碧の章6
DNA鑑定は、口のなかの粘膜を綿棒で採取する、という簡単なものだったが、
結果がでるのに20時間以上かかるとのことだった。
俺たちは県警に近いホテルに宿泊することになった。
日暮れまで、冴子は北村工房のひとたちにまかせておくことにして、
俺とナツメはホテルの周りを散歩することにした。
「ナツメ、大丈夫か。」
「なにが?」
「いや・・・・。いろいろや。慣れへんことばっかりやったやろ。」
警察、工房の人たち、白衣の知らない人にされる、DNA鑑定。
「うん・・・。ちょっと疲れた。」
「そうやな。」
「おかあさん、大丈夫かな。」
ナツメはそちらのほうが気になる様子だった。
「ナンテンオバケは出て来たか?」
「ううん、あれからは。」
あれからナツメはペンダントを机の引き出しにしまい込んでしまったのだが、
今日は俺が頼んで持って来てもらった。
身につけるのはイヤだというので、俺の胸ポケットに入っている。
「なあ、ミドリ。」
「ん?」
「わたし、全然わかれへん。」
「・・・なにが?」
「ほんまのお父さんが見つかったとか、顔がにてる、とか言われても、わかれへんわ。」
「そうやな。ナツメは顔も知らんもんなあ。」
「なあ、もっとうれしそうとか、かなしそうとか、しとったほうがええ?」
俺はナツメの前にしゃがんで、目線を合わせて言った。
「そんなんせんでええよ。自然にしとったらええ。」
「わたし、ヘンと違う?」
「全然ヘンとちゃう。そんなしょうもないこと、気にせんでええ。」
頭をぽん、と押さえた。
大人びてるといってもまだ子供だ。俺は自分の子供のころを思いだそうとした。
親の気持ちとか、事情とか、そんなの考えたことあったっけな。
あとで、大人になってから、ああ、あの時のかあさんは、とか考えることはあったが、たぶん当時は、なにも考えてなかった気がする。
ナツメも、もっと大きくなって、恋をして、人の親になったときに、
今日のことを思い出したら、うれしいとか哀しいとか、自然に思うだろう。
そのときも、俺はこんなふうに、隣にいてやれるだろうか。
ホテルでの夕食がすんで、それぞれ部屋に引き上げる段になった。
北村夫妻、ヒロとコータ、冴子とナツメ、で一部屋づつ。俺は余りで一部屋だ。
それぞれの部屋に散るまえに、ミチ子さんがバッグから封筒をとりだした。
「なんだか出しそびれちゃってたけど。」
封筒に入っていたのは写真のようだった。
「さえちゃん、一枚も写真ないって言ってたから、持って来たのよ。」
冴子は複雑な表情だった。
ミチ子さんは冴子とナツメを見比べながら、訊いた。
「ナツメちゃん、おとうさんの顔しらないんでしょう?」
「ええ・・・。」
ナツメはちらっと俺と目を合わせると、ミチ子さんに言った。
「わたし見たいです。おかあさん、ええやろ?」
冴子はうん、とちいさく頷いた。
ミチ子さんはナツメの前にしゃがむと、はい、と写真を手渡した。
ナツメの肩ごしに、俺からも見えた。
工房のみんなと写した写真だった。
冴子もいる。笑っていた。北村さん、ミチ子さん、コータ、ヒロ・・・。
右端で、ヒロに半身をくっつけてじゃれつくようにして笑っている、
これが、カケル・・・・。
ナツメがよろっとよろけて俺の足にもたれかかった。
真下から俺を見上げる目。
やっぱりそうか。
「ナツメ?」
冴子が訝しそうに声をかけた。
「おとうさんがイケメンすぎてびびったんやろ。」
俺はミチ子さんに頭をかいてみせた。
「今、思いっきり見比べられましたわ。」
「・・・おかあさん、わたしミドリと一緒の部屋に寝る。」
「えっ?」
ナツメは俺の手から部屋のキーをもぎとると、さっさと部屋に向かって走っていってしまった。
「・・・・。」
うろたえている二人に、
「ちょっと混乱してるんでしょう。ミチ子さん、冴子と一緒にいてやってもらえますか? 冴子、ナツメは大丈夫や、俺がついてる。」
と言った。
ミチ子さんがしっかり頷くのをみて、冴子にもういちど
「大丈夫」といって、ナツメの後を追った。
中からナツメが開けてくれるか不安だったが、ナツメはそろっとドアを開けて
俺を中に入れてくれた。
「ナツメ・・・。」
かなり混乱している様子だった。
「・・・なんで?」
「ナツメ。」
「なんでおんなじ顔なん?」
「ナンテンオバケか。そうなんやな。」
ナツメは怒ったような顔で乱暴に頷くと、俺を指差して言った。
「今そこにおる。」
うなじがざわっと来た。
急いで場所を移動してベッドのふちに腰掛けた。
「ナツメ、今どこにおる?」
「ミドリの隣。」
ええっ!なんで??とあわてたが、そこではっと気づいた。
ああ、俺が持ってたわ!ペンダント!
胸ポケットから出して、テーブルに置いた。
ナツメを振り返ると、まだ怒ったような顔でうん、と頷いた。
そろっとテーブルから離れてベッドに腰掛ける。
「ナンテンオバケの正体はナツメのお父さんやったんやな。」
ナツメは黙ってテーブルを睨みつけている。
「ナツメ、こっち。」
手招きすると、ナツメはテーブルに視線をおいたままこちらに来た。
隣に座らせて、
「なんかいうてるか。」
と訊いた。
「ううん。黙ってる。」
「俺の声は、向こうに聞こえてるか。」
「・・・・。」
ナツメはテーブルの方を見てから、うん、と頷いた。
「聞こえてるって。」
テーブルに、いや、見えないカケルに向かって話しかけた。
「ナツメは急なことで混乱してる。こんな小さな子に、これ以上負担をかけんといたってくれ。」
「あ」
ナツメがちいさく声をあげた。
「消えた。」
「ナツメ」
俺はナツメの眼を覗き込んで言った。
「ナンテンオバケは、ナツメのイヤなことは絶対せん。今、はっきりわかった。
おかあさんを連れていったりはせん。大丈夫や。」
「ほんま?」
「うん。俺が保障する。」
「うん・・・・。」
「おかあさんが心配してるで。」
「・・・・。」
「それとも、ほんまに俺と一緒に寝るんか。」
ナツメがはっとしたように顔をあげた。頬に少し赤みがさした。
「いやや。」
「俺はええで。別に。」
「いやや!」
急いで立ち上がったナツメを複雑な気分で冴子の部屋に送り届けた。
冴子とミチ子さんには、突然で驚いただけでもう大丈夫、と言っておいた。
部屋に戻ると、テーブルにぽつんと置かれているペンダントが目にはいった。
「まさかの相部屋やな。」
ベッドに潜り込むと、「襲うなよ」と一声かけて電気を消した。




