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第13話- 愉快犯。-Confront-

 SPSを服用した生徒は中学生活の中で能力に親しみ、高校においてより能力を強化、専攻するという構造が取られる特別学園都市の特徴上、高等学部は学校によって際立ったカラーがあることが主である。

 例えば灯秋(とうしゅう)高校はPKの出力系を専攻している高校であるし、その反対に吹冬(すいとう)高校はESPの感覚系を専攻している所だ。

 伸夏(しんか)高校などは等級向上の発展重視であり、香春(こうしゅん)高校は日常での能力の可能性を探っている。

 異色さで言えば殊樹(しゅき)高校は分類が難しい、あるいは珍しい能力者の吹き溜まり。

 そのために能力戦の激しさは中学校より高校の方が多様で過激であるというのは、わざわざ言う必要もないだろう。

 高校生にもなると自分の能力を応用して自分なりの戦い方というものを確立しているし、芸なく能力の弾をぶつけるだけといった単調な攻撃以外にもバリエーションを持っている生徒も多い。

 出力系専攻の灯秋高校であっても、追尾機能や時限設定、事前設置の技術(スキル)を会得しているものも少なくないのだ。

 つまり、何が言いたいのかというと、開始3時間も立たないうちに灯秋高校の校舎がすでに半壊してようが、もの不思議ではない、ということである。



 3階廊下を青白い電気の一閃が突き抜けた。

 それはあまりにも太い一撃で、廊下にある諸々の物をなぎ倒す。

 ロッカー、傘立て、窓ガラス、燃え盛る炎。

 その先、炎海紅泥の兎傘鮮香(とがさ あざか)目指して放たれたその電撃は、しかし彼女に当たることはない。

 ――ゴガシャンッ

 彼女まで1mといったところで、いきなり横から爆発が起こり教室の壁だった物がそれを防いだ。

 地表半径35kmを熱溶解し尽くす炎海紅泥は、能力名というよりは技名と言った方が合っている。しかし、彼女自身が蒸発、沸騰、脱水死しかねない技を彼女が使うわけもなく、応用しない(・・・・・)という選択肢の結果、彼女が使うのは発火と発破を使った弾丸だ。

「ほうらよ。今度は下階に逃げさせねーぜ?」

 彼女の攻撃は前にかざした手から炎弾を放つ形で行う。発破能力も持っている彼女の場合、投擲動作を必要としない。

 先の攻撃を階段から下へと飛び降りる形で避けられている鮮香はそれができないように、ありったけの速度と威力を持って相手を撃つ。

 階段ごと吹き飛ばす(・・・・・・・・・)つもりだ。

 その惨事を体で体験する羽目になりそうなのは、さっきの一閃を放った紫電雷閃こと筒芽旭(つつが あきら)。電撃ビームな能力の頂点に立つ灯秋高校の主力メンバーであるのだが、

「殺す気か――――!」

 鮮香のそれに対抗できる守備法を持っていないため、咄嗟の判断で廊下の割れた窓からダイブ。

 その一瞬後に恐怖の炎弾が着弾、手榴弾が爆発したような大規模の破壊が起こり、校舎はさらに崩壊した。

 身を投げた旭は爆風に押されて落下速度を増すという最悪の状況下でそれでも鮮香に向けてもう一閃。

 廊下の窓による隙間からの雑な一閃を横に飛ぶことで避けた鮮香は窓の方に駆け寄る。

 彼女が中庭の空中にて彼を補足した瞬間、いきなり、

 筒芽旭の姿が消えた。

「なっ!」

 ――たんっ

 そして次の瞬間に自分の背後での音。

座標転移(テレポート)かよっ!)

