第6話- 能力様々。-Crimers-
先に注意を。
前話の話を引きずってしまったのか、微妙に性的ネタかもしれません。
あぁ、ただ、エロじゃないです。むしろマイナスです。
男に痛い話ですので、一応心構えをよろしくお願いします。
形骸変容は超能力の種類としてはPKに分類される。だけれど、これを単なるPKに当てはめていいのかは全くの謎だ。
ExtrasenSory Perceptionの略ESP。PsychoKinesisの略PK。かなり大まかに分ければ感覚系と出力系。
読心術から始まり未来視、過去視、感覚複製、念言、言霊。
あるいは、念力に派生する、発火、発破、発電、撥水、冷却。
どれも特徴のあり過ぎる能力ではあるものの、これらにその2つの分類が本当に可能なのか。
念波を出すテレパシーが出力系と分類されてもおかしくはないだろうし、ならば出力系の尽くが感覚系と同じカテゴリに入ってもおかしくはない。
出すだの出さないだの、視るだの視ないだのと能力を分ける指標はあるようで、実は曖昧なことが多い。
形骸変容関連、あるいは似ているとされる能力について考えてみよう。
PKに分類される形態変身は、体のあくまでも外見を変化させる能力。肌の色、顔の形、服装も変更できるという変装に特化した能力だと言っていい。
ESPに分類される認識変換。これはCognition Converterの略だ。外見を変化させるわけではないが、相手の自分への認識を変更させることで同じような効力を得ることができる。いわゆる幻覚能力。
そして形骸変容は、体についての全てを総じて変容させる能力。
同じ体を変化させる、あるいはそう見える能力者でもESPとPKに分かれるし、それこそ見た目で判断するなら形態変身と形骸変容は同じ能力者か類似能力者として扱われるはずだ。
なのに、この2つに関してははっきりと分けられている。
変身と変容は全く別物だと、断言されている。
それは、一体何を根拠に、指標にした結果なのだろうか?
「形態変身はどう足掻いても変身能力でしかない、ということなんだよね」
黒縁眼鏡をかけた柔らかい雰囲気の青年は朗々とした声で説明してくれる。
「変身というのは、そもそも身包みを着るようなものだ。幾ら形を模せても、性質まではコピーできない」
ここは大学校舎の1つの中。こじんまりした部屋で当番が長机と椅子を組み立てただけの場所で座っているのみというやる気のないブースだ。
「君が能力で体の一部を鉄に変えたとして、それはちゃんと鉄として機能するだろう?
堅いだろうし、酸化するだろうし、電気は通す。
けれど変身能力者は、幾ら鉄の質感を表せたとしても、それはやっぱり元の皮膚なんだ」
「そうだとして、それを発展させていった結果、形骸変容になるって可能性はないんですか?」
「うん、ないね」
即答。自分の能力だと言うのに躊躇なく断定するとは。なかなかすごい人だと思う。
「変容というのは構造を変化させる能力だから、変化した後も元に戻るってことはない。
だけれど、変身はどんなに形を変えたところで元の姿というものは変えられないんだ」
「時間が経ったら戻ってしまうんでしたね、そういえば・・・・・・」
「うん。訓練次第で延ばせはするんだけどね。君の能力は変容する時にだけ能力を使えばいいけど、形態変身は変身中は絶えず能力を使っている。
だから集中力に限界が来ると解けてしまうわけ。
まぁ、最近日常的な赤の研究資料が公開されるようになって、無意識的、持続的な能力の発現法が大分確立されてきてはいるけどね」
「でも、持続的に使わなくてもいい代わりに、形骸変容は身体全体の変容なんてしたら恐ろしく疲労しますけどね」
「そうなの?へぇ、なるほどね。確かに変身に関して言えば形態変身は特化しているのかもしれない・・・」
そう言って、彼は机に置いてあった紙コップを取った。中にはコーヒーがが入っていて、僕の前にも同じものがある。
「能力発現の時ってどうしてます?全身のイメージをちゃんと定めないと発動しないんでしょう?」
「そうだね。最初の方は特にそうだったけど、今じゃ慣れてしまったからか、結構咄嗟に変身できるかな。
そこまできっちりイメージを決めてるわけじゃないよ」
「能力の使用回数を重ねていると、よく利用する設定を無意識にストックしていくのかも」
「確かに・・・・・僕なんかの場合、変身する人間自体をストックしちゃってるけど、肌の色のタイプとか顔の形のタイプとか・・・何種類かを元にそれを組み合わせるような人もいるね。
無意識にそういったものを取って置いて能力発現の時間を短縮しているっていうのは合ってると思うよ」
「・・・・・・日常生活において、咄嗟に変装しないといけなかったり、人物のストックがいるものですかね?」
「いやー、ないよね。ないからがんばって作っているというか・・・。訓練としてそういう実践がいるからね。
形態変身は少なくても1人分別の顔を持ってる」
「二重生活してるんですか・・・もしかして明日になったら女性になってるなんて事はないですよね?」
「あはは、何で分かるの?」
「・・・・・・、どっちが本当なんですか?」
「こっちだよ。
はは、形態変身のグループってね、普段部屋を出入りする人が全然違うから人数も多いように見えるんだけど、実は少なかったりするんだよね」
「そりゃあ、いる人間でもいない人間でも作り出せるでしょうね。貴方達なら、曖昧に人物を作り出せる」
「そう。使わないようで結構重宝するよ?何をするにも仮初の姿で行えるって言うのは、まぁ、お徳ではある」
「リスク回避ですか?何でもかんでも・・・他人のせいにできる。その人物がいようがいまいが、少なくても"自分"に損が回らないようにする。
人を騙そうと、人を殺そうと、自分はその事件の登場人物から外れれる」
「その通り。だから結構形態変身を嫌う人は多いね。まず最初に人格者が少ないとか言われるよ。
責任回避が当たり前だから、誰もが自分勝手に物言うし、好き勝手やるから」
「まさかと思いますが、美女にでも化けて結婚詐欺とかやってませんよね?」
「あはははっ、何事も試し(トライ)って言うからねぇ・・・」
「もしかしてって前置きしますが、今ここに他のメンバーがいないのってこういうイベント中は狙いやすいとかいう理由なんじゃ・・・?」
「あははははははははははははっ、皆どこ行っちゃったんだろうねぇ?」
「この歴史あるグループの唯一の人格者さんに訊きますが、もしかしてもしかして代々そんな稼業受け継いでるんじゃないですよね?」
「あははははははははははははははははははははははははははははっ、そんな記録は一切残ってないけどね?」
そりゃあ、誰が自分の犯罪歴を記録していくものか。
嫌われているどうのって話の前に犯罪集団じゃないか。
うわっ、何かいきなりよろしくない所に来てしまった感がある。
「何だったら君もどう?対人用のノウハウだったら下手なカウンセラーより情報があるよ、うち」
勧誘されてもね・・・。
「そんな犯罪仲間にされるのは真っ平ですね。というか詐欺師を目指したいわけでもないんですよ?」
という以前に、まずなんで貴方達はそんなことやってるんだと訊きたい。
訓練にしてももっと普通の方法があったはずだ。
「それは残念。
でもさ、君だったらどういうことにその能力を使いたいの?」
・・・・、・・。
それは確かにその通りだろう。
形骸変容。
終の終まで突き詰めた、文字通りの意味で究極形態。
これ以上内ほどの能力を持ち、どこまでも、どこにだって往ける。
それで(・・・)。
それで僕は何をする?
