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ある狂信者の結末

すみません駆け足でお送りします。ヨシュアとヘリエルの過去が明らかに

「やれやれだよ。どうしてボクたちが戦わなくてはならないのかな」

 シンと相対し、うんざりするように彼は言う。その声は、勇者たちに向けられているものではなく、一人…ヨシュアに対して呼びかけられている。

「何を聞かされているのかは知らないが、ボクと一つになったところでヨシュアの人格が消える、なんてことはないんだよ」

「なら、君は自らの消滅を望んでいるとでも言うつもりかい?」

「うーん…そうだね。君たちは魔物と魔族の違いと言うのを知っているかい?」

「魔物と魔族の違い…?」

「魂があるかないかだよ。魔物と言うのは結局のところ、魔王にとってはただの道具にすぎないのさ。その定義で言えば、ボクも紛れもない魔物にすぎないのさ。こうして会話をしている、かのように思っているかもしれないが、壁と話しているのと大差はないのさ。そうだね、ヨシュアが中身のない器と言うのであれば、ボクは器の無い中身なのさ。ただぶちまけられ、世界を穢すだけの存在だ。なら、せめて器に回帰しようという欲求は当然だと思わないかな?」

 どういうことだ、とエルレイアは考える。魂があるかないか。であれば、そもそもその魂は一体どこから来たのか。そして、魔王とはそもそも何であるのか。

 この目の前の存在と会話を成立することが出来るのならば、きっと世界の秘密を知ることが出来るのだろう。しかし、出来るわけがない。あれは、そういう存在だ。

「無駄話はそこまでにしろ」

 そんな葛藤すら置き去りにし、それは、突如として現れた。

「お前達は手を出すな」

 神官長グレゴリー。ヨシュアを幽閉し、そして、殺そうとした男。

「…何を言っているのです? 世界の大罪を倒す為にヨシュアの存在は欠かせない。それは、あなたにも」

 オルティアは提案する。そも、この男がヨシュアの命をどうにか考えているわけはない。であれば、それを利用するのが最も合理的な選択のはず。

「邪魔立てをするのであればお前達を消しても構わん。だが、これは慈悲だ。もしもお前たちが世界の大罪に関わらぬと言うのであれば、お前達を見逃そう」

 平然と言い放ち、睨みつける。その強い目力に、オルティアは一瞬怯む。

「グレゴリー卿。それは、神の導きかな」

 エルレイアは問いかける。

「そうれがどうかしたのか」

 駆け引きなど必要ない。そう断じる様に、あっさりと答えた。

「愚かだね」

「…何?」

 何を言うつもりだ、と。不愉快さを表すように、グレゴリーは睨む。

「それはあなたが見つけた答えなのかな? そうすることが正しいと誰かに言われ、考えることも無く実行するのは、果たして勇者…いや、人間らしいと言えるのかな?」

 エルレイアも自らの存在を懸け、否定する。

「相も変わらず下らぬな」

 もはや問答をする気も無く、グレゴリーは、世界の大罪を見据える。

「はぁっっ!!」

 拳を振り上げる。周りにいた魔物たちはその衝撃波で吹き飛び、シンは血飛沫を全身に浴び、打ち付けられる魔物のはらわたに塗れながら、少し興味を引かれたようにグレゴリーを見る。

「…神の加護も無く、あれほどの力を…?」

 グレゴリーの信奉するリースロンデの神格者はヘリエルであり、彼に既にその資格はない。けれど、その迫力は、気迫はそんなものをどうとでもない、とあらゆるものを弾き飛ばし、圧倒する。

「いや、あれもある意味、神の加護と言うやつだよ。神に対する感謝を心の拠り所としておくことで研鑽を積み、精神を神のものとし、神の命をその身に課す」

 つまり、狂信者だ。神のために死に、神のために生きる。自らを含む人を省みることすら無くなった一人の信者の姿である。

「…グレゴリー、様…」

 ヘリエルは、その様子を見て息を呑む。彼の元で、生まれた頃より研鑽を積んできたがそれでも呑まれてしまう程の、恐ろしい気迫。

「こちらも余裕があるわけではないけれど、それでも…」

 確かにグレゴリー卿の力は目を見張るほどのすごみがある。だが、それでもなお、世界の大罪には届かぬのではないか。

 だが、自分たちの力が加われば、今、確実に世界の大罪を討てるのではないか――そう考えた時、

「…止めましょう」

 オルティアが止める。

「何故だい?」

「…グレゴリー卿と共闘は無理です。もし、私達が手出しをすれば、グレゴリー卿もまた私達の敵となることでしょう。そうなれば、ただの三すくみとなるだけ。ここは、せめて周りの魔物を倒す…それだけしか出来ることはありません」

