第20話- 学園都市。-Reverse-
――♪〜♪♪〜〜♪
着メロの音で目が覚めた。
まだ重たい目蓋を開けると、カーテンを閉めていない窓の外はとっくに陽が昇っている。
時計を見ると針は無情にも午後を指している・
つまり寝過ごしたらしい。
携帯を確認するとクシロからだった。
夜にどこか外食しようとのことらしい。
寝ぼけた頭で外かーそういえばもう夏休みだったなーなどとのんきなことを考えている内に血の巡りが良くなったのか思考がさえてくる。
なるほど、あれか、つまりクローゼットに詰め込まれた服・・・というか衣装を着て外に出ろと。
朝から溜め息が漏れた。
ベッドから抜け出すと少し体が寒さを感じる。
・・・昨日は結局下着のまま寝たからなぁ。
あの衣類を着る勇気はなかったし。
「というのに、外出時に着て来いとはね・・・・・・」
いっそのこと上皮を変容させてまともな服を作ろうか。
できなくはないんだけど・・・昨日散々能力を使った次の日だ。正直これ以上体力を消耗したくない。
とりあえずカーテンを閉めて、キッチンに向かった。
冷蔵庫を開けるとお馴染みのクリオネが映る。いつもながら彼らは本当に涼しげだ。寒いのと涼しいのとではかなり意味が違うよね、と。
さてそれ以外には何時かコンビニで買った商品が幾つか入っていた。
その中から適当に選んでテーブルに座る。
下着姿で食事というのもどうかと思うけど、あれらにはまだ手もつけたくない。
机の上には紙パックの繊維性飲料と栄養補給用保存食。保存食の方は要冷蔵の時点で意味をなくしている気がするけれど、パッケージの売り文句がそうなっているのだから仕方ない。
サプリメントの類が支給セットの中に入っているけれど、どうせなら飲もうか?
そういえば能力が発現してからお世話になってなかった気がする。
前にカイナに使えないなどと言ったけれど、慣れたらかなり便利だ形骸変容。
もっとも、今はその弊害でかなりだるいわけだけど。うーん・・・。
体を無理に使ったというよりは脳を使いすぎたせいなのか、体に力が入らないし、思考がぼやけている感じがする。
そもそも体は強化しているのだからそう疲れるはずもないのだ。
となると今の症状は完全に能力の使いすぎということになるのだけど、それにしたって疲れすぎだろう。
髪を動かし続けるというのがそれほどに消耗させる動作なのだろうか?
あるいは形骸変容自体が1回1回の使用でかなり疲労するものなのか?
「どっちにしても判断材料が不足、と・・・」
味気ない固形物と飲料を胃に収め終わり、ゆっくりと天井を見上げる。
今日の予定を立てなければならない。
午後6時からはクシロの約束があるそれまでに残された時間は5時間ほど、やろうと思えば用事の2、3つ終わらせることのできる時間だ。
形骸変容に関する資料を手にできるように手配してもらうっていうのが当面の目的かな。
それがないと始まらない。
なら、ついでにできることとしてどこかにあるらしい裏方メンバーの拠点でも紹介してもらうというのもいいかもしれない。
僕の予想ではその場所は活動に関係ない私物に溢れ娯楽に埋まっているだろうけれど、とりあえず位置ぐらい確認したいし。
となれば智香さんにでもメールを送ってみよう。
夏休みだし、あの人達その拠点とやらでくつろいでいる可能性もある。
♯
市営鉄道『学園都市』駅、駅ビル6階。
その一室が仮称裏方、グループ・トリッキーの基地だった。
考えてみれば裏方の活動内容は超能力者による揉め事への介入なので、この場所は当然と言える。
でもまさか、いつも通っている駅のビルにあるとは思わなかった。
灯台下暗し。
しかも何時ぞや岩男こと岱斉に貰った本にちゃんと記載されていた。
完全に忘れて本棚にしまったままだったけど、使いようによってはかなり便利なモノらしい。
とにかく、窓が少ないからか嫌な閉鎖感ある駅ビル6階の廊下に僕は今立っている。
けれどここまで来るのに壮絶な苦労があったわけで・・・。
まぁ、分かると思うけど服のことだ。
まさかこの僕がたかが衣服のことであそこまで葛藤する羽目になるとは思わなかった。
クローゼットの中身を根こそぎ引っ張り出して、一番まともなものを選ぶという表現するのは簡単な作業を一時間以上も行わなければならなかったのだ。
今まではそれほど意識していなかったのだけど、余分な飾りのついている灰汁の強い衣類は上下で合わせるのも大変だった。
