最終章3 『執事オーバーワークス』
お待たせ致しました、もうすぐで完結となります。
紫をバイクの後ろに乗せて走っていると、遊園地やら仕事からの帰宅時間と被ってしまい渋滞に捕まってしまった翔、脇道をすり抜けるだなんて危ない事はしないで大人しく信号を待つ、背中にヘルメットのツバが当たっている事に気がついた翔は顔だけを軽く動かし後ろを確認する、周りのエンジン音とバイクのマフラー音でわからなかったが紫は遊び疲れて眠ってしまっていた。
だが翔のお腹にまで回した腕はガッチリと固定されていて、振り落とされることはなさそうだ、そう分かると走り出しはもっと穏やかにして、シフトチェンジも優しくして寝ている紫に気を使いながら運転を再開した。
遊園地で遊びまくった今日はちゃんと紫の口から本音も聞けて、翔の心にも余裕が生まれ始めていた、初めて会ってからそんなに時間は経っていないけれど、長く一緒に居たような感覚に浸ってしまう、それは氷華達との出会いも一緒になるわけで、短い付き合いだが1日が濃い出来事ばかりで疲れたりするけれど、それでも充実した日々を送っているのに違いはなかった。
そして、その充実した日々に新しい気持ちを加えたらどうなるのだろうか、戸惑ってしまうのか? それとも楽しくて仕方が無いような気持ちになるのだろうか、その気持ちに対しての答えは既に翔の中に存在している。
結果はどうであれちゃんと伝えなければ後悔する、それは誰にだって同じことが言えるだろう、やらずに居ては不安ばかりになるし、逃げたくもなる。
でも翔は逃げるつもりは無い、決めた気持ちを全て吐き出してぶつかるだけだ、もうすぐ到着する屋敷に向けてスロットルを強く握りしめながら、緊張感を持ちつつ目的地へ。
星蓮家の屋敷に着くと玄関前に1台のリムジンが止まっていた、その後ろに付けるようにバイクを停車させる、屋敷に着く5分前に紫は目を覚ましたが黙ったまま屋敷のある方を見つめていた、実際に見た訳じゃないが視線を感じてミラーで確認すると紫の顔がチラッと見えたからだ。
バイクが後ろに止まったのを見たのか、車から知った顔が2人降りてきた。
「おかえりなさい、翔さん」
「…………」
「ただいまです」
たった3日間会わなかっただけなのに懐かしさが溢れてくる、メイド長の掛けてきた声に返事を返すが氷華は黙ったままこちらを見てくる、すると紫は翔の前に出て氷華と見つめ合う状況になった。
あの時遊園地では『氷華に謝る』と言っていた紫、しかしいざ本番になると何から話せばいいのかわからなくなったのか、視線を合わせたまま何も話そうとしない。
恐らく変なプライドが紫を邪魔している、今までしてきた事は紫に取っては当たり前でありそれは復讐だった、でもそれを振り切って進まなければまた元の嫌な自分に戻ってしまう、それこそ意味が無いし翔の努力も水の泡になる。
翔は少し視線を落とすと強く服の裾を握りしめる紫が居た、何かと葛藤している、過去に酷くやられたことを忘れ新しい自分で生きていく気持ちと、やはり氷華にも同じ気持ちを味合わせたいと言う邪悪な気持ちがぶつかり合っている。
「ひ、ひょう………」
彼女の名前を呼ぼうとした時だった、紫の声音は少し乾いたようなガサツいた音だったがそれを遮るように、上書きをするように別の声が紫の耳に届く。
「ごめんなさい」
「え?…………」
翔や後からやって来た真咲は驚いていた、紫より先に深く頭を下げて謝罪の言葉を述べて来た、もちろん紫も驚きは隠せず目を見開いていた。
謝る側は私だ、紫はそう考えていたから驚かない訳が無い、でもどうして氷華は頭を下げているのかをわからずにいた、そしてゆっくりと下げた頭を上げると氷華は話をし始めた。
「翔がこちらに来ている間に色々調べていたの、その調べていた中に古い書類が見つかったわ」
それは過去の業績や経営状況などが細かに書かれた物、しかし報告書の一部は紛失していて見つからなかったが、それでも氷華が七宝家を代表して謝るにはじゅうぶんな書類を見つけたようだ、その内容は『他社経営補助』と書かれていた、その話は恐らく真咲が話していた『両親達が失踪や自殺をした後』の事だろう。
他社経営補助は業績が悪化している会社を七宝グループが助けるために多額のお金を渡し、上手く軌道に乗れば売り上げた一部を七宝グループが受け取ると言うシステムだった。
しかしそこには落とし穴があった、あの時真咲が話したように七宝グループの社員がやって来て乗っ取るような形になってしまった。
もちろんそんな事は氷華の父は知らず、幹部役員達の輪の中でしか動いていなかった、一部の書類が無いのは後から抹消したせいだと氷華は話していた。
この事を知った氷華は改めて星蓮グループを手助けしたい、そして七宝グループ全体のシステムを見直すと紫に告げる。
