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第16話- 侵入犯。-Heat-

 殊樹(しゅき)高校の生き残りが第一中学にやってきたことは、四十万隆ら1‐Bチームにとっても、その他まだ何とか持ちこたえていたチームにとっても不測の事態だった。

 殊樹高校に通う生徒は他の学校と違って、ESPともPKとも取りにくい能力や珍しすぎる能力を持つ生徒である。

 1人だけでかなり厄介な連中が高密度で密集する殊樹の戦闘は非常に複雑な戦況を招き、彼らだけで自滅していくのが通例だった。

 生き残ってもそれこそ数名の団体で、本来なら出会ってしまうことはほとんどない相手として認知されていた。

 だからこそ今年も見ることはないだろうと考えていた生徒は多く、その希望的推測が外れた第一中学の生徒は動揺を隠し切れない。

 それは織神葉月にも同じことが言える。

 まだ日が南中を過ぎた頃合いである今に、まさか他の学校からの渡来者がやってくるとは考えていなかった。

 これからゆっくりとクラスメートを苛め尽くそうと考えていた矢先に邪魔が入ったのだ。

 隆達にとってはある意味かなり助けられたことになるのだが、侵入した方も侵入された方もそんなことには気づかない。

 しかし、この出来事において最も誤算だったのは、殊樹の彼らに違いない。


 獣は縄張りを侵されるのを酷く嫌うものなのだ。同様にして葉月も獲物を取られることを危惧している。

 何より、せっかくの楽しい食事を邪魔されて葉月はかなりかなりかなり不機嫌なのだ。

 うにょうにょと髪を触手のように動かして、不愉快オーラを纏っている彼女が校舎の出入り口に向かって進行中だということを彼らは知らない。


                     /


「あはー、どう?あの花火は」

 馬鹿が馬鹿を言っている。

 いつもいつもこいつは何でこんなに馬鹿なんだろうと思っていたが、やっぱり馬鹿なんだと再確認させられた。

 何でわざわざ自分達の存在を敵に知らしめるような行為をするのだろうこの馬鹿は。

 PK系でも珍しい発音能力のこの女子校生様はおそらく先のことも後のことも考えられないに違いない。

 少なくてもこいつの能力は人様に真正面から喧嘩を売れるような能力ではないのだ。

 そして花火と言いつつ音しか出ていない。

「今更何言っても仕方ないか・・・・・・。

 なぁ、藤原。ここは1つ単独行動に切り替えないか?」

 このチームと言えばチームと言えなくもない集まりの中で最もまともな奴に意見を求める。

「そうだな・・・小島(ばか)を囮として構内歩かせるってのは賛成だ」

 馬鹿じゃないよと反論する馬鹿は放っておいて俺は肯く。

「というより小島(ばか)とこれ以上一緒にいると早死にしそうなんだよ」

「ちょっ、この冷徹漢、薄情者ーっ!今まで一緒にやってきた仲間になんてこと言うのさ!」

 お前が今まで人を巻き込んで振り回してきたトラブルメーカーだからだ。

 俺としてはとりあえずこいつを切り離したい。

 第一中学校校舎の玄関口までやってきたところで俺達は一時停止して決を取ることにした。

「構内では分かれて行動に賛成の奴」

 俺と藤原が手を上げたが、他のメンバーは単独行動は勇気がないらしい。生き残っても最後には1人で戦わなきゃならないんだがな。

 仕方ない。先に決まりそうな事柄を決めてしまうか。

小島(ばか)を切り離すのに賛成の奴」

 一斉に全員の手が上がった。ああ、小島(ばか)は数に入れてない。

「えぇ〜!ほんとに酷いよ!」

 残念ながらな。俺らはお前から色々と迷惑をこうむってるんだ。お前の方が酷い。

「よし。じゃあとりあえずこいつは囮として構内に放りこむ!」

 そう言って握りこぶし突き出した瞬間だった。

 ――ガッシャン

「ぎゃぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」

 ガラスの割れる音。遠ざかる悲鳴。

 割れた玄関のガラス戸の奥から何か黒い物体が伸びてきて、メンバーの1人の足を絡め取って中に引きずり込んでいった。

 触手?

