第14話- 拡散班。-Signpost-
蝉の声は鳴り止まず、太陽はより高みを目指す。
日差しは燦々と降り注ぎ、熱を帯びた空気がゆっくりと流れていく。
静けさを取り戻した建物の中、その密度は少しずつ薄れ、激しかった淘汰は一時的な休止を迎えていた。
3階部分は形こそ保ってはいるものの、その中は嵐があったかのようにぐちゃぐちゃにかき混ぜられている。
幸運にも激しい戦闘のなかった1、2階はまだ何チームかが睨み合っている状態だ。
しかし、生徒は校内にばかりいるものでもない。
戦闘の起こりやすい場所は確かに校内だが、それを分かっていてわざわざその中に入ろうとするものは実は少なく、学園内の大食堂や広場など屋外で行動しているチームや個人の方がはるかに多いのである。
なので生徒達は競技開始直後、校内に入ってくる生徒の人数を目算した上で屋内か屋外かを選ぶことが最初の駆け引きとなってくるのだが、そんなことは入ってきたばかりの1年坊はご存じない。
だけれども、実際どちらの方が正しい選択だったのだろうか?
屋内は狭いが故に人の密度が高く戦闘が起こりやすい。その上連鎖して大規模な乱闘になる可能性が高い。
対して、屋外は戦闘勃発の可能性がある程度落ちるものの、低いとは言えない。何よりずっと動き続けないといけないというリスクもある。
この夏、それもこの天気では野外活動は著しい体力の低下を招くし、水の持ち込みには制限がある上、日傘は視界を遮るため敵に気付きにくくなる。
それら利点と不利点を天秤をかけた上で自分達の能力を生かしやすい戦闘スタイルを選ばなければならない。
選択を間違えれば即退場、さらに運が悪くても即退場、さらにさらに場慣れしていなくても即退場。
微妙な要因が勝敗を分けるかなりシビアな競技バトルロワイアル。
開始から3時間を過ぎ、ついにお昼時。昼食時間に突入した。
/
「あーははっ、いいねぇ!よくもまぁこんだけ食いもん見つけたな!」
豪快に笑う長髪の上級生。3年生で、しかも楚々絽・・・ちゃんのお姉さんらしい。
「おっ、しりかげるグミじゃん。貰っていいか?」
「どうぞ」
透明な袋に入った、これまた透明なグミと所々混ざった青や赤のグミのお菓子を上機嫌で口に入れる鈴絽さん。
当然その袋には『食べられません』の文字が入っている。
しかしまぁ、本来お菓子の缶などに入っている乾燥剤を模したお菓子を作るとは、ややこしいことこの上ないと思う。
彼女とは食事でもしようと戻ってきた屋上でばったり会ったのだけど、何故か気が合い昼食限定の停戦協定を結んでいる。
僕だってお昼ぐらいのほほんとしながら食べたいしね。
「けど、3階のあれは貴女の仕業でしたか・・・・・・」
「そっちこそ、廊下を歩いてる連中を始末してたんだろ?どうりで今年は他の探索役がいないと思ったよ」
まぁ、1人でいる生徒の方が狙いやすいから。
さすがにチームを真正面から潰すのは難しいと思う。
一対一ならそれなりに経験があるのだけど、多数を一気に相手にするのは失敗したら後のないこの競技で試す気にはなれない。
温くならないようにわざわざクーラーボックスの中に入れられていたペットボトルを拝借する。
「っぱ・・・いやー、運動した後にこうしてのんびりと食事を取るって言うのもいいですねぇ・・・」
空を仰げば、何処までも澄んだ蒼。給水タンクの上は風も心地よい。
耳を傾ければアブラゼミ、遠くからはクマゼミの鳴き声、高所から見下ろす中庭は青々と茂った緑が目に優しい。
「いいなぁ。全く、最近の奴は風情とか趣きってのが分かってねぇ」
「ですよねぇ・・・」
などと肯きあいつつ、優雅に、といってもお菓子とジュースという組み合わせなのだけど、食事を楽しむ僕達2人。
八目鰻屋さんという名称の原料名筆頭がイカな10円菓子を齧り、味噌カツ味の串物をつまみ、中に梅ペーストの入った梅味の大玉飴を頬張る。
食べ物はまだまだたくさんある。何せ15人のお腹を満たすために用意されたものなのだ 。
一応取っておこうかなと思ったのだけど、ちょうどお昼だし、これで取りに来なかったらもう来ないだろう思ってありがたく頂いている。
――ドゴァアン!!
