第10話- 弾幕痴話。-Barrage-
・・・・・・これはエロネタと言えるのだろうか?
体育祭1日目、当日。天気は快晴、この上なく体育祭日和である。
一週間も前に色々と準備をさせておいて、雨です中止ですというオチはそもそも存在しない。
何故か?・・・・・・雨でもやるからだ。
祠堂学園第一中学校校長こと、久遠未来の文字に雨天延期という文字はないらしい。
晴れだろうと雨だろうと、体育祭日和には違いなく、風邪をひくなどというのは生徒の自己管理が足りないからだと捨て置く所存。
祠堂学園学園長よ、何故学校行事の一切合財をあのゲームマニアに丸投げしてるのですか?
そう問いたくなる。
照りつける太陽の下において水分補給が必要のように、降り注ぐ雨水にはレインコートでも用意すればいいと胸を張って主張する校長。
確かに、持込み禁止リストには傘やレインコートの名前はなかったけども。
学園長による開催宣言たるものは、学園内の生徒が全員集まるのは面倒臭いという理由で、まさかの教室でのテレビ放送。
20代前後にしか見えない学園長の無駄話の一切ない、『怪我をするな、したら、させたら自分で責任を持ちやがれ』という言葉によって体育祭がついに始まることになった。
学園長が若く見えるのは、おそらく超能力を応用した学園の技術のお陰だろう。少なくても彼は20年前から今の地位にいる。
学園長といい校長といい、それにカイナといいなんでこうも年齢を無視する人間がこの学園には多いのか。その下で学業を修める身として、どうしても違和感を感じざるを得ない。
・・・ああ、あと10年も生きていれば僕もその仲間入りか。
さて、現実逃避はそれぐらいにして、背伸びをしてみる。指を開いたり閉じたりして、手の調子も確かめる。
快調。大丈夫。これなら盾を誤って落としてしまうようなこともないだろうし、盾で殴ってもぶれることはないだろう。
腕に付けた着弾を確認するチェッカーを見てみる。腕時計のようなそれのパネルは青く光っている。一度目は黄色、二度目は赤色、三度目には光が消えるという表示で生徒の機の残量が分かるらしい。消えた生徒即退場と相成る。
見上げる空はスカイブルーとでも表現すればいいのだろうけど、正直日差しが鬱陶しい。そういえば、もう7月に入ったのか。
運動系がそもそも苦手な美樹さんは出場を辞退して、生徒の観覧席で涼んでいる。いいなぁ。まぁ、ここまで来てしまったのだから仕方ないか。
水分補給をしてから、これから戦う競技場を見回す。
祠堂学園第三中学校の運動場。その全面を使うため競技場はかなり広い。当然相手は第三中学。奇策妙策大好き学校。
何で初戦で当たるかな。嫌だなぁ、意表を突く策って決まると一気に勝負ついちゃうし。
などと心中で愚痴を吐きつつ、横を見る。そこには――・・・ちゃんが。・・・・・・すみません名前忘れちゃいました!メモるのも忘れちゃいました!
え、と。確か・・・ミナコちゃん、だったと思う。あってる・・・かな?
背は僕より高いので僕は見上げる形で彼女の表情を伺う。
やっぱり緊張しているようだ。
「まー気軽に行こうよ。激しいっていったって、所詮は競技、ルールがあるんだし」
「・・・私の見間違えかな・・・あの人たちなんか目がギラギラしてる」
言われてヒトより数倍良い視力で確認してみる。・・・あぁ、何か目が尋常じゃないかもしれない。
「大丈夫大丈夫。こっちだって士気は高いでしょ。それに競技にこうやって意気込むことはいいことだよ」
「・・・私の見間違いかな・・・あの人たちお互い盾をぶつけ合ってるみたいなんだけど」
言われたのでもう一度確認。・・・あぁ、アメフトやラグビーのタックルみたいなことをやっているのが見える。
「気にしない気にしない。それから守るために僕がいるんだよ?君は攻撃に集中してね」
彼女は僕の方を見た。何て言うか・・・胡散臭そうな目で。
それはあれですか?僕が頼りないと?
