第8話- 日常閑話。-Adolescence-
休日に早起きする奴の気が知れない。
前日を通り越して午前3時ほどまで遊び倒した後の睡眠なのだ。早く起きろと言う方が無茶だと思う。
葉月は『早く起きればそれだけ朝をゆっくり過ごせる』と言っていたが、眠気を無視して起きている時点で忙しないと思うのは俺だけだろうか?
ちなみに葉月は登校までの間、新聞を複数端々まで読み、早い時間にやっているニュースを聞き流し、クリオネに餌をやり、時にはシャワーを浴びたり・・・とまったりとした時間を過ごしているらしい。
と、まぁ、全く関係のないことを考えながら、俺は結局ベッドから出れずにいるわけだ。
髪が長いと仰向けで寝た時に挟み込んでしまって髪の付け根が痛かったりするという男性にはあまり縁のない事実を身に受けながらも、まだ起きる気にはなれない。
髪が長いと寝返りをうった際に数本口に入って気持ち悪い思いをするという・・・・・・以下省略。
とにかく、まだ寝ていたい。いや、寝ていないともったいないといった感覚が残っている。
何でだろう?夢を見足りていないから?メキシカンなおじさんにいきなり腹を刺される(そして抉られる)夢を3回繰り返したのに?・・・夢とはいえ、多少腹に気持ち悪い違和感を感じるものなんだ、アレ。
うーん。踏ん切りがつかないんだよなぁ。こうしているうちにお昼を回ってしまいそうな予感。
いいか。このまま1日寝過ごすというのも面白そうだし。
などと、駄目人間思考を働かせているとケータイが鳴った。
通話、らしい。相手は葉月だった。
「・・・もしもーし?」
『あー、今まで寝てたね?クシロ』
呆れた声がスピーカーから劣化情報として流れ込んでくる。
「ん、休みだし。やることないしな・・・」
いつものことだ。プライベートで自ら外に出ることはあまりないし。ネットショッピングって便利だよな。
『ふぅん?まぁ、ならちょうどいいんだけど、これからそっち行くね?色々と必要なものがあるんだよ』
「要る物?まぁ、大丈夫だけど・・・ん?あ、そうだ。来る時ぎんつば買ってきてくれ」
漢字で書くと銀鍔。金鍔とも言う。昔ながらの刀の鍔に見立てたお菓子だ。米粉を使った四角い焼き菓子。
『銀鍔?芋金鍔じゃなくて?』
芋金鍔はサツマイモが原料になっている種類のことだ。これもこれでかなり美味しい。ので、
「あ、それもよろしく。あと適当に他のも」
『了解。じゃーね』
そう言って通信は切れた。
すぐに食べたい、でも外に行く気にはなれない。それでも食べたいなーという微妙な欲求を起こさせる好物が今日は食べられる。
それに葉月も来る。
・・・・・・よし、起きる気になってきた。
さすがにボサボサの頭を梳かす必要もあるし、それに葉月の来る前に終わらしておきたいことがある。
実はそのためにもぎんつばを買って来るように頼んだのだ。
電車で30分、ここまで徒歩で5分ほど。買い物をすればさらに10分ほどかかる。計45分、余裕はあるだろう。
よっ、と身をよじってベッドから転げ落ち、あちこち軋む体を立ち上がらせる。
昼夜の区別のつかない様な生活を送っているので、寝巻きに着替える機会もなく当然普通の服装だ。ジャージにTシャツ、誰でもノーマルはこんな感じだろうと思う。
