第25話- 誕生日。-Depth:5-
8月17日。
夏休みが始まり、1ヶ月以上も経ったある日。
能力使用後の疲労感と就寝時間のズレから朝が遅かった僕の携帯に着信があった。
ぼーっとしている僕に、電話相手は呆れ声で、
『まだ寝てたのか・・・だらしない』
そんなことを言う。
うん、君にだけは言われたくないよ。それはクシロこそに似合う言葉だ。
けれど、現在の僕の頭はそんな反論をする思考力すら絞り出せそうにない。
「あーうん、はい。だらしないですよー。
昨日は珍しく夜更かしだったからねー、お休みー」
怠惰な睡眠を貪るのも一興かな、などとベッドの魔力に引き込まれがちになっている。
『いや、いやいや。用件が済んでないから』
「織神葉月はただ今留守にしております。ご用件のある方は骨の鳴る音の後にメッセージをどうぞ」
そう言って、首を回してコキコキと鳴らす。
欠伸をして、魔力に負けてぼふりと仰向けに寝転がった。
『なぁ、寝ぼけてるよな?』
とっても。
昨日は割りと無茶したし。
『・・・・・・まぁ、いいか。
葉月今日、午後5時ぐらいにマンションな』
「・・・まぁ、暇だけどさ。
何?今日はわざわざ・・・何かの日だっけ?」
すると、クシロは数秒黙った。
『今日は何の日だ?』
「何の日・・・?」
『何月何日だ?』
「8月17日?」
『・・・気づかないかなぁ・・・普通』
「いやそう言われても・・・」
『誕生日だろ・・・』
「・・・?誰の?」
『・・・・・・。あなたの名前はなんでしょう?』
「8月・・・・・・あぁ――――」
葉月葉月と呼ばれていても、それが8月の旧称ではなく名前と認識していると、案外気づかないものだ。
そういえば、一応、仮という条件付きで僕の誕生日は8月17日という設定になっているのだった。
『気づこうな?』
「いやぁ・・・僕にも誕生日というものがあるんだった」
『毎年やってるんだけどな?』
確かに。ここ何年かはそうだった気がする。
けれどそもそも、誕生時の記憶があるわけでもなく、ましてや生まれたばかり脳が日付なんてものを理解できるわけでもない以上は、その数字は他人からの申告による。
そんな不確かな数値を実感して誕生日とできるのは、申告者の信頼性にかかっているのだろうけど、僕の誕生日は元々かなり適当だ。
まぁ、でもここ最近は祝ってくれる人もいるわけで、誕生日らしくはなっている。
「分かった。午後5時ね」
そう言って通話を切った。
・・・・・・、このまま寝てしまうのもいいかなぁとも思ってしまうのだけど、考えてみれば今日は少しバイトが入っていた。
まだ余裕はある。でも、寝れるほどでもない。
仕方なく体を解し始める。
首、肩、腰に足、最後に腕。
戦闘用に強化した皮膚や髪は元に戻しているため、長い髪が所々絡まっていた。
半目気味で部屋を横切り、洗面所へ。
顔を洗って、髪を梳かしてキッチンで朝食を探す。
「・・・そういえば昨日、買い物するの忘れてたんだっけ」
別に飲食しなくても1ヶ月ほどは持つのだけど、やっぱりこういうのは気持ちの問題だ。
楽気苑に行く前にどこかで外食しよう。
・・・あ、いや。楽気苑で食べればいいのか。
今日の朝食は蕎麦に決定。
夏だし、ざる蕎麦なんかがちょうどいい。
そうとなればさっさと着替えて出かけよう。
#
楽気苑に入り、始めに客席に座った僕を見て、バイトにも関わらずいつもいるような気がしてならない三石先輩は何とも形容しがたい表情をしてくれた。
そしてざる蕎麦のオーダー当然のように無視して運ばれてきた天ぷら蕎麦。
この暑い夏だからこそ冷たくあっさりしたざる蕎麦を注文したのに、真逆の熱い出汁に入ったこってりの天ぷら蕎麦を出すところが気がきいてる。
別に忙しい時間帯でもなかったのだけど、本来働く側の人間が客席について笑顔で手を振っていると殺意が湧くらしい。先輩談。
けれど、どう考えてもざる蕎麦の方が調理が楽だろうにと思う。わざわざ天ぷらまで揚げてまで天ぷら蕎麦にするとは、変にこだわり過ぎじゃないだろうか?嫌がらせなら普通にかけ蕎麦でもよかった気もする。
いや、そもそも、ざる蕎麦と天ぷら蕎麦では価格が500円近く違うわけで、ざる蕎麦を注文した僕はもちろんその分の、しかも従業員割引のお会計しか払っていないから、ものすごく得しているのだけど、その辺り店の人間としてどうなんだろう?
