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名も無き少女

 戦火に燃える、どこかの町。もはや見る影もなく家屋は崩壊し、なおも燃え上がる炎の中を、誰かが歩いていた。

「…もはや助からぬ、か」

 その腕の中には、幼い少女が抱きかかえられていた。

「ぁ…おにい、さん…どうした…の…?」

「…人の心配をしている場合かたわけめ」

 ぼとり、と少女の足が落ちた。

「…すまぬな。我のせいで爆発に巻き込まれたか」

 戦争の最中、作戦として街中に魔力による爆弾がしかけられ、生まれつき足が不自由だった奴隷の少女は、それに巻き込まれた。

 これも正確ではなかった。作戦の目標となる者と接触した少女。少しでもその反応を遅らせる、罠として、少女は配置されたのだ

「ん…? あははは…そんなぁ…わたしがあるけなかったからわるいんだよぉ…いっつもおこられてたし…」

 ぎりっと。誰かは唇を噛み締めた。しかし、腕の中の少女には、それを伝えてはいけないと、必死に体を震わせていた。

「ならば…生まれ変わるとしたら、どのような自分になりたいと思う?」

「そうだねぇ…そらとかとべたら、きっとうれしいかな」

「そうか…お前が望むのであれば、それを叶えてやることが出来る」

「ほんとう…?」

「ああ…ただし…お前を我のものにさせてもらう。それで構わぬのならばな」

「んー…?」

 少女は首を傾げる。

「はは…そういえばお前は言うまでも無く奴隷だったな。…だがこれは、輪廻の輪より、人の営みより外れる…いや…」

 それ以上の言葉を遮る。

「尋ねるなど我らしくはなかったな…」

 そして、少女は腕の中から姿を消した。



「おきてー!おきてったらぁ!」

「…ん…ん?」

 今まで見ていた光景は夢であったのかと目を開けると、ヨシュアの目の前には見知らぬ少女が馬乗りになっていた。そして胸をぽかぽかと叩いてくる。

「えっと…きみは」

「なまえ!はやくなまえつけてったら!」

「なまえ…いや、きみは…」

「あぁヨシュア…やっと起きたか」

 声をかけられた方向を見ると、その主であるエルレイアが、なにやら両手に持ってこちらに駆け寄ってきた。

「さあご飯の時間だよ」

 かんかん、と。フライパンとお玉を鳴らせる。エプロンまで装着済みである。

「それ…どうしたの?」

 少女は無垢に尋ねる。

「ふ…勇者の嗜みというやつだよ」

「そういうものなの?」

「そういうものなんだ」

 さてととエプロンを外しながらエルレイアは座り込む。

「さあ召し上がれ」

「…?」

 スプーンを渡されたヨシュアは首を傾げる。

「どうしたのかな?」

「えっと…」

 三人の目の前には、料理が乗ったフライパンが置かれている。

「あーむ…」

 そしてそのままエルレイアは食べ始めた。

「…」

 にちゃり、という音を立てながらヨシュアもすくいあげ、口に運ぶ。

「ど…どうかな…?」

 心なしかもじもじとしながらヨシュアに尋ねるエルレイア。

「うん。美味しいよ」

「そっか…ふ、ふふふ…そうか…そうか」

 穏やかな食事を終え、これからの話を始めることにした。

「それで、この子は一体…」

 ヨシュアにとって記憶が曖昧で、昨晩のことは頭になかった。

「え?やだなぁ私達の子だよ」

「えぇ!?」

 声を上げたのは少女である。

「そうだったんだぁ…わたしえるれいあのこどもだったんだぁ」

 そして信じ込んだ。

「まあ冗談はさておくとしよう。…実をいうと昨日の騒ぎで君の魔王としての人格…?が姿を現してね。何が起こったのかはよく分からないけれど、どこからか産み出して、君に名前を付けてほしい、と言い残していったんだよ」

「魔王…?それに、産み落とした…?」

 ヨシュアにとって彼の存在は知覚することは出来ていなかった。それにふむ、とエルレイアは考え込む。

「そうだねぇ…魔王、そして魔族という存在については色々と謎が多いんだ。どこから発生したのか、とかね。そのことに対する何か大きなヒントになるかもしれないとは思うけど…まぁ…分からないことだらけだね。グレゴリー卿は何か知っているようだったけれど」

「…」

 ヨシュアは考え込む。あの夢で見た光景は、一体何の意味があったのだろうかと。

「ねえねえよしゅあー」

 くいくいと袖を引っ張る少女。それに対して頭を撫でながら、じっくりとヨシュアは考える。

「ん…」

「名前、か…」

 何もないに等しい自分。そんな自分に、何が出来るのだろうと考えたりもする。

「…フレイア……フレイア、で、いいかな」

「自由…それに空を飛ぶ者、かいいんじゃないかな」

「フレイア…フレイア…うん!ありがと!よしゅあ!」

 喜びいっぱいで、少女、否、フレイアはヨシュアに抱きついた。

「おっとこれは負けていられないねぇ」

 仕方ないなあ…なんて笑いながら、エルレイアも抱きつき、ヨシュアはそれをただ受け止めた。

「ふぅ…堪能したところで本題に戻ろう」

 しばらく経った後、心なしつやつやとした顔でエルレイアは話を戻した。

「まあ…リースロンデ教会との戦いは避けられないとは思うけどこれから目指す先があったほうがいいよね」

「あ!それならねぇみんなにきいたらあすてぃめっかをめざすとよろしいってぇ!」

「アスティメッカ…か結構遠いね…それに…」

 まあいいか、ととりあえず一行は山を下りることにする。

「そうだフレイア。君、羽根を仕舞うことは出来ないかな?その様は余りにも目立ちすぎてしまう」

「えぇ~…ぶぅ…しょーがないなぁ」

 あっさりと、羽根はゆっくりと姿を消す。

「あれ?出来るんだ」

「まぞくのみんなにめだちすぎるからだめー!っておしえられたの。ただ…これだととべないからね」

「まあそれくらいなら仕方ないね」

 そして、歩き出そうとした立ち上がったその時、フレイアがそのまま不思議そうにじっとしていた。

「どうしたんだい?」

「ん…んー…たてない…」

 何とか四つん這いになりながらついてこようとした。その様子を見て、ヨシュアはゆっくりとフレイアを抱きかかえる。

「わ!わぁ…!」

 そしてヨシュアが背中に背負って見せると、フレイアはわくわくと手足をばたつかせながら、目を輝かせた。

「ねえよしゅあー。やっぱりこういうときおっぱいおっきいほうがうれしいよね」

「なるほど…何を考えているかと思えばそういうことだったのか」

「はは…僕としてはこうしてフレイアを何とか抱きかかえられてよかったと思うよ。それじゃあ…ダメかな」

「ううん!そっか…それじゃあしゅっぱつしんこーう!」

「おー!」

正直に言うと名前とか考えるの苦手なんですよねぇ…

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