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第24話- 話の端。-Crimer's Heart-

今回は結構多めです。

そして微妙にグロテスクな表現がなくもないです。

ああ、でもそれほどでもないので大丈夫だと。

 ビオサイドは生物災害(バイオハザード)を題材にした、次世代型シュミレーションゲームだ。

 シングルモードでは研究施設から逃げた主人公(おに)として逃げ回り、オンラインモードでは追う側と追われる側に分かれてプレイする。

 追う側は感染を避けつつ鬼を捕まえ、追われる側はウイルスを撒きつつ逃げ回る。

 言ってしまえば逃走者を追うゲーム、もっと簡単には鬼ごっこそのもののこのゲームの魅力は、操作の自由度がかなり高いことだろう。

 大抵のことができる操作は、戦略の幅を広げる。

 例えば、通行人を路地奥に引きずり込んで金品を強奪したりとか。

 例えば、銃器を乱射して警視庁をテロしたりとか。

 例えば、敵プレーヤーの背後からスナイパーで狙い撃ちしたりとか。

 というわけで、ただ今ビル屋上から佐奈さんの頭をばっちり狙っていたりするんだけど・・・。

 ボタンを押して引き金を引くと、ゲーム機のスピーカーから銃声が聞こえ、望遠レンズの向こうに見える壁に穴が開いた。

 佐奈さんのプレイヤーは無傷だ。

 さすがに距離を置きすぎたらしい。長距離狙撃はやっぱり正確さに欠ける。

「いや・・・いやいやいやっ!ちょ、はづきちゃんどこいるの!?」

「背後から狙ってるよ?あ、逃げちゃ駄目」

 回避行動をする佐奈さんに追撃でもう2発撃ち込んでみたけど、当然外れて物陰に隠れられてしまった。

 仕方ない。近づいて直接殺害しよう。

 他のメンバー・・・智香さんも瑞流君も亮輔君も既にリタイアしているから、彼女を倒せば鬼である僕の勝ちだ。

 けれど、このゲーム・・・殺害方法が何でもいいというのは、自由すぎはしないだろうか?もはやバイオハザードは関係ないような気がするんだけどなぁ。

「ほーら、佐奈さんもうすぐそっちに行くんでじっとしてて」

 まぁ、ともかく。

 本来、ウイルスを保有している主人公は追われる側なのだけど、残念ながら僕は攻める方が楽しめる性質だ。

 開始早々は資金集めに奔走して静かにしていたものの、準備完了を機に一気に攻めに転じた結果が今の状況。

 さすがに重火器を振り回して建物ごと吹き飛ばされたり、ウイルスに感染した豚を市場に流通させたりというアグレッシブな行動は読めていなかった智香さん達は次々とやられ、今は佐奈さんだけとなっている。

 そしてそれももう少しで終わる予定。

 銃の1つも持っていない向こうに勝機はない・・・。

 などと、思いのほかゲームを楽しんでいたら、

「あ、電話だ・・・」

 雪成君から連絡が入った。

 えーと。

 ・・・・・・ああ、蜘蛛ね。

 一体なんの用だろうと思ったのは僕だけじゃないはず。

 改造蜘蛛の探索のことなんて、すっかり忘れてた。

 いや、そもそもやる気がなかったわけだし、それも当然だろう。

 うん。決して遊ぶのに夢中になったのが理由じゃない。重要なことでもなかったからだ。

 連絡を受けた瑞流君が思い出したように・・・というより実際思い出したのだろうけど、テーブルに学園都市周辺の地図をテーブルに広げて、雪成君の情報を視覚化していく。

 改造蜘蛛の発見位置を赤く丸いシールでマークして電波の送受信可能な範囲を円で描いている。

 この円は必ず他の蜘蛛の円と重なるはずなので、1匹見つかれば次からは割りと簡単に見つけることができるはずだ。

 改造蜘蛛は本来の徊視蜘蛛と情報が混ざらないように違う周波数を使っているので、受信機で調べれば簡単に識別できる。

 探す側にとってはこれほどやり応えのない探索もあったものじゃないけど、こんな穴だらけなのに手間のかかる方法で女性の下着を盗みみたがる彼らの情熱がよく理解できない。

 しかし、そんなどうでもいい事はリタイア組に任せよう。

 今、僕と佐奈さんは対戦途中なのだ。

 改造蜘蛛?そんなの知らない。

 ビルから出るまでの間に佐奈さんはどこかに行ってしまったらしく、さっきまで居た場所には見当たらなかった。

 まぁ、普通逃げるだろうけど。

 じゃあ、どこへ行ったのか?

 鬼である僕のプレイヤーのウイルスは時間経過と共に進化して、いまや空気感染タイプにまで成長している。

 動くだけでウイルスを撒き散らす僕のそばに、彼女は居続けることはできないはずだ。

 ワクチンを所持しているといっても、どこかでじっと隠れるなどという選択をすれば、そこら中感染者だらけになる上、変異を起こすだろうから、動けなくなるのは目に見えている。