何を望むのか?
・・・・・・答えは決まりきっている。
「別に何も、ですね。何にもないですよ。
必要な時に必要な様に必要限使えればいいじゃないですか」
その答えに、彼は笑った。
/
「あーん。なんだそれは。全く変わった例じゃんか」
俺の状況説明に、その高校生か大学生かいまいち分からない先輩の女性はそう答えた。
接待なのに口調がすごく悪い気がするが、まぁ、年下として黙って対応しよう。
「確かに騒乱念力っていう能力は聞くけどよ。でもそこまで威力が強くってコントロールが利かない例は知らんなぁ」
と俺の悩み事に対してコメントする。
大らかと言いがたい態度で椅子に座り、対面するように机を挟む俺達。
灯秋高校のPK専門のエリアにあった、出力端子について説明しているらしきブースを訪ねてみたら彼女が話を聞いてくれた。
「そもそも騒乱念力って、サイコ系の初心者を指すことが多いんだ。
能力が不安定だから制御が上手くいかない。慣れていないから出力場所を設定できない。
前提として、それほど能力の扱えてない奴らの名称なんだよ。
だから、そんだけ威力があって、なおかつコントロールできないっておかしな話だぜ。
強度がどうだかは知らないけど、縫い包みを破砕できるほど力があんだろ?
そりゃもう、決定的な才能の欠落なんじゃねーの?」
聞いてくれるのはいいのだが、かなり酷いことを言ってくれる。
正直落ち込む。
才能不足。確かに俺の能力には決定的に標準というものがない。
それは致命的と言っていいのではないだろうか・・・?
相手を選べないそんな力、自分の身を、自分のみを守ることしかできないじゃないか。
もし本当にこれ以上の発展がないようだと本当に使い道のない能力だ。
「まーぁ、そういう例を知らないから何とも言えないけどさ、私の知り合いに能力使うとボンバァーって体中が燃え上がる阿呆がいたんだ。もちろん今は克服してんだが。
そいつ紹介してやろう。同じPK同士何か得るものがあるかもしれないしな」
おおぅ、結構優しい人だ。
「ま、気休めだけどさ」
・・・やっぱり酷い人だ。
そうこう意見を裏表ひっくり返している内に、その人はメモ用紙に色々書き込み終えたようで、それを俺に渡してくれた。
書いてあるのはどうやら、どこかのブースの名前とグループ名、それからさっき言った知り合いの苗字のようだった。
「どこのブースに居るか書いといたから、暇な時によ寄るといいさ。
で、他に何かないかな、話」
「うーん、それじゃあ、強影念力って3等級の能力ですけど、一体どれぐらい高度なものなんですか?
いまいち分からないんですよね」
「いやいや、普通にすごい能力だろ?3等級以上の能力者なんてそうそういねーじゃんか」
・・・・・・居るんだよなぁ、すぐ近くに。
「俺の友達は2等級です」
「・・・ちょい待ち、中学生・・・だよな?」
「中1です」
「で、2等級?」
「はい」
「何の能力者だよ、それ」
「形骸変容です」
「・・・・・・」
腕を組んで天を仰ぐ先輩。沈黙を保った間が続き、それから一言。
「それはもはや突き抜けて化け物じみてるな」
確かに、思わないでもないんだけども。というか人の友人を化け物って言わないでほしい。
「強影念力はさー、極めれば結構な財産だぜ?
手足使わなくてもある程度のことはできるし、何より弱点の少ない超能力だしな。
相手を圧縮して潰すという必殺技があるしな。あいつら反則だぜ」
俺が人形を破砕させてしまったのはたぶんその逆のことをやってしまっているのだろう。
一箇所に集めるべき力の方向を、内側から外側へと、全方向に開放するようにして。
「3等級・・・3っていう数字が悪いのかねー?