まぁ、仕方ないけどね。
さて、もうすぐ競技が始まる。そろそろ事前に決めたポジションに移動しなければいけない。
この競技のお約束として、開始直後に何人かの攻撃役を担った守備役が突っ込んで来るため、慣れていない1年生はできるだけ後方に配置されている。
ただ、そこに居れば安全かと言えばそうではなく、肉体的な激突の代わりに放射状に能力で作られた弾雨が降り注ぐという過激な攻撃が待っている。
なので、最初はとにかく攻撃役は相手陣地に弾を放ち、守備役は特に上を注意して守りを固めなければいけないらしい。
その最初の一撃で両者の選手が結構減ってしまうために、まずはそれを耐え切るというのが第一関門だとか。
まぁ、そんな聞いただけの話を言っても仕方ないか。
どうせすぐに経験することになるんだし。
指定された位置に移動し終えた僕は、すぐ後ろにミナコちゃんが居ることを確かめて、盾の柄を握りなおした。
「位置について――ぇ・・・・・・・・始めっ!!」
担当の教師の声と打ち上げ花火の破裂音が乾いた空に響き、競技が開始する。
瞬間、ぐぅおんという音と共に出力系能力者の光弾が打ち上げられる。
横目で確認すると、ミナコちゃんも制限ギリギリなのだろう、巨大な炎弾を作り出していた。皆に遅れてそれも空へと打ち上がる。
多くの能力によってできた光の弾の一時的に上がった空へと目をやると、赤や青、黄色の球体が花火のように弧を描いて飛んでくるのが見えた。
着弾するまでの間の、息を呑むような一時。長く感じてしまう滞空時間、ゆるりと落下してくるような錯覚。
それは本当に綺麗な光の数々だ。
何て言うか・・・
「何これ、弾幕ゲーム?」
思わず呟いてしまった。
「ちゃんと避けれるように計算されてるといいんだけど・・・」
それに続く隣のクシロ。
「BGMがそのまんま・・・」
ミナコちゃんがさらに続いた。
というか、アレ、知ってるんだ。
校長め、間違いなくアレを意識している。BGMが運動会の定番から思いっきり外れてるし。
あの人本当に好きだなぁ、ゲーム。
などと、呆れている間に、弾はいきなり速度を上げたかの如く落下してきた。
「げっ」
過激過激と何度も聞かされていたし言葉にしていたけれど、これは。・・・・・・洒落にならない。
――――どごんっ、というすさまじい轟音と共に砂埃が上がった。
/
それは受け切らなければ体が飛ばされるほどの威力を持った弾雨だった。
砂埃に目をやられないために目をつぶれば飛び交う弾の位置を把握できず、弾を受けきろうと目を開け続けると後で視界を潰されるという理不尽な状況に立たされた生徒達はどれほど構えていても錯乱されることになる。
その中において目をつぶることなく、目を潰されることなく立っていられる人物は織神葉月以外にいなかった。
迫り来る光弾を見定めて盾にぶつけ、砂にやられた目を先に覆わせておいた涙ごと一度の瞬きで流し落とすという裏技を使った結果である。
体を思い通りに扱えるのは有利だなと思いつつ、葉月は鹿島美菜子の手を引き前に進み出た。
「ちょっ、まずいよ前はっ!」
「前の方が弾が少ない。タックルしてくる敵は僕が何とかするから、とにかく相手の攻撃役を狙って!」
最初のように放射状ではなく、敵目がけての直射攻撃をできるだけ盾を使わずに避けて前進していく葉月達。
そして砂埃やもみ合う選手に影になってよく見えていなかった前方、敵陣地に視界が開けたところで、
「・・・・・・何あれ」
信じられないものを見た。
押し競饅頭でもしているかのように密集している敵の選手、その中央にハチマキで頭にフラッグを固定した人物。
その状態で、敵は弾を放っていた。狙いは定めずにとにかく円形に敵が近づくのを防ぐためだけの放射である。
本来は攻撃役の10人がそれに回り、逆に守備役の20人が攻撃に回っている。
(・・・馬鹿じゃないのかな、この人達)
葉月は盾を使ってタックルをかます相手に応戦しつつ、敵の戦略にそんな評価を下した。
それは当然の感想だ。確かに盾のタックルというのは結構な威力を持つ攻撃手段だが、バトルロワイヤルとは違い能力を使った攻撃ではないので相手選手を退場させることはできない。
その状態で、敵を倒すのではなく寄せ付けないためだけに使われる的外れな弾を撃つしかなく、盾を持たず中央のフラッグを持った1人を壁になって守っているために自分達は弾を避けることもできない攻撃役がまとまってそこに居るのだ。
奇策どころか愚策もいいところである。
(誰も気付かなかったのかな、この作戦の穴・・・)