一直線で部屋に常備しているパソコンに向かい、電源を・・・入れるまでもなく待機状態だった。駄目だな、ホント。せめてパソコンを消しておくぐらいの生活リズムは持っておかないと。
マウスをクリックさせて待機状態を解くと、所定の動作でプログラムを立ち上げる。
機密性重視の通信プログラム『DeComu.ver7.02』。
個人が作ったオリジナルソフトなので非売品だ。そもそも販売できるようなスタイル性はなく使い勝手も初心者には向いていない。いや、家電屋で売っているようなものではスペックが足りないかもしれない。フリーズするんじゃないだろうか。
ウインドウに表示される多種多様なボタンや通信状況を視覚化するパラメータが表示され、彩りを帯びる。
ウインドウの半分以上を占める白いスペースにはチャットと同じようにリアルタイムに通信相手との書き込みが表示されていくようになっている。
基本構造は本当に通常のチャットそのものだ。違うのはプログラムの大半が通信の秘匿に割かれているという点だろう。そしてそのために重い。
さて、準備は整った。
IDとPASSを入力して、通信を開始する。
『おうぅ。何だ今週はやたら早いじゃないか。いつもは夜中なのに。』
『今日は早い段階に友人が来るんで。』
『おい、面倒事は先に済ませようって魂胆かよ。俺だって傷つくんだぜ?』
『クルナさんに限ってそれはありません。』
『今の言葉に傷ついたんだが・・・』
『それもありません。』
『うわっ、ひでぇ奴。
まぁいいさ。で、どうよ?お変わりありませんか、この野郎。』
『ないですよ。ほら、こないだ言った共同訓練があったぐらいです。
今度の面白そうなイベントは体育祭ですよ。まだ先の話です。』
『体育祭ね。それはまぁ、こっちでも映像ぐらい入るんだよなぁ。』
『映像?確かに部外者だって入れると思いますけど、それって価値あるんですか?』
『そりゃあ、素人が撮ったような映像なんてさほど価値はないだろうな。
超能力者にだってプライバシーはあるんだぞ?
ホームビデオなんてインターネットに流すべきじゃねー。
そういう話じゃないんだ。まぁ、そのうち分かるんじゃないか?俺みたいに外に居る人間には周知の事実なんだけどな。
というか詳しい雰囲気やらはお前から聞いた方が良いに決まってる。』
『ありがとうございます。でもクルナさんが何が知りたいのか俺、イマイチ分かってませんよ?』
『んー?特別な情報が欲しいわけじゃないんだぜ?本当に超能力学園の内情を探りたいだけ。
趣味だな趣味。俺みたいな特別都市の外側に居る人間にはちょうど良い刺激なのさ。』
『趣味のわりにはセキュリティーがしっかりし過ぎてる気がしてならないんですが・・・』
『あー、そりゃこっちの事情だ。ちょちょいとまずいんだよ、私が特別研究都市について調べてるってのは。
そこで何かやらかすんじゃないかっていう、いらん勘繰りをさせることになるからな』
『今まで薄々気付いてはいたんですが、現在進行形でヤバイ事はやってませんよね?』
『いや、やってるっちゃやってるけどな。そういうのは生活習慣だろ。日常が非現実ってか?