 となるとやっぱり離脱。できるだけ遠くに逃げて態勢を立て直すしかない。

 追い詰めている側としては、それは困る。

 さて、近くの交通機関は・・・と。

 見るとすぐ目の前に線路が走っていた。

 電車というのは厄介で、車みたいにカーチェイスができるわけでもなければ、停車駅が多くある上乗り換えられても気づきにくい。

 監視カメラを気にしないなら、車よりよっぽど便利な逃走ツールだ。

 目の前にあってあからさまに怪しいことからこそ、裏をかいている可能性は高い。

 まぁ、しかし、こっちにはTNT爆薬があるわけで。

「よし、とりあえず電車は脱線させるかな」

「ちょ、ちょっと何で!?何で電車って分かるのよ!?」

 鎌をかけたらあっさりヒット。

 言わなきゃいいのに。

「勘かなぁ。上りだよね?次の駅までの間に仕掛けるから覚悟しなさい」

 あ゛――、と奇声を発する佐奈さん本人を尻目に、本業をがんばっているリタイア組の様子を見ると、もう4つ目の蜘蛛が見つかったらしい。

 1つだけ青いシールなのは、多分親蜘蛛ではなく子蜘蛛だからだと思う。

 この探索に重要なのは親蜘蛛の方だから、そう考えると実質は3つ目なのか。

 とにかく、そうやって雪成君による探索をもうしばらく続けるつもりのようだ。

 ある程度範囲が分かったら、その範囲内の借部屋などをチェックしていくのだろう。

 さて。

 すぐさま乗ってきた車で線路の横を走り、ノロノロと走行する電車を抜いてしばらくしたところで、僕は車を止めた。

 後部座席に放り出しておいたTNT爆薬を箱ごと線路の間に置き、雷管をつける。

 グッドタイミングで電車のご登場。

 悲しいもので、例え敵の罠があると分かっていても降りられないのが電車である。

 走行中の車両から飛び降りるというのは、結構無茶な行為なのだ。

 設置した爆薬の上を半分以上超えた辺りで、ボタンを押した。

 量などまるで調節していなかった爆薬の威力によって、車体が真ん中から吹き飛び、両端の車両を含めて真横に倒れていく。

 もちろんスピーカーからその爆音も騒音も響いている。

 脱線した電車は、速度を殺しきれずに脱線後も引きずるように動いて、ごちゃごちゃと自分の身を潰した。 

 トドメを指すまでもない。こんな大事故に巻き込まれて生きられる可能性はかなり低い。

 予想通り、ゲーム画面に『You're the Winner!』の文字が表示された。


                     ♯


 地図に描かれたいくつもの円が微妙に重なって、連なって、数珠繋ぎのシルエットを作り出していた。

 改造親蜘蛛(アンテナ)の分布図である。

 実際に覗きをする子蜘蛛と違い、親蜘蛛は電波が途切れると困るために移動はないと考えていい。

 だから、このシルエットの範囲は多少の誤差あれど、的外れということはないだろう。

 範囲内の貸し部屋を借りている人物をサーチすると、あっけなく前歴ありが1つビンゴした。

 場所は学園都市地帯の外の方、超能力欲しさに学園都市に来た一人暮らしの学生を住まわす賃貸が乱立する地区にある学生専用アパートの一室。

 その地区の一部に円の一端が重なっていた。

 しかも、学園都市駅から何の分岐もせずに一線(ライン)を描いて蜘蛛の点が繋がっていて、ご丁寧に標的(ゴール)を示してくれていた。イメージはヘンゼルとグレーテルのアレ。

 賃貸集中地区と駅が結構遠いとはいえ、何のフェイクもなしというのは馬鹿にされているのか、向こうが馬鹿なのか・・・。

 毎年こんなものらしい。

 学習能力って言葉知ってるのだろうか?

 あぁ、どうせ捕まるから小細工を一切排除してるのかもしれない。

 ・・・・・・。

 となると、向こうはこっちが捕まえるまでが勝負なのだろう。

 でもそれなら改造蜘蛛の情報が回ってきた時点ですでにこっちは後手に回ってるよね。というか手遅れじゃないのかな。

「うーん・・・なんだかなぁ」

 コピーされた地図をしまい、辺りを見回す。

 前にも後にも横にも灰色をした同じような建物が並んでいる。

 住むことだけを考えられて作られた、味気ない建築物しか見えない。

 僕は今、件の学生アパートの裏にいる。

 当然潜伏している連中を引きずり出すためだ。

 しかし、本当に・・・暇だなぁ。

 突入には攻撃系の智香さんと佐奈さんが選ばれ、僕や他のメンバーは外の見張り。

 暴力担当というのなら、突入班にしてほしかった。

 確かに電撃の智香さんや冷却の佐奈さんの方が物理攻撃の僕よりも対能力者では相性がよいのだろうけど、今回僕はただついていってるだけで何もしてないわけだし。

 まぁ、正直やる気があるわけでもないんだけど。

 そんなことを考えていたら、

「っはづき、そっちに行った――!」

 と瑞流君から声がかかった。

 声の方へと向いてみると、エンジン音を響かせて、ワゴン車が角をこっちに曲がってきている。

 どうやら直前に感づかれたらしい。

 アパートの他の住人が教えたのだろうか?

 こういう場所って変な仲間意識があるとかいうし・・・。

 まぁ、そんなことはいい。

 とにかく車を止めなくてはならない。

 そう思って、向かってくる車に対して大の字になり道路の真ん中に立つ。

「はーい、そこの車止まっ――――」

 ――ゴドン!

 完全無視で轢かれた。というか撥ねられた?

 いや、跳ねるなよ。跳ねちゃ駄目だろ・・・。

 あまりのことに言葉使いが乱暴に。

 あー、いやいや。それどころじゃない。

 後ろ向きに空中を舞う体を猫のように捻る。

 とりあえず、うまく着地しなければならない。

 衝突事故で怖いのは、吹っ飛んで地面に激突したり、そのまま車に今度こそ物理的な意味で轢かれて潰されたりすることだ。

 身体強化で得たバランス力を活用して、しっかりと下半身が地面に向くよう調節する。

 あとは、落ちるのを待つだけ―――


 ――ゴッ


 今度の一撃は、本気で痛かった。

 見えていなかった後にどうやら電柱があったらしく、思いっきり後頭部をぶつけた。

 普通の人間なら即死だろう。

 ずり落ちるようにして、電柱の根元に尻餅をつく。

 ぐわんぐわんと頭が響くのを堪えながら、手でぶつけた場所に触れると血がべっとり。

 ・・・・・・。

「ふふっ、ふふふふふふふふふふふふふふふ・・・・・・」

 やる気が出ました♪


                     /


 必ず来るであろう追っ手の手から悪あがきといえども逃げるため、用意しておいたワゴンに乗って逃走しようとした矢先、目の前にいた少女がいきなり激昂した蟲達を止める谷娘の如く両手を広げて通せんぼしてきたのは先刻。

 常軌を逸したその行動に呆気に取られた逃亡者の1人である運転手は、あまりの驚きでブレーキとアクセルを踏み間違え、まさかの事故を起こしてしまった次第だ。

 轢かれた方も堪ったものではないが、轢いた方も同じ気持ちで、むしろ覗きの現行犯で捕まる事実を先延ばしにしようという行為の結果が取り返しのつかない事態に発展してしまい気が動転してしまっていた。

 車に乗っていた3人はパニックになり、まさか死んだんじゃ・・・といった最悪の事態を想像して、どうすればいいのか分からない状態だ。

「ちくしょー!何だって道路のど真ん中に出てくんだあの女――ッ!」

「なぁ、出頭した方がよくね?いくらなんでもやばいって!」

「死んだかなぁ?あれ、死んだよなぁ・・・?」

 しかし、そんな彼らの懸念は一気に払拭されることになる。

 何故か?

