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姫君と辺境伯  作者: 那智
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兄を知る人


シンプルながらも気品を感じさせる王城の一室。

やはり出席を見送るべきだったと、緊張で冷たくなった拳を握りながらコーデリアは薄く息を吐いた。


「まあハウネル卿。どうかそんなに緊張なさらないで。紅茶は如何かしら?落ち着くと思うわ?」


困った様な口ぶりで紅茶を勧めるのは件の美女。時の人ティリラ・グロリエである。

国王の寵愛を受け、結婚を了承させた者に王位を与えるとまで言わしめた彼女を、王子達が挙って口説いたという逸話は記憶に新しい。

むしろ話題性に富んだ彼女の境遇には、成り代わりの隠れ蓑として今この時まで多大なる恩恵にあずかったと言っても過言では無かった。

そんな彼女と何故テーブルを囲んでいるのか、コーデリアには理解不能だった。否、理解したくなかった。


「お気遣いありがとうございます。ですがお茶は結構です、レディ・グロリエ。――私はどういったご用件で呼び出されたのでしょう?」


一刻も早くこの場を立ち去りたい。

そんな心情が透けて見えそうなほどあからさまな態度に、ティリラは柔らかに微笑む。


「そうね。間怠っこしいことは無しにしましょう。――ねえ貴方、本当は女性なのではないかしら」


確信を持って告げられたそれに、コーデリアは己の失敗を悟る。

やはり、パーティーなど出るべきでは無かった。否、ダンスなど踊るべきでは無かったのだ。

ぐるぐると頭をめぐる後悔をかき消すように、コーデリアはそっと瞼を閉じた。



+++



遡ること数時間前。

王家の婚約披露パーティーであることは勿論、噂の美姫と見事彼女を射止めた王太子を一目見ようと、王城は着飾った貴族で賑わっていた。

華やかかつ色鮮やかな装いの貴婦人達が集まる様は、まるで豪奢な花園のようだとコーデリアは思う。

何事も無ければ、自分も今頃あの場所に加わっていたのだろうか……そんな思いが無いといえば嘘になるが、もしもの話をしてもしょうが無い。

幸せそうに寄り添い微笑む主役二人を眺めながら、コーデリアは壁際でそっと辺りの様子をうかがった。

今のところ、知り合いは見当たらない。

このままならボロを出さずにすみそうだと息を吐くコーデリアの肩を、ぽんと軽い衝撃が襲った。


「よぉ、ダリウス。久しぶりだな」


知り合いらしい口ぶりに思わず身体がこわばる。

出来うる限りの交友関係は頭に詰め込んであるが、果たして今のコーデリアが渡り合える相手だろうか。

震えそうになる唇を引き締め振り返った先には、コーデリアも見知った男の顔があった。


「なんだ。先輩でしたか」

「あのな。卒業から何年経ったと思ってるんだよ。いい加減先輩は止めてくれ」

「そうですね、すいません。ご無沙汰しています。ジェンバーさん」


薄らと微笑んだコーデリアに気さくな笑みを返すジェンバー・グロリエは、ダリウスの寄宿学校時代の先輩である。

卒業早々、静養のためと領地に引っ込んだダリウスを心配してか、ハウネル家にも何度か顔を出してくれた人だった。

コーデリアにとって多少の言葉を交わした程度の面識だが、それだけの関わりでもお人好しなのが分かってしまうような、そんな人だと記憶している。


「ああ。その……親父さんと妹さんは残念だったな」


彼の名でダリウスを気遣う手紙が送られて来た時には、思わず涙がこみ上げてきた事を思い出す。

飾り気の無い、けれど確かに相手を案じる言葉に、コーデリアはとても救われたのだ。


「はい。急なことで僕もいっぱいいっぱいで。手紙の返事も出さず、すいません」

「いや、良いんだ。まあ、何かあれば出来る限り力になるから」


柔らかなブラウンの髪を掻き上げながら情けなく笑ったジェンバーは、ふと思い出した風に眉根をつり上げた。