次は何にしようかなと選んでいると、いきなりそんな轟音が響いた。
「なっ・・・!」
「うわっ!」
音源の方を見てみると、建物から黒い煙が上がっているのが見える。あの方向は・・・・・・香春高校だろうか?
「・・・・・・誰か宙に浮いてますね」
鈴絽さんもそっちの方向に目を凝らしている。
「あれは・・・・・・げっ、炎海紅泥か!」
「炎海紅泥・・・確か発火能力のスペシャリストですよね?」
「本名は兎傘鮮香な。さっきからモバイルがそいつの名前の入ったメッセージを受信してるだろ?優勝候補だ。
俺らみたいな身体強化系の能力者の天敵だよ。あそこまで火力が強いとまず近づけない」
「・・・あれ?僕、自分の能力言ってませんよね?」
「おいおい、ここからあの距離の人影が見えるって人間業じゃないぜ?」
・・・そうだった。今の視力がデフォルトになってるから、完全に頭から抜けていた。
うわー、失態だ。これから注意しないと。
「くそー、やっぱりあいつはリタイアしないか。ああやって他の学校に出向いてるって事は、もう灯秋高校は壊滅したな?」
「この分だと香春高校も駄目ですか?」
「だろうな。けどあそこまで激しくやってんだ、さすがにそろそろ体力が持たんだろうが・・・・・・。
俺の経験からして、あいつは大火力でもそれなりに持続して能力が使えるんだが一度休息に入ると長い。そうなると夜になるまで静かになるな」
「となるとその間が勝負ですね」
「あぁ、あいつを潰すならそこだろうな」
「いえ、横槍が入らない内に生徒の数を減らそうかな、と」
「なるほどな。だが、あいつは後回しにできるほど侮れる相手じゃないぜ」
「うーん。でもそっちは鈴絽さんが何とかするでしょう?」
そう言うと、彼女はにぃっと笑った。
「そう来るか。まぁ、確かに俺はその機会を逃したくないしな。自分で行く必要はない、と」
「彼女とやり合って体力を減らし過ぎると残っている連中を相手にするのが難しくなるでしょ?そっちの掃除を僕が請け負うってことで」
どちらかとともなく笑い合う。
「さて、ランチは終わりだ。お互いの健闘を祈るよ」
/
徘徊し監視する子蜘蛛こと徊視子蜘蛛は、この競技において幾つかの役割に分かれている。
常に生徒、もしくはチームを映し出すもの。
巡回して廊下の様子を映し出すもの。
GTSによる指令を受けて特定の場所を映し出すもの。
だから、巡回役の徊視子蜘蛛に付けた矢崎聡一の視覚からは多くの情報を得ることができた。
1‐Bの教室、その黒板には手書きの構内図が描かれている。
白で枠を、青で徊視子蜘蛛の移動ルートを、赤で敵を示してある図。細川美樹作だ。彼女は指が器用で裁縫から作図など細々した作業が得意としている。
「戦闘準備の方は整ったわよね?耳栓は忘れてない?バケツは?1人1つずつちゃんとある?」
「オッケーだよ、しいっち。ちゃんと用意できてる。所で狙うのは1‐Dの連中でいいの?」
「近いし、特殊な能力者がいなそうだしな。この作戦はうまくいったら、そう破られないと思うぜ?」
四十万隆がそう言って、手の紙袋をぽんぽんと飛ばした。
それは空気を入れられた上で口を閉じられた紙風船のような代物だ。
「聡一は引き続き情報収集を頼むよ」
「ああ、能力が切れるまでは何とかやっとく。
あっ、もし廊下で子蜘蛛を見つけたら持ち帰ってくれよ。次のに使うから」
了解、と手を振り合って彼らは行動を開始した。
1‐Bの攻撃班は隆、西谷絵梨、飛騨真幸。探知班は教室待機の聡一と、長谷川亜子、若内楚々絽で、攻撃部隊と同行して周りに敵がいないかをチェックしたり、敵の不意を突くタイミングを計る役目を受け持っている。
亜子の残留思念読取でその廊下に最近誰が通ったのかを調べ、楚々絽の視界傍受で近くの敵を探り、敵の視点からチャンスを伺うというものだ。