まぁ別に俺が掲示板に書き込みしたところで何も問題はないんだけどさ。そういうのは形に残る。
学園都市の構成機構もそこら辺は馬鹿じゃないからな。秘匿はしないが要らない噂は消したがる。もちろん噂の元からだ。
そこから辺に調べられたくないんだよ、俺は。』
『それって、DeComuが破られたら意味がない・・・というよりさらに状況が悪くなりません?』
『なるよ。なるが、それを任せられるくらいそのプログラムは私の自信作だ。』
『あ、クルナさん、今"私"って言いましたよね・・・?』
『言ってねーよ。』
『まだログ残ってますけど?』
『俺、掲示板とかチャットって大嫌いだ。』
その後、機嫌を損ねたクルナさんに一応共同訓練の様子なんかを伝えて通信は終わりとなった。
深香クルナさんに連絡を送るという毎週日曜日の習慣だ。
あの人は俺などという一人称を使ってはいるが、時々ああやって地が出るところから見て女性だと思う。
画面越しに文字で会話しているというのに、子供のように拗ねていることがありありと伝わってくる分かりやすい人だ。
苛められている頃に興味を持ったインターネットの掲示板で出会ったのだが、それ以来色々と相談に乗ってもらっている。
個人情報を隠した上で葉月のことも相談に乗ってもらっている経験豊富な人生の"師匠"というわけだ。
時々、どこで取ったか知らない無修正のポルノを大量に送りつけてくることがあるけど・・・まぁ、お茶目な人ということで。
さて、やることも終わったし、身だしなみを整えよう。
朝食は・・・どうせ葉月がお菓子と一緒に買ってくるだろうからいいとして、せめてお茶の準備ぐらいはしておこう。
♯
インターホンが鳴った。
親機の受話器を取り、応答すると葉月の声。来たよー、だそうだ。
開錠キーを押して、中に招き入れる。
程なくして、葉月がパタパタと足音をさせてリビングにやってきた。
「とりあえず銀鍔に芋金、それから大福とか買ってきたんだけどね。あと、一応サラダとホットドッグ」
「ありがとう。ホットドッグはすぐ貰う。お腹すいてるから」
「サラダもね。ちゃんと野菜食べないと。サーモンサラダだから大丈夫でしょ?」
自堕落な生活を送っているとこういう世話焼きが身に沁みてありがたい。
葉月から熱々のホットドッグとサラダのパックを受け取り、テーブルに座る。
行儀良く頂きますと手を合わせてから、まずは苦手なサラダから処理し始めることにした。
葉月といえば、買って来たお菓子をテーブルに並べていっている。
きんつば、いもきん、大福と先に言っていた物に続き、カンロ飴に甘納豆、何故かさーたーあんだぎー。
基本的に昔懐かしなジャンルで括って来た感じだ。
「で、要る物って何?急ぎの用事か?」
首を大げさに振る葉月。その度に後ろで結んだ髪の房が左右に揺れる。
ゴムを買ってからの葉月はポニテにすることが多くなった。さすがに纏めておかないと邪魔になるらしい。括り方がワンパターンなのはそれしか知らないからだろう。
興味を持って調べてくれると嬉しい限りなのだが、自主的でなくても誰かが教えてやる方がいいのかもしれない。
服装は薄水色のワンピース。男性服がないから当然と言えば当然とはいえ、ちゃんと女の子らしい格好で一安心だ。
「別にそういうわけでもないんだけど、ちょっと書類に必要なものがね・・・。
ハンコと証明写真。ほら、僕の受験云々てクシロがやったでしょ?だから持ってるんじゃないかって」
あー、そういえばそうだったかもしれない。
葉月を祠堂学園に入れようとした時に、何だかんだで万可統一機構の許可が下りたんだよな。
葉月の保護者だっていう男性が書類等の作業はこちらでやると言っていたのを、信用できないと思って全部俺がやったから・・・・・・。
「あると思うよ。金庫に仕舞ってあるはずだ」
「良かった。織神なんて苗字、市販では売ってない気がしてたから」
「作ってくれるだろう?判子屋なら」
「んー、ハンコ屋ってここら辺にあるっけ?」
「あるさ。地下街じゃなくてショッピングモールの方に。西口の入った所すぐ」
と言っても、葉月は全く場所が掴めないらしく、うーんと唸っている。
あまり店の位置やらを記憶することに慣れていないのかもしれない。普段行き慣れている所でも、全体像を把握するのは難しいものだし。いや、葉月が方向音痴なのか?
・・・でも判子に証明写真か。確かに今後も要る機会が・・・・・・ん?証明写真?
