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第19話- 利得伴。-K.night-

 再び泣き始めた隅美月が泣き終わった後、とりあえずそのままにしておくわけにおいかないので、使い物にならない彼女の下の衣服の代わりとして四十万隆が自分のジャージを提供した。

 隆の方はジャージの下に短パンを履いていたので全く問題ない。

 脱いだ服を教室の端に押しやり、まともに会話できるようになったところで両者改めて自己紹介から始める。

「私は隅美月、3‐Eで能力は透視能力(クレアボイアンス)・・・・・・」

「四十万隆、能力は発破能力。ああ、1‐Bだ」

「・・・・・・年下・・・」

 新情報により、自分が年下の前で粗相をしたことを改めて知らされた美月が再びぐずり始めそうな兆候を見せたため隆が先に先手を打つ。

「な、なぁ、能力の透視範囲ってどれくらいなんだ?」

「ぅう・・・えと・・・1kmぐらいかな」

「ってことは、この学校ぐらい見通せるよな?様子を探れないか?」

 とにかく違うことに気を向かせようと、彼女に能力を使わせようとする隆。

 美月はうーんと考える素振りを見せたが、首を振った。

「無理よ。確かに透視はできるけど、光がなければ何も見えない。せめて校舎の電気がついてればいいんだけど・・・」

「ブレーカーは葉月に切り裂かれてたからな・・・。となるとやっぱり強行突破か」

「うぅ・・・一応これでも、透視するものを選別したり透視阻害に影響されずに能力を使えたりできるからレベルは高いんだよ?」

 色々と情けな過ぎたらしく顔を伏せて美月は弁明する。

「まぁそういうのは適材適所だ。強行突破は俺の役目ってことで」

「でも、無理やりにでも突破できるんなら、こんな仰々しいトラップ仕掛けないんじゃない?」

「何も知らずに引っかかったら対処のしようがないが、俺らは知ってる分考える時間が与えられてんだ。

 それに葉月はまだあの髪から高精度の情報は得ることができてなさそうだしな」

 そういうと隆はジャージのポケットにしまいこんでいた巾着を取り出した。床に中身をばら撒く。

「なんでそんなことが分かるの?」

「葉月は器用に何でもこなす奴だがな、糸の振動でモノの場所を感知しようなんて行為が経験なしでぱっとできるとは思えねぇ。

 夜風だって吹いてるし、そもそも髪は常に振動してるはずだ。揺れ方でそれが人によるものか見分けてるんだろうが、その分精度は落ちる。何より蜘蛛とじゃ経験の度合いが違う。感知する葉月(ほんたい)の性能がまだそこまで良くない、ことを期待しよう」

「じゃあ、少し髪に当たったぐらいなら大丈夫ってこと?」

「いや、連続で同じような場所だったり揺れた点を繋いだら(ライン)を描くような場合は絶対やってくるだろうからあまり得策じゃない」

「じゃ、じゃあどうするの?」

「だから、コレだ」

 そう言って床を指差す。

 そこには隆が発掘した切り札が無造作に置かれている。

「これって・・・」

「今は亡きチームメイトの置き土産だ」

 間接的とはいえ実質自分が屠ったというのにしれっと言い、彼はその戦利品をはさみでちょん切り始めた。分けて数を増やすつもりだ。

「ま、成功するかは五分五分ってところだが、何もしないよりはいい。

 ・・・好きなだけ感知してもらおうじゃないか、葉月には」


 これより、何だか知らないうちに置いてきぼりを食らい何故か生き残ってしまった2人組による逃走劇が始まる。


                     ♯


 教室を出れば、廊下が伸びたその一直線上に階段が下に消えていくのが薄っすらと確認できる。

 隆はそこを歩いていき、葉月のセンサーギリギリで立ち止まった。しゃがみ込み、チョークで線を引く。

 それを他の危険区域との境界でも繰り返して、教室の入り口で待っている美月のところまで引き返した。

「1階の出入り口ならこっちの階段からの方が近いよね?」

 彼女が片方の階段を指差したが、隆はそれを否定する。

「いや。昼ぐらいに葉月が1階の教室の壁を壊して回ってたからな。こっちの教室に近い階段から降りて、壁の穴通った方が距離は短い。それに廊下より教室の方が髪を巡らされてる可能性は低いだろうな。あんまり廊下を長い距離移動するのは得策じゃない」

 彼女に持たせていた切り札のいくつかを掴み取って、その導線を親指と人差し指の腹で擦る。

 その作業を済ました後、チョークで引いた境界線に引き返した。

 仕掛けを施したそれを上に繋がる階段へとできるだけ低く投げていく。それが終わったら次は下に、それから廊下の方にも滑らした。他の階段でも同じようにして、再び彼女の方へと戻る。