 後ろを振り向く余裕もないと考えた鮮香は自分の背後で発破を行い、その勢いで窓から飛び出した。

 空中で猫のように身を捩って自分の飛び出した廊下を見てみると、旭ともう1人の姿が。

 発破によって怯んだらしく腕で顔を庇っている。

座標転移(テレポート)の彼女とは恐れ入ったぜ!あははっ、嫌なペアじゃんか!」

 小規模の発破を靴の裏で発現させて、擬似的に空を浮く鮮香だが、相手は座標転移者(テレポーター)だ。

 怯んだ隙にとっとと逃げたかったのだがそうもいかない。

 一瞬で後ろに回り込まれた。

 両者共全く滞空能力者ではないのだが、応用すればそれぐらい普通にこなせるレベルの実力者だ。

 座標転移者(テレポーター)は旭を後ろから抱きかかえるようにして移動してきていた。

 移動手段としての座標転移(テレポート)と攻撃手段としての紫電雷閃(エレクトロキネシス)。相手にしたくない最悪のコンビだ。

 何より、

「これでこっちの方が有利だ!覚悟しろ兎傘!」

 ということである。

 教室では物理的な壁を利用した防御法があったが、開けた空中では防御する障害物がない。

 何より相手は死角奪取の特許取得者(スペシャリスト)だ。

 攻撃は当たらないし、後ろは取られる。

 鮮香は方向と威力を調整しつつ体に発破をかけて、彼らとの位置関係を整えようとする。

 旭達はせっかく取った死角を取り戻すべく、さらにテレポートする。

 後ろを取ろうと追いかける側、それを阻止しようと逃げる側。

 その限りない攻防(ばしょとり)が随分続いた後、やっと両者不毛であると悟った。

((素直に撃ち合った方が早い!!))


 空中での弾幕戦が始まる。


                     #


 ――バガンッ

 一際大きな発破の後、空中を回転するように無理やり体を吹っ飛ばせて兎傘鮮香は筒芽旭達と距離を取った。もはや旭達はそれを追わない。

 体勢が整った瞬間、鮮香の周りに蝋燭に点る程度の火の玉が無数に生まれる。

 敵が今いる方向へと撃ったところで、相手が座標転移者(テレポーター)では避けられるに決まっているのだ。

 ならば、移動する場所がないほど広範囲で攻撃すればいい。

 鮮香は周りに作り出した千以上のそれらを花火のように拡散させた。

「愛梨、とりあえず今の位置をキープしてくれ!」

 座標転移者(テレポーター)で彼女な銀山愛梨(かなやま あいり)にそう言って、旭は右腕を帯電させて前に突き出す。

 その腕から線香花火のようにパチパチと枝を象ったような紫電が起きて、火を払っていった。

 そして使っていなかった左腕を伸ばす。能力名どおりの強力な一閃が放たれた。

 それを当然発破を利用して避けようとする鮮香だったが、旭は腕を動かすことによって軌道修正、それを許さない。

 出続ける電撃の一閃は厄介な攻撃だ。

「ちっ!ほんっとに厄介だ!」 

 鮮香は発破を繰り返して相手の攻撃から逃れつつ、両手に火球を溜める。それはテニスボール程度の小さなものだ。

 まずは右手の方を打ち出し、時間差で左手のも打ち出した。

 細かい火の粉を払うために使っている右手、攻撃に使っている左手ともう空いている手はない旭は攻撃している方の手をずらして、その弾を迎撃しようとする。

 ――ガガンッ

 しかし、電撃は1つ目の弾に当たった瞬間、そこで理不尽な力でねじ折られてしまった。

 圧縮された発破の種を火で包みこんだ特殊弾。発火と発破の能力を掛け持っている彼女ならではの手製手榴弾だ。もっとも、打ち出しているのを考えるとロケットランチャーというイメージの方が合っている気はしないでもないが・・・。

「っ!」

 今まで直線だったものがいきなりそこで直角に曲がった一閃は、形状維持ができなくなったのか霧散した。

 さらに、そこへもう1つの炎弾が迫ってくる。

 鮮香の方を見ると既にもう2球同じものを手にしていた。

 にやり、という嫌な笑み。

「まずい!愛梨!何処でもいいからとにかくテレポートしてくれ!」

「ふえっ、でも火が・・・」

「ちっさいのはいい!本気でヤバイのが来る!避けるしかない!」

 一瞬。彼ら2人は消え、鮮香の死角に潜り込む。

 移動した瞬間、周りを漂っていた火の粉がジャージに穴を開けたが、それを気にする余裕などはそもそも存在しない。

 旭の両手には一閃を放つために溜められた電気。

 ――ギキキイィィィィ――!

