表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

翔の章3

僕は自分の死体の埋まっているあたりを彷徨っていた。

冴子のそばには辛すぎていられなかった。


悲しみと、やりばのない怒りと、もうあとはなんだかわからないマイナスの感情ばかりが、全身から吹き出ているようだった。


「・・・・ケル」


「カケル・・・」


誰かに呼ばれているような気がしてふと我にかえった。


声のするほうにふわりと進む。

この体の身軽さだけは、便利になったといってもいいだろうか。


暗い森のなかをどのくらい進んだのか、目の前に現れたものに僕は思わず目をみはった。

大きな、ほんとうに立派な南天の木があった。

高さは7~8メートルくらいか、たくさんの葉を茂らせていて、それがさわさわと衣擦れのような音をたてている。

赤い実もたわわに実っていて、飾り簪をさした花魁のように、豪奢でうつくしい古木だった。


僕はそっとその幹をなでた。南天の幹がこんなに太く育っているのを見た事がなかった。つややかで強靭そうな幹。

「すごい・・・。」

思わず、死んでいることも忘れて、このすばらしい木でどんな椅子が出来るだろう、とか、あのちょっと太めの枝は曲げ加工が効くだろうか、とか考えていると、うしろから肩をちょんちょん、と叩かれた。


振り返っておどろいた。

冴子が・・・いや、冴子にとってもよく似た女が僕をみて微笑んでいたのだ。


「おまえはカケルだね。わたしを探しに来たのだろう。」

「え?」


「わたしも、おまえを待っていたよ。」

「あ、あなたは・・・・誰?」


「わたしはこの南天の精霊。」

思わず、ごくっと喉がなった。今までいろんな木を見て来たし、触れてきた。

古い木には精霊がやどる、なんて話も、年老いた樵のおじさんや木工芸家、建築家なんかの話に聞いたりもした。

でもまさか、実際に、生きてこの目でみられるとは。


あ、そうか、死んでたんだっけ。僕。


「おまえは自分の死を受け入れていないようだね。」

「え」

「だから、成仏もしないでここらをうろついているのだろう?」

「あ」


そうか。僕は迷ってるのか。成仏できずに。

「このまま地縛霊になるか?」

「地縛霊」


ものすごくイメージの悪い響き。

「そうだ。自分の死んだ場所に留まって、近づいたものに悪さをする。」


イヤだな。思わず顔をしかめた。そんなものにはなりたくないよ。


南天の精霊は、冴子に似た顔を綻ばせた。

「では、わたしと、めおとになるか。」

「めおと」


精霊は南天の木を仰ぎ見た。

「わたしはもう、老いすぎた。自分ひとりでは子孫を残すこともかなわぬ。

ここから動く事もできぬ。だからおまえのような迷う魂を待っていた。」

僕の手をとって自分の胸にあてた。

「子づくりを手伝ってくれ。」


地縛霊か種馬か。


・・・・という二択であってるのかな。


やっぱり死んだらロクな事にはならないな。でもまあ、相手は冴子似の美人だし。

「じゃあ、種・・・じゃなかった、めおとで。」

「よし。」


精霊は鷹揚にうなずいて微笑んだ。

「もうつらいことは全て忘れておしまい。残して来たもののことは忘れて、これからは樹霊となって生きるがよい。」


そうできたら、どんなにいいだろう。

もう戻れないのならば、そうするしかないだろうな。


精霊の白い手をとって、その甲に口づけた。

体の中を、緑色の風が吹き抜けたようだった。

ざっ・・・とうなじを抜けていった風が、僕のさっきまでの、暗く淀んだエネルギーを洗い流していったようだった。


とりあえず、悪霊にはならずにすんだみたいだ。

僕は死んでからはじめて、笑顔を浮かべることができた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