第26話- 花火大会。-Summer Life-
その気になればクシロの住むマンションの一室ぐらい買えるのだけど、その資金が国民の血税から出ていようが全く気にしないのだけど、僕は年季の入ったアパートに住んでいる。
内装は小奇麗にされているとはいえ、部屋は狭いし贅沢を省いたような部屋を僕が購入せず借りている理由といえば、クシロが僕の身の回りを世話してくれるからだ。
万可統一機構を介して、本来日本国民が自分のために納税しているお金を湯水のように無駄遣いすることには別に何の躊躇いもない。
生涯納税義務免除の僕に、というか労働義務免除の僕に、納税の苦というものを分かれというのも無理な話だし、少なくても僕はその対価を払ってる。だから、他人があくせく働いた税金だろうと遠慮なく使う心持ちではある。
けれど、クシロが渡してくれるお金は別だ。
あれは、ただ巡り回って手元に来る税金とは違ってクシロが僕のために出してくれたお金なのだ。
その想いには答えなければならない。
クシロに援助してもらう以上は、できる限りのことはまず自分でやらなければ僕が納得できない。
売られた喧嘩は全力で買う、借りは2倍の2乗して返す』。恩も2倍の2乗にして返す。誠実には誠実を、だ。
まぁそういうわけで、結果としてボロアパート暮らしな僕は、今日も今日とて惰眠の後起き上がった。
最近・・・こんな感じで生活が乱れまくっている。
夏休み、結局クラスの皆と色んなことをしたり行ったりしているからだろう。
この前は・・・映画を観てショッピングだったかな。
正直楽しい、けど。
・・・・・・室内を見回せば最初の頃にはなかった物モノが目に付く。
ベッドの抱き枕風縫いぐるみ、美樹ちゃんが誕生日にくれた手作り(いなっちー)枕カバー、クローゼットごと新しくなっていて中には誕生日に貰った物を含めて大量の服・・・。
極力、物を所有することを避けているのに。
大切な物がどんどん増えていく。
完全にペースは崩れてる。引き、ずられている。
まずいんだけどなぁ。
そんなことを思いつつ、身なりを整えた僕はとりあえず時間を確認。
今日は前々から皆で言っていた花火大会があるのだ。
約束の時間までにはまだ余裕があるので、テレビでもつけてみる。
無難なニュースにチャンネルを切り替えて、冷蔵庫から取り出したカマンベールチーズをチビチビと齧りながら暇つぶし。ワインでも欲しい気分だ。
小さいとは言えども液晶のテレビがどこぞの議員の顔を映し出している。
世間では今、政治家の汚職問題が話題らしい。
どう考えてもその一端を担っている万可統一機構含め僕だけど、そんなニュースを見ても何とも思わないわけで。
幾らこんな末端を責めたところで、何ら意味をなしていない。
その後に、交通事故に殺人と、もはや日常になりつつある事件を消化して、1つ、目に留まるニュースが流された。
今日の夜中、とある被害者が発見されたという変わりダネのニュース。
『――――神戸市・特別指定学園都市内で倒れているところを発見された長井孝治さん36歳は、発見当時体中におびただしい数の目ができており――――』
どう考えても能力者の仕業だ。それも医療系能力者。
体のあちこちから脳に送られる"視界"に狂って、元の視界を取り戻そうと体についた眼球を潰していたらしい。
となると、皮膚細胞を眼球にするために細胞の脱分化と形成体を操ったのだろうけど、それがちゃんと目として機能しているということは、体の神経細胞も弄ったか。
いずれにしてもかなりの実力者ということになる。
既に皮膚としての役割を与えられた細胞をiPS細胞化させるなんて芸当は、こんにち医療現場にいる医療能力者だってそうそうできないはずだ。
そこら辺が形骸変容の価値にも関わってくるのだし・・・。
しかし、これはこれですごく参考になりそうな能力なのだけど、会いたいとは思わないタイプだ。
卓越した能力者というのは総じて厄介ごとを抱えてる。
・・・・・・。
そういえば、あの彼女はどうしているだろうか?