 避けること許さない、理不尽ほどに速い2つ電気の光線にしかし鮮香は笑って応える。

 先ほど用意しておいた火球を持つ両手を攻撃の方へとかざした。

 その2つが重なるほど(・・・・・)接近した瞬間を見逃さず、1つの火球で一気にそれらを迎撃する。

 二閃は彼女の前で開くように軌道を折られ無残に散った。

 弾数が幾らあろうと、自分を狙っている限り弾はお互いに接近してしまうという制約がある。ならば、素直に相手の弾数に合わせてやる必要はない。

 一撃でも当たれば即昏倒しかねない攻撃を前に、モノを節約できるだけの余裕が強者にはある。

 その反対に、とにかく鮮香の手にある凶弾を消費させようと考えていた旭は思惑が外れたことに焦る。

 攻撃が無効化された隙に、鮮香はもう一方に残った火球を打ち出した。

「愛梨!」

「うんっ!」

 すぐさまテレポートで座標を転移する彼ら。

 だが、それを何時までも許す鮮香ではない。

 この程度の火で足止めにならないのなら、もっとも大きなものを用意すればいい。

 転移した瞬間に旭と愛梨が見たのは、前にばら撒かれた火より大きく、丸い火球が彼女の周りに出現している様だった。

 さすがにこれは無視できない。

 火の粉ほどのモノであればジャージが溶ける程度と割り切っていられたが、次の弾幕は本格的に避けなくては痛い目に遭う。

 しかも彼女は恐ろしい爆弾を仕掛けていた。

「なぁ、どれが本物(・・・・・)だろうな?」

 そう言って手をひらひらと振る鮮香。笑顔が怖い。

 彼女が言外に言っていることに気付いた旭が改めてまだ彼女の周りに集約している火球を見る。

 それはテニスボールほどの大きさをしているのだ。

(この中にさっきの凶弾が混じっている――――!?)


 強者はいつでもどこでも遊び心を忘れない。

 恐怖の弾幕が放たれた。


                     #


 灯秋高校には3人の強豪がいる。

 炎海紅泥、兎傘鮮香(とがさ あざか)

 紫電雷閃、筒芽旭(つつが あきら)

 圧搾念力、綿吊醐楓(わたつり ごふう)

 そのどれもが3等級の能力者であり、正真正銘の実力者だ。

 威力で言えば圧倒的に鮮香が秀でているが、繊細さにおいては旭に才能があり、その2人も敵わない有利性を醐楓は持っている。

 鮮香と旭がぶつかり合って、しかし鮮香が優勢なのは単なる相性の問題だ。

 元々攻撃向けな攻撃である発火、発破の能力は場所が開けていようがいまいが威力を発揮する。

 しかし、日常生活においては電気と電磁を操れる能力の方が需要があるのは言うまでもない。

 そしてその2人も念力の特異性(はんしゃ)の前では苦戦を強いられるのだ。

 そんな3人がいきなりぶつかり合えば周囲に被害は必至であり、他の生徒にとっては迷惑極まりない自体であるが、さらに迷惑なことに旭は分が悪いと分かっていながら鮮香に攻撃を仕掛けるという要らない挑戦者(チャレンジャー)精神の持ち主である。