「後残ったのは走りながら使う。ほれ、ライターだ」

 彼女に向かって100円ライターを投げ渡す隆。

 彼女の方は、既に溢れそうになっている両手でそれを受け止める。

 彼はその手から半分ほどを掴んで片手に握りこんだ。

「GOサインで一気に階段を駆け下りて一番近い教室から外へ出る。

 手のやつは使いやすいように導線を一方向に揃えた方がいい。飛ばす時はいくつかに小分けしてできるだけ遠くにな」

 彼女がその指示の1つ目を終わらしたのを確認して隆は自分の手の中にあるそれの3つほどの導火線に発破で火を点けた。

 バチバチという音とフラッシュのように光を八方にちらつかせるそれを廊下の窓から放り出す。と同時に、

「行くぞ!!」

 走り出した。

 彼らが安全地帯と危険地帯の境界を越える前に、先に放り出されたそれの火は本体である火薬に到達した。

 ――パンパパパッパパパパンッ


 爆竹。

 それが静寂を守る構内に音を響かせる。

 落ち葉を隠すなら森の中、センサーの当り(ヒット)を誤魔化すならありったけ誤作動させてやればいい。


                     /


 髪をハンモックのように編み込んで優雅に獲物の掛かるのを待っていた僕の耳に、爆音が響き渡った。

「っやられた!」

 体を跳ね上がらせ、ハンモックから飛び起きる。

 音からして爆竹だ。いや、音だけならいい。指に絡めた髪の方が異常に揺れている。

 爆竹が跳ねて髪を振動させている、ようだ。

 多方向過ぎる。

 どれが本物か。

 あるいは全てが囮か。

 ・・・こんなことをするのは隆だろう。

 けれども。

 これが脱出を目的とした行動であるというのなら、1階を通ることだけは確定されている。

 逃がさない。

 指の髪の毛を千切り、固くなった手を揉みながら、校長室から出た。


                     /


 仕込みをしていた、先に階段や廊下に放っていた方の爆竹も爆発し、あちらこちらで火薬の音と臭いが溢れている。

 走り、廊下を直線状に進みながら追加で爆竹に火を点けては投げていく。

 ここまであからさまに振動やら音やらが氾濫しているような状況では、あのセンサーは役に立たない。

 おそらく葉月は既に見限っているだろう。

 だから、今こうして爆竹を投げているのは外れ(エラー)を起こさせるためではない。

 窓の外や教室などに投げ込むことで音源をばらつかせることと火薬の臭いで葉月の鼻を誤魔化すためだ。

 足音も消しくれるので助かる。

 階段に到着して、勢いよく駆け下りるついでに上にもう4つほど爆竹を放り投げておいた。

 爆ぜる爆竹の音を背中に受けて、階段を駆け下りきる。

 廊下に出て、ちょうど斜めの方向に見える教室の引き戸へと体を向ける。

 そこに。

 その視界の端に、何かが映った。

 懐中電灯を反射する一筋のジャージの蛍光素材・・・。

 確認するまでもない。

 葉月だ。

「はえぇっ!」

 廊下の先、その20mほど離れた場所にあいつはいた。

 すぐさまその黒髪を伸ばしてくる。

 ちっ、仕方ない。

 ジャージのポケットに手を突っ込み、丸みを帯びた方を葉月のいる方に投げつける。

 微妙に回転し、放物線を描きながら葉月の方へと飛んでいくそれを確認する余裕があるわけなく、俺は隅の腕引き教室の扉を開けた。

 廊下でガラスの割れる音がし、そして閃光が瞬く。

 閃光電球(フラッシュ・バルブ)と呼ばれる写真撮影用の使い捨て電球だ。

 アルミニウム箔と酸素の封入された電球で、電気を流すと瞬間的に燃焼する。

 俺の場合はそれを発破の火花で起動させた。

 前に使った遠隔操作ではなく時限式の方法を使ったのだが、それはそっちの方が仕掛ける時間が大幅に短縮されるからだ。

 しかし、声の1つも上げないところをみるとどうも発光の前に目でも閉じたらしい。

 まぁ、元々効果があるとは思っていなかった。

 一瞬でも動きが止まればいいと思っただけだ。

 教室の中に入って中庭側の壁を見回すと、前の方に十分人の通れるほどの穴が開いていた。

 だが、不運なことに、今俺達がいるのは後の扉だ。

 最短距離である斜めでの横切りを数多くある机が遮っている。

 考えている暇はない。

 できるだけの最短距離を並べられた机を避ける形で進む。

「きゃぁああああぁぁぁあああ!!!」

 しかし、その距離の半分も行かない内に後から悲鳴が上がった。

 隅が葉月の髪に足を取られて引きずり込まれていた。

 やっぱり俺を狙わない!最後に残す気だ。

 そういう意味では、彼女は絶好の囮になっていたわけだが、さすがにこのまま放って行くのも気が引ける。

 ・・・使いたくなかったんだが・・・・・・。

 もう一度ポケットに手を突っ込んで、最後の切り札を取り出した。

 瓶とそれに蓋をしてあるコルク。普通極まりない瓶らしい瓶。

 ただ、中に入っているのが普通じゃない。

 見つけた時ラベルを確認して、どこで手に入れたのか呆れたぐらいだ。

