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第18話- 捕食犯。-Ghost-

 長い夏の昼が終わりを告げている。

 あれだけ五月蝿かった蝉の鳴き声も今は落ち着き、今鳴いているのはヒグラシぐらいだ。

 斜陽してオレンジを帯びた光が校舎を射し、それによってできた影の色合いは濃い。

 序盤である程度数が減り、昼から夕方にかけて(ふる)いにかけられた生徒達は、今現在疲労により一時休息を取っている。

 そのためか非常に静かな構内に、

 ――ガカンッ

 1つ大きな音が響いた。

 固く閉じられていたロッカーがまるで何かが孵化するように開いたのだ。

「ふぁあ〜あ・・・」

 欠伸をして、頭を左右に振る。

 その動作は小動物の仕草に似てなくもないのだが、例えるなら猫ジャラシに飛びつく百獣の王(ライオン)と言った方がしっくりくる。

 眠たげな瞳を一度閉じて、開き直す。

 大きな目が琥珀色から一瞬、光を反射して白く光った。

 まだ人数の残っていた昼頃から夕方の今まで体力回復に専念していた実力者は、人数が減り疲労がたまったこの時間に、学校を越えて様々な生徒が入り乱れるこの時刻に活動を再開する。

 夜になり多くの人間が視界を奪われるこの時間帯こそ、織神葉月の独壇場(フィールド)だ。

 ――とたとたとたんっ

 軽やかに、しなやかに、葉月は夕闇に消えていった。


                     /


 鬼ごっこというのは実に不平等な遊びだと思う。

 鬼は相手を攻撃する手段を持っているのに、逃げる側は抵抗できずにただ逃げ回るだけだ。

 いや、"鬼"ごっこというのはそもそもそういうものなのか。

 その昔割と真剣に信じられていた"鬼"による誘拐から逃げる風習が遊びになったものだったっけ?

 名前からするとそんな感じがするが、まぁ正直どうでもいい話だ。

 問題は楚々絽である。

 なんであいつはあんなに体力があるのだろう。俺もそれなりに鍛えているつもりだったのだが、まさかあそこまで持久力がある奴だったとは思わなかった。

 葉月とは違い能力的に身体強化ができるわけでもないのに、軽く1時間は走り回された。

 その後も、隠れては見つかり追いかけられ・・・という嫌なサイクルを繰り返し、今現在に至る。

 はっきり言って心臓に悪い。肺にも悪い。

 冷静に考えれば、本当に鬼ごっこをやっているわけでもないのだから反撃すればいいのだろうが、完全に向こうのペースになってしまっている。

 というか俺の方が攻撃系の能力なのにな。

 普段から女子が政権を握っている我がクラスにいるせいか、攻めに転じにくくてしかたない。

 座り込んだ壁から立ち上がり、振り向いて窓の外を見る。

 陽は既に西にある建築物群の奥へと消えかかっていた。

 この時間帯まで生き残れるとは思っていなかったなぁ。

 葉月にすぐにやられてしまうはずだったのが、こうして何とか逃げおおせている。

 そういえば葉月はどこへ行ったのだろう?