 もっともな意見だ。が、本当にそれだけなのだろうか…? それを考える程の余裕は許されなかった。


「君は少し面白い人だねグレゴリー」

 自らに対する憎しみを、しかし、心地がいいように笑いながら世界の大罪は受け入れる。

 グレゴリーは、それをどうでもいいかのように吐き捨て、拳を打ち付ける。いや、シンはその拳をわざと受け、ふっ飛んだ。

 理解が少し遠い行為に、いささか考えを巡らせる。距離を取るため、としても悪手だ。しかし、すぐにそれをどうでもいいと切り捨て、近づこうとすると

「なるほど。君は…家族を失ったのだね」

 そんな、愉しげな声が聞こえた。

「おっと。何だ素直に憤ることも出来るのだね」

 グレゴリーは、本能的に力み、我を一瞬失った。しかし、自らを支えるものを再度思い出し、距離を取り、様子を窺う。

「君は勇者だった。しかし、君の家族…妻を、そして娘を殺したのは他でもない人間だ。リースロンデを信奉する当時の神殿は腐りきっていて、政争の一環として君の家族を殺し、君を狂戦士へと誘った。

なるほど。それで終わりであれば、君は人として正しい存在でいられたのだろうけれどそこに神、リースロンデが介入した。君の罪を赦し、君の家族を殺したものに鉄槌を与えた。返ってくるものなどいないと分かっていたとしても、それでも、君は神を信じ、そして、その為にどんな残酷なことでも出来るようになった」

 グレゴリーの拳はなおもシンを貫く。それに歓喜するように、笑い声をあげながら、世界の大罪は、その罪を暴く。

「あぁそうか。ヨシュアは両親に愛されて生まれてきたのだね。けれど君はそこに踏み入って、蹂躙して、どうかこの子だけはと懇願し追いすがる両親の命を容赦なく断った」

 驚愕する。ヨシュア以外の全員がだ。魔王の器として、呪われた運命などグレゴリーが現れる前には認識すらせず、ただ子供の誕生を喜ぶ両親から引き離した。それを、グレゴリーが行ったというのは、どれだけ罪深いのか。

「そして、ヘリエル。君は君の娘すらも世界のために利用した。やれやれ頭が下がる思いだね。あぁそれとも、君の考える娘は、あの時、君が失った娘だけで、ヘリエルなんてそれこそ、ただの道具にすぎないのかな」

 ヘリエルは、戦場だというのも忘れて、呆然と立ち尽くす。

 自分の両親のことを聞いたことはなかったが、恐らく、孤児だった自分を拾ってくれたのがグレゴリーなのだろうと感謝していた。

 けれど違う。ヘリエルは紛れもなくグレゴリーと血の繋がった娘だった。儀式に最適な母体を孕ませ、産ませ、用意した娘だ。

「グレゴリー。君は、世界を憎むべきだったんだよ。なのに、君は君が憎むべき行為を世界の為だと嘯いて、自らを騙し、哀れな神の傀儡となった。あぁ…君はなんて歪んでいるのだろう。何て、醜いのだろう。君ほど人間らしいものはそうはいないだろうね!ははは!ははははは!ははははははははは!!!!」

 嗤う。人間とは、世界とは、つまりはそんなものなのだ。そんなものに過ぎないのだ。憎しみに、悲しみに、欺瞞に、歪みに満ちている。

「貴様は、空虚だな…」

 しかし、人はそれでも歩み続ける。

「私は、世界を信じている。世界をより良き方向に導くために、神の教えが必要なのだ。人という者は、私のようなものは確かに相応しくはなかろう。だが、罪を積み重ね、その上であったとしても、人は笑い、平和を愛し、理想を謳う。そんな世界が、来る。そんな世界を、神々は導いてくれる。だから、私の罪など、そんなものはどうでもいいのだ」

