第12話- 複数班。-Fight-
降り注ぐ夏の日差しを無視する校内の涼しさと静かさ。鳴き始めた蝉の求愛は遠く向こうの薄暗い教室。
窓から見える風景が霞むような閉鎖感。気配を消そうと躍起になっている生徒の息遣いは近く傍の廊下。
勉学に勤しむなり、部活動に励むなりして毎日通っていた学校は今、全く異質なものへと変貌していた。
生徒達の気配や不安、それらが合わさって見えないモノを見せるものだ。
この校内には化け物が潜んでいる。
廊下では誰にも遭わないことを祈り、教室ではひっそりと息を潜め戦略を練る生徒達。
彼らにとって肝要なのは自分が生き残ることであり、保身が故に動きが取れないのである。
例え壁一枚を挟んだだけの隣同士に居を構えていても、そう簡単には攻撃を仕掛けられない。
攻撃を仕掛けても返り討ちになるかもしれないという不安。攻撃を仕掛けている内に別のチームから攻撃を受けてしまうかもしれないという心配。
そして、誰も動こうとしないが故の緊迫感。
チーム同士は同じ階に居ながら、牽制し合い沈黙を守っている。
それを破るは予想外に他ならない。
単独で行動していた生徒による強引な戦闘、それによる乱戦。あるいはチームの奇策より誘発される大乱闘。
しかしそうなってしまってはチームとなって戦っている意味がなくなってしまう。
だからこそ、チームの命題はいかにして波風を立たせずに相手の人員を削っていくかということになる。
「攻撃は速攻。迅速かつ確実にチームを消す!フォーメーションは前の通りでいく。樒?」
「ええ。思考断絶で相手の動きを奪ったら、合図。それに合わせて一気に畳み掛けるよ!」
3‐Dにて、珍しく積極的なチームが行動を開始しようとしていた。
人数は14人。まだ1人も欠けていない万全体制。
その作戦は要となる赤司樒の思考断絶で相手の行動を強制停止、そのままチームを丸ごと潰してしまうという大胆なものだ。
本当なら動かずに教室で使えればいいのだが、樒の能力は有効範囲が直径10mほどのため廊下に出なければいけないという手間がある。
彼らが根城にしているのは3‐Dではあるものの、彼ら自身は2‐Aだ。
能力構成は思考断絶の他に、聴覚放置と心繋念話のESPに、炎弾手榴、紫電雑閃などのPK。
一度触れた相手と相手を繋げることのできる心繋念話で連携を取る手筈で、樒の合図もそれによる。
「よぉし、腕が鳴るなぁ。こういうの久しぶりだ」
「じゃ、行くよ。吉報を待てっ!」
そう言って樒は右手を上げ、軽く敬礼、続けて投げキッス。
引き戸を開けて、廊下へ一歩。
「ひゅっ!?」
その瞬間、彼女は上に吊り上げられた。
バタバタと浮いた足を動かすことしかできない。
頭と上半身の半分が隠れてしまって教室からは何が起こっているのかまるで分からないが、
「んー!む、ぅうっぁ!」
とにかく上に何かがいて、彼女を襲っていることだけは理解できる。
呆然として思考を止めてしまった教室の皆は、はっとして駆け寄ろうとするが、後宙に浮いた彼女は既に動くのをぴたりと止め、床に下ろされた。
力なく膝から崩れて前に倒れる。
「・・・バケモノ・・・・・・」
最後にそう言って、もう何も言わなくなった。
残されたチームメイトも何も言わなくなった。
繰り返す、この校内には化け物が潜んでいる。注意されたし。
/
「・・・・・・」
「・・・・・・」
涼しい部屋で美味しい飲み物を飲みつつ、くつろぎながら競技の経過を楽しんでいる俺と波風。しかしそこに言葉はない。
体育祭ということで通常よりも多く配置された徊視子蜘蛛の映像の1つを拾った映像に目を奪われていた。
教室から出た生徒がその瞬間首を吊られるような絵面で襲われている実況。
その犯人は写っていなかったが、心当たりがあり過ぎて嫌だ。
「・・・葉月ちゃーん」
波風がさすがに引きつった笑みでそう呟いた。
ここは俺のマンションの一室。モニタールームと言えば分かりやすいだろう。液晶画面がやたらと並んでいる部屋だ。
普段使いようもない部屋なのだが、今回は大活躍。
祠堂学園が統括する徊視子蜘蛛や衛生画像をネットから引き出してモニターにそれぞれ映している。