その他に補充要員として浅夢予知の布衣菜誉に原始素能の美樹、そして天空泳法の深柄科がいる。天空泳法は戦闘離脱の役割だ。
彼らは聡一の力によって得られた情報から、1‐Dの教室にそのまま1‐Dの生徒達がいることを突き止めた。
そこで、一度廊下に出た楚々絽が能力を使えるギリギリの範囲まで近づき視界傍受で教室内の様子を把握、自分の教室に戻り状況を整理し、攻撃を仕掛けるかどうか話し合ったのだ。
そうした過程を経て遂に彼らが動き出す。
念には念を入れて、もう一度視界傍受で中を確認、人数や人物が変わっていないことをチェックして、楚々絽は肯いた。
ドアの周りに気取られないように慎重をきして自分達の持ち場に着く攻撃班。引き戸の左側に絵梨、右側に隆、その後ろに真幸という事前に確認しあった配置だ。その後ろにバケツを持った面々がスタンバイしている。
楚々絽が手を上げている。
目をつぶる彼女の視界には自分達とは違って置いておいた食料が持っていかれていない彼らがおいしそうに昼食に勤しんでいる様子が映っていた。
この攻撃が成功すればその食料も手に入れることができる。
フフフフ・・・と不気味な笑みを零す楚々絽に周りのクラスメートが引き気味になった時、いきなり彼女の顔が引き締まった。
腕が下ろされる。
――ガタタァン
大きな音を立てて引き戸が隆によって開けられた。
その音に反応して振り向く1‐Dの彼らはドアの方へと振り向く。
そこに待機していた絵梨が両手をかざした。
発光能力者の彼女の掌から、一瞬だが強力な閃光が放たれ、律儀に振り向いてしまった彼らの網膜を焼いた。
次に出たのは隆だ。
両手に持った自家製の紙風船を発破能力で高圧をかけて破裂させ、
――パァァァァアアン
鼓膜を揺さぶる破裂音を響かせる。
視界を潰され、耳の異常で平衡感覚を狂わされた彼らにさらに追い討ちをかけるのが真幸。
彼とその後ろにいたメンバーがバケツの中の水を一斉に教室へ撒く。
入れたばかりの冷たい水が空中で広がった。
それら水は慌てふためいている生徒達に当たる前に、いきなりその運動を変えた。
なだらかな放物線を描いていた水の軌道が弾けるようにかき消され、威力を持って彼らにぶつかる。
広がりを見せた大量の水による叩きつけるような攻撃。真幸の撥水能力によって作られたものだ。
当然足元のおぼつかない彼らは床に伏す形になる。
そこを攻撃班他、補充要員で物理的に押さえ込むのが1‐Bの作戦だ。
「うんどりゃあああ!」
次々にペンダントを潰していく隆。
一応、監視の役割を持っていた楚々絽もいつの間にか参戦して、倒れた生徒の首にかかっていたペンダントを引き千切っていた。
所要時間5分未満。1‐Bの完全勝利だった。
チームとして成果を得ることができ、昼食となる食料も得ることができたのだ。
「よっしゃぁあああ!!」
隆達は皆でガッツポーズを取った。
/
一方念言の私は念言を相手に伝えることができるものの、その返答を貰うことはできない。
びくびくと廊下を歩き、時には物陰に隠れつつ、ここには誰もいない、あそこは誰かいるっぽいと情報を送り続けていたのだけど、一度は帰った方がいいだろうと思い、チームのいるはずの音楽室に引き返してみた。
そしたら、誰もいないのだ。
何らかの理由で場所の移動を余儀なくされたのだと考えたい。だけど、床にある赤いペイントがここで戦闘があったことを証明している。
まさか全員リタイア・・・とか。
いやいや、そんなことがあるのだろうか?
私のクラスは、バランスのよいチーム編成だったし、3年生だ。1、2年生に遅れは取らないはずだし、3年生にだってそうそう負けない、と思う。
どんなに見直してみても誰もいない教室。
そんな教室でぽつねんと1人で居ると不安が胸に広がってくる。
どうしよう。もしかして今後1人で動かないといけないのだろうか?