 それをドアから顔を出した葉月に向かって投げつける。

 先と同じくそれはあいつ自身に当たる前に破裂した。

「っんがぁああああああああ!」

 その臭いを直で嗅いでしまった葉月は隅に絡めていた髪も解いてしまい、挙句ほぼ後向きに廊下へと倒れていった。

 バタバタと音がする。どうも悶絶しているらしい。

 だろうな。

 高濃度のNH3水溶液(アンモニア)の刺激臭だ。

 鼻のいい葉月には尚きついだろうよ。

 この攻撃が一番効果のある人物は葉月だ。

 なのに、こんなものを用意しておきながら昼間全く提示しなかった楚々絽は、疑う余地なく裏切る気満々だったわけである。

 さて、ここにいるわけにもいかない。

 座り込んでしまっている隅の腕を取って、すぐさまこの恐怖の館から退散した。


                     /


 バタンバタンと体を弓形(ゆみなり)に反らしたり捻ったりしている内に、嗅覚を切ってしまえばいいことに気づいた。

 それによって何とか酷い刺激臭から逃れることができて、壁に手をつきながら立ち上がる。

 目尻に溜まった涙を拭く。

「や・ら・・・れた・・・・・・」

 教室の中を見てみるけれど、当然ながら2人はいなかった。

 追うことはできるけれど、今回は完敗だ。一度間を空けて態勢を整えたい。

 ・・・考えて見れば、隆にはこれで2度撃退されているのか・・・。

 悔しい。悔しいな。悔しすぎるな。

 よし、オッケー。次は絶対隆から潰そう。

 などと決意を新たにしているとモバイルが振動した。

 瞳孔を絞って、輝くディスプレイに目をやる。

 『生存者残り5名』

 どうも、僕が恐ろしい攻撃に悶絶している内に誰かがやられたらしい。

 本当に・・・・・・アンモニアなんてどこから用意してきたのだろう?

 理科室の薬品は事前に取り除かれているはずなのに。

 しかしあと5人か。

 僕を含め隆ともう1人の娘で3人。残りは2人ということになる。

 気分を変えてその2人に標的を移そう。


                     /


 いきなりの爆音に慌てふためき、ちょうどいた食堂の長机の下に潜り込んでしまった私はそこから出られずにいた。

 考えてみれば机の下に入るのは地震の時であって、あの爆音は誰かの能力によるものだろうからこんなところにいても意味がない。

 けれど、この場合は単に怖がって咄嗟に行動してしまったという方が表現的には合っているわけで、じゃあこれで正しいと言えなくも・・・?

 駄目だ。思考がおかしくなってる。

 とにかくここから出なければならない。

 しかし人間というものは恐怖を感じると狭い空間に縮こまってしまう性質があるのか、どうしても思い切りがつかない。

 さすがは哺乳類。白亜紀時代からのヘタレ根性が抜けてないとみえる。

 恐竜どもが謳歌していた地上から逃げ出して地中に住んでいた我らが祖先よ。君達のせいで私は今ひどく困ってる、何とかしてくれ。

 さっきのメッセージからするにあの爆音騒ぎで誰かが犠牲になったらしい。

 座標転移者(テレポーター)である私がこうして生き残っているのは、敵が現れた瞬間に戦闘離脱し続けた結果だ。

 戦闘から逃げ続けているのだからそれでの成績は期待できないけれど、このまま最後まで生き残れば順位成績でお釣りがくる。

 一種の賭けだ。でも私は逃げ足なら自信がある。

 何せ座標転移(テレポート)の能力者だ。

 自分を移動させることは朝飯前。自分自身の座標は設定が必要ないので最も簡単な転移動作だと言える。

 けど、それは相手が視認できるという前提の上での話でしかない。

 確認できない相手ほど怖いものはないのだ。

 相手が自分を狙っていると分からないのでは能力なんて使いようがない。

 だから能力者というのは基本的に不意打ちに弱い。

 日常的な赤(コード・レッド)がその辺りの無意識下の能力持続発現について研究していたらしく、その資料が出されてはいるものの私は手をつけてなかった。

 そこまで勉強熱心じゃないし。

 研究者の作ったレポートって学生向けじゃないから読むのも辛いんだ。

 ま、そんなのはどうでも――――


 ――コツンッ


 足音が聞こえた。

 誰かいる。

 コツコツと靴が床を叩く音がして、それが近づいてきている。

 どんどん大きくなる音に心臓が破裂しそうな思いだ。

 机の下にいてよかった――!

 動く必要なく、ここで様子を見ればいい。

 大丈夫。この暗闇ではこんなところ見えはしない。

 音も立ててないからこちらの存在は気づかれていないはず。

 暗くてほとんど何も見えないけれど食堂の出入り口に目を凝らす。

 何かが動いているかぐらいは分かる。誰かが来た時点で逃げ出せばいい。

 ――コツコツコツコツ・・・・・・ダッダッダッダダッダダダ・・・

 足音の感覚はどんどん短くなり、音自体も変わっていく。

 床の性質が変わったせい、だろうか?