 不幸中の幸い、一番面倒臭い醐楓が最初の方でリタイアしたのだが、それでも被害は尋常ではない。



 屋上にある2つの給水タンクが炎弾を受けて溜めてあった水を撒き散らした。

 もはやただ避けるのは無理だと諦めた旭が周りを容赦なく囲む火球を迎撃しようと両手からそれぞれ最大出力の一閃を放出する。

 鮮香本体に当てるのではなく、周りの火だけを狙うそれは、容赦なく中庭という空間を越えて、先にある校舎を破壊していった。

 その厄介な動く線状の電撃は1つの火球に当たると同時にランダムに折り曲げられ、中庭に置かれていた校長の銅像を吹っ飛ばしてかき消える。

 鮮香は旭のそんな弾幕の清掃作業中の彼らに向かって幾つもの大型炎弾を撃ち出す。

 旭はそれら容赦ない攻撃を辛うじて迎撃してできたスペースにテレポートすることで回避するという危ない綱渡りでやり過ごす。

「ほら、もうもたねーぜ。どうするのかなー?」

 どんなに迎撃したところで、空中に一定の速さを持って拡散するように漂う火球はすぐにその空きを埋めてしまう。

 それに鮮香が両手の攻撃と同時進行の形で撒き散らすための火球を絶えず作り出しているので数自体が減らない。

 しかしだからと言って、攻撃に転じてみてもその間火球を食らう羽目になるし、勝敗はあくまでペンダントによるもの。ペンダントは能力で作られた物質に弱く作られている・・・。

 無防備に体を晒すのは難しい。

 旭は前にランダムに広がる恨めしい弾幕に目をやった。

(兎傘のことだ。無作為に漂ってるように見えて、保険で自分の前にはあの弾を1つ置いてるに違いない・・・・・・)

 それが分かっていたところでそれを突破する方法は――――

「・・・あるな・・・・・・というか、何で今まで気付かなかった?うわー、俺って馬鹿だ・・・」

「ちょっと、旭ちゃん!策があるなら自己嫌悪してないでさっさと!私のジャージ穴だらけなんだからぁ!!」

 それはそれで見てみたいなどと、後ろから抱きしめられているため全く見ることができない彼は心底思いつつ、両手の攻撃を止めることなく別の所に意識を集中する。

 意識の対象は自分の周りにある空間。自分の体から離れている場所というのは出力系能力者にとって出力しにくいものなのだが、彼は高位の能力者だ。

 紫電を散らす電気玉を作り出した。

 考えてみれば、向こうがやったように自分も弾幕を張ればよかったのだ。

 火は元々燃え続けるものなのだが、電気はそうはいかず、纏まった状態で留めておくのは難しい。紫電雷閃の下の能力に当たる紫電雑閃は一閃を遠くへ打ち出すほど纏まりを失って霧散してしまうが故に下位能力であり、さきほど旭の一閃が折られてかき消されたのも制御が利かなくなったことによる。

 だから攻撃手段が発火能力者とはかなり異なり、ビーム状に打ち出すのが一般的だ。彼の能力名も紫電雷閃、電撃の一閃を主な攻撃手段としている。

 だがそれは、もっとも効率のいい、やりやすい方法だからであって、無数の電撃を一束に集約(せいぎょ)できる彼にとってはさほどの意味を持たない。

 自分の能力名と発電能力者(エレクトロキネシス)という概念に縛られて全く盲目していたとしか言いようがない。

 先ほどから自分達が苦戦を強いられている相手の攻撃をその目で、体で味わいながら同じことが思いつかないのだから。

(こちらの方が制御が難しいとはいえ、できなくはない!)

