表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

すみれの恋

1日おひとり人さま限定の不思議なお店、Bar金子のお話です


賑やかな歓楽街が続いていた。その歓楽街の外れの目立たぬ路地を入ると石畳の小道になっていた。所々に街灯がついているだけの寂しい路地だった。その通りに一軒だけほのかな明かりを灯した店があった。その明かりの下に看板が出ていた。Barという字だけ読めるがあとの字は消えていて読めない。


すみれは少しだけ酔っていた。もう少し飲みたいと思ったが女一人で入れる店もなさそうでふらふらと歩いて、この店をみつけた。厚いドアでもちろん中は見えない。初めての店であったが、すみれはためらわずにドアを開けた。中はカウンター席だけのバーであった。カウンターの中にあご髭を蓄えた初老の男性が立っていた。


「いらっしゃいませ お待ちしていました」


静かな口調だった。客が一人もいないので少し迷ったがバーテンの落ち着いた口調を聞いて滅多なことはないだろうと思い席についた。


「私 一人だけどいいですか?」


「もちろん大丈夫ですよ。この店は1日1人様限定のお店です。恋に悩む人だけが なぜかこの店の看板に吸い寄せられるようにお見えなるんですよ」


すみれは さっきまで恋人の榊原と飲んでいた。楽しく飲んでいたのだが 榊原の些細なことが気になって飲んでるのを切り上げてきた。

榊原には「実家に寄らなければいけないのを忘れていたから、帰るね」と話した。すみれは実家の近くに1人暮らしをしていた。たまに実家に帰るので榊原も何も疑わなかった。

すみれは誰かに榊原とのことを聞いてもらいたいと思っていた。バーテンの言った 恋に悩む人が店の看板に吸い寄せられるようにというのを聞いて 私もいま恋に悩んでる、不思議な店に入ったと思った。


「飲み物は何をお出ししましょうか?」


すみれはこの手の店にはあまり来たことがない。来てもつれの男性の注文したものを飲んでることが多い


「よくわからないからお任せしてもいい?」


「はい わかりました。」


バーテンは何種類かの飲み物をクラッシュドアイスを入れたグラスに入れて軽くかき回して すみれの前にだしてくれた。


「ワインクーラーです。ワインをベースにオレンジジュースが入ってます。さっぱりとして口当たりはいいです」


透明感のある赤い色をしていた。


「金子と申します。この店は趣味でやっております。本業は物書きをしております」とすみれに自己紹介をした。お客様の今日のイメージにの赤が似合うと思いこのカクテルにしました。」


すみれはありがとうというとカクテルに口をつけた。フルーティな感じが口の中に広がった。爽やかなカクテルだ。口をつけたらなぜかおちついた。榊原と別れてから少しイライラしていたのだがいつの間にか穏やかな気持ちになっていた。


「この店のこと教えて、さっき恋に悩む人が吸い込まれるように入ってくるとか言ってたけど私もそうなの。私はすみれといいます」


「いいお名前ですね。すみれの花の花言葉は小さな幸せですが幸せですか? この店は恋に悩む人たちが迷い込んでくるお店です。みなさん いろんな悩みがあり私に恋の愚痴をぼしたいようで 他のお客様がいると気になるので いつの頃からか1日お1人様限定のお店になりました。」


「金子さんてお呼びしていいですか?」


「はい」


「私も聞いてもらおうかな、 聞いてもらえますか?」


そう言ってから、すみれは初対面の人に自分の恋の話をするなんて、それとも初対面だから話せるのか。はじめて会ったのだが金子にはなぜか安心感があった。

すみれは榊原とのことを話し始めた。


すみれが榊原と出会ったのは大学を出て今の会社に入ったとき、榊原は39歳 すみれは22歳、 榊原はそのときあるプロジェクトのリーダーだった。すみれは入社してから1ヶ月間の研修が終わるとそのプロジェクトのグルーブに配属された。

最初の2ヶ月は仕事を覚えるので必死だった。リーダーの榊原とは同じグルーブでもそんなに接点はなかった。


すみれはそこまで話すとカクテルの残りを飲み干した。


「一杯なにかおつくりしましょうか?」


「さっきお話ししたようにこういうお店あまりこないので会計が心配なの」


「お会計は何を何杯飲んでいただいても何時間いていただいても3000円です。このお店は恋に悩む方たちに元気になっていただいてお帰りいただければそれでいいのです。いま何かお作りしますね」