 その理由は簡単だ。

 轢かれた挙句頭をぶつけてしまったはずのその少女が猛ダッシュで追ってきたからである。

 背筋が伸びた非常に綺麗な態勢で、60km/hは出ているワゴンに迫ってくる様は異次元めいていた。

「「・・・・・・」」

 3人は無言で顔を見合わせた後、

「ぎゃ――――!!待て待て待てっ、何だよアレ!!!」

「落ち着け!落ち着くんだ!むしろ生きてたんだからよかったんだって!!」

「その生きてる本人が今迫ってんだけどなッ!!!」

 さらにパニックに。

 そんな3人の都合は無視して、織神葉月が突進してくる。

「スピード出せ、スピード!」

「やってる!これが限界だ!」

 サイドミラーに映る、足の細い少女の追跡に彼らは気が気でない。

「何だよアレ!身体強化の能力者か!?」

 知らねぇ、と運転担当の男子生徒が答える。

 ハンドルを握る手がぶるぶると震えているため、何時また操作を誤って事故を起こすか分からない。

 後部座席にいる1人が、車窓を開けてちょうど手近にあった撥水ワックスの容器を葉月に向かって投げつけた。

 しかしそんな幼稚な攻撃が当たるわけもなく、彼女は苦なく避けて言い放つ。

「あーあ、反撃したね?しちゃったね?せっかく指を詰める程度で許してあげようと思ったのにぃ」

「全然許してねぇぞソレ!」

 そんな突っ込みを他所に葉月は自分の髪を変容させていく。

 異様に長くなり縄上になった髪の束を根元の辺りで切り離し、投げ輪の要領で回し始めた。

 切り離された髪は外見では判らないが、先の方だけ鉄分を含ませることで飛距離が稼げるように工夫もされている。

 その姿だけを見れば、棒跳びをするために助走をつけているオリンピック選手に見えなくもないが、身体が成長していない少女がやるには違和感のあるポーズだった。

 程なくしてその髪は前へと投げられた。

 縄の先は輪になっているわけではないが熊手状に固まっていて、それがワゴンの後部ガラスを割ってフレームに引っかかる。

 そのまま足を踏ん張って、無理やり止めようという強引過ぎる魂胆である。

 葉月の足がガリガリとアスファルトを踵で削り、それに合わせて車のスピードは徐々に衰えていく。

 しかし、このまま止めれるかと思いを裏切り、ワゴンはまだある移動エネルギーを使って、交差点を右折した。

 信号の柱がワイヤーの方向を変える滑車のようにワゴンと彼女を繋ぐ縄を擦る。

 それだけならまだよかったのだが、彼女が引き続き車を止めようと力を入れ続けたために、その柱がぼきりと折れてしまった。

 障害物が消えたことにより、力のかかり方が直角からいきなり直線に変わり、虚を突かれた彼女は右斜めに引っ張られてしまう。

 一度地面から離れてしまった両足は踏ん張りがつかず、半ば引きずられる形になった葉月は、

「げっ!」

 交差点だからこそ当然ある、建物の角に突っ込んだ。

 コンクリートを削るようにそれを通りすぎたら、今度は反対側の建物に打ち付けられる。

 建物に体を埋めてガラス張りの壁を割りながらも手を離していないらしいことが、サイドミラー越しに逃走者3人にも分かる。

 ど派手にガラスを割り散らかし姿を現して道路へと復帰した葉月は一切血を流していなかった。

 ただし、服はボロボロに破け、体中傷だらけになっている。

「分かった・・・よぉーく、分かった。アレはあれだ・・・・・・・未来から来た殺戮兵器だ」

「洒落になってねぇぞ・・・」

 そんな会話をしている間に、葉月は今まで握っていた縄を手放した。

「おぉ?」

 そして一気の跳躍。

 今まで以上に強化した足腰を使っての3歩。

 最後の1歩で大きく跳んで、ワゴンの上部に降り立った。

 ――ベキメキバリベリ・・・

 嫌な音と共に金属のフレームが2つに引き裂いていく。

 車内へと顔を出した彼女は笑顔で言った。

「どこを折られたい?両腕?両足?それとも指全部?」


                     /


 上部が引き裂かれ、前方のガラスは僕を撥ねた際に蜘蛛の巣状にヒビがいって、後のガラスは完全に割れた、スクラップ決定のワゴン車はレッカー車に連れられて現場を去った。

 それに乗り逃亡を図っていた連中は救急車に乗せられて、今頃治療室にいることだろう。

 彼らが運ばれていく時に、

「何で彼らは揃いも揃って両腕が折れてるんでしょう・・・?」

「さぁ?よっぽど仲がよかったんじゃないですか?」

 という救急隊員とのやり取りがあったわけだけど、まぁどうでもいいことだ。

 彼らは担架に乗せられながら何か色々と叫んでいたけど、激痛によるパニックということにしておく。

 さて、これで一件落着。

 実際に改造蜘蛛のデータを受信していたあの3人はそういう役割を担っていただけだろうから、他にも改造蜘蛛での覗き作戦に加担した連中はいるのだろう。

 受信した映像を即座に別の場所にいる仲間に送ることで、捕まっても映像だけは没収されないようにしているのかもしれない。

 けれど、そうだとするなら、これは完全なる後手。残飯処理だ。

 別にそれ自体は構わないのだけど、残飯なら残飯で食べ応えのあるものがよかった。

 今回の件は少々捻りがなさすぎる感じがする。

「まぁ、いいか」

 僕は1人で駅ビルの部屋にいた。

 体の方は皮膚の強度を上げておいたし、傷も簡単に治せたけど、服はそうもいかない。

 ビリビリに破けてしまったその服装でこれ以上で歩くわけにもいかず、予備の服がある部屋の方に先に帰ってきたのだ。

 智香さん達は彼らの潜伏部屋から映像やらを回収してくるらしい。

 あぁでも、そんなことを考えているうちに、

「ただいまー」

 彼女達は帰ってきた。

「お帰りなさい。どうだった?」

 その応えは、手に持ったノートパソコンを持ち上げるという動作で返ってくる。

 その後にいる瑞流君は大きめのアンテナらしきものを抱えていた。

「さーてさて、じゃお楽しみタイムの始まりです」

 智香さんがそんなことを言ってテーブルの中央にパソコンを置いて、電源を入れる。

 いや、いやいや・・・お楽しみタイムって。

 あれ?もしかしてこれって覗き魔が入れ替わっただけ?