まぁ、そんなことがあったバイトの方も午後3時には終わり、現在に至る。
場所は学園都市駅、用事というほどではないのだけど、行ってみたいところが1つあるのだ。
と、その前に歩いて少しかかるので、自動販売機でスノーウォーターを購入した。
それからポーチに入れておいた、何時ぞやあの岩男から貰った地図張を取り出す。
放置ぎみだったそれのあるページを開くと、学園都市周辺のかなり詳しい地図が載っている。
その一箇所を指差してもう一度場所を確認。
ESP追究研求所。
御籤唯詠の出身施設。
一般人が近づくには問題がありすぎるタイプの場所だけど、僕は元々一般人でもなんでもないので問題もない。
少なくても知り合い程度ではあるのだから、会うこと自体はおかしくはないし・・・。
さほどの用事はないのだけど、まぁ暇つぶしがてら行ってみようといった感じ。
彼女の過去視で、先代変容の情報でも収集できたらいいなぁ、と思ってはいるのだけど。
性格悪いみたいだし、あんまり期待はしていない。
位置の確認も終わり、駅からのんびりと歩き始める。
学園都市は教育施設を中央にして、その各々の教育施設に付属する訓練所、研究所が年輪の如く層を作っている。
もちろんはっきりとした境界線が引かれているわけでもないから、中央から外側へと進んだところで年輪のようだと感じることはないのだけど、地図で建物を用途別に色分けでもしていけば分かるはずだ。
研究所の外側には生徒寮の類が特に北西にあり、北東は多種多様な施設群が目立つ。
南の方は行けば行くほど繁華地帯で、突き進めば港だ。
しかし、そんな種類分けがなされている学園都市周辺の分布を無視している施設も存在する。
ESP追究研求所なんてものがその1つで、北西の生徒生活地帯のさらに外に建っているのだ。
ああいった研究所は周りの空気を読みやしない。
万可統一機構も遠く離れたどちらかといえば繁華街の方だ。
昔からあるから場所が散らばっているのかと思いきや、超能力史初期にできた研究所だからといって、この神戸市にある施設が40年前からあるかといえば、そういうわけでもない。
万可統一機構は本部が東京にある・・・・・・というかあって、そこが例の先代変容によって壊滅されて神戸に本拠地を移した形だし、今から行くESP追究研求所だっておそらく支部で本部は別にあると思われる。
超能力を扱っている学園都市は9箇所あるわけで、そのほとんどに古株の主な組織の研究所があるのだから当然といえば当然だ。この神戸に昔からあったのは浅代研究所ぐらいのものだ。
なのに学園都市の中心部から離れている辺りが、怪しく見えるとか。
俗に『深度』で表される研究所における等級が5という最大値をたたき出している施設は、その研究内容はともかくとして、|成果を上げているように思えない《・・・・・・・・・・・・・・・》という特徴があったりもする。
その理由は研究成果を公表していないからだとか、目標が高すぎて技術がついていっていないからだとか言われているけれど、どっちにしてもあまりいい意味に取られていない。
まぁ、だからこその至極研究所なんだろうけど。
「ふぅ・・・」
昨日と同じように、生徒が住んでいるアパートや寮などが並んでいる道。
周りには布団やらシャツやらが干されたベランダが見え、学生らしき青年少年がチラホラ歩いている。
どうやらここら辺は男子生徒が集まっているらしい。
別にきっちりと分ける必要もないことだとは思うけど、一応思春期ということで考慮しているのだろうか?