あれからしばらく経ったけれど、通り魔のニュースは流れていない。
元々それほど取り上げられてはいなかったけれど、実力で言えばこれの犯人と同じぐらいの技量の持ち主の能力者だった彼女。
「まぁ、生きてはいるでしょ」
それが例の男子の隣でなのか、少年院の中でなのかは別として。
ニュースは打って変わって、今度は夏休みらしいカブトムシの養殖場を特集していた。
素人個人が一攫千金を狙って風呂桶に腐葉土を敷き詰めて飼育するようなものではなく、しっかりと商売としてやっている農家の飼育場。
取材地は大阪の茨木市らしい。その理由はイマイチはっきりしないけれど、たぶん関西の身近な田舎というコンセプトを大事にしてるんだろう。
成虫になったカブトムシを搬送するまでの様子をリポートしていた女子アナウンサーが、あっと声を上げた。
用水路の中をしゃがみ込みながら見て、
『こんなところにイモリがいるんですね!』
とコメント。
狭く長い用水路に流れている水の中、アカハライモリが何匹も巣食っている様子をカメラが捕らえる。
カブトムシから話が離れてしまったものの、これはこれで興味をそそる風景ではある。
てっきり池にいるものとばかり思っていたけど、いるところにはそんな場所にもいるものなんだ。
一度こういうところにも行ってみたいな。
都会とは言わないものの、神戸にはそういう自然がない。
特集が終わって最後に天気予報が流れる。
神戸は一日中晴れ間が広がるとのことだった。
いや、そんな情報など聞くまでもなく、外どころか室内すら温くなった空気に満たされて息苦しいことこの上ないのだ・・・。
「・・・・・・暑い・・・」
空気が歪んで見える。
つまり、打ってつけの花火日和、というわけだ。
#
「これから行くのはスポーツセンターでーす」
亜子ちゃんがそんな発表をした学園都市の駅前公園。
蝉の生殖行動が最盛期を迎えた夏の日差しは照りつけるというよりは焼きつけるような強烈さだ。
スポーツセンターなら室内プールがある。日差しを浴びずに涼めるスポットとしては最高の環境だろう。
水泳用具一式を用意してくるというのはそういうことか。
我が第一中学にはプール授業がないため、当然スクール水着なんてものは持っていない。
積極的にプールなんてものに入るつもりはなかった僕が女性用の水着など用意しているはずがなかったのだけど、この間の誕生日に一着プレゼントされたのだ。
あれは今日のことを見越して用意したのだろう。
体育祭のフリフリの件で身構えたものの、問題の水着自体は控えめなオレンジのセパレートだった。
そんな水着やらタオルやらを詰め込んだバッグを肩に提げて、亜子ちゃん始め、香魚子ちゃん、九鈴ちゃん、絵梨ちゃん、科ちゃんそして僕は学園都市近くのスポーツセンターに向かった。
この季節ではかなり混雑していそうなのだけど、そもそもここは学園都市でありプールの付属している学校はかなりの数ある。
開放されてるそれらのプールは無料であり、さらに燦々と降り注ぐ日差しを浴びながら水遊びがしたいという元気な生徒に民間人が多いため、有料の室内プールは不人気だ。
まぁ、だからこそ狙い目なのだろう。
スポーツセンターは特別指定を受けている学校の生徒なら割引で使える、言ってしまえば生徒用の運動施設で、用具を持っていなくても剣道や薙刀、弓道にアーチェリーが楽しめる面白い場所になっている。
夏休みとはいえ部活やグループの活動で運動場などの広いスペースはなかなか使えないため、こういった娯楽施設が必要になるようだ。
施設内に入るとぶわっと冷風が汗の滲んだ肌に辺り気持ちいい。
広いエントランスに備え付けられた自動販売機で天然水【かいすいろか】を買って一気に飲み干した。
「はづきん、いきなり水ですか」
プールの入場料をまとめて払いに行っていた絵梨ちゃんが帰ってきてそんなことを言うけれど、喉が渇いたのだから仕方ないのだ。
「さぁて、さっさと着替えて遊びますか!」
――ジャッバァーン!!