「ミナコちゃん、とにかくあの肉塊狙っといて。あんまり離れないでね。僕はそこら辺のタックル馬鹿を黙らせるから」
そう言うと葉月は少し据わった目つきで、盾を持った方の手をぐるぐると回した。
目が語っている、面倒事をさっさと終わらせてしまおうと。
/
あの後、僕達の学校は当然ながら勝利した。
ほとんど動けない肉塊の人でできた壁を弾で着実に剥がし、そのまま一気にフラッグ男を取り押さえるという勝負事としてどうだろうかと疑念を持ってしまうほど一方的に相手を負かせたのだ。
・・・普通に戦っていたら、かなり苦戦したと思う。守備役の男子が異常に強かったし。最後の方は相手の攻撃役がほとんどやられて、守備陣どうしのタックル合戦になってたし。本当にラグビーに近かった。フラッグを取ろうって時の最後まで諦めず逃げようとする向こうの主将(?)さんに皆が群がっていった様子は特に。
そんなこんなで勝ったというのに何故か釈然としない初戦だった。
そして腹が立つのが、負けた第三中学校の面々が笑顔で競技場を後にしていったこと。
一仕事終えたようなサッパリした笑顔で笑い合い、肩を叩き合っていた。
・・・あれは元から勝つ気なんてなかったな。
目一杯自分達が考えた奇策を実行し、相手を翻弄(あるいは呆然)とさせることだけを目的にしているに違いない。
元から優勝など狙ってなく、1回戦だけをとにかく楽しむというもう呆れを通り越して関心してしまう心持ちだ。
でもなぁ、やっぱりその相手をさせられた方としては何か悔しい気持ちが・・・などと考えていたらクシロに肩を叩かれた。
「葉月、次は灯秋高校と当たるってさ。場所はここでいいらしいけど、今のうちに水分補給した方がいい」
そう言って買ってきたらしい、ピーチサワーを渡してくれた。
「ありがと。クシロはどう?何とかなりそう?」
「・・・もう結構いっぱいいっぱいなんだけどな。もうやりたくない」
まぁ、そういうと思ったけど。
「正直守備の方が激しいしね。でもやり甲斐はあるんじゃない?」
「思うんだけどな、これこっちの方が激しいんじゃないか?」
「そうかもね。僕も一対一で戦う方が楽だと思うよ。周りに気を回し続けるのは辛いよね。何だかんだで僕も1回弾に当たっちゃったし」
ちなみにミナコちゃんは途中で当たって退場した。
いくら狙ってないからといって、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるということらしい。
確かにあの弾を避け続けるのは困難だ。攻守を両立させることも然り。結局僕はミナコちゃんと離れてしまっていた。
次はもう少し、考えて動こう。
基本ミナコちゃんをガードしつつ、やってくる突撃隊を拳で殴る感じで。
「・・・でも意外。織神さん、体力あるんだね・・・」
簡易ベンチに座り込み、ドリンクをとにかく飲んで体の熱を覚まそうとしているミナコちゃん。
「まぁね。ヒト並み以上はあるよ」
ちなみにこの場合の"ヒト"は生物学上の分類としての"ヒト"なのであしからず。
それでも能力弾を受けるのは結構きつかったのだから大した威力だと思う。
今度もう少し体を強化してみようかな?こう・・・筋肉が浮き上がらない程度の限界を極めて。腕の一撃で壁やら何やら抉れる感じのが希望してみる。便利そうだし、格好いいし。
さて、次はどんな試合になるのだろう?
#
祠堂学園灯秋高等学校は、PK系の特に出力系を扱う高校だ。
自分の学校内には多くの出力系能力者がいるから攻撃役はより取り見取り。この競技がメインよりも得意だと言っていい。
なので警戒はしていた。
出力系のレベルは威力、射程距離、数、速度、発射動作の速さ・・・など多くの要素で測ることができるのだけど、灯秋高校は速さや同時に出せる弾数などが他とは比べ物にならないのだろうと思っていた。
けれど、そんな予想は完全に裏切られた。
試合開始直後、初戦と同じく空中に浮かぶ光弾が見れると思って上を向いた僕らのチームは唖然とすることになる。
何もない。
相手から放たれたはずの弾が1つとして見えない。
「――――っ」
念力系能力だ。不可視の能力弾であり、他の出力系よりずば抜けて応用が利くという利点を持つ厄介な能力。
もちろんこの競技での規定により、球形の弾として放たれていることには間違いない、が。
ただでさえ見えないというのに、念力系能力の中にはさらに厄介ななことに、能力波を乱してしまう、能力を対象としたレンズとして働く性質を持っているものがあるのだ。