 電撃の弾幕がばら撒かれた。

 こうなれば戦況は大きく変わる。

 火と違い電撃を食らえば意識を持っていかれかねない。当たればまずいのは鮮香の方になった。

 その上で旭は最初の小さな火球を打ち落とすために使っていたタイプの枝上の紫電を放つ。

 それは少しずつ規模を増していった。

 バチバチと枝の形を変える電撃は、火球を打ち落としていく。

 しかし、本当の狙いは鮮香自身だ。大きくなった枝はその末端が彼女に届くほど長い。

 一閃と違って、複数同時攻撃の形にあるこの攻撃方法にはあの手榴弾は効果が薄いだろう。

 瞬時に座標(ばしょ)を変えれない彼女には逃げ場がない。

 彼はこれで詰み(チェックメイト)だと確信した。

「これで形勢逆転だぜ兎傘!どうするのかな?」

 挑発の仕返しをする旭。

 だが、だからこそ、鮮香は笑った。

 その唇が動く。

 もはや遠慮なしだ、と。


 その瞬間、火球も電撃も覆い尽くす理不尽な火炎が中庭の空間に広がった。


 球状もなさず、逃げる隙間すら与えない燃やし尽くすという攻撃。

 保険の保険として隠していた奥の手だ。

「愛梨――――!!!」

 旭と愛梨の取れる手段は退避しかなかった。

 当たる瞬間テレポートする。今度は少し位置をずらすようなものではなく、逃げるための移動だ。

 中庭から2人の姿は消えた。

 それでも、鮮香は逃がすつもりはない。

 彼女は知っている。一昨年、去年の経験から知っている。旭が相性の悪いことを知りつつも彼女に挑戦する変わり者であり、このまま逃げおおせるなどとするわけがないことを。

 まだ近くにいる(・・・・・・・)

 だから彼女は自分の学校の校舎を溶かした。

 右端から、能力名の炎海紅泥に相応しい技をもって、高熱化してコンクリートを溶解させる。

 彼女の攻撃によって崩壊どころか跡形も残りえないだろう校舎。その哀れな建物が3分の2ほど赤黒く溶けた辺りで、彼女の後ろで黒い影が動いた。

 旭だ。愛梨はいない。

 彼女の座標転移(テレポート)で飛ばしてもらったのだろう。

 彼女がいない状態ではこの後もう落ちるしかない。背水の陣である。

 もう体力的にきつい旭はこの攻撃に全てを賭ける。

 そのため、今まで以上に危険な一撃に愛梨を巻き込まないように1人で飛び込んできたのだ。

 鮮香もその一撃に応えるために、既に右手に業火球を用意していた。

 そもそも即急に彼を炙り出したのは彼女ももう限界だったからだ。

 今までずっと滞空するために発破し続けていたために、運動靴は既に靴底がなくなっている。回避のために体を移動させるにあたって腰やら腕やらにも発破を使ったのだが、そこも青あざになっている。