お約束といえばお約束であり、反則行為でもある飛び込みを看板や監察係の声を無視して行う科ちゃん。
水飛沫が跳ねてこっちまで濡れた。
「皆も早くきなよぉー」
「入る前に運動しないといけないんだよー?」
九鈴ちゃんがもっともらしいことを言ってくれるのだけど、新しい水着の値札を切るために使ったハサミをくるくる回している時点で彼女も危険人物の1人・・・いや筆頭だ。
何でプールまでそんな物を持ってきたんだというか、ここには海君がいないからすっぽ抜けたハサミの行方が予想もつかないんだけど。
・・・なんて考えてる暇があったら止めさせればいいのか。
それは香魚子ちゃんに任せるとして、準備運動を終えた僕としては心地よさそうな塩素水の中に入りたい。
「よっと」
先に科ちゃんがやった手前、控えめながら飛び込んだ。
熱の篭った体が急激に冷やされていく。
「あー、気持ちー!」
思わず叫んで、じゃぽんと水中に全身を沈めてみた。
空気を介して聞くのとはまた違った水音が聞こえる。
目を開けてみると当然というべきか染みるので、眼球を保護する仕組みを脳から引き出してみた。参考資料は魚類とか。
空気を孕んだ水中が白く濁り、その後に青く歪んだ光が底に届いているのが見えた。
あとはえらとか試してみたいんだけど、塩素の入った水でそれをやって大丈夫なのか少し不安だ。
塩素水から空気を取り込むより、酵母なんかと同じように嫌気呼吸で糖質を分解してエネルギーを得た方がいい気もする。
それならミトコンドリアや葉緑体と同様の方法で酵母でも細胞に取り込めば済む話だし。
でもなぁ、嫌気呼吸って好気呼吸に比べて効率が格段に悪いんだよねぇ。
グルコース一分子につき、高等生物御用達の好気呼吸は38ATP、アルコール発酵含め嫌気呼吸は2ATP。ATPはアデノシン三リン酸の頭文字を取ったもので、いわば体内エネルギーの通貨のこと。
酸素を使わないでも呼吸自体はできるとはいえ、地球上の高等生物が尽く好気呼吸を選択しているのはそこら辺に理由があるのだろう。
・・・そうこうしている内に、僕の無呼吸にも限界がきてしまい、とりあえず水面に顔を出す。
「あー、最悪水を飲み込んで胃の中で空気だけ取り出すっていうのもありかな・・・?」
「何恐ろしいこと言ってるのよ」
「いや、水中に沈められた時の対処法を考えてたんだけどね」
それを聞いて亜子ちゃんは嫌そうな顔をした。
「遊びに来たんだからさぁ・・・」
うん。分かってるけど、せっかくの機会だし。
こうやって冷水に使ってる時点で涼むという目的は果たしたようなものな気もするし。
プールで遊ぶといっても泳ぐ以外思いつかない。
「くすっち、ボール膨らんだー?」
九鈴ちゃんの方に向くとスイカ柄のビーチボールを膨らませているところだった。
あれって砂浜でやるものじゃなかったっけ?プールサイドは狭すぎるし、やっていいとも思えない。
「水球でもやろうかなぁってね」
「・・・ルール知ってるの?」
「とりあえずチームに分かれて手でサッカー?ゴールはねぇ・・・えーともういいや両端がゴールでボールを壁につけたら1点ね」
水球って足をつけたらいけなかった気もするのだけど、その辺は多分無視なんだろうな。
3対3で25mのフィールドは広すぎるし、少ないとはいえ他の利用客もいるのは考慮されているのか・・・。
そんな僕の心配を他所に、亜子ちゃんは九鈴ちゃんからボールを受け取り、左手を突き上げた。
「よーし、行くよー?じゃぁーんけーん――――」
ボォンとスイカボールが水面を鈍く跳ねて、ぷかぷかと浮かぶ。
チーム戦だったはずの水球もどきは何時の間にかただのボール争奪戦に様変わりしていた。
元々ルールなんてものはあってないようなものだったし、当然というか自然というか、もっともな結果だけど・・・。
僕とはいえば、戦線から早々に離脱して、科ちゃんが持ってきていたイカダタイプの浮き袋の上に寝転がっている。
波にゆらゆら揺れる感覚と室内特有の響く人の笑い声。
心地よすぎる。
このまま寝てしまいそうだ。
横目で争奪戦の様子を確認すると、ボールを抱え込むようにして水中に沈んでいた科ちゃんが息の限界に達する前に水面に上がってきていた。
背中側からお腹のボールを奪おうとしていたらしい絵梨ちゃんも一緒に浮上する。
けど、
「ちょっ!絵梨!どこ触ってんの!」
「うん?手の甲は水着に触れているねぇ」
・・・あれ?
何か言っていることがおかしい。ボール云々の会話じゃない。
手の甲が水着の生地に触れている?