 いやいやいや!待て、おかしいだろ!

 俺らのやってるのは能力者同士の模擬戦闘であって、UMA探索秘境アドベンチャーじゃない。

 少なくても物陰から仲間が捕食されるとかそんなシチュエーションはないはずだ。

 ・・・・・・。

「構内では単独行動厳禁。固まって動くぞ」

 異論はなかった。


                     /


 玄関から4人の生徒が入ってきた。

 恐る恐るといった感じで動く彼らの行動は織神葉月襲撃の影響だ。

 フォーメーションのつもりなのか前後左右の十字型に並んでいるが、天井に張り付いている葉月にとっては単なる恰好の標的でしかない。

 慎重を通り越して緩慢な彼らが玄関口の広場であるモノを見つけた。

 葉月の餌食になった彼らの仲間だ。思わず駆け寄る。

 時既に遅く、彼はピクリとも動かない。

「くそっ。アレは一体何なんだ・・・・・・」

 その答えを知っているかもしれない被害者は、時間が経過してしまったために一言も喋れない。

 しかし彼らにはそこで留まっている猶予など一切なかった。

 目に付くモノで獲物を引きつけるのは使い古された手段である。

 冷静に考えれば分かることだが、実際現場で遭遇すると見抜けないのが人間だ。

 知識と経験の雲泥の差がそこには出る。

 彼らはすぐ頭上の天井に葉月が張り付いていることに気づかない。

 量と長さを増長させた髪が何本かの蔓状になってゆっくり近づいていることにも気づかない。

 ふと小島継(こじま けい)は天井を仰いだ。

 そして固まる。

 真下から見ると、それは無数の触手が生えた口を開けている得体も知れない怪物のように見えた。

 触手に利用しているのが髪なだけに、頭部がガマ口のように割けているその姿はある意味クリオネの捕食シーンに似ているかもしれない。

 継は彼女としては珍しく顔を引きつらせて、

「全員退避―――――――――っ!!!」

 叫んだ。

 が、包囲()を完成させようとしていた髪の触手が作業を標的捕縛に切り替えるのはそれと同時だった。

 ブワンと触手が唸り、一気に殊樹高校の彼らを絡めていく。

 咄嗟に逃げようとしたが、量が多いのと既にほとんど包囲されていたのとで彼らはあっさり捕まった。

 床から浮かされ踏ん張りも効かない状態にされ、冷静を失いパニック状態だ。

 髪で雁字搦めにしつつペンダントの位置を素早く探す。

 しかし、いきなり髪の一部がバッサリと切り落とされた。

「っ!」

 それによって難を逃れた継と彼女を馬鹿馬鹿馬鹿と言い続けた舞吹恵輔(まいふき えすけ)は床に叩きつけられる。

 継は恵輔の腕を掴んで駆け出した。

「他の皆は!」

「無理!さっきので結構消費したの!私の持久力のなさを舐めんなよ――――!」

 おかしなテンションで廊下を疾走していく彼ら2人を葉月は追わなかった。

 仲間に見捨てられたもう一方の2人組みをリタイヤさせる。

 ペンダントを潰した後、彼らを床において髪を縮めた。天井から軽い身のこなしで降りる。

 それからさきほど切られた断面を確認した。

 髪というのは思ったより丈夫な物質だ。束ねられた髪を千切ることはまずできないし、刃物でも場合によっては苦労することがある。