合っていない組み合わせを選ぶのは何か嫌だったし、ワンピース群は飾りのせいで全滅だったし。
それで結局、一番シンプル(に思える)な上に、飾りがついてるけど総合的に見れば大人しく見える薄桃色のスカートという組み合わせに落ち着いて今に至る。
ただでさえ疲れているのに、さらに精神的な打撃だった。
なので今後こうなることを避けるために、途中で衣服店に寄ってシンプルなモノにズボンも購入した。
これらをこの拠点にでも隠しておくつもり。さすがにここまでは手が及ぶまい。
というわけで、その作業をするためにも、何のプレートもつけられていない無地のドアを開けてみる。
まぁ、室内は必要のないもので埋め尽くされているんだろうけど。
「こん・・・」
・・・・・・。・・・・・・、・・・・・・。
中は予想以上に混沌な状態だった。
中央に置かれたテーブルの上に積み上げられたゲームのソフトケースの山、各種携帯ゲーム機。本棚に詰まった攻略本他、ソフトに漫画。
無造作に置かれた家庭用ゲーム機の外箱。中身はテレビに接続されたまま床に置かれている。テレビ自体も販売されて間もない超薄層テレビで、それが壁に4つほど貼ってある。
唯一片付いているのは水周りで、おそらくアホウドリこと・・・アホウドリ君の努力の成果だろう。まずい、既に名前を忘れてしまっている。
とにかくここは給料を貰っている人間の活動場所じゃない。給料泥棒どころか、これ全てを必要経費でまかなっているとすると恐ろしい話だ。
「こんにちは・・・」
途中で途切れてしまった挨拶をば。
テーブルに座っている各メンバーはビオサイドをやっている模様。ホントに大人気だな、アレ。
「久しぶりー。ちょっと待ってね、今みずるを醸し殺して珈琲淹れさせるから」
テーブルの上にあるのとは色の違うゲーム画面から視線を外さずに智香さんが返してくれた。
・・・そうだ。瑞流って名前だった。パシられているのは彼だけだったからアホウドリ=瑞流で間違いない。
テーブルに彼らが噛り付いているので、改めて辺りを見回して腰を下ろせるような場所を探してみる。
と、場所の代わりに娯楽物の外箱に埋もれたロッカーを発見。
あの様子では日頃使っていないに違いない。余りのスペースがあるなら買ってきた衣類を押し込んでおこう。
しかしそのためには、まず箱を何とかしないといけない。
近づいて箱を持ち上げて見ると中身は空のようだった。
携帯ゲーム機の箱が多いのだけどそのほとんどが同一商品で色だけが違う。気になって振り返ってテーブルの方を見てみるけれど、それでも箱の方が多い。
他のはどこにいったんだろう?壊れた?しまってある?改造が失敗した?
どれにしたって恐ろしい消費の仕方だ。ここは無駄遣いの溜まり場らしい。
箱を他所にずらし終え、これでやっとロッカーが開く。
開けると中にはやはりと言うべきか、ゲームの外箱が山になって詰まっていた。
「・・・・・・」
その山を雑な動作で外側に崩す。できたスペースに服の入った袋を詰め込んで勢いよく閉めた。
中でゴトゴトと音がする。
・・・次開けた時絶対崩れてくるな、これ。
「がぁぁああ!やっられたぁ!!」
どうやら宣言通り智香さんが瑞流君を負かしたようだ。
「と言うことではづきちゃんの珈琲淹れなさい」
「よろしくお願いします」
僕からも一応頼んでおく。
僕としてはここを紹介してもらったし、衣類のスペアを隠せたしこれで用事は全て終わった感じだ。
珈琲ぐらい飲んでおかないと、あまりに早い退室になってしまう。
つまり時間稼ぎのために僕は珈琲を入れてもらうわけだ。
いや、まぁ、それだけじゃないけどね。
本格的に淹れた珈琲なんて普段飲めないし、美味しいし。
と、
「・・・・・・あっ」
そうだ忘れてた。
もう1つ大切な用事があった。むしろこれがメインだったのに。
「形骸変容の資料ってどうすればいいの?」
「え?あー、あーそっか!」
冷却能力の・・・えっと佐奈さんが手をポンと打った。
「そういえば来てたよ、君宛の封筒!完全忘れてたけど。どこだっけ?」
「んー、と。確かテーブルの上に置いて・・・」
片手でゲーム機を操作しつつ、テーブルのケースの山を崩していく彼女達。
テーブルのカセットケースの山のせいで忘却されていたらしい。なんてことだ。
形骸変容の資料に関するモノをまさかそんな風に扱っているとは。
この部屋・・・といかこの人達本気でどうにかした方がいいんじゃないだろうか?