いいか?まず1等級の能力・・・っていうのはないんだ。これは今ある以上の能力が出てきた時の余裕。化学で電子殻の名称がKで始まるのと同じな。
で、2等級・・・つまり事実上の最高等級。この時点で突き抜け過ぎている能力者。論外。基本的にエキストラな連中。
それから3等級。ここが事実上の限界ってやつだろ。大抵の能力者のゴールかな。
2等級っていうのは普通の能力とはちょっと毛色の違うところあっからなー」
「確かに1等級の能力って聞きませんよね・・・」
「2等級だってそんなに種類ないはずだぜ」
彼女は形骸変容、時限拡張、時行割断、空想絵空、神の託宣・・・・・・と指を折りながら数えていく。
あまりないと言いつつ結構スムーズにそれらを口に出せる辺り、葉月と同じで超能力オタクなのかもしれない。
「結構あるじゃないですか。・・・・神の託宣って何ですか?」
すると彼女は難しそうな顔をした。どうやら表現のしにくい能力らしい。
名前に"神"が出てくることからなんだかすごい能力というのはわかるのだが。
「言霊の上級者のことを指すらしいけど、よくわかんないんだよな。
そりゃ、地球の裏側までを範囲にして能力でも使えれば、最強を名乗るに相応しいかもしれないけどさ。そんなの無理だろ?
それにどう足掻いたって言霊は動物には効き目が悪いからなー。
そんな仰々しい名前で呼ばれるような能力になるとは思えないじゃん?」
「だいたい科学者が神がどうだとか言ってるのもどうだと思いますが」
「まーね。私の炎海紅泥ってさ、最高でだいたい半径35kmぐらいの地面を高熱で溶かして火の海にしちゃう能力なんだよ」
・・・絶対、実際にやってほしくない能力だ。
簡単に言ったが、それは間違いなく3等級の能力だろう。
「これでも結構強いとは思うぜ。でもさ、これでも最強は程遠い、らしい。
学者が言うにはまず不意打ちに弱い。でもって、咄嗟に手加減できないっていう、まぁ、私の癖もあるから、不完全なんだと。
せめて無意識に能力をセーブする技術を身に着けろだってさ」
「そんな能力持って、しかも手違いで大陸溶かしてしまうような状態で、何で貴方はここにいるんですか・・・・・・」
「おいおい、私より危ない奴っていっぱいいるぜ?
空気中にある微量の水だけで高層ビルさえ切り裂く出鱈目馬鹿とか千里眼に座標転移を掛け持ちしてる完全転移者とか」
水だけで何でも切り裂く・・・・・・斬刀水圧か。ものすごく波風の将来が不安になってきた。
空気中の、と言うけれど、人体には水分なんて腐るほどあるんだし。
彼女のその知り合いを超えなければいいが。
「でも、そん中でもやっぱり強影念力は別格なんだぜ?
見えない力とは言ったもんじゃん。圧力を加える能力でもないのに物体を掴み、圧縮できる。それだけならまだしも能力波すら防げるシールドにだってなるだよな、確か。
それに特化したのが・・・何だっけ?えーと・・・・・・反響氾濫だっけか」
「応用が利く能力は総じて等級が高いですよね」
「まあな。自由度の高い念力系とか千里眼系とかは高いよな。
私はこの力に結構愛着あるけど、やっぱどうしても燃やす、溶かすに特化し過ぎてる気がするよ。
ま、火力ならそうそう負けないね」
「その域までいったら勝ち負け関係ないと思います。
でも、そこまで等級を上げれる能力者って少ないですよね?」
「ああ。でも等級は低くても結構自分なりに応用して生活を謳歌してる奴はいんな。ほら、あいつ」
そう言って彼女は、別のところで生徒に対応している青年を指差した。
気弱そうな顔をした体の細い、だが長い人物。
「あいつは掌を覆う程度にしか火が出せないんだけどよ。夜な夜な街を徘徊しては建物の壁に火を浴びせてる。燃えるか焦げるかの瀬戸際の緊張感が快感らしい」
「・・・それは放火魔です」
それから、と言って次は裏方の方でペットボトルで水分補給しているポニーテールの女子を指す。
たぶん高校生ぐらいだと思うがよく分からない。
「あいつは・・・高校の方のグループ繋がりだからいまいち能力は知らないけど、人気の少ないベッドタウンをうろついて人の皮膚をギリギリ血が滲む程度切り裂くのが好きなんだとか言ってた」
「警察に連れて行ってください!」
「ほら、いるじゃんそんな妖怪・・・カマイタチだっけ?」
けらけらと笑う彼女。
「笑い事じゃないですよ!」
カマイタチの方が絶対マシだ。その女子高生はどう考えても危ない犯罪者の類に分類される。その内エスカレートする気がひしひしとする。
「ま、PKってそんなもんじゃん?等級がどうのとか能力がどうとかあんま悩むなよ、少年」
最後に、いいことを言ってまとめようとする彼女。
残念ながら話によろしくないことが混ざりすぎて全然綺麗にまとまってない。
/
あまり当てという当てもなく彷徨っていたら、声をかけられた。
「よぉ彼女、どうちょっと俺達の話聞いてかない?」
この言葉が常套句かどうかは置いておいて、まぁ正直良い感じのしない男達が3人。
分かりやすい金髪の長髪。笑うという威嚇法を取る黒い短髪の筋肉質。その2人に付いているだけのような特徴の薄い男。
あんまり関わったことのない人種だ。
タカとはまた違った不良。いや、タカはあれで根の優しい人間だから、これこそが不良なんだろう。
良くあら不で、不良。では彼らはどこが駄目なのだろう?性根なのか、魂なのか、精神なのか。まぁ、何でもいいや。とにかく何かが腐っているのだろう。
少なくてもか弱い少女に暴力的な欲情を向けるのはどうかと思う。
織神葉月という女子はそれほどにも美味しそうに見えるのか。
こういう類は返事でも返したものなら面倒なことになるらしいのだけど、無視しても結局は突っ掛かれるのだろう。
そうと分かって無視してみる。
前を向き直して、そのまま何もなかったように歩き出す。
「おいこら、無視すんなよ」
数歩と歩かないうちに肩を掴まれてしまった。
振り払ってみようとする前に、腕を引っ張られ、人通りの激しい廊下から少し入り組んだ場所へと連れて行かれる。
躊躇なく、力を入れての行動。やることはもう決まっていると言わんばかりに。
ほんの数十歩ほどの距離なのに、そこは誰も来ない死角になっていた。
横に目をやると掃除器具入れの大型ロッカーが見て取れる。なるほど、一応廊下だけれども、そういう倉庫として機能しているらしい。
角を曲がった小スペースにある掃除器具置き場。ブースもないから人も来ない。角を曲がっているのだから人に見られない。
「ったく、こいつ、すかしやがって」
「何?怖くて声も出ないってか?」
ゲラゲラと笑う顔は不愉快だ。むやみに顔を近づけてくるのが鬱陶しい。
とりあえず、口臭は気にした方がいい。
壁に押さえつけられる形でいる僕に、彼らはさらに畳み掛ける。
「素直についてこればよかったのにさぁ。あんな態度取られちゃったら、お兄さん達優しくできないなぁ」
薄い男がそんなことを言う。この男、実際付いてきてるだけで何もやってない気もするのだけど、どうなんだろうか。
「そうそう。らんぼーになっちゃうぜぇ?」
「ついでに激しくなっちゃうかも〜」
ひゃははと笑う彼ら。一体何が面白いのだろうか?