 その髪が感心するような一太刀で切断されていた。

 見事な断面図をしばし眺めた葉月は、その髪を他の髪束と分からないように伸ばした。

斬物風刃(カマイタチ)の類、かな?」

 ゆっくりと逃げた2人の後を追う。


                     #


 四十万隆達は使い慣れた棲家である1‐Bに引き返していた。

 使ったバケツにも残っていたバケツにも水を入れて、音響手榴弾代わりの紙袋も事前に膨らましてある。

 一度使ったモノが二度目も有効であるほど織神葉月は甘くない。

 そのことは分かっているのだが、彼らにできることは少ないのだ。

「この際、相手が葉月である必要はないんだ」

 追い詰められすぎて、逆に大胆になっている飛騨真幸が言った。

「どの道何時やられるか分かったもんじゃない。目の前にいる敵から潰していこう」

 今更ながら悟ったように呟く彼の言葉には全く力が入っていない。

「とにかく、部外者が入ってきた今、俺らには障害が多すぎる。どっちかに集中してってわけにはいかねぇ・・・」

「生存率はどうせ低いわ。開始すぐにリタイアしなかっただけでも幸運よ。葉月ちゃんも一度退けたわけだし。満足はしてる」

 やられることを前提に自分を納得させているようにしか思えない言葉を口にする長谷川亜子。

 このままだと辛うじて残っている気力すらこの雰囲気に吸い取られてしまいそうだ。

 隆が空元気で勢いよく立ち上がった。

「よし。真幸、やるぞ!」

 泣き言も言う気がなくなっている真幸は素直に肯いてバケツを両手にぶら下げる。

 西谷絵梨も自分の席から腰を上げた。

 そこで、

 ――ガラガラララ

 いきなり引き戸が開いた。

 外から息を切らした生徒が2人滑り込んでくる。ジャージの校章が殊樹高校の所属だということを示していた。

 最悪な鉢合わせだ。

 バタバタと足音をさせて廊下を走ってきた彼らに気付かなかった隆達にも、中に誰かいるかを確認しなかった彼らにも責任があるだろう。

「「・・・・・・」」

 両者情けない見つめ合いが数刻続き、

「絵梨!」

 隆が叫んだ。

 発光能力によって教室に光が溢れる。

「っくそ!」

 舞吹恵輔はやられた目を庇いつつ、能力を発動させる。

 それにより目の前にいたはずの彼を捉えていた彼の視界は一瞬にして床の白色に塗りたくられた。

 腕を突き出していた絵梨はいつの間にか真幸と手を繋いでいる。

 亜子は立っていたにも関わらず、いつの間にか空気椅子をする形で机についていた。

 いきなりの激変に思考を停止させる面々。

 そこを狙って恵輔は一気に決めてしまおうと一歩踏み出した。

 ――バシャン

「・・・・・・・・・・・・は?」

 下を見てみると、右足が水の入ったバケツに突っ込まれている。

 考えてみればそこ(・・)は先ほど絵梨がいた場所だ。

(しまっ!ここも入れ替わって・・・・・・っ!)

 彼の能力はタネを明かせば簡単な理屈なのだ。

 物質の位置をランダムに交換する。ただそれだけである。

 隆は床に置いてあったバケツと、絵梨は真幸の持っていたバケツと交換させられた。真幸は場所が変わらなかったため、絵梨と手を繋ぐことになり、並んでいる椅子の1つと替わったので空気椅子をすることになったわけだ。