そんな中に女1人というのは結構目立つのか、ちらちらこちらを窺う人もいる。
・・・あぁ、いや。原因は服装の方か。
今僕が着ているのは、いまだクローゼットに居座り続ける、フリフリなワンピースだ。
正直言って、気合を入れた・・・というか、おめかししているというように見えるのかもしれない。
残念ながら、これが通常なんだけどなぁ・・・。
昨日使った非常用に用意していた服、つまり昨日ビリビリの血まみれになった服は当然使えず、他のまともな服も洗濯中だったりしたため、抵抗はあったもののこの服になった。
そうは言っても結構着ているので、まぁ、結局は普段着みたいなものになってるんだけど・・・。
と、
「・・・・・・?」
黙々と道路を歩いていたら、何か気になるものが目に入った。
歩き過ぎた分を逆再生のように後歩きして、固定した視線をそれに合わせる。
現代的な円形を描いた白い建物の門にある表札に、
『久遠未来
宮沢荷稲』
と、書かれていた。
あの2人、同棲してるんだ。
というか本当にここに住んでいるのかな?
ガイドブック代わりの本を改めて見てみると、ちゃんと載っていた。
『久遠未来、宮沢荷稲同居住宅』。
載ってる方がおかしい気もするけれど、まぁ、この地図の詳細さの分かる例としてはいいのかもしれない。
あるいはこの2人が有名人なのか・・・。
学生住居区を抜けた先に校長と保健医は住んでいる、と。
いらない情報が1つ手に入った。
さて、ついでにもう一度目的地の位置を確認してみると、ここからはそんなに遠くなかった。
まっすぐ行ってすぐといった感じ。ここまでこれば後は一息だ。
一気に足を進める。
すると見えてきたのは、どこにでもある要塞といった風貌の高い塀。
中の様子は分からないけど、おそらく万可統一機構と似たようなものだろう。
校舎と研究室なんかが建っているはずだ。
人を拒絶した壁に沿って歩いていくと、ようやく入り口らしき門が見えた。
門番所兼入所手続き場所といった場所もある。
おそらく強化ガラス張りになっている、チケット売り場のようなその詰め所に顔を覗かせると、20代後半ほどの男が座っていた。
体格がよいところから見てもセキュリティーとしての役目も果たしているのではないだろうか。
向こうも僕に気づいたようで、
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
と声をかけてきた。
こんな場所でこんな施設にやってくる人間はそこに用事がある人物だけだと思うんだけどなぁ・・・。
ん?いや、もしかして迷子だと思われてる?そこまで低年齢に見られてるの?
「御籤唯詠に会いたいんだけど」
すると彼はきょとんとして、子供を見守るような目から一転、仕事に臨む表情になった。
「すいませんが、アポイントメントがない方は・・・それにこの施設は一般人の出入りは禁止されていまして・・・」
ああ、やっぱり迷子扱いだったっぽい。
残念ながら、いくら迷子でもここで道を聞いたりはしないと思う。
「織神が会いに来ている、そういえば通じます」
むっときたので、ちょっと意地悪の意味を込めてそう返す。
すると今度こそ、彼は表情を固めた。
「お・・・織神・・・・・・」
呟くように繰り返し、何か葛藤している仕草をみせたけど、
「唯詠は外出しています」
そう言った。
「ふぅ・・・ん・・・・・・?」
探るように彼の目を覗き込んでみる。
向こうはそれだけで自分よりも遥かに年下の少女に気圧されているのだから愉快極まりない。
数秒が経ったところで、そろそろ苛めるのはやめようと視線を外した。
さっき来た道を戻り始める。
もうここに用事もない。
予想以上に収穫があった以上、骨折り損というわけでもないし・・・。
スノーウォーターをがぶ飲みして、一息吐く。
・・・あの門番・・・・・・。
分かっているのだろうか?