考えてみよう。
か弱そうな少女を1人うまく引きずり込みました。抵抗できない女の子を今から好きなように扱えます。さぁ楽しみましょう。
何が面白いのだろうか?
性交渉が?あるいは加虐的なこの状況が?
・・・・・・理解不能だ。
それに彼らの考えにはかなり齟齬がある。
実際には、か弱そうに見えるだけの少女にひっかかりました。どうしてやろうか考えている少女に今から好きなようにやられます。さぁ苦しみましょう。
そんな感じだと思うのだけど。
「あはー、悲鳴上げたって無駄だぜ?俺は声を消せる能力者なんだからよ。
思う存分いい声で鳴いてもらおーかなぁ!」
あぁ、なるほど。だからこの真昼間に、こんな行動が取れるわけか。
いや、むしろ大勢の人がいる昼間は安心感があるからこそ隙を突きやすい。
能力者次第では絶好の狩場なのかもしれない。
誰も見えない、誰も聞こえない。複数だからやりやすい。皆でやれば怖くない?
そもそもこういったことをされた被害者が訴えることは少ないらしいし、だからこそ増長するんだろうな。
なるほど。
なるほど、ね。
「悲鳴が聞こえない、か」
僕は笑った。
「じゃあ、声が漏れるほどに叫びなよ?」
そう言って、思いっきり――――
/
「う゛おぇ・・・・・・」
「何気持ち悪い声上げてんのよ?アホウドリ」
「・・・智香、救護班呼べ。大至急」
「っちょっ、まさかはづきちゃんになんかあったんじゃないでしょうね!」
「いや、対象が不良に絡まれたんだが――――」
「ちょっと待てや。お前、それ見てて何もしなかったと?」
「いやいやいや!本当に危なかったら助けに行ったって!」
「まぁ、いいや。お前は後でひねる。で?」
「・・・・・・様子見てたら、対象、不良たちの・・・」
「の?」
「股間を思いっきり蹴りやがったんだよ!」
「・・・・・・」
「入念に踏み躙りやがったんだよ!」
「・・・、・・・・・・」
「あれ、たぶん潰れてると思うんだけどさ?」
「・・・・・・、・・・・・・・」
「救護班必要だろ?」
「・・・いいじゃない、自業自得よ。今月の標語は『女の敵は許すな、潰せ、去勢しろ』に今決まったわ」
「おい、俺らって一応裏方で生徒の非行を監視するっていう任務があるわけだよな?」
「悪は死にました。それでいいじゃない」
「新たな暴力が生まれた気がするんだが・・・」
「あー、もううるさいなぁ。いいのよ美少女は何をやっても。
ごちゃごちゃ言わずに、とっとと証拠隠滅しなさい。あ、不良達のあれは治さないように言っといてよ?」
「・・・・・・」
男は何も答えられない。
/
煉瓦の敷き詰められた道。整えられた何の変哲もない地面。
その一部を区切った領域に張られたテープの×印。周りには『Keep out』の文字。
数刻を待って、その目印の場所で爆音が鳴った。
「――――と、まぁ、こんなもんかな」
体つきのいい高校生がそう言って、その爆破実演用に区切った空間から後ろの方に向き直った。
「所謂、簡易地雷。特定場所に能力波を留まらせ時間差で発動させるという技術だ」
ブース側が用意したパイプ椅子に座りつつ俺は、前での説明に耳を傾けている。
発破系能力者のグループのやっているブースをとりあえず手当たり次第に当たってみようと近い所から訪れてみたのだが、これで3つ目。
既にかなりいっぱいいっぱいといった感じだ。
数をこなすには1つ1つの濃度が濃すぎて精神的に疲れる。
「威力を高めて、建物の解体なんかに利用できるもので、火薬を使わないのと、精密な制御が利くってことから就職にも有利。習得しておいて損のないテクニックだよ。
中学生はもうすぐ能力考査と体育祭があると思うが、その時にもかなり役立つ。
知っての通り体育祭は学園内の特定区間でのバトルロワイヤルがメインイベントだ。
発火能力者と違って火球を投げればいいというわけにはいかない能力だからこそ、上手く対象に衝撃波を与える必要があるんだ。
先に仕込んでおいて時間差で爆破、というのが基本的な攻撃方法になる。
掌から衝撃波を出すっていう手もあるっちゃあるんだが、攻撃が単直で何より狙いを定めにくいんでお勧めできない・・・」
話が時間差爆破技術から自分の体育祭の時の苦労話へとずれてきた。
いい機会だから、この内に外に出よう。
どこの話を聞いてもそうなのだが、いまいちそれを自分の能力に生かせる気がしない。
確かにあの高校生が言うように時間差で、自分と距離の離れた場所を攻撃できるというスキルは便利なものだ。
だが、そもそも火力・・・というより爆力の足りない今の状態ではあまり効果のあるものでもないだろう。
ああいった応用があるのを知ったということは確かにいい経験ではあるが、それを自分でできるかどうかは怪しい。
俺の能力は今のところ、指の摩擦でちょっとした火花と爆風を起こす程度なのだ。
ブルーシートで仕切られたブースから出て、少し歩く。
しかし大した目的地があるわけでもないのだ。すぐに歩みは止まった。
何か息抜きになりそうな催し物はないだろうか。