こういう出力系の撃ち合いでは、本来弾を打ち消し合うことによって相手の攻撃を防ぐという手段が取られるのだけど、このタイプの念力系能力に対してだけはそうもいかない。
何故なら――――反射してしまうから。
相手陣地に放たれた水弾の1つが、突然がんっと音を立てて空中で方向を変えた。
いきなり自分の陣地に向かって跳ね返ってきた弾に動くこともできずに攻撃役の1人が早くも失格。体中びしょ濡れだ。
一体どこから来るのか分からない弾。そして懸案していた通り、念力の中でも希少な能力を反射してしまう念力。
・・・・・・勝てないんじゃないかな、これ。
まぁ、反射するといっても大抵の場合完全な反射はできないし、結構な高等技術。全く攻撃ができないというわけではないんだけど・・・。
そもそも、念力系能力自体珍しい能力だ。色に例えて他の出力系が赤とか黄とかだとすると透明。何となくこれでイメージが分かると思うのだけど、物を燃やしたりできない代わりに純粋な分強力なのだ。
よくも10人も、それもちゃんと制御の利いた念力系能力を集めたものだと感心してしまう。
大抵の場合、力が弱すぎて実戦に使えなかったりして、念力系能力は競技に参加できないらしいのに。
さすがは灯秋高校。間違いなく勝ちに来てる。
そうこうしている内に、どんどん自分のチームが放った弾が撥ね返ってきた。跳ね返っている地点がどんどんこっちの陣地に入ってきてることから見て、向こうの放った弾もすぐそこまで迫っているはずだ。
チームメイトが全滅してフラッグを取られる前に、相手のフラッグを取る以外なさそうだ。
「ミナコちゃん攻めるよ。守備陣を適当に蹴散らして、フラッグを奪取。
ミナコちゃんはとにかく小さい弾をそこら中に撃って!」
見えない弾の位置だけでも確認できればとそう指示して、僕は盾を前に駆け出した。後ろからできるだけ近くにとミナコちゃんがついてくる。
前に突き出した盾に2回ほど衝撃が来た。
どうやら最大出力ではないようで、吹っ飛ばされるようなことはないけれど、その規模すら分からないのは怖い。
本当に闇雲にやってる感じ・・・。
後方の位置から競技場の中央に来たところで、あの熱血3年生の姿を見つけた。
「皆!守りにはいるな!当たってもいいから前進だ!誰かがフラッグを取れば勝ちなんだ!
当たれ!当たれ!当たれ!ゴォ――ァへェ――――ドッ!!」
と指示している。
それに従いフラッグが置かれているバリケードに近づこうと突撃するチームメイト達。
何人かそれが成功して前に進むものの、多くが能力弾に飛ばされて戻ってくる。できるだけ盾を持った守備役の影に入って攻撃役は進んでいるため、脱落する選手は少ないものの、戦力はじわじわと削られることになるだろう。
さて、僕らも参加しなくては。
/
競技開始直後、その異様な光景に開いた口が塞がらなかった。
誰だ、こんな悪趣味な作戦・・・というかチーム構成考えたの。
ただでさえ少ないだろう念力系能力者を集めるなんて。
見えない上に、打ち消せない弾なんて反則気味だ。
・・・同じ念力系能力としては本当に羨ましい限り。
俺の騒乱念力は少なくても威力と反射率で言えばそれなりの数値をたたき出しているのだが、如何せん制御が全く利かないんだよな。
初戦でガタがきている腕に力を入れる。
空へと放物線を描き相手陣地へと着弾するはずの弾が跳ね返り始め、束の間の静寂の終りを告げていた。
ちょうど向かってきた弾を避ける。
正直運動不足の俺には盾で受けるのは結構しんどい。盾はタックル用に違いない。
他のメンバーを見ても反動でひっくり返ったりしてるので、どう考えても受けるのは得策ではないな。
弾を3、4つも受けて立っていられるのは葉月ぐらいだ。
結構きついと言っていたわりにはジュース一本ですぐに回復したように見えたし。それに葉月の盾は酷使に耐えかねて傷だらけになっていた。
「おいっ!これやばくないか!」
ペアを組んでいる2年生の天王寺大輿先輩が声を上げる。
「ええ、ヤバイですね。俺の耐久値が特に。いくら弾の軌跡が見えるといっても受け止めるのはきついです」
「・・・あぃ?お前弾見えてるのか?」
「・・・ああいえ、見えるというか感覚的に分かるというか。一応これでも念力系能力者なんで」
「そうか、じゃあ、とにかく何処から来るかだけでもそこら辺の奴らに教えてやってくれ!」
「はい?」
「俺は前に出てフラッグを取る方に回る!お前はここに残ってる連中とフラッグを守れ!どうせそんなに長くは持たん!」