わざわざ手首を捻っているわけでもあるまいし、大体そんなことをしてボールを取れるだけの腕力が出るとは思えない。というかそうしてる風には見えない。
となると、手の甲が水着に触れる条件を満たすには水着の中に手を突っ込む必要があるわけだけど・・・・・・ああ、あれお腹じゃなく胸に手を回してるのか。
セパレートの下の間から手を入れてるっぽい。
手の甲は水着だろうけど、手の平は直に胸を触ってるはずだ。
・・・・・・お約束というか・・・やりすぎというか。
「参加しないの?」
と、近くにやってきた九鈴ちゃん。
このタイミングでそんなことを言われて参加する人物がいるとは思えないんだけど。
「セクハラ犯がいるしね」
それに人にああいう風に触れられるのは弱点なのだ。
最近は慣れてきてはいるものの、あのセクハラ行為には耐性を持ってない。
「ふふ、はづちゃんは揉みごたえがありそうだもんね」
「・・・・・・」
そういう発言はやめてほしい。
女同士だとはいえ、だからこそ・・・いや、いや僕は元男だし。
既に忘れられた感じではあるけれど、僕自身忘れかけてるけれど。
何の抵抗感もなく女子更衣室使ってたしなぁ、ついさっき。
まぁ、その辺は触れないでおこう。
「胸のサイズなんて幾らでも変えられるんだよ?」
「うわぁ、女の子を敵に回す台詞だぁ・・・」
「そもそも男に戻れるんだけど?」
「それは駄目!」
そこだけ真剣な顔の彼女。
というか、駄目らしい。
いや、僕に決定権があるはずなのだけど。
「釧君もはづちゃんが女の子の方がいいと思ってるよ」
「うーん、それはどうかなぁ。どっちでも変わらないと思うけど?」
「取りようによっては釧君の趣味を疑う必要がありそうな言葉よね・・・。
まっいっか・・・・・・そうそう、はづちゃんは最近能力技能上がった?」
「まぁ進展はしたよ。九鈴ちゃんは?」
「んー、テクニック的には全然だけど、威力上がったかなぁ?」
右手人差し指を咥えながらそう言って、左手をかざす彼女。
実践するつもりらしい。
・・・・・・・・・あれ?
威力が上がった?九鈴ちゃんの能力って斬刀水圧じゃなかったっけ?
そうこうしている内に、能力波を視覚化することに成功した眼が水面近くに集まる力を捉えた。水中から水を汲み上げようと能力波が動いている様子も見える。
「ちょっ待った!九鈴さんストーップ!ここプール、プールだから!!斬刀水圧の好条件地!ホントに危ない!」
あまりの動転で"ちゃん"が"さん"に戻ってしまった。いやいやそれどころではない。
えー?と振り向く彼女。この場合は余所見をしたというべきか。
体ごと動いたせいで、腕先は今や見知らぬ利用客に照準を合わせてる。
危機回避のための行動が裏目に出るというお約束ながら、対処のしようがない法則がそこにはあるらしい。
恐るべき歩き凶器。
と、
「〜〜〜〜っ!!」
いきなり我が安息の地がひっくり返った。
何時の間にか潜って近づいていた絵梨さんが真下から襲ってきたのだ。
するりと腕がうねって下着の隙間からとんでもないところに進入してくる。
「きゃ――――!!ひゃうっあ!うっぷ、げほっ、げはごほっ・・・ひゃぁあああああ――――!!!」
/
とあるマンションの最上階、クーラーの効いた室内にて。
花火大会の用意をする目的で数人のクラスメートが集まっていた。
「手持ち花火は結構量あるのね」
委員長の椎が箱買いした花火の中身を取り出しながら言う。
「まぁ、一応物足りなくはならないようには考えたんだ。けど、量は多くてもバリエーションが少ないだろう?」
台所で予備のライターを探しながら俺は気になっていることを指摘する。
箱買いすれば量的に問題ないだろうと思っていたのだが、考えてみれば全部同じ商品になるということをすっかり忘れていたのだ。
「打ち上げ花火なんかを聡一君に買いに行ってもらってるから、ついでに頼めばいいわよ。
それより私は飲食物の方が気になってるのよね」
「あ、やっぱり要るか・・・。夜とはいえ夏だし、飲み物ぐらいは確かに欲しいかもなぁ。
どっかにクーラーボックスあったっけ?・・・・・・いやぁ、そんなアウトドア用品はないか」
釣りが趣味なわけでもバーベキューが習慣なわけでもないし、物を冷却保存して持ち運ぶ容器なんてものなんて必要としない人生を送ってきたからな。
買いに行けばいいか。どうせまた何時か使うこともあるだろうし。
「懐中電灯の電池も切れてたんだよな・・・」
今日び電池を使う電化製品も少なくなって今やほとんどが充電式だ。いっそのことハンドル発電の懐中電灯を買った方が後々便利な気もするけど。
聡一の行っているのはたぶんホームセンターだと思うが、それなら両方ありそうなものだ。
とりあえずメールで指示しておいた。
「誉、あそこの公園て水汲めたかしら?」
「んーと、あると思うよ。公衆トイレは設置されてるはずだもん」
「バケツは今5つあるけど、これで十分なのかい?」
「楚々絽ー、私が思うにバケツよりやり終えた後の花火を捨てるゴミ袋の方が重要だと思うよーん」
最後の台詞2つは楚々絽と美樹の2人だ。彼女達には後処理について担当してもらっている。
花火というのはなんだかんだで後の残り滓の方が厄介なものなので、ここを怠ると面倒なことになるのだ。
「これだけの量を一気にやったら煙がすごいだろうなぁ・・・」
「団扇でも用意するか?」
「そこまでしなくてもって気もするけどにゃー。あー、でもでもー箒はいるんじゃない?」
美樹にしては至極まともな思い付きだ。
確かに地面に落ちた燃え滓を処理するのに箒は要るだろう。
ただ、
「そんなものはここにはないなぁ・・・」
ということでさらにメールで聡一に注文する。
・・・さすがにもう店を出ている気もするけど間に合ってほしい。
「かわいそーなそーいち。パシリだパシリー」
うん。まぁ、ちょうど出てるんだし仕方ないじゃないか。
しかし・・・、今この状況。聡一が買い物に行ったことによって、部屋にいるのは俺を除いて全員女子。
親しいとはいえ、少し居心地が悪い。
他のグループとして隆達残りの男子が集まっているらしいのだが、どうしているのだろうか?