「葉月、判子は大丈夫だが、証明写真は駄目だ。
月日は経ってないとはいえ、受験前に使ったのは男の時のものだから今は使えない」
「あっ、あー。そうか、取り直し・・・・・・あ、そういえばそれも気になるんだけど、僕証明写真なんて撮ったことないよね?」
「証明写真っていうのは別に自販機のボックスで撮るものだけじゃないんだ。
いつか撮った写真でちょうどいいのがあったからそれを切り抜いた。要は規定サイズで背景と風貌がまともだったら大丈夫」
「ふーん。でもさ、正直証明写真なんて、僕には意味ないのにね」
「ま、形式的にだけ・・・ってちょい待ち。そもそもなんでそんなの要るのさ?今までそういうこと施設に丸投げだったろう?」
「酷いなぁ。ちょっとこっちでも色々動かないとって思ってるの。ほら、グループ関連で僕手持ち無沙汰だからね。それの代替物だよ。
あるでしょ、能力者の自治集団。あれの類」
・・・なるほど、確かにそういうのは経験値を得られやすいと聞いたことがある。
能力を得てからの常日頃、葉月はやることがないとぼやいていた。その解決策を見つけたらしい。
面倒臭い組織に参加しようなんていうのは、真剣に悩んだ結果だろう。
「でも大丈夫なのか、そんなものに参加して」
「うん?大丈夫だと思うよ?」
万可統一機構が許可してくれるのか、という意味で訊いたのだが、どうにも取れる答えを返されてしまった。
まぁ、俺もどうにでも取れる質問をしてしまったわけだが・・・。いいか。葉月がそういうのなら問題はないのだろう。
「で、写真はどうする?帰りにでも撮っていけばいいだろうけど――――」
「え?別にそうやって撮らなくてもいいんでしょ?勿体無いよ5、600円も。
クシロが撮ってくれればすぐ済むし。
駄目?」
・・・・・・あ゛――――――――。
普通の写真でオッケーなんて、何で言ってしまった俺!
というか、それは恥ずかしい。意識してしまうと、些細なことでも気にしてしまうものなんだ人間はっ。
♯
俺は織神葉月のことをどう思っているのだろう?
今現在、写真を撮るということだけでこうも気恥ずかしさを感じる俺は、しかしながらそれがどういったところから派生しているのか判別できない。
無警戒過ぎる異性が近くに居るということが思春期の自分には毒なのか、それとも俺自身が葉月を好いているのか。
・・・葉月のことは好きだ。軽やかに身をこなす様も、いきなり止まって何やら思案する癖も、時折理解のできない行動に出る不思議さも、凛としてそこに在り続ける堅くなさも。
だが、それは恋愛とは別の"好き"という感情ではないのだろうか?
葉月は格好いい。格好いいのだ。
・・・・・・そうか、そもそも俺は葉月に羨望を抱いていたのかもしれない。
葉月が女の子になってそれほど日にちは経っていないはずなのに、もう男の頃の葉月をどう感じていたのかがあやふやになっている。
悲しいことに、人は過去の出来事は思い出せてもその時の感情や思いは脆く零れ落ちていくものらしい。
ならば、少しだけ小学校の頃を思い出してみよう。
そう、葉月と再び同じクラスになった3日後の惨事を。
まだ自分のことを僕と言っていたその当時、俺は苛められていた。
その理由は本当にくだらないもので、生徒が原因じゃないという点において救いがない。
大雑把に言ってしまえば慈善活動マニアのモンスターペアレントに、吊るし上げられたのだ。
よくもまあ、そんなそんなことをする大人が居たものだと今でも思うものの、今はどうでもいいことだろう。
問題はその陰険な行為を終わらしてしまった葉月の話だ。
学年が上がり、クラス替えが行われた新学期、運の悪いことに俺は苛めの主犯格と同じクラスになってしまったのだ。
苛めというものが核さえ残っていれば環境が変われど再発するものだと分かっていた俺はそのことに酷く落ち込んでいた。
織神葉月という、学校にやってきた当初、人形のようにカタチだけの何かと興味の惹かれた少年の変化に気付かないぐらいに。