 途中から見なくなったのだが、標的を変えたのか学校から出て行ったのか。あるいはリタイアしたのかもしれない。

 まぁ、ありえないんだろうが。

 さて、こうしても仕方ないので教室から廊下に出る。

 夕方までの間に大分生徒も減ったようで人影はない。

「・・・・・・」

 と言ったそばから、人が現れた。

「楚々絽・・・・・・お前しつけぇ・・・」

 向こうもさすがに疲れているようで表情が固い。力が入らなくなってきたのか微妙に足が震えている。

「どうも1‐Bは私達と葉月だけになったみたいだからね。どうせなら私が葉月の取り分を横取りさせてもらう」

 もうそろそろ逃げるのも限界だ。今後のことを考えても体力は温存しておきたい。

 だが楚々絽はそう簡単に勝たしてくれる相手でもないのだろう。

 こいつはガタイのいい男子生徒と真正面からやり合えると打算できるほどに運動神経に自信があるようだしな。

 腰に力を入れる。とにかくあいつの持っているペンダントを潰せばいいんだ。

 それだけなのだが、どうしても難しいことに思えてしまう。

 相手にとってもそれは同じことだからか、実践不足で勝負に出る勇気がないからか・・・。

 拳は握り締めても意味がないので開き、足のコンディションを確認する。

 走り続けただけあって疲れてはいるものの、ちゃんと筋肉は動かせるようだ。途中で不意に力が抜けてしまうことがないかが心配ではあるが・・・・・・。

 楚々絽の方にしっかりと目を向け対峙する。

 楚々絽はいつもの余裕を持った薄い笑みを浮かべて言った。

「さぁーて、そろそろ私も体力が限界だ」

 そうか。ならおとなしくどっかで休んでおいてくれ。

 ひっきりなしに俺を追い回してその台詞はねぇぞ。

「やっと立ち向かってくれる気になったみたいだし、これでおわっ――」

 おわ・・・・・・何?