/
海、真幸そして俺。
男3人でファミリーレストランというのは悲しすぎる気もするのだが、これはこれで珍しい組み合わせだ。
「遠慮なく男子的な思春期話のできる面子ではあるよな」
海がそんなことを言う。
確かに、葉月は半分以上女だし、釧は純情で耐性がない。そういう意味では邪魔者はいないのだろうが、逆に聡一が欠けている状態とも言える。
うむ。まぁ、いい機会ではある。
「真幸、お前は結局絵梨と付き合ってんのか?」
「そういう事実はねぇ!」
即答。しかもそう返答する真幸の目には表情がない。その故意に付加された設定に振り回されてきたせいだろう。
しかしあれだ。絵梨は容姿で言えば上に入るだろうに。あー、性格は・・・言わずもがな。
「お前はどうなんだよぅ・・・美月さんとはうまくやってんの?」
「時々メールやり取りするぐらいだよ。大体、色恋関係じゃねぇぜ?」
「言っといてやるが、我が1‐Bで一番近いのはお前らだぞ?」
そうは言うが、俺らは本当に単なるメル友だ。
それが一番青春というならば、我がクラスは砂漠の青春を送っていることになる。
だいたい、
「葉月と釧がいるじゃないか」
1‐Bにはこれでもかというほど親密な奴らがいるだろうに。
が、
「あれは・・・共依存とか共生とかそんな感じだろ。青春ではないぞ」
真幸の反論に思い直す。
・・・・・・それもそうかもしれない。
割と親しいと自負している俺すら判断つかないからな、あいつらの仲は。いや、あの2人自身も距離を掴みかねているんじゃないだろうか?
「確かにな。べったべたしてんのか、さっぱりしてんのか俺もイマイチ分からんけど・・・。
そういえば知ってるか?あいつらこの夏休み旅行に行ったらしいぞ」
「んえ?え?マジか!?お泊り!!?」
「一泊したんじゃないのか?葉月の台詞のニュアンスから察するにな。釧は終始ノーコメントだったし」
その無言と気まずそうな表情が全てを語っていることを釧自身は気づいていないのな。ホントに分かりやすい奴だ。
「うわー、マジで分からんなあの2人・・・何、ワンルームで?」
「そこまでは知らねぇよ」
そもそもあまり意味のない質問だ。一部屋だったところで間違いを起こしてることはないだろうし。
「いいなー、エロいなー」
「お前にもいるだろうよ、エロい連れが」
あからさまに嫌な顔をする真幸。しかしまぁ、よくもここまで嫌がられるよな彼女も。
これで本当に絵梨がこいつのことを好きだったりしたら、それはそれで面白そうなんだが。
「じゃあ、お前はどんな奴がタイプなわけ?クラスで言うとよ」
「んーだなぁ・・・容姿なら楚々絽かな?」
まぁ、妥当。
「中身は?」
「ぅむぅ。んーんー・・・強いて言えば美樹?」
・・・・・・天然系か?
