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翔の章4

それから、僕は南天の精霊と幾度となく交わった。


やることは下界とかわらない。

まあ、場所が木の上だったり空中だったりするわけで、僕としては多少刺激的ではあったけれど。


精霊は顔は冴子似だったが、スタイルは冴子以上にすばらしかった。

きゅっとくびれた細腰を要に、むっちりしたヒップとやわらかいふともも、

胸はといえば僕の好みぴったりの大きさで、てのひらに吸い付くようなやわらかさだった。


僕らが交わるたびに、南天の木は花をつけ、実が熟し、それを鳥たちが運んで行った。


そう、とりたてて深く考えなくても、自然のなかではいつもそれらの繰り返しだった。

産まれ、生き、交わり、そして死んでゆく。

ちいさな宇宙がここにはあった。


ふと気がつくと、僕の髪は南天の葉っぱにかわっていた。

まるで髪飾りのように赤い実も下がっている。

指先から新芽がふいてきたり、足首には血管のようにしろい根が浮き出してきていた。


そうして、どのくらいの月日がたったのか。


ある日、僕は木のうえで、精霊の乳房を枕にして、辺りに育っている僕らのひこばえたちを眺めながらまどろんでいた。



「カケル。いままでありがとう。おかげでたくさん子孫を残すことができた。」

精霊が突然そうつぶやいたので、僕は驚いて起き上がった。


「どうしたの、急に。」

「ほら、みてごらん。」


精霊の指差すほうから、一団の人間がこちらに向かってやってくるのが見えた。

「この木を伐りに来たのだよ。」


僕の胸がぎゅっと音をたてて軋んだ。

「おまえも知っていただろう。この木は伐られることになっていたって。」


そうだった。だから僕はここに来たのだった。

高級建材だから、とても手が出ないけど、ひとめ見て、うまくいけば端材を譲ってもらえるかも、とそう思ってここに来たのだ。


でも、でも今は・・・。


「なんとかならないのか。」

「なんともならない。逃げるわけにもいかないし。」

精霊は落ち着いている。


「それに、もうだいぶ根がよくないのだよ。ほんとうにおばあちゃんだからね。」

「ほんとうに?あなたを見てるとそんな古木には思えないよ・・・。」


精霊は僕を見ていたずらっぽく笑った。

「この姿かい?そりゃそうさ、わたしには実体はないからね、お前の好みにあわせていくらでも若作りするさ。・・でもそうだねえ、ほんとのところは。」


ぽわん。

冴子似の美女はとたんにちんちくりんでシワシワの老婆にかわった。

「こんなカンジかね。」

さっき僕が枕にしていた、白磁のような豊満なオッパイが、

冷蔵庫の奥でしなびくちゃになったナスビみたいになっていた。


「げっ」

思わず喉の奥から声がもれた。


「騙してすまなかったねえ。」

気の毒そうに精霊が笑った時、樵たちが僕らの足元に到着した。


「こりゃすごいなあ。」

「立派ですねえ。」

「なんだかもったいないすねえ。」


「いや、これからこの木の第二の人生が始まるんだよ。」

親方らしいおじさんがそういって愛おしそうに木をなでた。


その言葉にちょっと救われたのもつかの間、男たちが木を取り囲み、

ロープをかけ、するすると上にのぼって、容赦なく枝をはらいはじめた。


まるで衣服を強引にはぎ取られるような感覚に、思わず体が震えた。

ふとみると、おばあちゃんになった精霊も、顔をおおって、肩を震わせていた。


僕はそっとそばに行って、精霊の肩を抱いた。


そして、ふたりで抱き合って、ぼくらの樹の、白くやわらかい懐にチェーンソーの歯が食い込むのをじっと見ていた。

血が噴き出すのではないかと思われるような、辛い光景だった。


幹が裂ける悲鳴のような音とともに、木がゆっくりと傾いて倒れてゆくとき、

ひとつのちいさな宇宙がこの世から消えるのを、僕たちは見た。



切り倒された僕らの木が運ばれてゆくのに付いて、僕と精霊もふもとの製材所にやってきた。

そこに集まっているひとたちの中に、冴子の姿を見つけて、僕は息をのんだ。


忘れたはずのひと。


いや、忘れたりなどするものか。



冴子は大きなお腹を抱えていた。


「おや、おまえのひこばえがあんなところにもいるねえ。」

精霊が気がついてそう言った。


「僕の・・・?」

「そうだよ。」


冴子は切り出された南天の端材を、なんども頭を下げて受け取っていた。


作業をしている人たちの様子では、古木は板にされずに、そのまま磨き丸太にされるらしい。ということは・・・。


「床柱かね。」

精霊が満足そうに頷いた。

「どこか大きなお屋敷の床柱だろうね。」

僕も答えた。


「余生としては、上々。」

まぶしそうに眼を細めて、精霊はにっこりと笑った。


冴子が、ふたたび深くお辞儀をして、表のバンに乗り込もうとしていた。

運転席にいるのは、僕らが在籍している家具工房のヒロだ。


「カケル、あの娘についていておやり。」

「え、でも。」

「気になるのだろう?もうお前は自由になっても大丈夫だよ。わたしも大丈夫。お屋敷での優雅な暮らしが待っている。また縁があれば遇うこともあるだろう。」


精霊は僕の手をしっかりと握って言った。

「ほんとうにありがとう。カケル。おまえは最高の伴侶だったよ。さあ、おゆき。」


「僕の方こそ、ありがとう。あなたのおかげで悪霊にならずにすんだ。」


僕は精霊を抱きしめて、額に口づけた。

「楽しかったよ。あなたはほんとうに素敵だった。」



こうして、僕は精霊と別れて、冴子が大事そうに抱えた南天の端材と一緒に、龍神村をあとにした。



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