 言葉が途中で途切れた。

 楚々絽の口は『わ』の状態で開いたままになっている。

 そして、

「終わった――――!!」

 いきなり踵を返して走り出した。

 その意味が分かった瞬間俺も振り返らずにそのまま走り出す。

 猛ダッシュの末、楚々絽と並んで走るポジションを確保した上で一縷の望みを託して後ろを振り返った。

「・・・」

 望み叶わず。

 ゆらりゆらりと体を揺らすように歩を進める黒髪の少女の姿がそこにある。

「織神様が御光臨なさりやがった――――っ!」


                     /


 陽が、完全に沈んだ。辺り一面真っ暗で自分が鳥目になってしまったのかという錯覚すら覚える。

 本来なら自動的に点灯する街路灯の類はこの競技期間中においては例外的に作動しない。

 能力による格差を広げるためにわざと環境を厳しく作り上げているのだ。

 もちろん学園外を見渡せば町の光が見えるため全くの暗闇というわけではないのだが、近くの様子を観察できるほどに鮮明な視界は確保できない。

「よし・・・っ!」

 長時間の休息に固くなった体を解し、何も見えない周りを見回す。

 自分が使い慣れているPK系能力の能力波に限っては感知できる彼女は、それを使って生き残った敵を探った。

 長く休んだとはいえ、途中で邪魔が入ったため回復は7割ほど。

 けれど、体力温存を図る気はさらさらない。

 寝る時に敷いていた今回大活躍だった相棒を手で持ち、今回は歩いて敵地に向かう。

 好みのど派手な登場はひとまず我慢して、敵の状況を探査するつもりだ。

 大分ボロボロになったジャージの損傷を手探りで再度確認し、喉の具合も確認する。

 途中見つけたアイテムボックスの中に入っていたペットボトルの水を流し込んだ。

 懐中電灯があれば言うことなしなのだが、ないものを欲しても仕方あるまい。

 彼女は力強い足取りで第一中学校に進み始めた。


                     /


 逃走中。

 超、必死で逃走中。

 廊下を走り、角を何度も曲がり、階段を降りてまた廊下を走る。

 今までの逃走とは違い、相手は楚々絽じゃないし途中で横槍を入れてくれる生徒もいない。

 そもそもこの校舎内に俺ら以外の人間が生き残っているのかすら疑わしいのだ。

 何より俺らの能力は発破系能力と探査系能力だ。楚々絽は言わずもがな、大して威力のでない俺の能力も攻撃性は期待できない。

 楚々絽と並んで走っている今、唯一の望みは二手に分かれた時にこいつに葉月がついていく・・・憑いていくことぐらいだ。

「何とかしろよ!PKだろう!?」

「残念ながらな、俺の能力じゃ目くらましにもならねぇよ。お前こそ自慢の体術で何とかしろ」

「体術って基本対人間作法なんだよ!アレは論外!髪を無数に手の代替物にできるようなのと組み手ができるか!」

 醜く言い争い、何度目かの角を曲がる。

 それこそ鬼ごっこであるのなら物陰にでも隠れればいいのだが、これの鬼は鼻が利く。ついでに近くなら熱も感知できると言っていた気もする。

 走っても走っても行き止まりは来ない。その点において校舎が広いのは助かったが、いつまでも逃げ続けることなど不可能だ。

 葉月は付かず離れず絶妙な距離を保ちながら追ってきている。

 その気になれば一気に追いつくことができるだろうに、こっちの体力がなくなるのを待っているらしい。

 獣が一度捕まえた獲物をわざと逃がして愉しむというのをどこかで聞いたことがあるが、まさしくそれだ。

 捕まえようと思えばまとめて根こそぎ捕まえられたはずなのに1人ずつ引きずり込んで恐怖心を煽り、反応を愉しんでいる。

 あまり目立って趣味のあるように思えない葉月だが、ひょっとしたらこういうのが好きなのか。

 ・・・・・・嫌な趣味だ。

「ここはじゃんけんでどちらかが囮になるべきだ!」

 楚々絽が提案してくる。

 まぁ、確かにその通り。

 その通りなのだが、何故か納得いかない。

 あぁ・・・そうか、忘れてたがこいつ裏切り者だった。

 ・・・・・・、そうか。

「いい手があった!」

 ポンと手を叩く。

 そうだ、これしかない。

「何!何か案があるのか!?」

 期待の眼差しを向ける楚々絽。

 ああ、あるとも。

 俺は何も言わず、隣の楚々絽の体を後に押した。

 走っている最中だった彼女は重心のずれを修正できずに尻餅をつく。

 そんな楚々絽に俺は短く敬礼。

「じゃっ!後はがんばれ!!」

「隆ぁあ!!やりやがったなぁぁぁあああああ!!!」

 先に裏切ったのはお前の方だろうが。

 天罰だ。甘んじて葉月の餌食になってくれ。

 足に力を入れ直し、今度こそ全速力。

 せっかく手に入れたわずかな時間を最大限に活用せねば。


                     /


 リタイアを覚悟した最後の最後に乱入した恐怖の大魔王によって救われるどころか、戦況は余計酷くなった。

 逃げ惑う灯秋(とうしゅう)高校の生徒達、当然ながら混乱状態の僕ら香春(こうしゅん)高校、気持ちよく哄笑しながら破壊活動に勤しむ劫火(ごうか)の女子生徒。

 阿鼻叫喚。

 熱によって作られた気流を使い、窓ガラスを叩き割り、換気して粉塵を外に吹き飛ばした後、実に楽しそうにそこらじゅうを爆破していく彼女を止める者はなく・・・。

 床に割れて落ちていた卵は目玉焼きになり、生地はクレープっぽく絶妙な加減で熱せられ、クリームは袋が破裂して飛び散った。