 でも、でもそれなら(・・・・)・・・。廊下から、食堂に入って床が変わったというのなら。

 もう、この食堂にいる、はず、なのに。

 何かが、おかしい。

 息が荒くなってきた。胸がくるしい。

 それへの対処法など実に簡単だ。

 さっさとここからテレポートすればいいだけ。

 なのに、動けない。

 怖いけれど、逃げたくない。

 その怖いと思っている実体が一体なんなのかを確認するまでは、安心できない。

 唐突に、足音が止まった。

 周りを見回すけど、誰もいない。

 焦らされるような空白。

 何かが来ると分かっているのに、それがいつ来るか分からないという不安。

 しかし、そんな不安はすぐに解消される。


 机の脚越しに外を見ていた私の視界を遮るように、

 女性の顔が上から覗き込んできた。

 垂れる髪、光る目、歪む唇。


「ぎゃああああああああああぁああああぁああぁぁあああああああああああぁぁぁ!!!」

 いきなりの精神攻撃に、テレポートもせず机の下から這い出す私。

 力がうまく入らない体を何とか、無理やり立ち上がらせて、さきほどまで女がいたはずの方へと振り向いた。

「え?」

 誰もいない(・・・・・)

 ちょっ、えっ?嘘!

 さっきまで、いたはず、なんだけど。

 ・・・・・・もしかして、幽霊?

 なーんだ。敵じゃないんだ。よかったよかっ・・・・・・よくねぇッ!

 や、やばっ。ないよね?そんなわけないよね?

 足音が聞こえたってことは足があるってことこだし!

 いやでも姿見えなかった・・・。

 ――とんとん

 そこでいきなり肩を叩かれた。

 首だけを回すなんて器用な真似ができるわけもなく、体ごと一気に振り向く。

 でもやっぱり誰もいない。

 息苦しい。

 どうしよう、とてつもなく心臓が痛い。

 けど、やっぱり正体が掴めていないため、ここから離れられそうにない。

 そんなこんなであちこち目を向けていると、次は微かに声が聞こえてきた。

 耳を澄ますとそれがどうも笑い声だと言うことが分かった。

 やべぇ。どうも幽霊の方っぽいっす。

 その声がする方向を探ろうとするのだけど、木霊するようにあちこちに反響しているのか全く位置が定まっていない。

 と、その笑い声も止まり、次は意味のある言葉が聞こえてくる。

「・・・ぁーごめ、かごめ・・・・・・」

 咄嗟に振り向く。

「かーごのなーかのとーりはぁ、いーついーつ出ーやる」

 再び、向いた先には暗闇しかない。

「つーるとかーめが滑ぇったー」

 三度、けれどやっぱり何もない。あの目立つ瞳すらちらつかない。

 けれど、今度こそ本当に、

「後ろのしょーうめん・・・だ・ぁ・れ?」

 自分の真後ろからいきなり大きくはっきりとした声が、聞こえた。

 ・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・。


「あはっ」


                     /


 支給されたモバイルが振動した。

 生き残りが5人から4人になったらしい。

 校舎内に入らず、運動場の端の方で様子を見ていたのだが、爆音がしたりとなかなか愉快な戦場みたいだ。

 相棒の鉄板を敷いた上で胡坐をかいていた私は、入ってみるかどうか思案していた。

 私の炎海紅泥は入り組んだ場所では使いづらい。

 最終ステージに残っているような人間に対しては万全の状態で臨みたいからな。

 と、指に巻いてあった勝敗判定用とは違うアドバンテージのペンダントが点灯し始めた。

 誰かが近づいているらしい。

 見回すと、校舎から人影が出てきた。

 視界確保と威嚇の意味を込めて火球を頭上に作る。

 が、そいつはどうもかなり気が動転しているらしく構わずこっちに向かって走りきり、それどころか抱きついてきた。

「ぐぇっ」

 かなり力が強い。

 恐怖で力加減が分からなくなっているらしい。

 女子なので当たり前なのだが赤いジャージを着ている小さな少女だった。

 目に涙を溜めている。

「こ、校舎にばっ、化け物が・・・!た、助けてぇ!!」

「化け物ぉ?」

「触手がうよっ、うようよってしててっ!」

 触手・・・?

 なんだそれ。そんな能力者いたか?認識変換(シー・シー)?それとも形態変身(トランスフォーム)

 ・・・とにかく、どうやら恐怖心を煽ることで戦況を有利にしている奴がいるらしい。

 誰かは知らないが、こそこそやるのはいただけない。カッコ悪いぞ。

 酷く震えている彼女の頭を撫でてやる。

「大丈夫だ。その化け物を炙り出してやんよ」

 校舎に向かって手をかざす。

 建物の端が赤く発光し、形状をなくし始めた。

 片側から建物を溶かすことで相手を巣穴から引きずり出すいつもの手だ。

 猶予を考えてゆっくりと建物を順序よく崩していく。

「すごい・・・・・・」

 いまだ抱きついている少女がその様子を見て感嘆の言葉をこぼした。

 そう言われると悪い気はしない。

 校舎は程なくして全て溶解した。学校だった敷地は赤黒く燃えるただの空き地と化している。

 けれど、その化け物とやらは出てこない。

 運動場側ではなく反対側に逃げたか?