 さっきやっていた捕り物の意味が今度こそ完全に剥奪された気がするんだけど。

 そうこう思っている間にパソコンは立ち上がり、デスクトップが表示される。割と整理されていてアイコンの数は少なかった。

 四六時中動画を撮っていたらメモリが足りなくなるだろうから、保存価値のあるものを小分けしていると考えると、動画データはどこかのファイルにでもしまってあるようだ。

 デスクトップには複数の動画データは見当たらない。

 けれど1つだけ。単体でならあった。

 これだけを別にしている、といった感じ。

「なにかしら?」

 気になったメンバーの総意を代表して智香さんがそれをクリックした。

 再生プレーヤーが起動して、動画が始まる。


 少女がゆっくりと右手をかざす。

 スーツと皮膚を引き裂かれ、OLが道路に倒れた。


 再生時間7秒。

 ループ設定で繰り返し。

「ぬぁあ・・・」

 瑞流君がそんな奇声を発し、佐奈さんがノートパソコンを閉じた。

 亮輔君は逆に平気なようで、智香さんは冷静にパソコンを開いてプレーヤーを終了させる。

 そんな中、雪成君が、

「うわぁ・・・、これ先輩が探してたやつだ」

 と呟いた。

「先輩?」

「ほら、形態変身(トランスホーム)のグループの、先輩。

 暇だからとかいって、この犯人捜してたんだよ。これ、教えた方がいいかなぁ・・・?」

「偶然見つけて、とりあえず取っておいたのね・・・。いや、どうせ没収されるって分かってたから、わざわざデスクトップに?

 まぁ、この分だと、この事件を通報したのはあの3人なんじゃないかしら」

 確かに。

 匿名で通報があってもおかしくない。

 いくらなんでもこんな傷害事件を放っておくことはないだろう。

 というか、さっきから思っていたんだけど・・・・・・、

「この犯人に見覚えあるよ」

「「は?」」

 おおぅ。

 全員の声が揃った。

「体育祭の時に一度手合わせしたことがあるんだよ。結局何の能力者なのか分からずじまいだったかな・・・」

「嘘だ!人の顔を覚えられないんじゃ!?」

 思わずと言った感じで叫ぶ雪成君。失礼な。

「誤解があるようだから言っておくけど僕が覚えれないのは興味のない人物だよ?」

「・・・先輩みたいに?」

 ・・・うん。実はさっきの説明でも思い出せてないです。

 多分眼鏡をかけてたと思うんだけど・・・それぐらいしか。

「まぁ・・・とりあえず先輩に連絡してみよう」

 そう言って雪成君は携帯を取り出して、プッシュ、耳に持っていった。

「あ、先輩?実はですね・・・・・・はぁ?・・・・・・・・・何やってんですか、あんたは・・・・・・」

「どうしたの?」

「・・・いや、犯人を突き止めたら返り討ちにあったらしい」


                     ♯


「先輩って馬鹿でしょう?」

 開口一番、雪成君はそう言った。

「うん、否定できないな」

 けれど、言われた本人は全く気を害した風もない。

 ついでに返り討ちにあった割には、外傷も見当たらなかった。

「ああ、傷はね、能力で塞いでるんだ」

「そんな使い方あるんですね・・・」

「まぁね。性質は無理とはいえ、形態を変える能力だから。

 で、珍しいお客さんが来てるじゃない」

 そこで僕の方へと振り向いた。

 前は黒ぶち眼鏡だった気がするのだけど、今は細いフレームでレンズは長方形になっている。

 返り討ちにあった時に壊れたのだろうか。

「はい。その返り討ちにあったという犯人に会ってみたくて」

 まぁ、分かるとおもうけど、・・・・・・電話でのやり取りの後、呆れながらも心配しているらしい彼と単純に興味が湧いた僕は、裏方メンバーと離れて"先輩"のアパートにきていた。

 理由は言ったとおりで、その犯人に会うために情報がほしいのだ。

「ふぅ・・・ん、そう」

「先輩、はづきを止めてください・・・。ろくなことになりませんから」

 後半、実感の篭った声で言ってくれる雪成君。

「前々から思ってたけど結構失礼なこと言うよね・・・」

「ワゴン車ぶっ壊して、建物一部を損壊して・・・しかもその1つは車会社店舗のガラスだぞ?どれだけの値段になるか!」

「うわぁ、まさか君にそんなことを言われるなんて!」

「・・・あ、アスファルトもだったけ?」

 ・・・・・・そういえばそれもかな。でも正直そんなのはどうでもいいのです。

「・・・そういうのは置いといて。話をね?事件の概要辺りからでも」

「うーん、そうだなぁ。

 ・・・・・・そもそもね、この事件はかなり前から起こってたんだ。

 去年の冬辺りからかな・・・?夜道を歩いていたら突然指に切り傷ができるという事件が多発してたのは知ってる?」

「知りません」

「そうかもね。切り傷って言っても1、2箇所程度のもので、犯人を見たものもないし、本当のカマイタチみたいな感じで・・・・・・通報なんてされてなかったから。

 そういう噂程度の話だったんだけど、昨晩ついに黙止できないほどの被害者がでちゃったんだ。全身切り傷で、結構出血もしてる」

 彼は僕に写真を手渡した。

 写っているのは被害状況を示すものだ。

 動画とアングルが同じだった。

「皮膚・・・正確には上皮かな?それが切り裂かれてるみたいで、傷自体は多くても大事にはいたらなかった。

 今までも少しずつエスカレートしていってるとは分かる状況だったんだけど、はっきり言って能力者って能力者に甘いからね。

 僕はその犯人を火兎の奴から聞き出したんだが・・・あいつも知ってて放置してたし」

 火兎・・・多分兎傘鮮香のことなんだろう。

 さすがは大地溶解の能力者。関係なさそうなところでも話の中に出てくるか・・・。

「まぁ、それは僕も同じで、さすがに昨日のはまずいからもうやめた方がいいと忠告しようと思ったんだけど・・・・・・・・・その結果がこの様なわけだ」

「先輩ってやっぱり馬鹿ですよね?その上お節介だし」

「いいじゃないかお節介で。

 さてと、この事件のあらすじはそんな感じだ。

 ・・・・・・まぁ、あとは彼女の自身のことぐらいかな。

 うん・・・彼女は少し変わった人間だったよ」

「事件の内容聞いた時点で犯人がまともだとは思ってませんけどね、俺は」

 雪成君がそんなことを言っているが、僕達2人は無視する。

「どう変わってるんですか?」

「趣味が変わってる。純粋に、本当に純粋に何の穢れもなくただ好きなことがちょっと世間とは相容れない感じでね・・・。

 ああいうの、辛いとおもうんだけどなぁ。

 今まで築き上げた人間関係の安寧を選ぶか、それとも自分の欲望を選ぶかって究極の2択だよねぇ。

 全く、人と違いすぎる子にとっては、それだけで生きにくい世の中だ」

 説明するというよりは自分の感想を語っている感じの彼の話。

 残念ながら僕には理解できていない。

「・・・何を言ってるのか分かりませんけど?」

 それにまず笑うことで応えてから、

「会えば分かるよ」

 そう言って、彼は、お茶を啜って言葉を区切った。

「欲しければ、彼女の住所教えるけどさ。会ってどうするつもりなんだい?」

「ちょっと訓練に付き合ってもらおうと思って」

「ああ、なるほどね。・・・それじゃあこれが――――」

「ちょーと待ったぁ!!」

 せっかく彼と2人でサクサクと話を進めていたのに、邪魔者が1人。

「なんだい?雪成」

「どうかした?雪成君」

「いやいやいやいやいや・・・、おかしいって!そんなの警察にでも任せればいいことだろ!」

「ウラカタという組織に所属しておきながら何を言ってるんだ、君は」

「というかね?僕は別に捕まえに行くつもりじゃないし」

「それも問題なんだろ!わざわざ危険なことに首を突っ込む必要はない!先輩も言ってやってください!」

「・・・・・・。

 ふむ。確かに彼女は強いよ?