 混乱に乗じて逃げ出した僕らだったけど、その数はどんどんと減っていって現在に至る。

 というか、つい先ほどまで一緒にいた副委員長の蕗の薹ちゃんが道中やられてしまい、今や僕1人になってしまった。

 予知能力者である僕、土筆は正直今後やっていく自信がありません。

 と、ポッケに入れたモバイルが振動。

 どうやらメッセージらしい。

 見てみると、『生き残りが20人切りました。これより活動範囲が狭くなります。30分以内に指定範囲内に移動を完了していない場合は失格となります。』とある。

 肝心のその範囲は『現在最も生徒数の多い第一中学校周辺に範囲を限定。』とのこと。添付された地図に詳しい範囲が示されている。

 ・・・・・・。これ以上動きたくないな・・・。

 しかも一番人の多い、運以外でこの時間帯まで生き残った強者のいる所になんて。

 でもこのまま失格になったら点数的にはマイナスなんだろう。

 仕方ない。行くだけ行ってみるか。


                     /


 尊い・・・・・・いや、尊くもない犠牲によってなんとか生き延びることができた。

 楚々絽は・・・まぁ、駄目だったろうな。

 全ッ然後ろめたくはない。むしろ清々しいぐらいだ。

 いいことした後は気持ちがいいな。

 と、と、と。

 いつの間にか周りが真っ暗になっていた。

 窓から外を見ると、太陽の頭部分が向こうにほんの少しだけ残っているのみだ。

「やばいな・・・」

 月や星の光で十分目の見える葉月と違い、俺は暗闇で動けそうにない。

 先ほどのメッセージのことも考慮すれば、これから各地に散らばった生き残りがここにやってくるのだろうが、その前に電源を回復させておきたい。

 暗闇の中に隠れたところで、どうせ葉月には見つかるからな。

 昼間ブレーカーが落とされて、おそらくそのままだろう。

 ブレーカーは確か職員室の近くにあったはずだ。

 動けば葉月に見つかる可能性が高まるが、今更ちっぽけな保身に走っている場合じゃない。

 今後の勝率を上げるためにも電気の確保は最優先。

 夜は葉月にとって絶好の戦場に違いない。相手は視界を失って機動力が激減し、自分は相手に気づかれずに接近できるのだ。

 立ち上がり、走り出す。

 現在地は2階、職員室は当然1階だ。

「いや・・・葉月が待ち伏せしている可能性もあるのか」

 慎重を期しなければならないらしい。

 確か、教室に懐中電灯があったよな。バケツと一緒に置いてあって、葉月による盗難に遭わなかったはず・・・。

 そう思い、1‐Bの教室に一度戻った。

 もうほとんど周りが見えなくなった室内を頭の中の地図を頼りに探り、ようやくそれらしい物を見つける。

 カコッと音がして教室に一筋の光が生まれた。

 居場所がばれるとまずいので、手で覆って光を弱める。

 他に・・・他に使えそうなものは・・・・・・?

 教壇の中、ロッカーの中とチェックしていくが昼間の時と同じで何もない。

 望み薄だが、各々の机も調べてみる。全部で15ほどなので数自体は多くもない。

 繰り返し作業のように淡々と見ていく俺の手は1つの机で止まった。

 懐中電灯で照らす。

「・・・・・・・・・・・・」

 この机は楚々絽のだ。

 なるほど。これを見るに、あいつは始めから俺らを裏切るつもりだったらしい。

「あの野郎・・・・・・」

 とにかく、俺は思わぬアイテムを得た。


                     /


 例年の傾向として、終盤の戦地に選ばれるのはどこかの中学校となることがほとんどである。

 まだ能力を使いきれていない生徒同士の戦いが主になるため、逃げ延びる生徒が高校に比べて多いからだ。

 高校の場合、能力の使い方が上達している分、同じ人口密度であっても生存率は低くなる。

 だから、彼は陽が沈み始めた時点で中学校が密集している地区に移動を開始していた。

「この時刻で既に20人・・・。行動制限範囲は第一中学の敷地内。校舎には入らずに外で様子を見るか?いや、入ってどこかに潜んでおくべきか・・・」

 程なくして第一中学の敷地に入った。

 低いフェンスで囲まれた学校の裏側、駐車場。

 当然ながら車は一台もないので、広い空間が保たれている。

 もっとも、運動場の方が断然広いだろう。

 彼は難なく校舎内に入り込むことに成功した。

 完全に陽が沈み、構内は真っ暗だ。

 暗所で視界を確保する彼の能力はこういう時にこそ役に立つ。

 逆に言えば、夜になるまでの間全くの役立たずのため、昼まで隠れきる必要があった。

 隠れた上で夜まで生き残れずリタイアした場合には成績は望めなかったが、そこは賭けだった。

 まだ生き残った全員が揃っているわけでもないらしいと判断し、今のうちに構内の地図ぐらい見つようと彼は廊下を歩き出す。

 リタイアしたこの学校の生徒が持参した地図を落として行ったりするものなので、案外簡単に入手できるのだ。

 注意深く周りを見回し、教室も見て回る。

 そして1つの教室の前で立ち止まった。

 開いた引き戸の置くに、何かがある。

 教室のプレートを見ると『1‐B』と書かれている。

 注意深く教室に入っていくと、見覚えのある箱だった。

「アイテムボックス・・・」

 彼は一昨年、一度だけ運良く見つけられたことを思い出した。

(けど、この時間帯、この場所にあったんじゃ、中身は取られれる・・・よな)