 神に導かれしグレゴリーの手によりリースロンデの神殿より腐敗は消えた。それが血に塗れたものであったとしても、そのグレゴリーの強き意思を目の当たりにし、再び神を信じるようになったのだ。

自らの幸福はもはや無い。だから、その為に自らがどれだけ罪を背負おうと、否、自らが罪を全て背負い、世界をより良き方向に導く。その導き手が神なのだ。それが…彼が失ってしまった、家族へのせめてもの手向けなのだ。

その人生に後悔はない。けして彼は、世界を憎んだりはしない。

「ああ…つまらないつまらないつまらないつまらない!!」

 発狂した様に、シンは頭を掻きむしる。そして、これまで以上の魔物をグレゴリーに向け、一斉に襲い掛からせる。

 元々、ただの遊興に過ぎなかった。世界を価値あるものだとでも思っているのならば自覚すればいいと思っていた。その虚しさを悲しさを憎しみを絶望を。だが、そんなものは分かっていたのだ。グレゴリーと言う男はそんなものは、いつか明日を生きる糧に出来るとそう信じ、跳ね返し、答えた。それだけの話である。

「うぉおおおおお!!!」

「ふん」

 グレゴリーは、最期の力を振り絞る。シンは、世界の大罪は、なおも届かず、理想を嘲笑い、押し潰す。

「ああつまらない…ほんっとうに…つまらない…」

 生死の確認もせず、呆然とするように、魔物を引き連れ、シンは飛び去っていく。


「…まだ、くたばり損なっている、か」

 自らを見下ろす勇者たちを前にして、グレゴリーは忌々しげに呟く。とはいえ、もはや助かりはしない。腕は既に食い尽くされ、声にもはや力無く、血を失い頭が朦朧とする中で奇跡と言えるほど力強く、最期までその男は存在していた。

「バカだよ君は…君は、また、愛するべきだったんだよ」

 ヘリエルを。ヨシュアを。再び築き上げればよかった。守ればよかった。エルレイアは、世界の主は、そうやって、また立つべきだったのだと。そう、糾弾する。

「こんなことを…言えるとは思わんが。ヘリエル。お前がヨシュアを討った後、縁談を考えていたのだ。そこで、お前が…淑やかに生きればいいと、そんなことを考えていた」

 だが、ヘリエルには…せめて、と。だが、彼にはもはや人の幸せを願う権利すらない。そう思い、そこまでは口にしなかった。

「お、とう、さ…」

「バカだよ君は。そんなんじゃ幸せになれるわけはないじゃないか。ヘリエルはさ。どんなに苦しくても、ヨシュアの傍にいることを願った。精々、請うのだね。ヨシュアに、ヘリエルを幸せにしてやってほしい、と」

「…は」

 そして、笑った。それが、エルレイアの物言いに対する嘲笑だったのか、それとも、ヘリエルに対する、せめてもの願いだったのか。それは、もはや永遠に分からない。


「…」

 ヨシュアは、一人、夜空を見ていた。そこに、オルティアが静かに近づいてくる。

「何を考えておいでですか」

「…正直に言うとね。僕には死というものが今一つ分からなかったんだよ。今もよく分かってなんていないのだけれど…けど、グレゴリーさんが死んだ時のヘリエルの反応を見ていると、うん。何と言えばいいのだろうね。避けたいんだどうしても」

 その想いが無かったわけではない。けれど、現実感を伴って、恐怖を覚えて、ヨシュアの身体は震える。

「ならば…」

 オルティアは、自らの声が震えていることに気付いて、驚く。彼に対して、慰めたいともっているのか、それとも…考えるのをあえて止め、提案する。

「私と共に、来ますか?」


「ヨシュアが…いない…?」

 夜が明けた後、エルレイア達はそれに気づく。

「一人で何かを抱え込むな、って言ったのに…」

 悲しさが身を包むが、それを振り切り、エルレイア達はヨシュアを探しに出ようとする。

「おっとそうはいかんぜお嬢さん方」

 しかし、それを止めようとする声があった。

「さぁちょいとばかり、俺の相手をしてくれないかね」

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