 ちなみに真幸がバケツを持っていたもう一方の手には黒板消しが握られている。

 そして絵梨のいた場所にはランダムの結果、水入りバケツが居座ることになった。

 それに気付いた隆が叫ぶ。

座標転移(テレポート)の応用だ!真幸、あいつの足は今水に浸かってる(・・・・・・・)ぞ!」

 はっとした真幸は手を彼の足にかざす。

 恵輔は足を引き抜こうとしたが、真幸の能力の方が一足早かった。

 バシンと水が浸かっている恵輔の足を弾き、彼はバランスを崩し後方に倒れた。

 体を起こした隆が厄介な敵を潰すために走る。

 だが、

「はーい、そこまでぇー!」

 今まで何もしていなかった小島継がいきなり大声を出した。

 踏み込んだ隆の足がいきなり沈む。

 床に亀裂が入り、彼周辺の足場が崩れ始めていた。

「うおぉ!」

 ここが1階でなければ下階に落ちていただろう。

 体勢を崩した隆に、体勢を立て直した恵輔がのしかかる。

 真幸が隆を助けようとバケツを持ち直す。 

 そこで、いきなり開け放たれていたドアの隙間から黒い触手が伸びてきた。

 それは俊敏に恵輔の姿を捕らえると隆から引き離し、廊下へと引きずり込んでいく。

「いやぁぁぁあああああああああああ!恵輔ぇええ――――!」

「ぎゃぁあああぁあぁああぁああ!何アレ!」

「ちょいっ!小島何とかしてくれぇ!」

 継が廊下に飛び出して彼を絡める黒いそれに向かって能力を発動させる。

「ッ!これさっきのと違う(・・・・・・・)!駄目!時間がかかるよ!」

 そうこうしている内に恵輔を捕縛した触手は廊下の奥へと引っ込んでいく。

 彼は自分に対して座標転移(テレポート)が使えない。

「たーすーけーてーぇー・・・・・・」

 どんどん遠ざかっていく声。自分の無力に打ちひしがれる継。

 手と膝を床についていた彼女だが、その数秒後には復活した。

「ま、なっちゃっとことは仕方ないしね。じゃ、私この校舎出るわ〜」

 ひらひらと今は亡き仲間の方に向かい手を振る。その声は彼には届かない。

 そうしてこんなバケモノのいる建物から出ようと踵を返した。

 しかし、それを1‐Bメンバーは許さない。

 教室から出てきた彼らはそこで、振り向いた彼女とばっちり顔を合わせた。

 隆のお手製音響弾が破裂する。

 咄嗟に耳を塞いだ継だが、音速に敵うわけもない。一瞬ふらつく。

 それでも普通より大音には慣れている彼女はもち直し、彼らの方に視線を戻した。

 亜子、絵梨、真幸がバケツの水を自分に向けて放った後だった。

 大量の水が迫る様子を見ながら、継はさっきの恵輔に起きた現象を思い出す。

(撥水能力か!)