改めて観戦方法について校長に聞いてみたところ、学園外の市民会館などで大型画面でも見られるが、環境さえ整っていれば家での観戦もできるということだったので、波風を誘い極上の安らぎ空間でエンジョイ中だ。
いや、ついさっきまでエンジョイしていたというべきか。
先ほど見てしまった映像のせいで背筋が寒い。
「波風何か温かい物飲むか?」
「ぅぅ、よろしくする・・・。
とと、そうだ、名前で呼んでよ。上だと何かむず痒いの」
こちらとしてはそっちの方がむず痒いのだが、まぁいいか。
ココアでも作ろう。夏とはいえ、冷房は効いているし、心身共に寒くなってきた。
「えぁっ!」
「!どうした!」
波風、・・・いや九鈴が口元を抑えて右手でモニターの1つを指差している。その指は震えていた。
そこに映し出される映像はもはや怪奇だった。
廊下の曲がり角、女子生徒が四つんばいの状態で必死に何かから逃げようとしている。
下半身は角の陰に隠れて見えないが、何者かが足を掴んでいるらしく全く進まない。両手は虚しくただ前に出されるだけだ。
そして、
――――奥へと引きずりこまれた。
「いやぁぁぁぁぁあああああ!!」
悲鳴だけが残る廊下。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
言葉がない。
/
3階、この学校の中で立地条件の良い場所であり、何よりもの激戦区。
競技後半において生き残りが少なくなってきた時に、篭城するためには3階を取るというのがセオリーになっている。
しかし、他のチームが同じ階に居たのでは意味がない。
だからこそ、淘汰が激しい場所なのだ。
「おらぁあ!」
1人の生徒が投球動作で水弾を打ち込んでいる。
一見地味な攻撃に見えるが、大量の水の塊が勢い良くぶつかってくる衝撃はかなりきつい。
教室の壁は3発目にして破壊された。ベキリと音を立てて木製の板が無残に散る。
「通路確保ぉ!」
「させるかよ、くそボケ!」
しかし、教室にいるチームも負けていない。女子生徒が入ってこようとしていた男子生徒の足に蹴りを入れた。
「ぐこぉ・・・・・・」
怯んだ隙に溜めていた右拳で腹辺りを殴りつける。ぱしゃんと彼が服の下に身につけていたペンダントが破裂した。
「おっしゃあ!いくぞ野郎共!命知らずな馬鹿共に目に物見せてやれ!」
「「おう!!」」
男気溢れる彼女の声に促され教室から飛び出すチームメイト。
自分のライフと掛け替えに相手の本拠地に穴を開けた生徒の功労を無駄にするわけにいかないもう一方のチームがそれに応じる。
出てくる生徒に炎弾を投げつけた。
が、それを教室の机を盾に彼らは飛び出す。
「喰らえやっ!」
その1人が握り締めていた拳に圧縮しておいた光熱の塊を開放した。
それは閃光弾のように白い光を放ち、不意を突かれた敵の数人に隙を生んだ。
他のチームメイトがその隙に相手を潰していく。
相手チームは分が悪いと考えたのか一時撤退する。入ったのは3‐Aの教室。
それを追う男気女子は教室の引き戸には目もくれず、教室に幾つも付いている擦りガラスの窓を叩き割った。手際よくロックを外し開ける。
本来人間がやると手を怪我しかねない行為だが、彼女の能力は身体強化だ。皮膚の硬化と腕の筋肉の増大により、軽々とそれを行ったのである。
彼女はすぐはけ、代わりに腕を突っ込んだ腕から更なる発光が浴びせられる。
何らかの強化をされているだろう引き戸は後回しに、窓から侵入近場から片付けていく彼ら。
遅れてドアもこじ開けられ、チームのほぼ全てが入ってきた。
目が眩んだままそれでも応戦しようと1人が当てずっぽうであちこちに飛ばした風弾が廊下側の窓や黒板に当たり、ガラスは割れて黒板は床に倒れる。
がちゃん、ごととん、ばたんと教室の用具が壊され、崩され踏みつけられた上で無視されるという学校を冒涜し尽した行為が繰り広げられ、やがて戦闘は終了した。
犠牲者2名で男気彼女のチームが勝利し、教室には負けたチームの生徒達が倒れている。
ちなみに犠牲物は黒板、窓ガラス、引き戸、教壇、テレビに机の過半数だが、それを気にする人間は1人もいない。
むしろ普段行えない破壊活動にサッパリしたのか、すがすがしい顔で汗を拭く生徒達。
戦利品としてその教室に蓄えられていたジュースを頂き、一間の休息を得る。
が、それも長くは続かなかった。
――ガシャァ――ンッ!!