ショーのような見るだけで楽しめそうなもの・・・・・・。
辺りを見回してみる。
さっきのブースのように実演を説明を交えたもの、印刷した資料を配っている所、実際練習を行っている所・・・・・・色んな方法を取っているブースが一定の距離を保ちつつ存在している。
しかし、魅せるタイプの見せ物はここら辺ではやっていないようだった。
と、何かが乗せられた担架らしきものが少し先に見えた。
何だあれは。
気になり見えた方へと足を進めると、担架が3つ運ばれているところのようで、俺と同じような野次馬が何人もいる。
乗せられているのは感じの悪い男達でその誰もがぴくりとも動かない。
死んでいるか、気絶しているか。そのどっちかだろう。たぶん後者だろうが。
隣にいる年上らしき学生に聞いてみる。
「どうしたんですかね?」
「あぁ。校舎で倒れてたらしいんだけどね・・・。あんまりよろしくない連中で、どうせまた何かやらかしたんだろうって誰かが言ってたよ」
「見たところ、あんまり外傷ないみたいですが。あれ気絶してるんですよね?」
「・・・あー、局所集中攻撃・・・というか、ね。潰されてるらしいよ?局部が」
俺は思わずその担架の方へと振り返った。
改めて見ると下半身に白い布を被せられている。もしかしたらその下には血の滲んだ衣服があるのかもしれない。
「・・・酷いですね」
「まぁね。でも彼ら、人気のない廊下で見つかったとか言ってたから、女の子にでも悪戯しようとしたんじゃないかな。
能力に頼って昼間からそういうことする連中、いるらしいし」
「で、女子に返り討ちにあったと?」
「じゃないかな?ホント、怖い女性もいるもんだよね」
「怖いですね、そんな人物が近くにいると考えると」
/
豪快というか、犯罪意識の甘いというか、とにかくそんな炎海紅泥の発火能力者の居るブースから離れて一息。
もう昼時を少し過ぎてしまっている。
食堂や購買部、この期間に限って出ている非営利的な出店などそのどれもがたくさんの人に占拠されていた。
もしゆっくりと食事が取りたければ、もう少し待たなければならないだろう。
さて、どうしたものか。
そう思いつつ、空を仰ぐ。
雲ひとつない、晴天。時間的にももうすぐ南中が訪れそうな頃合だ。
この陽に当たり続けるのは勘弁願いたい。
せめてどこか日陰のある所に行きたいな。
――――そこで、体にどんという衝撃があった。
「うわっち!」
そして声。
視線を下に向けると誰かとぶつかってしまったというのが分かった。
考えながら、上を向いて無意識に歩いていたらしい。
不注意にもほどがあった。
「ごめん、前見てなかったよ」
謝りつつ、その誰かを見てみる。
短めに切られた髪をした自分と同じぐらいの年齢の人物だ。
髪色は黒。漆黒という感じのツヤのある髪。伸ばせばさぞ綺麗だろうにと、勝手なことを思う。
と言うより、この人物は男なのだろうか、女なのだろうか?髪を伸ばしていないのと、顔が中性的だから判りづらい。
服装は黒い長ズボンに白いシャツという実に簡素なもので、細身の体に合っていた。スタイリッシュとでも言えばいいのか。
ただ、体の起伏がぶかぶかのシャツのせいか、あるいは発育のせいか男女の見分けが付かない。
うん、どうなんだろう。
ちょっと前の葉月もこんな感じだったなぁ。
「うんにゃ、オレの方もうっかりしてた・・・」
と、そう言って彼(暫定だが)は、それからん?と疑問符を浮かべた。
顔をずぃっと近づけて、それからぱっと離す。
「あれ?オマエもしかしてクサミクシロか?あーれ、あれ?」
何で俺の名前を知っているのかという考えが浮かんだが、それを口にする前に彼はさらに聞き捨てならないことを言った。
「つーか、何だぁ。じゃあ、オリガミハヅキはここには居ないかよ」
「ちょっと待て。なんで葉月のことを知っている?」
「・・・んぁ?何言ってんのさ、形骸変容の能力者が有名人じゃないわけがないだろ?」
うん、確かにそうかもしれない。2等級のしかも極上の希少能力者。その噂がそこらに広まっていてもおかしくはない。
だが、
「俺の名前を知ってるってのはどうなんだ?俺はただの騒乱念力だぞ?」
すると彼はきょろんと瞳を瞬かせて、ふんと溜息を吐くような、あるいは一心地つくような素振りをした。
「ぁあー、ま、そうだわな。うん、それは確かに失言だったか。
でもよー、オマエも有名人ちゃー、そうだぜ?」
「え?」
「んにゃーもうちょいっと自覚しなさいな。
ちぇっ、オマエを探せば、オリガミにも会えると思ってPK関連のブース手当たり次第に当たってみたのにさー」
「どういうことだ。君は一体何を言って――――」
「いや、気にすんな。ただ見てみたかっただけさ。うん、もういいや。オマエに会えたしな。目的は半分果たしたようなもんだ」
彼はたぶん、などと付け加えて、かかかっという擬音が合うような笑い方をした。
「君は何だ――――?」
「おぉう。変化球だな。オマエの気になるのはオレがアイツに何かしないかってことじゃないのかよ?