どのくらい埋まっていたかはともかく、ついに救出されたその既にボロボロになっていた封筒を佐奈さんから受け取った。
宛名は当然僕で、切手等が書いていないところを見ると直接渡されたものらしい。
なら別に彼女達を介さずに僕に渡してくれてもよかったのではないだろうか?
悪いけど彼女達が信用置ける人格者には見えないし。
封筒の中身を取り出すと、一枚の用紙しか入っていなかった。
その紙にはカードが貼り付けてあって、会員証何かの配送に似ている。もちろん僕は所属するという行為に疎いので、クシロがそういう封筒を開けているのを見たことがあるだけだ。
記載によればこれが例の資料庫のカードキーらしい。僕用に特別資料室へのパスにもなっているようだ。
それを財布の中にしまって、用済みになった封筒と紙をゴミ箱に入れる。
「あ、どうする?あそこ行くの?」
「さすがに疲れているんで今日のところは休養かな」
「ふーん、そう?じゃあ、珈琲だけでも堪能してってね。うち自慢の珈琲は疲れも癒してくれるわ」
「なぁ、褒めてくれんのは嬉しいんだが、たまにはお前がやってくれねぇかな?」
「嫌よ。こういうのは淹れてもらうから一層美味しく感じるものなんだから」
「俺は?俺は淹れてもらってないんだけど?」
「うるさいなー。いいじゃん別に、あんたぐらいの腕なら自分で淹れても美味しいでしょ」
「なぁ、さっきの淹れてもらう方がって話はどこいった?」
などと言いつつ強く追及しない辺り、彼も満更ではない様子。
彼が座っていた席に着いて待っていると、淹れたてのカップが運ばれてきた。
カプチーノらしい。クリームの上に乗っているのはココアパウダーかな。
甘いのが好きな僕には嬉しいチョイスだ。
熱さを確かめながら慎重にカップに口をつける。
「美味しい・・・」
素直に感想を述べる。
アホ・・・駄目だ、少し気を緩めると名前を忘れそうになる・・・瑞流君は顔を綻ばせて、使った物を洗いに行った。
本当にマメな人だなぁ。
その様子を追っていた目を正面に戻すと智香さんがこっちをじっと見ている。
「・・・何?」
「んんー、服が前よりさらにチャーミングになってるなーって」
チャーミング。日本語で魅力的の意味。
しかし残念ながらこの服装は魅力的とは思えない。どこかの突起に引っ掛けそうな装飾に夏を舐めたような厚手の生地。機能美が皆無の衣服のどこが魅力的か!?
魅力的の意味が違う?そんなの知らないね。
「クシロ・・・いやクラスメートの仕業だよ」
「いいじゃない。似合ってるわよ?」
「夏にこの格好はきついんだけどなぁ・・・」
「そんなの能力を使えば体温調節ぐらいできるでしょ?」
「この場合気分的な問題だから。それに暑くなくても涼しくもないの。風が入ってこないんだよねこの服」
「なるほど、つまりはづきちゃんは露出度の高い服をご所望と?」
「違うよ・・・」
そんな会話を交わしながら珈琲をすすり、僕はクーラーの利いた部屋での一時を楽しんだ。
♯
空を見上げると陽は傾き始めているものの、太陽が地平線でもない凸凹したビルの向こう側に沈むまでまだまだ時間がある。
これは日本に限ってなのかは知らないけれど、どうしてこう夏の夕時は長いのだろう。
学園都市の駅、その近くにある飲食店のペナントが多く入った建物の窓からそんなまだまだ明るい空を眺める。
焼肉屋『とがさ亭』。
夕食に誘われて、僕が希望したのは焼肉だった。
焼肉は後で体につく臭いが気になるんだけど、今日に限っては体が肉を欲しているのだ。
「で、どうして私の店に来んだよ」
視線を声のした方に向けると、そこには注文を取りにきた店員が1人。
とがさ亭=兎傘亭。炎海紅泥、兎傘鮮香。父親の店で働いているらしい。
まさかなーと思って入ってみたら、本当に彼女の家の店だった。
「えー、別に食べに来ただけですよ?」
