世界の大罪シン
たくさんの人が死んだ。否、少なくも生き残る人が存在した。それは奇跡と呼ぶほかない。瓦礫を片付けることすら出来ず、呆然とする人々を尻目に勇者たちは次へと歩む。
野宿した焚火の前で、勇者たちは話を始めることにした。
「応援を呼びました。すぐには無理でしょうが、立ち直ることが出来ると…せめて信じましょう」
祈りを掲げる。そこに、嘘偽りはなかった。
「オルティア。話を聞かせてもらおうか」
断罪されるように、オルティアとヨシュア達は極端に向かい合った。オルティア一人に対し、エルレイア達は警戒する様に向かい側に座る。
「えっと…エルレイアとオルティアは知り合いなの?」
その中で、ヨシュアは尋ねる。人質にされたというのに、あまりにも自然と。その様に、オルティアは怪訝な顔をするが、その分、エルレイア含め全員が警戒を強めバランスは取れている。
「まあ俗にいう幼馴染というやつさ。共に勇者となる道を歩んだ」
「そう。私は勇者です。それさえ分かってもらえれば大体のことの説明は必要ないかと思いますが」
何故現れたのか。何故ヨシュアを盾に取ったか。何故共に戦ったか。それは全て、世界の為。理屈では納得できる。
「それじゃあ改めて尋ねるが。シン。あれは何者なのか。君は知っているのかい」
「はい」
一同は息を呑んだ。オルティアは続けた。
「あれは世界の大罪シン。前世の魔王の遺産です」
曰く、勇者に倒されようとしていた前世の魔王は、その力を外に逃がすため自らの負の想念と共に捏ね、切り離したのだという。
「魔王の力? それは…」
「そう。単純な魔力という話ではありません。魔王のみが持つ力…すなわち魔物と魔族を生み出す力です」
フレイアを見る。魔王の力の一端、その最後の切れ端のようなモノだったのだろうが目の前にある以上、判断の材料になる。
「話を戻しましょう」
存在を確認されてはいたものの、そもそも負の想念でしかないシンは世界にそもそも興味は薄い。あえて触らねば被害の無い存在であった。
それも、少し前までの話であるが。
「そう…シン。世界の大罪は新たな魔王の器と一体になるべく動き出した」
シンは動き出した。今日のような蹂躙は一度や二度ではない。シンが動き出すようになってから、気紛れに姿を現した場所は全て魔族に奪われている。リリスの故郷アスティメッカもそうだ。
「相対するだけで人の尊厳を削っていくような…そんな悪意の塊。それがシンです」
もちろん、人は、勇者は立ち向かおうとした。しかし、終わりも無く無尽蔵に湧いてくる魔物に心は折れ、絶望し、死ぬかあるいは逃げ出す。そして気付くのだ。逃げ出してしまえばいいのだと。そうすれば、少なくとも死人の数は減る。幸い、シンは人というものに大した興味はない。そして、嘲笑の中、人々は誇りを失い、逃走する。そうするしかなかった。
「しかし、シンにも弱点があります。魔王の力を受け継いだと言ってもそれは不完全なものなのです。魔族…高度な知性を持つ彼らと違い単純な思考すら困難な魔物しか、シンは生み出すことは出来ません」
「さて、それのどこが弱点となるのかな」
エルレイアは、挑発するように問いかける。
そもそも、戦術や戦略などというものは力が足りぬから行うものだ。そんなもの必要ないほどの力があればそんなものは要らない。
とは言っても分かっている。そう、カギを握るのは
「ヨシュア。シンは完全な魔王として蘇るため、あなたを取り込む…一つになること。それのみが明確な目的です。故に、あなたを殺めてしまうような戦い方は控える」
勇者オルティアはヨシュアを強いまなざしで見つめる。
シンと相対しながら何とか追い払うことが出来た奇跡。それは、ヨシュアがいなければ為し得なかった。もっとも…その為に払った代償、シンの笑い声を思い出し、密かに奥歯を噛み締めた。
「ヨシュア、世界の大罪と戦うのはあなたの使命と言えます。罪に塗れたあなたの魂を」
「そんなの…そんなのおかしいです!」
まず激昂したのは、リリスだった。
「ヨシュアさんが何をしたと言うんですか! 生まれた時から、自分と関係のないことで、何でヨシュアさんがそんな危ないことを…」
「いいんだリリス」
しかし、それを制したのは、ヨシュアだった。
「オルティア。僕は、自分の為に生きることは出来ない。けれど、エルレイア達の悲しむ顔は想像したくないし彼女たちに死んでほしくないと、そう思えたんだ。だから、その為に力を貸してほしい」
「あなたが『頼む』と。そう言うのですか」
「うん…ごめんね」
「…何故、謝るのですか」
「俺の命を君に背負わせてしまうから気にしない欲しいのだけれど」
「……あなたは」
オルティアは何かを言おうとして…黙った。自分は、何を言おうとしたのだろうか




