達は重装備で駆けずり回り、しかも翻弄されているらしい。
「何をやってるんだ・・・」
誰に言うでもなく呟いて、担当区域を見渡した。
夏休み終わりというだけあって生徒達で溢れたアスファルトから、蜃気楼のなりそこないがゆらゆらと上がっている。
蝉の声は束の間の休憩時間に入ったらしく聞こえてこないず、笑い声や話し声が耳に入る。
自分の格好を見て、大変だろうなと顔で言って通り過ぎる人々。
全くもって平和だ。
薄皮一枚を剥がした裏にある地獄といって相違ない酷い現実をまるで感じさせない。
その酷いお話に自分が関わっているとしても、誰も気づきはしないのだ。
見下したように周りを見る。
(コイツら、ホンット何も考えてなさそうだよな・・・)
自分の所属するこの学園都市の内部がどうなっているかなんて、まるで知らないその顔を見ているだけで苛立ちが募る。
何で自分はその中に入っていないのだろうと何度も繰り返した疑問を自問して、それは自分が愚かでロクでもない人間だったからだという即時の自答に腹が立つ。
しかしそんなことを思ったところで自分の境遇は変わりはしないし、この平和も壊れはしない。
「全く鬱陶し――――」
再び宛て先不明の愚痴を零そうとした彼はその口を"し"の形のまま固まった。
何時の間に背後に何者かが忍び寄り、背中に何か硬いものを当ててきたのだ。
「なぁお前。このくそ暑い中、通常装備に加えて防弾具も着けさせられてるお前。
お前はさぁ、何でそんな、そんなそんなふざけた武装をさせられてると思うんだ?」
その質問は彼が答えるまでもなく、現在形で実感している通り、
「こうやって誰かさんに銃殺されないためだろ?そこんとこ分かってんのか?ぼーっとしてよ」
そう言ってうりうりとその銃口を防具越しに押し付けてくる。
ふざけたような、馬鹿にしたような、軽すぎる仕草だった。
「お、お前は誰だ・・・!?」
傍目からは正式な治安部隊に見えるはずの自分に向かって拳銃を突きつけるような人物に心当たりがあるわけもなく、彼は小さく叫んだ。
しかしそんな彼の心境などお構いなしに、その誰かは自分の話を続ける。
「能力者にとって能力ってのは大切な自己証明だし、何より最も身近な武器であるが故に執着しがちだがよ、別に能力を使わなければいけないというわけじゃあない。
むしろ銃器の類は能力関係なしに戦力を増やせるという利点がある。能力開発のSPS薬より拳銃の方が手に入りやすい現代、能力者にこだわらずに仲間を増やすなら銃の方が勝手がいい。
よって、俺の組織なんかは銃の使用頻度が高い。だからお前らはその対策に対銃撃装備を着込んでるわけだよな」
得意げに解説する誰かに今度は少し声を荒げて彼は再び問う。
「お前は誰だ!」
後ろではぁ、と息を吐くのが聞こえた。
「全く。人がせっかくお前が思ってそうな疑問に答えてやってるんだ、少しは聞けよ。
・・・まぁ、そんなに俺の名前が知りたいなら教えてやるさ。
俺は、俺は俺は朝空風々(あさぞら ふふう)だ」
「あ、さぞら・・・だと?ROSの朝空、風々っ・・・!」
「おいおいおい、疾風怒刀、風儘、切り裂き将軍ってのを忘れてるぜ」
「な、なっ、お前みたいなのが今、何で!?」
「おかしなことを言う奴だな、お前。こんな機会だからこそだろ?俺はお前らの敵なんだからよ。さっき言ったじゃねぇか、故にお前らは俺らに備えてそんな防具着けてんだってな。
はっ、まぁ、まぁまぁ代わりに何でお前らが動いてるってのが分かったかって方の種明かしをしてやるとよ、俺の大ッ嫌いな親友が教えてくれたからっつうありきたりな話なわけだ、これが」
そこで彼、風々は顔をしかめた。
「俺とあいつは志しだけは似通ってるってのに、そこに至るまでの過程が正反対なんだよな。けっ、あの慈善者め、こういう時だけ俺に丸投げだぜ?酷くねぇ?
腐れ縁だが、俺はあいつほど意見の合わねぇのはいないね。んでもって俺もあいつも最終的に拳で決着をつけようっていう性質だからよ、会う度に殴り合いだ。しかも、しかもしかもあいつ馬鹿みたいに力が強いんだよな。その度に痛い目見るのは俺の方ときた!