 いや、駐車場も含めて溶解させたんだ、あっちはそれほどのスペースはないはずだ。

 そもそも運動場以外では熱さに耐えられないだろう。

 なのに誰も出てこない・・・?

 いや、誰かが出てきていた。

 2人いる。校舎ではなく、学校の敷地のギリギリ端を通るようにして走ってきている。

 どうもどこかに隠れていたのに私の能力によってとばっちりを受けたらしい。 

「おーい!そっちは大丈夫か――?そっちに変なの来てないよな――!?」

 その内の1人、男子の方が遠方から大声で問いかけてきた。

 変なの・・・彼女の言う化け物とかいう奴のことだろうか?

 となるとやっぱり彼らはそいつではないらしい。

 どうやらもう1人の生存者について知っているみたい――――、・・・・・・・・・あ?もう、1人?

 私たち2人に向こうの彼ら2人、で4人。それに校舎にいたはずのもう1人を入れて5人・・・?

 生存者は4人――ッ!

 ッ――――やられた!

 下を向く。


 彼女が髪にゴムと一緒にくくりつけていた私のペンダントへ手を伸ばすのと、

 私が彼女と自分のわずかな隙間に発破をかけるのは、

 同時だった。


                     /


 ――バァア゛ァ―――ン・・・


 空気を破壊するような音がして、密着していた2人の女子生徒の距離が一気に開く。

 片方の、髪を輪を作るように括っている少女は爆破の勢いに押されて後方へ吹っ飛ばされた。

 もう片方の、黒髪のロングヘアーをなびかせた少女はよろめいたものの持ちこたえた。

 一撃を放った方が飛ばされるという皮肉な結果になったが、そんなものを気にするものはいない。

 不意打ちからの離脱。兎傘鮮香(とがさ あざか)の狙いはそれだけだ。

 背中を地面からすばやく離し、右手を鳴らす。

 地面に置いてあった鉄板が弾け飛んで彼女のそばに突き刺さった。

 黒髪を風に流すように伸ばしていく織神葉月は、心底残念そうにぼやく。

「あーあ、せっかくジャージまで追い剥いで、タカにバレないように顔まで変えたのにな・・・。人数割れちゃってるとやっぱりねぇ」

「何なんだお前はよ」

「ただの怖がりな女の子♪」

「嘘吐け」

 胡散臭そうに鮮香は言い捨てて鉄板を引き抜いた。

 葉月の方は変えていた顔を元に戻し、態勢を低めに取る。

 両者対峙して、出方を伺っている状況。

 と、

「あっ、ちょっと待って」

 葉月が思い出したように言って、伸ばしていた髪の一束を俊敏に動かし四十万隆を捕縛した。

「え?っおい!」 

 流れ的に全く自分が狙われると思っていなかった隆はあっさり捕まり吊るし上げられる。

「考えてみれば、これで3度邪魔されたことになるんだよね。いやーさすがに遊び過ぎたし」

 そう言うと、彼の両足を掴む形でぐるぐると回し始めた。

「待て待てまてまてまてまてまて・・・ぁて・・てててえええぇえええ!!」

 地上3mほどの空中で遠心力を味わいながら絶叫を上げる隆。

 今までの恨みを存分に晴らさんとする葉月。

 横に回し、縦に回し、斜めに回し、上下に振り、振り子のように振り・・・・・・

 その行為は1分ほど続いて、やっと隆は地面に降ろされた。

「ぅおえぇ・・・」

 既にペンダントを破壊されているのだが、死んだ振りができるほどの余裕が彼にはない。 

 どころか、吐きそうになって口元を押さえている。

「よし、報復終了」

 その様子を見ていた鮮香が再び問う。

「お前何よ?」

「ただのお茶目な女の子♪」

「・・・大嘘吐きめ」

 言うと同時に、今まで彼女の頭上に回っていた1つの火球が弾けるようにして葉月に襲い掛かった。

 それを葉月は髪の触手で打ち落とそうとする。

 しかし、髪は炎弾に当たった瞬間溶けて消えた。たんぱく質が燃えた時にする特有の臭いが鼻につく。

「ちっ」

 有機物は燃えやすい。

 考えてみれば分かる失敗をやらかしてしまった葉月は、経験を生かしてすぐさま髪に血中の鉄分を巡らせていく。

 その間に防げず迫りきていた火炎を悠々と受け流し、足を踏み込んで一気に跳躍した。

 鮮香は葉月との接近戦を避けるべく、足を踏み鳴らす。

 瞬間、葉月の前足を出した先の地面が発破し、葉月は体のバランスを崩した。

 それに追い討ちをかけるべく、鮮香は事前に用意しておいた数珠状に並んだ幾つものバスケットボール大の火球を時間差に撃ち出していく。

 容赦ない攻撃に、炎が光源になっているにもかかわらず、砂煙で着弾点がどうなったか見えない。