 これ以上の滞空は無理だったのだ。

 地上戦に持ち越せばよいことなのだが、彼とは真正面からぶつかりたい。

 だからこれは最後のチャンス。

 旭は本来一束に纏める電気の一閃をわざと纏めないことでの複数攻撃。近距離だからこそできる荒業で。

 鮮香は右手に溜めた火炎と圧縮された発破能力を打ち出すのではなく、直接相手の体に叩きつけるというやはり近距離だからできる荒業で。


 激突した。


                     /


 香春高校は実用性・応用力を伸ばすことに重点を置いた校風を持つ、日常生活に役立つ能力の使用法を日々研究し、さり気なく、何気なく能力を活用しようという学校だ。

 威力や派手さこそないが、能力者達にとって最もネックである『能力を使う機会がない』という点を改善しようとしている所であるため、需要は結構あるのだが・・・。

 バトルロワイヤルなどという非日常は彼らにとって縁遠いものであって、苦手な分野だ。

 競技が開始した後、結局なかなか動き出せない彼らは仲良く、自分達の教室で相手の出方を伺い続けるというどうしようもない状態に陥っていた。

 そこに来たのが灯秋高校の連中である。

 よりにもよってアドバンテージがある彼らが何故いきなり香春高校にやってきたかというと、競技開始早々危ない2人が衝突したせいで皆して校舎から締め出されたからだ。

 彼らは元々校舎に長居はできないと考えていたのと、お互いアドバンテージがあるということを考慮して少なくても数が減るまで敵対しないと決めていた。

 せっかく手に入れた有利性を自分達の間で消費するほど馬鹿なことはない。後半までは協力して一気に他の生徒の数を減らそうと考えた。

 そうしてできたのが学級学年を超えた巨大チームである。

 その数と攻撃性を生かし、彼らは学校ごと一気に攻め込むという強行手段に出ることにし、それの犠牲になったのが香春高校。

 容赦なしの窓から、校内からの攻撃に彼らは成すすべなく殲滅させられていった。

 しかし、それでも最後まで抵抗した生徒達もいたわけで。



「もうすぐ!この学校は乗っ取られる!」

 予知能力者である平良筑紫(たいら つくし)が教壇の()に立ってそう宣言した。

「もうなんていうか!すっげぇー人数が攻めてくんの!」

 『恐怖の大魔王が振ってくるZE☆』的なテンションで熱弁を振るう彼だが、他のメンバーの反応は冷たい。

土筆(つくし)。それでどうしろと?俺達の場合は外に出たらすぐにお陀仏だろうし、だからこそこうやって誰か来るまで教室でまったりとしてるわけだが。

 他の生徒がもうすぐ来る?そりゃあそうだろ。点数稼ぎにこの学校はもってこいだからな」

 このクラスの学級委員長はそんな調子だ。

 ホットプレートでクレープを焼いて皆に配っている。

 ありがとう、とそれを受け取る副委員長。中身はバナナとチョコ、クリームにイチゴ。

 その隣にたこ焼きを作る保健委員、またその隣にたい焼きを作る体育委員がいる。

 教室の中はもはや単なるお楽しみ会だ。

「皆悔しくないの!せっかくのお祭りには違いないのに!もっと積極的に参加しようよ!」

「出店としてか?もうすぐ昼だからな。ウケるだろうが――――」

 そこで教壇に立っても天井に手が届かないほど小さく、幼顔な彼の瞳に涙が滲んでいることに気付いた委員長はうっ、と唸り、息を吐いた。

「何か案があるのなら付き合ってもいいけどな。難しいだろ・・・・・・」

 そう言って周りを見回す。

 そこにあるのは、商業用食材ばかりだ。

「・・・ふむ」


                     #


 一斉に窓が割れ、光が教室に飛び込んできた。

 火がカーテンに移り、紫電が散って蛍光灯が割れ、水が叩きつけられる。

 生徒の悲鳴と騒音が響く中、彼らは動き出した。

 侵攻が始まると考えられる1階ではなく3階の職員室に居を移していた彼らは、それぞれ役割分担してそれぞれ悪あがきという名の作戦を開始する。

(ふき)(とう)、制御は任せるぞ!土筆は左、俺は右の階段だ!」

 副委員長の藤原蕗(ふじわら ふき)にこの計画の肝を任せ、走る第一部隊。

 彼らの目的地はすぐそこの下階に続く階段だ。

 しかし、そこに着いた時には既に敵が上がってこようとしているところだった。

「ちっ!食らえや!」

 仕方なく作戦の重要なキーであるそれを投げつける委員長(ひの)

 それは自分に向けて炎弾を放とうとしている1人に当たった。

 当たったものの方は白い中身をぶちまける。大量に用意しておいた小麦粉だ。

 彼らがそれに怯んだ隙にもう3、4袋同じように投げつけてやる。

 これで量としては十分だと判断した氷野明次(ひの あきつぐ)は、舌を出して彼らを挑発する。

「っ、てめぇ!」

 粉を顔面に食らった1人が易々と挑発に乗った。

 手を前に突き出す。

「!馬鹿っ、やめろ!」

 気付いた見方の声は間に合わず、

 粉塵爆発が起きた。

 相手にまずは自爆してもらうために、能力を使わせるために標的として彼らから見える位置に立たなければならなかった彼は、爆発する直前ギリギリで廊下を横に跳び階段から距離を取った。

「よっしゃぁあ――!」

 おかしなテンションのせいで受身もできない下手な回避行動で思いっきり肘を打ったが、そんなことを気にしていられる場面でもないのですぐさま立ち上がって、廊下の中央辺りに位置する職員室の扉の中へと飛び込む。