怒っているのだろうか。けれどなんとも迫力の無い顔だった。


「それはそうと、だ。お前、何だってこんな所でぼけっとしてるんだよ」

「……はい?」


何か自分の知らない作法でもあったのだろうかと不安に駆られるコーデリアに、ジェンバーは分かってないなぁと大仰に首を振って見せた。


「誰かの婚約披露だろうがなんだろうがパーティーだぞ。つまり、出会いの場だ。悲しい時こそ新たな幸せを見つけるべきだろう?」


つまりジェンバーは、いつの間にか始まっていたダンスの輪に加われと言っているのだ。

しかし、コーデリアはまごう事なき女性。表面上上手く取り繕っているが、すっかり発育を終えた胸周りは、完全に平らに出来るほど小ぶりでは無いし、何より密着してしまえば体付きを悟られてしまうかもしれない。

ダンスという何時バレるとも知れない危険性を孕んだ接触など、今のコーデリアには到底こなし得ないミッションに思えた。


「いいえ、僕は……」

「相変わらず引っ込み思案だな。強気で行かないと良い縁は見つからないらしいぞ?」

「そういう先輩は、ご令嬢に声をかけなくて良いんですか?」


ジェンバーも確か独り身であったはずだ。

意趣返しとばかりに切り返され、ジェンバーは困った風に頭を掻いた。


「……ああ、俺は良いんだ。さすがに妹の婚約披露で俺がはしゃぐ訳にはな」


妹。

その単語にひっかかりを感じ、ふと辺りを見渡すと遠巻きにこちらを伺う集団が複数あるのに気付く。

煌びやかなご令嬢からきちりと礼装で身をつつんだ紳士まで、様々な注目を浴びていることにコーデリアは背筋が冷えるのを感じた。


「……いもうと?」

「ああ、言ってなかったか?ティリラ・グロリエは俺の妹なんだよ」


嫌に注目を浴びている状況。そして、グロリエという家名。

もっと早くに結びつけるべきだったと後悔してももう遅い。


「まあお兄様。お父様がご一緒ではありませんの?」


気付いた時には、更なる視線を引き連れた噂の美姫が目前でたおやかに微笑んでいた。


「ああ、ティリラ。お父上は婚約決定の知らせを受けて祝いを通り越して卒倒したからな。ご老体に鞭打つまねをせず、こういう重大な知らせはもうちょっと早めかつ真綿で包んだ表現でだな……」

「うふふふ。ごめんなさい。だって、正式に決まるまではお知らせしてはいけないって言われていたのだもの」

「いやだから……」


仲むつまじい兄妹の世間話は、出来ることなら他所でやって頂きたい。切実に。

目立たぬようそっと離れようにも、これだけ注目されては逃げようが無い。今下手に動けば、確実に目立つ。コーデリアは確信した。


「ねえ、そういえばお話中でしたの?お兄様」

「――ああ。そうだティリラ。紹介がまだだったな。彼はダリウス・ハウネル辺境伯。今日はまだ誰とも踊ってないみたいなんだが、良ければ一曲踊ってやってくれないか?」


ここは、動かぬまま背景に徹するのが利口だと微笑みを貼り付けたコーデリアの企みは、悲しきかな妙な気を利かせたジェンバーの一言で泡と消えた。


――お膳立てをしてやったんだからさっさと誘え。


視線だけで急かしてくるジェンバーに、コーデリアは気が遠くなるのを感じたが、こうなった手前、ダンスに誘わないのは失礼に当たる。


「初めまして。このたびはご婚約おめでとうございますレディ・グロリエ。私などがダンスにお誘いしてもよろしいのでしょうか?」


極めて遠回しなダンスへの誘い。

ともすれば、極めて遠回しな拒否にも取れる言葉に、ティリラは柔らかく微笑んだ。


「ええ、もちろん喜んで。エセルに遠慮して、皆様声をかけてくださらなかったの。年の近い方と踊れて嬉しいわ」


兄からの言葉だ。

そこで拒否されるはずがなかった。

断ってくれれば良い、などと甘い考えを持つべきでは無かったと息を吐き、コーデリアはティリラの細い腰に手を添えた。



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