そう言うと先輩は盾が守っている領域から飛び出して行った。・・・攻撃役は盾使っちゃいけないことになってるんだよな。生身で前進って自殺行為だと思うんだが。
前を見ると葉月が相手とぶつかっていた。盾と盾が・・・あ、葉月の盾にヒビが入った。それを捨て、何事もなかったように相手の盾を奪ってる。
「・・・・・・ルール上はいいんだよな、たぶん」
無理やり納得して、首を振った。
よし、こっちもがんばらなければ。
「!、前から大きいのが2つ来てます!」
「マジか!」
「そこの人、その場所当たるんで横にずれてください!」
「分かった!っと、どうする!?ほとんど攻撃に回っちまったぞ!守備がこんな所であたふたしてんのはまずいっ!!」
「バリケードの方に隠れよう!崩れるまでは時間が稼げる。篭城してできる限り時間を延長しないと!」
残ったメンバーは[形のバリケードの影に急いで逃げ込んだ。
「俺、ある程度軌道は分かるんで、このバリケードがなくなったらそれでかわしましょう」
「ああ助かる。ただ、問題は陣地に侵入してくる奴らだな・・・。
今はこっちの攻撃陣の相手をしてるからそれほど来てないが、その内押し寄せるぞ」
「それまでに相手のフラッグを取ってなかったら結局負けだろ。とにかく追い詰められてるよな」
守備役はフラッグの回りを囲むように、攻撃役はその内でとにかく放射状に弾を打ち出している。
バリケードの裏側にいるのだから相手の位置など分かるわけもないのだが、やらないよりはマシだろう。
さて、面白くなってきた。
/
素手を使った攻撃は一応認められていないことになっているこの競技において守備役は盾で攻撃するか、盾に攻撃するかしか攻撃手段はない。
しかも、そうしたところで相手を退場させることはできない。
しかしそれでもやらないよりはマシというとにかく疲れる役柄だ。
けれど、相手を退場させられなくとも、機動力を削ぐことぐらいはできるのだ。
具体的には、盾で殴る。とにかく殴る。しつこく殴る。相手の手が盾を掴めなくなるように麻痺させる。
ただ、盾が壊れるという欠点があるんだよなぁ、この方法。
保護フィルムが張ってあるのか割れて破片が飛び散ることはないのだけど、すぐに駄目になってしまう。
まぁ、使えなくなったら相手から奪えばいいのだけど。
守備能力もなくなって一石二鳥。
あー、でも本当に鬱陶しい。どうやら向こうに危険人物と見なされたみたいで、さっきから妙に狙われている。
スポーツをやっているらしい体躯の男子が見た目か細い少女に、盾越しとはいえ足蹴にされる様子は傍目にどう映るのだろうか。
でも、まずい。
こうやって時間を費やしている内にも敵はバリケードを壊して、フラッグに到達せんとしているわけで、足止めを食らっている場合ではない。
何より、既に一度弾を食らってしまった。
上からの攻撃で、全く気がつかなかったのだ。
何度も盾に当たったり、横を通り過ぎたりしている内に何となく、肌を撫でるような感覚を感知することはできるようになったのだけど、正直気付いた時には遅すぎる。
あ、今そこを通ったな、では意味がない。
結局、見えない敵と戦っているという感覚は抜けていない。
前を見ると、熱血3年生がまた飛ばされていた。何度も突撃しては押し返されている。
既に2回当たったらしく、腕に付けたチェッカーは赤色に点滅していた。
・・・本当に時間の問題だ。
――――それに。
僕も正直そろそろ限界だ。
ずっと前に進むことができていない。タックル馬鹿もさることながら、どうも攻撃役から集中的に狙われてるっぽい。
盾に絶えず圧力がかかっているために、足に力を入れても停滞するのがやっとだ。
腕が痺れてきたし、弾のせいで体勢を変えれないのをいいことに後ろからタックルをかまそうとする連中の相手もこれ以上は難しい。
足で対応しているのだけど、片足では何時体勢を崩して倒れるか分かったものじゃない。
「ぬおぅっ!」
熱血先輩が飛ばされてきた。
「・・・先輩、どうします?ぶつかっていくにもそろそろ限界がきてますよ?」
「ああ、最初の方に攻撃役がほとんどやられたのが痛かったな。向こうの攻撃役はほとんど無傷だし、全く勝てる気がしん!」
向こうは端から守備陣だけでこちらのフラッグを取りに来て攻撃陣は後方援護に回っている。
ただでさえ面倒な相手なのに、そうしている内にもこっちの攻撃陣は守備に回ったチームメイト以外全滅してしまい、既に単なる消耗戦になってしまっているのだ。
「賭けに出ましょう。僕が囮になりますから、後について前に出てください!」