・・・あっちゃ、いや、オレが『気にすんな』って言ったのか・・・・・・」
彼、かなり頭が逝っちゃってるらしい。
いや、初対面でこういうことを言うのは何だと思うが。
けどやっぱり、そう思わずには居られない。可笑しな喋り方をする奴だ。
「ま、オレのことはあんまり知る必要もないだろ。どうせもう会わんと思うぜ。
そだな。名前だけ教えとくか。記念だ記念。オマエみたいな奴に覚えてもらうのも悪くはないかもな。
――――オレはムツキ。ははっ、覚えていてくれ。その内生きるか死ぬかする人間だよ」
彼はそんな自分に不吉な言葉を残して、こっちの反応を待たずにさっさと踵を返して行ってしまった。
・・・・・・。
というか、本当に名前だけ言っていきやがった。
/
招待というのは、例えば手紙で招待状を送ってくるとか、あるいは実際尋ねてきてするものではないのだろうか?
などと思わずにはいられない。
そりゃあそうだろう。
『迷子のお知らせです。祠堂第一中学校、一年織神葉月さん。保護者の方が第3校舎の2階カフェテリアでお待ちしていますので、聞こえてましたらそちらにおこしください』
なんてアナウンスでの招待なんてされてみれば、普段蔑ろにする一般常識というやつに頼ってみたくもなるといものだ。
いや、そもそも、保護者って何ですか。実際そんなのいないし、実質的には岱斉がそうなるのだろうけど、彼が外に出てくるなんてありえない。
だいたいなんでカフェテリアで待っているのか。そんな保護者はいないだろう。
よくもまぁ、こんな出鱈目な放送を大学中でやろうと思ったものだ。
そんなことに半分関心しながら、カフェテリアに向かう。
本来カフェテリアだって、営業していないはずだ。学園中の生徒が動くこの期間は混乱が予想されるため、こういった商業施設は閉店していると書かれていた。
本当に非営利的な店だなと思うものの、確かにカフェでゆったりしているような雰囲気でもないのだ。
どちらかというと、歩きながら食べられるものが好まれるようなお祭り騒ぎ。
まぁ、大学や店側の考えがどうなのかはいまいち分からないけれど。
階段を上がって右に曲がれば、そこには随分立派なカフェテリアが存在していた。
焦げ茶基調とした落ち着いた空気を流す店内。
営業してないためか、BGMは流れていないけど、かかっていればさぞ心地よい空間になることだろう。
その店の、ガラス張りの端のテーブルの1つに招待主は居た。
「こんにちは。どうぞ、座って」
ドライヤーの熱にやられて髪が茶色に変色した、といった感じの女性。
髪を肩辺りで一纏めにしていて、少々つり目がちの瞳をよこしてくる。
その横には男。あろうことか髪を濃い赤色に染めて、耳にピアスまでしている。大学生とは考えにくい雰囲気をかもし出しているのだけれど、実際の年齢はよく判らない。
そのテーブルに近づいたところでもう1人の男が椅子を引いてくれた。
そんな紳士的な行動をした方の彼は、どこにでもいる様な感じの風貌だ。
中背で細身。目が隠れるほどに黒髪を伸ばしている。
他にも、僕の向かいに数人が見て取れた。
まぁ、とにかく、僕がこの椅子に座らない限り話は進まないのだろう。
僕はゆったりというよりは緩慢な動作で木製の曲線を描く椅子に腰掛けた。
一息入れてから、口を開く。
「僕に何の用?ああやって呼んだってことは、まともなお話なわけだよね?」
あのアナウンスはいわゆる保険だ。彼らのではなく、僕の保険。
大っぴらに呼ぶことで、僕が呼ばれたという事実を大衆に残すという保障なのだ。
そして呼ばれた先で何があっても、その証拠を隠滅しきれないというアピール。
あえて相手に都合の良い条件を提示することによって、より確実に相手を誘導するという1つの方法だ。
まぁ、もっとも、都合が良いというのは外見だけの話で、その中身がどうなっているかなんてそれこそ行ってみなければ分からないだろう。
相手がただ単に僕を殺すつもりなのなら、そんな保険は全く意味をなさない。
事後的に働く保険なんて、死んだ後には役に立たないのだから。
「ええ」
僕のちょうど正面に座る茶髪の彼女がそう応答し、
「ほら、瑞流。ぼうっとしてないで早くコーヒーでも淹れてきなさい。営業してないんだから、誰かがやんなきゃ何も出てこないのよ?」
赤色少年の方に目をやって命令した。
・・・・・・パシリ?
「・・・ま、いいけどよ。その前に1つ質問」
今まで何かを我慢していたような口調の彼。
「ん?」
「俺は今日、朝早く起こされたわけだが・・・」
「そうだっけ?」
「栞が織神葉月を監視するとか言って、わざわざ建物の屋上に待機させられた上、能力まで使って彼女を追尾させられたわけだが・・・」
「そうね」
「そういう作戦にはコードネームがいるからって、アルバト・・・」
「アルバトロス。だからあんたはアホウドリなのよ」
「・・・・・・ほんでもって、今の今までアホウドリアホウドリと呼ばれているわけだ」
「で?」
「そこまでやって何で今になって、その彼女に堂々と接触してるんだ?」
「あー、だってさぁ、・・・飽きたし」
「・・・・・・あ?」
「というか、考えてみなさいよ。いい?そもそも私達ははづきちゃんの勧誘が目的だったでしょうが。
何でわざわざそんなこそこそしたことしなきゃなんないのよ?」
「おい待て、つまりあれか?別に必要のないことをやらされてたわけか、俺は?