金子は冷やしたフルート型シャンパングラスを冷蔵庫から出すと何種類かのお酒を入れて軽くかき混ぜた。べリーニです。冷やしたスパークリングワインをベースにピーチネクター等を加えてあります。

一口飲んでみた。スパークリングワインの爽やかな味とピーチネクターの上品な甘味が口の中に広がった。


すみれは たまに榊原から書類の整理を頼まれた。榊原の仕事は無駄がなかった。常に効率を考えていた。そんな榊原はもちろん仕事もできた。榊原がすみれには大人に見えた。社会人になったばかりの すみれが榊原に惹かれるのに時間はかからなかった。あるとき榊原から書類の整理を依頼されたときに 榊原の唇を見て この人とキスをしたいと思った。しかし榊原はすみれを女としてみてないようだった。すみれだけでなく他の女性もビジネスパートナーとしかみていようだった。そんなところも榊原の魅力だった。


そんな榊原と男と女の関係になったのはその年の12月だった。プロジェクトのグループの忘年会があった。場所は駅から離れた山荘であった。その山荘は泊まれたのだがすみれは帰る予定だった。忘年会は盛り上がっていたが時計を見ると22時だった。このタイミングでタクシーを呼んで駅へ向かわないと終電に間に合わなかった。幹事に声をかけてタクシーを呼んでもらった。帰る社員はすみれと榊原だけだった。2人はタクシーに乗って駅へと向かった。


山荘から駅までは車で30分程で着く。時計を見ると22時30分だった。終電が23時10分だから切符を買う時間を入れても十分間に合う。

タクシーにはすみれが先に乗車してあとから榊原が乗った。真っ暗な闇の中を走るタクシーの車内は先ほどまでの酒宴の席とは打って変わって静かだった。窓の外を見上げると満月に近い月が寒ざむしくみえた。


「高橋 仕事で困ってることはないか?」


すみれは少し緊張していた。車内という狭い空間に心を惹かれている榊原といるという状況がすみれを緊張させていた。


「はい 大丈夫です。心配していただいてありがとうございます」


「君は僕から見て新卒1年目なのに細かい気配りができてる分当然神経も使っるからストレスもたまってたりするのではないか、常々心配してたから聞いたんだけど」


すみれは嬉しかった。仕事のできる人から評価されている。表には出さないけど普段から気にかけてくれている。それが嬉しかった。20分ほど走ると前方に赤色灯が回っているのがみえた。その手前で警察官が立っていて事故で車が横転して道路を塞いでいるので暫く通れないと言われた。


「間に合わないな、明日の朝早いから帰れなくても駅まで行っときたいな。間に合わなければ駅の近くでシングル二つ取るからそれでもいいか」


すみれは榊原と2人きりでいる緊張感が嫌でなかったので


「はい 終電に間に合わなければそれでお願いします」


すみれは間に合わない方がいいと思っていた。レッカー車が来たのはそれから30分後だった。



Bar金子の店内は外の消えかけた文字の看板からは想像できないほどに綺麗だった。カウンターはバーにしては珍しくひのきの一枚板を使っていた。その一枚板の上に黒い半透明のガラスが置かれていてひのきの木目が黒みがかって見えていた。そのカウンターの向こうで金子がすみれの話を黙って聞いている。すみれは今まで誰にも話してない話を今日あったばかりの金子に話している。榊原は既婚であった。だから今まで誰にも話したことはなかった。親しい友達にも話せなかった。金子からは好奇心ですみれの話を聞いている感じがしなかった。すみれのために時間を割いてくれているそういう雰囲気がすみれを安心させ、榊原とのことを話すことにためらうことはなかった。


「妻子ある男と付き合う女は最低よね」


すみれが自虐気味に言った。


「いえいえ 愛にはルールもあればタブーもありますが 恋にはルールもタブーもないのです。恋は誰しもかかる魔法であり魔術なのです。ときとして理性も失うのです。恋すると煩悩が強くなるものです。だから自分を責めなくてもいいのです」


金子の言葉に癒された。いや救われたと言った方が適切であろう。榊原との関係を続ける自分を責めたりもした。自分のことが嫌になることも少なくなかった。金子の言葉はすみれの全部を否定することはないんだよ と言っているようだった。