「無理だ!バリケードが残ってる!直進するならともかく回り道だぞ!」
「・・・バリケードは何とかして壊します。とにかく前進してください!」
「・・・分かった!」
彼が起き上がったのを合図に僕は近くに捨てた割れた盾を拾い、前方に投げつけた。
途中でそれが弾け飛び幾らか力が弱まったのを確認してすぐに斜め前へ前進。これでさっきまで僕に向けられて放たれいた凶弾はかわせたはずだ。
次の攻撃を受ける前にできるだけ前へ。そのつもりで力を溜めていたので一気にかなりの距離を縮めれた。
「おい!やべぇ!来るぞ!!」
さすがに相手も危機感を持ったらしく、僕に集中攻撃を浴びせようとしている。
けれど、もう遅い。
ついさっきまでと違い退場覚悟で挑んでいるのだ。守りに入るつもりはない。
もう大分バリケードに近づいてはいるものの、まだ僕の跳躍距離でも2歩ほど足りない。
前を見えると次の弾が既に自分に向かって放たれている、ような気がする。
――ベキ
2歩分の距離を稼ぐために、今まで戦を共にした・・・ああいや、途中で代えたんだっけ?盾を両手で二分割。右手の分を思い切り前に投げた。
予想通り前で不可視の弾に当たる盾(の上半分)。踏み込んで1歩分の距離を詰める。
が、分割してしまったために面積が足りなかったらしい、前にかざした盾(の下半分)に衝撃があった。
・・・躊躇している余裕はない。
もう1歩、踏み出す。
何となく、また新しく放たれた弾が迫っているのが分かるのだけど、避けるわけにも盾を投げるわけにもいかない。
腕をクロスして真っ向から突撃した。少し失速したものの体勢を崩さすに耐え切る。
ピッという電子音が鳴り、赤色に変わるチェッカー。
でもこれで2歩分稼ぐことができた。
これでもう、十分に射程距離内だ。
目の前には、バリケード。そしてそれを守るように何人かの攻撃役が並んでいる。
さぁ、食らえ。
僕は右手に持ち替えていた盾を思い切りバリケードに向かって思いっきり投げつけた。
砂を圧縮して積み上げられた高さ1.5cmの壁。威力が足りるか心配だったけど、ここまで近づければいけるだろう。
フリスビーのように横に回転しつつ恐ろしい勢いで飛ばされた盾がバリケードの中心に当たった。
そこから溶けるように崩れていく砂の壁。穴が開き向こう側が露出していく――――
投げた時点で足の力が抜けた僕は転倒、そこに弾を当てられてアウトに。
だけど、それで十分。
倒れた僕の影から飛び出す先輩。近距離からの飛込みだ。
その先には、フラッグがある。
バリケードが守れない後ろ側を守っていた守備陣とバリケードの間に挟まれて守られていたフラッグが、バリケードが崩れたことによって露出している。
バリケードに隠れていた彼らはいきなりの現象にまだ体がついてきていないし、バリケードを守っていた方もまさか飛び込むとは思ってなかったらしい。
崩れた砂がある程度のクッションになるだろうとはいえ、地面に飛び込むのは躊躇がいる行為だ。
時が止まったかのような一瞬。
喉が渇き、賭けの結末に息を呑む。
両手を前に、フラッグに一直線に飛び込む先輩。
その手が、ついにフラッグに届く――――
「ピィ――――――――ッ、勝者灯秋高等学校ぉ――!」
・・・・・・、・・・・・・。
その前に、勝負がついてしまった。
ドシャァアアアッッ!!と顔面からフラッグに突っ込む先輩。・・・哀れ。
どうやら先にフラッグを取られてしまったらしい。
後ろを見ると、バリケードはとうに崩れ去り、揉み合いになったようで敵味方入り混じって揉みくちゃになっていた。
クシロはその際どこかをぶつけたらしく、悶絶してる。
・・・こうして僕達は二回戦敗退が決定した。
/
それが俺ら篭城組の踏ん張りが弱かったのか、あるいは特攻組の侵攻が遅かったのかというのは難しい判断だ。
いや。まぁ、そんなことなど今となってはどうでもいいことなのだが、あと一歩だっただけに悔やまれるといえば悔やまれる。
あの後、俺達を降した灯秋高校はそのまま勝ち進み優勝してしまった。
それを見るに、やはり灯秋高校はかなり力を入れてきたらしい。去年はそうでもなかったらしいのだが、何でまた今回に限ってあんな面倒臭いチーム編成を行ったのだろうか?
あるいはただ、今年に限って参加できる程度に精度がいい念力系能力が揃っただけなのだろうか?
どうでもいいと言えばどうでもいいのだが、まぁ気になると言えば気になる。
というかどうやってあそこまでちゃんと制御しているのだろうか?