 答えを出した瞬間、継は叫んだ。

「ぁあああぁあぁぁぁあああぁあぁああああああああっ!!!」

 真幸の撥水能力を受けた水が爆ぜた。

 だが、それは1cmもいかないところで不可視の何かに衝突し弾ける。

「何で!」

 そんな疑問を持つ余裕などない。継はこの中で一番厄介だと思った真幸を先に潰しておこうと次の一手を繰り出そうとする。

 能力を使うために一歩隆達より前にいた真幸までそれほど距離はない。

「ぅはぁっ!」

 ところが、彼女はいきなり奇声をあげた。踏み出した足を器用に回転させて、彼らに背を向ける形で走り出す。見事なまでの逃亡のポーズだった。

「は?」

 攻めから逃げに転じられた方は意味が分からず呆然とする。

 先ほどの戦闘で有利性を持っていたのは彼女の方だったはずだ。

 そこで、彼らはしゅるしゅるという音を聞く。

 それは布の擦れるような、髪が擦れるような音だ。

 嫌な予感しかしない1‐B一行はゆっくりと後ろを振り返る。

 当然そこには織神葉月がいた。

 彼女の身長ほどある後ろ髪は何束かに分かれて、ゆらゆらと漂うように揺れている。それは何かを捕まえるのを待っているように見えた。

「あ゛――――もう!ややこしいぃ――――!」

「どうしてこういう時に来るんだ!」

「というかさっきの黒いの葉月かよ!」

 継が逃げたのと同じ方向に走り出した。


                     #


 とにかく遠くへ逃げたくて、階段を上り行き着いた先は3階だった。

 若内鈴絽と朝風柏の周りへの配慮を考えない戦闘によって崩壊気味のフロアは頼りない。

 それでも織神葉月がいないだけマシと言うものだ。

「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・ん゛んっ、一応逃げ切れた、よね?」

 1‐B3人は各々無理なスピードを出したための後遺症に苦しみながら、自分達の無事を確認する。

 四十万隆、長谷川亜子、西谷絵梨。

 飛騨真幸は・・・・・・残念ながらお亡くなりになった。

 逃げ切ることのできなかった彼は、途中葉月の触手に足を取られリタイア。

 ここで痛くなった胸を(さす)り息を整えている彼らはそれを見殺しに逃げ切った。

 薄情者という言葉が背中にかけられた気がする面々だったが、3人はお互い視線で肯き合い事実隠蔽(なかったことに)した。

 誰だってアレは怖い。

 ほんの僅かな間で織神葉月は進化してしまった。

 耐性を持つ能力というのはかなり厄介な能力だ。一撃で屠らなければ、数倍に倍増して自分に返ってくる。

 やはりあの時倒すべきだったとまた後悔し始めた彼ら。

 さらに、早くやられた方がよかったと新たな後悔も生まれてきた。

 一番いいのは葉月以外の誰かにやられることだが、わざと負けるとあの校長がいい点をくれないことは彼らもよく分かっている。

「生き地獄だよね・・・」

 亜子が言う。

 空気がまた沈む。さすがにそろそろ体力的にも限界が来た彼らはかなり疲弊していた。

 このまま座り込むと立ち上がれそうな気がしない。

「お、発見!」

 陰湿な雰囲気の中、いきなり軽快な声をかけられた。

 見ると割れた廊下側の窓から若内楚々絽が顔を覗かせていた。

「楚々絽!」

「生きてた!」

「というか放送室に来なかったじゃん!」

 三者三様の反応に楚々絽は平然と答えた。

「いやぁ、行くつもりだったんだけどなぁ。途中で葉月が通るのが視界傍受で見えたから」

「教えろよ!そこはむしろ仲間のためにがんばるとこじゃねぇか!」

「無駄死にはしたくないなぁ」

「・・・・・・」

「・・・他のメンバーは?」

「さぁな。あ、香魚子は駄目だったっぽい。校舎から出てくの見えたな。

 結構やられたっぽいぞ。周ってみたけど他のメンバーに会わなかったしな。あ、でもたぶん聡一は生きてる」

 そう言うと楚々絽は教室に入ってきた。

「どうしてあいつは生きてると?」

「どうせどっかに隠れて覗き見てるだろ。逃げる可能性が低いから葉月には放置されてるはずだ」

 なるほど、と隆は溜息交じりに呟いた。

 教室はあらかた物が壊されてしまっているため座るものも少ない。辛うじて残っていた椅子を3つ楚々絽は持ってきた。

 お疲れの様子である彼らを座らせて彼女自身は壁にもたれかかった。