「それなら九鈴も同タイプじゃねぇ?」
「待て隆!それは違う!あれは天然とかそういうレベルのものじゃねぇ!凶器だ!」
身をもって九鈴の"うっかり"を経験し続けている海が立ち上がって叫ぶ。
必死だ。ものすごく必死だ。
頼むから大声出さないでくれ。ここ、ファミレスだぞ。
「楚々絽はさぁ、あの性格がなぁ・・・」
真幸が容姿に関してはかなりストライクらしく、本当に残念そうにブツブツ言っている。。
「アレはどうも姉の影響みたいだよな。体育祭の印象を見る限り」
「慕ってそうだったしもんな。で、隆はどうなんだよ?」
「俺か?俺は椎かな。おしとやかな感じが好きだ」
「いいんちょか。あれは、おしとやか、か?んー、でも結構笑顔で怖いこと言うぞ?」
「そうか?あんまり気にならねぇーけど。・・・葉月である程度耐性があるのかもな」
葉月と椎、両者黒いとはいえ、その差は大魔王と魔女程度にはある。
大魔王葉月の近くにいれば、瘴気やら魔力やらには強くなってもおかしくはない。
「葉月ね・・・・・・葉月はどうだ?」
「どうだもなにも、あいつは致死量の麻薬だぞ?服用できるのは釧ぐらいのもんだ」
「致死量か。言いえて妙だけどよ、結局俺らのクラスってまともなのいないよな?せっかくの中一の夏なのに、何もないなんてよぉ」
「少なくても高二ぐらいまでは青春の期間内だから気にすんな。つーか、中一でお前、何をお望みなんだよ」
「そりゃあ、思春期らしいことをね?」
「そうか。良かったな、真幸。お前には絵梨がぴったりだ」
「だからそれはもうやめてくれって!」
そうは言われてもな。マジでそう思ったんだからしかたないだろ。
乾いた喉を潤すというよりは、残りを処理するように注いできていた果汁メロンソーダを飲み干す。
ドリンクバーだけでここに居座るのもそろそろ限界なのだ。
さぁーて、ボーリング場にでも場所を変えるかね。
/
夕暮れの終わりが近づいてきた、濃紺と橙の空。
それなりに充実していた夏休みの終盤、最盛イベント花火大会。
学園都市から少し離れたとある公園に僕達は集まっていた。
室内プールで涼やかな一時を過ごし、生まれて初めてカラオケに行き、ボーリングをしていると聞いて隆のグループと途中合流・・・と今日一日でもかなりの量のイベントをこなしたのだけど、これからの花火が今日のメインなのだ。
ここに来る前にデパートの玩具売り場で僕達も花火を一式買ってきたので、3グループ分集めると相当な量になるんじゃないだろうか?
でも、
「やっぱりと言うか・・・クシロ達のが一番多そうだよね」
キャリーバッグに詰められた大量の花火。打ち上げ花火らしい筒状のものも結構ある。
「まぁ、元々調達はこっちの役割だったわけだしな。
・・・・・・それより絵梨がすごいへばってるけど、あれどうしたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・天罰が下ったんだよ?」
こういう台詞は笑顔でいうのが正解だろう。
「ちょっとね、セクハラっぽいことをしたら・・・はづきんに沈められたというか・・・」
青い顔をしている絵梨ちゃん。あれから随分経つはずだけど、まだ足りないのだろうか。血中の酸素が、物理的に。
「セクハラどころじゃないよ!水着の中まで弄るなんて!」
と同じ被害者の科ちゃん。
「だから、反省させるためにプールの底に沈めたんだよ。こう・・・腰に乗っかるようにして」
「反省どころか死ぬところだったよ!息止まりかけてじゃん、私!」
「人間って別に呼吸が止まってもそうすぐ死ぬわけじゃないよ。それに、短い生、半分の生で半生。反省=半生の掛詞ってことで。読みは同じだし」
「そんな理由で死にたくないわよ!」
いや、それぐらいの目に遭ってもらわないとこっちの気が納まらないし。
「だいたいなんであんなことするかなぁ・・・」
「んー、はづきんがちゃんと女の子してるかなぁと」
馬鹿やってるようで結構考えてるんだぜ、なんて嘯く彼女だけど、
「嘘だ・・・絶対嘘だ・・・それじゃあ私がされた理由がないじゃん!」
科ちゃんの言うとおりだ。
「科のは完全に趣味でだけど、はづきんのは半分半分だって」
「・・・・・・」
「いや、えーと・・・6対4、かな?」
「・・・・・・・・・」
「・・・8対2ですハイ」
「というか、私のはホント単なるセクハラよね、度の過ぎた」
「いいじゃないのよー」
「「よくない」」
もちろん声が揃ったのは僕と科ちゃんだ。
「でもはづきん、何で触られるとあそこまで過剰反応するのかねぇ?」
そんなの知らない。
だけど、彼女の手に関しては単に性的動作だったからじゃないかとも思う。
しかし・・・前々から気になってはいたのだけど、
