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碧の章1

「いやっ!助けて!」


逃げようとする女を後ろから捕らえて抱きすくめると、

細いあごを鷲掴みにして顔をこちらに振り向かせた。


恐怖にゆがむ女の顔。

「こりゃあ、上玉だ。」

俺は思いっきりいやらしく舌なめずりをした。

「たっぷり可愛がってやるからよ。」


女の帯に手をかけた時、扉を蹴破る音が響き、俺ははっとそちらを振り返った。


「ハイ!オッケーです!」


かけ声とともに照明が落ち、俺は女にかけていた手をするっとほどいた。

今まさに俺に犯されかけていた女はしれっとした微笑みを浮かべて

モニターのほうに歩いて行く。


「はああああ。」

俺はその場で背中をまるめて大きなため息をついた。

疲れた・・・・。

殺陣で斬られてるほうがよっぽどラクだ。


もう、こういうの苦手!!


監督がOKを出したので、やれやれとセットの外へ出てくると、


「ペ・キ・ちゃああん」


と、だみ声が聞こえた。


俺は藤川碧。なまえは「みどり」と読むのだが、漢字の説明の時に「紺碧のペキです。」というせいで、職場では「ペキ」と呼ばれている。

いわゆる時代劇の「斬られ役」俳優だ。

殺陣にあこがれてこの世界に入ったのだが、ときどき今日みたいな役も来る。

苦手でもなんでもやらねば食っていけない。仕事だからな。


声の主は栗山さん。今撮っている時代劇の主演の、大物俳優専属のスタイリストだ。

見た目はちょっとオシャレな普通の50代のおっさんだが、オネエだ。


そしてなぜか、俺は彼のお気に入りだった。


「ちょっと!今の良かったわよ!もおおおお。ペキちゃんに襲われたとこ想像してドキドキしちゃったわ!」

「もう、やめてくださいよ。はずかしいから。」

「とかなんとかいいながら、カチンコが鳴ったら豹変するとこが萌えるわー!」

「・・・・。」


栗山さんは俺の肩をぺちっとはたいて言った。

「あんなエロい舌なめずりどこで憶えたのよ。」

「エロ・・・。ああ、あれは、練習したんですよ。」

「練習?」

「そう、夜中に家で、鏡の前で。」

いかに下卑た雰囲気を出せるか。


「夜中に。ひとりで?」

「そう、ひとりで。」


「・・・なんだか凄惨だわね。」

「・・・でしょう。」


役者稼業もたいへんなんだ。


「でも夜中に一人で舌なめずってるってことは。」

栗山さんは頬に手をあててこちらをじとっと見た。

「冴子ちゃんとも進んでないってことね。」


いや、その2点は別問題だと思うが。


栗山さんは俺の下腹あたりに手をのばしながら、

「あんたどっか悪いんじゃないの?」と訊いた。

俺はすばやく身をよじって手をかわした。

「ご心配なくっ。いたって健康です。」


ちっ、と小さく舌うちして残念そうに笑った栗山さんが、あ、と

何かを思い出したようにシャツの胸ポケットを探った。

「そうそう、忘れるとこだったわ。これ。」

「?」

「ナツメちゃんに頼まれてたのよ。あんたの写真。」


「ナツメが?」

「そうよ。かっこいいとこ、っていうから大変だったのよ。」

渡されたのは撮影中のスチールだった。俺が捕り方の扮装で刀を構えているところだ。


前をきっと睨みすえて、なかなか凛々しく写っている。

画面の一部だったのを拡大してトリミングしてあるようで、すこしばかりピントが甘かったが、気にならない程度だった。


「これ、いいでしょう。こんなの探し出してこれるの、撮影所広しといえど、ペキちゃんフリークのあたしぐらいなもんよ。」

「あ、ありがとうございます。」


なんだか面映かった。あのいつもクールなナツメが、栗山さんにこんな頼み事をしてたなんて。


「あたしも待ち受けにしちゃったあ。」

栗山さんが携帯の画面をさっと見せて、隠した。


一瞬だったが、見えた。


舌なめずりしてる俺のアップ。


「ぎゃああああああ。消して!消してーーー!!」

「いやあだようだ。」


ぺろっと舌を出して逃げて行く栗山さんは、びっくりするくらい俊敏だった。



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