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姫君と辺境伯  作者: 那智
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猶予の終わり



それがもたらされたのは、雪のちらつくある日のことだった。

父と兄を亡くし、令嬢コーデリアを己の手で殺した悲劇の夜明けから一年と少し。

ダリウス・ハウネル辺境伯ことコーデリアは、渡された書簡片手にため息をついていた。

封蝋に押された王家の紋は、何度確認しても本物である事に変わりは無い。

王家直々の手紙。つまりは、何が書いてあろうとコーデリアに拒否権は無いたぐいの知らせである。


「ダリウス様。手紙には何と?」

「うん。王太子殿下の婚約披露パーティーに出席するようにってさ」


ひらりと渡された手紙を受け取りながら、執事リチャードは一拍おいて頷いて見せた。


「それはおめでたいお話で。……彼のご令嬢を射止めたのは、エセルバート第一王子でしたか」

「うん。そうらしいね」


ダリウス・ハウネル辺境伯が世襲した一月ほど後のこと。


『侯爵令嬢ティリラ・グロリエを射止めた者に王位を譲る』


恋多き王として知られる現国王アマデウス三世の発言は、国中に大きな話題と驚愕をもたらした。

初恋の君への思いが忘れられず、その令嬢にそっくりである姪のティリラを娘にと望んだのである。

ただ一人の娘が、将来の王を選定する。

その決定は、自分が王位に収まるものと思っていた第一王子を初め、継承位の低い王子や貴族を巻き込んだ大騒動に発展し、この一年各派閥の話題をさらっていた。

少しおかしな王位継承騒動は、コーデリアにとって願ってもない隠れ蓑であったことは言うまでも無い。

おかげで、多少縮んだダリウスが社交界に出てこなくとも気に留めるものは誰も居なかったのだから。

けれど――


「僕としては、もう少し拗れてくれると嬉しかったんだけど」

「それは仕様がありません。むしろ、長く持った方ではないかと」


それはそうかも知れない。

かねてより令嬢と第一王子が仲むつまじい様子だと噂があったのは、コーデリアとて知っている。

けれど、ここ一年家督引き継ぎのためと理由を付けては遠ざかっていた社交界に飛び込むタイミングとして、王太子の婚約を祝うパーティーは最悪だった。

ほとんどの貴族が城に集うだろう大規模なそれは、ダリウス一年目のコーデリアにとってどう考えても荷が重い。


「困ったな。けれど、さすがにこれを蹴れば怪しまれるだけじゃすまないだろうね」

「左様でございますな。他にもちらほらとパーティーの招待状が届き始めておりますし、つい先日も、ハウゼン様からの招待をお断りしたばかりと記憶しております」

「そうだったね。叔父上も懲りないな」


叔父は未だ、亡くなったのがダリウスなのではないかと疑っているようだった。

会う度に無闇矢鱈と身体に触れようとする叔父からの招待を受けなくなって久しいが、都合が悪いと誤魔化すのも最早限界だろう。


「リチャード。僕は、ダリウスにみえるかい?」


引き出しから手鏡を引っ張りだし笑ってみる。

鏡に映るコーデリアは、色あせた記憶にある兄とよく似ていた。

男性にしては線の細かった兄は、今のコーデリアと同じく紳士服をまるで着こなせて居なかったのを良く覚えている。きっと背が伸びるからと、長めに作って引きずられた裾のほつれを直すのがコーデリアの仕事だった。

違うところと言えば、ダリウスよりも少し濃い瞳の色合いと、揃いの髪色をいつでも見られるようにと一房だけ伸ばした髪くらいのもの。

始めた当初ははぎこちなかった言葉使いも、今では様になっていると自負している。

けれどそれは果たして、兄を知る人々の前でも通用する物だろうか。


「リチャード。僕は、きちんと僕でいられている?」

「ええ。もちろんですとも」


頷くリチャードは我が家自慢の執事だ。――けれど困ったことに、身内にとても甘いと最近強く思う。

事あるごとに全肯定されるコーデリアは、きっぱりと言い切られたそれに苦笑しつつも、その期待に応えるべく出席の返事をしたため初めた。



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