 攻撃に向いていない能力者とはいえ、これでも結構体自体は鍛えてる身だから、僕はレベルの低い能力者なら素手で十分相手をできると自負してるんだ。

 その僕が一方的に伸されたわけだし。・・・能力なしで勝てるほど甘い相手ではないな。

 というより、あの娘は能力の技巧だけでいえば火兎レベルのスキルを持ってると思う」

 炎海紅泥。珪素を介して炎を広げる能力技術の持ち主。

 それと同じ程度には自分の能力を扱える能力者。

 確かに、この前見た彼女の能力は意味の分からない能力だった。

 斬物風刃(カマイタチ)とは違う、切断。あれが能力の応用なのだろう。

 うん・・・・・・余計に会いたくなった。

 今僕が欲しい対戦相手そのものだし。

「けどさ、そうだとしても彼女なら引けを取らないよ、雪成」

「先輩・・・・・・止めてっていったんですけどね・・・?」

「まぁ、そうことで。教えてください」


                     /


 真夜中、終電が出て行ってしまった後の移動というのは思いの他厄介だ。

 狩るための獲物を得る場所は自分の住処と遠い場所がいいのにも関わらず、狩場からの帰宅を考えると駅2つ分でもかなり辛い。

 暗闇の中徒歩で歩くという行為は思いのほか体力を削るものだし、そんな怪しい人間の目撃情報が拾われたらさすがに身元が発覚してしまう。

 真夜中といえど午前1時ほどまでは割とサラリーマンが通るのがベッドタウンであり、そんな中に女学生が紛れているのはかなり目立つ。

 形振(なりふ)り構っているつもりはないが、捕まるまでの時間が長ければ長いほど、人を傷つける機会が増すだろう。

 だから彼女は、今回近場で獲物を探す予定だった。

 だが、その必要は玄関から出た瞬間になくなる。

「こんばんは」

 デニムのショートパンツにTシャツというラフな服装をした織神葉月が家の前に立っていた。

 一瞬呆気に取られた彼女だったが、夕方に来た変な女性のことを思い出し、気を引き締める。

 既に1人に正体がバレているのだから、他にやってきてもおかしくはない。

 むしろ、あの女性を引き裂いた後に何のお咎めがなかった方が異常のはずだ。

 いや、それよりも、

「会ったこと、あるよね?」

 彼女は目の前にいる少女の姿に見覚えがあった。

 体育祭、第一中学校で自分が負けた相手。

 黒髪をうねらせていた青いジャージの女の子。

「うん。あの時はお世話様」

 ひらひらと手を振る葉月。

「それはこっちの台詞。結局負かされちゃったしね。

 で、何?君も私を止めに来たクチ?」

「まさか。もう1度戦いたいと思っただけだよ。だってこの機を逃せば次はないでしょ?」

 次はない。治安維持機構がまだ動いていない今以外に彼女と会える機会はない。

 大規模の事件を起こしてしまい、来島越嫁(くるしま えつか)の忠告を聞かず、今夜も狩りに出ようとしていた彼女の行く末は決まっていると、葉月は残酷に断言した。

「あはははっ、確かにそうかもね。

 でも、残念。君は私の好みじゃないんだよねぇ・・・」

「へぇ?被害者は能力者でもない一般人ばかりだから、無差別でやってるかと思ってたけど?」

「『か弱い人間』を選んでるんだよ。能力者はそういうの、外見で判断つかないから学生は除外、ね」

「ふぅん」

「ああ、そこら辺に転がってる通り魔とか大量殺人犯とかそんなのといっしょにしないでよ?

 別に捻くれたストレス解消をしてるわけでもないし、自分の無意味さに他人を巻き込んでるわけでもないんだから。

 ああいうのとは根本的に違う。アレらの消極的行為とは別物。

 ・・・・・・私はね?」

 彼女は息を吸うことで一間おいて、しっかりと宣言した。


「私は、無抵抗な子を痛めつけるのが好き」


 そこにあるのは、惚れ惚れするような笑み。

「ホントはさ?自分よりは体の小さい子を苛めたいんだけどね?でも、学生は危ないから今までも我慢してたんだ」

「そう」

 彼女は目を閉じて、まどろむように、思い出すように語り出す。

「痛みに耐えられず漏らす嗚咽が好き」

「うん」

「血が滲む傷口を震えて押さえる様子が好き」

「うん」

「自分を傷つける相手に(すが)るあの表情が好き」

「あー・・・うん」

 相槌を打っていた葉月だが、それ以上彼女の台詞が続かないと分かると、口を開いた。

 夕方の会話の意味を理解して、

「それを聞いて、僕の前に来たあの人はなんて言ったの?」

 あの彼が自分の思うところを代弁してくれると理解して。

 だから、それ以上に相応しい言葉はない。

「・・・人の趣味だから何にも言えないけど、やめた方がいいよ・・・・・・だって」

 やめた方がいい。

 強制も説得もできはしないから、気休め程度に『方がいい』。

 今まで彼女が積み上げてきた生活を、壊してしまうのは辛いことだから。

 越嫁は本心でそう思い、お節介を焼いて、拒絶された。

 彼女自身が決めたことに、今更言えることはない。

 葉月は早々に言葉をかけるのを諦めた。

 そもそも、そこまでやる気のあるわけでもない。

 彼女は言葉を続けた。

「まぁ、確かにその通り。こんなことをしていたら先なんて見えてる。君も言ったとおりよね」

「でも、どうせもう我慢できないんでしょ?だから今通り魔紛いのことをやってるわけだし」

「そうよ。・・・今までずぅっと我慢してたけど・・・もう限界・・・・・・」

 ずっと抑制していたものが、能力の才能開花で揺さぶられて溢れ出し。

 少しずつ、節約でもするように少しずつ、人を傷つけてきて。

 けれどそんな人生ももう終わりだ。

 ほんの少し許したせいで、次の少しも許してしまう。

 その連鎖は止まらずに、待ち受けるのは破滅だけ。

 一度欲望を開放してしまった扉な閉めることも叶わない。

 だからね?、と彼女は言った。

「そこ、退いてくれない?