カーブを描いた多色の光弾が運動場のある側の窓を一斉に割った。
続けて第2弾がチームを襲う。
「はっ、漁夫の利を得ようってのにはちょいと遅すぎだっての!」
迎え撃つは彼女。
そこに割れた窓から大胆にも飛び込む人影、青いジャージの生徒。
両手をクロスさせ、さらにその上に風で盾を作っての強行だ。
「っ!朝風・・・!3‐Kかよ!」
彼女が叫び、
「ははっ、ここら辺でさっさと決着をつけようじゃないか、若内」
彼が応える。
3‐Fの大将こと若内鈴絽と3‐Kの暴君こと朝風柏が対峙した。
早くも強豪2人がぶつかる。
/
「――・・・・・・っ!3階の音はどうやらチームの乱戦によるものっぽいぞ!どうする!?」
「今年は3階ね!よしよし。私らも参戦しよっ!階段で待ち構えてお零れ頂戴っ!」
私らはそこまで攻撃力の高いチームではない。どちらかと言えばESP系の能力者が多い戦略型だ。
敵に遭遇しないように細心の注意を払って、倒せそうな相手を見つけるという地味な活動しかできないけれど、これも作戦の1つだと思う。
2階に居を構えていた私らは走って階段に。
よし、誰もいない。
3階に入るかどうかぐらいの段差に身を低くして隠れる。と言ってもよく見られればばれるだろう。
「ここで張ってれば、逃げてくる連中を一網打尽――――」
シャッゴン!という意味の分からない音がその台詞を遮った。
頭上を何か凄まじいモノが通り過ぎて、身が凍るような風圧を受けた気がする。
恐る恐る後ろを振り向いてみると、何故か青い空と白い雲が。
あれぇ?ここの階段、何時の間に外付けになったんだろ?ボックス式の壁に囲まれた普通の階段だったはずなんだけどなぁ・・・・・・。
首を正面に戻してみると、廊下の見えない辺りから直線に何かが飛んできた。
ゴシャン、ガガンと廊下の端に激突する何か。
「・・・・・・」
それはコンクリートの塊だった。今月の標語ポスターが貼ってある。
確か、標語のポスターは廊下の少し開けた溜まり場にある柱に、貼って、あったと・・・・・・。
・・・もう何も考えまい。
「撤退――――!!」
/
3‐Aに窓から侵入した朝風柏と若内鈴絽の正面衝突からほどなく、彼ら率いるチームが巻き込まれない程度に離れた廊下や他の教室で乱闘を始めた。
威力をコントロールできる生徒による騒乱念力が荒れ狂い、能力者が出力した様々な光弾が時折おかしな軌道を見せる。
流れ弾が窓を割り、壁にヒビを入れるが、誰も遠慮しようとはしない。
ESP系とPK系の連携は魔術師のそれに似ている。
詠唱の時間を稼ぐようにPK系能力者が先方に立ち、ESP系能力者がそれをバックアップする。
読心術による攻撃予告、五感妨害系での機動力殺ぎ。
しかし混戦している今の状況ではそういった形態を成すのは難しく、ESP系生徒の中には肉弾戦で戦闘に参加している者も多い。
こうなってしまってはもはやチーム戦とは言えず、とりあえず敵なら何でもよいから攻撃するという原始的な戦場の再現となった。
本来は2チームによる激突だったが、漁夫の利を得ようとしたチームや憩いの場を守ろうと立ち上がったチームが参戦、3階フロア全体を巻き込んだ大乱闘が始まる。
地獄と化したその階から逃げる生徒も多く、2階でも多少波風が立ったが、3階に比べれば可愛いものである。
紫電雑閃が放った緑色の細い無数の線が廊下を走る。その電気の線は途中でまとまりを失い四散、光線としてはほとんど役に立っていないが、拡散したせいで巻き込まれた生徒が多数。
能力が役に立ちそうにない生徒が掃除器具用ロッカーから取り出したモップで袈裟切りを試みるものの、誰かの炎弾があたり繊維部分が炎上。それを数秒見ていた彼だが、にやりと笑ってそのまま突撃する。
炎弾そのものは小さいが、燃え移りやすい火種を放てる火種手榴が木屑に火を点け、発水能力者がそれに水をかけることによって水蒸気を発生させて煙幕にしたため、廊下は一気に視界が悪くなった。
それを発風能力者が吹き飛ばし、ついでに水蒸気に隠れて見えなかった味方まで吹っ飛ばす。
雑音の能力者によって耳鳴りが酷くなり、聴覚遮断の能力者が味方の聴覚を保護する。