会った時よりはちゃんと周りに興味を持てるほどには、クラスを再び同じくした時には他人を気遣える程度には人間らしく中身を詰めるに至ったらしい葉月が、俺の状態を理解するのは難しくなかったはずだ。
何も知らずに俺と言葉を交わす葉月に、主犯格たる図体のでかい男子生徒が、
「何でオマエ、そいつと絡んでんの?空気読めよ、オマエも制裁加えっぞ」
と苛立ち混じりに言ってしまったのが彼らの命運が地獄逝きと決定した瞬間に違いない。
俺にとってそいつらと同じクラスになってしまったことは不幸に違いなかったが、そいつらにとって葉月と一緒になってしまったことはさらに不幸だった。
その次の日、俺がいつも苛めてくるグループに囲まれていた放課後、その惨事が起きる。
教室の内から死角になる廊下で、おそらく主犯格らが集まる機を狙っていたであろう葉月が、まず図体のでかいのを■■した。
それに驚いて教室から逃げ去ろうとした1人に■■して、動かなくなったところを足を持って引きずり込む。
腰を抜かして動けなくなったり、失禁して戦意喪失しているメンバーにも容赦なしに■■。それでも動く奴にはさらに■■を加える。
紙芝居で例えるなら、そこの部分だけを黒く塗り潰して略さないといけない感じの圧倒的な暴力でその場を地獄に変えて見せた葉月は、へたり込んでいる俺を起こして保健室に行くように促したのである。
葉月にとっては、その場で怪我をしているのは俺1人だけだったのかもしれない。
その教室の中で最も軽傷だったのは俺だ。あって擦り傷に打撲程度のものだったし、保健室など行かなくても良いぐらいだった。
鼻の骨と永久歯に変わったばかりの歯を砕かれた奴に、舌を切った(あるいは千切れた)らしく口から血が溢れる奴、それから頭から血を流し転がり回る奴ら。
いくら頭部が浅い傷でも大量に出血する場所だったとしても、死ぬのではないかと不安になるほどに教室の床は血溜まりが、締まりきった空間には鉄の咽るような異臭が漂っていた。
葉月のか細い腕で、軽い体重で行われた狂行だったからこそ、幸運にも人死が出なかっただけで、本来なら誰か死んでいてもおかしくなかったのだ。
なのに葉月は俺の顔を心配そうに覗き込むだけで、他の奴らにはまったく関心をもっていなかった。
俺が大丈夫だと伝えると、葉月はそこでやっと彼らの方に向き直り、顔を抑える主犯格に彼らの血で染まった凶器たる椅子を握らしてこう言った。
「この惨事は君の仕業だ」
言葉が理解できず呆然とする彼に葉月は大袈裟に首を振って脅えているように、
「冬樹君、何てことしてるのっ!友達をそんなもので殴るなんてっ!」
そう言ってのけた。
ふざけんな!ここにいる全員がオマエがやったこと知ってんだ!オマエなんか退学だ!死刑だ!などと叫ぶ彼に、葉月は天使のような笑顔で、
「今まで決定的な証拠はないものの、苛めを行っているのではないかと噂が流れている素行の悪い君と、大人しく真面目に日々を過ごしているように見られている僕。教師がどっちを信じるかなんて君にだって分かるでしょ?」
トドメを指した。
その後、何もなかったように、というより何もしなかったように、惨事を見つけた発見者として教師を呼びにいった葉月によりこの話は幕を閉じた。
いくら流血沙汰とはいえ、まさか凶器の指紋を調べるわけもない。そもそも証言は取れているのだ。教師は葉月と俺の話を全面的に信用したし、図体のでかい彼と一緒に苛めを行っていた奴らも何も言わなかった。言ったら葉月に何をされるか分かったものではないし、何も言わなければ被害者でいられると気付いたからだろう。
その結果によって彼は何重ものダメージを受けることになったはずだ。
物理的に■■されたこと、犯人に仕立て上げられたこと、教師に信用されなかったこと、友人に裏切られたこと。
その後彼が学校に来ることはなかった。他のメンバーも結局いなくなった。
俺はそんな傍から見て酷いと言える葉月の仕打ちを、格好いいと思ったんだ。