 昨晩のこともあるし、君達が私にまで辿り着いたことを考えると、私には時間がないのさ」

 後戻りできないと理解しているからこそ、人を傷つける方を選ぶ彼女。

 けれど、葉月にとってそんなものはもうどうでもいい。

「お断りだね。本来寝てる時間帯にわざわざここまでやって来たのに骨折り損は嫌」

「だって君私の趣味じゃないもん。能力者でしかも自分より強い相手じゃあ、興奮もしない。

 相手にするのも癪だから逃げさせてもらうわ」

「はぁ・・・、仕方ないなぁ。

 別にそんな気全くないんだけど、快く相手をしてくれるんだったら勝ち負け関係なく捕まえるつもりなんて露ほどにもなかったんだけど、まぁ立場上建前として――――

 小島継、君を連続障害事件の犯人として拘束させてもらう」

 逃げるな戦え、戦わなければ捕まえる。

 そう言われて、小島継はうっすらと笑った。

 元々渋ったのは向こうの事情に能動的に付き合うのは気が乗らなかったからだ。

 そういう建前を作ってもらった以上は、義理として付き合わないといけない。

 時間がないのは確かだが、好みではなくても本気で切り刻める対象というのは彼女にとっても得がたい標的であることは確かなのだ。

「ホント、しょうがないなぁ」

 彼女がそんな言葉を発した瞬間、

 パキンと葉月の横に位置していた電柱が切断され倒れてきた。

 その切断面を葉月は眺めるようにしてから、一歩後に下がる。

「速い・・・」

 体育祭の時には朧げにしか感じれなかった能力波を、今度こそはっきりと感知できるようになるために今この場所に立っている葉月。

 だからこそ、透明な出力系能力を持っていると分かっている継を相手に選らんだ彼女だったが、思いのほか継の攻撃は慣れていない葉月には速すぎた。

 継はゆっくりと腕を突き出す。

アスファルト(・・・・・・)

 パンッと弾けような音と共に、今度は足場が吹き飛ばされる。

 足元が不安定になった葉月はステップを踏むように下がり、破壊されずに済んでいたところで立ち止まった。

「・・・・・・ふぅん」

 葉月が攻撃してこないということが分かった継は、今度こそ標的をその少女に設定する。

 ――バシュン!

 体中の皮膚が破裂して網目状に血が滲んだ。できる限り余計な被服部を排除した服も無残に切り刻まれている。

 傷口自体は浅く狭いが、切り傷とは違い上皮が捲られるように開いているためか、ぽたぽたと血液が落ちていく。

 そんな自身の様子を他人事のように見回して、葉月は左腕に指を滑らして血を掬い取り、口に持っていった。

「なるほどね・・・・・・何となく、仕組みが分かった気がする」

「へー、そう?私の売りは正体不明の能力者ってことなんだけどなぁ・・・」

「体育祭の時も結構君、連発してたし、ヒントは結構あったよ。

 『さっきのと違う』に『時間がかかる』だっけ?その時点である程度予測はしていたんだけどね。

 ・・・・・・どっちかっていうと、信じられなかったというのが本心かな」

「ふーん・・・で、答えは?」

音弦変調(ボイスチャンジャー)

 真面目な葉月の回答に、継はきょとんとしてみせ、腹を抱えて笑い出した。

「あははははっ、何言ってるんだか!発音能力派生の変音能力で?固有振動による破壊ってこと?そんなの都市伝説じゃない!」

 一方葉月は平常心で応える。

「別に固有振動とは言ってないよ。まぁ、それも使ってるんだろうけどね。

 確かに固有振動による物の破壊能力なんて迷信だ。

 コップならまだしも柔らかい皮膚なんてどう考えても、無理。

 ガラスが割れるのは硬いからこそ振動による変形に弱いからだしね。変形に耐性がある軟質なものほど壊しにくい」

「そう。アレは机上の空論だよ。あり得ない能力。私のやってることは特に固有振動では再現できないものだし」

 葉月はつまらなそうに頬をかいた。

 その度、凝固した血栓がボロボロと落ち、無傷の肌が露出する。

「だから言ったでしょ?固有振動とは言ってないって。

 確かに体育祭の時に髪を切断した時もさっき電柱を切断した時も固有振動は利用していたようだけどね。

 あの時『さっきのと違う』と言ったのは固有振動の違いのことで、『時間がかかる』のは破壊したい対象の固有振動を探る時間だ。

 |硬いものに限っていえば《・・・・・・・・・・・》、固有振動を使っていた。

 でも考えてみたら、そもそも音弦変調(ボイスチャンジャー)って別に固有振動だけが武器ってわけじゃない。

 音声変換?そんなの限定した使い方だ。振動の波形を変更、つまり周波数を高くも低くもでき、なおかつ増幅できるのなら、超音波だろうと低周波だろうと作れる。

 ああ、衝撃波(・・・)だって作り出せるよね」

「・・・・・・」

「前の廊下の床や今回のアスファルトは衝撃波で壊した。硬くてどうしても破壊できない物は固有振動で補助。髪や電柱を切断したのは面でじゃなくて線として衝撃波を当てたからってところかな。