そっちの方が気になる。コツあるのかな、コツ。考えてみれば共同訓練の時、出力系の専門である灯秋高校をちゃんと回らなかった気がする。もうちょっと詳しく見てみればよかったかもしれない。
あそこで見たのは酷い炎海紅泥の先輩ぐらいだ。あ、そういえば彼女に紹介してもらった阿呆とかいう彼はそれなりにヒントはくれた。
ヒントというか助言というか・・・『そーいうのはさぁ、あれだよ逆上がりとか一輪車とかと一緒でさぁ。こう・・・おっいけるってか、一度やったら何となくできるようになるってかそんな感じだからなぁ。とにかくトライしまくれ。できなくてもグジグジすんなよー』とのこと。
具体性はゼロだが、まぁ気休めには?
なってないか・・・。
というかそろそろ壊す人形がなくなる感じなんだけどな。威力ばかり上がって訓練所の耐久値がやべぇとか先輩が漏らしていたし、そこら辺がすごく心配なんだけどな。
・・・とまぁ、俺の能力事情は置いておいて、灯秋高校は明日のバトロワでのアドバンテージを得ることができたわけだ。
アドバンテージ・・・聞いたところによると、配給される勝敗判定用のペンダントに付く付加機能だとか。
敵の感知機能、といってもその1種類だけでピンからキリで、感知範囲が1mのものや50mのものとバリエーションが結構ある。
他にも敵の能力をPK、ESPぐらいは判別できる機能やら何やらと色々あるのだが、それを学校内で無作為に配るらしい。
何が当たるかは運で、まぁそういうのも醍醐味なのだろうが、俺には関係ない。
あ、観戦するのはするので楽しいと先輩が言っていた。
学園内に配置された徊視子蜘蛛を利用した多角アングルの実況を涼しい部屋でジュースを飲みつつ鑑賞できるとか。
せいぜい葉月が笑顔でクラスメートを狩る様子を優雅に観戦するとしよう。
さて、そろそろ教室に入った葉月と合流して帰ろう。
早々に負けた俺達の学校には今ほとんど人がいない。
俺が今居るのは購買部の辺りだが、やはり人数は少ない印象。どうやら明日の作戦を立てていたクラスがあるみたいで大量に缶ジュースを買っていく生徒がいたりはするのだが、静かなものだ。
かくいう俺も水分補給に来た口で、葉月の分も含めて2本買った。
せっかく冷えているのでできるだけ早く持っていこう。
こういう時に1年生は楽だと実感するのだが、教室は1階にあるし購買部も行ったすぐ先にあるのはお得な感じだ。
こうして喉が渇けばすぐに買いにいける。
と、ほらもう教室だ。
――ガラッ
「葉月ー、ジュース買って・・・」
「あっ、ありがとー」
――ガララ・・・・・・
即行閉めた。閉めるしかなかった。
あれだ、あれ。お約束とかいうやつだ。
葉月、着替え中、下着姿。
というかなんで普通に応対?羞恥心なくても分かるよな?今の状況がおかしいぐらいさ!
きゃーとか悲鳴を上げるまでは期待してないけどよ。せめて手で隠すぐらいはしてくれ。
「クシロ、入ってきて大丈夫だよ」
・・・よかった。
――ガラッ
「・・・・・・」
そこにはさっきとまるで変わらない姿で立っている葉月。
大丈夫と言ったのはその口ですかね?
――ガララ・・・・・・
「服・・・着てくれ」
「?別に下着ぐらい見ても平気でしょ?」
せめて"見られても"と言ってください。お願いします。
「水着とあまり変わらないっていうのもあるけど、そもそも重要なところが隠れてるのにねぇ」
その考えはどうかと思う。いや、さすがに下着の下がまずいということは分かっていてくれて何よりなのだが、そういう問題じゃなくて!
男でも下着姿は見られたら恥ずかしいものだと思うし、というかならば葉月にもそれなりに羞恥心というものがあってもいいはず・・・。
あれ?でも荷稲さんによれば、結構性ネタには反応するということだったんだけど・・・。
「葉月、自分の体は大切にしてくれ・・・」
「んん?そりゃまぁ、穢されるつもりはないけど?」
うん、まぁ、何より。
ドアにもたれかかって、とりあえず跳ね上がった心臓の鼓動を鎮め、呼吸を整えようと努める。
正直、かなり心臓に悪い。
今でも目にさっきの葉月の姿が焼き付いてしまっている。
挟まるからか上で纏められた髪、それによって露出したうなじ、何時も制服や余裕のある服を着ているために分からなかった細い腰までのライン、締まった太股・・・・・・。
駄目だ。思い出すな、考えるな。
いくらなんでも親友に情欲を抱くはまずい。
考えるな、考えるな、考えるな、考えるな考えるな考えるな考えるな――――。
意識すると余計に・・・。他のことに意識を向けろ。
・・・ふぅ。そういえば、葉月はちゃんと服を着たのだろうか?