つーか、じゃあ何であんなことやったんだよ!」
「だーかーら、言ったじゃんさっき『飽きた』って。何となくよ何となく。
・・・・・・気まぐれ?」
ぐおう、と赤色の彼は頭を掻き毟った。
見た目ヤンキーだけれど、この人本当にただのいじめられ役っぽい。
「分かったら早く淹れてきなさい」
シッシと手で払われて、彼は首を垂らしてゾンビのように店の裏に消えていった。
・・・・・・さっきの一連のコメディーは無視しよう。
「勧誘ってどういうこと?」
能力的に超少数派な僕みたいなものを引き入れるグループというのは存在しないはずだ。
グループは同系統の能力者同士の集まりのことを指す。だから希少能力を寄せ集めたグループなんてありえない。
勧誘、される理由はあまり思いつかない。
だいたい、そういった面倒くさい話、岱斉が全部まとめて処理してくれてる気がする。
学校でのクラブやグループならともかく、あまり特殊な係わり合いはまずいのだから。
「私達はえーと、まぁ本当は名前がないんで公式名じゃないけれど、ウラカタの人間よ」
「裏方?」
「そ、ウラカタ。ひらがなでもカタカナでもローマ字で筆記してもいいけど、とにかくウラカタ。仮称だけどね。
あ、組織っていう呼称はなしね。『名称がなくただ組織と呼ばれている』っていう設定が多いこんにち、差別化が肝要なの」
・・・それは一体何に対してだろうと思わないでもないけれど。
あと、裏方という名称もどうかと思う。うらかた、ウラカタ、URAKATA・・・。いいか裏方で。
「ウラカタは学園都市の治安維持の一面なのよ。警察はもちろん、生徒の立候補で集まる自治組織が表側、そして私達が裏側。
住み分けができてるの。彼らが街の監視や法的な取締りを行い、私達が違法な掃除を行うって具合に」
「違法な掃除・・・何、危険因子を叩くってこと?」
「まぁ、そういう感じかな?色々な活動があるから。
証拠不十分で法的に裁けないような悪人を潰したり、色々と人間としてどうかっていう人物を不能にしたり」
「それって仕事人・・・」
「怨まれ過ぎた人を依頼で地獄送りにしたり!」
「人を呪わば穴2つ・・・?」
「イメージはそんな感じよ」
「何かすごく金を取ったり、死後の逝き先を強制決定しそうな活動内容なんだけど・・・」
「大丈夫よ、一応非営利団体だから。お金とかお上から結構もらえるし」
そう言って彼女は手で、パーまると形を作って見せた。
50万。おそらく月給。
おおぅ。おそらくサラリーマンが泣いて逃げ出す高待遇だろう。
「ボーナス、諸々の手当て有り。
それに活動だって基本的に事務所でへばっていればいいだけだしね。1ヶ月に1度なんかあれば良い方よ。
ウラカタって言っても結構人数いるのよ。だから話が回って来ることも少ないのよねー。
どう?やってみない?貴女ほどの能力者なら大歓迎、というかだから勧誘に来たわけだけど・・・」
確かにアルバイトとしてはありえないほどの高収入だろう。気軽に入れるようなモノではないけれど、別にそれほど気にするようなことでもない。
ただ人を飼うだけに高額を払い続けるだけの価値がある組織。非公開、非合法に不明名称。
彼女は軽く言っているが、その仕事内容がどうであれ、やっていることのベクトルよれば、ただの暴力団の構成員にとすら取れる。
まぁ、それが暴力団であろうと何であろうと、今更どうでもいいことか。
ちょっと前に、形態変身の彼に犯罪集団はご免なんて言ったけど、実のところあれは気乗りしなかっただけだし。
クシロはそんなものに僕が関われば、難色を示すのかもしれないけれど、それもやはり今更だ。
あそこに比べれば極道などまだ甘い。仁義があるのなら、その方がいい。
あそこにあるのは完璧なる現実主義と合理主義と研究者の欲と業だけだ。
給料は良い。活動がほとんどないのならば、今ある親父さんとこのバイトとだって両立できるだろう。
それだけあれば、クシロにお金を貰わないでもやっていけるかもしれない。
だけど、
「断るよ。そういうモノに関わるのは面倒くさそうだから」
組織のことを考えると、こんな面倒そうな所に関わるのは得策じゃない。
けれど、彼女はその言葉を全く聞くつもりはないようで、笑みを崩さなかった。
何か僕を引き込む切札を持っているって顔だ。
むぅ。そういうの、隠されるのは面白くないなぁ。持ってる分には問題ないんだけど。
彼女は切り出す。
「はづきちゃんはグループに入ってないでしょ?」
「まぁ・・・」
「だから能力に関してあまり多くの情報や知識を得ることもできない。能力訓練だって、『様々な対応が求められる状況』がない以上、状況対応能力の向上は望めない。
独自で色々やってるらしいけれど、限界があるでしょ?」
確かにその通り。無言でそれを肯定する。
学校生活でやる能力訓練のほとんどができないのが、僕の現状だ。
でも、それは仕方ないことだろう。
けれど、彼女は言った。
「能力者相手の実践なら経験は詰める。私達の組織には形骸変容の資料がある」
「え・・・?」
思わず出たその声に、
「前の形骸変容はウラカタに所属してたのよ」
彼女は畳み掛けた。
・・・・。・・・・・・、・・・・・・。
それなら、資料があるのはおかしくはない。
前代の彼女の話だけでも十分勉強になるし、もしかしたら彼女のやっていたトレーニング法や記した研究文書があるかもしれない。
それは確かに僕には美味しい話だ。
充分に切札だった。
彼女は連絡先の書かれたメモを寄こした。