「リーリス、貴女には酷いことをしたわ。本当にごめんなさい、謝って済まない事はわかっているの、でも謝らせて」
「やめなさい………」
「ごめんなさい、リーリス」
「やめなさいって言ってますッ!!!」
何度も謝る氷華に強く拒絶する言葉をぶつける、再び下げた頭は中々上がらない、震える背中を見つめる翔は何も言えずに見届ける。
「氷華さんが謝る理由なんてありませんわ………」
「でも、これは七宝グループ全体の!!」
「貴女が謝っても、お母様やお父様は帰ってきません。元を辿ればお父様が悪かったのです、それだけなんです」
「リーリス………」
「氷華さん、私も貴女や翔さんにご迷惑を掛けたのは間違いありません。ごめんなさい」
次は紫が頭を深く下げる、氷華はゆっくりと頭をあげてその姿を見たあとに『私は迷惑だとか何も思っていないわ』と優しく返事を返す、すると氷華は翔に視線を移し『翔はどうなの?』と聞いてくる。
全ての事情がわかった上で紫を責めるのはおかしいと翔は思っている、むしろ紫が1歩踏み出したことが嬉しかった、ずっと長年踏みとどまり逃げ続けた翔とは違いしっかりとケリを付けた、そんな紫を見た翔は、
「なんとも思ってねぇよ、むしろもっと頼れよ紫」
「翔さん、氷華さん………」
少なからず、こうした出来事により前進したのは紫だけじゃなかった、氷華は初めて会った頃より柔らかくなった、そしてそんな姿を見た翔は自分自身も前へ進む強い気持ちが溢れてくる、ニコッとする氷華、ずっと持っていた復讐から解き放たれ泣いちゃった紫。
それも氷華が踏み出したことにより解決したのは間違いは無い、氷華の執事である以上に氷華を守りたい、氷華の隣を歩きたいと強く誓う。
「さて、話は終わりだ。帰るとすっか!!」
背伸びをして固まった身体をほぐす、するとポケットに入れていたスマホがバイブレーションする、打ち解けた紫と氷華はニコニコと話をしているのを背にして画面を見ると、七宝メイド隊からのメールだった。
内容は『翔氏、お嬢様より早くご帰還ください。例のパーティーの準備は完成しています、ちなみにメイド長にはバレていますので時間稼ぎは任せてあります』と書かれていた。
しかし何故今日なのかわからない、明日は土曜日で確か氷華達は県外へ旅行のはずだ、それについてメールで聞いてみると『県外への旅行は中止になりました、今回の事もありましたので。それで翔さんが居ない間に別の場所でパーティーを開くことにしました、メイド長の計らいです。』
と、返ってきたがメイド長にもお礼をするつもりがこちら側に回ってしまった、変な話だがやるならやるしかないと翔はバイクに跨る。
「わりぃ! ちょっと用事ができた先に帰るわ」
「わかりました、お気を付けて」
「翔さん、また遊びに来てくださいな」
「わかったよ紫」
「用事ってどこへ行くのよアンタ!」
「時間が無いんだよ、また屋敷でな!」
バイクのサイドスタンドを強く蹴り、エンジンを始動させると爆音でその場を後にする、遠ざかる音を聞きながら氷華と紫は、
「あの方、執事に向いていませんわよね?」
「何たってルールを平気で破る常習犯だもの」
「でも、本当に良い執事を雇いましたわね氷華さん」
「自由人過ぎて困るくらいよ、あれで元暴走族総長なのよ?」
「知っていますわ、だからこそ人一倍走ってらっしゃるのではなくて?」
「執事がオーバーワークだなんて、聞いたことないわよ私は」
2人はクスクスと微笑みながら翔の事を話す、執事とはお嬢様の側を離れず、何かあれば直ぐに答える行動をする。だが氷華が雇った執事はたった1人に尽くすのでは無く、そのお嬢様の周りで困っている人間までも助ける奴だ、執事らしくないと言われればそうかもしれない。
それでも憎めないのは翔の人徳なのだろうか、仲間思いの強い執事は世界を探しても中々居ないだろう、氷華はそんな奴を執事にし、振り回されながらも芽生えた新たな気持ちに素直でありたいと思っている。
「氷華様、行きましょう」
「えぇ。リーリス、また会いましょ?」
「氷華さん、お気を付けて」
氷華とメイド長を乗せた車は星蓮家を後にする、静かになった所に真咲が紫に近づきこう話す。
「うちでも執事を雇いますか?」
「そうですわね、仲間思いでルールを平気で破り、元暴走族総長のような方がいいですわね」
「そんな方は世界でたった1人だけしか居ませんが?」
「そうだったかしら? ならいつかまた違う形で勧誘いたしますわ」
「鬼ですかリーリス」
翔のいない場所で翔の噂が流れる、悪い形ではなく変な方向で。
そして走り続ける翔には『ブレーキ』なんて文字を頭から消し去った。
今回も読んで頂きありがとうございます、もうすぐで完結となります、最後まで突っ走る翔を見届けてください。
よろしくお願いします。
双葉