「で、どうだった、葉月は?」

 当然のように葉月に遭遇した前提で問う彼女に恨みがましい視線を向ける隆。

「当社比5倍ぐらいはパワーアップしてるぞ。髪を使うのが今のお気に入りみたいだが、次遭う時はどうなってるか想像がつかねぇな」

「1回いいところまでいったんだけど逃げられたのよ。たぶん同じ手は通用しないだろうなぁ・・・」

 楚々絽はそれを聞いて思案するように頭を傾けた。腕を組んでぶつぶつと独り言を始める。

「・・・遅かったか・・・・・・となると生き残りがいたととしても・・・ないな。髪・・髪ねぇ・・・応・・が・・・・・・・・・・・・ふむ」

 肯き、何らかの結論を得たような様子に絵梨が尋ねる。

「どう?何か案が浮かんだ?」

「ああ」

 彼女は体重を預けていた壁から背中を離した。座っている亜子の後ろに回る。

 そして亜子の耳に顔を近づけて、

 意識が耳に向かっている内に亜子がポケットにも入れずかけていたペンダントを握りつぶした。

「え?」

 意味が分からず呆然とする彼らに楚々絽は告げる。

「一度耐性をつけられたら私らに勝ち目はない。メンバーもほとんどやられている可能性がある。

 ほら、もうチームで行動する必要性はないだろう?私にできることは自分の成績を上げることぐらいさ」

「外道――――――――!」


                     #


 2階廊下。既にチームが3班あればいい方だろうというフロア。

 目立った損壊はそこまでないのだが、所々ペンダントの内容物が赤いシミを作っている。

 そこで織神葉月と小島継は向かい合っていた。

「やられたよ。全く、どうしてこう場所がバレるのかと思ったら、こんなもの付けられたなんて」

 継が指で弾くとソレは光を反射して微量輝いて見えた。

 極細の髪の毛だ。

 それがファーストコンタクトからずっと継の靴に絡めてあったのだ。

 だから葉月は急いで彼女達を追う必要はなかった。

「そろそろ逃げるのも終わりにして、楽しみますか」

 そう言った瞬間、葉月の漂わせていた髪の幾分かが切断された。

 力を失いパラパラと宙を舞うそれらを眺めながら、葉月は思案する。

「ふぅん。さっきは切れないって言ってたよね。『さっきのと違う』、『時間がかかる』とか何とか・・・・・・」

(ということは斬物系(カッター)じゃない・・・?切りにくいように強化しておいたわけだから『時間がかかる』というのは分かるけど、『さっきのと違う』というのが解せない・・・。

 髪の性質が変わったところで"切る"という作業は変わらないはず・・・『さっきと違う』から『時間がかかる』はおかしい・・・・・・・・・)

「考えても判んないって」

 そうしている内にまた髪が割かれていく。

 そのまま突っ立てていても仕方ないので葉月は、残っている触手の1本で継を攻撃する。

 それは彼女の前でやはり切断された。

 だがもちろん、材料がある内はいくらでも伸ばせる髪の動きが止まるわけがない。

 髪は彼女の絡みつくが、それもまた切断された。

(・・・試してみるかな)

 葉月は切られた髪を再生させてゆく。それらが切られる前と同じほどに戻ったところで、髪の性質を変える。

 先ほどより硬く、鉄分を含ませて針金のように強くした。

 それらを一気に彼女に仕掛ける。

 平然としていた彼女の顔が歪むのを確認した。

 彼女の体に巻きついても髪は切られない。

「なるほど。仕組みはどうであれ、少しでも性質を変えられるともう一度切断するには時間がかかるようになるわけね」

 しかし彼女を捕縛していた髪は切断された。まだペンダントは破壊できていない。位置もイマイチ確認できていなかった。

(有効時間は30秒ほど・・・、!)

 そこで足場が崩れ始めていることに気づく。

「ちっ!」

 咄嗟に後ろに退いた。

 しかし、そこも同じように崩れ始めていた。廊下を一歩一歩後ろに跳んでいくが、そのどこもが崩壊していく。

(髪の性質は変えられても、床まではどうにも・・・!さすがに簡単には勝たしてくれないか!)

 一方継の方も好況とは言い難い。

 前に自分で言ったように、彼女は持久力がないのだ。割と応用の利く能力を持っている彼女なのだが、そこだけはなかなか伸びず、戦闘においても後方援護の方が望ましいと自分でも思っている。

