第2章7 『さよならは言わない』
ステンドガラスから漏れた光をまとう氷華を見た翔、彼女は生徒を代表し言葉を述べていく。
可愛いより美しいと言った言葉が似合っている、不覚にも見とれてしまい視線を外せなくなる、屋敷で見る姿や表情はそこにはなく、別人を見ているような気分になってしまう。
他の生徒達もその姿に釘付け、こう言った生徒を集めての行事は途中から聞くのが飽きてくるか嫌になり、コソコソと隣同士で話をしてしまいがちだが、それも一切見受けられない。
彼女は生徒の心を掴み、逃がさないように話をしているようにも見える、翔も掴まれた1人だ。
「翔さん、そろそろ正門へ戻りましょう」
「え?」
「この講堂に来たことを気づかれてしまいますよ」
「あ、あぁ、はい」
もう少しだけ聞いていたい、彼女が話す姿をもう少し見ていたい、虹色に輝くガラスを背に語り続ける彼女を眺めていたい。
そんな気持ちが翔の中で静かに湧き上がる、初めて屋敷で見た彼女は敵意丸出しで、美人だとか可愛いだとか言う感情は表にも出てこず意識すらしていなかった。
だが、別の一面を今見てしまった翔はまだハッキリとしていなくても、淡く、薄くだが『気になる存在』になりかけていた。
講堂をメイド長と一緒に退出、少し天気は曇り空へと変わっていて寒さも増したように感じられる。
美歩佳側の終業式は早くに終わっていたのか、正門前にある噴水広場には多くの生徒やそれに仕える従者達で溢れていた、翔とメイド長も美歩佳を探しに歩き回る事になった。
「先程の氷華様はとてもお美しく、まるで女神様の様でしたね」
「そうですね」
「翔さんがマジマジと氷華様を見つめていましたね」
「は!? み、見てねぇっすよ!?」
「言葉が変です、丁寧な言葉遣いとやらはどうされたのですか」
顔を真っ赤にした翔を見ながらニマニマするメイド長、上司はよく部下を見ていると言ってる様なもので、翔を観察していたようだ。
表情が分からないように顔を背ける翔、美歩佳を探しながら顔に集まった熱を覚ますようにキョロキョロする、しかし姿形はこのエリアには見られない。
翔はスマホを取り出し連絡をしようとした時だった。
「か、翔?」
「へ?」
スマホに落とした目線を声がした場所へ移すと、そこに居たのは、
「美玲!?」
見間違える訳が無い、見覚えのある顔に声、共にバイクで走っていた仲間の姿を忘れたりするわけがない。
翔に声を掛けてきたのは繭先美玲だった、あの時横断歩道で見掛けたまんまの制服、ここに来る以上会う確率は非常に高かったはずだ。
それでも翔は目の前の事に必死になっていたのか、そんなことすら忘れていたようで、名前を呼ぶ位しか台詞は出てこなかった。
「その格好、まさか従者なの?」
「ま、まぁな」
「そうなんだ、そっか」
少し気まずい空気が流れるが、それを打ち破る声が翔の耳に入る、走りながらこちらへやって来たのは美歩佳だった。
それを見た美玲は静かに頭を下げる。
「か、翔さーん、はぁはぁ」
「み、美歩佳か」
「久しぶり過ぎて先生達に足止めを喰らいました、繭先さんごきげんよう」
「ごきげんよう、七宝さん。それでは私はこれで」
「あ、おい!」
美歩佳に挨拶をした後逃げるように去る美玲、翔の呼びかけにも答えず姿を消してしまった、美歩佳の姿を見てからだろうか、口にした言葉は丁寧に感じてもどこか慌てていたようにも感じられた。
早々と去っていった方向をじっと見つめてしまう翔、隣に居たメイド長は美玲が去るまで何も聞かずただ黙って立っていた。
「翔さん、繭先さんとお知り合いなんですか?」
「あ、あぁ、昔ちょっとな」
「そうなんですね、でも残念です、繭先さん来月には海外に留学するみたいなんです」
「え?」
美歩佳が最後に口にした言葉が翔にはよく聞こえなかった、いや、聞こえたくなかったのかもしれない。
と言ってもそれぞれの道を行くと決めた頃から、既に離れた関係ではあるし連絡も取ってはいなかったが、さっき美玲と出会って『ここに来ればまた会える』と心で少し思ってしまった翔には軽くショックな事だった。