下位の念言である私にはまともな攻撃手段もないし、大体こういったいつ敵に出会うかも分からないような心臓に悪い競技は大の苦手だし・・・・・・と考えていると後ろでドアをずらす音がした。
「ひっ!」
咄嗟に振り向くと、そこには私より小さな女の子。口に棒状のスナック菓子を咥えている。
「ふぃ?」
きょとんとしている姿が可愛いなぁという印象を受ける子で、何故かブルーのジャージを着ていた。ブルーは男子用のはずなんだけど。
完全に固まってしまった私を数刻眺めていた彼女は腕に抱きこんでいたお菓子を1つ差し出す。
「お1ついかが?」
素直に貰ったスナック菓子を口に運びつつ、自分の置かれた状況を彼女に話してみた。
彼女はピアノの上に足を組んで座りその話を聞いてくれたのだけど、ちゃんと理解しようとしてくれているのかはかなり怪しい。
「つまり、仲間は行方不明で最悪自分の知らない内にリタイア。残った自分は一方念言の能力者で戦闘は無理ってこと?」
そんな私の心内を知ってか知らずか確認を取る彼女。口にさっき食べていたソース天ぷらの滓が付いている。
というかちゃんと聞いてくれててじーんと来た。
「そうなのよ。私の能力じゃ・・・相手からのメッセージを聞くこともできないから、本拠地がこうなってるってことさえ分からなかったし・・・・・・。使えない能力よね」
「うーん、そうかなぁ。馬鹿と鋏は使いようっていうじゃない」
・・・使い方を微妙に間違えてる気がする。そして暗に私の能力は使えないと認めてるよね・・・?
「それ僕に使ってみてよ」
もしかして、何か考えがあるのだろうか?釈然としない気持ちをとりあえず横にやって、彼女に一方念言を使ってみる。
『こういう能力なの』
「ふぅん・・・やっぱりこう・・・・・・響く感じなんだ」
『何か分かった?』
「うん。ねぇ、この念言、もっと強くやってみて」
?いまいち考えが分からないけど、言われた通りに少し力を入れて念言を送った。
「思ったとおり。これなら十分応用できるよ」
「ほんとに!?」
彼女はうん、と肯いた。
「最大出力で相手の脳に何でもいいから念言を送るんだよ。この響く感じなら、相手の動きを止められると思う」
「そっか・・・。その隙に相手のペンダントを壊せばいいんだ・・・・・・」
「もちろん、ちゃんと運動神経がよくないと成功する確率は落ちるけど、思考断絶と同じ効果を得られるはずだよ」
「すごいっ!それなら私でも何とかなるかも!」
「元が念言なら有効範囲もそれなりに広いだろうし、無作為にその攻撃を行って敵のミスを誘発するっていうのもありだよね。上手くいけば敵が減らせるし」
私は思わず彼女の両手を取ってぶんぶん振っていた。
「ありがとうっ!どうお礼をすればいいか!」
「お礼・・・?いやいやいや、いいよ。お礼はそのペンダントで」
・・・・・・、・・・・・・え?
ぐにゅちゃり。そんな音が私の胸元で聞こえてきた。
「にゃ――――――――!」
「いやぁ、まさかここのチーム、1人取りこぼしてるとは思わなかったよ。
あ、さっきの案は来年挑戦してみてね?」
/
戦果を得て、教室に戻った俺らは副賞のように得たお菓子をチームメイトで分けあっていた。
俺は無難なカツサンドを選び、できるだけ味わおうとゆっくり咀嚼している。
「四十万。次は何処がいいと思う?」
頭使ったなどと言って板チョコを欲した聡一がチョークで黒板をつつきながら問うてくる。
「もう1階にはいないんだっけか?近い所から潰して言った方がいいんじゃねぇ?」
「そう思ったんだけどな。もう昼も過ぎたしそろそろ、外に出た奴が校内に入ってきだすらしい。若内の話じゃあな」
なるほど。外に出て戦闘突入率を下げ、校内の生徒が減った頃合を見計らって定位置を探すのか。
外を歩き続けるのは体力を消耗するだけだし、辺りが暗くなれば動き回るのは難しい。
「と言ってもまだ昼をちょっと過ぎたばっかだぜ?」
「まあな。でも一応考慮すべきだと思ったんだ」
「俺はどのみちこの1階フロアは殲滅しとくべきだと思うぜ。今ならまだ相手も動き出してないしな」
だな、と聡一は言って黒板にマークを付ける。それはさっき倒したD組の次に近いチームだ。
これを食べ終わったら、また楚々絽に頼んで様子を見てきてもらうことになるのだろう。
「お、まだ飲み物残ってんだな」
チームで食することが前提に用意された食料だったので、当然のことながら2リットルのペットボトルで紙コップも用意されている。
それに注いで渡してやる。
「サンキュー」
しかし、開始直後はどうなるかと思ったが、今こうしてみると何とかやっていける気がする。
懸念されていた葉月の襲来もなく、事前に立てた作戦は大成功を収めたのだ。
これを地道に繰り返していけば、最後の方まで残れるのではないだろうか?