「くっ、バトルロワイヤルに出られる最後の機会で自分を負かした相手に飯を出さないといけないとは・・・何たる屈辱!」
「似合ってますよその給仕服」
「焼肉屋の給仕エプロンに似合うも似合わないもねぇーよ!」
「まぁ、本当に食べに来たんだし、そんなカリカリしなくても・・・・・・。
あ、僕はまず塩タンを2人前ね」
「じゃあとりあえず上カルビを3人前、隆はどうする?」
そのクシロの言葉で、彼女はやっと彼の存在に気づいたようだ。
「お、何だ何時ぞやの少年か。
お前の友人は間違いなく化け物だぞ」
「重々分かってますけどね・・・」
「2人して失礼な。僕は真面目に人間やってるよ」
「人間はやるもんじゃねぇよ」
まぁ、その通りなんだけど。
とにかく肉がほしいの肉が。
「今更だけどさ、おかしくねぇか?」
などとタカが完全に食べることに集中してしまっていた僕に声をかけてきた。
「何が?」
「いくら能力者の競技だとしても校舎破壊するのを容認してるってことが」
「何で?」
「いやいやいや、普通に考えてまだ使えるものを破壊するってのはまずいだろ。毎年無駄金使ってんだぞ?廃棄物だって相当出るし・・・」
あぁ、そういえばそうか。確かに余計なゴミを出したり無駄なお金をかけていると世間的にも非難されるはずだと。
けれどその答えは簡単だ。
「それでもやる価値があるからだよ」
「・・・そうか?生徒の娯楽だぞ?」
「それは表向きの話。タカって結構ピュアだよね。もう少し人の黒いところ見ようよ」
呆れた僕の声に、
「・・・・・・まさかこの姿でそんな言葉をかけられるとはな・・・」
タカは妙な顔をした。
まぁ、確かに不良スタイルの彼に似合いそうにない言葉だけど、不釣合いキャラはアホウドリ君も同じことだしね。
それにこんなこと少し考えれば分かることなのだ。
「あのバトルロワイヤルはシュミレーションなの。あ、物理的シュミレーションね」
「シュミレーション?」
「そ、対能力者の戦闘をシュミレートするのに必要な情報を集めたりするんだよ。超能力別の攻撃方法や心理傾向、破壊能力に弱点とかね」
「実際に団体で動いている能力者の行動も貴重な資料になるだろうな」
カルビを焼きながらクシロも話に入ってくる。
「そのための監視カメラか・・・」
「いや、徊視子蜘蛛と監視衛星は使うだけで意味があるよ。動き回る能力者をどこまでマークできるかっていう実験なんだから」
「よくできた話だろう?学園都市としても能力者を制御したい。能力者自体のデータ集めに、技術開発の実践テスト。建物の1つや2つ安いものだ。いくらでもスポンサーはいるだろうしな」
「一番のスポンサーは学園都市、つまり国だよね。徊視子蜘蛛を開発している所と衛星を管理している所は物品支給ってことになるんだろうけど、それだって金額に換算すれば億単位の費用になるよね」
「嫌な話だな。でもあれがそこまで価値があるとはやっぱり思えねぇ」
むぅ。タカは自分の価値をイマイチちゃんと捕らえられていないらしい。
超能力者であるというだけで、結構な付加価値があるものだというのに。
「実感しにくい?うーん・・・ほら、アメリカなんかが超能力の軍事利用に力を入れてるでしょ?そういうところにしたら、実際超能力者が行った戦闘データに価値があるのは分かるよね?まぁ、逆にそういう軍事力に対抗しようって国にも価値はあるんだけど」
「日本は世界でも類を見ないほど超能力者の密度の高い国なんだ。昨日のあの競技ですら、世界から見たら最大規模の実験だろう」
「あー、なるほどだからか、体育祭のDVDが売られるのは」
「え?売られてるのか?」
「なんだ知らないのかよ?毎年バトルロワイヤルやってはその動画を編集して売り出してるんだぞ?ネットで調べれば一発で分かることなんだけどな・・・」
それを聞いて何かクシロが考え事をしている。さっきの話に何かおかしい点でもあっただろうか?