聞き耳を立てるのもどうかと思うが、さっきのことがあるので確認しておく。
微かな布擦れの音。
良かった、今度はちゃんと服を着ようとしているようだ。
今更になって思い出したが、手に缶ジュースを握っていたのだった。
まだ温くはなっていないので大丈夫だろう。
どっちかというと俺の方が熱く・・・駄目だ駄目だ思い出すな!
「よし。クシロー、もうオッケー」
はぁ、よかった。
――ガラッ
「ぬぅあっ!!!」
ドアを開けるとすぐそこに葉月の姿が目に入った。
とっさに閉めようとしたら手で引き戸を止められた。
そのために近づいて・・・!じゃない!待ってください!何ですか?何なんですか?今の状況!?
先ほどの下着姿、ではない。スカートは穿いている。たぶん布擦れはその時の音だ。
で、上は?上はどうした?先ほどまで着けておられたブラジャーは何処にやったんですか?
というかなんで上は『一糸纏わぬ』な状態なんですか?
「いやぁー、面白い反応だね、クシロ。期待通りで何より・・・」
「葉月。これはどういうことですかね?」
断固ドアを閉めようとする俺の試みを片手で軽く拒否している葉月。もう一方の手は腰に当てられている。
つまり、もう、完全に・・・。
「んー、だってさぁ、クシロが過剰に反応するからね。試してみようかと。
そもそも考えてみなよ、胸なんて脂肪の塊なんだよ?男性にだってあるものがホルモンの関係で女性の胸に脂肪が付くようになってるだけ。
大胸筋の上に脂肪がのって、乳腺やら乳管やらが発達してるとはいえ、男性だって乳汁は出るんだしね。
それに生殖器だって分化期のホルモンによって変わるだけで元は同じものだ。比べてみればちゃんと対応して・・・」
いやいやいや。確かにそうだけど、そうらしいけどさ。さすがに俺でも男と女が元は同じもの、というかどちらにでもなれるものが分化したというのは知ってる。男と女が実のところそれほど隔たりのある別の生き物ではないという理屈も分かる。違うように見えてその違いが極論ホルモンの有無で引き起こされると葉月が前に言っていたのも覚えている。
ただ、そういう問題じゃないだろう?
「それもつい3、4ヶ月前まで男だった人間の体だよ?いくら発達したとはいえ、結局はただの・・・」
ま、まぁそうかもしれない。その考え自体は理解できる。ただ、それだと、本当の意味で性転換して女になった人物の胸に情欲を感じるのはおかしいということになるのだが、実際はそうではないのだから。
大体葉月の場合、そもそもが男だというには華奢で中性で、微妙に女っぽいところがなかったわけではないし、いや男に女らしいところがないというわけではないけれど・・・・あれ?俺男の頃から葉月をそういう目で見てたの?
まてまてまて。考えてみれば葉月の場合、完全変異の形骸変容じゃないか。男だったからとかいうか、今は完璧に女性であって、やはりその裸を見るのは抵抗があるというか恥ずかしい。
だいたいそういうのは風紀というか隠しているからこそというか、普段見えないからこそ価値というか欲求が生じるものであって、そういう生物的保健的理論は意味がないんじゃないだろうか?
そりゃ、俺だって性欲はあるし、女の子の体について興味がないわけではないけれど・・・・・・あれ?じゃあ葉月に情欲を抱いてもおかしくない?
いやまて俺、何か頭がこんがらがって恐ろしいことを考えたぞ今。
駄目だ、何も考えるな、考えるな、考えるな!
というかこうやっている内にも葉月の胸が視界にずっと入っていて。近い近い近い、そういえばドアを挟んですぐそこにいるんだった。
早く閉めないと早く閉めないと早く占めないと・・・・・・。
顔が熱い。知恵熱がヤバイ。体に力が入らない。
気持ち悪い。倒れそう。
「あれ?クシロ?ちょっと!クシロ!?しまったやり過ぎた!!」
やり過ぎたって、やってることの意味が分かってるならやらないでほしいというか。・・・・・・うおぇ。
倒れそうになった俺を抱きかかえる葉月。
ちょっまず・・・・・・・・・その体勢だと顔が胸の位置に・・・・。
「!はづ・・・」
胸が・・・・・・・・・・・・近・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・。
「お前ら馬鹿だろう。それにさ、くっしぃ、考えてみろ。すぐに手を離して逃げればよかったんだ」
などと、荷稲さんに言われたのは、気を失って保健室に運ばれた後だった。