「絵梨ちゃんは僕のことをはづきんって呼ぶけどさ、随分前に僕の名称ははづちゃんに決まったんじゃなかったっけ?」
まだ性転換して間もない頃、下着を買いに行く際に誉ちゃんからそう聞いた記憶があった。
「あー、そうだったかも。けどそれってはづきんを女っぽく・・・っていうのが目的だったんだから、『はづちゃん』に執着しなくてもよかったしさ」
・・・はづきんはどう考えても女性的名称ではないけどなぁ。
「それと、僕が皆のことをちゃん付けで呼ぶのも無理ない?結構大変なんだけど」
特に楚々絽ちゃん。かなーり無理してるんだけど。
「・・・それは別に女云々関係ないよ?単にいいんちょの趣味」
「・・・・・・椎さんの趣味・・・」
「椎"ちゃん"の趣味、よ?」
そんなタイミングで話に入ってくる椎ちゃん。
にっこり笑顔で僕を見る。有無を言わせないつもりだ。拒否権がない。
「さぁ、そろそろ花火を始めましょ」
疑問質問すらなかったことにする気らしい。
・・・ということで、今僕の手には煙玉が乗せられている。
「いや、何でいきなり煙玉?」
「だって面白そうじゃない。どうみても花火じゃないのに花火と一緒に売られてる火薬玉なんて」
デパートで見つけた時、物珍しさで購入したものなんだけど、市販されている煙玉なるものがどんなモノなのか試してみたかったのだ。
さっそく導火線に火を点けて地面に放り投げる。
火が本体に到達した始めの方はあまり変化がなく、遅れて少しずつ煙のようなものが白く出てき始めた。
シューという正しく煙を吐き出す音を出して・・・出して、それだけ。
「・・・・・・。すっごい虚しい」
なるほど、これこそ煙玉。目晦ましになりそうにもない煙の少なさだ。
「普通に棒のをやろ・・・」
「それがいいな」
クシロも同意見らしい。
まぁ、誰が見てもがっかりしそうなものだったけど。
椎ちゃんの配っていた花火を1束貰い、クシロと半分こにする。
それにいっぺんに火をつけて豪快に火花を散らせてみた。
赤色の光がロケット噴射のように噴出しているけれど、一種類のせいか彩りに欠ける。
よし次は何種類かを集めてやろう。
と、聡一君の方を見ると両手に持った花火を振り回しながら走っていた。
その前を逃げる海君。追いかけられているようだ。
それに隆が参戦、ねずみ花火を聡一君の足元目掛けて放り投げる。
回転するように地面を滑る円状の花火に聡一君は立ちすくみ、代わりに何時の間にか花火に火をつけてきたらしい海君が反撃に出た。
攻守逆転。海君と隆に追われて聡一君は林の方へと逃げ込んでいく。
驚かす相手がいなくなった後も地面を回り続けるねずみ花火・・・。
いいねぇ、アレ。
初めて見たけど、煙玉と違って外れではないタイプの珍しいものみたいだ。
よし、僕もやろう。
そう思って花火置き場に足を運んでみると、思った以上の量の花火が広げてあった。
あのキャリーバッグ、随分キツキツに詰め込んでいたらしい。
その中にねずみ花火もあったのだけど、これまた山のように盛られていた。この異常な多さ、売り場のものを買い占めたのかもしれない。
その山から一掴みしてクシロの元に戻る。
「ねずみ花火だけでもまだまだあったね」
「美樹が好きらしくて、大量に買ったからな。・・・というか、そういう葉月も持って来すぎだろ!」
僕の手に握られている花火は、サヴァン的に言わせてもらうと14個ほど。
うんまぁ、僕も気に入ったし。
さて、ではでは実際自分で火を点けてみよう。
間を空けることなく、全部一気に。
「・・・葉月?・・・・・・葉月!?」
1つ1つ導火線に点火しては次々に投げていく僕を見て、クシロが何か叫んでいるけどとりあえず無視。
全部点け終わった頃合に最初つけた花火がいよいよ這い回り始めた。
後はもう、連続して火薬に火が点いていく。
――シュボッバパッジュジュジュッ・・・シュシュシュシュシュシュシュッ
「えっ?ちょ何この大量のねずみ花火!?」
「うわっ!っと、ととと!!」
足元を過ぎる花火に浮き足立つ誉ちゃんや海君。
ほのぼのとした花火大会が一瞬にして騒がしくなり、小さい悲鳴も聞こえる。
その様子は・・・、
「ねずみというか、ここまで数が多いと大量発生したゴキブリに驚いてるみたいだよね」
「酷い表現だ・・・」
自分でやっといて・・・と呟くクシロ。
だってそう見えるんだもん。
「・・・いやそれよりもだ。間違えて置いてある花火に引火したら大惨事だから注意しような?」
「あー、そういうのは全く考えてなかった」
ん?あれ?大惨事?そういう危険なことに関して何か忘れている気がする。
・・・・・・、ああ。例のアレ、だ。
「でもさ、それなら九鈴ちゃんに花火を持たせる方が危険じゃない?」
「・・・・・・」
2人して件の彼女の方へ振り向いた。