 そうは思うものの、一応確認するのが、もしかしたらと考えてしまうのが、人間である。

 周りに人気がないのをよく確認して、すばやく近づく。

 アイテムボックスは幅1mほどある大きな箱だ。

 本来なら中にお菓子や携帯食料、飲料水が入っている。ラッキーな場合は懐中電灯や使える武器が入っていることがあるというが、真偽は不明。

 とにかく一日中走り回るはめになることもあるこの競技では、非常にありがたいシステムと言える。

「よっと・・・」

 閉まっている蓋に手をかけてゆっくりと持ち上げた。


 ――――瞬間、ぬぅっと箱の中の暗闇から伸びた手に蓋を持った腕を掴まれる。

「大・当・た・り♪」


 そのまま引き込まれる上半身。

 バタンッと支えを失った蓋が閉まり、彼の体が挟まれる。

 しばらくしてバタバタという足の抵抗がピタリと止んだ。


 蓋が開いてコンパクトに箱に収まっていた少女が顔を出した。

「さぁて、そろそろ本領発揮といきますか」


                     /


 職員室は教室を2つ分繋げたような部屋だ。出入り口も計4つある。

 あまり入る機会がない場所なだけに内部構造は知らないが、昼ブレーカーが落とされた時に、その位置だけは確認しておいたのでここにあることだけは分かっているのだ。

 壁際にあるのは間違いないし、4面の内当然廊下側と運動場側の壁はありえない。となると残りは2面となるのだが、そのどっちだったかがいまいち思い出せない。

 縦に長細いので、残りの対面する辺までの距離というのは結構ある。

 葉月が潜んでいる可能性はあるし、潜まれると気づきようがないぐらい広い・・・。

 さて、と。

 ここからが正念場なのだろう。

 正直、全く自信がないのだが、やるしかない。

 共同訓練で、無理だろうなとは思いつつ一応真面目に仕組みを教わったスキルの中で何とか様になった幾つかの能力。

 まだ、全然実用段階ではないが。

 廊下から、教室に近い方の端の引き戸を少しだけ開ける。

 片目を閉じて中を確認、できるだけ自分から遠い机に目をつけた。机の上にペン立てが置いてある。

 破壊されかねないので、事前に各自所有物は非難させてあるのだが、嵩張ったのかそのまま置きっぱなしにされたらしい。

 さすがに中身は抜かれてあるが、缶製のペン立てとは都合がいい。

 指先をドアの隙間から室内に差し入れ、集中する。

 時間がかかるのが難なのだが・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・、・・・。

 ――カーンッ、カンッ・・・カラカラからカラからから・・・・・・

 遠距離の能力発現で、ペン立てを弾き飛ばした。

 床に落ちたそれは、静かな室内に驚くほど音を響かせる。

 気を引き締めて、中の様子を伺う。

 ・・・・・・10秒・・・・・・20秒・・・・・・・・・・・40・・・・・・・・・1分!

 本来ならもう少し見守っていたいところなのだが、これ以上待つと他の場所から葉月が駆けつけかねない。

 一気に扉を引いて、中に侵入する。

 懐中電灯を突き出し、走りながら壁を確認する。

 鍵を並べてぶら下げている箇所、連絡用のホワイトボード、幾つものポスター・・・・・・。

 こっち側の壁にはない。あっちか!

 できるだけ早くここを離脱しなければいけないっていうのに!