 一撃で型のつく相手ならいいが相手は自分の能力に対して有効なカードを持っているときた。

 正直逃げたいのだが、そうはさせてくれそうにない。

 半分ぐらい投げやりに彼女は葉月との距離を稼ぐために床を壊していった。

 後ろに跳び退く彼女を追うように床を崩していくことで2人の距離はどんどんと広がっていく。

 崩壊しかけだった床は当然の流れとしてちゃんと崩れ去り、廊下に広い穴が開いてしまった。

 これでこっちには渡れまい。継はそう打算した。

 葉月は何とか安定した足場にたどり着くと改めて前を見た。

 廊下の一部の範囲の床が完全に抜け落ち、2人を隔てる大きな溝ができていることを確認する。

 後ろではなく前に進めばよかったと後悔したが今更遅い。

「仕方ない・・・」

 葉月は助走をつけるために後ろに下がった。

「えっ?ちょっと待って無理無理無理この距離無理だから――」

 継の忠告を無視して彼女は距離20mはある溝の方へと床を蹴った。

「――ハッスルするなぁぁぁあああ!!」

 悲鳴染みた継の声をBGMに葉月は跳んだ。

 目一杯跳躍し、廊下の()に足を着ける。そのまま勢いに乗って壁を横走りし始めた。

 葉月の走っているのは教室側ではない方の壁だ。もっとも教室側との違いは窓が曇りガラスかどうかぐらいのものなのだが。

 その様子を見た継は、葉月がこのままではこっちに来てしまうと知って、それを阻止すべく腕をかざした。

 ――ガッシャンッ

 葉月がちょうど足を出した位置の窓ガラスが割れた。

 ガラスを掴むはずだった足が空振りして、体を崩す。背中を下にする体勢で葉月の体が壁から離れた。

 下は抜けた床の先、つまり1階の廊下だ。

 しかし、重力に従い落ちるはずだった彼女の体は元々2階の床があった高さほどでいきなり跳ねた。

 トランポリンに着地したような彼女の動きに継は葉月の跳ねた辺りに目を凝らす。

 キラリと一線の何かが光った。

「何時の間に!」

 髪の毛が、床だった空間に何本も張られていたのだ。

 葉月は1回目の跳ねで体勢を整え、今度は髪の毛を使って一気に跳躍した。

 丈夫に改良されたそれは当然さっきの物とは成分が変わっている。

 継がこの髪を切るには30秒ほどのタイムロスがある。

 だからこそ、保険として葉月はまず壁を走ったのだ。

 崩れる床から退避する時に忍ばせておいた切札をギリギリになって使いたかった。

 思惑通りに20mの溝を渡りきる。

 その頃には葉月の髪の毛はお馴染みの触手スタイルに変形していた。

 継は咄嗟に手をかざして断ち切ろうとするが、触手の一本一本が異なる性質をしていることを知らされる。

(これじゃ1つ1つにそれぞれ違う設定を――――っ!)

 心の中で叫ぶ彼女。

 そんな彼女を葉月は容赦なしに髪でぐるぐる巻きにする。雁字搦めというより蚕の繭に近い感じで完全に覆い、動けなくしてからペンダントの隠し場所を探る。

 衣服の中に髪を滑らして確認していく。

(!なかなか見つからないと思ったら・・・なんでこんなところに・・・・・・この人ひょっとして馬鹿なんだろうか)

 継のペンダントはブラジャーの中に隠されていた。

 一応ルール上禁止されてはいないが、下着の中を探すなというルールも同じくない。

 こんなことをするのは、必ず体のどこかに携帯しているはずのペンダントを探すためというセクハラの口実を与えるようなものだ。

 目的を果たしたので葉月は彼女の体を髪の繭から出した。

 一応丁寧に扱って床に下ろす。

 これで終わりだと思っていたら、継は一言告げた。

「息が・・・・・・」

 それは自分の不満を伝えるものか。あるいはこれからの相手を窒息させないようにという忠告か。

「あー、ごめんなさい」

 葉月は素直に謝った。


                     /


 下着の中にペンダントを隠すという馬鹿にしか思えないことをやっていたツインテールの意味不明な能力者を倒した後、僕はそのまま廊下を直線に進んだ。

 どうも体がだるい。

 一度行えば終わりの体の強化と違って、髪を動かしたり伸ばしたりすることは能力を絶えず使わなければいけない。

 それが思った以上に負担になったらしく、体がフラフラするほど疲弊していた。

 眠い。駄目だ、もうもたない。

「仕方ない一休みしよ・・・」

 目を擦りどこか安全そうな場所を探す。

 本当はすぐさま隆達を倒しにいきたいのだけど、その気力さえ出ない。

 そこで、ふと知っている臭いが鼻に入ってきた。

 その臭いの行き先を見ると、実に寝床に相応しい場所があった。

 よし。ここにしよう。

 僕はすたすたと早歩きして、廊下の行き止まりまで進んだ。

 そこには掃除用のロッカーがある。

 大きくて少し体を曲げたら座って寝れそうだ。

 ロッカーの前に来て、ドアを開ける。

 そこにいる聡一君に一言。

「邪魔」

 リタイアさせた彼を床に転がし、代わりに自分がロッカーに納まる。

 少し休憩。夜になったら活動を開始しよう。

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