 が、様子を見ていた鮮香に向かって黒い髪で形成された腕が一直線に伸びてきた。

 先ほどと同じく炎弾で燃やそうとしたが、燃え尽きず炎を突き破る五指を見て、

「はっ」

 鮮香は咄嗟に持っていた鉄板に発破をかけ横に自らを吹っ飛ばした。それによって髪の腕を回避する。

 砂の治まった後を見てみると、繭のように髪で自分を包み込んでいる葉月の姿が目視できた。腕はその一部から伸びてきている。

 髪の性質が明らかに変わったことで、彼女の判断材料が揃った。

 顔を変形させたことから、彼女の能力の第一特徴を。

 髪の焼ける臭いと彼女の髪への頼り方から、それが幻覚ではないことを。

 それぞれ得て、その2つから推測される答えを口にする。

認識変換(シー・シー)でも形態変身(トランスフォーム)でもない・・・ね。

 お前、形骸変容(メタモルフォーゼ)だな」

 そして、

「そういや、共同訓練でそんなこと言ってる奴がいたっけか。

 はんっ、なるほど。近くにいるのがこれじゃあ自分の力量を過小評価もするわな」

 今現在高級マンション最上階でくつろぎきっている件の少年のことを思い出した。

「よし、お姉さんがこの暴走狂(バーサーカー)を倒してあげよう」

 掌に小型の火球を作り撃ち出す。銃と同じような要領で発破を利用し放たれるそれはかなりの勢いを持っている。

 繭を解いて伸ばしていた腕を回収していた葉月はそれを先ほど腕だった触手で弾こうとするが、接触した途端火球は破裂した。

 昼間鮮香が使っていた手製の手榴弾だ。

 触手が弾かれたことで葉月の防御手段の1つが崩された隙に、鮮香はさらに量産した同じものを一気に畳み掛ける。

 だが、いくら触手の数が多くても、その防御法ではかわしきれないことは葉月も分かっている。

 止まっていた足を再び動かして前へ進む。接近する炎弾との距離を見計らって、足で運動場の砂を抉り飛ばした。

 人間離れした筋肉から繰り出される運動エネルギーによってベクトルと力を与えられた無数の砂の凶弾が炎弾に当たり、迎撃していく。

 それだけではなく、その爆風に威力こそ殺がれつつも飛び続けた砂の豪雨が鮮香に降り注いだ。

「蹴飛ばしただけでこの威力かよ!体強化しすぎだ、くそっ!」

 口に入った砂をがりっと噛み砕きながら、前に手をかざした。

 彼女と走ってくる葉月の間の地面が乱暴な発破によって無作為に弾ける。

 2人の距離を縮めさせないための策だったが、一度似たような手に引っかかっている葉月は対処法を用意していた。

 力いっぱい跳躍すると、髪の一部を運動場を囲む非常に高いフェンスに括りつけて引く。これによって葉月は危険地帯を飛び越えて鮮香の真上に一気に移動した。

 上からの攻撃を封殺するため頭上に再び火球を形成する鮮香。

 それをも容赦なく髪の束で貫こうとする葉月に彼女は照準を定める。

 ここまで近寄ればわざわざ炎弾を放つまでもなく、対象と同位置に炎を発現させられるのだ。

 無論危険なのでそんなことはしないが、すぐ目の前に発火させた。それは一瞬だけで燃え尽きる。

「うわっ!」

 さすがに面を食らった葉月は仰け反るようにして回避しようとするが、そもそも空中でそれができるわけもなく、代わりにまだ絡めていたフェンスの髪に力を入れてそのまま引っ張られ、フェンスに足を着けた。

「PKって反則だよね。やっぱり近づきにくすぎるから真正面から相手したくない」

「うるせぇよ。超能力の例外が何ほざいてやがんだ」

 葉月に休む暇を与えないように鮮香は炎弾を続けて飛ばす。

 葉月はそれをフェンスからフェンスに移動してかわしていったが、フェンス自体の耐久性が限界を超えて倒壊し始めた。

 鮮香の近くは危険と理解した葉月はフェンスから跳躍して、跳ぶ前にいた辺りに再び着地する。

 同じ位置に戻ってきたなーなどと考える間もなく現在形で追撃されている葉月は、避けることを放棄して、鉄で強化した髪を振るう。

 なぎ払うように炎弾を迎撃していく髪はやはりと言うべきか一定期間有効であったものの、例の手榴弾に切り替えられたことで効果を激減させられた。

 しかしそれは当然のように葉月の足技によって繰り出された異常な量の砂にやられて空中で爆発。何の仕込みもしていない炎弾は爆発こそしないが威力は落ちてしまう。

 が、だからと言って葉月が鮮香に近づけるかと言えばそれも無理な話である。

 焦れた鮮香が勝負をかけようと特大の火球を作り始める。

 直径10mほどの火炎玉を頭上に輝かせた彼女はそれを容赦なく葉月に放った。

 当然の流れとしてそれを髪の触手で払う葉月。だが、

 ――バァゴォン!!!