 で、肝心の皮膚の方だけど、これはイマイチはっきりとしないよね。

 まぁ、僕に考えつくのは、先に衝撃波を当てて皮膚を伸ばしたところに固有振動を当てるとか、超音波カッターの原理で刃物状に超音波を放つとか・・・」

 そこまで言われて、継は降参のポーズをした。

「だからヤなのよ・・・。体中刻まれて冷静に他人(ヒト)の能力解説してるし、その傷だって既に治っちゃってるし・・・。

 普通はそこまで切られたらパニックになって能力の仕組みなんて考えもしないのに、さッ」

 『さ』のところに力を入れた彼女の声がヴォン(・・・)と唸って、葉月の首に鎌を振り下ろすような一撃と化す。

 今度は回避行動にでる葉月はかなりぼやけて見えるその鎌を潜り抜けるように低く体勢を保って、前方へと走った。

 間一髪・・・とはいかずに後になびいた黒髪がバッサリと切断されて夜風に散る。

 もしもその一撃が固有振動での破壊を狙ったものであれば、皮膚は切れても髪は切れなかったはずだ。しかし強化されていない髪は見事に切られた。

 その事実からその一撃が超音波カッターの方だと判断し、その威力からみるにそのまま突っ立っていれば頚動脈が切られていたことは間違いないという結論に至る。

 前に駆け出した葉月に継は手をかざし直して、衝撃波を放った。

 切断を目的としていない、線ではなく面の衝撃を葉月は避けることができない。

 踏ん張るも足は地面を離れ、体が宙に舞う。

 回避行動が取れない空中という空間に追い込まれた葉月へ今度こそ容赦ない斬撃が繰り出された。

 だが、がくんと葉月の体は不自然な揺れを見せ、何の前触れもなく、上に吊り上がった。

 何時の間にか、継の方にあった電柱に髪が巻きついていたのだ。

 髪を引っ張ることで上へと逃げた葉月の移動手段(あし)を奪おうと、電柱へと繋がっているそれを切断しようとする継が、髪は極端に切れ味を増す超音波カッターですら歯が立たない硬度のようで数本が切れただけだった。

「ちっ」

 グニャグニャと動きを見せる可変的なその外見と裏腹に、葉月の強化した髪はかなり硬い。

 それを知らされた継だったが、その時間は完全なタイムロスだった。

 葉月は継の真上を過ぎ、前いた場所の反対側に着地する。

 継のすぐ傍に着地した葉月は右腕を振るった。

 サイドスローのようなその一撃を継は小さな衝撃波を作ることでガード。

 パッパンと葉月の右手は弾かれ、反撃として葉月の顔面にもう1つ作り出した衝撃波をぶち込んだ。

 葉月は後へと頭から地面に激突して、それでも勢いを殺しきれずにバウンドするように地面を転がっていった。

 ところどころアスファルトが抉れ、その先に飛ばされた葉月は、しかし何もなかったように立ち上がる。

 衝撃波を超近距離で食らったせいで額が内出血しているが、目立った外傷はそれだけだ。

 少し前に後頭部を強打するという経験をしていたため、頭蓋骨を強化してあった結果だった。

 戦闘用に成分を弄った髪がクッションになり後頭部は出血すらしていない。

 コキコキと首を鳴らして、葉月は可聴域を通常の人間程度に戻した。

 目には見えないとはいえ、音波で察知できる彼女の能力の場合、優れすぎた聴覚が能力波感知の邪魔になる。

 六感として能力波を感知する能力を獲得したい葉月にとって、この戦闘は勝ち負けではないのだ。

 だからこそ、大した反撃もせずに葉月は相手の攻撃を待っている。

 継もそれが分かっているため、構わず攻撃を開始した。

 左右交互に繰り出された斬撃をギリギリまで待って横に避ける。

 しかし避けきれず、動く度ふくらはぎ辺りに切り傷を作っていく。

 それに伴う痛みで自分の能力波把握のズレや大雑把さを理解しつつ、葉月は再度前に跳んだ。

 当然のように衝撃波がそれを拒む。

 それは見えない壁にぶつかるような、空気に拒絶されているような衝撃だ。

 だが、葉月もそれが分かっているので、今度は自分の後ろにある家の柵に括りつけた髪で後ろへ一気に退避した。

 その無駄に見える行為は、1つの確認のためだ。

「手、か・・・・・・一体その衝撃波がどこから出てきてるのかと思っていたけど、やっと分かってきた」

 葉月は双眼で継をしっかりと捉えている。

 次はどこから攻撃を繰り出すのかを感知し、感覚の精度をさらに上げようという魂胆がその目から見て取れる。

 顔面に衝撃波の一撃を食らって平気な顔をしている葉月に継はイラっとした。

「あっそ。それじゃあ、難易度上げてあげる」

 そう言った瞬間、シュガンッという破砕音が響いて、道を形成していた周りの民家のブロック塀が砕け散った。

 破裂するようにして宙に大小様々の破片を散らすコンクリートの塊に力を加減した衝撃波が加わり、葉月に向かって飛ぶ。

 剛球の如く跳んでくる無数の飛礫(つぶて)を両腕を交差させて顔だけ守る葉月。

 既にボロボロになっていた衣服やまだ落ちていない凝固血で汚れている肌に破片が容赦なくめり込んだ。

 それだけでもかなり強力な攻撃であったが、継にとってそれは単なる足止めと目隠しである。

 顔を庇った葉月に追撃として超音波カッターの刃を5撃放つ。

 腕を退けることで朧げながら凶器が飛んでくると理解した葉月は、体を捻ってそれを避けようと構える。

 そこで、継は右足で一歩踏み込んだ。

 振動が小域だが大規模の地震を起こす。

 ただでさえ、回避行動のために足を浮かせていた葉月の足はその揺れに耐え切れずに傾く。

 当然回避行動も取れずに、5つの刃が体を刻む。

「っ」

 鋭い痛みに一瞬顔をしかめた葉月だったが、今はそれどころではない。

 彼女のバランス感覚なら倒れている最中にうまく体勢を立て直せたろうに、痛覚に気を取られて結局地面に伏してしまった。

 そこにこそ、継の決め手の一撃が加えられる。

 顔面を狙った、振動の刃。

 超音波の振動で刃と切断物の摩擦を軽減させることで威力を底上げした、透明の刃。

 それが、葉月の顔を直撃した。

 着撃の衝撃でゴロゴロと転がり、今度こそどろりとした赤黒い液体がアスファルトを存分に濡らす。

 顔の出血は傷口以上に出血量が多いものだが、それにしてもかなりの血がどろどろと顔を伏せる形で横になっている葉月の頭部辺りから流れていた。

「ふふ、ふふ・・・」

 そんな笑いが、継ではなく葉月の口から漏れる。

 ゆっくりした動作でゆらりと起き上がった。

 猫背気味に前屈みになっているためその顔は見えない。

「ふ、は。はははっ、すっごいよねぇ・・・」

 自分の怪我のことなど全く気にしていない、ほとほと感心したといわんばかりの声。

「衝撃波に超音波カッター・・・・・・簡単に言ったけど、信じられない使い方だ・・・。

 そもそも音弦変調(ボイスチャンジャー)は振動の具合を変えて声を変える程度の能力だし・・・いくら音が振動だといっても、斬物風刃(カマイタチ)のように元々刃物状の風を作り出せる能力ってわけでもない・・・・・・。

 空気振動による風の形成ってことなんだろうけど・・・かなり高度な応用だよ。

 火兎レベルのスキル、ね・・・。

 確かに・・・確かに君は至高だ。振動制御の最終地点(ハイエンド)

 ・・・ふざけたぐらいの才能の持ち主だよね・・・・・・」

 そう言って、葉月は曲げていた上半身を伸ばして、直立した。

 影や髪に隠れていた顔が露になる。

 顔の右側、右目を縦に切り潰すようにして、斬撃の跡が刻まれていた。

 切られた直後は深かすぎて溢れた赤黒い血で傷の断面が確認できないほどだったろうその傷は、既に凝固した血に塞がれている。

 常人を遥かに凌ぐ治癒能力だが、それですら遅いと葉月は能力で傷を塞ぎ始めた。

 切られて当然機能しなくなった眼球の隠された目蓋。再び開いた時には、無傷の目がそこに存在している・・・。

 両目を取り戻した葉月が唇を歪めて、言った。

見えた(・・・)

 あれだ・・・うん。さっきの一撃が効いたかな?