能力者同士の攻防に次ぐ攻防によりフロアはどんどん崩れていった。
/
「・・・俺らは今、どうしようもなく理不尽な戦いに巻き込まれようとしている・・・」
今年、第一中学の大乱闘は3階で始まることがほぼ確定した。
我らがチーム3‐Eは逃げる機会も逸して、辛うじて篭城している。
外では轟音が響き、廊下と教室を隔てている基本木製の頼りない壁は悲鳴を上げている状態だ。
それどころかフロア全体がさっきから揺れっぱなしで、教室同士を隔てている方の壁までにひびが入っていた。
チーム同士の交戦、挙句の果ての癖のある優勝者候補がカップリング。彼らの率いているチームが激突し、それが他のクラスにまで飛び火したのだ。
ガンガンと窓ガラスを叩く音が聞こえる。
チームメイトの結晶結合がなければ既に突破されているはずだ。
残念ながら僕達にはこの乱戦を戦えるだけの総合的な力は持っていない。
「がんばって取ったこの3階という好立地も、もう役には立たない・・・」
僕達3‐Eは、せめて場所取りはしっかりやろうとスタートダッシュに死力を尽くした。
その結果がこれだとは皮肉なものである。
「乱戦になってしまえばチームで連携したとしてもほとんど役に立たないだろう・・・」
そう。僕達は既に死刑宣告をされたようなものなのだ。
敵に囲まれた最後の砦、避難壕で身を寄せ合っている気分である。
「よって、ここにチーム解散宣言する。皆ここまでよくがんばってくれた!」
もはやチームとして生き残れない僕達は、解散、教室を一斉に飛び出し別行動というルーレット作戦で運を試すしか選択肢が残っていない。
「教室を出れば俺らは他人だ。敵に立ち向かうなり、全力で逃げるなり皆最後まで諦めないでくれ!」
加賀!、とチームメイトの1人が呼ばれる。
彼は頷き、決心した面持ちで了解した。
「今からカウントダウンする。『GO』で結晶結合解除だ。皆ドアに集まれ」
教室に2つある引き戸に集まるチームの皆。
「引き戸は既にボロボロだ力任せに押せばすぐ倒れる・・・・・・いくぞ!
スリー・・・ツー・・・ワン・・・GOッ!!」
能力が解除、男子生徒による足蹴りによって引き戸は縦に倒れた。
視界に光が指す。閉じ込められていたといった閉鎖感からの開放、そして半安全地帯からの追放。
僕達は死地に赴く。
瞬間、足に力を入れ、目指すは階段だ。
伊達に3階に拠点を置けたクラスじゃない。一気に加速して距離を稼ぐ。
しかし、激戦区というのは障害物が多いからこそ難所なのだ。
流れ弾に当たり演説していた星砂が横に吹っ飛んだ。
くそっ。生徒も多く、真っ直ぐ走れるわけでもなく、倒れている生徒がいるので足を引っ掛けるチームメイトもいる。
弾が当たってもペンダントが大丈夫であればリタイヤにはならないが、一度止まってしまえば逃げれる戦場でもない。
階段はなかなか縮まらず、いつの間にか走っているのは俺と前を行く隅だけになっていた。
それでも何とか階段に近づいた所で、やってしまった。
足が何かに引っかかり、こけた。
床に勢いよくぶつかり、さらに悪いことに腹を打ち付けけてしまった。
息が口から吐き出され、染み渡るような痛みに体が麻痺してしまう。動かない。
後ろを振り向くと、トドメとばかりにこっちに向かって走ってくる敵が。
ああ、俺はここでリタイヤか・・・・・・。
そう思った瞬間、その生徒が勢いよく前のりにぶっ倒れた。
彼の体で隠れていたその後ろに、倒れながらもこちらに向けて手をかざす星砂。
教室を出れば他人だと言ったのは誰だったか。
麻痺した体に力を入れ直し、四つん這いから立ち上がろうとする。
そこで、見てしまった。
前を行くはずの隅が敵に腕を掴まれている。抵抗しているものの、それが何時まで持つか分からない。
決心。
現時点で最も階段に近い、生存率の高いのは彼女だ。
どうせこの体はもう限界。
やってやる。
四つん這いの体勢から、ほんの一瞬だけの踏ん張り。
腕を掴んでいる彼の腰に抱きついた。
体重をかけるように上に覆い被さって拘束する。
腕が開放された彼女は、しかし戸惑っているようにこちらを見ていた。
「隅――――、行け――――――――!!!」
/