『御籤唯詠に会いたい』という言葉にどういった意味が宿っているのかを。
現界把握に最も近い、ESP究極御籤唯詠と会おうとすることにどういった現象が付属するのかを。
僕が会いに来る。
そんなこと彼女にしてみれば、それこそ"分かりきった"ことのはずだ。
戦闘における緻密な未来視ですら、読心術が使えれば完璧にこなすであろう彼女が、『僕が自分に会いに来る』という事象を読めなかったわけがない。
だから、行き違いなどは考えられない。
つまり、こうして彼女と会えなかったという事実から、次の答えが導き出せる。
御籤唯詠は僕に会う気がない。
あるいは、会える状態ではない。
その2つ以外にはあり得ない。
それに加えて門番の『外出しています』という言葉。
あれは嘘だ。
"織神"と聞いたうえで嘘を吐くことがかなりプレッシャーになったらしく、呼吸がかなり乱れていた。
あの言葉が嘘である以上、嘘を吐かなければならない理由がある以上、研究所側が何かを隠したがっている以上は、後者の可能性が高いだろう。
「・・・・・・うん」
できれば死んでることを祈ろう。
そうであってほしい。
でもなぁ、本人の姿を思い出す限りそんなつもりはなさそうだったし・・・。
いや、まぁ・・・どうでもいいか。
行き30分帰り30分。約束の時間まであと1時間ほどあまりそうだ。
さて、どうするか。
#
万可統一機構は曲がりに曲がってはいても教育機関としての一面を一応とはいえ仮にとはいえ持っている。
だからこそ、教室めいた部屋があったりして、そしてもちろん図書室も存在する。
自動販売機の横にあるリサイクルボックスに空のペットボトルを放り込み、新しく紙コップにジュースを貰ってきたのだけど、ここは飲食禁止だ。
もっとも、今の時間は誰もいないから別に構わないといえば構わない。
ここの規則はかなり厳しく自由時間なんて貴重すぎて図書館に使う子供は少ないんだよなぁ。
刑務所並みのタイムテーブルで溜まったストレスは大抵運動で発散するものだ。
僕もここに来たことはほんの2、3度だったし。
ここ、量はそれなりにあるとは思うのだけど、やっぱりあの資料倉庫にはほど遠い。
それに能力関連に関しての本は一般のものがほとんどないのだ。
本来小学生までは施設の外に出ることすらできないこの監獄に、逆に言えば利用するのは子供達であるはずのこの図書館に、子供向けの本を置いていないのはおかしい。
そう思ってた。
けれど、それは間違いだったことを今知ることになった。
まさに子供向けの区画を発見してしまったのだ。
『えほん・かみしばい』コーナー。
あったんだ・・・。全然気づかなかった。
そこは図書室の奥の奥の奥の奥まった場所に位置する囲まれ隠された空間。
まるで秘境だ。
難しい専門書こそ奥に追いやっておくべきでは?
岱斉は絶対一般常識とズレている。
「いや、しかし・・・」
こういた本は逆に僕にとって今まで最も遠かったジャンルと言える。
興味が湧いて、試しに一冊絵本を手に取ってみた。
『ヘンゼルとグレーテル』・・・僕が辛うじて知っている童話だ。
けれど実際、読み物として読んだことはない。
ある意味これが絵本デビューということになるのではないだろうか・・・?
ハードカバーの表紙をめくっていくと、水彩画で描かれた男の子と女の子の絵が大きく印刷されている。
一見焦点の合っていないようなぼやけた風景に、子供達。
物語の一場面一場面を切り取った、小さな□。
なるほど・・・これが絵本ね。
こんなに見た目が綺麗なものだとは知らなかった。
それを元の場所に戻して、次の一冊を引き抜く。
『赤ずきん』、次は『桃太郎』、その次に『眠りの森の美女』。
そこからはもうその作業の繰り返しだ。
『裸の王様』、『シンデレラ』、『死神の名付け親』、『浦島太郎』、『ラプンツェル』、『親指姫』――――
これら全てまるで知らない話だった。
ペラペラと軽く流すようにして、絵と文字を複写するという真面目に読んでいるようには見えないだろう動作で、けれど僕はかなり真剣に童話を頭に入れていた。
モノを画像として記録できるという能力はこういう時あってよかったと思う。
何度でも鮮明に思い出せるおかげで、本体を持っている必要もないし、時間を短縮できる。
かなり絵本に没頭していた僕は、そして、
「・・・・・・っ!?」
見つける。
何の変哲もなく、ありふれているはずの絵本。
ただただ童話の1つとして、それ以上であるはずのない絵本。
『三匹の子豚』。
――\\"3匹の豚の兄弟"はそれぞれ家を造り――\\"狼"が吹き飛ばしていく――下の弟が"煉瓦造り"の家を建てて――
何だ、これは。
こんなものは知らない。
知らないはずだ。
なのに何で、SPSを服用したあの日、夢に出てきた?
あの夢の骨格は間違いなく『三匹の子豚』だ。
合致点が多すぎる。
狼繋がりで赤ずきんが出てきたところまではいい。
いくら僕でも赤ずきんぐらいは知っている。
内容はともかくとして、赤ずきんは知名度が高すぎるから、話として聞いたことぐらいあった。
けれど、三匹の子豚は僕のこれまでの短い人生の中で話の話題に上がったこともなかったのだ。
題名すら、知らない。
なのに、間違いなく、その内容を僕は識っている?