九鈴ちゃんは手に花火を持って、それを下ではなくて横に向けている。
まだ火薬に到達していないのか火を点けていないのか、火花の散っていないその花火だけど、例え引火しても大した射程距離はないはずだ。
もしも、普通の花火なら。
「ロケット花火・・・」
クシロの何でよりもよってといった呻き声。
さすがに僕でも聞いたことぐらいある有名な花火だった。その名の通り、棒状であるにも関わらず、その花火は火薬部分を発射するタイプであり、その射程距離は――――
「下!九鈴、花火を下に向けるんだ!」
そんなクシロの声に反応して半身振り返る。腕を下に下ろすことなく振り返る。
照準はばっちり。
シュバンッと綺麗な音がして、彼女の手の先から花火が放たれ、お約束のように海君の背中にヒットした。
海君は何ともないように立ち上がって、九鈴ちゃんのところへダッシュ。
2発目に点火しようとしている彼女の腕からロケット花火を取り上げた。
「九鈴っ!お前はロケット花火だけはやめろ!マジ危ねぇ!」
が、それが失策だった。
海君のいきなりの行動に驚いた彼女はもう一方の手に持っていたオイルライターを落としてしまい、その落下点には彼女が前もって持ってきていたロケット花火の束が・・・・・・ある。
火が、導火線どころか本体部分に直接点いた。
地面近くとはいえ、束になったロケット花火が暴発しオレンジの線を描いて集まっていた皆の間を通り過ぎていく。
「・・・・・・さすが」
もう、そんな言葉しか出てこない。
「よーし、皆離れたかぁー?」
タカが円を描くように遠巻きに囲んでいるクラスメートの中心で一応の確認を取った。
その手には花火の筒が握られている。
一通り手持ち花火を楽しんだ僕達は、ひとまずメインディッシュである打ち上げ花火の観賞に移行したのだ。
タカは筒を中心に置いてきて、
「行くぞ?」
能力で導火線に発破をかけた。
いくらかの火花が散って、ちゃんと点火される。
「・・・、・・・、・・・・・・」
じれったいほどの空白時間をかけ、パンッと光が打ちあがった。
黄色い閃光が花開いて、それに続いて赤の花びらも広がる。
祭で打ち上げられる本当ものとは違って、ほんの数メートル昇っただけだけど、小さいながらもこれこそ花火だった。
うん、こういう体験は大切な思い出になる。
タカが筒1つに一発の花火を、次々に準備しては点火していく。
赤、紫、緑、白に青・・・。どんどんと色を変えていく様々な花火が打ちあがり、低い空中で散る。
「・・・と、次のは8連だぞ!」
どうやら次は連発花火らしい。
単発の花火に飽き始めていたから、ちょうどいいタイミングだ。
タカの声から数秒して、まず第一発が発射される。
淡い緑色をした花火が開いた。
・・・さらに、その反動で、打ち上げ花火の筒が倒れた。
「「・・・・・・」」
皆しての沈黙。
思ったこともおそらく同じだ。
――――『あと、7発残っている』。
何時2発目が飛び出す分からない以上、立て直すのは危険すぎる。
「逃げっ!逃げろ!!」
はっとして、タカが叫ぶ。
しかしその声に合わせて、一発目は序章とばかりに間を置いていた筒から連続して花火が真横に飛び出した。
先ほどの九鈴ちゃんの一件同様に、人に当たりかねない高さを火花が飛んで、しかも花開いていく。
「キャー!」
「あっつ!アチッ!」
「うおっ!筒がこっち向いたぁ!!」
それはまるで、無差別式の大砲だった。
その後も、残っていたねずみ花火を一気に点火させたり、ロケット花火でどこぞのお祭の如く撃ち合ったりと大騒ぎした。
というより、その2つを合わせてもはや戦争状態だった。
本来ロケット花火は人に向けてはいけないのだけど、考えてみれば体育祭であれだけ火や電気を放ち合っていたのだからなんてことはない。
ねずみ花火も火花が散ろうと火傷の危険もそれほど高くはない。
花火を武器に見立てて、追ったり追われたり、避けたり避けなかったり・・・。
まぁ、とにかく楽しんだ。
けれど、そのお祭騒ぎも花火の品切れにより終盤に入り、今は最後の線香花火に火を点けたところだ。
手持ち花火の中でも異色の、静かな切れない火花。
噴射するのではない、雷のような枝分かれした閃光が少しずつ現れ、加速するように激しくなって・・・・・・、
最期、赤い球を垂らしてしばらく、あっけなくぽとりと地面に落ちた。
「むぅ、最期の最後になんて切ない・・・」
これで、花火大会も終わりだ。
8月の下旬、夏休みの終盤。
水族館に行ってホテルに泊まった。ワインも飲んだ。
阿呆を追いかけ馬鹿と対峙した。
プールで涼んだしカラオケで歌ったしボーリングも体験して花火もやった。
たくさん、たくさん楽しんだ。
9月まで数日、もうすぐ2学期が始まるけれど、
まだ8月は終わっていない。