 オフィスデスクの間を抜け、対壁へと向かう。

 先に向こうの壁に届いた光が、小さな視野を作り出した。

 それを移動させて、探索時間を短縮させる。

「っ!これか!」

 ブレーカーのイメージに合った黒いスイッチがスポットの中に一瞬入ったのを見逃さず、光を改めて標的にロックオンする。

 しかし、体が壁に大分近づいたところで、走りが止まった。

 失速して、慣性が働いたようにゆるゆると足が進み、壁に手が届く。

 懐中電灯が照らし出したパチパチと上下に動かす、あのスイッチ。その下にあっただろう配線が壁のコンクリートごと抉られている(・・・・・・)

 それが昼の時にやられたものか、後になって改めて壊したものかは別として、ブレーカーは今現在機能を失っている――――。

「あ゛――くそっ!!」

 踵を90度回転させて、引き戸にダッシュ、職員室から離脱を図る。

 作戦失敗。最悪だ。

 この構内は完全に葉月の狩場と化していた。


                     /


 ――不気味なぐらい静かだ。

 僕はそんな感想をこの第一中学校舎に抱いた。

 制限時間の30分ギリギリに敷地内に入った僕にしてみれば、先にどんちゃんやってくれていた方が気持ちが楽だったのだけど、生き残り全員が集まっているはずの場所としては音というものが完全に欠けている。

 外では目立つと思って懐中電灯は消してあるため、周りはほとんど見えない。

 ここにはあの大魔王がいるはずなのだ。なのに、その気配がない。

 昼でさえあれほど目立っていたのに、夜の今、光すら見えない。

 リタイアした・・・のかな。あれほど強い人が?

 疑問を感じながらも、玄関口から校舎内に入った。

 懐中電灯ではなく、モバイル画面の光を利用してできるだけ見つからないように身を低くして歩く。

 ガラスが割れていたりと、廃墟みたいで正直肝試しをしている気分だ。

「・・・わっぷ!?」

 いきなり何かが口の中に入った。

 気持ち悪い。どうも糸のようなものようだけど、まさか本当に廃墟らしく蜘蛛の巣じゃないよね・・・。

 舌を動かすだけではどうも取れないので、抵抗はあるけれど、指を入れて取り出す。

 暗くて見えないけど、やっぱり何かの糸だった。

 校舎が崩壊気味で、何かが剥がれたりしているのかもしれない。

 まぁ、いいか。

 それを捨てて、僕は再び歩き――――


「きゅっ!?」


                     /


 暗すぎる校舎の廊下は、歩くだけで身が冷える思いだ。

 最終局面である今の状況に相応しくなく、この空間は人気(ひとけ)がなさ過ぎる。

 1つの教室で試してみたのだが、電気は点かないようだ。

 誰かがブレーカーを落とした。あるいは壊した。

 この暗闇に乗じて生徒を襲う何かがいる。

 それに加えてこの静けさだ。

 活動範囲がここまで狭まって10人以上がいるというのに、戦闘がまるで起こってもいない。

 1人ずつ、各個撃破されているのか・・・?

 となると、こうして1人でいるのはまずい。

 敵でもいいからとにかくめぐり合って、構内を騒がしくさせるべきだな。

 でなければ、闇に乗じて1人1人敵を潰してくるその何者かの思う壺だ。

 手っ取り早く、火球でも作り出してここの居場所を他の生徒達に知らせようか?

 と、そこで足に何かが引っかかった。

「ん?」

 ビィーンという音。

 何かを細い物を足で切ってしまったらしい。

 しゃがんで確認すると、黒い糸だった。・・・いや、髪か。

 やたらと長い髪が廊下に落ちていた。

 どうやら、これを切ったみたいだ。

 ・・・・・・切った?髪を?廊下に張られてある、髪?

 ・・・何で髪が廊下に張り巡らされている?

「しまっ!!『蜘蛛の巣』か!!!」

 まずいまずいまずい!