「映像は手に入るってそういうことか・・・」
小さくそんなことを呟いた。かなり小さな声だったけど、聴覚強化している僕にははっきり聞き取れる。
色々と顔に出やすいとは思っていたけど、思ったことが口にも出るんだなぁ。
「クシロ、どうかした?」
「いや、何でもない。
まぁ、それでだ。超能力の情報自体が価値がある上、日本は超能力開発を学園規模でやってるんだ。情報の活用の仕方だって無駄がない」
「さっき言った抑制と監視の他にも各超能力の訓練の効率化、埋もれている才能を掘り起こすっていう意味でもそうだし、アピールにもなるよね『日本の超能力研究はここまで進んでる』っていうさ」
「物騒なこった。そんなところで国の力を誇示しなくてもよ」
と、そこで、
「何言ってやがるんだ。それでもオブラートに包んでるんだぜ。あからさまに言えば今の日本は世界一の軍事力を誇ってるってことなんだからな」
いつの間にかやってきた鮮香さんまで参加。この人店の仕事サボっていいのだろうか?
「いやいや、それは大げさでしょう」
相手が年上なので口調が丁寧になるタカ。その話し方が逆に珍しくて思わず笑ってしまう。
クシロもそうだけどタカも観察していて飽きない人物だよね。
「大げさなもんか。例えば私は1度で半径35kmほどの大地を溶かしつくせるからな。少なく見積もって1日あれば1国ぐらい滅ぼせるぞ」
「・・・さらりと恐ろしいこと言いますね。だとしてもそんな大技使ったら体力的に限界がくるんじゃないですか?」
「んや、私の炎海紅泥って見た目ほど体力を使わないのさ。
言ったろ『大地を溶かす』って。そもそも真正直に能力波を35km先にまで届かせるなんて不可能だかんな。
土中の珪素を介して遠くにまで能力の有効範囲を伸ばしてんの。要はかなり効率化してるんだ。
それに連続で能力を使用するより持続的に使う方が疲れやすいしな」
「はー、珪素を使うなんて聞いたことなかったな・・・。でも兎傘さん、そういった超能力の事情は他の国も同じじゃないんですか?」
「少年、前も言ったろう。3等級が実質最高レベルなんだよ。早々いるもんじゃない。お前の横にいるのは例外中の例外だ。
大体この分け方をやってるのは日本だけ。外国では今でも等級よりも能力自体の希少度が重視されるからな。
ま、どのみち外国に私程度に卓越してる奴はいない。等級で言うなら4等級ぐらいがあちらさんの最高レベルってとこか。ここまで戦力になる超能力者を抱えてるのはこの国だけさ」
「でもさっき葉月がアメリカが軍事利用しようとしてるとか言ってましたけど?」
「能力者集めて最強の軍隊ってか?そもそもその発想が間違いだな。群れる必要がねぇ。私1人で事足りる」
「すごい自信ですね・・・」
「自信じゃねぇ事実だ。お前の正面にいるえげつない少女だってそれぐらいできるぞ。・・・いや殺害能力で言えばこいつの方がやばいだろ。な?」
うわっ、そんな話を振られても・・・。
嘘を言ってもどうせ追及されるんだろうな。
・・・んんー。けど、事実その通り。
「まぁ、無差別でいいんなら、人類ぐらいさくっと皆殺しに・・・」
「それのどこが無差別だ、対象選ぶ必要すらねぇじゃねぇか!」
「そんなことさらっと言わないでくれ・・・」
ほら見なさい。我が友の反応はやはりこんな感じだったじゃないか。
昨日の服装のことを考えると今後どんなアプローチをかけられるか分かったもんじゃないのに。
「だよなー」
これは兎傘さん。だよなー、じゃない。
まぁ仕方ない。どうせだから開き直ろう。
「新種のウイルスでも撒けばそれでいいからねぇ。やろうと思えば難しくはないと思うよ。どちらかというと問題は選択的に殺すって事の方」
「なー。私のも無差別殺法だからなー、対象が1人の方がやりづらい」
「戦力としては微妙だよね。それにこういうの核弾頭と同じで持ってることに意味があるんだよ。使ったら取り返しのつかないことになるからね。核戦争と同じニュアンスで」
「超能力者は日本の核弾頭なわけだ。分かったかそこのピュアボーイ2人」
「そんな物騒な国際外交なんて知りたくなかったです」
「でもなんでそこまで日本の超能力研究だけが進んでるんです?別に研究成果を黙秘してるわけでもないのに」
「そんなもん簡単な話だ。教科書読んで知識として仕入れたものと実際体験して学んだもの、どっちが糧になる?