はっ、俺はあいつほど男勝りの奴は知らないね。あぁいや、そういや別にあいつが女だって確認したわけじゃないな・・・。胸の膨らみからして女だとは思うが、偽乳の可能性もあるか。うん、そうだ。そうに違いねぇ。あいつは男だったんだ!くそぅ騙された!」
説明が途中から完全に愚痴に移行、最後のは被害妄想だがそれにツッコんでくれる人物はいない。
「ふん。まぁいいさ。情報自体は有り難いんだ。仲間が増えることに越したことはない」
「仲間、だと・・・?」
「あぁ。お前らの追ってる標的って奴だ。そいつがどんな能力者かは知らんが、お前らが追うほどの奴を引き込めればより有利にことが運ぶだろう?」
「無理だ!・・・そ、そんなことをして何になる!?」
「は?馬鹿か、お前。そんな言葉は本気で何もできてないお前みたいなくそガキに言われる筋合いはねぇんだよ」
清次郎の顔から血の気が消えた。身体を小刻みに震わせて、風々を睨みつける。
「てめぇ・・・」
「事実だろ。お前らのその怠惰と堕落のせいでお前らよりよっぽど価値のある人間が犠牲になった?自業自得なくせして我が身恋しさに他人を落とそうなんて屑には他人にケチつける資格ねぇ」
「っぅううぉおお!!」
喧騒の中でかき消される程度の、しかし怒りに我を忘れた彼の唸り声。
振り向き様に既に手にしていた拳銃で相手を撃ち抜こうという強引な行為。
自分が防弾布を身に纏っていることを考慮しての大胆な行動。
しかし、
「まぁ、色々喋っちゃったし、胸くそ悪いし」
風々は拳銃を持った手を動かして、
「お前はここで死んどけ」
拳銃を引っ込めた。
そのまま踵を返して、歩き出す。
振り向きかけた彼の身体は腰を捻った体勢で硬直し、歯噛みしていた口をパクパクと開けて、数秒震えるようにして転倒。
「ぅ・・・うぅぐ・・・・・・ぉおお!」
弾痕などもちろんなく、血も傷も見られないにも関わらず、こうして彼は絶命した。
その理由は考えれば簡単なことだ。
風々は拳銃を持っていたが、だからといって能力がないとは言っていないし、使わないとも言っていない。
銃だろうが能力だろうが武器には違いなく、それが人を傷つけるモノである以上、相手によって使い分けるのは当然だ。
拳銃が使えないならば能力を使えばいいだけのこと。
能力を手から発する出力系能力者は多々いるが、能力波を凝縮させれるならばその出力先を問わないなどということは常識だ。そして能力波は物質をすり抜ける。
ならば、皮膚を傷つけず心臓だけを切り刻むということも不可能ではない。
物も人も切り裂く疾風、風を思うが儘に操る風神、斬物風刃の朝空風々。
「あー、こういうことすっからあいつにボコられるんだよな」
嫌そうな顔をして頭をかく。頭を振ってその思考を払った後、彼はふと気がついた。
「あ・・・、何も訊かずに殺しちまった」
それを訊くためにも背後に立って銃まで突きつけたはずなのに、結局名乗って罵ってそのまま殺してしまったのだ。
今までの行動は何だったんだと今度こそげんなりとして数秒頭を抱えた。
「・・・・・・・・・よし」
仕方がないので他の連中を探すことにする。
1人死んだことで何らかの動きを見せてくれるとありがたいのだが、それまでにはもう少し時間がかかるだろう。
敵が標的を見つけるより先にその目標を囲い込めれば最良。向こうが見つけたのを掠め取れれば上等だ。
そのためにもさっさと標的自体を知らなければならなかったのに、とんでもないミスをしてしまった。
標的さえ見つかれば彼にもそれなりの情報網がある。学園都市周辺にいるのならまず見落とすことはないが・・・。
問題は防弾武装した連中とやり合うために必要な人材の確保だろう。
能力者であることが前提で、しかも出力系の攻撃特化型。自分を含めて10人は欲しい。
あと、奪取後の標的が潜伏する場所も確保しなければならないのだ。
これが一番面倒くさく、敵の目を欺きながら移動させるのだって能力者頼みになる。これには光反迷彩がいた方がいい。
「めんでぇなぁ・・・」
と、ぴたりとその歩みが止まった。
視線がその先にあるものに釘付けになる。