 位置を知られた(・・・・・・・)

 咄嗟に掌に火球を作る。周りが一気に明るくなり、半径2mほどの廊下が露になる。

 振り向いた先の、まだ暗い闇の中から黒い触手のようなものが自分に向かって伸びてきていた。

「――――ッ!」

 よく目を凝らすと、その触手は1本だけでなく無数に蠢いていた。

 そのさらに奥にきらりと光る両眼を確認。

 ・・・なんだ、これは。


                     /


 しゅるるるるるるるるるぅうるるるる・・・・・・という連続した絹擦れのような音。

 弱すぎる月明かりによって浮き上がる非現実的なシルエット。

 そのわけの分からない何かが廊下を徘徊している。

 昼間に乱戦に巻き込まれて、何とか1人だけ逃れてきた隅美月(すみみつき)は教室の端に縮こまり震えていた。

 彼女がソレを初めて見たのは、廊下の窓越しだった。

 中庭を挟むようにコの字型になっている校舎の廊下から、対面する向こう側の廊下にソレがいるのを見たのだ。

 いきなり火が上がったために浮かび上がったその姿に危うく悲鳴を上げそうになった。

 一体何が起こっているのか、全く分からない。

 彼女は、昼間の件で命辛々走った後、2階に下りて通常使われていない道具入れに滑り込んだ。

 学期始めの大掃除にしか使わない洗剤などを入れてあるその倉庫は、壁と一体になっているもので、いつもは鍵がかかっている。

 運良く開錠されていることを知った彼女はそこでひとまず隠れることにした。

 壁をくり抜いたような構造のそこは狭い上窓もなく、閉めると真っ暗だったため、息を整えている内に彼女は精神的な疲労のせいか寝入ってしまったのだ。

 目を覚まして道具入れの扉を開けたら、いつの間にか構内は真っ暗で、夜まで寝過ごしてしまったことに気がついた。

 その後、馬鹿をやったとあわてて廊下を飛び出しての移動中にソレを見て現在に至る。

(落ち着け私落ち着け私・・・!そうよ、大丈夫。私が今参加しているのは体育祭競技のバトルロワイヤルよ。化け物なんていない幽霊なんていない。寝てる間に異次元に来たとかそんなことあるわけないわ。大丈夫ダイジョウブ、そうよここは私の知ってる第一中学校の校舎じゃない。異次元アリエナイ。でも、もしかしたら学校のお化け・・・ないないないないっ!お化けなんてないさお化けなんて嘘さ寝ぼけた人が見間違えたのさだけどちょっとだけどちょっと・・・・・・落ち着け落ち着け私、それは歌の歌詞よっ!)

 ガタガタ体が震えていうことをきかない。ガチガチ奥歯がなって余計に恐怖が増幅される。

 もう、限界が来ていた。

(・・・そうよっ!こんなところとっとと出ちゃえばいいのよ!お化けは校舎にいるモノなんだから!外にはやって来ない!!)

 そのためには一度教室から出て、その"お化け"がいるかもしれない廊下を通らなければならないことを彼女はちゃんと理解しているのだろうか?