外国連中は超能力を研究所で扱ってるが日本は教育機関で扱ってる。その差は大きいぞ。先達に手取り足取り教えてもらえるってのは何より勝る資料っつうわけだ」
「学園都市自体が1つの大きな資料なんだよね。ま、僕はその資料の半分ほども利用できない立場なわけだけど」
「形骸変容は研究資料自体が少ねぇからな。実際誰かが使ってるのを参考にすることも、コツを教わることも難しい・・・・・・希少能力の悩みだな」
「とにかく話を戻すと、日本の特別指定学園都市っていうのはあるだけで価値のある存在で、あの競技はその集大成みたいなもんなんだよ。あれほど超能力についての研究資料の集まるイベントはねぇんじゃん?
ついでに言えば、あれって大学生って出てないだろ?それがどういう意味か分かるか?」
「え?能力の技巧の差が激しすぎるからじゃないんですか?」
タカがきょとんとして聞く。
うん。タカ、君は今すぐ髪を黒く染めなおして、スポーツにでも打ち込むべきだ。
あるいはもう少し言葉の裏というものを考えてみよう。
僕がそんな気持ちを伝える間はなく鮮香さんが答える。
「それもあるけど、もう1つ大きな理由がある。大学の連中は審判側に回ってるんだ。
いくら競技とはいえ、間違えたら人死にが出るだろ?競技の様子を全て徊視子蜘蛛や衛星カメラで追って、それを情報として統一、大学生がもしもの時に助け出すっていうてはずになってるんだ。
一種の実践訓練なんだよな。監視の手がどこまで及ぶかというテスト、大学生の人命救助訓練、それらを合わせて学園都市の自治能力の把握と向上を目指す。この少女が言ったろ、シュミレーション。そういうこった」
「だからあのイベントは良くできてるんだ。生徒達は楽しく取り組める。学園都市は一気に技術力を上げられる。発案はうちの校長だろうけど、だとすると結構あの人黒いよね。学園都市側の利益をちゃんと考慮して、うまく協力させてる」
「あの始めにモニターに出てた校長か?あの人見た目ほど若くねぇーだろ。20年ぐらい前の写真に写ってんの私んとこの校長室で見たことあるし」
「「え?」」
クシロとタカの声がぴったり揃った。
確かに初めて聞いたら驚愕モノだと思う。あの人本当に中学生ぐらいにしか見えないから。
というかいつもゲームしては教頭に引っ張られていくものだから、何十年も学園にいるようなお偉いさんだとは信じられないのだ。
まぁ、僕は前にカイナの発言で知ってはいるのだけど、それでもやっぱりまだ疑っている。
「らしいですね。少なくても30年前にはとっくに生まれてたみたいだし。2人とも驚いてるけどカイナも同い年ぐらいみたいだよ?」
「・・・マジか?あの人不健康そうだけどそこまで歳じゃねぇだろ・・・・・・?」
「能力で老化抑えてるんじゃないかな」
「隈はファッションか?でもそれじゃあ校長は?あれも能力か?」
「いやそもそも学園長だってかなり若いけどあの席にずっと居座ってるんだろう?」
「見た目と実年齢が一致してない人多いよね、我が学園は。あっ、そうだ。30年ほど前、東京の方で形骸変容が暴れたって話知ってる?」
「聞いたことあんな。でもアレって都市伝説の類だとばかり思ってた・・・ホントにあったのか?」
「うん。先代の形骸変容はドラゴンになってそこら中破壊しまくった挙句、逃げちゃったんだって」
すると彼女は手に持っていたメニューと左手をバンッと合わせて嬉々して言った。
「ほぅ、ドラゴン!いいねぇ!」
僕も同意する。
「いいよねぇ、今のところの目標なんだけど」
「お願いだからやめてくれ・・・」
クシロがそんなことを言っている。彼は今後クラスメートと協力して新たな方法で僕を苦しめるに違いない。
ああ、僕はこうして自分の首を絞めていくんだろうな。
でもまぁ、本音だし仕方ない。
「ドラゴンかぁ、浪漫だねぇ」
「浪漫だよねぇ・・・」
「浪漫か?」
「浪漫なのか?」
男子2人は首を傾げて疑問を口にする。
「浪漫だろうが」
「浪漫だよ」
一方女子2人は再度断言。
両者意見に相違有り。
うーんと首を捻る側と分からないかなぁと首を振る側のやり取りがしばし続いた。
結局分かり合えないということで決着し、鮮香さんが話を切り替える。
「ま、その話は置いておいてだ。少女よ、お前はどう思う?あの実践訓練で一番得をしたのはどこだ?」
僕に向けての質問らしい。
「そんなこと――――」
そんなことは分かりきったことだろう。
資料とは情報、情報の価値は希少の度合いが大きく関係している。観測の難しい生物ほどその映像が重宝されるのと同じ理屈だ。
前年までと今年との違いは何か?今年に限って、新たに追加された要素は何だったか?