別に暴力がいいとかそういう意味ではなく、俺や教師が解決策が浮かばずに長い間悩んでいた事柄を、一瞬にしてバッサリと切り捨てたことが格好良かった。
俺が悩んでいたことなど、本当にくだらないものだったのだと思い報せてくれた。
俺のことを大切な友人だと行為で真っ赤なほどに示してくれたことが嬉しかった。
そう。どこか大人びていた彼に俺は羨望の眼差しを向けていたのだ。
笑いが漏れる。
そんな俺が今や葉月がもっと少女らしく・・・など考えているんだからな。
羨望は今では別のモノに変わっている。
遠いと思っていた彼を俺はたぶん抜かしてしまったんだろう。
小学校の頃、彼は俺達より先にいて、中学生になった今、彼女は俺達より後にいる。
それはたぶん、彼が元の位置から動いていないから。
ずっと同じ場所にいる彼女がずっとそのままだということが俺は嫌なんだ。
だから世話を焼いたりする。女として、初めから、今から日々を送って欲しい。
本当に図々しい話だがそれが俺の気持ち。
・・・ふむ。なるほど、整理してみると何か納得できた感じがしてきた。
つまり俺は葉月を異性として見ているというよりは、女性としていて欲しいと考えているから逆に意識してしまうんだ。
などと・・・考えることに集中し過ぎたらしい。
気がつくと手が止まっていた。
よくないな。デジカメを探すといって葉月を待たせているのに。
倉庫としている部屋のクローゼットを探しているのだが、どうにも仕舞った場所がはっきり思い出せない。
仕舞ったはずなんだけどな、ここら辺に。
興味もあまりないのに買った一眼レフ一式を、一応きっちりと整理して専用ケースに仕舞って・・・。
あ、これか。
それっぽい黒いバッグを確認のために開けてみる。ビンゴ。
良かった良かっ・・・あーくそ、デジカメってことを忘れてた。バッテリー切れてるよな、さすがに。
まぁ、急いでいるわけでもないし充電しなおせばいいか。
とりあえずそれを抱えて、部屋を出る。葉月はいつも使っている部屋にいるだろう。
試験期間の時も使った、何かと集まりやすい、暇を潰せるものが揃っている場所だ。
背景は普通の壁で大丈夫だよなー、と撮影に必要な物が他にないかチェックしつつ、ドアを開ける。
案の定葉月は居た。仰向けになって漫画を読んでいた。
・・・・・・。
漫画を読んでいた。漫画を読んでいた。漫画を読んで――――
ハヅキサン、ソレハナイデスヨ。
どうやって見つけた、それ!
1人暮らしとはいえ、そういうのはちゃんと隠してあるのに!
あ゛――――ぁ゛――――――――!
即行で葉月から件の漫画を奪い、所定の位置に戻した後、お菓子の並べられた丸テーブルに向かい合って正座という現状。
ものすごく、気まずい。まさかこんな思いをするとは思っても見なかった。
葉月といえば、全くいつもと変わらない。四つ切にしたいもきんを口に運んでいる。
「もうっ、読んでる途中だったのにー」
「・・・」
「あの後どうなるか気になって仕方ないんだけど・・・」
「・・・・・・」
葉月が読んでいた漫画は年齢制限が辛うじてなく、一応書店に普通に置いてあるようなものだった。
「ヒロインが消火器で恋敵を殴る辺りで取り上げられたんだよ?」
「・・・、・・・・・・」
ストーリー重視で、そういうところが気に入っていたので取って置いたのだが・・・。
「でも女の子同士でどうやって性行為を行うかっていうの気にはなってたから興味深かった」
「・・・・・・、・・・・・・」
過激な性表現が描写されてなかったとはいえ、行為自体はちゃんと描かれた百合モノを所有しているのを知られた。
この場合、それを幸と取るか不幸と取るか。
・・・・・・。駄目だ、運のいいところが見当たらない。
「・・・すみません」
自然に謝罪の言葉が出てしまった。
「?何で?思春期ってそういうものでしょ?」
思春期に全くそういう類に無縁な人間に言われても説得力がない。
あれ?ならいいのか?