駅へと続く大通りを歩いていく3人組。中心にいる小柄の少女。
鉄色の髪をした、細い体躯の、純白のワンピースを着た形骸変容。
数年前、まだ男子だった頃に1度見えた時、そのあまりにも生に無関心な有様に彼がつけた名称は、
「死後過動・・・ッ!」
一瞬その表情が強張ったが、再び何もなかったように再び足を進め始める。
「まさかとは思うが・・・・・・もしあいつが関わってるとすると迂闊に手は出せねぇな・・・」
携帯を取り出しメーリングリストでその旨を一気に仲間に伝えると、彼は視線を空に移した。
中途半端に手を出して、結局中途半端に引き下がることになりそうな現状で、思うことはただ1つ。
「あの男マジで無駄死にだったじゃん」
♯
普段何も感じない空気が質感を持っているように重くて熱い。
快晴が一概に良しとは言えない夏の昼時、交差する生徒と生徒、熱源と熱源による空気の撹拌に鬱陶しさ以外の何を感じればいいのか。
特に、ただでさえ焦りと苛立ちに思考を熱されている人物にとってそれは毒のような印象を与える。
つまり、織神葉月にとって、熱とは人とはそういうことだ。
無駄口を交えながら、カフェから駅まで歩いていく彼らの中で、彼女は不自然ではない程度の最速を促し、周りを絶えず確認して警戒を怠らない。
無論、よほどのことがなければ巻き込まれるなんてことはないとは分かっているが、用心に越したことはないのだ。
自分はともかくとして朽網釧や四十万隆を彼女の言う"アレ"には触れさせたくない。
いくら隆が不良を主張しようと彼が歳相応の一般人であることには違いなく、釧に関しては葉月自身が知られたくもない話だ。
だからこそ、彼女は焦っていた。
可能性としてコンマ以下のパーセンテージですら残してはおけない。そんなことは彼女が許さない。
大通りを行き来する生徒達の間をすり抜けて駅を目指す。
そう、とにかく駅に急がないといけない。
少なくても電車に乗りさえすれば、危険領域から脱出したのも同然なのだ。
釧が体育祭の市販DVDが届いたことを話題に上げ、隆がプライバシーはどうなっているのか問う。モザイクがかかっているという返答後、葉月が学園全体のまるで場所の違う映像をどうやって纏めたのか疑問を上げる。
そんなどうでもいいような話を氏ながら、歩き続けて最低ラインである駅までもう少し、ほんの少しの所まで来た。
数十メートルほど行って、あとは定期で改札を通り抜ければ、それで終わり。
なのに、だけど、けれども、
そういう時を狙って厄災というモノは逃亡者に魔の手を伸ばす。
人ごみの中、分岐する細い横道に動く影を葉月が捉えた時には既に遅かった。
それは灰色の制服、不明慮のエンブレム。手に拳銃を握った泥底部隊。
彼女がまず彼らをその目に映したのは当然だ。
彼女が気にしていた問題の中核は彼らのことであったのだし、その彼らに何かの偶然で巻き込まれるということを警戒していたのだから。
それ故に彼らの追っている標的には注意が足りていなかった。
しかし、それも当然で、そもそもその標的の顔すら知らない彼女にとって、問題ごとの回避のためには判別のつきやすい部隊の連中を指標にする方が効率的だった。
けれど、もしその標的自体が故意に誰かを巻き込もうとしたら?
泥底部隊を視界に捉えて、その次の瞬間に横を更なる影が通り過ぎたのを感知した時には、そう遅かった。
自分よりも年下だろう、少女とも呼べない幼女が確かな意思をもって隆に飛びついた。
がばりとその腰を腕で閉めるようにして、その腹に顔を埋める。
苛立ちを倍増させる暑さと肌を舐める熱気を纏う空間で、生徒達の喧騒が遠く聞こえる一瞬の錯覚の中、
「お兄ちゃん助けて!!」
幼声が酷く脳を揺さぶった。
そんな場違いなほどでき過ぎた運命的な邂逅を目の当たりにしながら、葉月は苦虫を噛み潰して飲み込んで腹を下したような顔をしている。
――――最悪だ。
お久しぶりです。
そして物語の中では朝空風々が久しぶりに登場して来ました。
え?出てない?そんな馬鹿な。3話目に出てきますって。
しかし…ホントやっと『エキ日々。』もここまで来たか…。
本来この話は10話ぐらいでやるはずだったんだけどなぁ。