――ガガガガガガッ
朝風柏の周囲1mほどの空間から見えない風の刃が無尽蔵に製造されては打ち出されていく。
最初はそれを教室の机を盾に防ぎ接近を試みていた若内鈴絽だったが、一撃で粉砕される盾は役に立たず、それさえもなくなってしまった。
柱を投げつけてみたものの、風で軌道を変えられてはどうしようもない。
中、遠距離タイプの能力者と戦うことの分の悪さを実感しつつ、鈴絽もそのまま素直に負けてやるつもりはさらさらない。
現在2人がいるのはかつて2‐AとBであった教室だ。
柏はAの教壇があった位置に、鈴絽はBの後部のロッカーがあった位置に身を置いている。
その2人の間に本来あるべき隔たりは全くなく、教室2つ分の空間を作り出していた。
教室の壁は柏の風刃にズタズタにされた後、鈴絽によって飛び道具にされ無残に破砕。床は既に木屑と鉄骨だらけだ。
ちなみに天井も所々破れていて、陽が差し込んできている。
他の生徒は既にリタイアしていない。
絶え間ない柏の攻撃を避けつつ、板の部分が切断されて分断した机の鉄部分を掴んだ。
カーブ部分を無理やり直線になるように曲げ、溶接部分は折る。
それを隙を見て槍投げのように投擲する。
「っお!」
棒状のそれは空気抵抗がないため、風壁では防ぎにくい。防ぐのなら風刃の類で撃ち落すしかない。
だが、棒は当てるのは難しい対象物だ。
防ぐよりむしろ避ける方が早い。
回避のためにできた隙を利用して鈴絽は一気に距離を縮めようとする。
「させるか!」
柏はすぐさま風刃による攻撃を開始する。
しかし鈴絽の手元にはまだ鉄棒が3つ残っていた。
その内短い2つを同時に投擲、風の攻撃を防ぐ。
その間に距離は近距離にまで縮まった。
この距離では攻撃は意味がないと悟った柏は無作為の暴風を起こす。最終防御の暴風壁だ。
「甘いっての!さっき見せてやったろうが、風を受けない方法をよ!」
鈴絽は足を床に突き刺して風を受け止め。最後の長めの鉄棒をやはり槍のように突き出した。
それは一直線に胸元のペンダントに向かっている。
「なめんなぁ!」
柏は棒が柔らかいペンダント本体に触れる前に風でそれを浮かしてずらした。
「なっ!馬鹿っ!」
その行為に驚いた鈴絽の一言。
「えっ?」
柏がその声に反応した時には既に遅かった。
ゲル状の衝撃吸収素材製のペンダントによって吸収されるはずの衝撃が残ったまま、棒が柏のみぞおちに突き刺さった。
「っっぽっ!!」
肺から空気が奇妙な音を出して抜け、柏はうずくまる。
とりあえずペンダントを破壊して鈴絽は呆れたように言った。
「お前、結構抜けてるなぁ・・・」
それに対する反論は返ってこない。
というか、それどころではない。
/
3階での戦闘が一段落したことによって第一中学の校内勢力図は書き換えられた。
強敵であった朝風柏の敗退、チームの崩壊で3階には誰もいない。
今まで居を構えていたチームがいなくなったのだから、教室は改めて使えるようになった。
自分達の取っていた場所が気に入っていなかったチームがその空白を埋めるように3階に移動し、何とか傷の少なかった部屋に移動したりと位置関係も変化していく。
廊下は静けさを取り戻し、チーム同士はまた牽制し始めた。
「最初からこうすればよかったんだ・・・」
疲労した声。矢崎聡一がじっとりとした風に掌に乗せた徊視子蜘蛛に目をやる。
その目には覗き込むようにしている自分の顔が映っている。
「移動してくれる対象に移せば視点を動かして周りを見回れる。・・・・・・もっと早く気付けよ」
四十万隆が息を吐いて机に置いてあったスポーツドリンクを一口飲んだ。水分は浪費できない大切な資源だ。
「徊視子蜘蛛は生徒の様子を映すために徘徊してるからな。なんでこんな便利な方法を考え付かなかったんだ聡一」
若内楚々絽がそれに続き、ちくちくと聡一を責める。
「織神が人間胃カメラだなんて言わなかったら気付きもしなかったよ。
さて、俺が視覚を移していられるのは1回1時間が限度だ。それまでにとっとと周りの状況を把握してしまおう」
そう言うと、聡一は徊視子蜘蛛を教室の窓から廊下へと放り投げた。
ついに、やっと、1‐Bの活動が始まる。