運命論
運命は決まっているそうだ。生まれてから死ぬまで、どのような道筋を辿るかを事前に決めてしまう。だから乗り越えられない困難はない、らしい。
夢を見た。人を殺す夢。
鼓動が速い。呼吸も荒くて、喉の奥が痛い。吸っても吸っても酸素が入ってくる気がしない。ナイフを持つ左腕を噛みながら思考する。時間がない。逃げなければ。足は動かない。後悔しているのだろうか。まさか。
赤いランプ。サイレン。幻覚だ、こんなもの。人の歩く音。声。じゃあこっちは? ああもう逃げられない。
そこで目が覚める。
いつもと同じ。ひたすら焦りと後悔に支配されている。恐怖はない。殺す場面は見ないし、死体も見えない。記憶に残りやすい夢というだけだ。ただ、最近の頻度が異常で、週に二回は見る。昔は忘れたころにやってくるくらいだったのに、今になって、なんでこんなにも。
殺したいほど憎い人はいない、と言ったら嘘になるけれど、実行できるくらいの度胸もないし、その後を考えるとやらないほうがいいという結論に達する。その考えをおさえつけるほどに強い願望なのだろうか。自覚はない。
テレビが天気予報を告げる。もうこんな時間か。早く家を出ないと。夢は夢。今俺が生きている現実とは関係がないもの。それについて考えるなんて無意味だ。
さて、外に出よう。
「通り魔がまた出たらしい」
「首を切られて重傷だとか」
「だんだん過激になってないか……」
人々の話し声が聞こえる。連続通り魔事件。近所でこんなにも物騒なことが起きるなんて、怖いけれど、非日常に少しだけわくわくしてしまう。
視界の先に友人を見つけた。人をかき分けて挨拶をする。
「よお」
「おはー。ニュース見たか?」
「通り魔?」
「そうそう。危ないし今日は早く帰ったほうがいいかもな」
そんな会話をしたのに、なぜ俺はこんな夜まで学校に残ってしまったのだろう。
ただいまの時刻、午後十時。やることがあまりに多くて気づいたらこの時間だ。まだ作業は残っているけれど、そろそろ帰らないと。残りは明日にしよう。バッグにものを詰めながら戸締りを確認する。誰もいない学校。少しだけ怖い。
急がなきゃ電車に間に合わなそうだ。駅へと走る。最後の直線に入ると、遠くに人影が見えた。まだ人がいる。その事実に安堵し歩を緩める。二人。手をつないでいるにしては近い距離で止まっている。恋人同士だろうか。道端でくっつくとか考えられん。嫌悪感を抱きつつ、かと言って駅に行かないわけにはいかないので、少しずつ近づいていく。片方が倒れた。……倒れた?
転んだのかな、とのんきなことを考えて歩く。立っている人がこちらに歩いてくる。街灯が俺を照らす。そういえば今日は真っ黒な服装だったな、と思い出した。二人に俺のことは見えていたのだろうか。
さっきの人が走りはじめた。もしかして二人は恋人じゃなくて片方が怪我でもしているのかもしれない。それで支えて歩いていたけれど限界が来てこっちに助けを求めてきたとか。どっちも女の子だったらいいなあ。
邪な考えはすぐ打ち消された。向かってくる人が街灯の下にきた。白い服が赤く染まっている。左手が一瞬輝いた。通り魔。その単語が浮かんだ。帽子を深くかぶっていて、距離も相まって、表情は読めないが、確実に俺を狙っている。気づいたときには逆方向に走り出していた。
本当に怖いときに声は出ないようだ。無言で走る。バッグなんか捨てた。電車なんて知らん。とにかくこの場から逃げなければ。気持ちだけ急いて身体がついてこない。運動は得意なのに。百メートルも走らないうちに足が縺れて転んだ。
振り返る。追跡者は走ってこちらに来ている。恐怖で足が震える。立てない。見ているしかない。街灯があと四本、三本、二本……。
俺の目の前の街灯。追跡者を下から覗く形。かぶった帽子の中は。
見てしまった。通り魔の正体。あの顔は、よく知っている。だって──
「だから言ったのに」
座り込んで動けない俺に刃が迫る。振り上げられた左腕。それはきっと、夢のような。
運命は、決まっている。
運命論と予知夢をテーマに。