すみれは話を続けた。



駅に着いたときには、0時を少し過ぎていた。終電が行ったあとの駅前は人もほとんど歩いてなくて客待ちのタクシーだけが目立った。タクシーを降りる前に運転手に駅前にはホテルが2件あることを聞いていた。タクシーを降りてからその2件に電話をした。2件とも満室だと言われた。想定してなかった事態に榊原も戸惑った。風が強くすぐに体が冷えた。とりあえず近くにあった おでんと看板の出ているお店に入った。中に入ると3組ほどの客がいた。おでんと熱燗を頼んだ。すみれは榊原に勧められるままに熱燗を飲んだ。日本酒はあまり飲んだことがなかったが冷えてる体を熱燗は体の中から温めてくれた。


「どこか泊まれるとこを探さないといけないな」


榊原の声が隣の客に聞こえたのか50代くらいの客が


「名前はわからないがこの先の自販機のあるところを右に曲がるとホテルがあるよ」

と教えてくれた。


残ってた日本酒を飲み干すと店を出た。歩き始めるとすみれは思ってたよりも酔っていた。教えてもらった自販機を曲がるとホテルがあったがいわゆるラブホテルだった。榊原はさすがにここには泊まれないと思った。すみれを見るとかなり酔いが回っているようだった。


「大丈夫か」と声をかけると、すみれはなにか答えたがろれつが回らずよろけて榊原の腕にしがみついて


「歩けないです」と言った。


今度は聞き取れた。まずいとは思ったがすみれの様子を見ると歩ける状態ではなかった。榊原は自分から望んで入るのではない、彼女が歩けないから仕方なく入るんだと自分に言い聞かせて中に入った。すみれは1人では歩くことはできず榊原の腕に体を預けてる。すみれの乳房が榊原の腕にふれている。すみれがよろけて榊原に体重がかかると腕が乳房に少し食い込んだ。榊原がすみれのことを女として意識をするのには十分だった。部屋に入ると すみれをベットに寝かせ、そのまま何もいわずに唇を重ねた。



すみれは そこまで話すと小さくため息をついた。


「金子さんはなぜ知らない人のこんな話を聞いてくれるの?」


金子はグラスに水と氷を入れてすみれの前に出した。

そしてすみれの質問に答えた。


「恋にはいろいろな恋があります。恋をすると楽しいのと同じくらいに不安が付きまといます。でもそういうときにすべてを話せる人が身近にいないのです。言い換えると恋をしている人の立場になって聞いてあげる人がいないのです。大体の人は恋をしていない平常心の基準で判断してしまうから 恋をしている人がすべてを打ち明けにくくなってしまうのです。だけど恋をしている人の気持ちをわかってあげると話しやすくなり話すと自然と気が楽になって恋をしていないときの判断基準がもどり そしてその恋に過ちがあれば そのときに自分で気がつくのです。そのお手伝いをしているのです。もっと簡単に言うと おせっかいなんですね。」



あの忘年会の夜からもう2年近くになる。榊原は優しかった。大人の男だった。すみれのわがままも聞いてくれた。それでいてダメなことはダメだとはっきりと言った。この2年間2人の関係を隠さなければならないことを除いては何も言うことはなかった。付き合ってみてますます榊原に惹かれていった。


「金子さん 今夜はお話を聞いてくれてありがとう。この店に来る前にもうほとんど決めてたんだけど 彼と別れます。」


「そうですか 私は別れなさいとか別れた方がいいとか思ってはいませんよ」


すみれは今夜 食事の時に榊原がテーブルの上においたハンカチを見て別れることを決めた。そのハンカチは綺麗にアイロンがかかっていた。そして折り目もきれいに折れていて角もきれいに揃っていた。そのハンカチに彼の奥さんのアイロンかけてる姿が見えた。スーツとかワイシャツだったらクリーニングに出したりあるいは家でアイロンをかける場合もあるだろう。だからワイシャツがきれいにアイロンがかかっていても榊原の奥さんは見えない。でもハンカチは別だ。クリーニングに出す人はまずいない。そのハンカチが新品でなければ榊原の奥さんがアイロンをかけてたたんだハンカチであろう。すみれにはできない、こんなに几帳面にハンカチをたたむことは、私にはできない。彼の奥さんを超えることはできない。そう思った時から、恋の魔法がだんだんと醒めていくのがわかった。


金子がすみれにいった。


「相手への思いが強ければ強いほどほんの些細なできごとで恋心は醒めるものです。」


「そんなものね」


すみれが笑った


「いい笑顔ですね 最後にもう一杯おつくりしましょう」


あなたの街にもBar金子があるかも。石畳の小道を見つけたら少し歩いてみてください。ほのかな明かりの看板を見つけたらBar金子です。恋に疲れた方はどうぞお入りください







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