葉月は全く気にしていない。それが当然だと思っている。
持っていると思われているのと持っていると知られるとで対応が同じなら問題ない?
でもなぁ。それはそれで葉月が一般女子中学生とはずれているという証明でもあるわけで・・・。
複雑と言えば複雑だ。
「どうやって見つけたの、あれ」
「うん?そりゃあ何か隠しているっていうのは気付くよ。
自分の部屋に要らない物を置くのが嫌いで、物置のために部屋を幾つも割いているクシロが、部屋にダンボール置いてるんだもん」
・・・ベッドの下とか本棚とかよりだと思ったんだけどな。
ダンボールの表紙に再利用紙入れって書いてあったのに。上にちゃんと使ったコピー用紙が乗ってたのに。違和感・・・あるか?
「まぁ、気にしない気にしない。さ、写真撮っちゃおう?」
「・・・充電しなきゃ駄目なんですぐには無理だ。お菓子でも食べて時間を潰さないと」
「そうなの?後にしろ先にしろどうせそのつもりだったけど・・・」
そう言って立ち上がる葉月。
お菓子は目の前にあるというのに部屋を出るつもりらしい。飲み物でも取ってくるつもりなのだろうか?お茶は冷めたといえまだあるし、ここでも淹れられるのだが・・・。
「何か足りない物あるっけ?」
「ん?さっきの続きが気になるから――――きゅっ」
後ろから、首をきっちり絞めてやった。
♯
カメラだけが高性能では意味がないとプリンタもそれなりにいいものを使っているのだが、写真なんてそもそも印刷する機会がない。
文章をコピーするなら別に性能の劣る複合機で十分だし、写真用のインクジェット紙って高いし枚数が少な過ぎると思う。
結局、プリンタ購入時についてきたお試し用の光沢紙を使って撮った写真を印刷することになった。
できたものを渡し、カッターマットやら鉄製の定規やらを取り出してやる。
サイズを訊くと全く知らないという返答、幸い貼り付ける書類自体を持って来ていたので問題はなかった。
書類に判子と写真を貼って元の封筒に戻した葉月は、それでやることは終えたとばかりにベランダ際の日向に寝転がってしまった。
その傍らにカンロ飴を置くことも忘れない。本気でだらけモードらしい。
「葉月、デイトレードとかはやらないのか?」
「・・・この数ヶ月でそういう類が苦手だと悟ったから。コツコツ堅実にがんばるよ」
「ま、別に無理して稼ぐ必要はないしな。施設だって必要分は払ってくれるんだろう?」
「と言いつつ、クシロが払ってるから出してないんだよね、あそこ。変なところで消極的だし。そして払ってもらってる限り努力しないと僕の流儀に反する・・・」
「別にいいのに」
ごろろんと寝返りをうつ葉月。口に入れた飴が歯に当たっているのか、カロカロという音が鳴っている。
俺は俺で電子レンジで暖めたさーたーあんだぎーを1つ手にとって口に運んだ。
この揚げ菓子、やはり熱々が美味しい。一度だけ沖縄に行ったことはがあるが、作りたてのものは食べたことないな。
空港に売っていた琉球ガラスのストラップが綺麗で、葉月にお土産として買って帰ったっけ。
その頃、感情の起伏の薄かった葉月にしては珍しくそれに見入っていたのを覚えている。
光を透いて蒼と翠に輝くガラスを面白そうにずっと眺めていた。
・・・・・・、・・・・・・。
現在昼食時を1時間ほど越えた一日で一番気温の上がる頃。
日向ぼっこに最適で、もちろん昼寝にも最適。
うつらうつらしているとポケットのケータイがバイブレーション。
メール。隆も来るらしい。
返答として、手頃な昼食を頼んでおいた。
さて、不良君がやってくるまでの少しの間、意識を手放しますか。