 少しして筑紫も慌てて入ってくる。ジャージがボロボロだ。

「これで第一段階終了・・・だ。さぁて、悪あがきといきますか」

 捨て身の彼らは相手が動くのを待つことにした。積極的に引き篭もっている身分なので相手が来てくれないと何もできない。

 さて、3階で大きな爆音が2回響いたことと目撃者の話によって、粉塵爆発を誘発させられたことはすぐさま校舎中の灯秋高校生徒の知るところになる。

 威力自体は大したことなかったらしいが、巻き込まれた仲間はリタイアになったという事実から彼らは3階の制圧に重点を置く必要があると認識した。

 すぐさま編成が組まれ、本格的に3階は攻め入られることになる。

 しかし今度はすんなりと3階に足を踏み入れられた彼らが職員室で見た光景は異様なモノだった。


 白い。そこら中白くて何も見えない。


 粉だ。小麦粉が空気中に高密度で漂っている。

 先の爆発のことが頭を()ぎった。

 これでは能力は使えない(・・・・・・・)

 視界も悪くて相手がどこにいるのかも分からない。

 呆然としている彼らの顔に何かベトベトしたものがかけられた。

「クリームはいかが♪」


                     /


 左手にクリームの袋を持ち、右手は握り拳を作った体勢で俺らは、能力無視の完全な肉弾戦を仕掛ける。

 俺こと氷野明次はこれでも空手経験者だし、あの一見か弱そうに見える土筆だって少林寺をやっている。

 身体能力では劣っているつもりはない。

 料理用にと粉モノはたくさん用意していたし、女子にはフライパンやらタマゴやら、それからバナナの皮やらがある。

 だからこそ、どうしても能力を封じたかったのだが、いきなり職員室に粉を蔓延させても、その意味に気付かない馬鹿が引火させる恐れがあった。

 階段で先に爆発を起こさせたのはそのためでもある。

 そして作戦は成功した。

 彼らは能力は使えず、俺らと違って水中眼鏡(ゴーグル)もつけていない。

 こうなれば、後はすったもんだの戦いをするだけ。

 香春高校最後の反撃だ。どうせなら楽しもう。

 クリームを顔に吹っかけて、無防備にかけてあるペンダントを握りつぶす。

 そのままそいつを突き飛ばしてドアから入ろうとしていた奴らを将棋倒しに。

 動けないのをいいことに片っ端からリタイアにさせていく。

 職員室は普通の教室よりも大きく、業務机などの障害物もあって戦いやすいのだが、出入り口が3箇所あるのが難点でもある。

 その出入り口はチームメイトで分けて対処。

 どうせそう長くは持たないが、そのために事前に業務机などをわざと迷路状に配置してあり、数にものを言わせた戦いがしにくくするという保険も用意してある。

 どこまでやれるか分からないが最後までやってやろうと思う。

 と、

「押し込めぇ――!」

 1人ずつ入るのでは意味がないと悟ったらしい。力任せに中に進入するつもりだ。

「ちぃっ!」

 1人2人では力で勝てるわけもない。

 仕方なく退いて、代わりに残っていたクリームを床に吹きつけた。

 これだけでは足りない。

 ストックとしておいて置いた替えのクリームの袋をチューブ部分を破り、袋ごと床に叩きつける。足で踏みつけ中身を押し出した。

 よし。後は逃走。それももうダッシュだ。

 机でできた迷路の角を曲がった辺りで、

「ぐぇぇぇええええっ!!」

 悲鳴が聞こえた。

 それから酷く痛そうな音。

 ベトベトヌルヌルの生クリーム。床に塗ったらさぞ滑ることだろう。

 可哀想に。アーメン。

 しかしこれで俺の手元にあるクリームはなくなってしまった。

 次は・・・・・・タマゴの白身でもぶちまけるかな。

 実はまだ結構なバリエーションがあったりするのだが。


                     /


 悪夢だ。悪夢としか思えない。

 こういった戦闘向けの訓練をあまりやっていない、しかもやる気のあまりない高校だからと、手始めにやったのがこの様だ。

 1、2階と犠牲を出しつつもそれなりに戦果を上げていた僕達灯秋高校の面々は3階で思っていた以上の抵抗を受けることになってしまった。