30年来の再来、希少能力。いまだその数が10を超えない、形骸変容。
そんな能力者が能力を使っている映像はどれほどの価値があるだろうか?
/
学園都市から数駅離れた場所にある、とある山中の研究所。
多大な国税を湯水の如く消費し、次世代教育施設を隠れ蓑にした巨大組織。
万可統一機構。
その院長室にて、織神葉月に岩男とぼさぼさ頭の初老と表現された2人の男が対面している。
部屋の主人である内海岱斉は机に腕を立てかけ、訪問者である科学者の加藤倉光は部屋にあった椅子を引っ張って座った状態だ。
「今回のデータを見てのお前の意見が聞きたい」
「おかしなことを聞くな、君は。誰が見ても申し分ない結果じゃないかね!」
岱斉の切り出しに、倉光は大げさに両手を挙げた。岱斉よりも歳を重ねているはずの彼の挙動は子供のそれだ。天才肌の博士である彼は、子供の頃からその頭角を現し研究に没頭するあまり理性的行動を習得するのをうっかり忘れてしまったらしい。
そんな彼の様子を珍しく眉を寄せて見守る岱斉。
「申し分ないのは分かっている。論点はそこではない」
「んん?織神の進展が気がかりではなかったのかね?確かに形骸変容を発現したとはいえ、その後支障が起きる可能性はあったじゃないか。ちゃんと安定しているということは喜ばしい話だ!」
「確かに能力発現後に死亡するケースがこれまでに何度かあった。だが今は別の話をしている」
「織神の制御かね?ふふん、確かに30年前あれほどに完成した形骸変容に逃げられた苦い記憶だな。
だが、そのための体育祭だろ?あの時とは違うんだ。徊視蜘蛛に監視衛星、そのテストはこれまで何度も繰り返してきた!だいたい織神にはチップが埋めこまれている」
「お前はそれが形骸変容に通用すると思うか?」
「さぁてね。しかし、そんなことを言っても始まらない。元々あの能力はそういうものだ。しかし、今回の織神は随分大人しいじゃないか」
倉光の楽観的な意見にしかめた眉をさらに寄せて岱斉は言う。
「確かに、我々の行えることにも限度があるがな。まぁ、いい。今話すべきは次のプランのことだ」
「次のプラン!」
「そうだ。次に移行するために生ずる問題についての意見を出せ」
上司であるとはいえ年下に命令形で命令されているのに倉光は全く気にした素振りを見せない。
むしろ『次のプラン』という言葉に歓喜して、目を輝かせている。
好奇心にのみ動かされる彼のような人間にとって新たな研究というのはよほど魅力的に聞こえるようだ。
「なるほどなるほど。つまりお前さんはバランスが悪いと言いたいんだろ?片方が抜きん出ていても意味がないと。で、お前さんは一体どっちが抜きん出てると思ってるんだ?」
「言うまでもないが?」
その質問に即座に断言する岱斉に、今度は倉光が苦笑した。
「ははん、まぁそうか。なら・・・そうだな。もう少し時間を置け。あれにはもう少し"学習"させるべきだな」
「能力的な差がさらに広がるぞ?」
「総合的な技能を合わせて考えるべきだな、カップリングさせるのが目的なんだ。対峙させて瞬殺なんてされたらそれこそ水の泡じゃないか」
「ちなみに参考として聞くが、総合的に見てお前はどっちがどっちを殺すと思っている?」
「言うまでもないね」
倉光は岱斉と同じように返答してやる。
だがそんな彼の茶目っ気を完璧にスルーした。
「と、なるとお前ならどの"教材"を使う?」
せっかくの友好的な行為を無視されたというのにやはり彼は気にしない。
細眼鏡の奥の瞳は細め、機関の研究部門責任者は平然と言ってのけた。
「御籤一四三を消費するね」