 心眼に至るわけじゃないんだから、数をこなせば分かるようになるっていう軽い考えじゃあ駄目だよね。・・・失敗だった。

 やっぱり直接肌で実感して、脳で理解しなきゃ」

 ひらひらひらとお茶らけるように右手を振って、その後その手をこめかみの辺りに持ってくる。

 とんとんと人差し指で叩いてみせた。

「1回目頭を衝撃波でやられた時に、うん・・・そういう方法もあるかって気づいたんだけどね・・・。

 いや、むしろそっちの方が進化能力(メタモルフォーゼ)には相応しいかな?

 不可視、不可触能であろうと力波も物質である以上、検出できないわけじゃない。

 だったら、それを感知する器官を創ればいい(・・・・・・・・)って」

 感覚的に感じるのではなく、器官による応答で感知する。

 光が当たった視細胞が信号を送るように、能力波の刺激を受けて信号を送る細胞を、組織を、器官を創造する。

 そんな出鱈目を、その能力はやってのける。

 小島継の能力応用と、どちらがふざけているのか。

「そのために、やっぱり能力波っていうのを改めて肌で感じたかったんだけど、頭が一番良かったみたい。脳に近いものね。

 ・・・・・・お陰で、見えた」

「そりゃあ、どう致しまして・・・」

 頭蓋骨ごとその脳を切断される可能性もあったというのに、まるで気にせずケロリとしていられる葉月を前にして、うんざりしたらしい継。

 もうお暇していい?と顔に書いてあるが、目的を果たしたからといって葉月が開放してくれるわけがない。

 むしろ、

「これでやっとまともに反撃できる」

 これからが葉月の本番と言えた。

 やられたらやり返す。それが自分で売った喧嘩だろうと知ったことじゃない。それが葉月である。

 ぐっ、と体を低くして、バネのように跳躍。今までとは比べ物にならないほどに速い。

 それは、1つのギミックだ。

 わざと今まで限界まで力を使わないことで相手に自分の能力を誤認させ、ここぞという一撃に隙を作る戦略。

 だが、そんな作戦は一撃の下に殺されるかもしれない戦闘では愚策に等しい。どちらかといえば勝負事の小細工だろう。

 当然前に出ると予測していた継だったが、予想外の速さに反応が遅れる。

 その一瞬は致命的。

 ほんの1m、葉月の右手が大きく引かれる。

 一撃を与えるには十分な距離。

 猛獣の爪のように人の皮と肉をギタギタにできる腕がすぐそこまで迫っている。

 ――――そこで、葉月は気まぐれを起こした。

 それは、本当に些細な気まぐれだ。

 傷害願望を根源から持つ彼女の行く末に対する、少しの惜しみ。

 変音能力をここまで昇華させた才能に溢れた少女への賞賛。

 もしも、そんな才能がなければ、彼女の人生の寿命はもう少し長かっただろう。

 ナイフで刺すよりも簡単に人を傷つけれる能力を得てしまったせいで彼女の寿命は縮まったのは間違いない。

 そして、ストレスが限界に達して、人を傷つけはじめている以上、彼女自身やめることはでない。

 当然だ。絵を描くのが好き、本を読むのが好き、そんな次元で純粋に人を傷つけたいと思い続けてきた彼女の行為がそもそも抑制しきれるものじゃないのだから。

 例え今捕まっても、少年院送り。しばらくして監視官付きで出てきたら、今度こそ人を殺すかもしれない。

 だから、彼女がまともに自由に生きられる人生はもうすぐそこで終わりを迎えることになる。

 それは、惜しい。

 それ故に、気まぐれ。

 能力を使えなくすれば、あるいは気休め程度に、彼女の寿命は延びるかもしれないという思いつき。

 この右手で木っ端微塵に彼女の左手を肉片に変えて、その抉れた断面を、切り裂かれた皮膚を、断絶した筋肉を、バラけた脂肪を目に焼き付けさせれば――――、

 傷と血というものに太刀打ちできないほどのトラウマを植えつければ、二度と人を傷つけようとは思わなくなるかもしれない――――

 そこまで考えて、

 実行に移そうとした葉月は、

 横からの一線、水圧の暴力によって吹き飛ばされた。

 斬刀水圧(ウォーターカッター)による高圧放水。

 消防車ですら出しえないほどの威力を持った水の線が、振りかざそうとした右手もろ共、葉月を真横に弾いたのだ。

 ブロック塀のない民家の壁を突き破り、そのまま家の中にめり込む。

 自分の体が作り出した穴の先、道路を挟んださらにその先にある民家にも同じように穴が空いている。

 正確には、庭なのだろう敷地内を突き破るように、塀に穴が空けられた形だ。

 葉月の目はそこから道路の方へとかけて行く男子の姿を捉えていた。

 放心状態なのかただ突っ立ている継に駆け寄った男子は、


「このっ大馬鹿野郎ッ!!!」


 彼女の手を引いていく。

 それはいきなりの幕引きだ。

 トタトタという控えめな足音は少しずつ小さくなる。

「・・・・・・」

 それを聞き届けてガラガラと突き刺さっていた葉月は壁から体を抜いた。

「全く・・・止めるにしても、もう少し手加減できないものかなぁ?

 アバラ・・・・・・右は全部やられちゃったし・・・」

 正確にはその折れた肋骨(あばらぼね)が数本肺に刺さっているし、右腕の骨は粉々に砕けて使い物にならない状態だ。

 直前に向こうに気づいて、回避できた水撃をわざわざ食らった身としては痛すぎる結果と言える。

 横槍を入れた以上は。彼女の果てにはあの男子が手を加えるのだろう。

 諸々、想うこともあった葉月だったが、最後にポツリと結論を出した。

「・・・帰ろ」

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