"識っているのに知らない"。
矛盾だ。矛盾しすぎる。
たまたまだと処理したいところだけど、・・・・・・しかし・・・既に一度その手は使っているのだ。
それは大阪のホテルでの会話。
僕は自分で言った。
『|ワインに関しては岱斉が好きなんで覚えてた《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》』。
あの男が、何で僕にワインの話をする?
あり得ない。
そんな体験があるはずはない。
これも"識っているのに知らない"、だ。
現象として再現性がある以上、何らかの原因があるということは間違いない。
右手で頭を掴む。
その奥には脳が収まっているはずだ。
頭髪を剃り、肉皮を裂き、頭蓋骨に穴を開けてまで弄られた脳味噌。
それだけではない、知識を書き加えるために何度も被った電極メット。
その上さらに、
「岱斉・・・一体何を書き込んだ・・・・・・?」
/
「部屋を飾ったりはしないのか?」
「いや、片付けメンドイし、そういうのは毎年やってこなかったからいいだろう。
どっちかっていうと問題は食べ物だ。・・・・・・こんなに集まるとは思わなかったし」
振り向いた先のリビングには、1‐Bのほとんどが来ていた。
事前の連絡なしで、今日思いつきでメールを入れたら来るわ来るわ・・・。
やはり学校も宿題もないとなると暇なのだろう。
毎年2人でやってきただけあって、今回のは恐ろしくにぎやかに感じる。
恒例の静かなものも悪くはないが、騒がしいのも楽しいものだ。
「とりあえずピザとかは頼んだけど・・・それだけじゃあなぁ」
「まぁ、朝風が布衣菜に色々買ってくるように言ったらしいから、もう少しバリエーションは増えるだろ」
そんな会話をしながら俺と隆はしまってあった簡易机をあるだけ組み立てていっている。
他のクラスメートは紙皿や紙コップを並べたり、やれそうなパーティーゲームを広げたりとそれぞれ動いていた。
「ケーキはいつも通りのピースのものしか用意してないけど、やっぱり大きいのにするか?」
「別にいいだろ。どうせ俺如きは知りもしない高級ケーキなんだろうからな。
皆の分はそこら辺の洋菓子店から買えばいい」
「ん。それはもう誉に頼んでるわよ?」
「そうなんだ。じゃあ他は何だろ・・・?何か準備できてないものってある?」
「ないと思うけど・・・あっ、誉おかえり」
「あーい、結構重いんで手伝ってほしいんだけどなぁ」
両手一杯にぶら下げたビニール袋を朝風に任せて、布衣菜は赤く跡のできた手を振る。
それからふぃーと息を吐いた。
「さすがにリットルのジュースは荷が重いんで買ってこなかったよ。ケーキ潰れると困るしね。
だからもう一回ぐらい行かないとなんだけど、もう1人ぐらい戦力ほしいわ」
「じゃあ俺行くか」
「あ、隆ちょっと待て、軍資金渡すから」
「おい待て、多い多すぎる。お前絶対金銭感覚麻痺してるぞ!」
と、チャイムが鳴った。
細川がインターホンに出る。
何時の間にかインターホンは細川という役割ができているな。
「ピザだよー」
「お、はいはい。じゃあ隆とりあえず飲み物系と・・・ケーキもできればもっとあった方がいいと思う」
「分かった。んじゃ行くか」
「あ、それならさ――――
♪
――ピンポーン
「お、来たな。迎えに行くのは当然釧だよな。よーし、皆クラッカーは持てよ」
「リビングのドア開けたタイミングで鳴らすわよ」
少しずつ玄関から近づいてくる足音と話し声、それとは逆に息を潜めるクラスメート。
ドアの取っ手が向こう側から握られる音がして、回される。
視界を遮るその板が横に寄せられた瞬間、
――バパンッ
クラッカーの紐が引かれた。
その対象になった葉月は飛んできた紙テープを髪に垂らしながら、目を丸くしている。
「「誕生日おめでと――!!」」
そこにきてやっと自体を飲み込めた葉月だが、それでもしばらくパチパチと目を瞬かせてから、
やんわり微笑んだ。
「ありがとう」