 今までにない威力の大爆発が起きた。

 爆風と火の粉が飛び散る中、葉月は髪で身を包み、鮮香は持っていた鉄板を盾にしてそれを乗り切る。

 火慣れしている鮮香は危険が去ったと判断した瞬間、鉄板から腕を突き出して火炎を放射した。

 今までの弾として撃ち出す攻撃法ではなく、燃やし尽くす火炎放射。ゆうに25mは離れているがその威力は衰えを見せず、葉月の繭を覆う。

 これで迂闊に這い出れまい。

 いくら強固な防御とはいえ、熱され続ければ加熱する。中も無事には済まされない。命の危険が判断された場合は審判に強制失格させられることになっているため、この方法でも決着がつけられる。

 どうやら鉄が主成分らしいと鮮香も感づいていたその繭が赤くなり始め、鮮香に安堵の表情が生まれた。

 が、いきなり地面が抉れ彼女の真下から見慣れた黒い腕が現れた。

「っうぉお!」

 それに足を取られ彼女は後に転倒し、火炎放射は照準を外す。葉月はそれを見計らって繭を解いた。

「さすがに視覚なしじゃ、ペンダントをいきなりってわけにもいかないか・・・」

 2度目に地面を踏んだ時から気づかれないように潜らせていた葉月の後ろ髪が転んだ鮮香の足から這いずり上がっていく。

「くそっ、が!」

 髪の耐久性から考えてこれから抜け出すことは無理だと悟った彼女は最後に、葉月に向かって一撃を食らわす。

 距離があるため、正確さに欠けるのが難点だが、唯一葉月の不意をつけた攻撃。指定座標にいきなり能力を発現させる技。

 分の悪い賭けであるが、やらないよりはマシだ。

 鮮香はペンダントをしまいこんでいるだろう胸に向かって発破をかけた。

「ッ!」

 パンッを軽く弾ける音がして、葉月のジャージが破ける。

 しかしそれは、

「腿・・・!」

 胸ではなく右足の内腿であり、狙いは完璧ずれていた。

 悔しそうな顔をする鮮香。

「・・・え?」

 ところが、それ以上に葉月が動揺していた。

 破れたせいで露になった太腿に紐が括りつけられていて、漏れた赤い液体が腿から下に垂れていく。

 葉月が意外性を考えてペンダントを隠しておいた場所。

 それに、狙いを外した一撃が見事に直撃していた。

「・・・・・・ってことは!」

 そう言って起き上がろうとした鮮香は、そこで気づいた。

 自分が今まで頭をくっつけていた地面に赤い小さな水溜りができている。

 恐る恐る後ろ髪を確認すると、濡れていることがよく分かった。

 倒れた時に、壊れたらしい。

 葉月と鮮香はお互いの結末をしばし呆然と確認し合い、死んだ振りをすることも忘れて、とある方へと目をやる。

 そこには目眩と吐き気を催して倒れている隆を膝枕で看病している隅美月(ゆうしょうしゃ)

「「あれぇ・・・?」」


「はぁ――い、織神葉月さんと兎傘鮮香さんのリタイアによって、隅美月さんの優勝が決定!ただいま体育祭競技バトルロワイヤルは終了しました――――!皆様お疲れ様――」


 ファンファーレが鳴り響き、第一中学校長こと久遠未来の軽い一言によって、

 体育祭は幕を閉じた。


                     /


 葉月はめでたくホラー賞とパニック賞を頂いた上、バトルロワイヤルでは2位という超好成績を収めるに至った。

 この場合ホラー賞にパニック賞という映画のジャンルみたいな賞が名誉かどうかは疑問だが、葉月はご満悦のご様子だ。

 体育祭が終わった後、再び集まることもなく、配給されたモバイルやネット上で閉幕式と終業式が行われた。

 その時点で分かっている受賞者等の読み上げや校長の偏見万歳な感想が流れ、そのまま終業式に移行という節操というか雰囲気とかそういうものをどこかに置いてきたような式だった。

 既に夜になっているわけだから、再び生徒を集めるのは難しいのは分かっているが、別に今日やらなくてもいいんじゃないのか。

 終業式なんて特にそうだと思ったものの、そういえば我らが学び舎は溶解して完全消滅していたり。

 考えてみたら式どころじゃない。

 体育祭後に夏休みに入る理由がよく分かったのだが、長期休暇とはいえ2、3ヶ月で校舎が建つのかと心配になる。

 突貫工事の域を逸している気がしてならないのだけど、能力が一仕事かうらしい。

 毎年そんなことをやっているからいつ見ても校舎はまるで新築のように綺麗なのだと、恐ろしい事実に気がつかされた。費用がどこから出ているかも謎だ。

 ・・・などと考えれば考えるほど現実離れしてくる推論を振り払い、俺の住み家であるマンション1室を見回す。

 昼間から集まりだし、騒いでいた1‐Bクラスメートに加え、能力の使いすぎたらしくカーペットに仰向けで寝転がっている葉月、まだ若干頭痛がしてテーブルに突っ伏している隆が追加されている。