 小麦粉万歳な職員室、クリーム天国な床、挙句に投げつけられる数々の食品。

 これ、生き残ってもジャージがすごいことになってる気がするんだけど。

 替えの服、どうしよう。

 まぁ、正直その前に、生き残れるかどうか。

 さて、とにかくこの状況は打開しなければならない。

 能力が使えれば彼らは強い相手ではないはずだ。能力が使えないのはこの空気中に漂う粉のせい。ならば、とっとと除去すればいい。

 できるだけ戦闘から離れてこそこそと窓側まで移動してきていた僕は、ふぅっと息を吐いた。

 これで戦況はがらりと変わる。

 まず1つ目の窓を開けた。割った方がいいのだけど、気付かれると多くの窓を開けられなくなる。

 さて、2つ目完了、・・・・・・・3つ目、完了。

 そこで、

「おい!窓を開けてる奴がいるぞ!」

 ついに見つかってしまったらしく、こちらに向かって走ってくる人影が見えた。

 ちっ、さすがに全部とはいかないか!

「皆、換気すれば能力も使える!窓を割るんだ!」

 それだけ言って僕は戦闘の方に集中することにする。


                     /


 氷野明次が窓を開けていた敵を処分した頃には、他の生徒が全ての窓を割ってしまっていた。

 これさえ何とかすれば状況を変えられると自分を犠牲にしたり、守っている連中の中に飛び込んだりと壮絶なやり取りの成果だ。

 これによって完全に外と内の空気が接することとなった。

「よし!後は小麦粉が外に流れれば!」

 苦戦を強いられていた彼らに一筋の光。

 だが、粉は一向に外に出ていこうとしない。

「な、んで・・・っ!」

「・・・くそっ!やられた!相手の誰かが空調制御の能力者だ!」

 彼らがあたかも窓を割られまいと振舞ったのは、より敵を撃破しやすくしようという1つの作戦だったのだ。

 それも見事に成功した。

 この部屋の空調はずっと前から副委員長こと藤原蕗が制御していたため、開けられたドアからさえ外に漏れることはなかったのである。

「さてさて、策は出尽くした。これでもうボコってボコられるだけだな」

 元々逃げ道はない。これで奇策も尽きた。これ以上彼らを翻弄する手立てはなく、生き残る望みなどありはしない。

 明次が腕をポキポキ鳴らした。


 と、そこで、いきなり爆音が響いた。


 その突然すぎる轟音に、戦うことを忘れて咄嗟に振り向く彼ら。

 音の響いた窓の外を見つめる。

 相変わらず粉のせいで視界が悪いが、とにかく外を見つめる。

 そこに何もないと認識した彼らの視界に、しかし上から何かが降ってきた。

 それはちょうど3階の高さで停滞し続けている。

 影が揺れるたびに、パンッだのパコンッだのと鉄を殴りつけるような音がする。

 それは浮遊技術に応用した発破によるものだ。生身に使うとダメージが来るので、鉄板を下に敷いてその上に足を組んで座っている。

 すでにジャージはボロボロで、所々溶けて穴が開いていた。その赤いジャージには灯秋高校の校章が取り付けられている。

 髪を揺らし、皮肉った笑みを浮かべるその姿は、

 自分を打ち上げ花火のように打ち上げて学校間の長距離を空中移動するその出鱈目ぶりは、

 兎傘鮮香以外の何者でもない。

「ははぁーん。やっぱりここに居たか。駄目じゃん、弱い者苛めはよ。その曲がった根性を叩き直してやるぜ」

 などと彼女はこれから同校生(よわいもの)苛めをすると宣言し(のたまっ)た。

 つまり、どういうことかといえば、


 恐怖の大魔王が降ってきたZE☆


 ということだ。

タイトルは『愉快犯=兎傘鮮香』でサブタイトルは『Confront=立ち向かう』です。

葉月たちの第一中学校以外の学校の様子を描こうと思ったら、大魔王の独壇場に。

初登場当時は再登場の予定は全くなかった炎海紅泥。

名前までついちゃって、何でか大活躍。

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