色々な仲間と別れを果たして来ているが、美玲だけは可愛い妹のように扱っていた部分もある、この街に居ればまた会うことができるとチームを抜ける時に思っていた。
「今日の終業式の後に教室で聞いた話なんです、でも私はあまりここに来ていなかったので、そんなに付き合いはありませんでしたけど」
「そうだったのか」
留学への道を選んだ美玲、それは彼女が進みたいと選んだ道なのだろう、翔は美歩佳の手に持つカバンを持ちメイド長へ渡す。
メイド長は翔の目を見つめる、きっと翔が何かをするんだろうと分かっているから。
「すみません、ちょっと行く所ができました」
「今は勤務中ですよ、お嬢様を置いていくおつもりですか?」
そう、今の翔は七宝に仕える人間だ。
他家のお嬢様に会いに行くのは非常識でありナンセンス、例え昔は一緒に居たかもしれない関係でも、自分が仕えるお嬢様を放って他のお嬢様を探しに行くだなんて、クビになってもおかしくはない。
だが翔は、
「アイツは妹見たいなもんなんです、そんな奴がこの街から居なくなると聞いたら最後くらい、別れの言葉くらい言いたいんです」
「翔さん……」
「お願いします、すぐにもどりますから、お願いします!!」
必死に腰を折り頭を下げる、メイド長はそれを見ているが何も答えない。
それでも『お願いします』を連呼する、美歩佳はアタフタしているだけで何も言えず右往左往、噴水広場にはまだまだ生徒達が行き交っている中、目立つ金髪が噴水広場中心で頭を下げていれば見ない人間はいないだろう。
「はぁ、わかりました。私の目にゴミが入ったようです、視界がハッキリと見えませんねー」
「へ? は?」
「美歩佳お嬢様、本当に申し訳ございませんが見ていただけませんか?」
「ま、マリア?」
翔は何がなんだか把握できず、ついメイド長をぼーっと見ていると、ゴミが入ったはずの目を塞いだ瞼が開き、視線で翔に話しかけた。
―――今回だけです、行きなさい。
手で、しっし、と犬を追い払うように翔に合図する。
それをしっかりと見た翔は頭を軽く下げた後に、美玲が歩き去った道のりを走って追いかけていった。
居なくなったのを確認した後、いつものようにスッと背筋を伸ばすメイド長。
「全く、翔さんには御恩がありますからね」
「マリア目にゴミが入ったのでは?」
「どうやら私は演技に才能があるのかもしれません、美歩佳お嬢様」
「え、嘘なの!?」
美歩佳は騙されやすい性格かもしれないと、メイド長はより一層美歩佳には気をつけてやろうと、翔が走っていった道を見ながら考えた。
初めて入ったこの学園に何がどこにある等と分かるはずもない翔、ただひたすらに走り抜けていく、ひょっとしたら校舎の中か? と考えるより身体が先に動き廊下を駆け抜けていく。
学年は2年生、それだけを頼りに教室全ての扉を開けては顔を覗かせ叫ぶ。
「美玲!」
しかし、2年生の教室のどこにも彼女の姿は無い。
だが諦めずにくまなく探す、走る足を止めること無く彼女の姿を探す、チームに居た頃から一緒にヤンチャをしてきた2人、出会いは些細な物だったかもしれない、それでも共に過ごした時間は大事な物だった。
それが例え小さくても、短い時間だったとしても。
本当の妹より妹と思っていた彼女、何も告げずに去ることは翔の中で、いや、チームの中では許さない行為だった。
しかし、校舎の中を探しまくっても居ない、もしかしたらもう帰ってしまったのか、諦めかけた時だった。
「はぁはぁ、なんだか定番見たいな道のりじゃねぇか」
階段を全力で上がりきると『この先立ち入り禁止』の立て看板が最後の階段の前に設置されていた、何のギャルゲーだよ、口にしながらも翔はその看板の警告を無視して最後の階段を駆け上がる。
そして、息は切らし、冬なのに汗を大量に流しせっかくのシャツもびしょびしょになった翔の目の前に扉が現れた。
ぜーはー、と喉はカラカラになり、足はもう走りたくないと悲鳴を上げる、ドアノブを掴みゆっくりと捻ると重い鉄の扉は金切り音を出しながら開いていく。
「や、やっと見つけたぞ……」
屋上のフェンスの近くで、下を見下ろしている少女を見つけた翔。
こちらを振り向くことなく迎え入れられた。