それから当然のようにメンバー達の紹介。というより、能力紹介をする。
「私は発電、あの子は冷却。で、こっちが変身で、あのアホウドリが思体複製。あと1人、ここにはいないけど人見知りの子がいるわ。ま、よろしくね、お姫様」
何も返さないのも嫌だったので、お姫様と呼ばれてもと言ったら、じゃあお嬢にする?と微笑みで返されてしまい、沈黙。
そうこうしている内に彼女は他のメンバーを引き連れて行ってしまった。
何ともまぁ、締まらない終わり方。
あぁ、オチとして――――
3分後に店裏から本格的なコーヒーを持ってきた赤色少年が出てきて、呆けた顔で、
「あれ?あいつらは?」
と一言。
律儀にコーヒーを僕の前に運んでから、
「あんにゃろー!!!」
と叫んで走り去った。
うーん。やっぱり何か取り残された感があって嫌だった。
/
そのブースはガラガラだった。
長机にパイプ椅子を並べただけのやる気のないスペースに男1人が座っているだけという、形態変身のグループの主催するブース。
俺、佐々見雪成はその椅子の1つに座り、彼と対面している。
「瑞流が言ってたんですけど、先輩、ここに織神葉月が来たらしいじゃないですか」
そう言って、お茶の入ったコップに口をつけた。
先輩ものんびりとコップを回したりと弄っている。
「形骸変容の子かい?来たよ」
「・・・どうですか?先輩の見立ては?」
うん?と首を傾げる先輩。うん、この人は少し天然なところがあるからな。
あんまり人の意図を汲み取ろうとしないというか・・・。たぶん取れないわけではないと思うのだが。
「ほら、先輩の性格診断ですよ。結構当たるじゃないですか。これから、一緒に活動することになりそうなんで、一応聞いて見たいんですよ」
あの幼げな風貌で、様子でハイランクの能力者である元少年の人物像がどうであるか、気になるところだ。
やることが元男の行動とは思えないっていうのもあるのだが。
「えぇ?あれかなり当てずっぽうなんだけどなぁ・・・」
「それでいいですから」
うーんと少し渋る様子を見せつつも、目を閉じて彼女に会った時の印象を思い出そうとする先輩。
それも終わったらしく、お茶を一口含んでから彼は言葉を紡ぐ。
「愛玩動物だけど、観賞用。毒どころか、無闇に手を出したら引きずり込まれて食い尽くされる感じかな」
ワニか、ワニなのかそれは。
「イメージは猫。飼われていようが野生を忘れない。面倒をみてくれる程度に愛想は振りまくけど、基本独りで何でもできるタイプ。いや、そもそもあんまり人に関心がないんじゃないかな。たぶん僕のことなんか夜には忘れてるよ」
頭の中でワニと猫が混ざって何か恐ろしい生き物が生まれた。
ざらざらとした尖った牙が並んだ猫。顔が鋭角、尻尾は二又。・・・・・・猫又か。
「そんなもんかな」
そう絞めて、お茶をもう一口。すましているけど、言っていることはかなりエグイ。
今まで色んな人物の印象を聞いてみたが、間違いなくワースト1だ。
「・・・・・・彼女、校内で襲ってきた不良を返り討ちにしたらしいんですが――――」
「御身内、芥、薗枝の3人だろう?」
「何で名前まで知ってるんですか?・・・彼ら、その、潰されたらしいですよ、アレ」
「はは、まぁ、自業自得でしょ。あんまり人を舐めてると痛い目見るってことだね」
この人はうちのリーダーと同じようなことを言うな。もしかしてフェミニストなのか。
「で、何で名前知ってるんですか?校内放送はしてましたけど、一応未成年ってことで名前なんて公表されてないでしょ?」
俺だって、瑞流の思体複製の恩恵で知っているようなものなのに。
そこで、うぅーんと唸る先輩。手を組んで深刻そうな顔をするけど、正直様になっていない。別に悪い意味ではなく、彼が童顔なだけで。
「だって、彼らは僕の獲物だったんだから」
「は?」
「そういう輩がいるって聞いてね。女の方で仕掛けてたんだ。わざわざ襲われて、証拠テープまで作ったのに、使う前に捕まっちゃたわけ」
『襲われて』。つまり、寸前まで押し倒されて、ギリギリで何とか逃れた"振り"をしたということ。
そんな度胸、俺にはないな。やはり先輩は尊敬に値するお人だ。全く、この人には勝てそうにない。
「まぁ、彼らはその報いを受けたわけですし。直るでしょうけど、今後そんなマネできなくなるんじゃないですか?」
うちのリーダーはそのまま去勢しろなんて言ってましたが、と苦笑い。
が、
「いや、彼らのは元には戻らないよ」
先輩はあっさり断言した。
「は?いくら女性を手篭めにしようとしたからって、そのお咎めで去勢なんてことは・・・・・・」
「確かにね。だいたい、襲われた側から何も言ってこない上に、誰も見ていないことになってるんだから。ナンパしようとしてこうなったとでも言えば、言い逃れはできるさ。
でも、彼らのやってたことはセクハラどころの話じゃないからねぇ」
「・・・・・・あの・・・」
「そりゃあ、さ。僕だって苦労して手に入れたテープ、そのまま捨てるのは勿体無いし」
「・・・もしかして・・・」
「テープ、ばら撒いちゃった」
にっこり、どちらかといえば可愛らしいと属されるような微笑み。
何故だろう、悪魔の笑みに見える。
「・・・・・・」
「医療関連、もちろん学校側にも学園側にも。それから医療系能力者のグループね。ああいう所、情報交換が発達してるし、今頃彼らの顔と名前はレッドリスト入り。
頼みの綱の医療系能力者も傷の治療はしても、元通りには再生してくれないだろうね」
「あんた鬼だ!!」