 現在地は2階の教室であるため、当然ながら階段も使わなければならない。

 彼女はふらふらと立ち上がり、教室の引き戸に手をかけた。

「よし、大丈夫・・・。一気に走り抜ける。一気よ一気!!立ち止まらなきゃ問題ないわ。振り向かなきゃ怖くないわ」

 自分の現在地から階段を通り、一番近い出入り口から外に出るまでのルートを頭の中に思い描く。

 何度か力を入れることに失敗した後、ついに彼女は引き戸を開けた。

 不幸にも遠い階段目がけて疾走する。

 ところが、その猛ダッシュは途中で何者かに捕まって止められた。

「〜〜〜〜っ!!!」

 悲鳴を上げる前に口を塞がれる。

「しっ!声を出すなよ、葉月に聞こえる」

 その相手が人語をしゃべる、思考のある、体温のあるものだと分かって、彼女は強張らせた体の緊張を少し解く。

「ここはまずい。移動するぞ」

 羽交い絞めされている体制で隅は彼、四十万隆に引きずられていった。

 場所は美術準備室。窓ガラスが割れて、夜風が入り込んできていた。

「な、何で私を止めたの・・・」

「あのまま行ったらセンサーにかかって葉月にやられてんぞ。近くにいる俺までとばっちりだ」

「センサー・・・・・・?」

「廊下のあちこちに髪の毛が張り巡らせてあるんだ。それに誰かが引っかかると振動で葉月に位置がバレる。・・・・・・蜘蛛の巣の原理だな」

 その巣に一直線に突き進むところだった自分の行為の恐ろしさに震え上がる隅。

「葉月って?あの化け物のこと・・・?」

「・・・一応人型だぞ?うようよしてるのは髪の束だ」

 それを聞いてほっとした彼女は、体中の力が抜けて床にへたり込んでしまった。

 異次元じゃなかったお化けじゃなかった化け物じゃなかった・・・とブツブツ呟いている。

 それから彼に訊いた。

「ねぇ、髪の毛で人の位置を探ってるってことは、その髪の毛さえ避ければここから出られるよね?」

 それは一縷の希望だったが、

「ああ、そりゃ無理だな」

 即答で切り捨てられる。

 彼女は目を潤わせた。

「な、何で!」

「葉月は自分が歩いた道筋に髪を張っていってるみたいなんだがな。さっき降りようとしていた階段にも、もう2つある階段にも既に巡らされてる。この階だって、半分ほどやられてるし、1階も同じだろうな。

 じゃなきゃ俺だってこんなとこ出てるさ。何も考えずにこの階に逃げてきていたらいつの間にか包囲されてチェックメイト、ってわけだ」

「だけど!四つん這いとか!うまく避ければ!」

「人の通れる隙間なんてねぇよ。

 そもそもな、葉月は夜目があるし鼻も利く。本来俺らなんて既に見つかってておかしくないんだ。それなのにこうして無事なのは葉月が自分でルールを定めているからだと俺は推測するね。『糸にかかった奴から襲う』っていうゲームなんだろうよ」

「そんな・・・」

 隆は自嘲気味に続ける。

「覚悟しろよー?葉月は半端なく怖いぞ。昼でもホラーだったが夜こそ怪談の本番だしな。しかもこうやって固まっている時は一気に襲わずに1人ず削っていくんだ、あいつは。残った奴の恐怖心を煽るためにな・・・」

 と、調子よく話していた隆だが、そこで異変に気づく。

「・・・どうした?」

 ひっく、えぐっという音が聞こえ、どうも震えが再発したらしい彼女。

 顔を覗き込むように、様子を確認しようとしたところを、いきなり抱きつかれた。

「いやぁぁぁあああ!もう嫌ぁあ!!出る!こんなとこから出るぅぅぅぅううう!!!」

 彼のジャージに顔を深く(うず)めているためくぐもった声しか出ていないが、それでも他に音のない構内には響く大きさだ。

「ちょっ、待て待て待て!!マジやばいから!」

 さすがに声を出すのがまずいとパニックに陥った頭でも分かっているのか何とか声を堪えようとするが、それでも嗚咽が止まらない。

 仕方ないので隆は自分の体を半ば締めつけている彼女をそのままに、しばらく待つことにした。

 十分後。何とか、ある程度泣くのが収まった彼女が、やっと顔を上げた。

 懐中電灯の明かりだけでは分かりづらいが、多分目は赤く腫れているのだろう。

「落ち着いたか?」

「ご、ごめんなさい・・・・・・」

 彼女は思わず抱きついてしまった体を離す。

 ――チャプ・・・

 それに合わせて水音がした。

 今までまるで気づかなかったあることに気づいた彼女が咄嗟に手を下半部位に当てる。その確認作業の結果は非情なものだった。

 それを見た隆もその事実に気づく。

「まさか・・・・・・」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!」

 口に出そうとしたところ、彼女は今まで以上に目尻に涙を浮かばした。

 また泣くのではないかと危惧した彼は先に釘を刺そうとする。

「き、気にするなって!誰だって怖いものは怖いし、失禁ぐらい――――」


 泣いた。

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