「ほら、しじまんが残ったんだから配当ちょーだい」

「そういえばさ、何で隆が勝つと思ったの?」

「ん、そりゃはづきんは楽しみは後に取っとくタイプでしょ?しじまんの方が虐めがいあるもん」

「・・・・・・絵梨お前後で覚えてろよ」

「あー、そっか。考えてみればそうだった」

 悔しそうな予想を外した面々。

「お前らも覚えてろ・・・」

 葉月がぬっと起きてきて注がれてあったコップを取った。

「でも結局僕の方がタカに振り回された感じがするけどね」

「というか、だ。楚々絽、よくも競技開始早々から騙してくれたよな」

「アンモニアまでよく用意してたよな」

「王道だろう?ガキの思いつく悪戯じゃないか」

「でも何で教室から持ってかなかったの?」

「切り札はバレたら意味がなくなる。裏切るんだし隆にだって知られるべきじゃなかった。

 おかげで使う機会なくやられたけど」

「そっか結局最後まで四十万と一緒だったよな。あれ?でも裏切った後に一度戻ればよかったんじゃないのか?」

「戻る前に葉月と鉢合わせしたらどうするのさ。少なくても3人くらいは倒しておきたかったし」

 そんな会話の中葉月だけが黙々とテーブルに出されたチョコチップクッキーを頬張っている。既に1箱食べ終えていて、2箱目だ。

「随分お腹空いてるんだねはづきちゃん」

「私たちの食料盗っといてまだ食べれるとは・・・」

「いやだって、結構動いたし」

「髪がな」

「いいでしょ。すごく便利だよ、コレ」

 そう言ってうにょんと髪を動かして、床に積まれていたお菓子を自分の前に持っていった。

「怖いから。手があるでしょ手が。何のために手がついてると思ってるのよ」

「飾り。だったら椎ちゃんは何で髪で取らないの?何のために髪が生えてると思ってるの?」

「飾り。でもね、葉月ちゃん、その髪は本当に不気味よ?」

「そうかなー、気に入ってるんだけどなぁ。

 あ、そうだタカ、あの子とメルアド交換したよね?」

「あぁ?」

 いきなり話を振られて顔を上げる隆。

「えっ、そうなの?」

「ん。さっき聞いたけどタカが怖がらせたせいで彼女――――」

「待て。もともとの原因はお前だぞ?」

 その反論を葉月は当然のように無視する。

「――下のジャージ駄目にしちゃったらしいけどさ。その代わりに自分の貸したんでしょ?彼女下だけ青色だったの僕も見たし」

「ああー、なるほど。となると返すために連絡を取らなきゃいけないわけですな?」

 そして西谷が乗っかってきた。

「いやいや、そりゃそうだけどな・・・」

「・・・膝枕」

 ぼそりと葉月が言う。

「競技が終わった後もしばらく・・・ね」

 皆の目が一斉に隆に向いた。

「被告人、何か弁明は?」

「・・・・・・弁護士は?」

 そんな隆の言葉をやはり無視し、布衣菜が言う。

「葉月検事、証拠の提示を」

 隆が助けてくれと言わんばかりにこっちを見てくるが、残念俺も昼に散々弄られた身だ。

 今からは弄る方に参加したい気分なのだよ。

 なので、

「私、朽網釧が証拠品を提示します――」

 トドメを刺させてもらう。

 膝枕の映像なら残ってるのだ。


                     /


 早い内にリタイアしたならともかく最後の辺りまで残っていた人間には結構ハードなパーティーが終了し、帰宅した織神葉月は入浴後にクローゼットを開けて硬直した。

 いつの間にか、その中身がすり替わっている。

 今までの見慣れたくなくても見慣れてしまった女のモノの衣服がごっそりと消え、代わりにさらに女っぽさを強調するような服がぎっしり詰まっているのだ。

 フリフリにフリフリでフリフリがフリフリ・・・・・・飾り付けるだけに作られた余分な布がやたらと多いワンピースにブラウスにスカート等がその存在を誇張していた。

 ついでに簡易ベッドだった寝床もベッド自体が年相応の女の子が使いそうなふかふかなものになっているし、当然シーツの類も味気ない白布ではなくなっている。

「いつ・・・の間・・・・・・に」

 呆然とその様を見つめる葉月。

 『流され慣れろ』な彼女だが、基本的に最低限度の生活に必要ないものは持たない主義だ。

 シンプル・ザ・ベストな日常を送っている彼女としてはそもそも自分を必要以上に着飾ろうなどという考えはありえないのであり、それ故にこういった衣類には耐性がない。

 今まで用意されていたのは体を守る機能としての衣類に上品な飾りがついた程度のものだったが、今彼女の目に映っているモノは過剰な飾りが見られるようなものばかりだ。

 学校に編入する前は普段着が人間ドックで着るような衣服だった葉月にとっては、機能性すら捨て去ったように見えてならないそれらは精神爆撃の類に見えた。

 今日一日生徒達を散々震え上がらせていた彼女は思わぬ攻撃を受け、よろめいてベッドに突っ伏す。

 ところが、誰もいないはずのベッドに何やら先客の感触が。

 掛け布団をめくってみると、棒状の縫いぐるみっぽい意味不明の何かがそこに存在した。

 白い筒に目と口と角をつけたそれは、形状はともかく羊らしい。

「・・・・・・」

 バタム。

 葉月は下着姿のままふかふか度のアップしたベッドに再度倒れこみ、そのまま動かなくなった。

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