「・・・お、そうだ。1つ試したいことがあるんだよ」
棒付きキャンディーを咥えた楚々絽が手を打ってこっちに近づいてきた。
「なぁ聡一。君が視覚放置を行っている時に私が視界傍受をしたら、その映像が入ってくるんだろうか?」
「・・・あーどうなんだろうな・・・?
視界傍受が視神経が脳に送る映像を傍受してるなら元の視界な気がするけど・・・。もし、俺が見ていると認識している映像を傍受するんなら移した先が見えるんだろうな」
「試してみ――――」
「おっじゃましまーす、っと」
そんな声が俺らの会話を遮った。
ガララとドアが開く音。血の気が引く思いがした。
「お、やっぱりいた。おーい妹よ」
振り向いた先にはいたのは、長髪を白いリボンで雁字搦めにしたようなヘアスタイルの上級生。
「・・・何で姉様がやって来るんだか・・・・・・」
その上級生の台詞に応えたのは楚々絽だった。
妹・・・姉様・・・姉妹、らしい。
「いやぁ、この学校から出ようと思ったんだが、ちょうどお前の匂いしたからな」
そんなもので見つけられるとは恐ろしい話だ。
そういや葉月も同じようなことを言っていたが・・・。まさか、な?
「出て行くって、積極的に戦闘に勤しむ気なのか姉様は」
楚々絽は呆れ声だ。
「炎海紅泥がそろそろ休眠状態に入りそうだからな。今のうちに引きずり出して叩くつもりだ。今回こそ潰す」
ものすごく物騒な会話が聞こえる。
口調が楚々絽よりも乱雑っぽいのだが、なるほど、この姉あってこの妹ありというやつだ。
この姉妹はよく似ている。
「しかし、すぐにリタイアかと思えばがんばってるんじゃん」
「そりゃあ、まぁ、一時はどうなるかと――――ちょい、何その手のモノは」
ごそごそとジャージのポケットを探っていた姉さんの手には何やら三角錐の物が握られている。
「何ってクラッカーだけど?」
何でクラッカーなんてものを用意しているんだろうか?
いや、そういえば、攻撃作戦で俺が紙風船を破裂させるという案の前に音を鳴らす物としてクラッカーを試してみたような・・・。
結局音が小さすぎるので却下されたものの、幾つか残った分は適当にロッカーに放り込んだはずだ。
何か、すごく、嫌な予感がする。
そんなことを考えている内に、その姉さんはさっさと窓際に移動し、窓を開けた。
――パンッ
乾いた音と共に、火薬の臭いと紙が弾ける。
最近のモノは床を汚さないように紙が本体とくっついていたりするんだが・・・・・・じゃない!待て、今の行動はおかしい!
「一体何をしたんですか・・・?」
恐る恐る尋ねてみる。
「ん?いやー、実は、だ。ここに来る前に屋上である人物にランチをご馳走になってな」
屋上、ね。
「1つ頼まれたんだ。もしも、俺の妹を見つけたらこのクラッカーを窓から鳴らしてくれってさ」
・・・・・・・・・・・・。
「好物のしりかげるグミを貰った身としてはまぁ、聞いてやりたいし」
「そのグミ私んだ!!」
絵梨が叫んだ。
その時振舞われたお菓子の出所が分かった気がする。気がするが・・・。
だが、正直それどころではない。
「に、にげっ、逃げないとっ!」
誉がまたパニックに陥り、聡一が飲んでたジュースを噴出した。
楚々絽は姉様の阿呆!と一言言って、1人で逃走を図る。
いやいや待て待て!こういう時こそ団結が大切なんであって・・・!
「こら待て科ぁ!」
開いた窓から空中へと飛び込む科。さすがは天空泳法だ。空に逃げるつもりらしい。
駄目だ。いきなりの葉月の襲来が目前に迫って皆冷静な判断ができなくなっている。
ドアから委員長でありチームのまとめ役である椎までもが走り去った。
俺も、もうここに留まるのはまずい。
最後に教室をのぞくと、元凶の姉さんがグッドラックなどと言って親指を立てているのが見える。
鬼だ。皮肉にも葉月に似たものをこの人から感じる!
あっけなく、チーム1‐Bは解散と相成った。